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2021年1月20日 (水)

コンサートの記(685) ジャナンドレア・ノセダ指揮 兵庫芸術文化センター管弦楽団第7回定期演奏会

2007年2月17日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター大ホールにて

西宮北口にある兵庫県立芸術文化センター大ホールで、兵庫芸術文化センター管弦楽団の第7回定期演奏会を聴く。指揮はイタリア出身で、ゲルギエフ門下のジャナンドレア・ノセダ。1964年生まれと若く、今後が期待されている指揮者の一人である。

兵庫芸術文化センター管弦楽団は、2月にこのノセダを呼び、3月定期にはネーメ・ヤルヴィの次男で、パーヴォ・ヤルヴィの弟であるクリスチャン・ヤルヴィを指揮台に招く。なかなか豪華な顔ぶれである。ノセダのチケットは取れたが、父も兄も名指揮者ということで期待の高いクリスチャン・ヤルヴィのチケットは瞬く間に完売になってしまったようで入手出来なかった。

さて、ジャナンドレア・ノセダ指揮の兵庫芸術文化センター管弦楽団の演奏会。前半がヴェーベルンとシェーンベルクという新ウィーン学派の作曲家の作品を並べ、後半にはウィーン生まれの作曲家、シューベルトの交響曲第8番「ザ・グレイト」を置くという、「ウィーン」をテーマにしたプログラムである。

ヴェーベルン編曲(J・S・バッハ作曲)の「音楽の捧げもの」より《6声のリチェルカーレ》とシェーンベルクの室内交響曲第2番は、いずれもノセダの優れた音楽性を示した演奏であった。特にシェーンベルクは室内交響曲第2番では、ゾッとするほど美しい音を楽譜とオーケストラから引き出し、ノセダという指揮者がただ者でないことがわかる。
ただ、ノセダの指揮姿は、指揮棒を上げ下げするだけの単調なもので、プロらしくない。


シューベルトの交響曲第8番「ザ・グレイト」は情熱に溢れ、剛胆な迫力に満ちた演奏。ただ情熱一辺倒の感は否めず、ところにより暑苦しさを覚える。また会場にいる他の誰よりもノセダ本人が音楽に夢中になってしまっているのがわかるため、こちらがうまく音楽に酔えないもどかしさもある。
それにしてもノセダの指揮は妙だ。指揮棒の上げ下げを繰り返すだけかと思ったら、腰を振ったり、飛び上がったり、片足に重心を置いて斜めになりながら指揮したりと、指揮法をちゃんと学んだことがあるのか疑問に思えるほど個性的。棒を縦に振り、腰を揺すっている後ろ姿はまるで卓球選手のよう。ノセダの作る音楽もラケットで音を次々と跳ね返していくようなスポーツじみたところがある。
とはいえ、スケールは大きく、推進力、爆発力ともに抜群であり、また聴いてみたいと思える指揮者であった。

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