これまでに観た映画より(245) 黒沢清監督作品「叫(さけび)」
2007年4月6日 京都シネマにて
京都シネマで、日本映画『叫(さけび)』を観る。「立教ヌーヴェルバーグの旗手」、「ネオ黒沢」の異名を持つ黒沢清の脚本・監督によるホラー・サスペンス。出演は、役所広司、伊原剛志、小西真奈美、オダギリジョー、奥貫薫、葉月里緒奈ほか。同じく「立教ヌーヴェルバーグの旗頭」と目される周防正行監督の『それでもボクはやってない』の加瀬亮もちょい役で出演しており、『それでもボクではやってない』同様、役所広司と絡んでいる。
黒沢監督自身の作品である『CURE』や『回路』などに通ずるところのある作品だ。特にラストは『回路』のそれを別側から描いているように見える。
刑事の吉岡登(役所広司)は東京ベイエリアの古いマンションに一人暮らし。独身であるが、ずっと年下の春江(小西真奈美)という恋人がいる。
東京湾岸で、潮水で被害者を窒息させて殺すという手口の犯行が相次いでいる。吉岡は犯行現場で自分のコートのボタンによく似たボタンが落ちているのを発見する。自宅に帰るとコートのボタンがやはり無くなっている。春江に電話で確かめてもコートのボタンのことはわからないという。気になった吉岡は犯行現場に向かい、ボタンを拾う。その時、赤い服の女(葉月里緒奈)が現れる。その女の正体は幽霊であった。吉岡は自分がその女を殺したのではないかとの想念にとらわれ始める。しかしそれこそが女の陰謀の始まりだった……
CGなどにやり過ぎの箇所があるなど、完成度は黒沢監督としてはそう高い方ではないだろう。ただ先に書いた『回路』に繋がる終末感を示し、『回路』では主人公を演じた麻生久美子に前向きな言葉をかけた役所広司を、「許され、残されるが故の地獄」に置くことで、『回路』が相対化されているようにも見える。
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