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2021年8月 8日 (日)

コンサートの記(735) 沼尻竜典オペラセレクション ビゼー作曲 歌劇「カルメン」@びわ湖ホール 2021.8.1

2021年8月1日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール大ホールにて

午後2時から、びわ湖ホール大ホールで、ビゼーの歌劇「カルメン」を観る。沼尻竜典オペラセレクションとして、沼尻が芸術監督を務めるびわ湖ホールと、東京・初台の新国立劇場との提携オペラ公演として上演される。今日がびわ湖2日目にして楽日。公演全体としても大千穐楽を迎える。


指揮は沼尻竜典。演奏は日本のオーケストラとしては最もオペラ経験が豊かであると思われる東京フィルハーモニー交響楽団が担う。
ダブルキャストによる公演で、今日の出演は、山下牧子(カルメン。メゾソプラノ)、村上敏明(ドン・ホセ。テノール)、須藤慎吾(エスカミーリョ。バリトン)、石橋栄実(ミカエラ。ソプラノ)、大塚博章(スニガ。バス)、星野淳(モラレス。バリトン。両日とも出演)、成田博之(ダンカイロ。バリトン)、升島唯博(レメンダード。テノール)、平井香織(フラスキータ。ソプラノ)、但馬由香(メルセデス。メゾソプラノ)ほか。合唱は、びわ湖ホール声楽アンサンブル、新国立劇場合唱団、大津児童合唱団。
演出は、アレックス・オリエ。舞台美術は、アルフォンス・フローレス。

先に新国立劇場オペラパレスで大野和士の指揮により上演されているが、舞台を現代のキャバレーやライブハウスに置き換えたアレックス・オリエの演出がかなりの不評であり、気にはなっていたが、自分の目で確かめないことには何ともいえない。

無料パンフレントに記載されたオリエの演出ノートを読むと、オリエがカルメンを27クラブ(27歳で他界したミュージシャン達を指す言葉。ジミ・ヘンドリクスやジャニス・ジョプリンなどなぜか数が多く、「27」は不吉な数字とされている)の一人であるエイミー・ワインハウスに重ねていることが分かる。エイミーは十代で成功を収めるも、酒とドラッグに溺れ、晩年は酔ったままステージに立って、まともな歌唱が行えないことで酷評を受けたりした(タモリがこの時のことを「笑っていいとも」で語っており、「名前がエイミー・ワインハウス」だからとネタにしていた)。その後に事故か自殺か分からない形でエイミーは他界している。

今日は4階席の中央通路より後ろで、出演者の顔などははっきりとは見えず、字幕の文字も小さめに感じられたが、音響的にはまずまずである。


沼尻はかなり速めのテンポを採用。迫力は増すが、特に合唱、重唱などでは歌手達がテンポに付いていけず、粗めになった場面が多かったことも否めない。

オーケストラピットで演奏する機会が多い東京フィルハーモニー交響楽団。ただ、びわ湖ホールでの演奏経験はそれほど多くなく、勝手が分からないためだと思われるが、第1幕などでは音が散り気味であった。

びわ湖ホール大ホールは、近年ワーグナー作品を立て続けに上演して、「日本のバイロイト」「オペラの殿堂」とも呼ばれるようになっているが、4面舞台を備えたオペラ対応劇場ではあるものの、基本的にはコンサートホール寄りの音響であるため残響も長く、今日も歌声で壁などがビリビリいう場面が何度もあった。兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールやロームシアター京都メインホールは、逆にオペラ寄りの音響であり、オーケストラ演奏よりも声楽に向いている。

アルフォンス・フローレスの美術は、鉄パイプを網の目に張り巡らせたセットを効果的に用いており、同じ風景がライトによって街頭、闘牛場の壁、牢獄などに変容していく。


舞台を現代に置き換えているということで、衣装なども現代風(衣装デザイン:リュック・カステーイス)。カルメンは煙草工場で働きながら密輸盗賊集団の一味として暗躍するというジプシー(ロマ)ではなく、ライブハウスなどで歌う人気歌手(ボヘミアン)で、よくあるように裏でマフィアとのパイプを持つという設定に変わっている。一方のドン・ホセは、捜査4課あるいは組対5課の私服刑事もしくは厚労省の麻薬取締官で、元の設定よりも公務員的印象が増している。
現代に置き換える必要性がどこまであったのかは疑問だが、私服刑事ということでドン・ホセがカルメンに抱く恨みが伝わりやすくなっているように思われる。
一方で、洗練され過ぎたことで、ドン・ホセがたやすくカルメンに籠絡される馬鹿男以外に見えなくなり、なぜそれほど簡単にカルメンに惚れるのかも納得しにくくなる。カルメンがドン・ホセの何が良いと思ったのかも同様に伝わりにくい。元々の歌劇「カルメン」にあった一種の土臭さが、こうした謎を中和していたのだが、舞台を現代に置き換えたことで理屈に合わないように見えてしまう。恋に落ちるのに理屈はいらないが、生涯未婚率が高くなった現代社会にはマッチしていない演出のように思われる。だがその他の本質の部分は変えていないため、全般的には満足のいく上演となっていた。


「面白いがなんか変」な場面はいくつもあり、カルメン登場の場面では、カルメンはステージの上でスタンドマイクに向かって「ハバネラ」を歌い、ビデオカメラで撮影された映像が背後のスクリーンに映る。これによってドン・ホセのカルメンに対する思いは、「歌姫への恋」となるのだが、これがその後の展開と余り結びつかない。

第3幕第2場では鉄パイプのセットが金色に照らされ、闘牛場らしく見えるセットの前に敷き詰められたレッドカーペットの上を出演者達が歩き、フラッシュがたかれる。映画祭の一場面のようになっているが、特になくてもいい演出のようにも思える。

ただ、この第3幕第2場での心理表現は優れている。カルメンのせいで公務員、しかも私服刑事という花形から追われる羽目になったドン・ホセは復讐のために現れてもいいのだが、実際はカルメンに復縁を迫る。カルメンはカルメンで、ホセから貰った指輪をはめたままである。本当に100%エスカミーリョに靡いたなら、ホセから貰った指輪を身につけたり所持していたりはしないはずで、カルメンも実はホセに未練があるのだと思われる。これは愛と葛藤の話なのである。演出によってはこれが上手く伝わってこなかったりするのだが、オリエはカルメンとホセの姿勢によって心情を観る者に悟らせる演出を施していた。奇抜なだけでなくきちんとした演出が出来る人であることもここで分かる。
闘牛場の中から聞こえてくる「闘牛士の歌」の合唱は、ビゼーが仕掛けたホセとカルメンの好対照な心理を暴き出す巧みな装置であるが、今回の演出は、合唱、ホセ、カルメンの演技の三つがはまって愚かしくも切ない人間ドラマが表れていた。かなり感動的である。ここさえしっかり描けていれば、現代に舞台を置き換えたことで発生したマイナスも気にする必要はないように思われる。人間が描けていればそれで良い。


歌手では、びわ湖ホールへの出演回数も多い石橋栄実が、繊細さと迫力を兼ね備えた歌声で魅せる。ミカエラのキャラクターもあるが、彼女はびわ湖ホール大ホールの音響を把握しているためか、迫力は出しても壁をビリビリ鳴らすことはなかった。

タイトルロールを務めた山下牧子も知情意のバランスの取れた歌唱で、カルメンを単なる「自由」に憧れる向こう見ずな女とはせず、「揺れ動く女性」として再現していて説得力がある。

女性陣に比べると、男性陣は歌声が大き過ぎたり、身振りが大仰だったりとマイナスも多いが、沼尻のテンポとの相性が悪かった可能性もある。


観る度に発見のある歌劇「カルメン」。やはり永遠の名作である。

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