コンサートの記(731) カーチュン・ウォン指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第550回定期演奏会
2021年7月16日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて
午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第550回定期演奏会を聴く。指揮は日本でもお馴染みの存在となったカーチュン・ウォン。本来は、ミシェル・タバシュニクが指揮台に立つという渋い人選だったのだが、新型コロナウイルスによる入国制限により来日不可となり、カーチュン・ウォンが代役を務めることになった。
シンガポール出身のカーチュン・ウォン。1986年生まれ。シンガポールで作曲を学んだ後でドイツに渡り、ベルリン・ハンス・アイスラー音楽大学で指揮を学ぶ。クルト・マズアに師事し、2016年にはグスタフ・マーラー国際指揮者コンクールで優勝。直後にグスターボ・ドゥダメルに招かれて、ロサンゼルス・フィルハーモニックにおいて彼のアシスタントを務めた。現在は、ニュルンベルク交響楽団首席指揮者の座にある。
2019年に京都市交響楽団に客演した際には、プレトークで簡単な日本語も披露していたカーチュン・ウォン。「俊英」という言葉が最もよく似合うタイプである。
曲目は、リストの交響詩「レ・プレリュード(前奏曲)」、バルトークの「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」(ラヴェル編曲)。前半にハンガリーゆかりの作曲家が並んでいる。
リストの「レ・プレリュード」とムソルグスキーの「展覧会の絵」はドイツ式の現代配置で演奏されたが、バルトークの「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」は独自の配置。指揮者の正面上手寄りにハープ、下手寄りに蓋を取り払った形のピアノが演奏者が指揮者や客席側に顔を向けられるようにセッティングされ、その上手側つまりハープの後ろにチェレスタが置かれる。ピアノとチェレスタの後ろにティンパニが置かれ、その横や後ろに様々な打楽器奏者が並ぶ。
カーチュン・ウィンは、今日は「レ・プレリュード」と「展覧会の絵」では譜面台を置かず、暗譜での指揮。「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」では譜面台と総譜を用意しており、譜面をめくりながらの指揮だったが、視点は常に演奏者達を捉えていて、「一応、総譜は用意してめくる形での」暗譜による指揮であった。
リストの交響詩「レ・プレリュード」。コロナ感染者が再び増加を続けている大阪。客席が十分に埋まっていないということもあってか、金管がやや響きすぎの気もしたが、きちんとした造形美と優れた推進力で、この曲の魅力を十全に引き出す。大フィルの音色も美しい。
カーチュン・ウォンは長めの指揮棒を使用し、ピアニシモを示すときに完全にしゃがみ込んで指示するなど、個性的な指揮姿である。
バルトークの「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」。チェレスト独奏は仲香織、ピアノ独奏は長尾洋史。
バルトークの「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」は、「音楽の友」誌などで行われる「20世紀が生んだ最高の楽曲」アンケートの上位常連曲である。
コダーイなどと共にハンガリー民謡の採譜なども行っていたバルトークが東洋的な情緒も込めて(ハンガリーのフン族は、元々東洋系の民族である)作曲した作品で、日本でいうと伊福部昭などにも繋がるような、土俗的な迫力にも満ちている。
4つの楽章から鳴るが、第1楽章は「夢への墜落」と名付けたくなるような独特のミステリアスな楽想が個性的である。一方、第4楽章は快活で、民族舞踊的な素朴で味わい深い迫力が興奮を呼ぶ。
ウォンの理知的で計算された音運びと、それを超えた音楽の喜びがこぼれ出るような演奏で、聴いているこちらの頬も緩む。
演奏終了後、ウォンは楽団員に立つよう指示するも、大フィルのメンバーはウォンに敬意を表して座ったまま拍手、のはずが、下手側のチェロ奏者二人が立ってしまい、顔を見合わせ苦笑いして座り直していた。こういうハプニングも楽しい。
メインであるムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」(ラヴェル編曲)。
冒頭のトランペットが力んで音が濁ったのが残念だったが、以後は金管は輝かしい音を響かせ続ける。
色彩感抜群の美演で、ラヴェル寄りの演奏であったが、特に弦楽器の響きなどは「マジカル」の領域に達している。風が吹き抜けるような音を出したり、人間の声のように響いたりと、これまで実演や録音で聴いたどの「展覧会の絵」とも異なる演奏で、ウォンの実力の高さは疑いようがない。
「サミュエル・ゴールデンベルクとシュミュイレ」や「キエフの大門」などではラスト付近の音型が通常とは異なっているように聞こえたが、どの版を用いたのかも気になるところである。
迫力も十分ながら、音の輝かしさと彩りの豊かさ、純度の高さなど全てが新鮮で、新時代の「展覧会の絵」の誕生に立ち会ったかのような爽快さを覚えた。
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