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2021年1月の23件の記事

2021年1月20日 (水)

コンサートの記(685) ジャナンドレア・ノセダ指揮 兵庫芸術文化センター管弦楽団第7回定期演奏会

2007年2月17日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター大ホールにて

西宮北口にある兵庫県立芸術文化センター大ホールで、兵庫芸術文化センター管弦楽団の第7回定期演奏会を聴く。指揮はイタリア出身で、ゲルギエフ門下のジャナンドレア・ノセダ。1964年生まれと若く、今後が期待されている指揮者の一人である。

兵庫芸術文化センター管弦楽団は、2月にこのノセダを呼び、3月定期にはネーメ・ヤルヴィの次男で、パーヴォ・ヤルヴィの弟であるクリスチャン・ヤルヴィを指揮台に招く。なかなか豪華な顔ぶれである。ノセダのチケットは取れたが、父も兄も名指揮者ということで期待の高いクリスチャン・ヤルヴィのチケットは瞬く間に完売になってしまったようで入手出来なかった。

さて、ジャナンドレア・ノセダ指揮の兵庫芸術文化センター管弦楽団の演奏会。前半がヴェーベルンとシェーンベルクという新ウィーン学派の作曲家の作品を並べ、後半にはウィーン生まれの作曲家、シューベルトの交響曲第8番「ザ・グレイト」を置くという、「ウィーン」をテーマにしたプログラムである。

ヴェーベルン編曲(J・S・バッハ作曲)の「音楽の捧げもの」より《6声のリチェルカーレ》とシェーンベルクの室内交響曲第2番は、いずれもノセダの優れた音楽性を示した演奏であった。特にシェーンベルクは室内交響曲第2番では、ゾッとするほど美しい音を楽譜とオーケストラから引き出し、ノセダという指揮者がただ者でないことがわかる。
ただ、ノセダの指揮姿は、指揮棒を上げ下げするだけの単調なもので、プロらしくない。


シューベルトの交響曲第8番「ザ・グレイト」は情熱に溢れ、剛胆な迫力に満ちた演奏。ただ情熱一辺倒の感は否めず、ところにより暑苦しさを覚える。また会場にいる他の誰よりもノセダ本人が音楽に夢中になってしまっているのがわかるため、こちらがうまく音楽に酔えないもどかしさもある。
それにしてもノセダの指揮は妙だ。指揮棒の上げ下げを繰り返すだけかと思ったら、腰を振ったり、飛び上がったり、片足に重心を置いて斜めになりながら指揮したりと、指揮法をちゃんと学んだことがあるのか疑問に思えるほど個性的。棒を縦に振り、腰を揺すっている後ろ姿はまるで卓球選手のよう。ノセダの作る音楽もラケットで音を次々と跳ね返していくようなスポーツじみたところがある。
とはいえ、スケールは大きく、推進力、爆発力ともに抜群であり、また聴いてみたいと思える指揮者であった。

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2021年1月19日 (火)

R.I.P. 大城美佐子 「十九の春」(映画『ナビィの恋』より)

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2021年1月18日 (月)

観劇感想精選(379) 蜷川幸雄演出 唐沢寿明主演「コリオレイナス」

2007年2月14日 シアター・ドラマシティにて観劇

大阪へ。シアター・ドラマシティで、「コリオレイナス」を観る。作:ウィリアム・シェイクスピア、演出:蜷川幸雄。出演は唐沢寿明、白石加代子、勝村政信、吉田鋼太郎、香寿たつき、瑳川哲朗ほか。

「コリオレイナス」はシェイクスピア作品の中でもとりわけマイナー部類に入る。シェイクスピア晩年の作品であるが、初演時から不評であり、その後も駄作扱いが続いている。ただ「優性論」という問題を考える上では現代にも通ずるところのあるテキストであると私個人は思っている。

舞台は紀元前5世紀のローマ。勇猛果敢にして高潔なローマ貴族、ケイアス・マーシアス(唐沢寿明)は、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚い。彼はヴァルサイ人の都市であるコリオライを陥落させた栄誉を称えられ、新たにコリオレイナスという名を与えられる。ローマの新執政官に推されたケイアス・マーシアス・コリオレイナスであるが、彼の高潔ゆえに俗悪なものを見下す性質、極度なまでのプライドの高さ、愛想をふりまくことが出来ない性格などが災いし、市民の代表である護民官のシシニアスとブルータスに毛嫌いされており、ローマ市民からも「傲慢でさえなければ、あれほど出来た人はいないのに」と惜しまれはするものの愛されてはいなかった。

執政官になるには選挙でローマ市民から票を集めなくてはいけないのだが、コリオレイナスはどうしても市民に頭を下げることが出来ず、謙虚であることも出来なかった。コリオレイナスの母ヴォラムニア(白石加代子)は、市民の前で演じるだけで良いとコリオレイナスを説得するが、病的にプライドの高いコリオレイナスは演じるということにさえ嫌悪を覚え……

優れた資質を持ちながら樫の木のように固い性格と渡世術の欠如が災いしたコリオレイナスの悲劇を描く。タイトルロールのコリオレイナスを演じる唐沢寿明は強面にするために頭を坊主に丸めての熱演である。

幕が上がると鏡張りのセットがあり、観客がその鏡張りのセットに映っている。4枚組の鏡の中央の2枚が開くと背後に急階段状の舞台が現れ、一番上の段では四天王の像が客席を睥睨している。
四天王の像があることからもわかるとおり、仏教風のデザインが多く用いられており、元老達やコリオレイナスの衣装も山法師風である。またローマといいながらも、コリオレイナスが大小の日本刀を差し、長刀で戦ったり、ヴォラムニアが清の西太后を思わせる衣装を纏うなど、アジア的要素を多く取り入れている。

良い舞台であった。演出も俳優も良いが(特に俳優陣の殺陣は迫力満点であった)、観ているうちに演出の工夫や演技の巧拙などは気にならなくなり、「コリオレイナス」という作品自体の良さが浮かび上がってくる。観客に「良い演出だ」、「良い演技だ」と思わせる舞台はまだまだ一級品には遠く、「良い作品」だと思わせるのが真に優れた舞台であるとするなら、今日観た「コリオレイナス」はその真に優れた舞台であった。
「コリオレイナス」の登場人物全員が私の分身のようにも見えてくる。それだけ人物が巧みに描かれているということであり、晩年とはいえ、シェイクスピアの筆がさほど衰えていたわけではない証拠ともいえる。もっとも演出で隠してあるが、冷静に考えると妙に雑な箇所があり、シェイクスピアの体調が万全ではなかったことも同時にうかがえるのだが。

民主主義と衆愚政治が隣り合わせであることが示されるが、「コリオレイナス」の悲劇は英雄達だけで成り立つものではなく、愚かだろうが何だろうが、市民が生み出したものであり、市民の存在の大きさと恐ろしさを同時に伝える。歴史の主役は良くも悪くも市民なのだ。
劇が始まる前と、終演後、鏡状のセットに観客達を映したのも、「劇の主役は実は観客=市民」という構図を際だたせるための工夫であると思われる。

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2021年1月17日 (日)

コンサートの記(684) ベルトラン・ドゥ・ビリー指揮ウィーン放送交響楽団来日演奏会2007大阪

2007年2月10日 大阪・福島のザ・シンフォニーホール

午後2時より、ザ・シンフォニーホールで、ベルトラン・ドゥ・ビリー指揮ウィーン放送交響楽団(旧・オーストリア放送交響楽団)の来日公演を聴く。オール・ベートーヴェン・プログラム。曲目は「エグモント」序曲、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」(ピアノ独奏:ピョートル・オフチャロフ)、交響曲第3番「英雄」。

ベルトラン・ドゥ・ビリーは、1965年、パリに生まれた指揮者。フランスが生んだ久々の大物指揮者といわれ、2002年からウィーン放送交響楽団の首席指揮者の任にある。
以前、ドイツの若手指揮者が払底気味であるという話をしたが、クラシック音楽のもう一方の雄であるフランスもこれといった若手指揮者を生み出せないでいた。そこへ現れた、ベルトラン・ドゥ・ビリー。フランス音楽界の期待を一身に受けている。

「エグモント」序曲。ドゥ・ビリーは古典配置を採用しているが、ピリオド奏法には興味がないようでオーソドックスな仕上がりを見せる。冒頭は弦が薄いものの響きは美しい。バランスは最上であるがきれい事に終始せず熱い演奏を聴かせる。特に後半の緊張感は異様なほどで、この若きフランス人指揮者のドラマティックな音楽性がよく表れていた。

ピアノ協奏曲第5番「皇帝」。寡聞にして知らなかったが、ピョートル・オフチャロフは1981年レニングラード(現・サンクトペテルブルク)生まれのピアニストで、1999年から本拠地をオーストリアのザルツブルクに移し、数々のコンクールで優勝しているという。
オフチャロフのピアノは彩り豊かであり、音の粒立ちも良く、スケール豊かで表情の細やかなもの。かなり優れたピアニストである。
ドゥ・ビリー指揮のウィーン放送響も、オフチャロフに負けじと色彩豊かな演奏を披露する。

秀演が続いていただけに、交響曲第3番「英雄」への期待が高まる。
ベルトラン・ドゥ・ビリーは「英雄」でも正攻法の演奏を繰り広げる。木管の浮き上がらせ方などに才能を感じさせもする。しかし全体としてはいささか面白味に欠ける演奏になってしまっていた。正攻法ならドゥ・ビリーより優れた演奏をするベテラン指揮者はいくらでもいる。今年42歳の指揮者に第一級の「英雄」を求めるのは酷だったか。今後に期待しよう。
ウィーン放送響の技術も一定の水準には達していたが、第2楽章で突然調子外れの音を出す奏者がいたり(余りに妙な外し方だったので私は驚いてしまったのだが、指揮者のドゥ・ビリーも驚いたようで、一瞬、「ん?」という表情を見せていた)まだまだ改善の余地あり。


アンコールではウィーンゆかりの作曲家の作品を披露。まずはブラームスのハンガリー舞曲第1番で自信に溢れた演奏を披露。
続いて、ヨハン・シュトラウスⅡ世の「雷鳴と稲妻」が演奏されたが、勢い任せの乱暴な演奏であった。ウィーンの楽団ならどこでもヨハン・シュトラウスの名演を繰り広げるというわけではないらしい。
最後はヨハン・シュトラウスⅠ世の「ラデツキー行進曲」。指揮者のドゥ・ビリーが聴衆相手に拍手の合図を送るなど、楽しい時間を過ごすことが出来た。

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2021年1月16日 (土)

コンサートの記(683) ロームシアター京都開館5周年記念事業 シリーズ 舞台芸術としての伝統芸能 Vol.4「雅楽――現代舞踏との出会い」

2021年1月10日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後2時から、ロームシアター京都メインホールで、シリーズ 舞台芸術としての伝統芸能 Vol.4「雅楽――現代舞踏との出会い」を聴く。

来場者はいつもとは少し異なっているようである。25歳以下無料招待や、留学生のための特別チケットなどもあったようだが、ロームシアターの構造をよく知らない人が多く、少なくとも常連さんは余り来ていない。あるいは招待客が多いということも考えられる。普通に考えて、雅楽とコンテンポラリーダンスという、どちらもマイナーなジャンルの組み合わせで行われる公演に数多の人が訪れるとは思えない。雅楽の演奏を行うのは宮田まゆみ率いる伶楽舎であるが、宮田まゆみが雅楽のスターとはいえ、あくまで雅楽を聴く人の中でのスターである。東儀秀樹のように自作やポピュラー音楽を奏でる人ならファンが多いが、宮田まゆみは雅楽とクラシック音楽のみなので誰もが知っているという存在ではないと思われる。
クラシック音楽好きも、同じ時間帯に京都コンサートホールで井上道義指揮京都市交響楽団によるニューイヤーコンサートが行われるため、そちらを優先させた人が多いはずである。

 

二部構成の公演で、第一部が「開館5周年を寿ぐ雅楽演奏」、第二部が武満徹作曲の雅楽「秋庭歌一具(しゅうていがいちぐ)」による現代舞踏作品「残影の庭-Traces Garden」(振付・出演:金森穣。出演:ノイズム・カンパニー・ニイガタよりNoism0)の上演である。

 

第一部「開館5周年を寿ぐ雅楽演奏」の曲目は、芝祐靖作曲の「巾雫輪説(きんかりんぜつ)」、双調音取/催馬楽「新しき年」(以上、演奏:伶楽舎)、声明「普賢讃」/舞楽「陵王」(演奏と舞:音輪会)。

雅楽では、「残楽(のこりがく)」という演奏法が一般的で、これは次第に音の数を減らして最後は篳篥と箏の掛け合いになるというものである。クラシックに例えると――例える必要があるのかどうかはわからないが――ハイドンの交響曲第45番「告別」のような感じである。箏は「輪説」という自由奏法を行う。芝祐靖(しば・すけやす)は、「輪説」に焦点を絞った新作を依頼され、「残楽」とは逆に箏の独奏から始まって次第に楽器を増やし、全員合奏で終わるという、クラシック音楽に例えるとラヴェルの「ボレロ」のような曲を構想する。だがなかなか思うようには行かず、作曲には苦労したようだ。曲名にある「巾」とは箏の一番高い音のことだそうである。
箏の独奏に始まり、琵琶の独奏が加わり、篳篥、龍笛、笙が鳴り、箏は三重奏、琵琶も二重奏となる。音のボリュームと迫力の変化が楽しい曲だが、雅やかさも失うことはない。雫がせせらぎとなって川に注ぎ、ということでスメタナの「モルダウ」が意識されている可能性がある。

後白河法皇が好んだことで知られる催馬楽であるが、一時期伝承が途絶えており、江戸時代に再興されているが、平安時代のものがそのまま復活したという訳ではないようである。
「新しき年」でも芝祐靖が復元した楽譜を使用。「新しき 年の始めにや かくしこそ はれ」という歌詞が引き延ばされつつ歌われる。

音輪会による声明「普賢讃」。仏教音楽である声明だが、「普賢讃」は日蓮宗の声明の一つである。普賢菩薩を讃える声明と雅楽が融合される。散華の場もある。そのまま続けて舞楽「陵王」。舞人は、友田享。
クラシック音楽愛好者の中には、黛敏郎のバレエ音楽「舞楽」を好むという人も多いと思われるが、その「舞楽」の本家本元の舞楽の一つであり、曲調も似ている。迫力と優雅さを合わせ持ちつつどことなくユーモラスな感じもする舞も面白い。

 

第二部「残影の庭-Traces Garden」。伶楽舎が演奏する武満徹の「秋庭歌一具」は、現代雅楽を代表する作品である。武満は、雅楽について、「まさに音がたちのぼるという印象を受けた。それは、樹のように、天へ向かって起ったのである」(音楽エッセイ集『音、沈黙と測りあえるほどに』より)とコメントしている。1962年10月、宮内庁楽部の演奏を聴いた時のコメントである。それから約10年が経った1973年に武満は国立劇場から新作雅楽の作曲の委嘱を受け、「秋庭歌」を作曲。その後、1979年に「秋庭歌」に5曲を加えた「秋庭歌一具」を完成させている。
「秋庭歌一具」は知名度も高いが、今回のようにコンテンポラリーダンスとの共演が行われたこともある。2016年に伶楽舎と勅使河原三郎によって行われたもので、この公演はその後、NHKによって放送され、私も観ている。タケミツホール(東京オペラシティコンサートホール“タケミツメモリアル”)での上演であった。

今回の上演では、りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館・舞踏部門芸術監督の金森穣と彼が率いるNoism Company Niigataによる現代舞踏とのコラボレーションとなる。

武満徹の作品において「樹」は重要なモチーフとなっているが、演出・振付の金森穣が無料パンフレットに載せた文章にも、この新作ダンスが樹という風景を用いた「過ぎ去り日の残影」を描いた旨が記されている。

 

武満徹の「秋庭歌一具」は、中央に秋庭と呼ばれるスペースを置き、左右後方の三カ所に「木霊」と呼ばれる演奏者達を配置して庭の移ろいを描く。「木霊」は精霊であり、移ろいゆく時間そのものを表していると解釈することも可能である。
武満は、有名な「ノヴェンバー・ステップス」や劇伴になるが大河ドラマ「源義経」のオープニングテーマで邦楽器とオーケストラのコラボレーション作品を書いているが、そうした和と洋の対比ではなく、「武満徹が純粋な雅楽作品を書いた」ということ自体が歴史的な意義を持っている。古代中国由来で日本でだけ生き残った雅楽に、日本で生まれ育ったが西洋音楽の道に進み、フランスの評論家から「タケミツは日系フランス人だ」とまで言われた偉大なクラシックの作曲家が己の作風を注ぎ込む。これは時代と場所とが音楽として重層的且つ歴史的に立ち上がることに他ならない。世界で彼にしか書けないと言われたタケミツトーンが、歴史の集合体として生かされており、おそらく日本音楽史上に永遠に残る傑作である。

「庭」を題材にした作品も多い武満だが、時と共に姿を変えゆく庭は音楽との共通点を有し、時の移ろいもまた重要なテーマとなっている。

コンテンポラリーダンスの出演は、Noism0(金森穣、井関佐和子、山田勇気)。衣装:堂本教子。映像:遠藤龍。秋庭の前の空間でダンスが行われる。

まずは三人横並びで同じ動きを始めることでスタート。やがてその動きやポジショニングが徐々にずれていく。キャットウォークから赤い羽織のようなものが降りてきて、井関佐和子がそれを纏う。紅葉を表しているのだと思われる。だが、すぐに井関佐和子は上手に向かって退場。紅葉の時期はほんの一瞬で、秋の盛りが一瞬で過ぎ去ったことを示すのかも知れない。その後は、移ろいゆく時の流れとその回想からなるダンスが展開される。男性ダンサーは二人とも黒系の羽織を着て再登場するが、よく見ると一人は茶色、一人は黒の羽織で色が微妙に異なることがわかる。黒は「玄冬」ということで冬を表し、茶色は赤と黒の中間で晩秋もしくは初冬を表していると思われる。移ろう時の中で秋の思い出が何度もリフレインするが、赤と茶の二人のダンスから、赤と茶と黒の三人のダンスに変わり、季節が移り変わっていくことが表される。
やがて落葉した樹のオブジェが現れる。舞台上方にはいくつものロウソクの明かりが灯っているが、それも次第に下がってくる。背後には橙色の光が投影され、太陽の力が弱まり、冬が近いことが告げられる。赤色の秋の精も眠りにつき、やがて去る。
空白の舞台を囲む三方で雅楽の演奏が続く(「秋庭歌」の場面だと思われる。庭そのものが主役の場とされたのであろう)が、やがて秋の精が現れ、眠りから一瞬覚める。秋が終わる前の、一瞬の夢が展開される。舞台上にはダンスを行っている影の映像が投影され、秋の精も自身の思い出と共に舞う。天上から紅葉の葉が降り、初冬の精と冬の精も現れ、舞台上に投影された中秋の名月を李白のように掴もうと試み、失敗する。
やがて赤い羽織はワイヤーに乗って天上へと帰り、思い出としての秋も完全に終結する。秋の精と初冬の精は手に手を取って舞台から退場。冬の精が一人ポツンと残される。

ダンスを筋書きで描くというのは粋な行為ではないが、おおよそこのようなことが演じられているように見えた。金森のプロダクションノートからは、移ろいゆく今よりも移ろい去ってしまったものへの哀感が強く感じられる。秋の盛りよりもそれが過ぎ去った後を描いたシーンの数々は、一種の幻想美として目の奥に留まることとなった。

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NHK「クローズアップ現代 [瀬戸際のオーケストラ対策は]」2007年1月17日放送(後記あり)

2007年1月17日

NHK「クローズアップ現代」。今日は[瀬戸際のオーケストラの対策は]というテーマで、経営難が叫ばれ続けている日本のオーケストラ事情を特集する。

オーケストラは大所帯であるためコストパフォーマンスが悪く、毎回客席が超満員になっても黒字が出ない。存続のためには資金援助に頼るしかないのだが、言葉だけは「好況」と言われていても実情が伴っていない現在の日本(2007年時点)では援助金がカットされ続けているというのが現状である。

私の出身地である千葉市に本拠を置く、ニューフィルハーモニーオーケストラ千葉(現・千葉交響楽団)の苦境が放送される。千葉県内唯一のプロオーケストラとして1985年に発足。千葉市は比較的クラシック音楽愛好家の多い街だが、東京に近いということもあって、より優秀な演奏を求めて東京のプロオーケストラの演奏に通う人の方が多い。

千葉県も文化においては東京に頼り切りというところがあり、自前で文化を生み出そうという気概には欠けるところがある。JR千葉駅前に音楽専用ホール「ぱ・る・るホール」がオープンしたが、千葉県はニューフィルのフランチャイズにして育てるのではなく、東京フィルハーモニー交響楽団を招くという政策を採った(後記:その後、「ぱ・る・るホール」は大手地方銀行の一つである京葉銀行がネーミングライツを得て、京葉銀行文化プラザ音楽ホールとなったが、運営費が維持出来ず、2018年に閉鎖されている)。

ニューフィルハーモニーオーケストラ千葉は年5回の定期演奏会を開いているが、会場は千葉市、市川市、船橋市、習志野市などに分散されているため、一つの都市に密着して演奏を行うということが出来ない。またゲストの堺屋太一氏が大阪フィルの前身である関西交響楽団の学校巡りの話をしていたが、ニューフィルは学校巡りや芸術鑑賞会での演奏を数多くこなしている。しかし思うような結果は出ていない。
クラシック音楽の聴衆を増やすためには、クラシックが持つ、「難しい」、「高尚な」、「インテリが聴く」、「暗い」、「退屈」という誤ったイメージを払拭する必要があるのだが、かつてのインテリ達が「クラシックは特別」という意識を今も持ち続けていることが多いこともあってか、なかなか普及しない。海外有名オーケストラの来日演奏会チケットが高いため、日本のオーケストラのチケット料金も高いと誤解されている節もある。

オーケストラだけでなく演劇もまたそうで、誤ったイメージが浸透しているため観客が増えない。映画にしろテレビ番組にしろ本にしろ漫画にしろ、一度も観たことがない、一冊も読んだことがないという人を探すのは難しい。しかしクラシックのコンサートや演劇を生で一度も味わうことなく生涯を終える人は思ったより多いと思われる。
初対面の人と演劇の話をする場合は、「まず演劇というものを観たことがあるか」から始めなければならない。そうでないと失礼になる。悲しいことだがこれが現状である。欧州などとは違い、日本では演劇が日常に溶け込んでいないのだ。

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2021年1月15日 (金)

コンサートの記(682) 阪哲朗指揮 大阪シンフォニカー交響楽団(現・大阪交響楽団)第45回名曲演奏会

2007年1月13日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

大阪へ。ザ・シンフォニーホールで大阪シンフォニカー交響楽団の第45回名曲演奏会を聴く。指揮は京都市生まれの阪哲朗。1995年にブザンソン国際指揮者コンクールで優勝して注目を浴びた指揮者である。シンフォニーオーケストラではなくドイツの歌劇場を中心に活躍しているためか、CDなどは出ていないが、評価は高く、特にドイツにおいてはオペラ指揮者として高く評価されている。1968年生まれと若く、広上淳一(1958年生まれ)、大野和士(1960年生まれ)、大植英次(1956年生まれ)、佐渡裕(1961年生まれ)の次の世代の逸材として注目を浴びている一人である。

ニューイヤーということもあってか、後半はオール・シュトラウス・ファミリー・プログラム。前半はシュニトケの「モーツ・アルト・ア・ラ・ハイドン」と、モーツァルトの交響曲第36番「リンツ」。

「モーツ・アルト・ア・ラ・ハイドン」は京都市交響楽団の定期演奏会で井上道義も採り上げていた半冗談音楽。井上道義はこの曲を十八番としているようで、京響との演奏では外連味たっぷりの指揮と演技で大いに笑わせてくれた。阪さんは真面目なので(井上が不真面目ということではないが)井上のような悪ふざけはしない。ただオーケストラ団員が指揮に従わず、どんどん勝手に演奏するという演出はする。チェロ奏者やヴァイオリン奏者に指揮台を占領されてオロオロするという演技などは面白い。阪哲朗は指揮者というよりも老舗旅館の若旦那といった風貌なのでオロオロする様は実にはまっている。

モーツァルトの交響曲第36番「リンツ」は古典配置による演奏。阪哲朗は知的な音楽作りに定評があるので、おそらくピリオドアプローチで来るだろうと予想。果たしてその通りであった。弦楽器のビブラートを抑えてすっきりとした響きを作り、音の強弱を「ミリ単位」という例えを使ってもいいほど細かくつける。これほど強弱に気を遣う指揮者も珍しい。躍動感にも満ちた音楽を創造するが、踏み外しが一切ないのが逆に気になる。こんなに優等生的な演奏でいいのだろうか。

後半のシュトラウス・ファミリーの音楽は、音に勢いがあり、演出も気が利いていて文句なしに楽しめる演奏であった。昨日聴いたウィーン・シュトラウス・フェスティヴァル・オーケストラのような、ヨハン・シュトラウスⅡ世が率いていたバンドと同じサイズの編成による演奏も良いが、やはり現代のコンサートホールで聴くにはサイズの大きなオーケストラの方が適している。大阪シンフォニカー交響楽団も澄んだ響きを出しており、好演だ。

ところで阪哲朗という指揮者はいつも涼しい顔をして振っている。同じ京都市生まれで京都市立芸術大学出身であっても、佐渡裕とは正反対だ。

アンコールは3曲。まずヨハン・シュトラウスⅡ世の「トリッチ・トラッチ・ポルカ」。阪は演奏の途中で指揮台を降り、残りの演奏をオーケストラに任せて下手袖(ステージ向かって左側)へ引っ込んでしまうという演出をする。だがこれ、阪は事前にオーケストラに告げていなかったようで、演奏を終えたファーストヴァイオリンの奏者達が驚きの混じった顔で阪の去っていった下手袖を振り返っていた。

アンコール2曲目は恒例のワルツ「美しく青きドナウ」、3曲目も恒例の「ラデツキー行進曲」。まずまずの演奏であった。

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これまでに観た映画より(240) 「ラ・ラ・ランド」

2021年1月11日 新京極のMOVIX京都ドルビーシネマにて

MOVIX京都ドルビーシネマで、ミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」を観る。英語表記だと「LA LA LAND」と「LA」が3つ重なるが、これは「LA」ことロサンゼルス(Los Angeles)が舞台になっていることにも由来する。脚本・監督:デミアン・チャゼル。音楽:ジャスティン・ハーウィッツ。出演:ライアン・ゴズリング、エマ・ストーン、ジョン・レジェンド、ローズマリー・デウィット、J・K・シモンズほか。2016年の公開(日本では2017年公開)。高音質のドルビーシネマの登場に合わせてのリバイバル上映である。

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アメリカ文化が背景にあり、名ミュージカル作品へのオマージュに溢れているため、そういった知識が十分にない人は意味を100%掴むことは難しいかも知れないが、ストーリーは複雑でないため、楽しむのには何の問題もない。

セブ(本名はセバスチャン。ライアン・ゴズリング)は売れないジャズピアニストだが、アメリカにおけるジャズ文化の衰退が背景にある。私がジャズを本格的に聴き始めた1990年代にはすでに、アメリカにおいては「ジャズはコンテンポラリーな音楽ではない」と見なされていた。勿論、偉大な現役のジャズミュージシャンは何人もいるが、ジャズ・ジャイアンツといわれた時代の人々は、モノクロの写真や映像の時代に活躍している。この映画にも写真が登場するチャーリー・パーカー然り、ビル・エヴァンス然り、会話に登場するサッチモことルイ・アームストロング然り。マイルス・デイヴィスはカラーの時代の人だが、故人である。彼らに匹敵するジャズメンははもはや存在しないというのが現状である。セブの弾くジャズがオーナーの怒りを買ったり、ヒロインのミア(エマ・ストーン)が平然と「ジャズは嫌い(英語のセリフを聞くと、思いっきり“I hate Jazz.”と言っている)」と言ってセブが激怒するという背景にはこうした事実がある。日本でも人気のあるケニー・Gの話も出てくるが、どうもアメリカではイージーリスニング扱いのようである。

ハイウェイの通勤ラッシュのシーンから始まる。夏の朝のロサンゼルス、気温は摂氏29度。少しも進まぬ渋滞に皆イライラしている。そんな時にある黒人女性が路上に降り立ち、歌い踊り始める。すると人々は次々に車のドアを開けて歌とダンスに参加する。曲が終わると、人々は車に戻り、元の渋滞へと帰る。やがて車が動き始めるのだが、一人で車に乗っていた女優志望のミアはセリフの練習をしていたため発車が遅れ、後ろにいたセブにクラクションを鳴らされる。セブはエマの車に横付けして「何をやってるんだ?」という顔。出会いは最悪だった。そしてその夜、二人は偶然再会する、という一昔前に流行ったトレンディードラマのような展開を見せる。

その後も突然歌ったり踊ったりがある(タモリさんが嫌いそうな)王道のミュージカル的展開で話は進む。

ミアは、女友達と共同生活を送りながらオーディションを受ける日々を続けている。普段は撮影所の近くのカフェでアルバイトをしているが、たまに有名俳優がその店を訪れることがあるようだ。なんとかかんとか一次オーディションを通ったのだが、二次オーディションではセリフを言い終わらないうちに落選を告げられ、落ち込む。

一方、セブは、オールドジャズに憧れを持っているのだが、西海岸ということもあって音楽好きからも理解が得られない。レストランのピアノ弾きに採用されたが、ジャズを弾いたためオーナーからその場で解雇を言い渡される。その場にたまたまミアが居合わせることになった。ただここでの再会もまた最悪のうちに終わる。
セブはオールドジャズのための店を開くという夢を持つが資金がない。
その後、セブは余りパッとしないバンドにキーボーディストとして加わり、またも偶然、ミアと再会する。急速に距離を縮めていく二人。セブはミアにも店をやりたいという夢を語り、ミアは女優を目指す理由を幼少期の思い出から物語る。
ある日、昔なじみのキース(ジョン・レジェンド)と再会したセブは、セッションに加わる。キースは、電子音を用いたジャズを行っているのだが、セブはそれには違和感を覚える。キースはマイルス・デイヴィスの話を持ち出す。

ここでなぜマイルス・デイヴィスなる人物の話が登場するのかわからない人もいると思うが、マイルス・デイヴィスは初めてジャズにエレキ音を取り入れた人であり、その他にもラッシュフィルムに即興で音楽を付けるなど(「死刑台のエレベーター」)次々と新しい試みを行って「ジャズの帝王」と呼ばれた人物である。セブはマイルスに比べて保守的に過ぎるというキースの意見が語られている。
随分昔、黛敏郎が「題名のない音楽会」で司会を務めていた時代に、ジャズの特集が放送されたことがあったのだが、黛がエレキを取り入れたマイルスのジャズに「これはもうジャズではなくロックだ」と否定的な見解を述べていたのを覚えている。

本心からやりたい音楽ではなかったが、店を始めるための資金を稼ぐため、セブはキースのバンドに加わり、レコーディングを行い、全米ツアーに出る。かなり売れているバンドのようだ。ミアはセブが出演しているライブを聴きに行くが、熱狂する観客の中にあってセブの存在が遠くなるのを感じる。ただセブの方もやりたい音楽が全く出来ないばかりか、プロモーションに継ぐプロモーションという環境に嫌気が差し始めていた。

一方、ミアは女優の仕事がないなら自分で作るということで、一人芝居の戯曲を書き、劇場を借りて上演することに決めた。主人公の名はジュヌヴィエーヴ。名作ミュージカル映画「シェルブールの雨傘」のヒロインの名前である。出身地であるボールダーを舞台にした作品だ(上演中のシーンは出てこないため、筋書きや内容は一切わからない)。セブはミアに自分のツアーに帯同してはどうかと誘うが、ミアは稽古のための時間が取れないと断る。すでに同棲を始めていた二人だったが、次第に境遇に差が生まれていた。

小劇場で行われたミアの一人芝居だが、知り合いとそのほか数名が観に来ただけで不入り。更に楽屋に戻ったミアは、帰る途中の観客がミアの演技と作品を酷評しているのを聞いてしまう。仕事で劇場に駆けつけるのが遅れたセブがようやく劇場の前に到着。だが己の才能に絶望したミアはセブの言うことも聞かず、女優の夢を諦めて故郷のボールダーに帰ることを決意する。
再び一人で暮らすことになったセブだが、ある日、一本の電話が入る。配役エージェンシーからのもので、ミアの一人芝居を観た映画関係者が彼女の演技を観て気に入り、呼びたいとの申し出があったという。配役エージェンシーはミアがまだセブと同棲しているものだと思い込んでセブのスマホに電話をかけてきたのである。セブはすぐにボールダーのミアの実家に向かって車を飛ばす。

 

「シェルブールの雨傘」からの影響が特に顕著であり、あの物語をもっと納得のいく形で終わらせたいという思いがあったのかも知れない。
「シェルブールの雨傘」では、共に金銭的に成功しながら完全なる別離という残酷な結末を迎えた男女だったが、この「ラ・ラ・ランド」では成功しつつも別の道を歩んだことを後悔はせず、むしろ互いを祝福しているように見える。
成功を夢見る若者が押し寄せる希望と絶望の街、ロサンゼルスが舞台となっているが、エマ・ストーン演じるミアは夢見る人々への讃歌を歌い、セブはささやかではあるが確固とした幸せを手にしている。別れを描いているにも関わらず、清々しい気持ちになれる佳編であった。

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2021年1月13日 (水)

コンサートの記(681) ペーター・グート指揮ウィーン・シュトラウス・フェスティバル・オーケストラ「ニューイヤー・コンサート」2007京都

2007年1月12日 京都コンサートホールにて

京都コンサートホールで、ペーター・グート指揮ウィーン・シュトラウス・フェスティヴァル・オーケストラによるニューイヤー・コンサートを聴く。日本を代表する若手ソプラノ歌手・森麻季がゲスト出演する。

ウィンナ・ワルツやポルカのスペシャリストとして一部で高い評価を受けているペーター・グートはもともとはヴァイオリニストであり、生地のウィーンでヴァイオリンを学んだ後、旧ソ連に留学。モスクワ音楽院で当時世界最高のヴァイオリニストの一人であったダヴィッド・オイストラフに師事している。
ウィーン交響楽団の初代コンサートマスターとなったグートは1982年に指揮者としての活動を開始、ヨハン・シュトラウスⅡ世同様、ヴァイオリンを弾きながらオーケストラを指揮することもある。

ウィーン・シュトラウス・フェスティヴァル・オーケストラは名前通りの祝祭オーケストラだが、1978年から活動を続けており、シュトラウス・ファミリーの演奏はお手の物だ。

森麻季は有名だ。
で済ませたいところだが、クラシックの知識のある方ばかりとは限らないので紹介しておくと、1970年、東京に生まれ、東京藝術大学および大学院、文化庁オペラ研修所を経て、イタリアに留学。まずアメリカで成功を収め、日本ではNHK交響楽団との共演で知名度を上げる。昨年(執筆当時。具体的に書くと2006年)、avexからCDデビューしている。伸びやかな高音と華やかな容姿が売りである。

ウィーン・シュトラウス・フェスティヴァル・オーケストラは小編成(ファースト・ヴァイオリン8、セカンド・ヴァイオリン3、ヴィオラとチェロとコントラバスが2。2管編成)であり、京都コンサートホール大ホール向きではない。だから最初の曲である「こうもり」序曲などは音量に不満を感じたが、ワルツやポルカなどは音量よりも音の美しさが重要なのでボリューム不足はさほど気にならなかった。アンサンブルの精度はもう1ランク上を望みたくなるが音の艶やかさは十二分に合格点に達していた。

ペーター・グートの指揮はCDでも耳にしているが、本当に楽しそうにワルツやポルカを演奏する。ショーマンである。これは音だけではわからない。やはり音楽は生が一番である。チケットもそう高くはないんだし。

森麻季は3曲に登場。まずはオペレッタ「こうもり」より“伯爵様、あなたのようなお方は”。続いてワルツ「春の声」。最後がオペレッタ「こうもり」より“田舎娘を演る時は”。いずれも余裕を持って歌われる高音が素晴らしい。ただ今日は私はステージ下手(左側)真横に座っており、私の席からは森の声は聞き取りにくかった。残念。
森は“伯爵様、あなたのようなお方は”ではピンクのドレスにショッキングピンクの手袋、「春の声」では青いドレスにターコイスブルーのショール、“田舎娘を演るときは”ではエメラルドグリーンのドレスに白い手袋で登場。森のドレス姿の鮮やかさに会場のここかしこから女性のため息が起こる。

全プログラムを終えて、グートと森が登場。森は最初に出てきた時と同じピンクのドレスにショッキングピンクの手袋。グートはラデツキー行進曲をオーケストラに演奏させて、自分は森と共に客席に降りて1階席を巡る。会場にいた子供3人を呼んでステージに立たせ、指揮棒を持たせて指揮の真似事をさせると再び森麻季と更にファーストヴァイオリン8人を引き連れて1階席を一巡り。サービス精神旺盛である。


ウィーン・シュトラウス・フェスティバル・オーケストラ ニューイヤー・コンサート2007 公演パンフレット(鴨東記)

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2021年1月12日 (火)

美術回廊(61) 京都髙島屋7階グランドホール 「没後70年 吉田博展」

2021年1月7日 京都髙島屋7階グランドホールにて

京都髙島屋7階グランドホールで、「没後70年 吉田博展」を観る。

現在の福岡県久留米市に生まれた吉田博(1876-1950)は、明治、大正、昭和期に掛けて風景画の第一人者として活躍した人物である。久留米藩士の子として生まれ、京都と東京で洋画を学び、洋画家として活躍したが、49歳の時に木版画を始める。その後、1923年(大正12)に関東大震災が起こり、木版画や版木を全て焼失。他に被害を受けた画家仲間も多かったため、代表してアメリカに渡って絵を売ることになるが、売れたのは吉田の木版画ばかり。アメリカでも浮世絵の評価は高く、そのため版画が人気だったのだが、「反骨の男」とも呼ばれた吉田は、江戸時代の浮世絵ばかりが高く評価されていることに疑問を抱き、以降は独自の木版画制作に没頭するようになる。

実は若い頃に吉田は渡米しており、デトロイトやボストンで展覧会を開いて好評を博している。ちなみにこの時は英語は一切出来なかったそうで、かなりのチャレンジャーである。当時は、黒田清輝を中心とするフランス帰りの画家が日本で人気を得ていたが、吉田はこれに反発。敢えてフランスではなくアメリカに向かって腕試しをしている。
吉田は黒田清輝率いる白馬会のメンバーとはかなり仲が悪かったそうで、白馬会の白がかった淡めの画風を毛嫌いしていた。九州男児だからかどうかはわからないが喧嘩っぱやく、黒田清輝に殴りかかったこともあったという。後には、白馬会に対抗する形で太平洋画会を興している。

旅と山岳を愛し、画材を持ち仲間を連れて富士山を始めとする日本の名山に登山。登山中にじっくりとした描写を行うのが常だったという。次男には穂高岳にちなむ穂高(ほだか)という名を与えている。ちなみにこの穂高と、長男の遠志(とおし)は二人とも版画家となっている。

吉田博は、浮世絵ではなく洋画を版画に移したような新しい木版画を目指したが、構図の大胆さなどは案外、浮世絵と共通しているように思われる。あるいは構図の大胆さは「摺りやすさ」に由来しているのかも知れないが、私は版画を制作したことがないのでよくわからない。

独自の画風を目指した吉田博だが、ホイッスラーにだけは惹かれたという。仄暗い寒色系の色使いなどにはホイッスラーに共通するものも感じられるが、最終的には吉田はホイッスラーからも離れたという。

アメリカの風景を版画で描いた作品がいくつか並ぶ。グランド・キャニオンやナイヤガラ瀑布などで、色彩感や構図が面白い。

吉田は版画の性質を生かし、同じ版木に異なる色彩を入れることで、朝、昼、夕、夜など、同じ絵の時間違いバージョンなどもいくつか制作している。これには日本を題材にした作品のみならず、スフィンクスやタージマハルなど海外で描かれた風景画も含まれる。

なお、吉田は専ら風景画家として活躍。人物画は余り得手としていなかったようで、風景画の中にいる人物達の表情も簡素である。

吉田の作品は、日本よりも海外での評価が高く、ファンも多い。厚木飛行場に降り立ったダグラス・マッカーサーの第一声が、「ヒロシ・ヨシダはどこだ?」だったというジョークも存在する。マッカーサーが吉田ファンというのは本当で、新宿区下落合にあった吉田のアトリエを実際に訪れている。ダイアナ妃も吉田博のファンで、「瀬戸内海集 光る海」と「猿沢池」の2作品を自室に飾っていた。
「瀬戸内海集 光る海」は、海に反射する光を描いた作品である。吉田は印象派の絵画について特に語ってはいないようだが、この光のたゆたい方は印象派のアイデアそのものである。印象派は日本の浮世絵の版画に影響を受けたが、そうした浮世絵の影響を受けた洋画が日本の版画へとフィードバックされたような形となっている。循環である。面白い。

富士山と山中湖を描いた版画には、定番の「逆さ富士」が描かれているが、吉田の作品はこの他にも水に反映した物体を描いていることがかなり多い。また暖色と寒色の組み合わせが絶妙であり、幻想性を高めている。

映像も2点流れている。版画の工程を描いた映像では、吉田が摺り師にかなりの数の重ね摺りを要求したことが語られており、江戸時代の浮世絵の版画は多くても十数回の重ね擂りで完成するが、吉田の作品は平均でも30回以上、日光東照宮の「陽明門」の版画に至っては実に96回も重ね摺りが行われたという。

展示会場を出たところにあるモニターには、吉田の人生を描いた映像が映っており、反骨精神旺盛な吉田のエピソードはここで語られていた。

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2021年1月11日 (月)

これまでに観た映画より(239) 「アイデン&ティティ」

2006年12月12日

DVDで映画「アイデン&ティティ」を観る。俳優の田口トモロヲがメガホンを取った作品。原作:みうらじゅん、脚本:宮藤官九郎。出演:峯田和信、麻生久美子、中村獅道、マギーほか。

4人組のバンド・スピードウェイ。メジャーデビューしたばかりのスピードウェイだが、メジャーになっても生活が良くなるわけではない。バンドマンは使い捨てであり、明日が見えるわけでもない。
スピードウェイのギタリスト・中島(峯田和信)は、バンドの楽曲を一人で制作しているが、自分達が目指す音楽と音楽業界との間に隔たりを感じ、自分達は本当のロックをしていないと痛感している。そんな中島の前にボブ・ディランが現れる……

予想していたよりもずっと良い映画だった。ロックの映画だが、心を揺り動かすのではなく、胸にそっと染み込みタイプの物語だ。かといってロックしていないわけではなく、配分が絶妙である。
宮藤官九郎の脚本の巧さが光るが、あるいは宮藤自身がロックバンドのメンバーであることも関係しているのかも知れない。音楽もやる人の脚本はやらない人の脚本とは違うはずだし、この「アイデン&ティティ」の脚本もある意味音楽的である。

麻生久美子がかなり理想化された大人の女性を演じている。ああいう出来た女性はまずいないはずだが、本当にいたらいいな、と男ゆえに馬鹿である私は叶わぬことを思ってしまうのだった。

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2021年1月10日 (日)

武満徹作曲 大河ドラマ「源義経」オープニングテーマ

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コンサートの記(680) 小林研一郎指揮 京都市交響楽団第495回定期演奏会

2006年12月7日 京都コンサートホールにて

雨の中を京都コンサートホールまで歩く。

京都市交響楽団第495回定期演奏会。指揮台に立つのは京都市交響楽団(京響)第8代常任指揮者でもあった「コバケン」こと小林研一郎。コバケンさんが京響の指揮台に立つのは約20年ぶりだそうで、そのためか、今日は立ち見が出るほどの盛況であった。その詰めかけた聴衆は普段京響を聴きに来る常連さんよりもかなりテンションが高め。小林の常任時代を知る人達なのか、あるいはコバケンファンが駆けつけたのか、とにかく演奏終了後、爆発的に盛り上がる。

曲目はモーツァルトのピアノ協奏曲第20番(ピアノ独奏:河村尚子)と、コバケンの十八番であるベルリオーズの幻想交響曲。

河村尚子(かわむら・ひさこ)は、1981年、兵庫県西宮市に生まれた若手ピアニスト。5歳の時に父親の転勤でドイツに渡り、以後ずっとドイツで教育を受け、現在もハノーファー国立音楽大学(大植英次が終身教授を務めている大学である)のソリスト課程で研鑽を積んでいる。国籍も容姿も日本人だが、内面はおそらくヨーロッパ人という、日本の女性演奏家に多いパターン(内田光子や庄司紗矢香などがそうだ)を踏襲しているものと思われるが果たしてどうなのだろう(後記:実際の彼女は日本的な女性であった)。コンクールでも優秀な成績を収めており、ダルムシュタット・ヨーロッパ・ショパン・コンクールなどで優勝。今年の9月にもARDミュンヘン国際コンクール・ピアノ部門で第2位となっている。

コンクール歴は当てにならないというのがクラシック音楽界の常識になっている(受賞歴があったほうがないよりは仕事が増える可能性があるといった程度のものでしかない)ので、河村には余り期待していなかったのだが、予想よりはかなり良いピアニストであった。まだ技術が前面に出過ぎるところがあり、単調になったり、時には乱暴に弾いて見せたりもするが、細部の表情付けがユニークで才能を感じさせる。何より楽しそうにピアノを弾くのが良い。
コバケンの伴奏は旋律を優雅に歌わせる流れ重視ではなく、まずカッチリとした構築を築き、その中で勝負するタイプであるが、モーツァルトの音楽の典雅さは十分出ている。

演奏終了後、爆発的に盛り上がる。確かに良い演奏ではあったが、それほどか? でもまあいいや。

アンコール。河村はモーツァルトのピアノ・ソナタ第18番より第3楽章を弾く。表情豊かな演奏で、やはり河村が楽しそうにピアノを弾くのが良い。


ベルリオーズの幻想交響曲。小林の幻想交響曲は、当時彼が常任指揮者を務めていたハンガリー国立交響楽団の来日公演を生で聴いている。響きの良くない東京国際フォーラム・ホールCでの演奏だったということもあって、特別な名演にはならなかったが、印象深い演奏であった。

久しぶりに聴くコバケンの幻想は、以前よりも低弦を強調。コントラバスのピッチカートなども思い切り弾かせて、第1ヴァイオリンが奏でる典雅な旋律と対比させ、この曲が持つ特異さがより明確に現れるようになっていた。

京響は特に金管が輝かしく、弦も情熱に溢れた音を聴かせる。

第3楽章のイングリッシュホルンとオーボエの対話の場面では、オーボエ奏者(佐渡のオケに入ってすぐに辞めて京響に来たフランス人の彼)を3階席に置いて演奏させ、京都コンサートホールのシューボックス型の内部を上手く生かしていた。

第4楽章、第5楽章の情熱が飛び散る演奏はいつもながら迫力がある。ステージ下手に置かれた大きな鐘の視覚的異様さも幻想交響曲の面白さを引き立てていた。

第5楽章の最後の音が鳴り終わると同時に、洪水のような拍手がホール全体を満たし、「ブラボー」がここかしこで起こる。

コバケンさんはそれぞれの演奏パート毎に立たせて、好演したオーケストラを讃えた。

更にアンコールとして、幻想交響曲第5楽章のラスト40秒を再度演奏。ちょっとサービスしすぎかな、とも思ったが、聴衆は更に盛り上がったので良かったということにする。

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2021年1月 9日 (土)

フィリップ・ドゥクフレ来日公演「SOLO」2006大阪

2006年12月3日 シアター・ドラマシティにて

アルベールビル冬季オリンピック開会式&閉会式の演出を手掛けたことで知られるフランスの演出家・振付家のフィリップ・ドゥクフレの来日公演「SOLO」を観る。大阪のシアター・ドラマシティにて。
普段は振付か演出に専念しているドゥクフレが「久しぶりに踊ってみたい」ということで企画されたソロダンス公演。ただソロとはいっても、音楽の生演奏(トロンボーン&ウクレレ)や映像が入るため、全てをドゥクフレがやっているわけではない。

大阪ということで、ドゥクフレは大阪弁のセリフの書かれた紙を読み上げる。更にドゥクフレが書いたものを日本語訳したナレーションが録音で入る。ノンクレジットだったが、声でナレーターだ誰かすぐにわかる。2日前にドラマシティで「SOLO・LIVE」を行った吹越満だ。吹越はテレビのナレーションなども多く手掛けているので声に聞き覚えがあり、わかりやすい。

ドゥクフレは床のそばに小型カメラを置いて自身の足をクローズアップしたり、原色の照明を用いたり、影絵効果や映像によって自己の分身を作るなど、面白いことをやる。
いくつものドゥクフレの影や映像の分身を見ているうちに、どれが実体でどれが虚像なのか境界が曖昧になってくる。舞台上の生身のドゥクフレが次第に虚像に溶けていき、あるいは実像と虚像の重要性が等価になったり逆転するように見える。虚だから無意味であるという投げやりな常識が次第に軋み始めるのだ。

終演後、ドゥクフレらによるトークがある。観客からの質問にドゥクフレが答えるという形なのだが、抽象的な質問が多く、ドゥクフレは答えにくそうだった。かと思ったら、「体が柔らかくなる運動があったら教えて下さい」という作品とは何の関係もない注文を出す女性もいてドゥクフレ苦笑い。それでもちゃんといくつか簡単なトレーニングを紹介して見せた。

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2021年1月 8日 (金)

NHKスペシャル「未解決事件 File.01 グリコ・森永事件」2011-2021

2011年7月31日

昨日、一昨日と二日に渡って放送された「NHKスペシャル 未解決事件 『グリコ・森永事件』」を見た。1980年代半ばに起こったグリコ・森永事件の再現ドラマ(上川隆也主演)と、ドキュメンタリーからなる番組。一昨日の第一部と、昨日の第二部は再現ドラマが主、昨日の第三部はドキュメンタリーである。

再現ドラマは硬派なタッチで、主演の上川隆也を始め、池内博之、宅間伸、大杉漣といった実力派を揃え、実に見応えがあった。上川隆也の演劇集団キャラメルボックス時代の同僚、近江谷太郎との共演も嬉しかった。

再現ドラマを見て、興味深かったのは犯人グループの挑戦文、予告文、脅迫文などを担当した男の文章である。グリコ・森永事件には北朝鮮工作員説があるが、少なくとも文章を書いた男の文学的素養は高く、言葉は乱暴ながら七五調を用いたり、言葉遊びをするなど、子供の頃から日本で育った人間でないとこういった文章を書くのは難しいと思われる。また他者の心理を煽る手法などは巧みで、ドラマ中で男の文章を「よく書かれている」と評する言葉があるが、確かにその通りである。

現金輸送車を警察が予想していなかった滋賀県方面に走らせたこと、また第三部で紹介された、当時の滋賀県警の刑事が目撃した大津サービスエリアで目撃した容疑者Fこと「キツネ目の男」の行動、また、滋賀県警察本部長の焼身自殺を持って犯行が終了したことなどから、犯人組織の中に警察の人間がいたのではという説はやはり有力なのかも知れない。

事実は小説よりも奇なりというが、確かにグリコ・森永事件のようなフィクションを描いたなら嘘くさくなるだろうが、事実としてこうした出来事が起こっていたということは実に興味深い。

第三部のドキュメンタリーでは、これまでは事件の動きを知らされていなかったとされる滋賀県警が独自に捜査を行っていたことが明らかになる。また第二部のラストでは企業にかかってきた強迫電話が日本音響研究所の鈴木松美氏によって最新技術で解析され、事件当時警察が想定した三十代から四十代の女性と一人の子供による脅迫電話(つまり親子の可能性が高いと思われた)は解析の結果、十代半ばの少女と二人の少年、つまり三人の子供によるものであることが明らかとなった。

 

2021年1月5日

NHKオンデマンドで、NHKスペシャル「未解決事件 File.01 グリコ・森永事件」3回分を1度に見てみる。初回と第2回がドラマ中心、第3回がドキュメンタリー中心という構成になっている。2011年の放送。『罪の声』の作者、塩田武士もこの番組を見て、グリコ・森永事件を題材とした小説の執筆の準備に入っている。前から気になっていた情報がテレビで放送されたため、他の作家に先を越されまいとしたためだが、担当編集者に「今すぐ書くだけの技量はない」と言われたため、その後5年掛けて取材し、小説を書き上げた。塩田は、ドラマで上川隆也が演じていた読売新聞記者、加藤譲(ゆずる)にも話を聞いたという。声に関する話は第2回の最後に出てくる。

第3回のドキュメンタリーでは、「キツネ目の男」、捜査員達からはFOXの頭文字から「F」と通称された男の話が、当時の大阪府警や滋賀県警の刑事達から語られる。男の似顔絵がかなり似ていたというのは複数の人物の証言から間違いなさそうである。身長も175cmから180cmと高め、そしてあの目つき。すぐに身元が判明しそうに思われるのだが、今に到るまで消息不明である(それらしき人物がいたことは確認されているようだが、すでに故人となっているようだ)。2カ所で目撃されたキツネ目の男の行動は余りにも異様であり、警察を挑発、もしくはおちょくっているようにも思われる。いかにおかしな行動を取っても法に触れていない限りは逮捕出来ず、職務質問をしたとしても何の証拠も出ないだろうということで、警察の考え方を知悉していた可能性があり、『罪の声』の犯人グループに元警察の人間がいたという設定はここから生まれた可能性が高い。

関西の各府警、県警の連携が上手く取れていなかったことが犯人を挙げられなかった最大の要因だが、犯人グループはそれすら察知していたようで不気味である。ただ、栗東市付近の名神高速道の下で職務質問されそうになった犯人グループの一人と思われる人物の行動がやはり最大の謎である。それまで脅迫をしても最終的には金を受け取りに現れなかった犯人グループだが、この時だけは名神高速道の白い旗の下という重要ポイントとなる県道に車を停めていた。それがいかなる意図で行われたのかはわからないが、かなり妙である。白い旗の下には指示とは異なり、空き缶は置かれていなかった。ただ高速道路であるため、通過する車が起こす風圧によって空き缶が飛んでしまったという可能性はある。周到に準備を重ねてきた犯人グループがそうした可能性も考えないという初歩的なミスを犯すだろうかという問題が残るが。地元の滋賀県警でも配備出来るはずもない場所であり、滋賀県警のパトカーが不審な車を目撃したのも偶然である。空き缶に「鞄を下に落とせ」という指示書が入っていたとしたら、犯人グループが金をせしめる可能性は結構高いように予想される。ただ、常識的に考えれば空き缶は最初からなく、次の指示もなかったと見るべきである。では、なぜその下の県道に犯人グループの一人が車を停めていたのか。答えは出そうにない。

 

実はJRになる前の国鉄高槻駅から京都駅に向かう列車に乗り、車窓から白い旗が見えたら鞄を窓から投げ落とせという指示があった際には、警察は白い旗を確認したが、見落としたふりをしてわざと落とさないという作戦を取っている。この時もあるいは白い旗の下に車が停まっていて、ということだったのかも知れないが、夜に走っている電車の窓から現金の入った鞄を落として、それを犯人グループが見つけて回収という筋書きにはリアリティがない。回収出来る場所に鞄が落ちる確率がどれだけあり、そもそも闇の中を落下する鞄を目視で確認出来るのかという話である。

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これまでに観た映画より(238) 「罪の声」

2021年1月4日 MOVIX京都にて

MOVIX京都で、日本映画「罪の声」を見る。グリコ・森永事件をモデルとした未解決事件に巻き込まれた子ども達の視点を中心に描いた作品。原作:塩田武士。監督:土井裕泰。脚本は「逃げるは恥だが役に立つ」の野木亜紀子。出演:小栗旬、星野源、市川実日子、松重豊、梶芽衣子、古舘寛治、宇野祥平、篠原ゆき子、原菜乃華、阿部亮平、火野正平、尾上寛之、橋本じゅん、川口覚、阿部純子、塩見三省、宇崎竜童ほか。音楽:佐藤直紀。

NHKがドラマ&ドキュメンタリーで制作した「未解決事件」でも第1作で取り上げられたグリコ・森永事件(NHKスペシャル「未解決事件 グリコ・森永事件」のドラマ部分主演は上川隆也)。多くの物的証拠や目撃証言が残りながら、今なお犯人像は藪の中という不可思議な事件であり、今に到るまで「逮捕出来ない理由があった説」「犯人外国人説」など様々な説が浮かんでは消えている。身代金を要求しながら犯人グループは一銭も手にしておらず、直接的な死者が出たわけでもなく、とにかく他に例を見ない奇妙な事件であった。いくつかある説の中で株を操作して儲けたのではないかという説をこの映画では採用しているが、たんなる愉快犯説、怨恨説などもある。
奇妙なことだらけの事件であるが、その中でも特に奇妙だったのが、電話で流された犯人からの指示メッセージである。録音された子どもの声によるものだった。グリコ・森永事件が振り返られる時にも、この声の主が誰でなぜ録音されるに到ったのか、またこの子ども達は今どうしているのかが最大の謎として立ちはだかる。「罪の声」はこの子どもの声による指示メッセージに注目して書かれたフィクションである。

製菓メーカーなどは架空のものに入れ替わっており、時効となったこの事件を取材することになった阿久津英士(小栗旬)が所属するのも大阪大日新聞という架空の新聞社で、大阪市役所の庁舎が大日新聞の社屋という設定で登場する。

架空の物語ではあるが、事件の経緯自体はグリコ・森永事件をほぼなぞっており、「キツネ目の男」も登場する。

京阪神地区を中心とする関西一円が舞台となっており、登場人物達も関西の言葉を話す。


京都でテーラーの二代目として働く曽根俊也(星野源)は、ふとしたことからギンガ・萬堂事件(略称「ギン萬事件」。グリコ・森永事件がモデル)で犯人が用いたメッセージに使われたのが幼い頃の自分の声だったことを知り、動揺する。父親の光雄(尾上寛之)が俊也の思い出の品をまとめたと思われる缶の中から、1984年に録音されたカセットテープが見つかったのだが、警察への指示メッセージの前には、わらべの「もしも明日が」を歌う幼い頃の俊也の声と、亡き父の笑い声などが入っていた。しかし、セットになっていると思われたメモ帳には英文が綴られていた。テーラーであった父にこれほどの英語力があったとは思えず、また字も父親のものではない。実は俊也には、「死んだ」と聞かされていた伯父の達雄がいた。「死んだ」というのは嘘だったのだが、達雄は姿をくらませており、生きているのか死んでいるのかもわからない。

大日新聞の記者、阿久津英士は、元々は社会部にいたのだが、事件取材のあり方に疑問を感じ、今は文化部に異動している。しかし、社会部から昭和の未解決事件を追跡する特別企画を任されることになり、ギン萬事件を追ううちに、やはり事件について調べている俊也の存在に気付く。

電話から流れた子どもの声によるメッセージは3回、いずれも違う子の声によるものだった。俊也と阿久津は残された二人の声の主を探すことになる。

犯人グループは暴力団の組長を中心に、暴力団から賄賂を受け取っていたことが発覚して懲戒免職になった元警官・生島秀樹(阿部亮平)、チンピラなどで構成されていたが、その中に俊也の伯父である達雄がいたことがわかる。達雄は若い頃は学生運動に身を捧げており(京大全共闘出身のようである)、権力というものに反感を抱いていた。父親が過激派に殺されたのをきっかけに左翼運動に傾倒し、革命を夢見ていたのだが、その後の学生運動の迷走に嫌気がさし、単身ロンドンへと渡っていた。そこに学生時代に柔道を通して知り合いになった生島が訪ねてきて、警察や世間に一泡吹かせてやりたいという話を持ちかける。達雄は自らの正義を完遂するために、ブレーンとして犯人グループに加わる。

「正義」というといかにも格好良く、死者を出さなかったということでフェアを気取っていたのかも知れないが、結局の所、製菓メーカーや食品会社が業績不振となり、規模縮小による解雇などで多くの人が不幸になっている。そしてそうしたことに関する想像力は一行に働いていない。俊也は事件について全く覚えていなかったため、普通に暮らし、妻子を得て仕事も順調であったが、カセットテープに録音された幼い頃の声を聞き、それまでと同じ精神状態で過ごすことは難しくなる。そして残る二人の声の主、実の姉弟は事件発生直後から暴力団によって軟禁状態に置かれるなど悲惨な人生を歩むことになっていた。真の悪の前には、自称「正義」はなんとも軽薄である。
メッセージに子どもの声を選んだのは、捜査の攪乱も狙っていたが、「子どもならそのうち声も変わる」という理由も含まれていた。声が変わってしまった後では心に傷も残らないと考えたようだが、そうした考えもやはり浅い。
「正義」は結局、私怨に過ぎず、「正しさ」自体が嘘だったのだ。

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2021年1月 6日 (水)

コンサートの記(679) クリスマス・オペラ「アマールと夜の訪問者たち」

2020年12月25日 兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて

午後3時から、西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、クリスマス・オペラ「アマールと夜の訪問者たち」を観る。台本と作曲は、ジャン=カルロ・メノッティ。演出と日本語訳詞は岩田達宗(いわた・たつじ)。岩田さんはこのところ、メノッティのオペラの演出を手掛けることが多い。出演は、古瀬まきを(ソプラノ)、福原寿美枝(ふくはら・すみえ。メゾ・ソプラノ)、総毛創(そうけ・はじめ。テノール)、福嶋勲(バリトン)、武久竜也(バス)、水口健次(テノール)。合唱は、堺シティオペラ記念合唱団と宝塚少年少女合唱団。ダンサーとして宮原由紀夫(振付兼任)、佐藤惟(さとう・ゆい。男性)が出演する。日本語歌唱、字幕付きの上演であり、歌手達はマウスシールドを付けて歌う。
兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールは、前から4列目の後ろに中央通路があるのだが、その中央通路より前は全て空席となっており、舞台からの飛沫を観客が浴びないよう工夫されている。

オーケストラは園田隆一郎編曲による室内楽編成であり、指揮はオペラのスペシャリストである牧村邦彦が担当する。演奏するのは3人だけで、關口康祐(せきぐち・こうすけ。ピアノ)、蔭山晶子(かげやま・あきこ。クラリネット)、福田奈央子(チェロ)という顔触れである。アンサンブルは舞台の下手端に陣取って演奏する。
今や関西を代表するソプラノ歌手の一人となった古瀬まきをの主演、母親役をこれまた関西ではお馴染みの福原寿美枝が務め、大阪音楽大学客員教授でもある岩田達宗の演出ということもあって、関西では有名なオペラ歌手も結構観に来ている。

作曲のジャン=カルロ・メノッティ(1911-2007)は、名前からもわかる通り、イタリア出身である。11歳にして初めてのオペラを自らの台本によって書いた神童であり、ミラノ音楽院に学んだ後で、同郷の大指揮者であるトスカニーニに誘われる形で渡米。フィラデルフィアのカーティス音楽院でも学んでいる。メノッティは同性愛者であったが、カーティス音楽院在学中に同じく同性愛者であるサミュエル・バーバーと知り合い、パートナーの関係になっている。当時はアメリカにおいても同性愛は認められにくい傾向にあり、バーバーは生涯そのことに悩まされることになるが、おそらくメノッティの場合も同様であり、また足に障害があったということもあって、生きることの苦悩が作品に反映されている。


「アマールと夜の訪問者たち」は、1950年にNBCから依頼を受けてテレビ用オペラとして書かれた作品であり、最初からテレビ用のオペラとして書かれた史上初の作品である。メノッティはメトロポリタン美術館で出会った絵画「東方三博士の礼拝」にインスピレーションを受けてこのオペラを完成させている。

「アマールと夜の訪問者たち」は、上演時間約50分と短いため、本編上演の前に第1部として、同じ西宮市内に本部のある関西学院大学神学部助教で関西学院宗教センター宗教主事も務める井上智(いのうえ・さとし)のトークと、宝塚少年少女合唱団(今日は女の子のみの出演。合唱指導・指揮:笠原美保)による讃美歌の合唱がある。
東方三博士ということで、3という数字がキーになっており、宝塚少年少女合唱団が歌った讃美歌も3曲全てが三拍子、本編の演奏は3人で行われ、セットも三角屋根のテントや頂点がオベリスクのように三角形になった背景が使用されている。アムールが初めて歌うアリアも三拍子で、設定上も3は重要な数となる。ただストーリーやメッセージは3が軸になるものではない。

井上智の話は、「暗闇の中で見る光」をテーマにしたもので、関西学院大学大学院修了後に岩手県での教会活動に従事した時の思い出に始まり、今自分であることの幸せをこのオペラの中に見出すという解釈を示した。ちなみにクリスマスは12月25日であるが、イエスの生まれた日も季節もはっきりとはわかっておらず(馬小屋で生まれたというのが本当なら少なくとも寒い季節ではなかったはずである)、冬至を過ぎて日が少しずつ長くなる頃が相応しいということで取り敢えず12月25日に決まった。ただ国や地域によっては1月6日をクリスマスとするところもあるという。
一応日本でも有名であるが、詳しいことは知られていない東方の三博士についても解説し、三博士は最初から三博士と決まっていたわけではなく、古い宗教画などを見ると、東方から集団でやって来る博士(王、占い師などそのほかのパターンもある)が描かれていたりもするという。ただ贈りものが三種類であったため、最終的には三人ということになり、今に到っているそうである。また、この三人は人間の人生における形態、つまり、青年、壮年、老年を表し、更に当時知られていた3つの大陸、ヨーロッパ、アフリカ、アジアの三つの象徴でもあるとされたそうである。王だったり博士だったり占い師だったりするのは理由があり、占術に長けた者が王として君臨することになった神託政治の時代があり(日本の邪馬台国なども「鬼道をこととしよく衆を惑わす」卑弥呼が王座にあるなど似た状況の時代は存在した。弓削道鏡と和気清麻呂の宇佐八幡宮託宣事件なども同じような部類に入ると思われる)、同一視されていたという。

 

主人公の少年、アマール(初演時はボーイソプラノが演じたが、演技力が必要であるため、現在ではソプラノ歌手が務めることが多い。演じるのは古瀬まきを)は、片方の足が不自由だが、想像力豊かな少年である。ただ母親(福原寿美枝)は単なる虚言癖だと見做しており、厄介に思っている。クリスマス直前のある日、アマールは巨大な星を見つけ、それに想像を加えて話すが、母親はアマールに早く寝るよう言いつける。アマールは、当時最下層の仕事である羊飼いをしており、極貧生活を強いられていた。その羊飼いも羊が死んでしまったことで続けられなくなりそうであり、母親は乞食になるしかないと嘆く。やがて、従者に導かれた三人の王様がアマール達の前に現れる。一人は黒人、一人は白人、一人はアジア人(アラブ系)で、みなそれらしい格好をしている。アラブ系の王であるカスパール(総毛創)は老人であり、耳が遠い。
三人の王様は、特別な子を探してやって来たと言い、その子の特徴を語る。その子の特徴はアマールにも当てはまるので、母親はそのことを歌う。やがて村人達(村人達は口の前に布を垂らし、頭巾を被るという大谷吉継スタイルのコロナ対策であるが、いかにも異境の人という見た目であり、自然に見える)が現れ、王達に贈りものをして歓迎の宴が始まる。アラブ風の格好の青年二人がアクロバティックなダンスを披露するなどかなり盛り上がる。ステージの上に階段4つ分の高さのステージがあるダブルステージなのだが、アマールは下のステージに降りて牧童の笛を吹き、一緒に盛り上がる(バッハのようだが「音楽の贈りもの」と受け取ることも出来る)。一方、母親は自分だけが贈りものすら出来ないため輪に加われず、上のステージの下手奥に一人所在なげに佇んでいる。三人の王様が寝静まった深夜、母親は貧困の身である苦悩を歌い、富豪達の想像力の欠如を嘆き、恨む。そして王達の財宝を盗もうとするのだが、従者に見つかってしまい……

ストーリー自体は子どもでもわかるシンプルなものであり、主人公のアマールが少年ということもあって共感も得やすいはずである。ただ、一見するとハッピーエンドに思えるストーリーの裏に、生きることの苦しみが宿っているようにも思える。
なくてはならはいはずの松葉杖を贈りものにしようとしたことで奇跡が起こり、アマールの足が治る。だが、アマールは松葉杖を贈りものとして持って、三人の王(全ての人種と全ての世代の象徴である)と共に星が告げる救世主の下に向かうことを母親に告げ、母親も松葉杖をアマールに背負わせる。補助や導きの役割と同時に不自由と苦しみの象徴である松葉杖を背負って旅をするということは、多くの人々の人生のメタファーであり、旅路は決して前途洋々としたものではないかも知れない。だがそれでもアマールは向かう。

15歳の頃、『巴里の憂鬱』というタイトルに惹かれてボードレールの詩集を購入した。その中にある「人皆キメールを背負えり」という詩が気に入った。不可解さを背負いつつ生き続ける人間存在への確かな眼差しが、その詩には描かれていた。松葉杖を背負って果てしない旅へと向かうアマールの姿が、ボードレールの詩に重なった。
天空を一人で支えるアトラスのように、全人類の悲しみを支える興福寺阿修羅像のように、とまではいかないが、彼こそが希望であり、我々の分身でもあり、代表でもある。それ故に心が躍る。豊かな想像力を武器とすれば、苦悩と宿命を背負ってはいても我々は希望へと到るために歩き続けることが出来る。
私の座右の銘は徳川家康公遺訓だが、最初の行である「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し急ぐべからず」はこの物語にも繋がる。人種や時代は違えど人間の本質はそう大きく異なるものではないし、異なるはずがない。

例年なら日本の年末のクラシックシーンは第九一色になるが、第九の「歓喜の歌」もこれに似たメッセージを持っている。あれは「歓喜! 歓喜! 万歳! 万歳!」という能天気な内容ではなく、共に苦難を生きる人類の旅路を歌ったものであり、まだ訪れていない輝かしい未来への讃歌である。1年の終わりに自分だけでなく全人類の未来を夢見る儀式のようなものがあるというのは、おそらく良いことなのだと思われる。

 

日本社会においてはオペラは根付くのに時間が掛かっており、観たことのない人からは、「外国語を使った高尚で近づきがたい存在」か、「太った男女がわけのわからないことを歌っているへんちくりんなもの」という両極端なイメージで語られてしまうことも多いのだが、オペラとは今に到るまで作品が生き続けている偉大な作曲家のメッセージが込められたものであり、生きるための糧となるものが得られる豊穣なる時間の果実である。

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2021年1月 4日 (月)

これまでに観た映画より(237) 「さよならみどりちゃん」

2006年11月5日

DVDで日本映画「さよならみどりちゃん」を観る。「この窓は君のもの」、「ロボコン」の古厩智之監督作品。女性漫画家・南Q太の漫画が原作。
「3年B組金八先生」の乙女ちゃん役でおなじみの星野真里主演。共演は西島秀俊、岩佐真悠子ほか。

素直なことだけが取り柄であるOLのゆうこ(星野真里)は元バイト先の先輩であるユタカ(西島秀俊)と結ばれて幸せ一杯。ところが、ユタカから「みどり」という名の彼女がいると知らされてショックを受ける。それでもユタカが好きなゆうこは、ユタカの勧めで仕事帰りにスナック「有楽 YouLark」でのバイトを始める。ユタカの働くカフェバーで優希(岩佐真悠子)という女の子が働き始める。優希に「ユタカさんの彼女ですか?」かと聞かれたゆうこは違うと否定する。優希もユタカが好きで彼女になってみたいと言う。彼女じゃないから、とゆうこは答えた。
ユタカの優しさに惹かれるゆうこ。だが、ユタカの優しさはいい加減さと表裏一体であり、またユタカは誰に対しても優しいのだった……

自己が希薄で、すぐに流されてしまうゆうこ。映画の中でも成長は見られず、このまま人生駄目駄目街道を歩み続けそうだが、一途なところがあるため、鈍くささよりも愛らしさを先に感じてしまう。

大人になれない大人のユタカであるが、あるいは一度はゆうこに「No」と言って貰いたかったのかも知れない。言って貰ったからと言ってユタカが成長するとも、ゆうこが成長するとも限らないのだが。

星野真里のかなり長いヌードシーンがあるが、エロティックな感じが余りしないのは、「二人(ゆうことユタカ)はまるで捨て猫みたい」に見えるからだろうか。実に切ないのである。

ユーミンの「14番目の月」、“次の日からは欠ける満月より 14番目の月が一番好き”という歌詞を持つ曲を、ゆるーく歌うゆうこは本当に魅力的である。多分ゆうこは14番目の月にも満月にもなれないだろうし、救いがあるわけでもないのに何故か救われたような気分になれる。
「14番目の月」は主題歌としても用いられている。

古厩監督は最初の頃は矢口史靖監督と良く比較されたが、矢口監督がエンターテインメント路線を歩み続けているのに対し、古厩監督は独自の路線を進みつつあるようだ。電車の音や子供達の遊ぶ声など、街の音をそのまま効果音として使うところや、本来なら少しはカメラが寄りそうなところを全く寄らずにフラットに撮っているところなどが興味深い。

なお、星野真里はこの映画で、「ナントの勅令」で有名なフランス・ナントの映画祭の主演女優賞を獲得している。


昨日、「洛北日和」に“十四番目の月”というタイトルでモノクロームの写真を載せた。タイトルはもちろんユーミンの「14番目の月」に由来しているのだが、その翌日に「14番目の月」を主題歌にした映画を観るという偶然。大した偶然ではないけれど、人生は不思議だ。

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2021年1月 3日 (日)

「逃げるは恥だが役に立つ~ガンバレ人類! 新春スペシャル」

午後9時から、MBS毎日放送(TBS系列)で、「逃げるは恥だが役に立つ~ガンバレ人類! 新春スペシャル」。高学歴恋愛弱者であった森山みくり(心理学系の大学院修士課程を修了、臨床心理士の資格を所有。新垣結衣)と津崎平匡(京都大学卒。星野源)の頭が良すぎるがためのぎこちない恋愛を描いて好評だった連続ドラマから4年ぶりの新作となる。
その後、二人は結婚するが、正式には結婚ではなく事実婚である。選択的夫婦別姓が日本でも採用される日を待って入籍するつもりというインテリにありがちな選択をしているのだが、それよりも前にみくりの妊娠がわかり、という展開。子どもを産むのに未婚のままというわけにはいかないので、みくりが津崎姓を選ぶことになる。

2019年から2020年までを描いており、娘の亜江(あこう)が生まれた後でコロナ禍がやって来るという設定である。

頭でっかちであるために踏み込めない二人を描いた「逃げるは恥だが役に立つ」だったが、今回も出産、子育て、コロナ禍での家族という場面において理知的すぎるがために情を抑えてしまい、時に後悔する二人が描かれる。当然と言えば当然だが余り変わってはいない。ただそれらもまたいつか来るハッピーエンドに到るための障壁である。
ちなみに「平匡はASDではないか」という説があるのだが、トイレットペーパーの感触に異常にこだわるなど、少なくともHSPを伴うASD的な要素(略称が多くなってしまって、医療的な知識がない人にはなにがなんだかわからないと思う。ただし、略さなくてもわかりにくいのは一緒である)は見られる。ただ、人の感情を察することが苦手とまでは言えず、失言をしてもすぐに気付いて落胆するため、ガチガチのASDではないと思われる。仮にASD傾向にあったとしても、それはむしろ情に流されず、常識にアンチテーゼを突きつけるという意味でプラスに働いている。

「逃げるは恥だが役に立つ」はコメディではあるが、案外、社会的な面が描かれていることが多く、前作ではみくりが大学院を修了するも就職出来ず、更には派遣切りに遭った高学歴難民、平匡も給料が高いが故にリストラされるという展開があった(高学歴難民問題は今でも解決されていない)。雇用を描いたドラマだったのだが、今回のドラマではみくりも平匡も良い企業に転職出来たという設定である。高学歴な二人であるため、親族にもやり手が多く、学歴がない人もアイデアで成功していたりする。ただ育児休暇を始めとする休暇の問題やハラスメント、ジェンダー、アイデンティティに関わる病気など、働く上や生きていく上での問題にきちんと向き合っているという印象を受けた。物わかりが良すぎる人が多すぎるのが現実離れしているようにも見えるのだが。

ちなみにラストの「恋ダンス」にはNGシーンも含まれ、現実世界を忘れさせてくれるような和やかなものとなっていた。

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コンサートの記(678) 仲道郁代「デビュー20周年記念ピアノ・リサイタル」@ザ・シンフォニーホール

2006年10月22日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から大阪のザ・シンフォニーホールで、仲道郁代の「デビュー20周年記念ピアノ・リサイタル」を聴く。
モーツァルト、リスト、ショパンというプログラム。

日本屈指の人気ピアニストである仲道郁代。最近はベートーヴェンのピアノ曲の録音に取り組んでおり、丁寧な仕上がりで評価も上々である。ただ今日はアンコールも含めてベートーヴェンの曲は演奏されなかった。

まずはモーツァルトの「キラキラ星変奏曲」とピアノ・ソナタ第11番「トルコ行進曲付き」という、今月初めに聴いたファジル・サイのピアノ・リサイタルと完全に同じプログラム。もちろん仲道さんは変人でも天才でもないので安定した演奏を聴かせる。ファジル・サイのような強烈な個性を持つピアニストも良いが、毎週サイのようなピアノを聴いていたのでは疲れてしまう。仲道のような正統派の演奏を聴くことも大事だ。
技術は非常に高いが完璧とはいかない。プロとはいえ、毎回毎回絶好調というわけではないからこれは仕方ないだろう。ちなみに演奏のテンポはアンコールも含めて全て速めに設定されていた。
煌めくような音色が美しい。彼女のトレードマークともいうべき(?)口の中で旋律を呟く仕草も健在。そういった癖が健在である必要があるのかどうかはわからないが、癖も個性であり、それを見るのも楽しい。
トルコ行進曲ではたまにタッチが弱く感じられる箇所があったが、安心して聴ける演奏だった。
同じ曲目なので(私とピアノとの距離と位置関係もほぼ同じであった)ファジル・サイと比較しやすいが、音の透明度ではサイの方が上。というのもサイは右ペダル(ダンパーペダルという)を要所要所でしか使わなかったのだ(その分、左のソフトペダルはよく使っていた)。こういうところもグレン・グールドを連想させる。仲道郁代は正統派のペダリングであった。右ペダルを使うと音は大きくなり、伸びて表現はより豊かになるが、音が濁りやすくなる。一長一短だが、右ペダルを使わないで名演を奏でるのは難しい。

続いてリスト作品とリスト編曲作品。
まずはよく知られた「愛の夢」第3番。ロマンティシズムより技術が目立つところもあったが、優しげな表情の音の波が耳を心地良くくすぐる。
続いて、3つの演奏会用練習曲第3番「ため息」と、シューマン作曲・リスト編曲の「ミルテの花」より“献呈”。“献呈”の優雅な表情が印象的だった。


後半はオール・ショパン・プログラム。
幻想即興曲と前奏曲第15番「雨だれ」というポピュラー名曲に続き、ピアノ・ソナタ第3番が演奏される。このピアノ・ソナタ第3番が今日の演奏会の白眉であった。スケール豊かで情熱的な演奏であり、技術も構築力も抜群。穏やかなイメージのある仲道郁代だが、この曲の演奏の迫力は凄い。

最後は「英雄ポロネーズ」。かなり速めのテンポで粗い部分もあったが、迫力と説得力のある名演であった。


アンコールの演奏の前に、仲道が、20周年を大勢の聴衆(ほぼ満員であった)の前で迎えられたことを嬉しく思うという旨を述べ、涙ぐむという一幕があった。

アンコールは5曲。ショパンの夜想曲第20番(遺作)、リストの「メフィスト・ワルツ」第1番(村の居酒屋での踊り)、ショパンの「子犬のワルツ」、ロベルト・シューマンの『子供の情景』より「トロイメライ」、エルガーの「愛の挨拶」。

ショパンの夜想曲第20番の冒頭を他のピアニストとは違ってソフトに弾いたことと、「メフィスト・ワルツ」で見せた超絶技巧が印象的であった。

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2021年1月 2日 (土)

Eテレ「クラシック音楽館」オーケストラでつなぐ希望のシンフォニー ベートーヴェン交響曲全曲演奏2020

録画してまだ見ていなかったEテレ「クラシック音楽館」オーケストラでつなぐ希望のシンフォニー第一夜を見る。ベートーヴェンの交響曲を日本全国のオーケストラが1曲ずつ演奏していくという企画で、通常の演奏会ではなく、この企画のために特別に収録されたものが演奏される。

交響曲第1番は、広上淳一指揮京都市交響楽団が京都コンサートホールで行ったものが、第2番は飯守泰次郎指揮仙台フィルハーモニー管弦楽団が名取市文化会館で行ったものが放送される。

共にリハーサルの様子が収められており、広上はピアニカ(鍵盤ハーモニカ)吹きながら音楽を示し、飯守はオーケストラ奏者からの質問に真摯に答えている様子を見ることが出来る。

 

広上淳一指揮京都市交響楽団は、交響曲第1番の前に、ベートーヴェン弦楽四重奏曲第16番より第3楽章の弦楽オーケストラ編曲版も演奏する。

交響曲第1番は、バロックティンパニを用い、ピリオドを意識した演奏になっている。ただ弦楽のビブラートは要所要所での使い分けとなっており、ベートーヴェンの生きていた時代の演奏の再現を目指しているわけではない。
ヴァイオリンやフルートといった高音の楽器を浮かび上がらせており、それがフレッシュな印象を生んでいる。京響の持つ力強さを生かし、広上らしい流れの良さとエネルギー放出力が印象的な演奏を築き上げた。

ちなみに、広上のベートーヴェン解釈は独特で、元NHK交響楽団首席オーボエ奏者で、広上淳一に指揮を師事し、現在では指揮者として活躍する茂木大輔の著書『交響録 N響で出会った名指揮者たち』(音楽之友社)に、茂木がベートーヴェンの交響曲第1番フィナーレ(第4楽章)序奏部の解釈を広上に聞いた時のことが描かれているのだが、
広上(話し手の名前表示は引用者による)「あ、あれはね、花園があって。まず」
茂木(同上)「は、はい、花園……(メモ)」
広上「そこにね」
茂木「はい、そこに?」
広上「桜田淳子ちゃんが(引用者注:広上は桜田淳子の大ファンである)」
茂木「じゅ、淳子ちゃん……(メモ……)」
広上「遠くに、楽しそうに立っているのを、目指して、だんだん近寄って行くわけね。するとその花園がね……(どんどん続く)」
というものだそうである。

 

交響曲第2番を演奏する仙台フィルハーモニー管弦楽団。東北にある二つあるプロオーケストラの一つである。山形交響楽団の方が先に出来たが、仙台フィルの前身である宮城フィルハーモニー管弦楽団が生まれる際に、山形交響楽団から移籍した人も結構いた。仙台市と山形市は隣接する都市となっており関係は密である
山形交響楽団は飯森範親をシェフに迎え、関西フィルハーモニー管弦楽団の理事長であった西濱秀樹が移籍してからは、大阪でも毎年「さくらんぼコンサート」を行うようになったが、仙台フィルは関西での公演に関して積極的ではない。山形交響楽団がクラシック音楽対応のコンサートホール二つを本拠地としているのに対し、仙台にはまだクラシック音楽用のホールは存在しない。
ただ、録音や配信で聴く仙台フィルハーモニー管弦楽団はかなりハイレベルのオーケストラであり、かつて東京に次ぐ第二都市とまで言われた仙台の文化水準の高さを示している。

飯守も広上も関西に拠点を持っているが、タイプは正反対で、流れを重視する広上に対し、飯守は堅固な構築力を武器とする。
飯守は日本におけるワーグナー演奏の泰斗であり、ワーグナーに心酔していたブルックナーの演奏に関しても日本屈指の実力を持つ。

仙台フィルの音色の瑞々しい音色と、飯守の渋めの歌が独特の味となったベートーヴェン演奏である。

 

ベートーヴェン愛好家の多い日本に生まれるというのは、実に幸運なことである。生誕250周年記念の演奏会の多くが新型コロナによって中止となってしまっても、こうして放送のための演奏を味わうことが出来るのだから。第九の演奏を毎年のように生で聴けるということを考えれば、ドイツやオーストリアといった本場を上回る環境にあるのかも知れない。

 

 

録画してまだ見ていなかった、Eテレ「クラシック音楽館」オーケストラでつなぐ希望のシンフォニー第二夜と第三夜を続けてみる。

ベートーヴェンの交響曲を日本各地のプロオーケストラが1曲ずつ演奏し、収録を行うという企画。
交響曲第3番「英雄」は高関健指揮群馬交響楽団、交響曲第4番は小泉和裕指揮九州交響楽団、第5番は阪哲朗指揮山形交響楽団、第6番「田園」は尾高忠明指揮大阪フィルハーモニーが演奏を行う。基本的に本拠地での収録であるが、大阪フィルはフェスティバルホールでもザ・シンフォニーホールでもなく、NHK大阪ホールでの無観客収録が行われた。

 

建築としては第一級だが音響の評判は悪かった群馬音楽センターから高崎芸術劇場へと本拠地を移した群馬交響楽団。談合問題によるゴタゴタもあったようだが、クラシック音楽対応の大劇場や室内楽用の音楽ホール、演劇用のスタジオシアターなどを備え、評判も上々のようである。

日本の地方オーケストラとしては最古の歴史を誇る群馬交響楽団。学校を回る移動コンサートが名物となっており、小学生以来のファンが多いのも特徴である。コロナによって活動を停止せざるを得なかった時期にも、ファンからの激励のメッセージが数多く届いたそうだ。

Twitterで「高崎で高関が振るベートーヴェン」と駄洒落を書いたが、高関健は、1993年から2008年までの長きに渡って群馬交響楽団の音楽監督を務め、退任後は同交響楽団の名誉指揮者の称号を得ている。

古典配置での演奏。高関はノンタクトでの指揮。速めのテンポで颯爽と進むベートーヴェンであり、第1ヴァイオリンに指示するために左手を多用するのも特徴である。

「英雄」の演奏終了後には、プロメテウス繋がりで、「プロメテウスの創造物」からの音楽が演奏された。

 

交響曲第4番を演奏する小泉和裕指揮の九州交響楽団。アクロス福岡 福岡シンフォニーホールでの収録である。

九州も比較的音楽の盛んな場所だが、プロオーケストラは福岡市に本拠地を置く九州交響楽団のみである。人口や都市規模でいえば熊本市や鹿児島市にあってもおかしくないのだが、運営が難しいのかも知れない。

小泉和裕は徒にスケールを拡げず、内容の濃さで勝負するタイプだが、この交響曲第4番は渋めではあるが情報量の多い演奏となっており、なかなかの好演である。

演奏終了後に、序曲「レオノーレ」第3番の演奏がある。ドラマティックな仕上がりで盛り上げも上手く、交響曲第4番よりも序曲「レオノーレ」第3番の演奏の方が上かも知れない。

 

交響曲第5番を演奏するのは、阪哲朗指揮の山形交響楽団。長く一地方オーケストラの地位から脱することが出来なかったが、飯森範親を音楽監督に迎えてから攻めの戦略により、一躍日本で最も意欲的な活動を行うオーケストラとしてブランド化に成功した。キャッチフレーズは、「食と温泉の国のオーケストラ」。山形テルサ・テルサホールという音響は良いがキャパ800の中規模ホールを本拠地とするのが弱点だったが、今年、オペラやバレエ対応のやまぎん県民ホールがオープン。更なる飛躍が期待されている。
今回はそのやまぎん県民ホールでの演奏。
山形交響楽団はピリオドアプローチや、弦楽器をガット弦に張り替えての古楽器オーケストラとしての演奏に早くから取り組んでおり、今回の演奏でもトランペットやホルンはナチュラルタイプのものが用いられている。

阪哲朗はノンタクトで振ることも多いのだが、今回は指揮棒を使用。
冒頭の運命動機を強調せず、フェルマータも比較的短め。流れ重視の演奏である。速めのテンポで駆け抜ける若々しくも理知的な演奏であり、中編成の山形交響楽団とのスタイルにも合っている。

演奏終了後には、「トルコ行進曲」が演奏された。


尾高忠明と大阪フィルハーモニー交響楽団は、一昨年にフェスティバルホールでベートーヴェン交響曲チクルスを行っているが、「田園」だけが平凡な出来であった。「田園」はベートーヴェンの交響曲の中でも異色作であり、生演奏で名演に接することも少ない。

まず「プロメテウスの創造物」序曲でスタート。生き生きとした躍動感溢れる演奏である。

「田園」も瑞々しい音色と清々しい歌に満ちた満足のいく演奏になっていた。

 

 

録画しておいた、Eテレ「クラシック音楽」オーケストラでつなぐ希望のシンフォニー第四夜を視聴。川瀬賢太郎指揮名古屋フィルハーモニー交響楽団によるベートーヴェンの交響曲第7番、秋山和慶指揮札幌交響楽団による交響曲第8番、下野竜也指揮広島交響楽団による劇音楽「エグモント」の演奏が放送される。

今年36歳の若手、川瀬賢太郎。広上淳一の弟子である。神奈川フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者は契約を更新しないことを表明しているが、名古屋フィルハーモニー交響楽団の正指揮者としても活躍している。
神奈川フィル退任の時期や広上で弟子であることから、あるいは京都市交響楽団の次期常任指揮者就任があるのかも知れないが、今のところ広上の後任は発表になっていない。

「のだめカンタービレ」で有名になった交響曲第7番だが、曲調から若手指揮者が振ることが多く、佐渡裕のプロデビューも新日本フィルハーモニー交響楽団を指揮した第7をメインとしたコンサートだった。川瀬もやはり第7を振る機会は多く、今までで一番指揮したベートーヴェンの交響曲だそうである。
リハーサルでも単調になることを嫌う様子が見て取れたが、しなやかにして爽快な第7を演奏する。

愛知県芸術劇場コンサートホールで何度か実演に接したことのある名古屋フィルハーモニー交響楽団。意欲的なプログラミングでも知られており、今年もベートーヴェン生誕250年特別演奏会シリーズが予定されていたようだが、そちらは残念ながら流れてしまったようである。

第7の後に、「英雄」の第3楽章が演奏された。

 

第8番を演奏する秋山和慶指揮札幌交響楽団。日本屈指の音響との評判を誇る札幌コンサートホールKitaraでの演奏である。
秋山はレパートリーが広く、何を振っても一定の水準に達する器用な指揮者であり、外国人指揮者が新型コロナウイルス流行による入国制限で来日出来ないというケースが相次いだ今年は、各地のオーケストラから引っ張りだことなった。
岩城宏之が、「日本のクリーヴランド管弦楽団にする」と宣言して育てた札幌交響楽団。尾高忠明の時代に「シベリウス交響曲全集」や「ベートーヴェン交響曲全集」を作成し、好評を得ている。
秋山の適切な棒に導かれ、透明感のある音色を生かした活気ある演奏を示した。

 

下野竜也指揮広島交響楽団による劇音楽「エグモント」。序曲が有名な「エグモント」だが、劇音楽全曲が演奏されることは珍しい。

NHKの顔となる大河ドラマのオープニングテーマを何度も指揮している下野竜也。NHKとN響からの評価が高く、来年もN響の地方公演を振る予定がある。
下野は広島交響楽団に音楽総監督という肩書きで迎えられており、期待の大きさがわかる。
語りをバリトン歌手である宮本益光(歌手の他に語りなどをこなす器用な人であり、寺山修司ばりに、職業・宮本益光を名乗っている)が務め、ソプラノは石橋栄実(いしばし・えみ)が担当する。
下野らしいドラマティックな演奏であり、広島交響楽団の実力の高さも窺える。
人口で仙台市とほぼ同規模である広島市。両都市とも地方の中心都市でありながら音楽専用ホールがないという共通点があったが、広島は、旧広島市民球場跡地隣接地に音楽専用ホールを建設する予定がある。

 

 

午後8時から、オーケストラでつなぐ希望のシンフォニーのダイジェストを含む今年のクラシックシーン(例年に比べると寂しいものである)を振り返った後で、12月23日に東京・渋谷のNHKホールで収録されたNHK交響楽団の第九演奏会の模様が放送される。指揮は、スペイン出身のパブロ・エラス・カサド。フライブルク・バロック・オーケストラを第九と合唱幻想曲で本年度のレコード・アカデミー大賞を受賞した指揮者である。ノンタクトで汗をほとばしらせながらの熱演。

新型コロナ流行下での第九演奏であるため、合唱を務める新国立劇場合唱団は人数を抑え、前後左右に距離を空けての配置。歌唱時以外はマスクを付けていた。

HIPを援用した快速テンポによる演奏であるが、音が磨き抜かれており、N響の技術も高く、耽美的な演奏となる。
N響も本当に上手く、真のヴィルトゥオーゾオーケストラといった感じである。90年代にN響の学生定期会員をしていた時にも、「不器用だが上手い」という印象を受けていたが、今、90年代に収録された映像やCD化された音源を聴くと、「あれ? N響ってこんなに下手だったっけ?」と面食らうこともある。それほど長足の進歩を遂げたという証でもある。
カサドがスペイン出身ということも影響していると思われるが、音の重心が高めであり、フルートやヴァイオリン、ピッコロといった高音を出す楽器の音が冴えているのも特徴である。全体的に明るめの第九であり、アバド、シャイー、ムーティといったイタリア人指揮者の振った第九との共通点も見出すことが出来る。
第3楽章もかなり速めのテンポを取りながら溢れるような甘さを湛えているのが特徴である。
合唱も例年に比べると編成がかなり小さいが、収録されたものということで音のバランスは調整されており、迫力面でも不満はない。ライブではどんな感じだったのであろうか。

見通しの良い第九であり、甘美なのもこうした年の最後を締めくくる第九としては良かったように思う。

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2021年1月 1日 (金)

初詣に行きました 雪の崇道神社

今年は例年とは違い、繁華街からは遠く隔たった左京区上高野の崇道神社を初詣の社に選びました。祭神は崇道天皇=早良親王で、「京都市内最強説」を持つ社の一つです。都の鬼門=丑寅、やや丑寄りに鎮座しています。

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叡山電車三宅八幡駅下車。比叡山を見上げながら高野川沿いを進みます。

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崇道神社の祭神である、崇道天皇こと早良親王は、長岡京造営中の藤原種継暗殺事件の首謀者として、淡路に配流となる途中に食を絶って憤死(惨殺説もある)。以後、長岡京は度々の水害に遭うなどして造営を諦めざるを得なくなり、造営開始から10年後の794年(延暦13)に都は現在の京都市の前身となる平安京に移されました。長岡京の造営失敗は早良親王の怨霊によるものとされ、早良親王には崇道天皇が追諡されています。

京都市内には、御霊神社(上御霊神社)と下御霊神社に早良親王が合祀されていますが、早良親王を単独の祭神とするのは、京都市内では崇道神社だけです。

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普段は、「つゆ訪う者なし」といった感じの崇道神社ですが、1月1日ということもあり、地元の人を中心にそれなりの人出があるます。ただ並ぶということはほとんどありません。あったとしても拝殿の前で数十秒だけです。

雪の積もる崇道神社。帰り道には本格的な雪が舞い始めました。

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左の社には天照大神と豊受大神、右側の社は出雲高野神社で玉依姫が祀られています。この辺りは、平安遷都以前には古代豪族の出雲氏や小野氏の支配下にあった場所でした。また早良親王の生母は高野新笠ですが、玉依姫が高野新笠に重ねられてもいるのでしょうか。

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あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます
今年は丑年です
憂し年ではなく、CATTLE(勝てる)年になりますように

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