コンサートの記(718) 「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」2021 辻彩奈&江口玲「情熱のプロコフィエフ」+藤原真理&倉戸テル「至高のチェロ」
2021年5月1日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール大ホールにて
大津市の滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールで行われる「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」2021の初日に参加する。
新型コロナウイルスの流行で昨年は開催中止となった「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」。今年はコロナ対策として、ステージ上が密になりやすいオーケストラやオペラの公演を取りやめ、空間が広く飛沫が留まりにくい大ホールで室内楽、器楽、声楽の演奏会を行うという形に変更となった。「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」はオペラ上演が目玉だったが、現在の状態で音楽祭の催しの一つとしてオペラを上演することは現実的ではない。
音楽祭は朝から行われるが、最初に行われるサキソフォンの上野耕平の公演は時間が早すぎるということでパスし、午前11時20分開演の辻彩奈(ヴァイオリン)&江口玲(ピアノ)、午後12時40分(0時台と12時台は午前でも午後でもないという説もあるが通じれば良いので無視する)開演の藤原真理(チェロ)&倉戸テル(ピアノ)、午後2時10分開演の高木綾子(フルート)の公演は事前にチケットを手に入れていた。続く前橋汀子(ヴァイオリン)&松本和将(ピアノ)、舘野泉(ピアノ)の公演も興味があったのだが、コロナ禍ということで様子見であり、これらは当日券を買って入った。最後の公演はびわ湖ホール声楽アンサンブル・ソロ登録メンバーによる合唱であったが、一日に接する公演としては5公演でもかなり多いということで、こちらは見送った。
京都を出た時は曇り空だったが、びわ湖浜大津駅で降りて、琵琶湖畔を歩いている時に日が射す。
公演ナンバー1-L-2(1日目-Large hall-2回目)「情熱のプロコフィエフ」。出演は、辻彩奈(ヴァイオリン)と江口玲(ピアノ)。
若手女性ヴァイオリニストの代表格となりつつある辻彩奈。1997年、岐阜県生まれである。2016年にモントリオール国際音楽コンクールで第1位を獲得し、一躍注目を浴びている。特別特待奨学生として東京音楽大学に入学し、卒業。現在は東京音楽大学のアーティストディプロマにやはり特別特待奨学生として在籍しているようである。「題名のない音楽会」などメディア出演も多い。
ピアノの江口玲(えぐち・あきら。男性)は、日本を代表する名手の一人で、東京藝術大学附属音楽高校を経て東京藝術大学音楽学部作曲科を卒業後に渡米し、ジュリアード音楽院のピアノ科大学院修士課程を修了。同校のプロフェッショナルスタディーにも学ぶ。ピアニスト、作曲家、編曲家として活躍し、2011年までニューヨーク市立大学ブルックリン校の教員を務めたほか、東京藝術大学ピアノ科の教授としても活躍している。
曲目は、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第18番とプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第2番。
今でこそ、ヴァイオリン・ソナタというとヴァイオリンが主役の楽曲だが、モーツァルトの時代のヴァイオリン・ソナタは、ヴァイオリン付きのピアノ・ソナタという捉え方が一般的であった。モーツァルトはこのヴァイオリン・ソナタ第18番においてヴァイオリンとピアノを同格に扱う試みを行っている。ヴァイオリン・ソナタにおいてヴァイオリンが完全に主役になるにはベートーヴェンの登場を待たねばならない。
辻の滑らかなヴァイオリンも魅力的だが、ここはやはりキャリアがものをいうのか、江口のまろやかで甘いピアノの調べの方がより印象の残る。
演奏終了後に辻がマイクを手にしてトーク。モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第18番は、10年前、辻がまだ中学校1年生だった時に参加した、びわ湖ホールでのセミナーの時に弾いた想い出のある曲で、今回、びわ湖ホール芸術監督で「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」の芸術監督も兼ねる沼尻竜典から「この曲を弾いて欲しい」と提示されて驚いたという話をする。
メインであるプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第2番。昨年の2月、初めての緊急事態宣言の発令する直前に、フェスティバルホールで行われた秋山和慶指揮大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会で、辻はプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番のソリストを務めて成功を収めている。
独自の個性により、音楽史上に異彩を放っているセルゲイ・セルゲイヴィッチ・プロコフィエフ(1891-1953)。モーツァルト没後100年目に生まれ、スターリンと同年の同日に他界した。
プロコフィエフは、ロシアン・アヴァンギャルドに影響を受けた作曲家には実は含まれないことの方が多いようだが(ライバルで犬猿の仲でもあったショスタコーヴィチはロシアン・アヴァンギャルドに影響を受けた作曲家に入る)、とんがった独自の才気が特徴であり、それは辻の個性にも繋がる。瞬発力抜群で諧謔的な部分もあっさり飲み込んでみせる辻の未来は明るいように思う。
通常は、大中小のホール、更には屋外のテラスも使って行われる「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」だが、今回は大ホールのみの使用で、中ホールのホワイエが飲食可のスペースとなり、中ホールの客席は休憩に利用できる(飲食等は不可)。
共通ロビーでは、滋賀県の物産展が行われており、あんパンを買って中ホールのホワイエで食べた。
午後12時40分開演の、公演ナンバー1-L-3「至高のチェロ」。出演は、藤原真理(チェロ)と倉戸テル(ピアノ)。
ベテランチェリストである藤原真理。大阪生まれ。1959年に桐朋学園「子供のための音楽教室」に入学し、以降、斎藤秀雄にチェロを師事する。指揮の斎藤メソッドで有名な斎藤秀雄であるが、元々はチェリストとして音楽活動を始めた人である。
1971年に第40回日本音楽コンクール・チェロ部門第1位および大賞受賞。1978年にはチャイコフスキー国際コンクール・チェロ部門で2位入賞。
坂本龍一と共演するなどメディア活動も多い人だが、私は藤原真理の実演に接するのは初めてである。
DENONレーベルに録音した、J・S・バッハの無伴奏チェロ組曲全曲が高い評価を得ており、私も持っているが情緒豊かな演奏である。
ピアノの倉戸テル(男性)は、東京藝術大学大学院修士課程を修了し、ジュリアード音楽院大学院も修了。ソロの他、室内楽でも強さを発揮し、藤原真理との共演数は200回を超える。宮城教育大学教授。
オール・ベートーヴェン・プログラムで、『魔笛』より「恋人か女房があれば」の主題による12の変奏曲と、チェロ・ソナタ第3番が演奏される。
『魔笛』より「恋人か女房があれば」の主題による12の変奏曲は、パパゲーノのアリアを変奏曲にしたもので、モーツァルト作品のバリエーションということもあってベートーヴェンとしてはユーモアに富んだ楽曲となっている。
チェロ・ソナタ第3番であるが、タイトルはピアノとチェロのためのソナタであり、まだピアノが主役と見なされていた時代の作品である。ただ藤原真理のトークによるとベートーヴェンの5曲あるチェロ・ソナタの中で、第1番と第2番はピアノが主役であるが、第3番はチェロが初めて前に出始めた作品だそうである。
チェロの独奏に始まるドラマティックな曲想だが、第3楽章は爽やかで、愛の囁きのような情熱的な部分があるのも特徴である。
藤原のチェロは渋めの音色で朗々と歌う。スケールも大きい。
藤原は、ベートーヴェンの時代のピアノで聴かせてみたいとも語っていた。当時のピアノはハンマーの戻りが現在のモダンピアノより早いため、テンポも自然と速くなるという。ただ、ベートーヴェンの時代のピアノはもう世界に数台しか残っていないそうである。
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