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2021年10月 5日 (火)

観劇感想精選(414) 遊劇体第64回公演〈遊劇体×泉鏡花オリジナル戯曲全作品上演シリーズ11〉「深沙大王」

2021年9月23日 東九条のTHEATRE E9 KYOTOにて観劇

午後6時30分から、東九条のTHEATRE E9 KYOTOで、遊劇体の第64回公演〈遊劇体×泉鏡花オリジナル戯曲全作品上演シリーズ11〉「深沙大王(しんじゃだいおう)」を観る。作:泉鏡花、演出:キタモトマサヤ。出演は、村尾オサム、三田村啓示、条あけみ(あみゅーず・とらいあんぐる)、大熊ねこ、中田達幸、村山裕希、浜崎大介(兵庫県立ピッコロ劇団)、坂本正巳、久保田智美、松本信一、濱奈美。テキストレジなしでの上演である。

定期的に泉鏡花の戯曲を上演している遊劇体。私もこれまでにいくつか観たことがあるが、いずれも遊劇体の本拠地である大阪での上演で、京都で遊劇体の泉鏡花作品を観るのは初めてになる。

「深沙大王」は、鏡花が自身の小説「水鶏(くいな)の里」を基に、東京都調布市の深大寺を念頭に置いたイメージを膨らませて戯曲とした作品であり、明治37年9月に本郷座で行われた新派合同公演のために書き下ろされている。戯曲オリジナルではないが、これが鏡花の戯曲処女作となるようだ。だが、本郷座での上演は上演時間の関係で「高野聖」に差し替えになってしまったそうで(敵味方を一人二役で演じるなど上演不可の要素があったことも影響したようだ。小山内薫は、「この脚本に忠実なるには俳優が余程無理な早業をしなければならないので、中止になった」と記している)、大正3年4月になってからようやく明治座で初演が行われたという。余り評判にはならなかったようで、今回の上演はそれ以来となるようだが、テキストを一切変えないでの上演としては世界初演となる可能性もあるようである。話の展開は「夜叉ヶ池」に似ており、また完全な勧善懲悪ものということで受けは悪かったのかも知れない。

今回は、リーディングとして、ト書きのいくつかを、大熊ねこ、濱奈美、条あけみが読み上げる形での上演である。セットはシンプルに抑えられている。

舞台は越前国武生(現在の福井県越前市武生)。かつて越前国の国府が置かれていた場所である。この地の県会議員である倉持傳助という、絵に描いたような悪人を巡る勧善懲悪ものである。話の展開が急であるため、整合性を欠いて見えるようなところがある。実際、泉鏡花は、上手く筆が運べば大傑作を書き上げるのだが、一定のレベルに達しない作品も多く、平均値はそれほど高くない。謎の新聞記者である小山田透(今回は村尾オサムが演じている)の存在をどう捉えるかで解釈が変わってきそうな作品である。本来なら最も近代的な登場人物である小山田透が怪異現象の鍵を握っているというのも不思議な設定である。

勧善懲悪に男女の恋愛を重ねたものであり、構図は分かりやすいが、接続が必ずしも上手く入っていないように思える。同傾向の戯曲で同じ福井県を舞台にしている「夜叉ヶ池」の方が、やはり出来は上だろう。同じ福井県が舞台で近代的な人物が登場し、ラストも似ているということで、鏡花自身も「深沙大王」の発展型として「夜叉ヶ池」を書いているはずである。「夜叉ヶ池」は大正2年の発表ということで、「深沙大王」の明治座での初演も「夜叉ヶ池」の発表を受けて行われたものだったのかも知れない。


※参考論文 植田理子(淑徳大学) 「泉鏡花『深沙大王』の成立」

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