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2021年4月 4日 (日)

コンサートの記(704) 久石譲コンサート2021 in ザ・シンフォニーホール

2021年3月24日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、久石譲コンサート2021 in ザ・シンフォニーホールを聴く。本来なら2020として昨年の12月23日に行われるはずの公演だったのだが、久石譲が指を骨折したため、延期となっていた。チケットは昨年12月23日のチケットがそのまま使用出来るが、この日に来場出来ない場合は事前の払い戻しにも応じていた。演奏は日本センチュリー交響楽団。久石譲であるが、指の骨折に関しては現在もリハビリ中であり、ピアノを弾く演目はない。

映画音楽の作曲家として名高い久石譲だが、元々は前衛志向の強い現代音楽の作曲家であり、近年は指揮者としての活動も本格的に開始。ライブ録音によって完成した「ベートーヴェン交響曲全集」は高い評価を受けている。なお、久石譲は、今年の4月より日本センチュリー交響楽団の首席客演指揮者に就任する予定である。


曲目は、モーツァルトの交響曲第40番ト短調、久石譲の自作自演となる「I Want to Talk You ~for string quartet,percussion and strings~」、モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」


今日の日本センチュリー交響楽団は、ヴァイオリン両翼の古典配置での演奏。コンサートミストレスは松浦奈々。

久石譲は全曲、ノンタクトでの指揮である。


モーツァルトの交響曲第40番ト短調。モーツァルトの交響曲の中でも日本で特に人気のある曲である。モーツァルトが単調で本音を語った数少ない曲とされているが、本当にそうだったのかは今となってはわからない。モーツァルトの後期三大交響曲の作曲の動機は不明とされ、往事はいつか演奏する日のためにまとめて作曲され、初演を待たずモーツァルトが他界したと思われてきたが、交響曲第40番に関してはモーツァルトの生前にアントニオ・サリエリの指揮で初演が行われていることが確認されている。

クラリネット入りの第2版での演奏。

ピリオドアプローチを取り入れた演奏で、弦楽器はビブラートをかなり抑えている。第1楽章はピリオドであることを強調しない自然体の演奏であったが、第2楽章では拍を強調し、音を立体的に浮かび上がらせるという個性が発揮された演奏となっていた。リズム主体の演奏となるため、寂寥感のようなものが後退し、構造的な美と舞曲的側面が露わになる。モーツァルトの純粋な魂が、体を離れてしばし中空で舞っているかのようだ。
第3楽章では低弦を強調し、シンフォニックな響きが強調される。ゲネラルパウゼの生かし方も効果的である。なお、第3楽章までは繰り返し記号を履行していたが、第4楽章では繰り返しは採用せずに終わった。ラストのマジカルな効果を生かすためだと思われる。

なお、第1楽章演奏終了後に、客席から巨大なくしゃみが起こったため、久石の指揮台上で苦笑。後ろを振り返っていた。


久石譲の「I Want to Talk You ~for string quartet,percussiion and strings~」。「I Want to Talk You」は、元々は映画「かぐや姫の物語」の音楽を基にした合唱曲として作曲されたのだが、作曲中に弦楽四重奏団と弦楽オーケストラとパーカッションのための作品にするというアイデアが浮かび、合唱版に先駆けて演奏される。

プログラムノートに久石は、「街を歩いていても、店に入っても人々は携帯電話しか見ていない。人と人とのコミュニケーションが希薄になっていくこの現状に警鐘を鳴らすつもりでこのテーマを選んだ。だが、世界はCovid-19によって思わぬ方向に舵を切った。人と人との接触を控えるこの状況では携帯電話はむしろコミュニケーションの重要なツールになった。この時期にこの曲を書いたことは『あらかじめ想定されていた』あるいは『書くべくして書いた』という何か運命的なものを僕は感じている」と記している。コミュニケーションが変容したわけだが、あるいはコミュニケーションの概念自体が今後は変化していくのかも知れない。ただ接していればいいというのではない。理解しなければならない。そして理解するには最初から「理解しよう」という姿勢でいなければならない。

久石譲はメロディーメーカーであり、ジブリ映画を始めとする多くの映画で名旋律を聴くことが出来るが、真骨頂は現代音楽において発揮される。「I Want to Talk You~for string quartete,percussion and strings~」でも徹底したミニマルミュージックの手法が用いられている。推進力に富み、ノリも良い。
グロッケンシュピールを弦楽の弓で弾くなど、特殊奏法(比較的よく見られる奏法ではあるが)も用いられていた。


モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」。
交響曲第40番でもそうだったが、センチュリー響は冒頭ではやや洗練度不足である。ただ、久石は最初から第4楽章に照準を合わせた音楽作りをしているようで、曲が進むたびに演奏のクオリティが上がっていく。
交響曲第40番はティンパニなしの楽曲であるが、「ジュピター」ではバロックティンパニが大活躍。ピリオド奏法が普及するまではよく分からなかったが、往年の作曲家は打楽器、特にティンパニをアクセントとしてかなり重視していたようである。
久石の指揮は独特のタメが個性的であり、速度の自在な変化も特徴であるが、強弱の付け方などはピリオドの原則も生かしている。


アンコール演目は、久石の「魔女の宅急便」より、自作自演であるだけに万全の出来であった。

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