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2020年12月 1日 (火)

これまでに観た映画より(229) 「詩人の恋」

2020年11月24日 京都シネマにて

京都シネマで、韓国映画「詩人の恋」を観る。2017年の制作。第18回韓国女性映画祭脚本賞、第18回釜山映画批評家協会賞脚本賞などを受賞している。監督・脚本:キム・ヤンヒ(女性映画祭脚本賞を受賞していることからも分かる通り女性である)。出演:ヤン・イクチュン、チョン・ヘジン、チョン・ガラムほか。

「韓国のハワイ」というベタなキャッチフレーズでもお馴染みのリゾート地、済州島を舞台とした作品であるが、リゾート的な場面はほとんど出てこない。

済州島で生まれ育った詩人のヒョン・テッキ(ヤン・イクチュン)は、6年ほど前には文学賞などを受賞したこともある詩人だが、そもそも詩は売れないものである上に最近はスランプ気味。小学校の放課後の作文教室の講師なども始めたが稼ぎには乏しく、月収は30万ウォン(日本円だと3万円に届かない。ちなみに韓国は経済発展が堅調で、物価自体はもう日本と余り変わらない)ほどで、妻のガンスン(チョン・ヘジン)の収入に頼り切りの生活である。趣味はサッカーのテレビゲームのようで運動不足により肥満気味。詩を書くこと以外は「冴えない」感じの中年男性である。幼なじみで漁師のボンヨン(キム・ソンギュン)によると、高校の頃から詩にしか興味のない変わった男だったらしい。済州島の詩のサークルに参加しており、自作を朗読するシーンがある。耽美的な作風を持つが、「美しいだけが詩ではない」と批判されて不貞腐れながら帰路に就くテッキ。
妻のガンスンは下ネタ好きで、詩人の妻らしくない開けっぴろげな性格だが、子どもを望むようになっている。結婚した当初は二人でもいいかと思っていたが、年齢的に最後のチャンスということで夫にせがむ。テッキは余り積極的にはなれない。

夫婦で診察を受けたところ、ガンスンは年齢に比べると胎内も綺麗で問題はなさそうとのことだったが、テッキは乏精子症と診断される。健康な男性に比べて精子の数が少なく、女医によると少ない精子も「怠け者」だそうである。女医は、テッキの職業が詩人と知って、「じゃあストレスの少ない仕事ですね」と発言するなど、いちいちテッキの気に触るようなことを言う。

テッキの家の近くにドーナツ屋がオープンする。テッキは、店先で店員の美少年、セユン(チョン・ガラム)を見かけ、不思議な気持ちにとらわれる。

セユンのことが気になり始め、「自分は同性愛者だったのか?」と驚くことになるテッキ。

同性愛っぽくなるところもないではないのだが、「おっさんずラブ」だとかBLだとかとは違った路線の映画である。テッキもセユンも両親からは余り愛されていないという共通点がある。セユンの父親は病気で寝たきりであり、母親は金にがめつく、情が深いタイプでもない。セユンは高校を中退してドーナツ屋でアルバイトをし、夜は悪友達と飲み歩くという生活を続けていたが、そのことを母親からなじられている。
テッキは父親を早くに亡くしている。父親との関係についてはよくわからないが、母親とは余り上手くいっていないようである。
そんな肩身が狭い、相似形の二人の物語である。

テッキはセユンとの新しい生活を試みるが、世の中の常識に負け、「あるべき家庭人像」の前に屈することになる。詩人としての敗北。ソウルならともかくとして、ここは観光が売りの、革新性とは無縁の島、済州島である。上手くいくわけはない。

数年後、テッキは名誉ある詩人賞を受賞。子どもも産まれて、子どもの1歳の誕生日を民族衣装を着けた一族全員が祝う。そんな伝統的な幸福の中にあって、テッキは破れなかった常識と築けなかった「新しい生き方」にふと涙することになる。

正直、余り良い映画だとは思わなかったが、「ありきたりの生き方」の桎梏から逃れようとして叶わなかった詩人の喪失感を描いた映画として、文学的側面からは一定の評価が出来るように思う。映画でなく小説だったら、もっと良いものになったのではないだろうか。

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