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2022年2月の22件の記事

2022年2月27日 (日)

コンサートの記(766) 池辺晋一郎作曲 新作オペラ「千姫」

2021年12月12日 アクリエひめじ大ホールにて

姫路へ。

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午後3時から、アクリエひめじ大ホールオープニングシリーズ公演:新作オペラ「千姫」を観る。池辺晋一郎の作曲。構想も池辺によるもので、池辺は姫路市の隣にある加古川市在住の作家、玉岡かおるに台本の作成を依頼したが、玉岡は、「小説家の私はシナリオでなく小説を書いて本に残すのが使命なのでは?」ということで、原作となる小説『姫君の賦~千姫流流』を執筆。それを平石耕一が台本に直すという過程を経た。
演出は、新作の演出を手掛けることも多い岩田達宗。出演は、小林沙羅(千姫)、古瀬まきを(おちょぼ)、矢野勇志(本多忠刻)、池内響(本多忠政)、井上美和(お熊)、小林峻(徳川秀忠)、尾崎比佐子(お江)、井上敏典(宮本武蔵)、近藤勇斗(宮本三木之助)、伊藤典芳(松坂の局)、奥村哲(坂崎出羽守)、山田直毅(桂庵)、林真衣(芥田四左衛門)、金岡伶奈(奥女中)。
子役が二人出演(松姫=東福門院和子と千姫の娘である勝姫の役。共に達者な演技を見せた)。刺客役という歌のない役で、河本健太郎と青山月乃が出演する。

二幕十九場からなる大作であるが、それぞれの場の名称は背面のスクリーンに投影される。

演奏は、田中祐子指揮の日本センチュリー交響楽団。注目の女性指揮者として人気を博していた田中祐子だが、更なる研鑽の必要を感じ、日本での仕事を徐々に減らしてパリに留学。その最中にコロナ禍に見舞われたが、日本での仕事も再開を始めており、今回久々の日本でのオペラ指揮である。

ストーリーも音楽も分かりやすいが、その分、「ここがクライマックス」という盛り上がりには少し欠ける印象は否めない。

徳川二代将軍秀忠と、浅井長政の三女である江の娘として生まれた千姫。夫となった豊臣秀頼と義母で伯母でもある茶々(淀殿)を生家である徳川家に殺された悲劇のヒロインとして有名であるが、その後に美男子として知られる本多忠刻と自ら望んで再婚。忠刻との間の娘である勝姫は江戸時代前期の三大名君の一人として知られる池田光政の正室となり、全国屈指の大大名である備前池田家の繁栄に貢献している。

そもそも千姫の弟は三代将軍家光、妹は後水尾天皇に嫁した東福門院和子(最初は「かずこ」で降嫁後は「まさこ」)、姪は奈良時代以来の女帝となる明正天皇という華麗この上ない血筋。忠刻の没後に江戸に戻ってからも大奥で権勢を振るうなど、恵まれた一生であり、親豊臣の人々からは余り好かれていなかったようである。そのために後世、「刑部姫と本多忠刻」や、千姫が夫二人に先立たれたショックから狂女になったとする「千姫御殿」といった怪談が生まれている(共に姫路での上演には相応しくないので、当然ながら登場しない)。千姫一人が幸福に過ごしたということを認めたくない人々がいたのだろう。実際には千姫は江戸に帰ってから狂女になったどころか、有名人の墓地が多いことでも知られる鎌倉の縁切り寺・東慶寺を再建するなど、女性のための施策も行っており、このオペラでも姫路時代の発案として登場する。

姫路と姫路城というのがこれまた危ういバランスの上にあり、西国将軍・池田輝政が現在まで聳えている五重の大天守などを築いているが、最初に姫路城に天守を築いたのは羽柴秀吉である。秀吉は毛利攻めのための山陽道の拠点として黒田官兵衛から本丸を譲り受け、居城としている。
一方で江戸期以降の姫路は江戸を手本とした街作りを行っており、城郭のみならず惣構えを渦を巻くような水堀で囲い、水運の便を図っている。渦郭式城郭と呼ばれるものだが、大規模な渦郭式城郭は日本には江戸城と姫路城しか存在しない。
豊臣と徳川の双方が息づいているということなのだが、それは千姫にも当てはまる。

舞台は大坂夏の陣、大坂城落城の場面から始まる。秀頼と淀殿の助命を父親である秀忠に請う千姫であったが(今回のオペラには家康は登場しない)受け容れられず、劫火に包まれる大坂城の姿が千姫のトラウマとなる。そのトラウマの火を消す水の役目を司るのが本多忠刻である。
池田輝政は現在の姫路城の礎を築いたが、外堀などは完成させることが出来なかった。惣構えを築き、播磨灘への水運を開いたのは本多忠刻であり、このことはこのオペラでも描かれている。
千姫の大坂城脱出というと、坂崎出羽守直盛との関係が有名で(「千姫事件」として知られる)、このオペラでもどう描かれるのか気になっていたのだが、千姫のトラウマと直結しているものの、余り深くは描かれていなかった。姫路での千姫のオペラということで、坂崎出羽守の話を大きくするとバランスを欠くためだと思われる。

千姫は名前だけはとにかく有名だが、実際に何をした人なのかは広く伝わっておらず、最初の夫と二番目の夫に先立たれた悲運の徳川の姫という印象だけが強い。もし仮に大坂の陣で秀頼や淀殿と運命を共にしていたら、あるいは宮本武蔵の養子である三木之助のように本多忠刻の後を追っていたら、悲劇の女性として更に名高かったかも知れない。祖母であるお市の方のように。だが、死んだとして、それで何かを成し得たと言えるのだろうか。

死んでいれば、坂崎出羽守の千姫事件や千姫御殿の物語で汚名を着ることもなかったかも知れない。死を美徳とするこの国にあっては尚更そうだ。だが彼女は生きた。人には知られなかったかも知れないが、生きて成すべきことを成した。名門に生まれたことで発生した義務を彼女は果たした。女が政治の道具でしかなかった時代、徳川と豊臣の政略結婚として大坂城に嫁ぎ、その後は徳川四天王の一人、忠勝系本多氏に入って、徳川の結束を高めた。だが、これらは親が決めたことであり(千姫が忠刻の妻になることを自ら望んだというのも事実であろうが)、その犠牲になったとしても「千姫可哀相」で終わってしまう。その後の彼女は徳川家や豊臣家でなく、彼女の運命を生きた。「千姫事件」や「千姫御殿」のようにドラマティックではないかも知れないが、真に美しい生き方だったと思う。
あるいは、「本当の美しさ」とは「ドラマティック」の中にはないのかも知れない。そう思わせてくれるオペラだった。

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坂本龍一 「Alexei and the Spring」for Ukraine

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テオドル・クチャル指揮ウクライナ国立交響楽団 カリンニコフ 交響曲第1番第1楽章

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2022年2月26日 (土)

観劇感想精選(428) 大竹しのぶ主演「ザ・ドクター」

2021年12月4日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて観劇

午後5時から、西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、「ザ・ドクター」を観る。作:ロバート・アイク、テキスト日本語訳:小田島恒志、演出:栗山民也。出演は、大竹しのぶ、橋本さとし、村川絵梨、橋本淳、宮崎秋人、那須凜、天野はな、久保酎吉、明星真由美、床嶋佳子、益岡徹。

イギリスを舞台とした作品である。

芝居はまず、ルース・ウルフ(大竹しのぶ)の録音された声から始まる。彼女が目の前に死体が横たわっているのを見つけたのでどうすればいいのかを聞いている。しかし、必要なのは「救急車ではありません」「それははっきりしています」と語る。「私は医師ですから」

ルースは、エリザベス(医療)研究所の創設者であり、所長でもある。いわばエリートだ。一方で、同性愛者でもあり、チャーリーというパートナー(床嶋佳子)がいる。

ある日、エリザベス研究所に、堕胎に失敗して敗血症となったエミリーという14歳の女の子が運ばれてくる。主治医は所長で教授でもあるルースが受け持つが、もう長くないことは明らかであった。そこにジェイコブ・ライス(益岡徹)という黒人の神父がやって来る(戯曲の指定もあるが、黒人のメイクはしていない)。エミリーの両親から臨終の儀式を行うよう頼まれたのだ。ルースは医学的見地からジェイコブの面会を拒否。エミリーが「自分は死ぬ」と察してパニックになるのを防ぐ意味もあった。だが、熱心なカトリック信者であるエミリーの両親は、臨終の儀式を行わないと地獄に落ちると信じており、自分達は飛行機に乗って移動中であるため間に合わないが、ジェイコブには絶対に臨終に立ち会うよう言っていた。ジェイコブも責任を感じ、エミリーの病室に向かおうとしてルースと揉み合いになる。ジェイコブは裁判になった時の証拠になるよう、その模様を録音していた。結局、ジェイコブの立ち会いは拒否され、エミリーは混乱の内に他界。ジェイコブは怒り心頭。その後に研究所にやって来たエミリーの父であるローナン(益岡徹二役)も、「娘を地獄に落とされた」と抗議を行う。やがてネット署名も始まって、自体は深刻化する。

一つには宗教の問題がある。ルースは無神論者のようだが、両親はユダヤ教徒。エリザベス研究所にもユダヤ系が多いということで、宗教的な贔屓があるのではないかと疑われた。広報のレベッカ(村川絵梨)もユダヤ系である。また500名の研究所員のうち65%が女性ということで、女性優遇があるのではないかという疑問も生まれる。また新たに薬理学系の教授候補となったユダヤ系女性と黒人男性のうち、採用されたのがユダヤ系女性のファインマンであったことも疑いを加速させる。

結局、ルースは所長の座を辞すのだが、ルースを追求する声は日増しに大きくなり、自宅の前に停めておいた車にもハーケンクロイツの傷を付けられるなど、魔女のような扱いを受ける。そしてルースは「ザ・ディベート」という番組に出演することになるのだが……。

前半は宗教観やジェンダーを巡るシリアスで重い展開となるが、後半はヒューマンドラマへと変わっていく。

「ザ・ドクター」というタイトルがルースのアイデンティティそのものを示している。彼女は女やユダヤ教徒の娘、そして人間である前に「ドクター」である。生まれながらにしてドクターに相応しい気質を持っているのだ。性別、人種、信条によって様々なイメージが生まれ、実体を占領する。だが、彼女には揺るぎない自己像と医師としての誇りと信念がある。ラスト近くのジェイコブやチャーリーとの会話に、それがはっきり表れていた。

大竹しのぶや益岡徹の存在感が見もの。また村川絵梨を舞台で見るのは久しぶりだが、いい女になっていて驚かされた。

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2022年2月22日 (火)

コンサートの記(765) ガエタノ・デスピノーサ指揮 京都市交響楽団第664回定期演奏会

2022年2月18日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第664回定期演奏会を聴く。

本来は、若手指揮者・原田慶太楼の京響定期デビューコンサートとなるはずだったが、原田は本拠地であるアメリカのオーケストラを振る仕事があり、その後に日本に再入国する際に必要とされる隔離期間2週間の確保が難しいため降板。代わって、昨年の暮れに来日し、以後、日本に長期滞在して各地のオーケストラを指揮しているガエタノ・デスピノーサが指揮台に立つ。
また、ピアノ独奏を務めるはずだった三浦謙司(ドイツ在住)も日本入りが不可能となったため、昨年9月のリーズ国際ピアノコンクールで第2位に輝いた若手・小林海都(かいと)がピアノソロに抜擢される。


曲目は当初と変わらず、ヴェルディの歌劇「運命の力」序曲、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」(ピアノ独奏:小林海都)、チャイコフスキーの交響曲第5番。


コロナ禍により、指揮者が足りないという状態が続いている。日本のオーケストラは良くも悪くも白人の指揮者頼りの傾向が続いていた。私が学生定期会員をしていた時期のNHK交響楽団は、定期演奏会の大半を白人、それもヨーロッパ出身の指揮者に委ねていた。同じ白人指揮者でもアメリカの指揮者は当時はまだそれほど信頼が置かれていなかったような気がする。定期的に招かれていたのはレナード・スラットキンなど数名だったと思う。

昨今も劇的に状況が変わったという訳ではなかったが、コロナによる外国人入国規制により、いやでもこれまでの方針を変えざるを得なくなった。私が学生定期会員をしていた時期のN響を例に挙げると、日本人指揮者が出演するのは4月定期のABC3つあるプログラムだけで、それを3人の日本人指揮者で振り分けるということをやっていたが、そんなことでは演奏会が開けない。

オーケストラだけではなく、日本のクラシック音楽の聴衆も同傾向。白人の名指揮者に人気が集中していた。そのため、客の呼べる日本人指揮者の数は限られており、争奪戦となっている。
そんな中で、昨年暮れに来日したデスピノーサとジョン・アクセルロッドは客の呼べる貴重な実力派白人指揮者。共に日本に長期滞在し、聴衆を魅了。アクセルロッドは先日、アメリカに帰ったが、デスピノーサは引き続き日本での活動を続けている。


出演者の急遽変更ということでバタバタしたのか、無料プログラムに記載されたプレトークの時間が「午後2時から」とマチネーの時間帯になっている。午後7時開演の公演のプレトークを午後2時から行っても客席に誰もいないが、客も間違えるはずもない。ということで午後6時30分からデスピノーサによるプレトークがある。英語でのスピーチ。通訳は小松みゆき。

デスピノーサは、まず「こんばんは」と日本語で挨拶してから、「Good Evening」と英語に直す。
「今回のプログラムは私が選んだわけではないのですが」と前置きした上で、「いいプログラムだと思います」と語る。

デスピノーサは、1978年、パレルモ生まれのイタリア人。ということで、まずは祖国の大作曲家であるジュゼッペ・ヴェルディの話。「ヴェルディはとても長生きした人で、活躍の時期も長かった」「チャイコフスキーは、27歳下ですが、チャイコフスキーが亡くなった後もヴェルディは生きて活躍していました」
そして、「ヴェルディは当初はシンプルなオペラを書いていたのですが、次第に交響詩のようなオペラを作曲することになります」
非常に有名だが、「椿姫」の“乾杯の歌”のオーケストラ伴奏は、「ブンチャッチャ、ブンチャッチャ」と三拍子のリズムを刻んでいるだけだったりする。それがワーグナーへの対抗心ともいわれるが、声を含むオーケストラによる一大叙事詩を指向するようになっていった。「運命の力」についてデスピノーサは、そんなシンプルと重厚の合間にある重要な作品としていた。

続いて、チャイコフスキーだが、「ヴェルディはオペラの人だが、チャイコフスキーはオペラの人とは言えないかも知れない(一応、「エフゲニー・オネーギン」や「スペードの女王」といった比較的有名なオペラも書いている)が、舞台的な発想をする人だ」と語る。バレエ音楽も優れたものが揃っている。そして舞台的な音楽発想という意味だと思われるが、チャイコフスキーはマーラーの先達、先駆けになる人」との解釈を披露する。
交響曲が私小説化していくのも、マーラーやチャイコフスキーの後期三大交響曲の特徴である。

ラフマニノフについては、「ノスタルジックな作曲家というイメージがあるが」新しいことも色々やった未来的なところもある作曲家、「パガニーニの主題による狂詩曲」にも新しいところがあるとの見解を述べていた。


今日のコンサートマスターは、特別客演コンサートマスターの豊島泰嗣。フォアシュピーラーに泉原隆志。管楽器首席奏者ではオーボエの髙山郁子が全編に出演。トロンボーン首席の岡本哲がラフマニノフからの参加。それ以外はチャイコフスキーのみの出演となっている。


ヴェルディの歌劇「運命の力」序曲。
デスピノーサの実演には、昨年暮れの大フィルの第九で接しているが、相性は京響との方が良さそうである。全般的に明るめの音色と屈強なブラスという京響の長所が生きており、憂いや情熱、パースペクティブの表出などがイタリア音楽に相応しい。


ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」。
ピアノ独奏の小林海都は、バーゼル音楽院在学中の若手。残念ながら醜聞続きの上野学園の高校で学んでいたのだが、マリア・ジョアン・ピリスのワークショップを受けた際に留学を勧められ、まずはベルギーのエリザベート王妃音楽院でピリスに師事した後でスイスに移っている。昨年12月にはデスピノーサの指揮でN響定期デビューも果たした。
見た目は芸術家というよりも「真面目なサラリーマン」風である小林だが、エッジの立ったキリリとしたピアノを弾くため、ギャップが凄い。今日は「パガニーニの主題による狂詩曲」とアンコール演奏の2曲だけだったが、音色やスタイルを自在に変えられるタイプであることが察せられるため、他の曲の演奏も聴きたくなる。
デスピノーサ指揮の京響も甘美で語り上手な伴奏を展開した。

小林のアンコール演奏はスクリャービンの24の前奏曲より第9番。デスピノーサは舞台から下り、客席に座って聴いていた。


チャイコフスキーの交響曲第5番。フルートの上野博昭、クラリネットの小谷口直子、ホルンの垣本昌芳、トランペットのハラルド・ナエス、ファゴットの中野陽一朗といった首席奏者が並んだこともあり、輝かしい音による白熱した演奏が展開される。

デスピノーサであるが、かなりテンポを揺らす。「一気に加速した後減速」を繰り返すため、下手をすると粗い演奏になりがちだが、そうした印象は余り受けず、時間を素材に全体像をきっちり組み立てる名建築家のような優れたフォルム作りが特徴。バランス感覚が人並み外れて優れているのだと思われる。
管楽器は鋭く、弦楽器はそれに比べると甘くと分けているのも特徴で、チャイコフスキーの多面性を描いているようでもある。ティンパニに硬い音を出させているのも独特。

第1楽章冒頭の小谷口直子のクラリネットソロ、第2楽章の垣本昌芳のホルンソロはいずれも技術が高く、表現力も豊かである。交響曲第5番はクラリネットとホルンが独奏的に用いられる場面が多く、交響的協奏曲のようでもある。

第4楽章も堂々と始まる。デスピノーサは、チャイコフスキーに関する最新の研究を余り取り入れてはいないように感じられたが、音が輝かしいが故に却って伝わってくる哀しさのようなものも特に弦には乗っているように感じられる。
疑似ラストの後の凱歌も爽快であるが、音の輝かしさ故に同時に生まれた陰の部分も目の前に差し出されているような感覚になる。ラストも「ジャ・ジャ・ジャ・ジャン」と切って演奏しており、「本当の凱歌」なのか疑問に思えてくる要素も隠さずに出していた。だが、昨今流行りの演奏とは異なり、地平の彼方に希望が見えているような終わり方でもあった。


演奏終了後、デスピノーサは再び客席に下り、京都市交響楽団に向かって拍手をするというパフォーマンスを行っていた。

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2022年2月21日 (月)

観劇感想精選(427) 文化芸術×共生社会フェスティバル 朗読劇「かもめ」@びわ湖ホール

2022年2月13日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール中ホールにて観劇

午後2時から、びわ湖ホール中ホールで、文化芸術×共生社会フェスティバル 朗読劇「かもめ」を観る。作:アントン・チェーホフ、台本・演出:松本修(MODE)。

滋賀県が、令和2年3月に作成した「滋賀県障害者文化芸術活動推進計画」に基づいて行われる、「障害のある人やない人、年齢のちがう人、話す言葉がちがう人など、さまざまな人が支えあうことで、だれもが自分らしく活躍できる滋賀県をつくる」ために発足した「文化芸術×共生社会プロジェクト」の一つとして行われる公演である。

出演者は、数人のプロフェッショナルや演技経験者を除き、オーディションで選ばれたキャストによって行われる。オーディションは、演技経験や障害の有無を問わずに行われ、約3ヶ月の稽古を経て本番を迎える。一つの役に複数の俳優(読み手)が扮し、幕ごとに役が交代となる。朗読劇であるが、座ったまま読むだけでなく、立ち上がって動きを付けたり、経験豊富な俳優は一般上演さながらの演技も行う。

出演は、花房勇人、吉田優、保井陽高、山下佐和子(以上、トレープレフ)、木下菜穂子(元俳優座)、齋藤佳津子、住田玲子(以上、アルカージナ)、廣田誠一、江嶋純吉、山口和也(以上、トリゴーリン)、平川美夏、高木帆乃花、服部千笑、西田聖(以上、ニーナ)、大辻凜、西山あずさ、飯田梨夏子、伊東瑛留(以上、マーシャ)、大田新子、梅下節瑠、横田明子、藤野夏子(以上、ポリーナ)、孫高宏(兵庫県立ピッコロ劇団)、小田実(以上、シャムラーエフ)、布浦真(ドールン)、清水亮輔、佐藤海斗(以上、メドヴェージェンコ)、HERO、森川稔(以上、ソーリン)。
ナレーター:孫高宏&清水洋子。ピアノ演奏:松園洋二。松園は、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」などのロシア音楽を中心に演奏。第4幕のトレープレフが舞台裏でピアノを弾くという設定の場面では、ショパンの夜想曲第20番(遺作)を奏でた。

聴覚障害者のため、舞台下手側で手話通訳があり、背後のスクリーンにもセリフが字幕で浮かぶ。また視覚障害者のためには、点字によるパンフレットが配布された。

湖のほとりを舞台とした芝居であるチェーホフの「かもめ」。それに相応しい湖畔の劇場であるびわ湖ホール中ホールでの上演である。
また、スクリーンには、滋賀県内各地で撮られた琵琶湖の写真が投影され、雰囲気豊かである。

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新劇の王道作品の一つである「かもめ」であるが、接する機会は思いのほか少なく、論外である地点の公演を除けば、新国立劇場小劇場で観たマキノノゾミ演出の公演(北村有起哉のトレープレフ、田中美里のニーナ)、今はなきシアターBRAVA!で観た蜷川幸雄演出の公演(藤原竜也のトレープレフ、美波のニーナ)の2回だけ。マキノノゾミ演出版はそれなりに良かったが、蜷川幸雄演出版は主役の藤原竜也が文学青年にはどうしても見えないということもあり、あらすじをなぞっただけの公演となっていて、失敗であった。蜷川は文芸ものをかなり苦手としていたが、「かもめ」も省略が多いだけに、表現意欲が大き過ぎると空回りすることになる。

今回の「かもめ」であるが、演技経験を問わずに選ばれたキャストだけに、発声などの弱さはあったが(字幕があったためになんと言ったか分かったことが何度もあった)、きちんとテキストと向き合ったことで、セリフそのものが持つ良さがダイレクトに届きやすいという点はかなり評価されるべきだと思う。テキストそのものに力があるだけに、余計なことをしなければ、「かもめ」は「かもめ」らしい上演になる。第4幕などはかなり感動的である。涙が出たが、人前で泣くのは嫌いなので指で拭って誤魔化した。


「かもめ」は、「余計者」の系譜に入る作品である。主人公のコンスタンチン・トレープレフは、有名舞台女優のアルカージナの息子であり、教養も高く、天分にもそれなりに恵まれた青年であるが、これといってやることがなく、日々を無為に過ごしている。彼が湖畔の仮設舞台で、ニーナを出演者として上演した演劇作品は、生き物が全くいなくなった世界で、それまでの生物の魂が一つになるという、先端的な思想を取り入れたものであり、観念的であるが、注意深く内容を探ってみると、トレープレフ本人が他の多くの人間よりも優れているという自負を持って書いたものであることが分かる。トレープレフが凡人を見下したセリフは実際に第3幕で吐かれる。トレープレフは、恋人であるニーナも当然ながら見下している。大した才能もないのに女優を夢見る世間知らずのお嬢ちゃん。おそらくそう受け止めていただろう。

「かもめ」でよく指摘されるのが、片思いの連鎖である。トレープレフはニーナと恋人関係にあるが、ニーナはトレープレフよりも売れっ子作家であるトリゴーリンへと傾いていく。管理人であるシャムラーエフとポリーナの娘であるマーシャはトレープレフのことが好きだが、トレープレフはマーシャの行為を受け容れないどころか迷惑がっている。そんなマーシャを愛しているのが、目の前の事柄にしか注意が向かない、教師のメドヴェージェンコである。マーシャはトレープレフの芸術気質に惚れているので、当然ながら給料が足りないだの煙草代が必要だのとシミ垂れたことをいうメドヴェージェンコのことは好みではない。

通常は、「片思いの連鎖」という状況の理解だけで終わってしまう人が多いのだが、それが生み出すのは壮絶なまでの孤独である。分かって欲しい人、その人だけ分かってくれれば十分な人から、分かっては貰えないのである。
トレープレフは、女優である母親から自作を理解されず(トレープレフがエディプスコンプレックスの持ち主であることは、直接的には関係のない場面でさりげなく示唆される)、ニーナもトリゴーリンの下へと走る。ニーナはトリゴーリンと共にモスクワに出たはいいが、トリゴーリンは文学には関心があるものの演劇は見下しており、あっけなく捨てられる。マーシャは結局はメドヴェージェンコと結婚するのだが、その後もメドヴェージェンコを完全に受け容れてはおらず、トレープレフに未練がある。

そうした状況の中で、トレープレフは作家としてデビューすることになるのだが、評価は決して高くなく、中島敦の小説の主人公達のように「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」にさいなまれている。作家にはなったが成長出来ていない。相変わらず他人を見下しているが、その根拠がないことに自身でも気付いている。
そこにニーナがふらりと訪ねてくる。同じ町に宿泊していたのだが、会いたくてなんどもトレープレフの家に足を運んでいたのだ(かつて自身がトレープレフの台本で演じた仮説舞台で泣いていたのをメドヴェージェンコに見られていたが、メドヴェージェンコはそれを幽霊か何かだと勘違いしていた)。
一時、追っかけのようなことをしていたため、ニーナの演技力について知っていたトレープレフは、相変わらずの何も分からない女の子だと、ニーナのことを見なしていた。それは一種の、そして真の愛情でもある。少なくとも劇の始まりから終わりに至るまで、彼がニーナを愛していない時間などただの1秒もないのであるが、至らない女性であるニーナは自分の下に戻ってくると高をくくっていたかも知れない。
だが、目の前に現れたニーナは、精神的に追い詰められていたが、自立した女性へと変身していた。トレープレフはいつの間にか追い抜かれていたのである。そして自分より上になったニーナはもう自分のものにはならない。こうなると小説家になったのもなんのためだったのか分からなくなる。

ロシアの「余計者」文学の系譜、例えばプーシキンの『エフゲニー・オネーギン(私が読んだ岩波文庫版のタイトルは『オネーギン』)』などでもそうだが、当初は見下してた女性が、気がついたら手の届かない存在になっており、絶望するというパターンが何度も見られる。余計者であるが故の鬱屈とプライドの高さが生む悲惨な結末が、男女関係という形で現れるからだろうか。他の国の文学には余り見られないパターンであるため不思議に感じる(相手にしなかった男が出世しているという逆のパターンは良くあるのだが)。
ただ言えるのは、それが遠のいた青春の象徴であるということある。あらゆる夢が詰まっていた青春時代。多くの選択肢に溢れていたように「見えた」季節の終わりを、観る者に突きつける。その胸をえぐられるような感覚は、多くの人が感じてきたはずのことである。

庶民を主人公としたために初演が大失敗に終わった「かもめ」。だが、我々現代人は登場人物達の中に自身の姿を発見する。そうした劇であるだけに、「かもめ」は不滅の命を与えられているといえる。

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2022年2月20日 (日)

これまでに観た映画より(283) スティーヴン・スピルバーグ監督「ウエスト・サイド・ストーリー」

2022年2月15日 MOVIX京都にて

新京極のMOVIX京都でスティーヴン・スピルバーグ監督のミュージカル映画「WEST SIDE STORY ウエスト・サイド・ストーリー」を観る。先頃亡くなったスティーヴン・ソンドハイムの作詞、レナード・バーンスタイン作曲の最強ミュージカルである「ウエスト・サイド・ストーリー(ウエスト・サイド物語)」。1曲ヒットナンバーがあれば大成功というミュージカル界において、全曲が大ヒットというモンスター級の作品であり、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の舞台をニューヨークのスラム街に置き換え、ポーランド系移民のジェッツとプエルトリコ移民によるシャークスという少年ギャングの対立として描いて、世界中の若者の共感も呼んでいる。

1961年に公開された映画「ウエスト・サイド物語」も大ヒットしており、名画として認知されているが、出演俳優がその後、なぜか不幸に見舞われるという因縁でも知られている。マリアを演じたナタリー・ウッドは、1981年、映画の撮影中に水死。事故とされたが、最近に至るまで殺害説がたびたび浮上している。トニー役のリチャード・ベイマーは、一時的に俳優のキャリアを中断している。ベルナルド役のジョージ・チャキリスも映画よりもテレビドラマなどに活動の場を移しているが、日本では小泉八雲ことラフカディオ・ハーンを演じた「日本の面影」に出演しており、私が初めてジョージ・チャキリスという俳優を知ったのも「日本の面影」においてである。


1961年の「ウエスト・サイド物語」と、今回の「ウエスト・サイド・ストーリー」とでは、設定や舞台、歌の担い手、ラストの解釈などが大きく異なっている。

スピルバーグ版「ウエスト・サイド・ストーリー」のキャストは、アンセル・エルゴート(トニー)、レイチェル・ゼグラー(マリア)、アリアナ・デボーズ(アニータ)、デヴィット・アルヴァレス(ベルナルド)、マイク・ファイスト(リフ)、ジョシュ・アンドレス(チノ)、コリー・ストール(シュランク警部補)、リタ・モレノ(バレンティーナ)ほか。リタ・モレノは、「ウエスト・サイド物語」で、アニータを演じ、アカデミー助演女優賞などを受賞した女優であり、今回の映画の製作総指揮も彼女が務めている。

脚本はトニー・クシュナーが担当しており、細部にかなり手を加えている。

指揮を担当するのは世界的な注目を浴びているグスターボ・ドゥダメル。ニューヨーク・フィルハーモニックや手兵のロサンゼルス・フィルハーモニック(コロナによりニューヨークでの録音が出来なくなったための追加演奏)からシャープにしてスウィング感にも溢れる極上の音楽を引き出している。

「ウエスト・サイド物語」では、リタ・モレノ以外は、白人のキャストがメイクによってプエルトリコ人に扮して演技を行っていたが、今回の「ウエスト・サイド・ストーリー」では、プレルトリコ移民側は全員、ラテンアメリカ出身の俳優がキャスティングされている。また、プエルトリコ移民は英語も話すが、主として用いる言語はスペイン語であり、プエルトリコ移民同士で話すときはスペイン語が主となるなど、リアリティを上げている。デヴィッド・ニューマン編曲によるスペイン語によるナンバーも加わっている。

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映画はまず、リンカーン・センター(メトロポリタン歌劇場や、ニューヨーク・フィルハーモニックの本拠地であるデヴィッド・ゲフィン・ホールなどが入る総合芸術施設)の工事現場の上空からのショットで始まる。マンハッタンのウエスト・サイドがスラム街から芸術の街に変わっていく時代を舞台としている。と書くと美しく聞こえるが、それまでその土地で暮らしていた人が住み家や居場所を失うということでもある。皮肉にも――と書くのはおかしいかも知れないが――彼らを追い込み追い出すのは、映画やミュージカルも含む芸術なのである。ジェッツのメンバーが、リンカーン・センター建設の工事現場地下からペンキを盗み出し、プエルトリコの国旗が描かれたレンガにぶちまけ、それを見たシャークスの面々と乱闘になる。

今回の映画では、ジェッツのメンバーの主力がポーランド系移民とは示されず(トニーはポーランド系移民であることが明かされる場面がある)、白人対有色人種の構図となっている。ヒスパニック系住民の増加は、現代アメリカの重要問題となっており、将来、英語を母語とする人種を数で上回るのではないかといわれている。また、ジェッツの取り巻きには、外見は女性だが内面は男性というトランスジェンダーのメンバーがおり、LGBTQの要素も入れている。

「ウエスト・サイド・ストーリー」といえば、ダンスシーンが有名だが、今回一新されたジャスティン・ペック振付によるダンスはキレも迫力も抜群であり、カメラ自身が踊っているような優れたカメラワークも相まって見物となっている。

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トニー(本名はアントン)は、傷害罪で逮捕され、刑務所で1年間の服役を終えて仮出所中という設定になっており、ベルナルドはボクサーとしても活躍しているということになっている(格闘のシーンではなぜかトニーの方がベルナルドより強かったりする)。

リフが歌う「クール」であるが、これがトニーの歌に変わっており、「クラプキ巡査どの」は警察署に拘留されたジェッツのメンバーによる戯れの劇中劇のような形で歌われる。「Somewhere」が、今回のバージョンのオリジナルキャラクターであるバレンティーナの独唱曲として懐旧の念をもって歌われる場面もある。

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決闘の場が塩の保管倉庫になっていたり、ラストシーンの舞台がバレンティーナが営む商店のそばになるなど、異なる場面は結構多い。ベルナルドの腰巾着的立場であったチノが幅のある人間として描かれているのも意外だが、映画全体の奥行きを出すのに一役買っている。

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シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」は人間の愚かしさを恋愛劇という形で描き上げた作品であるが、1961年の「ウエスト・サイド物語」のラストシーンでもマリアが人間の愚かしさを憎むような表情で退場していた。ただ、今回の「ウエスト・サイド・ストーリー」では憎しみというよりも運命の受け容れに近いように見える。時を経て、差別に対しては憎悪よりもある程度の受け容れが重要であると認識が変わってきたことを表しているようでもある。

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2022年2月19日 (土)

これまでに観た映画より(282) 「ベニスに死す」

2022年2月8日

DVDで映画「ベニスに死す」を観る。ルキノ・ヴィスコンティ監督作品。トーマス・マンの同名小説の映画化であるが、主人公のアシェンバッハ(アッシェンバッハ)は、原作の小説家から音楽家に変えられている。元々、トーマス・マンは、作曲家にして指揮者のグスタフ・マーラーをアシェンバッハのモデルにしたとされており、最初の構想に戻す形となっている。舞台となっている年代は、原作では「19××」年とぼかされているが、この映画ではマーラーの没年である1911年に設定されている。
セリフは、英語、フランス語、イタリア語、ポーランド語、ロシア語、ドイツ語で語られる(メインは英語)。

アシェンバッハは高名な作曲家にして指揮者であるが、作曲作品は聴衆から受け容れられていない。アシェンバッハが自作を指揮する場面があるが、演奏終了後に拍手が起きないどころか、ブーイングと怒号の嵐となる。

私が初めて「ベニスに死す」を観たのは、タージオ役のビョルン・アンドレセンと同じ、15、6歳の時、高校1年か2年である。当時フジテレビでは深夜に名画をCMなしで放送しており、それを録画して3回ほど観ている。今回、30数年ぶりに見直してみて、映像のキメが細かいことに驚いた。当時の地上アナログ波、そしてVHSの限度が分かる。
また、フジテレビ放送版は、おそらく15分ほどのカットがあったと思われる。

自作の上演が成功せず、鬱状態に陥ったアシェンバッハ(ダーク・ボガード)は、心臓が弱いということもあり、医師から静養を勧められ、ベニス(ヴェネツィア)に旅行に出掛け、リード・デ・ヴェネツィアにあるホテルに滞在することになる。
アシェンバッハは厳格な性格であり、精神性を何よりも大事にしていた。そんなアシェンバッハが、滞在先のホテルで絶世の美少年であるタージオ(タジオ。本名はタデウシュ。演じるのはビョルン・アンドレセン。タージオはフランス語とポーランド語を話すという設定だが、アンドレセンはフランス語やポーランド語は出来ないため、セリフは全て吹き替えである)を見掛ける。最初はタージオへの思いに戸惑い、自身に怒りすら覚えるアシェンバッハだったが、次第にタージオの精神を超えた美に対する愛を肯定するようになる。友人の音楽家であるアルフレッドから指摘された殻を破れそうになるのだが、ベニスには疫病が蔓延していた……。

時間と場所、現実と妄想が予告なしに入れ替わる、「意識の流れ」のような手法が採用されている。

アシェンバッハは、いつも通っている美容師から白塗りのメイクを伝授されたのだが、見るからに不吉である。そして、同じように白塗りをした男達にからかわれたりするのだが、どうも彼らも死神の分身のように見える。
そして、死神の本体とも思えるのが、美少年であるタージオである。愛と死とは隣接したものであるが、それが淡いのように渾然として描かれているのは流石である。

ヴィスコンティ好みの耽美的な作風であり、ベニスという都市が登場人物以上の存在感を持つようカメラで切り取られている。芸術性は非常に高い。

本来なら作曲の新境地へと行けるはずだったアシェンバッハが、その前に命を落とすという悲劇のはずであるが、絵が余りに美しいので余り悲壮な感じはしない。好みが分かれるとしたらここであると思われる。

この映画が公開された当時、マーラーはまだ人気作曲家ではなかった。ブルーノ・ワルターやオットー・クレンペラーといったマーラーの指揮の弟子達が作品を取り上げ、マーラーの生前からその作品を高く評価していたウィレム・メンゲルベルク、そして「この作品が自分の作曲であったなら」とまで惚れ込んでいたレナード・バーンスタインが演奏と録音を行っていたが、一般的な評価は「不気味な曲を書く作曲家」といったところだった。ところが「ベニスに死す」でマーラーの交響曲第5番第3部第1章(第4楽章)「アダージェット」がメインテーマとして取り上げられたことで甘美な一面が知られるようになり、マーラーの人気は上がっていく。

映画界だけでなく、音楽界の潮流も変えた記念碑的作品である。

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2022年2月15日 (火)

これまでに観た映画より(281) 没後40年 セロニアス・モンクの世界「MONK」

2022年1月31日 アップリンク京都にて

アップリンク京都で、「没後40周年 セロニアス・モンクの世界『MONK(モンク)』」を観る。「セロニアス・モンクの世界」は「MONK」と「MONK IN EUROPE」の2本立てであり、共に上映時間1時間ちょっとと短いが、料金は1000円と安めに抑えられている。

ジャズ・ジャイアンツの中でも、一風変わったピアニストとして知られるセロニアス・モンク(1917-1982)。独学でピアノを習得し、ペダルの使用を控えた独特の響きと独自のコード進行などで人々を魅了している。今回の映像は、1968年に製作されたモノクローム作品で、ニューヨークのヴィレッジヴァンガードなどでの本番やリハーサル、モンクの日常の風景などを収めている。監督は、マイケル・ブラックウッド。

劇中でモンクは、1917年にノースカロライナで生まれたこと、母親が子供をニューヨークで育てたがったため、幼くしてニューヨークに移ったことなどを話している。モンクの若い時代については、本人が余り語りたがらなかったようで、今も良くは分かっていないようである。

ジャズ・ジャイアンツの多くは奇行癖の持ち主であったが、モンクもその場で何度もグルグル回ってみたりと謎の行動を見せている。煙草をくゆらせながら汗だくでピアノを弾いているが、リハーサルに密着した映像では酩酊したような語りを見せており、薬の影響が疑われるが、実は1970年代に入ると、セロニアス・モンクは表舞台から遠ざかってしまう。躁鬱病(双極性障害)であった可能性が高いとのことなのだが、あるいはこの時の喋り方は病気の予兆なのかも知れない。

情熱的で個性豊かな音楽を生んだ不思議な音楽家の姿を収めた貴重なフィルムである。

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2022年2月14日 (月)

コンサートの記(764) 尾高忠明指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第555回定期演奏会 ブルックナー 交響曲第5番

2022年2月10日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第555回定期演奏会を聴く。曲目はブルックナーの交響曲第5番(ノヴァーク版)で、徹底して5が並ぶ。指揮は大阪フィルハーモニー交響楽団音楽監督の尾高忠明。

日本でもまだ「ブルックナーってあれ音楽なの?」と言われていた時代から積極的にブルックナーの交響曲を取り上げてきた尾高忠明。尾高はシベリウスの演奏でも日本の第一人者だが、ブルックナーを得意とする指揮者は基本的にシベリウスも得意であることが多い。若き日にウィーンに留学したシベリウスが、交響曲作曲家としてはまだ評価されていなかったブルックナーに師事しようとして断られたということがあったようだが、シベリウスはブルックナーの楽曲の本質を見抜いていたようである。ブルックナーを尊敬していたもう一人の音楽家、グスタフ・マーラーとシベリウスは後に会談しているが、物別れに終わっている。

ブルックナーはオルガニストとして出発。特に即興演奏を得意としており、ドイツ語圏最大のオルガニストとして尊敬されていたのだが、そんな彼が40代も半ばを過ぎてから交響曲の作曲に取り組むようになる。最初の内はさっぱり。自己評価に厳しく(この辺りはシベリウスにも繋がる)、気弱な性格だったということもあって、オーケストラに演奏を断られてもすごすご退散。「もっと良くすれば演奏して貰える」との思いから改訂に取り組み、その結果、版がいくつも存在するという状況になってしまっている。

今日演奏される交響曲第5番は、ブルックナーの交響曲の中でも人気のある作品、おそらく後期3大交響曲の次に来る作品だと思われるが、実はブルックナーは生前にこの曲の演奏を聴いたことはないとされる。完成したはいいものの、例によって演奏される機会がないまま歳月が流れてしまっていたが、交響曲第7番が成功したことで名声が徐々に高まり、生前に第5が演奏される機会も何度か訪れた。だが、ブルックナーは演奏会場に足を運ぶことはなかったようだ。

世界初演は、世界的な指揮者であったフランツ・シャルクのタクトによって行われたが、シャルクは交響曲第5番を「長すぎる」と感じたようで、独自のカットした版で演奏している。作品が理解された訳ではなかったことが分かる。


今日のコンサートマスターは崔文洙。フォアシュピーラーに須山暢大。第1ヴァイオリン17、第2ヴァイオリン15という大編成、ドイツ式の現代配置での演奏である。


ブルックナーの交響曲第5番は、非常にミステリアスな雰囲気で始まる。漆黒の闇の中を手すりだけを頼りに進んでいくような序奏に続き、突然前方に広大な世界が現れたかのようなスケール豊かな音楽が鳴り渡る。その後、森羅万象の美しさを愛でるかのような曲調となるが、次第に憂いが忍び寄ってくる。
この陰鬱なムードは第1楽章から第3楽章まで一貫して続き、第4楽章の冒頭で第1楽章から第3楽章までの主題が過ぎた日の追憶のように再現される。

交響曲第5番は、作曲家にとって特別な数字である。世界で最も有名な交響曲がベートーヴェンの第5番、日本では「運命」と呼ばれる楽曲である。本当に運命を描いたのかどうかは定かではないが、最終楽章で圧倒的な凱歌が奏でられるのが特徴で、多くの作曲家がそれを模倣した。ショスタコーヴィチが一番有名であるが、シベリウス、チャイコフスキー、プロコフィエフ、マーラーなどがベートーヴェンの第5を意識した曲調を自身の交響曲第5番に盛り込んでいる。おそらくブルックナーの交響曲第5番もこの路線で、ラストで強烈な鬨を上げている。それまでの3つの楽章は、挫折が多く、精神を病んだりもした自画像のようにも感じられる。ブルックナーの交響曲はどちらかというと抒景詩的だが、第5番だけは別のように思う。


尾高と大フィルによるブルックナーの交響曲第5番の演奏であるが、まずフォルムがほぼ完璧であることに圧倒される。スケール、音の純度、輪郭、いずれもが理想的である上に、強弱をミリ単位で変えてくる。こうした音楽作りは、日本人指揮者としては小澤征爾が得意としているが、今日の尾高もそれに近いものを感じる。少なくともブルックナーの音楽は完全に自分のものにしている。

大フィルのアンサンブルも好調で、弦楽器の透明度のある輝き、金管の節度ある咆哮など、ブルックナーに必要なものは全て音に込められている。ここまでのブルックナーを聴く機会は、外来のオーケストラを含めても余り多くないだろう。

明るめの音による演奏であるが、ブルックナーの私小説的な憂いの表現にも遺漏はなく、今現在の日本で聴ける最高のブルックナー演奏の一つであることは間違いない。尾高と大フィルのブルックナーは、これまでにも何度か聴いているが、今日が最高の出来であったように思う。

盟友である井上道義が、2024年をもって指揮者からの引退を表明するなど、世代交代が進んでいる日本人指揮者界であるが、尾高さんにはこれからも名演を生んで貰いたい。そして出来るなら、大フィルとシベリウスの交響曲チクルスもやって欲しい。

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2022年2月13日 (日)

これまでに観た映画より(280) 「シン・ゴジラ」

2022年2月9日

Blu-rayで、日本映画「シン・ゴジラ」を観る。「エヴァンゲリオン」シリーズの庵野秀明が脚本と総監督を務めた作品であり、豪華キャストでも話題になった。

出演は、長谷川博己、竹野内豊、石原さとみ、高良健吾、市川実日子、高橋一生、余貴美子、手塚とおる、渡辺哲、津田寛治、柄本明、嶋田久作、國村隼、平泉成、大杉漣ほか。その他にも有名俳優や、映画監督などがちょい役で出ている。ゴジラの動きは、野村萬斎の狂言での動きをコンピュータ解析したものである。

「ゴジラ」は第1作で、核の問題を描いた社会派の作品だった。その後、国民的特撮映画となってからは、人類の味方であるゴジラや、可愛らしいゴジラが描かれるなど、エンターテインメントの要素が強くなる。
私が初めて「ゴジラ」の映画を観たのは、1984年のことで、沢口靖子や武田鉄矢が出ていた作品である。現在のミニシアターとなる前の千葉劇場(千葉松竹)に母と二人で観に行った。1984年の「ゴジラ」も原点回帰作としても話題になったが、「シン・ゴジラ」もまた庵野秀明色を出しつつ、第1作目の「ゴジラ」のメッセージに帰った社会的な作品である。

「シン・ゴジラ」で描かれているのは、人々がゴジラというものを知らないパラレルワールドの現代日本である。そして作品全体が福島第一原子力発電所事故のメタファーとなっている。

3.11以前、準国営企業である各電力会社は、「日本の原発は安全です」と安全神話を振りまいていた。だが、福島第一原子力発電所が津波に襲われたことにより、事態は暗転。史上最悪レベルの原発事故を起こした日本は、これまで獲得してきた全世界からの信用を一気に失いかねない一大危機に陥る。そんな時であっても、政府は国民への呼びかけという最も大事な役割を果たすことが出来ず、菅直人内閣の信頼は地に落ちる。
菅直人は東京工業大学出身の理系の宰相で、放射線の波形などが読めるため、それを監視するのが自身がなすべき仕事と考えたようだが、結果としては傍から見ると引きこもっているようにしか思われず、また福島第一原発に乗り込んでもいるのだが、それが首相がまずすべきことなのかというと大いに疑問である。
「シン・ゴジラ」でも、対応が後手後手に回るという、いかにも日本らしい判断力の弱さが露呈し、いざとなったらアメリカ様頼りという悪い癖も描かれている。

原発安全神話があった頃、「そんなに安全だというなら、東京湾に原発を作ればいいじゃないか」という皮肉が反原発派から発せられたが、「もし東京湾の原発がメルトダウンを起こしたら」という話を、ゴジラとの戦いという形で上手く描いているように思う。個人的には余り好きな展開ではなかったが、「問題を描く」という意志は評価したい。

庵野秀明が総監督ということで、音楽も鷺巣詩郎の「エヴァンゲリオン」シリーズのものが用いられていたり、字幕に使われるフォントや短いカットによる繋ぎなど、「エヴァ」的な演出が意図的に用いられていて、全体が庵野カラーに染め抜かれている。
一方で、オープニングやエンディングは、「ゴジラ」第1作へのオマージュのような映像(というよりそれそのもの)が用いられており、エンディングも伊福部昭の音楽によるお馴染みのもので、いつとも分からぬ時代に迷い込んでしまったような独自の趣を醸し出している。「シン・ゴジラ」が「ゴジラ」第1作の正統的な後継作であるとの庵野監督の矜持も垣間見える。

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2022年2月12日 (土)

観劇感想精選(426) 「春秋座 能と狂言」2022渡邊守章追善公演

2022年2月6日 京都芸術劇場春秋座にて

午後2時30分から、京都芸術劇場春秋座で、「春秋座 能と狂言」を観る。今回は、昨年の4月に逝去した渡邊守章追善公演として行われる。

演目は、狂言「武悪」と能「弱法師」であるが、体調不良者や濃厚接触者が出たため、出演が一部変更になっている。「武悪」で武悪を演じる予定であった野村萬斎(本名:武司)が、先月29日に体調不良のため、念のために当日と翌日の本番を降りたことをTwitterで報告していたが、結局体調は回復せずに降板。父親である野村万作が武悪役を務めることになった。野村万作は「武悪」で主を演じることになっていたが、代わりに石田幸雄が入り、後見も飯田豪から石田淡朗に変わった。
また「弱法師」では、後見が上野雄三から鵜澤光に代わる。

まずは舞台芸術研究センター所長である天野文雄による解説がある。これまでは解説は渡邊守章と天野の二人による対談形式で行われていたが、渡邊の他界により、天野一人で引き受けることになっている。
天野は、「武悪」については解説を行わなかったが、無料パンフレットにある語句解説が野村万作事務所によるものであることを明かし、「狂言というと分かりやすいというイメージがありますが、そんなことはない」と丁寧な語句解説を行った野村万作と萬斎の姿勢を評価した。

能「弱法師」についてだが、大阪の四天王寺の石の鳥居(鎌倉時代のもので重要文化財に指定)とそこから見る夕日の日想観(じっそうかん)について説明を行う。四天王寺の極楽門(西大門)から鳥居を経て見る日想観は、西方に極楽浄土を思い浮かべるという観相念仏(浄土を思い浮かべることで行われる念仏。「南無阿弥陀仏」を唱えるいわゆる念仏=称名念仏とは異なる)である。四天王寺は和宗といって特定の宗派でなく、天台、真言、浄土、真宗、禅宗など多くの宗派の兼学や習合を行っている寺院だが、日想観の儀式は、フェスティバルホールで行われた天王寺楽所の演奏会でも接している
弱法師が四天王寺で日想観を行うのが、「弱法師」のハイライトであるが、まず天野は「弱法師」の成り立ちについて説明する。「弱法師」の作者は、観世元雅。世阿弥こと観世元清の長男である。「弱法師」の他に「隅田川」などの傑作を書いているが、40に満たぬ若さで他界。世阿弥を悲しませた。若死にしたため、残された作品は少ないが、亡者が現れて心残りを語る夢幻能とは異なり、シテは現世で生きている人物としているのが特徴である。「弱法師」でもシテは視覚障害者で一種のマレビトであるが、生きることを選択している俊徳丸である。


狂言「武悪」。狂言の中でも異色作とされている。上演時間も約50分と、一般的な狂言の演目の倍ほどあるが、最初に現れた主(石田幸雄)が自己紹介をせず、いきなり「誰そあるか?」と何度か聞き、次の間に控えていた太郎冠者(深田博治)が馳せ参じるという場面から始まる。
内容もかなり物騒で、主が「武悪は働きが悪いので討て」と太郎冠者に命じる。笑いを取る芸能である狂言でいきなり殺生の話が出るのは珍しい。
武悪という名についてだが、「悪」という字には「悪い」という意味の他に、「悪源太義平」「悪王子」「悪太郎」のように「強い」という意味があり、「武悪」も武芸の達人という意味だと思われる。ところがこの武芸の達人が武力でなく、他の技で主をギャフンと言わせるというところが「弁慶もの」など他の演目にも繋がっている。

武悪を討つよう命じられた太郎冠者であるが、実は二人は幼なじみ。武悪を釣りに誘い出し、水際で武悪を討とうとする太郎冠者であるが、情が勝って武悪を討つことが出来ない。武悪が観念して、首を刎ねるよう太郎冠者に命じるが、やはり太刀を振るうことは出来ず、二人で泣き出してしまうという、これまた狂言らしからぬ展開である。

太郎冠者は、「武悪を討ったと主に告げる」ことに決め、二人は別れる。
さて、命が助かった武悪は清水寺にお礼参りに行き、太郎冠者は武悪の死を不憫に思った主と共に鳥辺野に武悪を弔いに行く。京都の地理や歴史に詳しくない人は余りピンとこないだろうが、鳥辺野というのは京都周辺最大の風葬の地であり、清水寺の南側に広がっていた。当然ながら、清水寺参りの人と鳥辺野に行く人とは出会いやすい。今とは違い、当時は周辺になにもない。という訳で、武悪と主はばったり出会ってしまう。
ここで太郎冠者と武悪は一計を案じ、武悪は幽霊だということにして、主を騙す。
幽霊に化けた武悪は、あの世で出会った主の父親から命じられたとして、主の太刀、短刀、扇などを奪った上で更に脅しをかけ、主が逃げ出してしまうというラストを迎える。

前半は人情サスペンス、後半は主がしてやられる狂言の王道という二部構成のような演目であるが、武悪と太郎冠者の友情が主をやっつけるというメッセージ性豊かな作品ともなっている。血なまぐさい話でありながら本当の悪人が出てこないというのも特徴的である。
幽霊と出会うという夢幻能のスタイルをパロディ化しているという点でも興味深い作品となっており、作者はよく分からないようだが、かなり頭の良い人物であることが察せられる。


能「弱法師」。出演は、観世銕之丞(シテ。俊徳丸)、森常好(ワキ。高安通俊)、野村裕基(アイ。通俊ノ下人)。大鼓:亀井広忠、小鼓:大倉源次郎、笛:竹市学。

毎回書いているが、野村裕基は声だけなら父親である野村萬斎と聞き分けられない程にそっくりである。若さを生かしたキビキビとした動きも良い。

事前に金春流の「弱法師」のテキストを読んでいったが、今回は当然ながら観世流のテキストであり、謡を全て聞き取ることは難しい。ただ要所要所は理解可能である。

まず高安通俊が出てきて、「これは河内国、高安の里に、左衛門尉通俊と申す者に候」と自己紹介を行う。高安というのは、現在の大阪府八尾市付近にあった里である。八尾というと関西でもガラの悪い土地というイメージが定着しているが、往時もそうだったのかは不明である。ただ高安という地名からは、「高いところにある安らかな場所=極楽」が連想される。おそらく意図しているだろう。
この高安通俊は、ある人(明らかにされないが、奥さんのようである)の讒言により、息子を追い出さねばならなくなった。不憫に感じた通俊は、大坂・四天王寺に向かい、施行(せぎょう。施しによって善根を積むこと)を7日間行うことにする。下人が現れてそのことを人々に告げる。

そこへ、弱法師(よろぼし)と呼ばれる男がやって来る。よろよろ歩くので弱法師との名が付いたのだが、四天王寺に日想観を行いにやって来たのである。ただ、弱法師は目が見えず、生きているうちから闇の中を進まなければならないことと、親から追われたことを嘆きつつ、日本における仏法最初の寺である四天王寺へと辿り着く。
通俊と弱法師は親子なのだが、最初の内はそれに気付かず、やり取りを行う。木花開耶姫が瓊瓊杵尊と出会ったのが浪花であるという説があることや、梅の花が雪に例えられることを知っている弱法師の教養から、「これはただの乞食ではない」と察した通俊。やがて弱法師が我が子であると見抜くことになる。

さて、弱法師が中腰になったまま地唄を聴く場面がある。地唄は四天王寺の由来を謡うのだが、この場面が「退屈だ」というのでカットされた版があるということを、解説の時に天野が口にしていたが、四天王寺の由来を地唄にしたことはその後に利いてくる。日想観を行う場所こそが聖徳太子がこの世の極楽を願った四天王寺なのである。

目が見えないので日想観を行うことが出来ないはずの弱法師であったが、心の目で日想観を果たし、有頂天となるも、他人にぶつかったことで我に返り、そして最後は通俊と共に弱法師は高安の地へと帰って行くのだが、「高安」が「極楽」に掛かった言葉だとすると、元いた場所への帰還、もしくは二種回向にまで解釈は広がることになる。個人的には余り拡げない方がいいとも感じているが、仏教的な解釈が魅力的であることは否定しがたい。


今回は、狂言と能の上演の後に、渡邊守章追悼トーク「渡邊守章先生と『春秋座―能と狂言』」が行われる。司会は天野文雄。出演は、亀井広忠、大倉源次郎、観世銕之丞。当初出席するはずだった野村萬斎は欠席となったが、渡邊守章死去直後にYouTubeにアップされた5分ほどの映像が流れ、また今回のトークイベントのために書かれたメッセージが読み上げられる。

渡邊守章の本業は、フランス文学者、ポール・クローデル研究家、翻訳家、フランス思想研究家であるが、能や狂言も余技ではなく、本業として取り組んでいたことを天野が語る。

それぞれの渡邊との出会いが語られる。亀井広忠は、四半世紀ほど前、パリに日仏会館が出来たときの記念上演会で出会ったのが最初だそうで、渡邊に「君は誰だ?」と聞かれ、「亀井広忠といって鳴り物をやっています」と答えたところ、「あれ? ターちゃんの息子さん?」と聞かれたそうだ。「ターちゃん」というのは亀井広忠の父親である忠雄のあだ名で、渡邊と亀井忠雄はかなり親しかったようである。

大倉源次郎はまずテレビで渡邊守章を知ったそうである。ジャン=ルイ・バローや観世寿夫らが出ていたNHK番組で渡邊が司会のようなことをしていたそうだ。

観世銕之丞は、父親の観世銕之亟(観世静夫)が渡邊守章演出の舞台に出演したときに、夜遅くに帰ってきてから渡邊の悪口を言いまくっていたそうで、「あの演出家は何を言っているのか分からん!」という父親の口吻から、「渡邊守章というのは怖い人だ」という印象を持っていたという。

実は渡邊守章が舞台芸術センターや春秋座で仕事をするようになったのは、親友である観世榮夫(私の演技の師でもある)が舞台芸術センターや春秋座を運営する京都造形芸術大学の教授を務めていたのがきっかけであり、「能と狂言」公演をプロデュースするようになっている。

野村萬斎からのメッセージは、「能ジャンクション」の思い出や、役者が演出を超えた時の喜びについてで、渡邊も役者が演出以上の演技をした場合はご満悦で、「舞台はやっぱり役者のもの」と語っていたそうである。

春秋座のように、能舞台ではない劇場で能狂言を行うことについて、特に「花道を使わねばならない」と渡邊が決めたことについては、野村萬斎は「橋懸かりと花道は根本的に違い、橋懸かりが彼岸と此岸を結ぶのに対して、花道を使う場合は客席からやって来る。それでは能や狂言にならないと承知の上で使うことに決めた」渡邊の演出法に一定の理解を示している。野村萬斎は、自身が芸術監督を務めている世田谷パブリックシアターでは、舞台の後方に3つの橋懸かりがあるという設計を施し、大阪のフェスティバルホールでの「祝祭大狂言会」でも同様のセットを使ったことを書いていた。
観世銕之丞は、橋懸かりでなく花道を使った場合、シテ柱のそばにある常座(定座)の位置が意味をなさなくなるのでやりにくさを感じていたそうである。観世は語っていなかったが、能面を付けて花道を進むことは危険で、一度、観世が能面を付けて花道を歩いているときに、前のめりに転倒したのを目撃している。幸い大事には至らなかったようだが。

鼓などの鳴り物に関してだが、春秋座は歌舞伎用に設計された劇場であるため、音は鳴りやすく、ストレスは感じないようだ。大倉によると、一般的なホールだと、音が後方に吸い取られてしまうため、客席まで届いているか不安になるそうである。
亀井広忠は、父方は鳴り物の家だが、母親は歌舞伎の家の出身だそうで、両方の血が入っているため、春秋座でやるときは歌舞伎の血がうずくそうである。


最後に野村万作が背広姿で登場し、渡邊守章との思い出を語る。渡邊との出会いは、初めてパリ公演に行ったときで、渡邊が現地で通訳のようなことをしてくれたそうだ。
その後、渡邊が万作に、自分がやる作品に出るよう催促するようになったそうだが、「アガメムノン」をやるとなった時には、断ろうとすると、「だったらもう友達止めるよ」と言われて仕方なく出たそうで、強引なところがあったという話をした。ジャン=ルイ・バローや観世寿夫が出た番組を万作は今のような背広姿で客席で見ていたそうだが、渡邊がそれを見つけて、出演するよう言ったという話もしていた。
ちなみに、「萬斎が言い忘れたことがある」と言い、「萬斎主催の『狂言 ござる乃座』の命名者が渡邊守章」であると紹介していた。

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2022年2月11日 (金)

これまでに観た映画より(279) イ・ジュヨン主演「野球少女」

2022年2月7日

録画してまだ観ていなかった韓国映画「野球少女」を観る。2019年製作の作品。監督:チェ・ユンテ。出演:イ・ジュヨン、イ・ジュニョク、ヨム・ヘラン、ソン・ヨンギョ、クァク・ドンヨン、チェ・ヘウンほか。

創部間もない高校野球部で男子に混じって女子ピッチャーとして活躍し、「天才野球少女」としてマスコミにも取り上げられたチュ・スイン(イ・ジュヨン)が主人公である。高校の野球部には基本的には女子は入部出来ないのだが、スインは実力で認めさせてきた。高校の野球部に入れないと思っていた時期を思い出し、「自分の未来は自分ですら分からないのに、他人が自分の未来を分かるはずがない」と語る場面がある。

女性ピッチャーを主人公にした場合、男子よりも速い快速球を放れたり、魔球を操れたり、アンダースローの変則技巧派だったりすることが多いのだが、この作品の主人公であるチュ・スインはオーバースローから130キロ台前半のストレートを投げるという、かなりリアルな設定となっている。モデルになった女子野球選手がいるようだ。

映画はまず字幕で始まる。韓国プロ野球発足時には、医学的に男子でない者は不適格選手として入団を禁じるという規約があったが、この決まりは1996年に撤廃された。だが、今に至るまで、男子に混じってプロ野球で活躍した女子選手は出ていない。NPBも同時期に女子の加入を許可しており、ブルーウェーブ時代のオリックスの入団テストを女性2人が受けたことがあったが、合格には至らなかった。

高校の野球部の面々がドラフトの結果を待っている。女子としては超高校級とされたチュ・スインも朗報を待っていたが、結局指名されたのはスインの幼なじみであるイ・ジョンホ(クァク・ドンヨン)一人だけだった。
高校の日本語教師であるキム先生(韓国の高校には英語の他に第二外国語の授業があり、日本語が一番人気である)が女子野球経験者だったことから、女子のアマチュア野球に進むことを勧められたり、ハンドボールの選手への転向を示唆されたりするが、スインはどうしても韓国プロ野球に進みたい。そこでトライアウトに参加しようとするが、女子という理由で断られてしまう。

新しく高校野球部のコーチに就任したチェ・ジンテ(イ・ジュニョク)は、「力が劣る」「150キロのストレートを投げられない」と諦めさせようとするが、スインは、「なら150キロの球を投げてやる」とムキになって投球練習を続ける。このままでは故障してしまうということで、ジンテは「速球ではなく、自身の長所を生かしたピッチングスタイルに取り組むよう」に説得する。

スインは、学業面では劣等生。試験も真面目に受ける気はない。ということで、大学に進むという道は端から考えていない(おそらく大学の野球部に女子は入部出来ないのだと思われる)。だが、スインの父親というのが甲斐性なしであり、宅建の試験を受け続けているが、いつまで経っても合格出来ないでいる。
そうしたこともあり、母親はスインに野球を諦めて就職して貰いたいと考えていた。

スインのストレートはスピードこそ男子に劣るが、回転が良く、浮き上がるような軌道を持つ(なぜかジャイロ回転している場面もあるが)。そこで真逆の無回転ナックルを投げることでピッチングに幅を持たせようとジンテは考えていた。最初はストレートでの真っ向勝負にこだわっていたスインであるが、「速い球ではなく、打たれないのが良い球だ」というジンテの助言を受け容れ、ナックルボーラーに向けての特訓を繰り返す。

仁川を本拠地とする韓国プロ野球・SKワイバーンズ(現・SSGランダーズ)のトライアウトを受けることを許されたスインは、同じくトライアウトを受けに来た選手達と対戦。球速が出ていないというので舐めてかかってきた男子選手を打ち取っていく。遂にはワイバーンズの選手とも対戦することになったのだが……。

野球映画というと、前述のようにどうしても劇画タッチになりがちなのだが、その国のアマチュアトップ野球選手にいそうなキャラクターを設定することで、リアリティを生むと同時にヒロインに肩入れしやすい構造を生んでいる。女子としては凄いが男子の野球選手に比べると劣るという歯がゆい設定が、ヒロインの背中を押したくなるような心情に観る者を誘っていくのである。

これはスインの映画であるが、同時にコーチのジンテの物語でもある。ジンテは長年に渡って独立リーグでプレーし、韓国プロ野球入りを目指していたが、夢が叶わぬまま四十路を迎えてしまった。そして高校の野球部のコーチになるのだが、その直前に妻とも離婚している。夢も家庭も失ったが、独立リーグ時代にコーチ業ではないが、後輩の選手に指導することで選手の力量を上げたという実績があった。それがスインの指導にも生きたのだ。
野球のみでなく、社会へと旅立つ青春の時代もきちんと描いた映画であるが、やはりスインとジンテの二人三脚での成長を楽しむべき映画であるように思う。野球映画好きは必見である。

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2022年2月 9日 (水)

観劇感想精選(425) YOU-PROJECT第21回公演「ソリチュード〈孤独〉」シリーズ連続一人芝居 「七転罵倒」&「あずき粒」

2021年12月13日 京都府立文化芸術会館にて観劇

午後7時から、京都府立文化芸術会館でYOU-PROJECT第21回公演「ソリチュード〈孤独〉」シリーズ連続一人芝居を観る。
YOU-PROJECT(YOU企画)は、京都芸術センターや京都府立文化芸術会館の職員などもしていた松浦友(まつうら・とも)によるプロジェクトであり、私も以前、一度だけ東山青少年活動センターで行われた公演を観たことがある。

松浦さんに久々に会って話もする。私は「会うのは大体15年ぶり」という話をするが、後で調べてみたところ、13年ぶりであったことが分かった。2008年に京都府立文化芸術会館で、ごまのはえ演出によるチェーホフの「三人姉妹」の公演があったのだが、その前に文芸会館の前で松浦さんに会って、「(本やCDなどとは違って)チケットの場合は、『絶賛発売中』だとなんか違和感ありますね(日本語として間違っている訳ではない)」という話をしたのが最後のはずである。

今回の「ソリチュード〈孤独〉」シリーズ連続一人芝居は、小川敦子の作・出演、松浦友演出による「七転罵倒」と山川方夫(やまかわ・まさお)の小説「お守り」をクスキユウ(松浦友のペンネーム)が戯曲化し、山本周の出演、松浦友が演出した「あずき粒」の二本立てである。上演時間は二本で約50分。

小川敦子の「七転罵倒」は、「売れない舞台女優あるある」をエッセイと日記の中間の口調で語るというものである。小川敦子はダンサーとしても活躍(本人はダンサーだと思ったことは一度もなく、「あくまでダンスもする俳優」だと自認しているようである)しているということで、ダンスの動きなども取り入れた作品となっている。小川敦子は東京を拠点としている舞台女優だそうで、この作品もコロナによる緊急事態宣言が出た時に書かれたものだという。


「あずき粒」は、主人公の関口二郎が、部下か同僚に酒の席で「ダイナマイトいらない?」と語り掛けることから始まる作品。その前に歌の場面があり、最後も歌で終わる。
最初は語り掛けだったのだが、そこから一人語りの世界に入っていく。
ある日の夜、関口は仕事帰りに自分にそっくりな後ろ姿の男を見掛ける。男は関口が住んでいる団地の部屋に入り、関口の妻と語らい始める。関口は自分のドッペルゲンガー(ドッペルゲンゲル)かと疑うのであるが、男の正体は関口によく似ているものの、黒瀬次郎という他人であった。だがその日から関口は、皆が皆似通って個性がない、あたかも床に散らばったあずき粒の一つ一つのようなものなのではないかとの思いにとらわれるようになり……。

現代の日本という社会は他人と同じでなければ上手く生きていけないような構造になっている。同じような幼児期と少年期を過ごし、なるべく良い高校に進学し、なるべく良い大学を出て、なるべく良い企業に就職する。それが典型的な生き方、というより社会構造がそうした生き方を強要してくるため、オリジナルな生き方にはかなりの危険が伴うのが現状である。

全く関係はないのだが、二十歳前後に読んだ『ドイツ怪奇小説アンソロジー』(だったかな?)の中に「人間工場」という作品があり、実は人間というものは工場で生産されているという内容で、ナチスを皮肉る意図もあったと思われるのだが、日本もそれに近い状態にあるのを感じ、憂鬱になったことが思い出された。

先月もロームシアター京都ノースホールで一人芝居の三本立て上演があったのだが、飛沫感染を防ぎやすい形態である一人芝居の作品が作られやすい状況になりつつある。
実は一人芝居の歴史は短く、1930年にジャン・コクトーが発表した「声」が本格的な一人芝居であったとされる。一人での朗読や落語のような一人語りの演芸は存在したが、一人で行う本格的な演劇作品は「声」が初めて。ということで100年の歴史も有していない。コクトーの「声」はセリフのみの作品であるが、今年に入ってから観た一人芝居は全て語りものかセリフのみでも説明調のもので、それも分かりやすくはあるのだが、もっと観客の想像力を信じた作品も観てみたくなる。100年の歴史も持たないということは、接したことのある観客も少なく慣れていないということでもあり、希望が裏切られる可能性も高いのであるが。

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2022年2月 8日 (火)

これまでに観た映画より(278) 「風と共に去りぬ」

2014年12月6日

DVDで、ハリウッド映画「風と共に去りぬ」を観る。誰もが知っている名画の一つ。マーガレット・ミッチェルの唯一の小説の映画化。戦中の製作であるが、少なくともこんな映画を作っている国に戦争を挑んでも勝ち目はないと思われる。

アメリカ唯一の内戦である南北戦争を背景にした男女の恋物語である。客観的に見ると男を手段として用いるスカーレット・オハラ(ヴィヴィアン・リー)は計算高すぎるし、レット・バトラー(クラーク・ゲーブル)は単にモテるだけの嫌な男なのだが、南側の立場から南北戦争を描いていることと、緻密な心理描写も重なり、見応えのある劇になっている。

監督:ヴィクター・フレミング。製作:デイヴィッド・O・セルズニック。出演:ヴィヴィアン・リー、クラーク・ゲーブル、レスリー・ハワード、オリヴィア・デ・ハヴィランド、トーマス・ミッチェル、バーバラ・オニール、ハティ・マクダニエル、イヴリン・キース、アン・ラザフォード他。音楽:マックス・スタイナー。


タラの屋敷が実は画によるものだったりと、色々と種明かしされているが、凝ったセットを用いた完成度の高い仕上がりである。後半はメロドラマに過ぎるといえなくもないが。


アカデミー賞で9部門を受賞しているが、現在では映画音楽としてトップレベルの知名度を誇る「タラのテーマ」を含む音楽部門は、この年は当たり年だっため受賞していない。

受賞こそしていないが、アシュレー役のレスリー・ハワードとオリヴィア・デ・ハヴィランドは主役であるヴィヴィアン・リーやクラーク・ゲーブル以上に洗練された演技を見せており、助演男優賞や助演女優賞を受けてもおかしくないハイレベルに達している(助演女優賞は、この映画で黒人のメイドを演じたハティ・マクダニエルが黒人初となる受賞を勝ち得ている)。

1939年度のアカデミー賞で受賞したのは、作品賞、監督賞、主演女優賞、助演女優賞、脚色賞、撮影賞、室内装飾賞、編集賞、特別賞である。

このDVDでは、ラストのスカーレット・オハラのセリフが、「明日は明日の風が吹く」ではなく、「明日は必ず約束されているのだから」という新しい訳になっている。

DVDは、地デジ対応以前の画像サイズで、現在のモニターだと左右が切れる形になる。Blu-rayだとそういうことはなさそうだ。

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2022年2月 6日 (日)

柳月堂にて(1) ジョルジュ・プレートル指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 シベリウス 交響曲第5番

2018年2月6日

出町柳にある名曲喫茶「柳月堂」に行ってみる。柳月堂について知ったのは、京都に来て最初の年、つまり2002年のことだ。私が音楽好きであることを知った松田正隆が教えてくれたのである。ただ料金が高めということもあり、今日まで通うことはなかった。ただいつまでも行かないというのも勿体ないような気がしたので、大分時間は掛かったが、今日初めて行くことにしたのである。

洋梨のケーキとホットレモンティーを注文。聴きたい曲は収録曲を記したファイルの中から選ぶというシステムである。初めてに相応しい曲としてシベリウスの交響曲第5番を選ぶ。LPに収録されたものをセレクトするのだが、シベリウスの交響曲第5番が収められたLPは、クルト・ザンデルリンク指揮ベルリン交響楽団のものと、ジョルジュ・プレートル指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団のものしかない。クルト・ザンデルリンク指揮ベルリン交響楽団のものはCDで持っていて、シベリウスらしからぬ爆演であるということは知っている。プレートルも爆演傾向のある指揮者だが、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団とのシベリウスは存在すら知らなかったので、これを聴いてみることにする。後で調べたところ、1967年の録音で、RCAレーベルに収められたものだった。

LPなのでヒスノイズがあるが、私は子供の頃はLPで音楽を聴いていたので、そうしたものには慣れている。不満もない。
プレートルとニュー・フィルハーモニアによるシベリウスの交響曲第5番は思いのほか丁寧な演奏で、リリシズムも音の拡がりもささやかな凱歌の雰囲気も豊かである。良い演奏を発見してしまったかも知れない。

フィルアップとしてシベリウスの「悲しきワルツ」が入っている。プレートルとニュー・フィルハーモニアが「悲しきワルツ」の録音を行ったという記録はないようなので、別のコンビによるものだと思われるのだが、残念ながら誰のものなのかは確認出来なかった。結構、リタルダンドに特徴のある演奏である。

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コンサートの記(763) 高関健指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2014「VIVA!オーケストラ」第3回「オーケストラってなぁに?」

2014年11月30日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2014『VIVA!オーケストラ』第3回「オーケストラってなぁに?」を聴く。
「~こどものためのオーケストラ入門~」という副題の付いているコンサートであるが指揮者も曲目も本格的であり、大人でも十二分に楽しめる。というより、正直、このプログラムは子供には理解出来ないと思う。
今日の指揮者は京都市交響楽団首席常任客演指揮者の高関健。ナビゲーターは「ぐっさん」こと山口智充。

曲目は、前半がハイドンの交響曲第90番より第4楽章、モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」より第4楽章、ブラームスの交響曲第4番より第1楽章、後半がベートーヴェンの交響曲第1番より第2楽章、マーラーの交響曲第5番より第4楽章&第5楽章。オーケストラの弦楽の配置は前半と後半で変わり、前半はドイツ式の現代配置、後半は古典配置による演奏が行われる。

今日のコンサートマスターは渡邊穣。泉原隆志は降り番でフォアシュピーラーは尾﨑平。オーボエ首席奏者の髙山郁子は今日は全ての演目に登場。定期演奏会で前半にオーボエトップの位置に座ることの多いフロラン・シャレールは今日は後半のみの登場で次席として吹いた。小谷口直子はクラリネットが編成に加わるブラームスの曲から登場。フルート首席の清水信貴は後半のみの出演である。

開演前に京都コンサートホールのホワイエで、金管五重奏によるミニコンサートが行われる。出演者は、トランペットの早坂宏明(次席奏者)と稲垣路子、トロンボーンの岡本哲(首席指揮者)、ホルンの澤嶋秀昌、テューバの武貞茂夫。

曲は、ジョン・アイヴソンの編曲による「クリスマス・クラッカーズ」(「ジングルベル」、「Deck the halls(ひいらぎ飾ろう)」、「A Carol Fantasy」、「We wish a merry Christmas」)、モーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」の金管合奏編曲版、ルロイ・アンダーソンの「そりすべり」金管五重奏版という、いずれもクリスマスを意識した曲目であった。


午後2時開演。

まず、ハイドンの交響曲第90番より第4楽章の演奏。今日の高関はマーラーの交響曲第5番第5楽章のみ指揮棒を用い、他は全てノンタクトで指揮した。
ピリオド・アプローチを取り入れた快活な演奏。今日は、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンはピリオドによる演奏である。
曲が終了して、拍手が起こる、と、高関は客席の方を振り向いて指を振り、「まだ終わりじゃない」と告げる。演奏再開。そして終わって拍手、と思いきや曲はまだ終わっておらず、高関が再び客席を振り向いて人差し指を左右に振る。3度目でやって演奏は終了した。実はこの曲はハイドンが聴衆に「演奏が終わった」と勘違いさせるためにわざと疑似ラストを書いたという冗談音楽なのである。疑似ラストというとチャイコフスキーの交響曲第5番の第4楽章が有名だがチャイコフスキーは勘違いさせようとして書いたわけではない。だが、ハイドンはわざとやっているのである。ハイドンは「驚愕」交響曲を書いていたりと、ユーモア好きでも知られている。


ここで、ぐっさん登場。グレーの背広に同じ色の帽子姿である。ぐっさんは、クラシック音楽を聴く習慣もないし、オーケストラの演奏をコンサートホールで聴くのも初めてだという。
京都コンサートホールはステージの後方にも客席があるのだが、それがぐっさんは不思議だという。高関が「あれは合唱の席なんです。合唱が入る時はあそこに合唱が入るんです。今日は合唱は入らないので客席になっています」と説明する。京都コンサートホールのいわゆるP席(ポディウム席)は基本的に合唱が入ることを想定して設計されたものであり、合唱が大勢入れるように客席は可動式になっている。3席で1ユニットで、そのまま取り外し可能である。というわけで少し薄くて背もたれも低く、たまに軋むという欠点もある。
P席のあるホールでも、ザ・シンフォニーホールやサントリーホールなどは席は固定式である(合唱が入ることを想定して作られたものではない)。
元々は、P席は、ベルリン・フィルハーモニーが再建される際に、当時のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督であったヘルベルト・フォン・カラヤンが、「カラヤンがホールの中心にいるようにする」というプランを取り入れて建設した際に生まれたものであり、合唱用に特別にあつらえられたものではない。

高関は、「あそこの席(P席)は(私から)良く見えるんです。あ、あそこのお客さん寝てるな、とか」と言う。ぐっさんが「逆にノリノリのお客さんなんかもいるわけですか?」と聞くと、高関は「それは迷惑です」と答える。ぐっさんは「ほどほどということで」とこの話題を締める。

ぐっさんは、オーケストラというものの成り立ちについて高関に聞く。高関は「昔、芝居などの時に、ステージの前の方にで歌ったり踊ったりする声を掛けたりする(その人達のことをコロスといってこれはコーラスの元となった言葉である)場所があったそうで、そこをオルケーストラと呼んだのが始まりだそうです。昔は下で演奏していましたが、ステージに上がって演奏を始めたのが大体、1700年頃といわれています(日本でいうと元禄時代である。1701年に浅野内匠頭と吉良上野介の松の廊下刃傷事件が起こり、翌1702年に赤穂浪士達の吉良邸討ち入りがあった)」と述べた。

ぐっさんは、「高関さんも、京都市交響楽団の方々も凄い方なんです。プロフィールに凄い経歴が書いてある。ですが、私のプロフィールはたった3行ってこれなんですか? 吉本興業、もっと良い情報持ち合わせていなかったんでしょうか? 『趣味は、散歩、ものまね、ギター』ってこれどうでもいい情報ですよね」と言う。


モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」。緻密な演奏である。弦楽のビブラートはハイドンや、この後に演奏されるベートーヴェンに比べると多めだった。
この曲が始まる前に高関はフーガについての説明を行った。


ブラームスの交響曲第4番第1楽章の演奏の前に、高関はソナタ形式についての説明を行う。第一主題、第二主題、展開部、再現部、終結部からなるのだが、これを高関はプレートを使って説明する。第一主題は「A」、第二主題は「B」、展開部は「サビ」と書かれたプレートである。「A」のプレートは黄色、「B」のプレートは緑、「サビ」のプレートはピンク色をしている。展開部はサビとは違うのだが、わかりやすくサビと呼ぶことにしたらしい。まず予行として高関は「A」のプレートを掲げながら、第一主題を指揮し、いったん指揮を終えて、第二主題に入るちょっと前から演奏を始め、チェロが第二主題を奏でたときに「B」のプレートを掲げる。それからプレートはないのだが、もう一つの主題を演奏する。

本番の演奏でも、高関は「A」のプレートを掲げてから指揮を始め、第二主題に入ると「B」のプレートを取り出す。展開部では「サビ」と出し、その後、再現部でも「A」と「B」のプレートを掲げた。
なかなか白熱した演奏である。
今日は1階席の18列18番目の席で聴いたのだが、良い音で聞くことが出来る。京都コンサートホールの1階席は音響が今一つなのだが、高関はオーケストラを鳴らすのは得意なので問題はない。


後半、弦楽は配置を変えてヴァイオリン両翼の古典配置となる。ぐっさんは、配置が変わったことについて高関に聞く。高関は「元々は今のような配置で演奏していたようですが、第二次大戦後に前半のような配置も生まれたようです」と答える。現代配置が生まれたことについて高関は「諸説あるのですが、録音の際に前半のような配置にした方が良かったのではないかとも言われています。ステレオで録音する際に、こちら側(下手側)からは高い音、こちら側(上手側)から低い音と分けて聞こえるのが効果的だったのではないかと」と推測した。
現代配置の生みの親は実はわかっている。イギリスの指揮者であるレオポルド・ストコフスキーである。現代配置と呼ばれているのは彼がフィラデルフィア管弦楽団の常任指揮者だった時代に始めたものだ(そのため、アメリカ式の現代配置は「ストコフスキー・シフト」とも呼ばれる)。ただ配置を変えた理由については明確になっていないようだ。また、チェロが指揮者の正面に来るドイツ式の現代配置は誰が始めたのか正確には不明のようである。

配置換えを担当したステージマネージャーの日高成樹がステージ上に呼ばれるが、日高は内気な性格のようで、高関からもぐっさんからもマイクを向けられたが、結局、一言も発することなくステージを後にした。

ぐっさんは、配置が正反対に変わったコントラバス奏者の石丸美佳にインタビューするが、ぐっさんの「どちらが弾きやすいですか?」という質問に石丸は「どちらでも同じぐらい」という無難な返答をした。


ベートーヴェンの交響曲第1番より第2楽章。フレッシュな演奏である。聴覚的にもそうだが、視覚的にも音の受け渡し方がよりわかりやすくなる。


ラストの曲目であるマーラーの交響曲第5番より第4楽章&第5楽章。大編成での演奏。高関によると「83名か84名による演奏」だそうである。ぐっさんが「一番編成の大きい曲は何人ぐらいで演奏するんですか?」と聞くと高関は「実はマーラーの曲でして、交響曲第8番『千人の交響曲』という曲で、合唱を含めて全1033名で演奏したという記録があります。実は朝比奈隆先生が、フェスティバルホールで同じ人数で再現されたことがあります」と答えた。高関も「千人の交響曲」は指揮したことがあるが、流石に千人には到達せず、850人編成での演奏を3回指揮したことがあるという。

ぐっさんは客席で聴いてみたいということで、ステージを降りて、空いている前の方の席に座る。

有名な第4楽章アダージェットは京響の弦楽が艶やかであり、第5楽章はスケールが大きい(先に書いた通り、第5楽章だけは高関は指揮棒を手にして指揮した。指揮棒を使った方が大編成のオーケストラを操りやすいからだと思われる)。ただ、京都コンサートホールの音響は第5楽章を聴くには余り効果的ではない。この楽章では、管楽器奏者が朝顔を上げて、下ではなく真横に向けて音を出すようマーラーが楽譜に書き込んでいるのだが、トランペットの直接音などは強すぎて全体のバランスが悪くなってしまうのである。弦楽の音がもっと前に飛ぶホールだと良かったのだが。

とはいえ、充実した演奏を楽しむことが出来た。

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2022年2月 5日 (土)

コンサートの記(762) 広上淳一指揮 第17回京都市ジュニアオーケストラコンサート

2022年1月30日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、第17回京都市ジュニアオーケストラコンサートを聴く。指揮は京都市ジュニアオーケストラのスーパーヴァイザーを務める広上淳一。広上は今年の3月をもって京都市交響楽団の第13代常任指揮者兼音楽顧問を離任し、オーケストラ・アンサンブル金沢のアーティスティック・リーダーに転じる。京都コンサートホールの館長は続けるが、京都で広上を聴く機会は減ることになる。

京都市在住もしくは在学の10歳から22歳まで(2021年4月時点で)の選抜メンバーからなる京都市ジュニアオーケストラ。奏者の育成のみならず、出身者がよき聴衆、よき音楽人となるための足掛かり的な意図も持って結成されている。

今回の曲目は、サン=サーンスの歌劇「サムソンとデリラ」からバッカナール、チャイコフスキーの幻想序曲「ロメオとジュリエット」、ラフマニノフの交響曲第2番。

サン=サーンスとチャイコフスキー作品のコンサートミストレスは神千春が、ラフマニノフの交響曲第2番のコンサートミストレスは田村紗矢香が務める。紗矢香という字は、有名ヴァイオリニストの庄司紗矢香と同じだが、あるいはご両親が庄司紗矢香にあやかって名付けたのかも知れない。


サン=サーンスの歌劇「サムソンとデリラ」からバッカナール。音の厚みや密度は不足気味だが、そもそもそんなものはこちらも求めていない。オーケストラメンバーの広上の指揮棒への反応も良く、終盤は大いに盛り上がる。広上の音楽設計も見事である。


チャイコフスキーの幻想序曲「ロメオとジュリエット」。ドラマティックな演奏が展開される。サン=サーンスもそうだったが、この曲でもティンパニの強打が効果的である。個人的にはコントラバスの音型に注目して聴いたが、理由は教えない。ともあれ、切れ味の鋭さも印象的な好演であった。


ラフマニノフの交響曲第2番。大曲である。
ラフマニノフの交響曲第2番は、20世紀も終盤になってから人気が急速に高まった曲である。「遅れてきたロマン派」ともいうべきラフマニノフの大作であるが、初演以降、長きに渡って音楽関係者からは不評で、「ジャムとマーマレードでベタベタの曲」などと酷評され、そうしたマイナスの評価が支持されてきた。ラフマニノフ自身も「曲が長すぎることが不成功の一因」と考えて、カットした版も作成している。
この曲の評価上昇に一役買ったのがアンドレ・プレヴィンである。プレヴィンはこの交響曲を高く評価し、カット版での上演が普通だった時代に完全版をたびたび演奏。レコーディングも行ってベストセラーとなっている。その後にウラディーミル・アシュケナージなどがこの曲を演奏会やレコーディングで取り上げて好評を博した。日本では1990年代に「妹よ」という連続ドラマで取り上げられ、知名度が急上昇している。
今回の演奏も完全版によるものだが、カット版も今でも演奏されており、「のだめカンタービレ」のマンガとドラマに登場したことでも知られる故ジェイムズ・デプリーストが当時の手兵である東京都交響楽団を指揮したライブ録音でカット版を聴くことが出来る。

広上がヨーロッパで修行し、当初はヨーロッパでキャリアを築いたということも影響しているのだと思われるが、今回の京都市ジュニアオーケストラもギラギラしたアメリカ的な輝きではなく上品なヨーロピアンテイストの響きを紡ぎ出す。光度も十分だが、ビターな憂いを秘めていることがアメリカのオーケストラとは異なる。
京都市交響楽団ともこの曲でベストの出来を示した広上。今回もテンポ設定、スケール共に抜群で、この曲を指揮させたら日本一だと思われる。
この曲を演奏するには京都市ジュニアオーケストラのメンバーはまだ若いと思われるが、メカニックのみならず、細やかな表情付けなど内面から湧き上がる音楽を生み出せていたように思う。


広上は何度かカーテンコールに応えた後で、マイクを持って登場。「いかがでしたでしょうか? 私はもう疲れました」と言った後で、「ジュニアオーケストラとしては、私は普段はこんなこと言わないんですが、本当にこんなこと言わないんですが、日本一でしょう」と京都市ジュニアオーケストラを讃えた。また京都市ジュニアオーケストラのメンバーが音楽だけでなく、医学や化学や教育学を学んでいることに触れ、様々なバックグラウンドを持った人々が一緒に音楽をやるという教育法を「オーストリー(オーストリア)のウィーンにも似ている」と語った。ウィーンと京都は、その閉鎖性というマイナス面も含めてよく似ていると音楽家から言われることがあるが、姉妹都市にはなっていない(京都市の姉妹都市となっているのはヨーロッパではパリ市とプラハ市、ケルン市にフィレンツェ市にザグレブ市である。今注目のウクライナの首都、キエフ市とも姉妹都市になっている)。

最後に、京都市ジュニアオーケストラの合奏指導に当たった、大谷麻由美、岡本陸、小林雄太の3人の若手指揮者が登場し、広上から自己紹介するよう求められる。

大谷麻由美は、「私は30歳で京都市立芸術大学に再入学して」指揮を学んだことを語る(近畿大学を卒業後、会社員をしていた)。広上に、「大谷翔平選手のご親戚?」と聞かれて、「全く違います」と答える。

岡本陸は京都市ジュニアオーケストラの出身で、その時も指導に当たっていた広上に師事したいと思い立ち、広上が教授を務める東京音楽大学の指揮科に入学。昨年の3月に卒業したという。
広上が、「広上先生は怖かったですか?」と聞き、岡本は「怖いときも多かったです」と答えていた。

小林雄太は新潟県長岡市の出身。余り関係ないが、司馬遼太郎原作で長岡藩家老の河井継之助を主人公とした映画「峠」(役所広司主演)が近く公開される予定なので、長岡も注目を浴びそうである。
小林は岡本陸と東京音楽大学で同期であり、やはり広上に師事している。京都に来るのは中学校時の修学旅行以来久々だそうである。


アンコール曲はこの3人がリレー形式で指揮することになるのだが、大谷が作曲家名のドリーヴをドリップと言い間違い、広上に「ドリーヴね。フランスの作曲家。ドリップだとコーヒーになる」と突っ込まれていた。アンコール曲はドリーヴのバレエ音楽「コッペリア」から前奏曲とマズルカであるが、3人とも「コッペリア」についてよく知らないようで、広上に「なんだか恥ずかしいことになって来ました」と突っ込まれていた。純音楽ではなくバレエ音楽なので、少なくとも大体の意味と内容は知らないと本来なら指揮出来ないのである。
指揮者の世界には、「40、50は洟垂れ小僧」という言葉があり、指揮者として成長する道の長さと厳しさが知られている。40歳にも満たない場合は「赤ちゃん」扱いである。
ということで、アンサンブルの精度や細部までの詰めや表情付けなど、「指揮者でここまで変わるか」というほどの雑さが感じられたが、それが指揮者として成功するまでの困難さを表してもいた。

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2022年2月 4日 (金)

これまでに観た映画より(277) 京都シネマ ペルー映画祭「残されたぬくもり」

2022年1月29日 京都シネマにて

京都シネマで、ペルー映画祭「残されたぬくもり」を観る。2017年製作のドキュメンタリー映画。スペイン語と、ペルーを始めとする南アメリカ太平洋側で用いられるケチュア語(スペインがラテンアメリカを征服する以前から用いられている現地の原語で、ペルーの公用語となっている)による作品である。

1980年代、ペルーでは毛沢東思想にかぶれた反政府組織「ペルー共産党 センデロ・ルミノソ(輝ける道)」が武力闘争を開始し、内乱状態となる。その最中、虐殺や虐待が起こったのだが、犠牲になったペルー人民の約75%が先住民であった。人種差別が起こっていたことが分かる。ちなみにペルーの人口の約60%がメスチソ(スペイン系と現地人の混血)、先住民は25.8%で、白人が6%である。
「残されたぬくもり」は、肉親を殺害された女達やその子供、虐殺を行った側の元警察官(原住民は警察からテロリストと同一視され、蹂躙、殺害された)などのケチュア語のブルースと当時の悲劇を綴った詩の朗読からなる。上映時間69分。短編というほどではないが、短めの作品である。

残された人々の証言により、先住民がいかに非人間的な扱いをされたかを知ることが出来る。女性達は警察官によって犯され、トラックに袋のように吊されたという。
「ペルー共産党 センデロ・ルミノソ」は、ある日、地平線の彼方から姿を現したという。銃と鎌を手にしていた。彼らは、「こんな社会は止めにしよう。俺たちの政府を作る」と嘯いていた。程なく彼らは区役所を襲撃。優秀な公務員達の頭を石で叩き割った。悪夢の始まりである。その悲劇は今も歌となってうたいつがれている。

元警察官のシンガーの証言もある。警官になってすぐに「訓練」と称して前線に送られたそうである。同期が次々とテロリストによって殺害されていく。犠牲となったのは彼の知り合いの警官だけで50人、警察官全体では何人になるのか想像も付かないそうだ。「今日俺の番か、明日俺の番か」と恐怖に震える日々が続いたという。
映画は彼がボーカルを務めるバンドのケチュア語による鎮魂歌によって締めくくられる。

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2022年2月 3日 (木)

これまでに観た映画より(276) 京都シネマ ペルー映画祭「わが町の映画館――ペルー映画館の軌跡――」

2022年1月28日 京都シネマにて

京都シネマで、ペルー映画祭「わが町の映画館――ペルー映画館の軌跡――」を観る。2020年製作のドキュメンタリー映画で、今回が日本初公開となる。ワリ・ガルベス監督作品。Blu-rayでの上映である。

かつて日本でも「娯楽の王様」と呼ばれた映画だが、テレビの出現によって大幅後退を余儀なくされている。そのテレビも今は落ち目で、ネットが主役になりつつあるが、ネットの場合は個人で楽しむことが多いため、娯楽の在り方が変わってきている。

ペルーでも状況は同じで、1970年代までは映画が庶民の娯楽であった。ペルーは日本ほど識字率が高くないため、読み書きが出来ない人も多く、そうした人々に映画が受け容れられたということもある。だが、80年代も半ばを過ぎると状況は一変、テレビの多チャンネル化と大画面化が映画館の強力なライバルとなり、更にテロリストの台頭、アラン・ガルシア大統領の経済的失政などが重なって、人々は映画館に通う余裕をなくしていく。更に90年代後半になるとシネマコンプレックスがペルーでも増え、人々は従来の映画館ではなく、綺麗なシネコンへと通うようになってしまう。21世紀に入ってからは、DVDやBlu-rayの登場、更にスマホで映画が観られるようになり、古くからある映画館は次々と閉鎖されていく。

映画はまず、ペルー国内の趣のある映画館の外観を次々に紹介していく。その後、映画館で働いていた人々が出てきて、映画に関する思い出を語る。買い付け人、プロデューサー、映写係、看板描き、切符係などが登場する。今は映画はデジタル方式でスクリーンに映るため、昔からの映写係はペルーでも活躍の場は限られていると思われる。
映画館から客足が遠のいて以降、なんとか客を呼ぶため、従来の映画館では成人映画が上映されるようになったのだが、未成年が付け髭などをして変装して入ろうとするため、主に彼らを追い出す役目を担った切符係のおばちゃんもいたようである。

ペルーでは、上映時間が1時間30分から40分の国産作品が主流だったが、それを変えたのがインド映画だそうで、3時間程の上映時間を持つインド映画に人々は熱狂。インド映画が一番人気になっていたようである。音楽が良いというのでメキシコ映画も人気があったそうだ。
世界的な名画も当然ながら上映されており、「エクソシスト」はペルーの映画界に大きな衝撃を与えたようである。

ペルーでも娯楽の王座から退いた映画であるが、なんとか客を取り戻そうと、ラジオを使って宣伝する試みもカメラは捉えているのだが、この「わが町の映画館」が紹介される場面があり、ちょっとした入れ子構造になっているのが面白い。

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2022年2月 2日 (水)

これまでに観た映画より(275) 京都シネマ ペルー映画祭「Supa Layme(スーパ・ライメ)」

2022年1月27日 京都シネマにて

京都シネマで、ペルー映画祭「Supa Layme(スーパ・ライメ)」を観る。藤川史人(ふみと)監督が撮影、編集を手掛けたドキュメンタリー映画。藤川監督が、アンデス高地で牧畜を営むスーパ・ライメ一家に取材した作品である。ナレーションや音楽は一切なく、物語的に見えるような編集もされていないため、独自の風習に関するこちらの解釈が合っているのかどうか分からないところがある。ナレーションはないが、藤川監督がスペイン語で一家と語り合っている(藤川監督は「フミト」と呼ばれている)のを聞くことが出来る。

スーパ・ライメ家は、二男二女(だったかな? 男の子2人と女の子1人は印象に残っいるが、もう一人は記憶に残っておらず)の6人家族。リャマとアルパカが計約200頭、更に羊に鶏、馬にロバを飼っている。アルパカは毛皮を刈って売り、リャマは解体して食料としている。

子供達がスペイン語のドリルを学習したり、簡単な暗算をするシーンがあるが、学校はふもとの村にあるようで、そのために一家は4700mの高地から2600mの土地へと下りていく。子供達が学校に通う時期は、父親は都会に出て別の生活を送るようである。

リャマを殺して食料とするシーンは結構残忍であるが、子供達も生きるための営みとして理解しているようである。

母親であるベロニカの話が興味深い。彼女が子供の頃はまだアンデス山脈一帯にはテロリストが良く出たそうで、彼女の父親も成功を妬む誰かから、「泥棒をやっている」と偽の告発をされ、怒ったテロリストが家に押しかけて来たことがあったそうだ。父親はその時不在だったそうで、テロリスト達は彼女の母親の腕を銃で撃つなど乱暴を働いた上、年の離れた父親の弟を連れて行ってしまったそうだ。テロリスト達はまだ子供だった父親の弟に兵器の使い方を教えたりしていたそうだが、結局、身ぐるみ剥いで追い出したという。父親は激怒してテロリスト達の後を追おうとしていたという。

更にベロニカは自身の子供時代についても語る。父親は彼女が幼い頃に亡くなり、母親の手で育てられたという。学歴に関してだが、学校に通ったのは小学校3年生まで、それも学齢通りではなく、10歳前後になってから小学校に通い始めたそうである。小学校1年2年は昼間の学校に通ったが、小学校3年の時は他の街での夜学に転じる。昼間は住み込みの使用人として働き、夕方になると着替えて学校に通うという生活だったが、無給だったそうで、住む場所と食事を保障されるだけで我慢するしかなかったようだ。まだ十代前半で、仕事の勝手も何も分からず、かなりの苦労をしたようである。それでも彼女の妹は学校に通った経験が一切ないそうで、それに比べれば恵まれていたと感じていることも分かる。ベロニカは小学校に通わなくなった直後に現在の夫と出会い、将来を誓い合うのだが、彼女の兄達が「若すぎる」という理由で猛反対。ベロニカは実の兄から両目を殴打され、失明しそうになったこともあったようである。

子供達がサッカーに興じるシーンがあったり、電波状況の悪い中でサッカー・ペルー代表の試合をテレビ観戦しようとする姿もあり、南米らしさを感じさせる。
子供達は、将来はエンジニアや医師になりたいという夢を持っている、というにはまだ早いが、ぼんやりとであるが描いている将来に牧畜は入っていないようである。

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2022年2月 1日 (火)

これまでに観た映画より(274) 京都シネマ ペルー映画祭「アンダーグラウンド・オーケストラ」

2022年1月26日 京都シネマにて

京都シネマで、ペルー映画祭「アンダーグラウンド・オーケストラ」を観る。1997年に製作されたドキュメンタリー映画。1999年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で審査員特別賞を受けている。1951年、ペルーの首都リマに生まれ、リマで文学と生物学を専攻した後でローマに渡って映画製作を学び、1978年にオランダに帰化したエディ・ホニグマン監督の作品。パリのメトロで演奏を行って生活費を稼いでいる亡命者達の姿を捉えている。

パリにはスリを生業としている人が多いため、地下道でも「荷物から目を離さないように、椅子の下に鞄を置かないように」というアナウンスが流れている。

メトロでは撮影が禁止されているようだが、白人をカメラが追っていても職員や警察は見て見ぬふり。一方、有色人種が演奏を行った後にお金を集めようとすると、途端に撮影を止めさせたり、有色人種の音楽家を追い出そうとしたりするようである。

まず最初に登場するのは、アルパ奏者のマリオ(マリオ本人も、おそらくエディ・ホニグマンとおぼしきインタビュアーも「アルパ」と言っているが、アルパはそれほどメジャーな楽器ではないため、英語字幕でも日本語字幕でも「ハープ(harp)」となっている)。ベネズエラからの移民だそうである。アルパの演奏はかなり上手い。そういえば、以前は大阪のザ・シンフォニーホールの前の広場に南米系と思われる男性のアルパ奏者がよく演奏を行って、自分のCDも発売していたが、彼は今はどうしているのだろうか。

その他にもルーマニアから出稼ぎに来ている家族や、チャウシェスク政権崩壊以降のルーマニアに絶望してパリに亡命した親子なども登場する。

CDデビューもしている黒人系(とは断言出来ない。色は黒めだが、エチオピア人などの中間種かも知れない)の女性歌手は、小さなアパートメントに子供2人と暮らしているが、移民の場合、フランス人よりも賃貸料が高くなるそうで、移民に厳しいフランスの現状(1997年の撮影なので、今とは異なる可能性があるが)を知ることが出来る。また、アルパ奏者のマリオは、アパートの一室を購入しようとするが、移民ということもあってか契約は成立しない。

移民や亡命者ということで、フィドルやギター、アコーディオンといった世界中で演奏されている楽器のみならず、ツィンバロンなどの民族楽器を奏でる奏者もいる。

ユーゴスラビア紛争のただ中にあったボスニアから兵役拒否をしてパリに逃げてきた男性の姿もカメラは捉えている。ユーゴスラビアの国立歌劇場のオーケストラでヴァイオリンを弾いていたそうだが、ボスニアにはもう戻れない。その他に、亡命申請をして他国に渡った場合、二度と祖国に帰ることが許されないというケースもあるようである。

かなり厳しい状態に置かれているストリートミュージシャン達であるが、演奏している時とその直後の顔は清々しさに溢れている。音楽をする喜びは、いかなる苦難にも勝るようである。

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