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2022年1月15日 (土)

観劇感想精選(422) MTC project プロデュース 一人芝居コラボレーション「私」と「わたし」

2021年11月6日 大阪・新町のイサオビル Regalo Gallery&Theaterにて観劇

午後5時から、大阪・新町にあるイサオビル Regalo Gallery&Theaterで、MTC project プロデュース 一人芝居コラボレーション「私」と「わたし」を観る。

イサオビルが建つのはオリックス劇場(大阪厚生年金会館大ホールを改修したもの)のすぐそばである。オリックス劇場では今日も誰かのライブがあるようで、劇場の前にある新町公園でも人が大勢待っている。


Theaterは2階にあるのだが、受付は3階にあるカフェで、午後5時にキャストが迎えにくるまでカフェ内で待つことになる。
午後5時に、「私」の作・演出・出演である増田雄氏(MTC Project代表)が現れて、1つ下の階にあるTheaterに整理番号順で入る。私は大体、会場に早く着きすぎるので(遅れるのが絶対に嫌なので早めに出て早めに着くようにしている)整理番号は1番であった。

増田雄の一人芝居である「私」は、2016年1月の初演。精神保健福祉士の卵達にも発達障害のことが良く分かるような芝居を作ってくれないかとの依頼を受けて制作されたものだった。増田雄自身、発達障害の一つであるADHDの傾向があると診断されていたが、医学に関しては素人であるため、「僕なんかより、学生でも精神保健福祉士になるための勉強をされている方の方が詳しいんじゃないですか?」と聞いたところ、「教科書で学ぶ内容と現実との余りの開きに皆戸惑っている」という返事が返ってきたため、ならばその差をより突き詰めるような内容にした方がいいだろうということで、就職に悩む大学4年生(関西風に言うと4回生)を主人公とした一人芝居とし、発達障害の当事者が周囲の見せかけの「理解」に戸惑う内容としている。主人公の男性に関しては、ADHDではなくASD(自閉症スペクトラム)としていることが分かる。ちなみに、発達障害者は、「世界で最も就職の難しい種族」などと言われることもあるのだが、「自閉症スペクトラム(スペクトラムは「連続体」という意味)」という言葉からも分かる通り、一人ひとり症状が異なるというややこしい特性があるため、断言が難しい症状でもある。
日本は先進国の中でも特に発達障害と診断される人が多い国であるが、社会制度そのものが発達障害と診断された人を弾き出すシステムになっていることも影響していると思われる。

増田雄の演じる「私」を観て、リライトを思い立ったASD当事者である関根淳子が書き上げたのが、タイトルをひらがなにした「わたし」である。単純に性別を変えただけではなく、就職の問題を恋愛問題に置き換え、身分も学生ではなく専門学校卒のフリーターに変更。「私」では寓話で語られた部分を学生時代の人間関係の思い出話とし、クライマックスで語られる童話調の物語も、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの「人魚姫」を基にしたものに変更している。一人芝居であるが登場人物も大幅に増え(「私」では、面接官ぐらいしか具体的な他人は出て来ないが、「わたし」では学校の同級生、彼氏と彼氏の母親などが登場。「人魚姫」の部分では主人公の他に人魚姫の二人の姉や魔女なども声音を変えて演じ分ける)、ダンスや振りのある演技も入れたため、上演時間も約50分と、「私」の約30分から倍近くに延びている。「私」は会議室での上演を想定したものということもあって音楽なしだが、「わたし」は音楽入りと、ここも異なる。

女性の場合、男性よりもより高度なコミュニケーション能力を要求されるケースが多い。男の場合は、私もそうだが一人が好きという性格であったとしても「そういう人っているよね」で済むのだが、女の場合はいつも一人でいると異端視されやすい。発達障害者には孤独を好む傾向を持つ人も多いのだが、女性の場合は孤独が許されず、人間関係が苦手だと男性以上に地獄を見ることになる。

一方で、男性の場合は就職出来ないと負け犬扱いされることが多いが、女性の場合は「家事手伝い」という抜け道もあり、フリーターであっても「そのうち結婚すればいいから」と許される確率も高い。ただ、生涯未婚率自体が上昇の一途であり、将来的に追い込まれる人も出てきそうである。


関根淳子の「わたし」は、2年前にここイサオビル Regalo Gallery&Theaterで初演される予定だったのだが、コロナ禍によって中止となり、THEATRE E9 KYOTOが企画したオンライン上演企画に応募して、関根淳子が所属しているSPAC(Shizuoka Performing Arts Center)の本拠地である静岡市内で収録した映像によって初演が行われた。その後、静岡県内で静岡県在住者に限って観覧出来る上演が行われ、関根の母校である東京大学での上演などを経て、ようやく初演が予定されていた大阪での上演となった。

関根淳子の「わたし」は、私も有料配信のものを観ており、増田雄の「私」はYouTubeで観ている(収録の出来は満足のいかないものなので、増田さんはこの映像を観ることをお勧めしていないようである)のだが、両作品とも「演劇」として接するのは初めてとなる。

内容に関しては映像初演の時と重複する部分も多いので繰り返さないでおくが、印象自体は映像で観るのとその場で観るのとではやはり大きく異なり、演劇はやはり会場まで出向いて観る必要を強く感じる。受け取るエネルギーの量が段違いなのである。

増田雄の後で聞く関根淳子のセリフ回しに、関東人ならではの心地良さを感じる。増田雄も大学は多摩美術大学(世田谷区上野毛にあった造形表現学部映像演劇学科。現在の美術学部演劇舞踊デザイン学科の前身である)を出ているので、東京にいた期間はあるのだが基本的に西日本の人であり(出身は、西日本にも東日本にも含まれる三重県である)、セリフは標準語が用いられていたが、やはり関東で生まれ育った関東人のセリフ回しとは異なる印象を受ける。セリフだけでなく、数人いる関東出身の友人とそれ以外の地方の友人とでは日本語そのものに関する意識自体に違いを感じたりもしている。
関東人の話し方は、緩急、強弱ともに自在なのが特徴であり、「線」が波打つような感覚がある。一方、その他の地方の話し方はそれがいかに音楽的であろうと迅速な「点描」という印象を受ける。関東人の話し方は擦弦楽器あるいはオーケストラ的、それ以外の地方の人々の話し方はピアノなどの鍵盤楽器やギター的であると書くと分かりやすいだろうか。
人によって感じ方は異なるだろうが、関東で生まれ、27歳まで関東で過ごした人間としては、間近で聴く関東・標準語ネイティブである関根淳子のセリフは本能的に受け入れやすいものであるように感じられる。


「私」と「わたし」の上演の後にアフタートークがある。毎回ゲストを呼んで行われるが、今日のゲストは精神保健福祉士の山崎明子(一般社団法人みーる代表理事)。
山崎明子が代表理事を務める一般社団法人みーるは就労継続支援B型(障害のある方に就労のための訓練を施す場所。A型というのもあって、こちらは労働契約を結ぶため最低賃金が保障されるが、B型は労働の場というよりも「居場所」の色彩が濃く、工賃というものが出るが、月収が1万円いけば良い方というところも普通にある)を運営しているのだが、みーる主催による「私」が週末限定でロングラン公演が行われたそうである。

アフタートークは写真撮影可、というより増田さんによると「積極的に撮って広めて欲しい」とのことだったが、余り良い写真は撮れそうになかったので遠慮した。

山崎さんによると、支援者として障害者に接する難しさがあるそうで、相手のためを思った言動が、結果的には相手を見下す結果になることもあるそうだ。「わたし」では、「理解者」を自認する第三者からの善意が生む悪意に曝される場面があるのだが、そうした光景は支援施設でもよく見られるそうである。
施設の利用者には、上手く表現出来ない恐怖感を日常的に抱いている人も多いそうだが、これはある意味、日常というものがホラー化していることを表しているのかも知れない。


終演後に、関根淳子さんに挨拶。Zoomで話したりFacebookでやり取りをしたことはあるのだが、実際に対面するのは初めてとなった。なんだか妙な感じである。

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