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2022年3月27日 (日)

これまでに観た映画より(287) クリストス・ニク監督デビュー作品「林檎とポラロイド」

2022年3月19日 京都シネマにて

京都シネマで、ギリシャ=ポーランド=スロベニア合作映画「林檎とポラロイド」を観る。
ギリシャ出身のクリストス・ニク監督のデビュー映画である。
出演は、アリス・セルヴェタリス(男性)、ソフィア・ゲオルゴヴァシリほか。2020年の製作。ヴェネチア映画祭でのワールドプレミアを観て気に入ったケイト・ブランシェットがエグゼクティブ・プロデューサーとして参加することを申し出て、新たに名がクレジットされている。ニク監督の次回作はブランシェットのプロデュースによるハリウッド映画となることが決まっているようだ。

肝心の部分をカットしたり、医師以外のセリフは饒舌でなかったりと、表現を抑えた技法が目立つ。

とある部屋の各部分がクローズアップされた映像で映画は始まる。「ゴツン、ゴツン」という音が響き続けているが、やがてそれは主人公の男(アリス・セルヴェタリス)が、壁に頭を打ち付けている音であることが分かる。
次のシーンでは男は天井を見上げてボーッとしている。ラジオから、「記憶喪失者のための回復プログラム『新しい自分』が生み出された」というニュースが聞こえてくる。
そして男は外出。だが、バスの中で眠っている内に、自身の名前も住所も全て忘れるという記憶喪失者となってしまう。覚えているのはとにかく林檎が好きだということだけだ。
救急車で運ばれた男は、番号で呼ばれるようになり、精神科医(だと思われる)から回復プログラム「新しい自分」を行うよう告げられる。住居は新たに与えられる。

ただこの「新しい自分」、かなり滅茶苦茶な内容である。行ったことをポラロイドカメラで撮影して医師に見せるのだが、「自転車に乗ってみる」「プールの飛び込み台から飛び込む。10mなら大丈夫」「ホラー映画を観る」「車を運転してわざと木にぶつける」という、本当に意味があるのかどうか分からないものばかり。要求される内容は更にエスカレートしていく。

ホラー映画を観に行った映画館で、男は不審な動きをしている若い女性(ソフィア・ゲオルゴヴァシリ)を見掛ける。彼女も「新しい自分」の参加者であった。やがて彼女との間に新たな関係が芽生えそうになるのだが、思わせぶりな彼女の態度は、実は全て「新しい自分」の指令によるものだった。アンジャッシュの来島じゃない方を連想させる指令である。

「新しい自分」のプログラムはカセットテープに吹き込まれたものが送付され、写真もポラロイドカメラで撮ったものを直接送るという形式で、今のようにスマホで撮ってメールに添付ではない。過去の時代ではなく「記憶喪失が流行っている別世界」という設定である。

男が映画の冒頭で、「新しい自分」に関するニュースを聴いていることから、本当に記憶喪失になったケースと記憶喪失の振りをしているケースの2つの可能性が考えられるが、終盤に来て、亡くした妻を忘れるための「喪の仕事」として「新しい自分」に取り組んでいることが分かるようになっている。本当に記憶喪失になったら出来ないことをしているためである。
そして男は、「新しい自分」から降り、自宅に戻って(同じアパートメントに住む住人のことを覚えている)そこにあった林檎を囓る。おそらく林檎は妻との思い出のある食べ物なのだろう。そして「知恵の実」として知られる林檎を囓ることで、「新しい自分」に代表される社会の洗脳に立ち向かうことを決めるのだった。

正直、底は浅い気もするが、架空の社会を描くことで、洗脳が日常的となった世界の「今」を炙り出している。

この「洗脳を強いる社会」は、特定の共同体のカリカチュアではなく、世界全体を覆うものであろう。IT技術の発達により、世界は小さくなったが、同質化され、コントロールしやすいものになってしまった。この映画でははっきりとは描かれていないが、これは結構なホラー状態である。

なお、チラシのコピーは、「記憶喪失を引き起こす奇病が蔓延する世界――。それでも男は毎日リンゴを食べる」であるが、これはマルティン・ルターの言葉、「明日世界が終わるとしても、それでも私はリンゴの木を植える」が由来であると思われる。

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