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2021年2月11日 (木)

観劇感想精選(383) 深津篤史演出 桃園会 “a tide of classics”公演 岸田國士戯曲連続上演 「留守」「驟雨」「紙風船」

2007年6月13日 大阪・心斎橋のウイングフィールドにて観劇

大阪へ。ウイングフィールドで、桃園会の“a tide of classics”公演、岸田國士(きしだ・くにお)戯曲連続上演、『留守』、『驟雨』、『紙風船』を観る。演出はもちろん桃園会主宰の深津篤史(ふかつ・しげふみ)。

岸田國士戯曲賞にその名を残す岸田國士は、明治23年(1890)生まれ。劇作家、小説家、演出家、翻訳家として活躍し、戯曲の文学性と独自性がいかに重要であるかを説いて、後進に多大な影響を与えた。先頃(2006年12月17日)亡くなった岸田今日子の父親としても知られる。
また、明治大学文芸科科長となり、演劇専攻を設立した。明治大学文芸科はその後に再編され、明治大学文学部文学科となった。その際、文芸科は廃されることなく、明治大学文学部文学科文芸学専攻として第二部(夜間部)にのみ残された。日本を始めとした各国の文学と演劇が学べるというカリキュラムと、ずっと御茶ノ水にいられるということに惹かれた私が明治大学文学部文学科文芸学専攻(文芸学科という俗称もあった)に入ってしまったのが1994年のこと。というわけで、明治大学文学部出身の私としては岸田國士作品の上演を見逃すわけにはいかない。

午後8時開演の公演。午後7時より受付開始、整理券発行とのことだったので、その時間ぴったりにウイングフィールドに着く。やはり整理券番号1番を貰ってしまう。東京だと、受付開始時間前に人が列を作っていたりするのだが、関西ではそうした光景を見ることはほとんどない(有名人の出る公演は別である)。「いらち」と言われる大阪人だが、個人的な見解を述べると東京人の方がずっとせっかちである。というわけで東京では受付時間前に行って並ばないと気が済まない人が多いということになる。

戯曲の独自性を説いた岸田國士だが、今の時代から見ると小説との親和性が強い。そして登場人物がとにかく良く喋る。明治・大正期の小説を読むと、会話が長い人が多く出てくるし(泉鏡花の小説などを読むと一人で3ページ分ほど延々と喋り続ける人が出てくる)、往時の人は現代人より長く喋る傾向もあったと思われるので(他に娯楽もないし)余り違和感は覚えないのだが、その世界に入り込むのに多少時間が掛かる。桃園会は、普段は短いセリフを繋いでいくスタイルを持つ劇団なので尚更だ。

一人の人物が延々と話すというスタイルの演劇は現代ではやりにくい。今は一人で長々と喋る人はほとんどいないので、それをやろうとすると「いかにも演劇的スタイル」となり、そうした「いかにも演劇的な嘘」に観客も慣れていない。「いかにも演劇的な嘘」を見せるとしたら、義太夫のように、もしくはク・ナウカのように、演じ手と話し手をわけるといった思い切った嘘が必要なのかも知れない。岸田が活躍した時代というのは、ある意味、戯曲を創作するのに恵まれていたとも言える。

『留守』、『驟雨』、『紙風船』全てにおいて、男女の関係のバランスに重点が置かれている。特に『驟雨』と『紙風船』では我が儘な男と自分の立場を主張する女のやり取りが題材となっており、当時、男女の立場がいかに重要な議題であったかが窺われる。

深津の演出はオーソドックス。衣装なども往時のスタイルを守っている。
役者は、女優陣の方がレベルが高い。特に看板女優である江口恵美の存在感は特筆事項。江口がいるだけで舞台が引き締まる。

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