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2021年7月 5日 (月)

コンサートの記(728) 阪哲朗指揮山形交響楽団特別演奏会 さくらんぼコンサート2021大阪公演

2021年6月26日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後5時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、山形交響楽団特別演奏会 さくらんぼコンサート2021大阪公演を聴く。

毎年恒例の「さくらんぼコンサート」。昨年は新型コロナの影響で中止となったが、今年は東京では山形交響楽団芸術総監督の飯森範親による指揮、大阪では同常任指揮者による阪哲朗の指揮によるコンサートが行われる。

飯森範親の積極的な売り込みと、意欲的なプログラミング、山形を舞台とした映画「おくりびと」にも出演するといった広報戦略によって、「田舎の地味な団体」というイメージを覆し、今やブランドオーケストラへと成長した山形交響楽団。中編成の特性を生かして、特に古典派から初期ロマン派の演奏で魅力を発揮。ピリオド演奏にも積極的で、オール・モーツァルト・プログラムの演奏を行った時には、弦楽器もガット弦に張り替えて、ほぼ古楽器オーケストラとして演奏したこともある。


今日のプログラムは、モーツァルトの交響曲第38番ニ長調「プラハ」、ブリテンの左手のピアノと管楽器のための主題と変奏「ディヴァージョンズ」(ピアノ独奏:舘野泉)、シューベルトの交響曲第3番ニ長調。


指揮の阪哲朗は、京都市出身の指揮者。両親は山形県の出身である。京都市立芸術大学作曲専修を経て、ウィーン国立音楽大学指揮科に学び、その後はドイツ語圏の歌劇場の指揮者として活躍。1995年には第44回ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。現在は東京藝術大学や国立音楽大学の特別招聘教授として後進の育成にも当たっている。日本における自宅は大津市内に構えているということで、びわ湖ホール芸術参与でもある。


山形交響楽団の「さくらんぼコンサート」は、ホワイエで行われる山形物産展が魅力の一つだが、今年はコロナの影響で規模を縮小しての開催。さくらんぼと、山形市に本社を置く「でん六」の新作であるさくらんぼ味のでん六豆の販売のみが行われた。でん六豆のさくらんぼ味は私も買って食してみたが、なかなかの美味である。
なお、演奏会終了後には、来場者全員に、東根市産のさくらんぼがプレゼントされる。


山形交響楽団芸術総監督の飯森範親によると、本番前のプレトーク(変な言い方であるが、他に良い言葉がない)を日本で最初に始めたのは自分自身で、山形交響楽団においてであったそうだが、今回も午後4時40分頃に、パイプオルガンの音による開始5分前の合図があり、午後4時45分頃に山形交響楽団専務理事の西濱秀樹が登場してプレトークが始まる。西濱秀樹は、元々は関西フィルハーモニー管弦楽団の理事長を務めていた人で、赤字続きだった関西フィルの経済状況を好転させた手腕が買われて山形交響楽団に移籍している。

西濱は、「大阪公演には特別ゲストをお招きしております。俳優さんとかじゃないですよ」と言って、特別ゲストであるでん六のゆるキャラ・でんちゃんが登場。でん六の広報担当だと思われる男性も登場して、でん六の新作であるさくらんぼ味の宣伝などを行った。

その後、指揮者の阪哲朗が登場し、曲目の紹介などに移るのだが、さくらんぼの生産で有名な東根市の法被を西濱と二人で来てプレトークを続けることになる。
阪は、「大阪で振るのは久しぶりですが、やっぱり良いホールですね」と、ザ・シンフォニーホールの音響の良さをまず口にする。
西濱によると阪は、関西では「関西出身の指揮者」、山形では「山形県ゆかりの指揮者」として紹介出来る「二度美味しい」指揮者だそうである。

今日やる演目は、先週、山形テルサで行われたコンサートで演奏されたものと同一曲目ということで、そのために前日に違う指揮者と異なる曲目を演奏した後でのノリウチ(「当日に会場に乗り込んで公演を打つ」ことを表す業界用語)が可能になっている。ただ、山形での演奏会ではモーツァルトの「プラハ」がメイン曲目で、大阪とは逆になっているようだ。これについて阪は「元々は事故だった」と語る。大阪でも本来は「プラハ」交響曲がメインになるはずだったのだが、西濱が曲順を変えて書き出したところ、「それでいいんじゃない」ということになり、大阪公演では1曲目と最後の曲が入れ替わることになったようだ。共にニ長調の交響曲であり、20世紀の作曲家であるブリテンの曲を挟んで、オーストリアが生んだ古典派から初期ロマン派を代表する作曲家の同じ調性による作品が対峙するという構図はなかなか面白い。

モーツァルトとシューベルトの共通点について阪は、「どちらともすぐ曲が浮かんで書けてしまう人」と語る。モーツァルトは譜面に修正がほとんどないことでも知られるが(頭の中で全ての音楽が出来上がっていた証拠とされるが、気に入らなかったら破棄して一から書き直したという説もある)「プラハ」に関しては何度もスケッチを重ねていることが分かっているそうだ。

ブリテンの左手のピアノと管弦楽のための主題と変奏「ディヴァージョンズ」については、阪は「滅多に演奏されなくて、自分が取り上げるのも初めてだが、映画音楽のようなところもある面白い曲」という内容のことを話す。この曲は、ラヴェルに左手のためのピアノ協奏曲の作曲を委嘱したことで知られるパウル・ヴィトゲンシュタイン(哲学者のルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインの実兄。戦争で右腕を喪う)の依頼によって書かれたものであり、現在は左手のピアニストとして活躍する舘野泉がソリストを務める。ちなみに山形交響楽団第2ヴァイオリン首席奏者は、舘野泉の息子であるヤンネ舘野が務めており、専務理事の西濱は、「日本のオーケストラで親子共演が聴けるのは山形交響楽団だけ、さくらんぼが貰えるのは山形交響楽団だけ」と宣伝していた。


ヴァイオリン両翼の古典配置での演奏。モーツァルトとシューベルトでは、舞台下手奥に設置されたバロックティンパニが使用され、ホルンもナチュラル使用、トランペットもナチュラルトランペットもしくはバロックトランペットが用いられる。
コンサートマスターは高橋和貴(かずたか)。


モーツァルトの交響曲第38番「プラハ」。阪はこの曲はノンタクトで指揮する。
ピリオドの影響で、モーツァルトの交響曲の演奏はテンポが速くなる傾向にあるが、阪は第1楽章ではやや遅めのテンポでじっくりとスケールを拡げ、第2楽章では中庸のテンポで典雅さを描き、第3楽章では快速で快活さを強調する会心の出来となる。

日本で最もピリオド奏法に長けたオーケストラの一つであり、飯森範親とは「モーツァルト交響曲全集」もリリースしている山形交響楽団。阪との相性もバッチリで、雅やかでありながらパワフル且つ音のグラデーションが鮮やかなモーツァルト演奏となった。

なお、山形交響楽団は、「Bravoタオル」や「Bravo手ぬぐい」を公式発売しているため(今日もホワイエで売られていた)、演奏終了後にそれらを掲げる人も多い。


ブリテンの左手のピアノと管弦楽のための主題と変奏「ディヴァージョンズ」。この曲では舞台上手奥のモダンタイプのティンパニが用いられる。
20世紀のイギリスが生んだ天才作曲家であるベンジャミン・ブリテン。意欲的な作品をいくつも残しているが、左手のピアノと管弦楽のための主題と変奏「ディヴァージョンズ」も、ブリテンならでは才気を感じさせるもので、ジャズ風の旋律や、映画音楽のような描写的な部分、シンプル且つクラシカルな曲調から現代音楽的な鋭さを感じさせるものまで、1曲の中でありながら振幅の度合いが激しく、それでいて纏まった印象を受ける優れた作品である。

5月に行われた「近江の春 びわ湖クラシック音楽祭」2021では、ステージ袖からピアノのところまで右足を引きずりながら歩いて登場した舘野泉だが、今日は車椅子に座って登場。入場時はスタッフに車椅子を押して貰い、退場時などには指揮者の阪が車椅子を押した。

リリカルなピアノ曲の演奏を得意としている舘野泉。今日も冴え冴えとしたタッチで、ブリテンの才気を明らかにしていく。曲調の描き分けも鮮やかで、舘野の器用さが光る出来である。


アンコール演奏は、カッチーニの「アヴェ・マリア」。技術的に完璧とはいかないところもあったが、敬虔な祈りに満ちた感銘深い演奏だった。


シューベルトの交響曲第3番。
31歳という短い生涯の間に、8曲の交響曲を残したシューベルト。だが、前期、中期、後期で作風は大きく異なる。
交響曲第3番は、シューベルトの初期最後の交響曲で、18歳の時に完成している。交響曲第4番「悲劇的」からはロマン派的作風へと大きく舵を取るシューベルトであるが、交響曲第3番は非常に朗らかで、青春の日の歌という趣を湛えている。
全編を通してクラリネットの使い方が巧みで、ウィーンの街を朗らかに闊歩するシューベルトの愉悦感が伝わってくるかのようである。

阪は、右手に持った指揮棒の先を細かく揺さぶったり、左手をグルグル回すといった個性的な指揮姿。身をかがめて指揮することも多い。

中期や後期の交響曲ほどではないが、交響曲第3番にもシューベルト特有の影や毒が潜んでいる。18歳という若さでなぜそのような要素を盛り込む必要があったのか、またその若さで人生の影の部分をいかにして知り得たのかは不明であるが、シューベルトという特異な才能を持った作曲家の核心の部分も丹念に突いた演奏だったように思う。


オーケストラメンバーが退場した後も拍手は続き、阪一人が再び現れて拍手を受けた。

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