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2021年9月11日 (土)

これまでに観た映画より(268) 「フィールド・オブ・ドリームス」

2021年9月6日

録画してまだ観ていなかったアメリカ映画「フィールド・オブ・ドリームス」を観る。ケヴィン・コスナー主演作。監督・脚本:フィル・アルデン・ロビンソン。原作:ウィリアム・パトリック・キンセラ(『シューレス・ジョー』)。出演は、ケヴィン・コスナーの他に、エイミー・マディガン、レイ・リオッタ、ジェームズ・アール・ジョーンズ、バート・ランカスター等。音楽:ジェームズ・ホーナー。

なお、「フィールド・オブ・ドリームス」を初めて観たのは、映画館でもテレビでもなく、高校2年の時(1991年)に学校の体育館で行われた映画鑑賞会においてであった。

1919年のワールドシリーズで起こった「ブラックソックス事件」(シカゴ・ホワイトソックスの選手8人が八百長を行ったとして永久追放になった事件)に題材を取った映画の一つである。ブラックソックス事件を扱った映画としては、「エイトメン・アウト」も有名であるが、私は「エイトメン・アウト」はまだ観たことがない。

ブラックソックス事件で永久追放となった選手の中には、「シューレス・ジョー」というニックネームで知られた人気選手、ジョー・ジャクソンがいた。実際には8人全員が起訴されたが証拠不十分で無罪となっており、シューレス・ジョー・ジャクソンもワールドシリーズで打率3割7分5厘でノーエラー、本塁打も放っているため、この映画では全くの濡れ衣ということになっている(真相は今も不明である)。

そんなメジャーリーグベースボールに未練を残したまま去らざるを得なかったエイトメンが、アイオワのトウモロコシ畑の中にレイ・キンセラ(ケヴィン・コスナー)が築いたベースボール・フィールドに現れるというファンタジーである。

ベースボール(野球)が盛んなアメリカ。野球を題材にした映画には、「フィールド・オブ・ドリームス」の他に、同じくケヴィン・コスナー主演の「さよならゲーム」、今は名称が変わったクリーヴランド・インディアンスの話である「メジャーリーグ」シリーズ、実話を基にした「オールド・ルーキー」、ロバート・レッドフォード主演の「ナチュラル」といった傑作がある。ただ「フィールド・オブ・ドリームス」は主人公がベースボールプレーヤーではないという点が他の野球映画と異なっている。

レイ・キンセラは、ニューヨーク・ヤンキース傘下のマイナーリーグで捕手をしていたジョン・キンセラの息子で、ジョンはレイにメジャーリーガーになる夢を託していたのだが、レイはジョンに反発。ヤンキースびいきのジョンとは異なり、当時まだブルックリンに本拠地を置いていたドジャースのファンになったことに始まって、10歳で野球を嫌いになり、14歳以降は父親とのキャッチボールすら断るようになる。そして17歳でニューヨークの家を出て、名門カリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)で学び、そこで出会ったアニー(エイミー・マディガン)と結婚し、アイオワ州にトウモロコシ農園を買って移り住んだ。二人の間には一人娘のカレンがいる。レイはその間、父親と会うことも話すこともなく、葬儀の時に戻っただけだった。

ある日、レイは、トウモロコシ畑の中で、「造れば彼はやって来る」という声を聞く。何者の声なのかは不明なのだが、レイはトウモロコシ畑の中に野球場と照明灯が輝くという幻影を見る。レイはアニーを説得して、トウモロコシ畑の中に照明灯付きの野球場を造る。自分でも十分に理解出来ていないままの行動であり、また観客からも「展開が速すぎるのではないか」と疑問を抱かれそうなところだが、これはラストに繋がっている。

ある夜、トウモロコシ畑の中の野球場にシカゴ・ホワイトソックスの往年のユニフォームを着た左投げ右打ちの男、ジョー・ジャクソンが現れる(実際のジョー・ジャクソンは、右投げ左打ちである)。

ほどなく、レイに第二のメッセージが告げられる。「彼の傷を癒やせ」というものだが、レイには「彼」の心当たりがない。そんな中、小学校のPTA集会に出たレイは、「処分すべき書籍」の作者と槍玉に挙げられていたテレンス・マン(ジェームズ・アール・ジョーンズ。モデルはJ・D・サリンジャーである)こそが彼ではないかと思い当たる。ピューリッツァー賞を取ったこともあるテレンス・マンであるが、今は作家活動から離れ、ボストンの小さなマンションで暮らしている。レイとアニーは、ボストンのフェンウェイパークでテレンスと語り合うという共通の夢を見ており、レイはボストンに単身、車で向かう。なんとかテレンス・マンを説得して、フェンウェイパークでの試合を一緒に見に行くことになったレイは、第三のメッセージを耳にする。「最後までやり遂げろ」。そしてスコアボードには、アーチー・ムーンライト・グラハムという無名選手の名前と映像が浮かんだ。実はテレンスも声と映像に気づいており、二人でグラハムの故郷で引退後に過ごしていたというミネソタ州に向かう。


心残りのある人々が登場する。突然、メジャーリーグを追われることになったシューレス・ジョー・ジャクソンら8人のシカゴ・ホワイトソックスの選手、ドジャースの選手になりたいという夢を語り続けてきたが、実現することはなく、作家としても隠遁生活に入っていたテレンス・マン。メジャーリーガーで打席に立ちたいという夢を持ち、マイナーからメジャーに上がるも1イニングライトの守備固めとして入っただけでマイナー落ちが決まり、マイナー行きを嫌がって野球を辞め、学校に戻って医師となったアーチー・グラハムなどだが、最大の心残りを抱えていたのはレイである。野球選手になることを望む父親への反発からキャッチボールもしなくなってしまったレイ。父親には妻のアニーも娘のカレンも紹介出来ぬままに終わった。そんな果たせぬ思いが、多くの心残りある人々を引きつけていたのである。

ラストシーンで父親であるジョン・キンセラと出会い、父とキャッチボールを行う「和解」にも似たノスタルジックなシーンは、アメリカのみならず日本など野球文化圏の人々の心に強く訴えかけるものがある。私も父親とよくキャッチボールをした子どもの頃を思い出して、胸が熱くなった。レイが実際には継げなかった捕手の位置に立ってキャッチボールを行っているのも象徴的である。最大の心残りを抱いていたのはレイであり、謎の声はレイの無意識から上がってきたものだったのである。序盤の展開の速さもこれで納得出来る。

シューレス・ジョーでもテレンス・マンでもアーチー・ムーンライト・グラハムでもなく、レイの心残りが今解消されていく。

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