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2021年7月15日 (木)

コンサートの記(730) 下野竜也指揮 京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科第166回定期演奏会

2021年7月8日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科第166回定期演奏会を聴く。指揮は京都市立芸術大学音楽学部指揮専攻教授の下野竜也。

新型コロナウイルスの流行により昨年夏の定期演奏会は中止となった京都市立芸術大学音楽学部と大学院音楽研究科。今年はなんとか開催に漕ぎ着けた。

曲目は、第1部が、シェーンベルクの「主題と変奏」(吹奏楽版)、ベートーヴェンの歌劇「フィデリオ」序曲、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」。第2部が、プッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」より“私の名前はミミ”と“あなたの愛の呼ぶ声に”、「トスカ」より“歌に生き、愛に生き”(ソプラノ:佐藤もなみ)。第3部がドヴォルザークの交響曲第8番。
京都市立芸術大学にはハープの専攻はないようで、ハープは京都ではお馴染みの松村多嘉代、松村衣里の松村姉妹が奏でる。

入りはまずまずで、この点に関してはコロナの影響はさほど感じられない。


シェーンベルクの「主題と変奏」(吹奏楽版)。ユダヤ人だったシェーンベルクがナチスの迫害を逃れて渡米し、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で教授を務めていた時代に書かれた作品である。高校の吹奏楽部でも演奏可能な曲として依頼されたのであるが、結果として演奏難度の高い楽曲となった。

この曲を聴くのは初めてだが、ユーモラスというか人を食ったような旋律があったり、十二音技法とは異なった和音が響いていたりと、かなり個性の強い作品である。
ただ和声や響きに、ハリウッド映画に出てくるような部分もあり、アメリカの映画音楽がシェーンベルクからの影響を受けていることが感じられる。シェーンベルクが生んだ十二音技法は、クラシックでは結局のところ不毛に終わりそうだが、映画音楽では心理描写などで巧みに用いられ、かなりの成果を上げていると言っていいように思う。


場面転換が必要となるため、下野がマイクを手に登場してトークを行う。「本日はお足元のお悪い中、お越し下さりありがというございます」という挨拶に続き、新型コロナの影響で授業やレッスンに支障が出たが、教員も学生も(芸術系大学の場合は師弟関係になるため、「学生」ではなく「生徒」と呼ぶことの方が多いのだが、ここでは「学生」に統一する)感染対策をして乗り越えたこと、「いたずらに厳しい、下野竜也という男」によく着いてきてくれたことなどを語る。
今回のコンサートでは感染のリスクを抑えるため、奏者達が演奏を行うたびにポジションを変更し、また副指揮者の学生などが中心となって消毒作業なども行うようだ。
1曲目のシェーンベルクの楽曲が吹奏楽版であることにも触れ、「今年からユーフォニアムの専攻が出来て」「学部と大学院に一人ずつ入学した」ということでユーフォニアムが活躍する音楽を選んだことを語る。「有名な曲をやろうとも思いましたが、ひねくれているので」あまり知られていない曲を選んだようである。下野自身が吹奏楽出身であるため、愛着もあるのだと思われる。ちなみに下野は広島ウインドオーケストラの音楽監督でもあり、9月には広島ウインドオーケストラと京都コンサートホールでも公演を行う予定である。


ベートーヴェンの歌劇「フィデリオ」序曲。
日本の音楽大学や音楽学部は、基本的に9割前後を女子学生が占めている。京都市立芸術大学音楽学部も例外ではなく、例えば第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリンやヴィオラは、それぞれ男子は1名から2名で、その他は全員女の子である。チェロも女子が過半数。ただ楽器自体が大きいコントラバスは一人を除いて全員男子など、パートによって傾向が異なる。コントラバスの女子は苗字から察するに韓国の方なので、日本人女性でコントラバスを積極的にやりたいという人はまだ余り多くないようである。

弦はフル編成であるが、ビブラートを抑えたピリオドによる演奏。ティンパニもバロックタイプでこそないが、木製のバチを使って硬めの音を出す。

残響の長い京都コンサートホールということで、ゲネラルパウゼを長めに取るのが特徴。ラストではヴァイオリンが情熱的な音色を奏でて、灼熱の世界へとなだれ込んでいく。


ラヴェルの「ラ・ヴァルス」。ラヴェルは「ボレロ」など、ラストにとんでもないことが起こる楽曲がいくつかあるが、これもその一つである。
色に例えるとピンク色のような独特の気品を持つ音色が特徴。チャーミングな美演であるが、最後は狂気にも似た空中分解を迎える。
ラヴェルは、フランスとスペインの境にあるバスク地方の出身であるが、その豪快さはエスプリ・ゴーロワというよりもスペイン的な気質を感じさせる。

皮肉なことだが、ラヴェルの人生自体もそのラストで悲劇的な転調を迎えることになる。


第2部。声楽専攻4回生の佐藤もなみの独唱によるソプラノのアリア。京都市立芸術大学では、各専攻の成績優秀者でオーディションを行い、最優秀者がソリストとなる権利を得るシステムのようで、今年は声楽の佐藤もなみが出場権を得たようだ。

緊張と、客を入れてのステージ上の音響がつかめなかったためか、最初の内は声がやや硬めだったが、次第に音響にも慣れたようで伸びやかな声を聴かせる。
下野指揮の京都市立芸術大学音楽学部・大学院管弦楽団も、繊細で柔らかな伴奏を奏でる。


第3部。ドヴォルザークの交響曲第8番。学生のオーケストラということで洗練度にはやや不足しているが、土俗感や自然の息吹など、ドヴォルザークらしさは十全に表現出来ている。
弦楽はヴァイオリンが優秀で、第3楽章の抒情美や冒頭の切れ味、第4楽章の高揚感など見事である。同じ弦楽器でもヴァイオリンとそれ以外では異なり、音大などでヴァイオリンを専攻している人は基本的に子どもの頃からヴァイオリン一筋だが、その他はまず別の楽器をやってから現在の楽器に至っている場合が多い。いわばヴァイオリンはエリートで、大学レベルだとまだ違いが現れやすいのかも知れない。
ということで低弦が薄めではあったが、技術的には学生としては十分な高さに達しており、下野の音楽作りの巧みさも相俟って、聴かせる演奏となっていた。

京都市交響楽団、京都市立芸術大学、京都市立京都堀川音楽高校、京都市ジュニアオーケストラと四段構えになっているのが京都市のクラシック音楽界の強さである。残念ながら、大学卒業後の就職先が少ないため、京都市を離れる人が多いが、それでも京都のクラシックの聴衆の若返りは他の都市に比べると上手くいっているように思う。

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