コンサートの記(668) 尾高忠明指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第543回定期演奏会
2020年11月13日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて
午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第543回定期演奏会を聴く。今日の指揮は、大阪フィルハーモニー交響楽団音楽監督の尾高忠明。
曲目は、グレース・ウィリアムズの「海のスケッチ」と、マーラーの交響曲第5番。
今日のコンサートマスターは、崔文洙。フォアシュピーラーに須山暢大。ドイツ式の現代配置での演奏。マーラーでの弦はファーストヴァイオリン14型であり、フル編成での演奏となる。
グレース・ウィリアムズ(1906-1977)は、ウェールズ出身の女流作曲家である。ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージックでヴォーン・ウィリアムズに師事し、その後、カーディフのBBCウェールズに勤務していたという。
尾高がグレース・ウィリアムズの存在は知ったのは、BBCウェールズ交響楽団の首席指揮者を務めていた時代(1987-1995)で、楽団員から「海のスケッチ」を良い曲だと薦められ、BBCウェールズ響と演奏しているという。尾高はその後、2001年に当時音楽監督を務めていた札幌交響楽団を指揮してこの曲の日本初演を行っており、新日本フィルハーモニー交響楽団、九州交響楽団、読売日本交響楽団とも同曲を演奏しているそうである。
弦楽オーケストラのための作品で、「強風」「航海の歌」「セイレーン海峡」「砕ける波」「夏の穏やかな海(平和な海)」の5部からなっている。
ウェールズはイングランドとは文化が少し異なるが、同じ英国(U.K.)ということもあり、イギリス的な音楽であることは間違いない。海の様々な表情を描いており、波の動きを描写した部分もあれば、海よりも風の要素が強い箇所もある。荒さは余り感じられず、ノーブルな作風であるというところがいかにも英国の作曲家の作品らしい。
なお、ラストに当たる「夏の穏やかな海(平和な海)」は、マーラーの交響曲第5番より第4楽章「アダージェット」に旋律や印象が似ており、マーラーの交響曲第5番をメインとするコンサートの前半に入れられた理由がわかる。
マーラーの交響曲第5番。人気曲であり、コンサートで聴く機会は多いが、フェスティバルホールで聴くのはあるいは初めてかも知れない。大阪フィルはエリアフ・インバルを招いたフェスティバルホールでの定期演奏会で、この曲を演奏しているが、私自身はその演奏会は聞き逃している。
尾高忠明というと、フォルムを大切にする音楽作りが特徴で、日本における正統派指揮者というイメージであり、実際にそうだったのだが、このところは表現主義的な演奏に傾きつつあり、この曲でも外観を損ねてでも内容をえぐり出すという、ある意味、マーラーのユダヤ的要素に光を当てた演奏となる。
スケールは大きく、バランス感覚にも秀でているが、それ以上にマーラーの苦悩や戦きを炙り出すことに焦点を当てており、チェロを強く奏でることで意図的に構図を不自然にするなど、マーラーの異様な部分をそのままに描き出す。強弱の対比も鮮やかであり、速度を上げることで、他の演奏では単なる旋律でしかなかったものが崩壊の描写として確認出来るようになっている。
マーラーの交響曲第5番は、第1楽章と第2楽章が第1部、第3楽章が第2部、第4楽章と第5楽章が第3部と作曲者によって指示されている。それに従わない指揮者もかなり多いのだが、尾高は指示通り、第2楽章と第3楽章の間、第3楽章と第4楽章の間に比較的長めの休止を取り、第1楽章と第2楽章の間、第4楽章と第5楽章の間は逆にほぼアタッカで演奏を行った。
マーラーの生前からマーラー作品を高く評価していたウィレム・メンゲルベルクにより、「妻アルマへのラブレター」と評された第4楽章「アダージェット」であるが、この曲全体がベートーヴェンの交響曲第5番に範を取った英雄の物語と解釈すると、「アダージェット」はアルマとは余り関係のない、英雄のまどろみのようなものであり、第5楽章の冒頭で夢から醒めた英雄が勝利へと向かうという筋書きが見えてくる。第5楽章冒頭のホルンはどう聴いても目覚めを促す声であるため、マーラーがアダージェットをまどろみとして書いた可能性は結構高いはずである。
昨今ではスッキリとしたテンポによるアダージェットの演奏も多いが、尾高は中庸からやや遅めのテンポを取り、適度な甘美さでこの楽章を歌った。
続く第5楽章も尾高としては比較的テンポを動かす演奏であり、終盤に向けての高揚感も鮮やかである。大フィルも細かな傷はあるが、内からエネルギーが溢れ出す様がハッキリと見えるようなパワフルな演奏を展開。この楽団の長所が存分に発揮された秀演となった。
尾高は最後に客席に向かって、「コロナに負けずに頑張りましょう」とコメントし、コンサートはお開きとなった。
ちなみに、渋沢栄一を主人公とする来年の大河ドラマ「青天を衝け」のオープニングテーマの指揮は、渋沢栄一の子孫の一人でもある尾高忠明が務めるようである。
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