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2021年11月の5件の記事

2021年11月14日 (日)

コンサートの記(752) 「ALTI 民族音楽祭~津軽・中国・モンゴル・琉球の音楽~」@京都府立府民ホールアルティ

2021年10月28日 京都府立府民ホールアルティ(ALTI)にて

午後6時から、京都府立府民ホールアルティで、「民族音楽祭~津軽・中国・モンゴル・琉球の音楽~」という音楽会に接する。津軽三味線(itaru)、二胡(尾辻優依子)、馬頭琴&ホーミー(福井則之)、ヴァイオリン(提琴&ヴァイパー。大城淳博)に古楽器のヴィオラ・ダ・ガンバ(中野潔子)を加え、各国・各地域の音楽が奏でられる。

曲目は、「もみじ」(全員)、「津軽よされ節」(三味線)、「楓葉繚乱(ふうようりょうらん)」(三味線)、「ナラチメグ」(馬頭琴、提琴、ガンバ)、「蘇州夜曲」(二胡)、「灯影揺紅」(二胡)、「スーホの白い馬」(馬頭琴)、「ホーミー・ホルバー・アヤルゴー」(馬頭琴&ホーミー)、「こきりこ節」(三味線、二胡)、「だんじゅかりゆし」(提琴、ガンバ)、「久高万寿主/唐船どーい」(ヴァイパー)、「かごめかごめ」の即興演奏(三味線、提琴、ガンバ)、「牧羊姑娘」(二胡、馬頭琴)、即興演奏(馬頭琴、三味線)、「茉莉花」(二胡、提琴、ガンバ)、「アメイジンググレイス~津軽あいや節」(三味線)、「津軽じょんがら節」(三味線)、「良宵」(二胡)、「三門峡暢思曲」(二胡)、「ドンシャン・グーグー」(馬頭琴)、「白馬」(馬頭琴)、「月ぬ美(ちゅら)しゃ」(ヴァイパー、ガンバ)、「てぃんさぐぬ花/闘山羊」(提琴、ガンバ)、「賽馬」(全員)。

全席自由だが、前後左右1席空けのソーシャルディスタンススタイルで、舞台席の上方、二階席と呼ばれる部分(一般的な二階席とは違う意味で使われている)は今日は関係者以外立ち入り禁止となっている。


ヴァイパーという楽器は、目にするのもその名を聞くのも初めてだが、アメリカで開発された6弦のエレキヴァイオリンで、日本では大城淳博が第一人者ということになるようである。

馬頭琴は演奏や曲を録音で聴いたことがあり、以前に訪れた浜松市楽器博物館では、「体験できる楽器」の中に馬頭琴(もどき)が含まれていたので、ちょっと音を出したこともあるのだが、演奏を生で聴くのは初めてかも知れない。

ホーミーは、今から30年ほど前に日本でも話題になったモンゴルの歌唱法である。低音の「ウィー」という声に倍音で中音域、高音域が重なるのが特徴となっている。坂本龍一の著書には、日本にホーミーを紹介したのは「いとうせいこう君」という記述があるが、これは本当かどうか分からない。坂本龍一は、日本で初めてラップを歌った人物もいとうせいこうであるとしている。


個人的なことを書かせて貰うと、民族音楽は比較的好きな方で、二十歳前後の頃にはキングレコードから出ている民族音楽シリーズのCDを何枚か買って楽しんでいた。「ウズベクの音楽」はかなり気に入った(HMVのサイトで、各曲の冒頭を聴くことが出来る)。
二胡は、姜建華が弾く坂本龍一の「ラストエンペラー」や、坂本龍一がアレンジしたサミュエル・バーバーの「アダージョ」を聴いて憧れ、キングレコードの民族楽器シリーズの中の1枚もよく聴いており、25歳の頃に先生について習い始めたのだが、色々と事情もあって3ヶ月でレッスンは終わってしまった。考えてみれば、二胡は単音しか出せない楽器なので、一人では「ラストエンペラー」を弾くことは出来ない。演劇を学ぶために京都に行く決意をしたのもこの頃ということもあり、以降は二胡とは疎遠になっている。

こうやって書いてみると、坂本龍一という音楽家の存在が私の中ではかなり大きいことが改めて分かってくる。ちなみに今日演奏された「てぃんさぐぬ花」も、初めて聴いたのは「BEAUTY」というアルバムに収められた坂本龍一編曲版であった。


客席に若い人が余りないのが残念であるが(親子連れはいた)、民族楽器が終結した演奏会を聴くという機会も余りないため、印象に残るものとなった。


福島則之の説明によると、馬頭琴は二弦からなる楽器であるが、一本の弦に馬の尻尾の毛100本ほどが束ねられているそうで、二弦と見せかけて実は二百弦という話をしていた。馬頭琴の音は人間の声に近い。西洋の楽器を含めて、これほど人間の声に近い音色を奏でる楽器は他に存在しないのではないだろうか。

ちなみに、弓の持ち方であるが、ヴァイオリンだけ上から掴むように持つオーバーハンドで、馬頭琴、二胡、ヴィオラ・ダ・ガンバは箸を持つように下から添えるアンダーハンドである。二胡とヴィオラ・ダ・ガンバは手首を返しながら左右に弓を動かすが、馬頭琴は二胡やヴィオラ・ダ・ガンバほどには弓を動かさないということもあってか、手首を固定したまま弾いている。

ヴィオラ・ダ・ガンバの、ガンバは「足」という意味で、両足で挟みながら演奏する。Jリーグのガンバ大阪も、フットボールの「フット」のイタリア語である「ガンバ」と、「頑張れ!」の「頑ば!」を掛けたチーム名である。
エンドピンのないチェロのようにも見え、ヴィオラ・ダ・ガンバのために書かれた曲も現在はチェロで弾かれることが多いことから、「チェロの祖先」と思われがちだが、実際は違う体系に属する楽器であり、弦の数も6本が基本と、チェロよりも多い。


「茉莉花」は、中国の国民的歌謡で、第二の国歌的存在であり、アテネオリンピックや北京オリンピックでも流れて話題になっている。尾辻は、上海に短期留学したことがあるのだが、街角のスーパーや薬局などで「茉莉花」の編曲版が流れているのを普通に耳にしたそうで、中国人の生活に「茉莉花」という曲が根付いているのが分かる。

「良宵」は、二胡の独奏曲の中で間違いなく最も有名な曲であり、二胡奏者は全員この曲をレパートリーに入れているはずである。作曲した劉天華は、それまで京劇などの伴奏楽器でしかなかった二胡を一人で芸術的な独奏楽器の地位まで高めた人物であり、中国の民族音楽の向上に多大な貢献を行っているが、多忙が災いしたのか37歳の若さで他界している。
「良宵」は、元々のタイトルは「除夜小唱(大晦日の小唄)」というもので、大晦日の酒宴をしている時に浮かんだ曲とされる。尾辻によると、後半になるにつれて酔いが回ったような曲調として演奏する人もいるそうである。


アンコールとして、こちらは日本の国民的歌曲となっている「故郷」が独奏のリレーの形で演奏された。

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2021年11月11日 (木)

美術回廊(70) 京都文化博物館 創業200年記念「フィンレイソン展―フィンランドの暮らしに愛され続けたテキスタイル―」

2021年11月3日 三条高倉の京都文化博物館にて

三条高倉の京都文化博物館で、創業200年記念「フィンレイソン展 ―フィンランドの暮らしに愛され続けたテキスタイル―」を観る。

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フィンランドのタンペレに本社を置いていたテキスタイル企業、フィンレイソン。北欧のデザイン界を代表する企業だが、フィンレイソンというのは英国スコットランドからやって来た創業者、ジェームズ・フィンレイソンの苗字であり、「フィン」と入るがフィンランドとは一切関係がないようである。なお、200年に渡ってフィンランドのテキスタイルデザインをリードし続けたフィンレイソンであるが、20世紀後半の綿工業の衰退により、現在では本社を首都のヘルシンキに移し、生産は海外の工場に一任しているようである。
ちなみに、フィンレイソンを代表するデザインの名は「コロナ(王冠)」という何とも皮肉なものである。

1820年。ロシア統治下のフィンランドで創業されたフィンレイソン。工業都市タンペレに本拠を置き、ロシア人経営者の下で急成長。タンペレ市民の6割ほどがフィンレイソンの社員として働いていたこともあるそうだ。また北欧で初めて女性を社員として雇った企業でもあり、1880年代から1920年代に掛けては、女性社員の数が男性社員のそれを上回っていたそうで、かなり画期的な運営をしていたことが分かる。

動植物の柄を中心としたシンプルなデザインが多いが、子どもを描いたデザインなどは可愛らしいものも多く、見る方も自然と頬が緩んでしまう。

トーベ・ヤンソンもムーミンを使ったデザインでフィンレイソンのテキスタイルに参加しており、今回の展覧会の見所の一つとなっている。

京都文化博物館の4階と3階の展示室を使用しているが、3階に展示されている作品は撮影自由である(フラッシュ撮影、動画撮影などは禁止)。
フィンレイソンは女性の社員が多いという話をしたが、参加しているデザイナーも1名を除いて全員女性である。アイニ・ヴァーリがメインのデザイナーのようで展示数も多いが、第二次世界大戦中には、ユダヤ人ということでドイツから逃れてきた女性がフィンレイソンのデザイナーになったこともあったようである。

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3階の展示室もシンプルで飾らないデザインが主流だが、中にはミンナ・アホネンという、フィンランドらしい名前ではあるが日本語で取ると愉快な名前のデザイナーもいる。みんながみんなアホだったら、それはそれで幸せな世の中になりそうではある。

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フィンランドということで、シベリウスの交響詩「フィンランディア」を題材としたデザインのうちの一つも展示されている。シルッカ・シヴェが1980年代末に手掛けたものだが、白地に赤黄青の三原色線を配したシンプルなもので、フィンランドを支配し続けてきたスウェーデンとロシアからの飛躍をモチーフにしているようでもある。

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フィンランドの有名人に、パーヴォ・ヤルヴィの名前の由来となったことでも知られる名指揮者、パーヴォ・ベルグルンドがいるが、同姓のカーリナ・ベルグルンドというデザイナーの作品も展示されている。血縁関係はないと思われるが、比較的有名なデザイナーのようである。カーリナ・ベルグルンドの作品は原題はイケアでは「グラウドブローマ(幸せな花)」と命名されていたようだ。

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デザイナーということで、ヘルシンキ芸術デザイン大学(2010年に合併改組されて、アアルト大学となっている)の卒業生も多い。
ヘルシンキ芸術デザイン大学出身の、アンナ・フフタが描いた都市のデザインは、簡素化された図形の配置と色合いがいかにも北欧的である。

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リーサ・スーラ(ジョルジュ・スーラとは多分、無関係)が花の絵2点は、「キオト(京都)」と名付けられている。「京都は春の花の美しいところ」と聞いて命名したそうである。

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2021年11月10日 (水)

コンサートの記(751) オペラ「ロミオがジュリエット(Romeo will juliet)」世界初演

2021年11月5日 東九条のTHEATRE E9 KYOTOにて

午後7時から、東九条のTHEATRE E9 KYOTOで、オペラ「ロミオがジュリエット(Romeo will juliet)」(ソプラノ、ギター、電子音響のための。2021年委嘱・世界初演)を聴く。作曲は、足立智美(あだち・ともみ。男性)。出演は、太田真紀(ソプラノ)と山田岳(やまだ・がく。エレキギター、アコースティックギター、リュート)。この二人による委嘱である。演出は、あごうさとし。

テキスト生成用のAI(人工知能)であるGPT-2に、シェークスピアの「ロミオとジュリエット」の原文を始め、文献やWeb上の情報など数百年分のデータを入れて記述されたテキストを基に作曲されたオペラである。足立本人は敢えて「ロミオとジュリエット」の原文には触れないようにしたそうで、「おそらく、オペラ作曲家が原作を読まずに作曲した世界初のオペラでもあります」(無料パンフレットに記載された足立本人の文章より)とのことである。

英語上演(一部日本語あり)字幕なしということで、予約を入れた人に届いたメールには英語の原文と日本語訳が載ったPDFが添付されており、事前に読むことが推奨されている。テキストは当日に席の上に置かれたチラシの束の中にも入っている。

私は事前に2度読んで行ったが、AIは意味というものを理解することが出来ないということでハチャメチャなテキストになっている。「ロミオとジュリエット」の主筋は登場せず(別れの場だけ多少それらしかったりする)、突然、ゲームの話になったり(「ロミオとジュリエット」をビデオゲーム化したものがいくつもあって、その影響らしい)、「あんた誰?」という登場人物が何の予告もなしに出てきたり(「ロミオとジュリエット」の二次創作からの還元の可能性があるようだ)、矛盾だらけの文章が続いたりと、とにかく妙である。ただ、そんな妙な文章の中に、時折ふっと美しい一節が現れることがある。それまでの過程が奇妙なだけに、その美しさは際立つ。

中央から左右に開くタイプの黒い幕が開き、オペラ開始。ソプラノの太田真紀は中央に黒いドレスを纏って(正確に言うと、床に置かれた黒いドレスに潜り込んで)座り、ベールを被っている。顔は白塗りで、そのために真っ赤に口紅が引き立つ。山田岳は上手奥にいてギターを弾き始める。両手は血をイメージしたと思われる赤い塗料に染められている。

今日が世界初演の初日である。

9場からなるテキスト。上演時間は休憩時間15分を含めて約1時間20分である。
英語テキストなので聞き取れない部分も多いが、聞き取れたとしても意味は分からないので、そう変わらないと言えないこともない。

まずは第1場「ロミオ」は朗読から入り、第2場「ジュリエット」では、冒頭の「目をいつもよりちょっと大きく動かしてみましょう!」が日本語で語られる。
ボイスチェンジャーが使われたり、声が重なって聞こえるよう加工されたりする。

そんな中で第4場の「ジュリエットとサクラ」は純然とした朗読。太田真紀も情感たっぷりに読み上げるが、その実、文章の意味は通っていなかったりする。サクラなる人物が何者なのか良く分からないが、なぜか子どもが登場し(誰の子どもなのかも、サクロやジュリエットとの関係も不明)、街には当たり屋(?)がいて、裕也というこれまた謎の男が突如現れ、白人の男が黒いカーテンのようだと形容される(白人なのに黒とは如何?)。

第5場「カンティクル」も朗読だが、サクラと独立した彼女の腕との話になっており(「ロミオとジュリエット」からどうしてそんな話になったのかは不明。そもそもジュリエットはどこに行ったのだ?)、中上健次の初期の短編小説「愛のような」を連想させる。
ノーベル文学賞候補と言われながら若くして亡くなった中上健次。一週間後には私は中上健次の享年を超えることになる。

音楽的には、声が重層的になる部分がクイーンのアルバム「オペラの夜」を連想させたり、ラストの第9場「ジュリエット」では、山田岳の弾くリュートに乗せて、太田真紀がシェークスピアと同時代のイギリスの作曲家であるジョン・ダウランドを思わせるような叙情的な旋律を歌うなど(「A drop」のリフレインが印象的)、全体的にブリティッシュな印象を受けるのだが、実際には「イギリス」をどれほど意識していたのかは不明である。ただ、アフタートークで足立は第9場の音楽についてはやはりダウランドを意識したと語っていた。
エレキギターからアコースティックギター、リュートという時代に逆行した流れになっているのも面白い。

ジョン・ダウランドは、近年、再評価が進んでいる作曲家なので紹介しておく。シェークスピア(1564-1616)とほぼ同じ頃に生まれ(1563年説が最有力のようだ)、シェークスピアより10年長生きした作曲家で、オックスフォード大学で音楽を学んだリュートの名手であり、エリザベス女王の宮廷楽士になろうとするが、なぜか不合格となってしまい、やむなくヨーロッパ大陸に活躍の場を求めている。イタリア、ドイツ、デンマークなどで名声を得た後、1606年にイングランドに帰国し、1612年にようやくジェームズ1世の王宮にリュート奏者として仕官。シェークスピアは、その頃には引退間際であり、共に仕事をすることはなかった。同じ時代を生きながらすれ違った芸術家の代表格と言える。


テキストとしては、第7場「ジュリエット」における、「ロミオここにあり」「来たれ」が繰り返されるミニマルなものや、第8場「ロミオ」の「愛」と「死」と「肉体」の観念、第9場「ジュリエット」での「死」と「ひとしずく」の関係などが面白い。AIは意味というものを理解することは出来ないので、自動記述的に生み出されたものなのだが、理屈では捉えきれないが感覚的に飲み込むことの出来る何とも言えない愉悦がここには確かにある。

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2021年11月 6日 (土)

観劇感想精選(416) ブルーエゴナク 「眺め」

2021年10月9日 東九条のTHEATRE E9 KYOTOにて観劇

午後7時から、THEATRE E9 KYOTOで、ブルーエゴナクの「眺め」を観る。作・演出:穴迫信一。ブルーエゴナクは、福岡県北九州市を本拠地とする劇団である。出演:木之瀬雅貴、小関鈴音、野村明里、高山実花、平島恵璃香ほか。声のみの出演者が数名いる。

大きな観覧車のある街を舞台に、時間を前後する形で物語は進んでいく。
「過去編」と「未来編」に分かれているが、一族の四世代に渡る歴史と恋模様、将来の破滅または救済が描かれる。

背後にスクリーンがあり、ここに文字や映像が投影される。

日差し(木之瀬雅貴)と森ちゃん(小関鈴音)は、18歳。仲は良いのだが、「無視するゲーム」を行ったことから互いの関係にひびが入る。10年後、28歳になった日差しからのコメント(舞台の手前側にスタンドマイクが設置されており、ここでコメントが読まれる)で、森ちゃんとは別れてしまったことが確認出来るのだが、その後、二人は結婚し、女の子(名前は春望(はるの)。平島恵璃香)が生まれていることが分かる。
クモがコメントする場面(声:菅一馬)があり、これはノミ(野村明里)という女性の名前にも掛かっている可能性があるのだが、コメントに「クモが将来救済をもたらすことがある」というものもあり、おそらく芥川龍之介の童話「蜘蛛の糸」に掛かっているのだと思われる。

途中、タジマせかい(高山実花)という人物が登場し、子どもの頃に地元で行われた展覧会に有名な阿修羅像がやって来たこと、せかいが母親から「阿修羅像に似ている」と言われたことが語られる。その後、中学校の時に同級生のミカコが、アミノやヒガシタニという男子(これらの苗字も仏教絡みだろうか?)から「左側の阿修羅像に似ている」と言われるという話があり、せかいはミカコから「真ん中の阿修羅像に似ている」と言われる。
教科書にも載っている有名な阿修羅像ということで、興福寺阿修羅像のことだと思われ、この辺りが仏教的な救済に繋がっていそうだが、それは明示されることはない。


ところどころ日本語が妙なところがあったり、展開が複雑な割にそう特別なことが起こっている訳でもない(一応、「ディザスター(災害)」があって世界が危機に瀕していることにはなっているようだが)という難点があるが、あからさまに描かれない男女の物語と見た場合、なかなか愛らしい作品に仕上がっていたと思う。
なにはともあれ子どもという形で成就しているということは、親を始め多くの人の願いを叶えているという一つの希望である。少なくとも森ちゃんは父親の一番の望みを我が子にまで伝えている。

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2021年11月 1日 (月)

2346月日(35) 京都府立京都学・歴彩館 「吉川観方と風俗史考証の世界―コレクションの写真を中心に―」

2021年10月18日

下鴨にある京都府立京都学・歴彩館(京都府立大学の校舎と併用されている)の展示室で、「吉川観方と風俗史考証の世界―コレクションの写真を中心に―」を観る。

京都市に生まれ、幼時に大津で暮らした他は京都で生涯を過ごした日本画家、吉川観方(よしかわ・かんぽう。1894-1979)。京都府立第一中学校(現在の京都府立洛北高校の前身。今は下鴨にあるが、往時は京大に隣接した吉田近衛町にあった)卒業後、京都市立絵画専門学校(京都市立芸術大学美術学部の前身)予科に進み、同時期に江馬務主催の風俗研究会に参加している。京都市立絵画専門学校本科に進み、卒業後は松竹合名会社に入社して、南座で舞台意匠顧問として主に衣装などを手掛けるようになる。松竹退社後も業務提携を結び、映画などで衣装の監修を手掛けた。京都市立絵画専門学校はその後も研究科に通い、卒業後は大阪・道頓堀の劇場街で衣装考証なども手掛けている。京都の画家としては初めて大錦判の役者絵の版画を制作したとされ、今回の展覧会でも初代中村鴈治郎、二代市川左團次、十二代片岡我童の役者絵が展示されている。

有職故実の研究に始まり、江戸時代の小道具(鏡箱、鼻紙台などには丸に十字の島津の家紋が入っているが、大名の島津家のものなのかどうかは不明)などの収集に興味を持った観方は、江戸時代の習慣や装束などを復活させて写真に収めるという活動を行うようになる。1932年制作のペリー来航を描いた映画「黒船」の撮影に参加している写真が展示されているが、監督の名前がジョン・ヒューストンとジョージ・ヒューストンとに分かれている。ジョン・ヒューストン(「アフリカの女王」や「許されざる者」の監督のようである)が正解で、ジョージ・ヒューストンは誤記のようであった。ちなみにジョージ・ヒューストンという有名人物も実在していて、1930年代に西部劇の映画俳優として活躍していたようである。

先日、NHKアーカイブのFacebookが「島原おいらん道中復活」というモノクロの映像を配信していたが(島原にいるのは太夫であり、花魁はいないので誤りだが、当時の東京ではそうした情報は正確には把握出来ていなかったのだろう)、1947年に太夫道中を復活させたのも吉川観方であるようだ。

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