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2020年10月 1日 (木)

コンサートの記(658) 佐渡裕指揮 兵庫芸術文化センター管弦楽団京都デビューコンサート

2006年3月14日 京都コンサートホールにて

京都コンサートホールへ。兵庫芸術文化センター管弦楽団京都デビューコンサートを聴く。指揮は勿論、兵庫芸術文化センター管弦楽団(通称:PACオーケストラ)の音楽監督・佐渡裕。

まずは、イベールの「ディヴェルティメント」でスタート。メンデルスゾーンの「結婚行進曲」冒頭の真似や、ヨハン・シュトラウスⅡ世の「美しく青きドナウ」のパロディーのような旋律が飛び出す愉快な曲である。佐渡はラムルー管弦楽団を指揮してこの曲をレコーディングしており(ナクソス)、十八番の一つであるようだ。
ナクソスのCDでは大人しい印象を受けた佐渡の同曲演奏だが、やはりライヴになると熱さが違う。ノリが良く、パロディーの場面も強調こそないもののユーモアと勢いに溢れていて楽しい。


2曲目は大澤壽人(おおさわ・ひさと)のピアノ協奏曲第3番「神風」。ナクソスの「日本作曲家選輯 大澤壽人」に収録され、発売と同時に大きな話題となった曲である。
パンフレットに記された片山杜秀氏筆の紹介文と、演奏前に佐渡さんが行ったスピーチを要約すると、大澤壽人は1907年、神戸に生まれた作曲家(最新の研究では1906年生まれが正しいとされる)。中等部から専門部まで関西学院に学び、卒業後はボストンに留学。ボストン大学とニューイングランド音楽院で作曲を学ぶ。その後パリに渡り、ナディア・ブーランジェなどに師事。イベールやオネゲルといった当時のフランス楽壇を代表する作曲家達から、「天才」と評されるまでになった。帰国後、自作の演奏会を開くが、当時の最先端を行く作風が日本人には理解されず失望。すぐにヨーロッパに戻る気になるが、折悪しく、第二次大戦が勃発。大澤は日本に留まることを余儀なくされ、映画やラジオ番組の音楽を担当、神戸女学院の音楽講師にもなっている。1953年、46歳(最新の研究では47歳)で死去。日本楽壇が成熟する以前に逝去してしまったため、長く忘れられた存在になっていた。

「神風」というと右翼的なものを連想してしまうが、ここでいう「神風」とは、元寇の時の神風でもなければ、太平洋戦争における「神風特攻隊」とも無関係。実は朝日新聞社が所有していた民間機の名前だそうである。1937年に神風号は、東京-ロンドン間の飛行最短時間新記録を出したそうで、それを讃えた曲がこのピアノ協奏曲第3番「神風」なのだそうだ。1938年、大阪で初演。

今日、ソリストを務めるのは、最近、評価を上げている迫昭嘉(さこ・あきよし)。

ナクソスから発売されたCDを聴いたときは、戦前の日本人作曲家による作品とは思えないほど洗練された作風の驚いたものだが、実演だとやはり印象が異なる。

ピアノの部分は素晴らしく洗練されているが、オーケストレーションには時代を感じる。言い換えると時代を超えられていないように思う。

迫のピアノはクリアな音色で作品の魅了を余すところなく伝えていた。PACも金管に癖があるものの好演。


メインはブラームスの交響曲第1番。佐渡の指揮なので勢いよく始まるのかと思いきや、悠然とした音運びでの開始。意外である。弦、特にヴァイオリンはやや薄く感じられる場面があったが、高音の煌めきが魅力的である。管もたまに音を外したりユニゾンが合わなかったりするが、まだ定期公演を行っていない出来たてのオーケストラ(第1回定期演奏会は来月行われる)にしてはまずまずの滑り出しである。

佐渡の表現は彼にしてはあっさりしていたが、曲が短く感じられたので聴く者を惹きつける力はあるのだろう。

休憩時間中に佐渡のCDを買う。終演後、佐渡裕サイン会が行われるというので参加することにする。ライナーノーツにサインを貰い、佐渡さんが手を差し出したので握手(佐渡さんは全員と握手するようだ)。大きくて分厚い手であった。

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