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2022年6月の14件の記事

2022年6月29日 (水)

美術回廊(76) 京都市京セラ美術館 「ポンペイ展」

2022年6月28日 左京区岡崎の京都市京セラ美術館本館北回廊1階にて

左京区岡崎の京都市京セラ美術館で、「ポンペイ展」を観る。

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「フニクリ・フニクラ」でも知られるヴェスヴィオ山の噴火による火砕流に飲まれ、一瞬にして街ごと消失したことで知られるポンペイ。18世紀から街の発掘が始まり、現在ではユネスコの世界遺産に登録されている。「一瞬にして消えた街」ということで、同じような運命をたどった街が「○○のポンペイ」と呼ばれることもある。浅間山の噴火により、村全てが埋もれた上野国鎌原村や洪水で消えた備後国草戸千軒町などが「日本のポンペイ」と呼ばれることがあるようである。

ヴェスヴィオ山は休火山だが、有史以来何度も大噴火を起こしている。
ポンペイが飲み込まれたことで有名なのは、紀元79年に起こった大噴火であるが、ぞれ以前やそれ以後の噴火で失われた街も複数存在するようだ。

街も人も消えるという一大悲劇の舞台であるが、長年に渡って眠っていたため、発掘が始まると、当時の南イタリアの風俗がそのまま分かるという重要な遺産ともなっている。

なお今回は、映像展示などを除いて全作品写真撮影可である。利用目的に関しては「個人で楽しむためだけ」とのことで、範囲は曖昧である。ただ、他人が映り込んだ場合は肖像権に触れる場合があるので注意は必要。そこにいてはいけないはずのお偉いさんが馴染みの誰かと写っていてスキャンダルに発展しても責任は持てないということでもある。

悲劇を伝えるものとしては、女性犠牲者の石膏像が一体、うつ伏せで横たわっている。頭を両手で抱えており、頭部を守ろうとしたのが分かる。

それ以外の展示は、紀元79年当時のポンペイの雰囲気を伝える遺物が中心である。
元々はローマと同盟を結ぶ同盟市であったポンペイ。しかし、戦に敗れ、ローマの植民都市となっている。その後、港湾商業都市として栄え、またワインのためのブドウ栽培と醸造でローマからも重要視されている。往事はヴェスヴィオ山の山頂付近までブドウ栽培が行われていたことが絵によって分かる。火山だと分かっているはずなのだが、勇気があるのか無鉄砲なのか。とにかく火山でもブドウは栽培されていた。

ローマの支配下ではあったが、文化的には古代エジプトやギリシャの影響も濃厚であり、エジプトやギリシャの神々が称えられていた。またギリシャについての知識を有することはポンペイの上流階級にとっては必須であったようである。エジプトについてもナイル川を描いた絵が展示されているなど、愛着を持たれていることがうかがえる。

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ポンペイは階級社会であったが、身分は固定制ではなく、奴隷もいたが、主人が臨終時に解放を宣言するか、あるいは奴隷自身がお金を払うことで一般市民へと格上げとなり、元奴隷の中には商売で成功して上流階級に伍するだけの力を蓄えた者もいたようである。

日常生活の道具なども展示されているが、半円形の穴がいくつか開いた、たこ焼き器のような銅器も存在している。勿論、ポンペイでたこ焼き器が使われていたはずもなく、実体は目玉焼き器あるいは丸パン焼き器と説明されている。正確に何を作る道具なのかは分かっていないようである。蛸が描かれた絵も存在しているため、本当にたこ焼きのようなものが作られていたら面白いのだが、可能性としては低いだろう。ただ紀元79年に火砕流に埋もれ、18世紀に発掘されたのだから、往事の記録はほとんど飛んでいるわけで、たこ焼きがオーパーツ的にあったら面白いとも思う。

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往事のポンペイ人の生活がうかがい知れるものとしては、「猛犬注意」のモザイク画が挙げられる。本物が展示されているのは1点だけだが、復刻版の別の「猛犬注意」も展示室の床に置かれている。犬を飼う人が多かったことが分かる。
また演劇が楽しまれていたようで、俳優や女優の像や、楽屋を描いたと思われる上演前の一景を目にすることが出来る。演劇は洋の東西を問わず、舞台に上がれるのは男性だけという決まりのあるところが多いが、ポンペイには女優がいたようである。ただ女優に関しては「おそらく遊女」という断りがあり、一般階級の女性が舞台に上がることはなかったようである。
一方で彫刻の技術はかなり高いレベルに達していたようで、神々の像や男女の胸像を始め、鹿、犬、猪、ライオンなどの動物も躍動感溢れる出来となっている。


ヴェスヴィオ山の噴火により消失した街としてはポンペイが最も有名であり、同じようにして消えた街への意識が向かないようになっていた。だが、エルコラーノ(紀元79年の噴火で消失)やソンマ・ヴェスヴィアーナ(472年のヴェスヴィオ噴火により消失)といった街の発掘も、少しずつではあるが進んでいるという。特にソンマ・ヴェスヴィアーナは東京大学のチームが中心になって発掘を続けているそうで、将来的に日本人による世界的な発見がもたらされる可能性もありそうだ。

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2022年6月27日 (月)

コンサートの記(784) 阪哲朗指揮山形交響楽団「さくらんぼコンサート」2022大阪公演

2022年6月23日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、山形交響楽団の「さくらんぼコンサート」2022大阪公演に接する。指揮は山形交響楽団常任指揮者の阪哲朗。山形交響楽団創立50周年記念特別演奏会と銘打たれている。

曲目は、木島由美子(きじま・ゆみこ)の「風薫(ふうか)~山寺にて~」(山響創立50周年記念委嘱作品)、ラロのスペイン交響曲(ヴァイオリン独奏:神尾真由子)、バルトークの管弦楽のための協奏曲。

開演15分前からプレトークがある。まず、山形交響楽団専務理事の西濱秀樹が東根(ひがしね)市の法被を着て登場するが、大阪の人はもう西濱専務には馴染みがないのか(山形交響楽団に移るまで関西フィルハーモニー管弦楽団の事務局長をしていたのだが)、拍手が余り起こらず。西濱専務も大阪出身なので、「冒頭から、二人の方に拍手いただきましてありがとうございます」と、のっけから冗談を言う。ちなみに二人のうちの一人は私なのだが、二人だけだったのかどうかは定かでない。大きめの音を出していたのは二人だったと思われるが。

マスクをして出てきた西濱専務だが、ガイドラインによって、2m離れていればマスクをしなくても話していいということで、マスクを外す。「私は177cmありますので」とステージの上で横になって、一番前のお客さんまで3m以上離れていることを示す(本当に示せたのかどうかは分からない。今日は1列目であるA列と2列目であるB列は発売されておらず、C列が有人最前列となる)。そして今日の指揮者である阪哲朗が京都市生まれの京都市育ちであり、両親は山形県出身であると紹介する。
その後、阪哲朗も登場。やはりさくらんぼの産地である東根市の法被を着てマスクなしでのトークとなる。阪は、ザ・シンフォニーホールについて、「このホールは大好き。(エントランスに)カーペットが敷かれていて、シャンデリアがあって、それまでこんなホールなかった」という話をする。そして、「あれからですから、今年で40周年じゃないですか」と指摘。ザ・シンフォニーホールは1982年開場なので40周年である。日本初のクラシック音楽専用ホールとして誕生。東京にクラシック音楽専用ホールであるサントリーホールが生まれたのは1986年であるため、4年先駆けている。なお、日本初のクラシック音楽対応ホールを生んだのも大阪で、1958年開場の先代のフェスティバルホールがそれである。東京にクラシック音楽対応ホールである東京文化会館が生まれたのはその3年後である。


山形市に本社を置く企業である、でん六の後援を受けているということで、マスコットキャラクターの「でんちゃん」も登場。頭が大きいので、袖から出てくるのに難儀する上に、喋るわけにもいかないということで、でん六大阪支店のKさんという女性(彼女はマスク着用)と共に登場。さくらんぼ味のでん六豆の宣伝を行った。

阪は、邦人作曲家の新作、フランス人作曲家であるラロのヴァイオリン協奏曲(交響曲と名付けられたがヴァイオリン協奏曲である)、バルトークが晩年に書いた管弦楽のための協奏曲(日本での通称は「オケコン」)というプログラムについて、「モーツァルトやドビュッシーなんかも含めて、みんな民族音楽だと思っている」という解釈を語る。
バルトークは、同じくハンガリー出身の作曲家であるコダーイと一緒にハンガリーの民謡を採取して回ったことでも知られるが、それについても「シェーンベルクが十二音技法を生んで、ストラヴィンスキーはリズムに逃げて、バルトークは逃げずに民族音楽で勝負した」という20世紀初頭の作曲シーンを語った。

ちなみに、大阪市の今日の最高気温は30度を超えたが、山形はこの時期まだ朝夕は寒いそうで、阪は新大阪で降りて、気温計時を見て「関西に戻ってきた」と感じたそうである。


今日のコンサートマスターは髙橋和貴、アメリカ式の現代配置での演奏である。
阪は、コンサートマスターの髙橋、フォアシューピーラーのシャンドル・ヤヴォルカイと握手を交わす。


木島由美子の「風薫~山寺にて~」
木島由美子は、福島県相馬市出身の作曲家。福島県立相馬高校理数科を経て、山形大学教育学部特別教科(音楽)教員養成課程卒業。国立大学の教育学部の音楽専攻の中には教員養成ではなく音楽家を養成するゼロ免コースを持つところもあるが、経歴を見ると、最初は作曲家ではなく音楽教師を目指していたようである。作曲を始めたのは卒業後のようで、藤原義久に師事し、第14回アンデパンダン・聴衆によるアンケート第1位、第12回TIAA全日本作曲家コンクール・ソロ部門第2位(1位なし)などに輝いている。

通勤時に山寺駅を使うことがあるという木島。ホームから山寺こと立石寺を見上げながら着想を得た作品のようである。
黛敏郎や武満徹が書くような日本的な響きでスタートし、途中で現れる民謡のようなフルートの旋律が印象的である。

木島は会場に駆けつけており、演奏終了後にステージに上がって拍手を受けた。


ラロのスペイン交響曲。
ヴァイオリン独奏の神尾真由子が、ザ・シンフォニーホールでの本格的デビューに選んだのがこのスペイン交響曲だそうである。
今日は髪に茶色のメッシュを入れて登場した神尾。技術的にも表現面でも万全であり、聴衆はただただ聴いていれば正しく音楽を理解出来る。時に高貴、時に妖艶、時に情熱的、時に洒脱と、移り変わる表情をこの上なく的確に表していた。
阪の指揮する山形交響楽団の演奏も雰囲気豊かで、ヨーロッパでありながら異国情緒たっぷりのスペイン(ナポレオンは、「ピレネーの向こう(スペイン)はアフリカだ」と言っている)の光景を音で描く。

神尾のアンコール演奏は、シューベルトの「魔王」(ヴァイオリン独奏版)。昨年暮れに行われた九州交響楽団の西宮公演(於・兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール)でもアンコール演目に選んだ曲である。語り手、子ども、父親、魔王の4役をヴァイオリンで引き分ける上に、元の歌曲ではピアノが奏でるおどろおどろしい騎行の伴奏まで奏でるという、想像を絶するほど難しそうな曲であるが、神尾はバリバリと弾きこなしてしまう。


バルトークの管弦楽のための協奏曲。本来は2020年の「さくらんぼコンサート」で取り上げられる予定だったのだが、コロナにより中止となり、「リベンジ」という形で今回のメインプログラムに据えられた。
明晰な阪の音楽作りが、透明な山形交響楽団の響きによって明確となり、細部まで神経の行き届いた演奏となる。ザ・シンフォニーホールの響きもプラスに働き、迫力も万全。
ノンタクトで指揮することも多い阪であるが、今日は指揮棒を用いて細やかな指示を出していた。
人気曲なので接する機会も比較的多いバルトークの管弦楽のための協奏曲であるが、ハープを含む弦楽器の奏で方に東洋的な要素が盛り込まれている。

東洋系のフン族が建てたといわれているハンガリー。名前も東洋と同じ姓・名の順番となる。ただ遺伝子レベルでの研究を行った結果は、「モンゴロイドの要素は薄い」そうで、基本的には隣国同様にヨーロッパ人国家と見た方が良く、文化に関してのみ東方からの影響を受けていると見た方が無難なようである。


演奏終了後、客席では山形交響楽団オリジナルの「Bravo」タオルや手ぬぐいの他に、お手製のメッセージボードなどが掲げられ、思い思いに山形交響楽団の熱演を称えていた。

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2022年6月25日 (土)

BSプレミアム「テレサ・テン 歌声は永遠に 没後20年・歌に生きた生涯」 2015.5.8

2015年5月8日

午後10時から、BSプレミアム「テレサ・テン 歌声は永遠に 没後20年・歌に生きた生涯」を見る。

アジアの歌姫、テレサ・テン(鄧麗君。本名:鄧麗荺)の急逝から早いものでもう20年が過ぎた。彼女の死没直後のテレビの特集では、テレサの父親が国民党の元諜報部員だったということもあり、政治的側面が語られることが多かった(実際、テレサ・テンも第二次天安門事件への抗議集会に参加している)。ただ、今回は第二次天安門事件により、テレサ・テンが夢見ていた北京コンサートが幻に終わったことの悲しみに触れられている程度であり、何よりもテレサの歌手としての生き方にスポットが当てられている。

ナビゲーターは夏川りみ。夏川は子供の頃に、のど自慢荒らしを行っていたことを自身のコンサートのトークで述べていたが、そんな夏川が12歳の頃にテレサ・テンの「空港」を歌っている映像も流される(今と顔がほとんど変わっていない)。

「時の流れに身をまかせ」、「つぐない」など、台湾人の歌手が歌っているにも関わらず日本のスタンダードナンバーになっている曲がある時点でテレサの凄さはよくわかるのだが、祖国である台湾のみならず(彼女は父親と母親が国民党と共に台湾に渡ってきた外省人であり、台湾人というより中国人という意識が強かったと思われるが)、マレーシア、インドネシア、そしてアメリカなどでも活躍しており、台湾芸能史上最高のシンガーといって間違いないほどの存在であった。

私もテレサの歌は、日本語と、あと少しだけ北京語が出来るため北京語で歌ったりする。日本語バージョンしかない「別れの予感」を歌った回数が一番多いと思うが。日本語は詩的な言語、中国語は音楽的な言語(何しろ音に節が付いている)だと個人的には思っているが、テレサの楽曲は日本語でも北京語と遜色ないほど旋律に良く乗る。

彼女の代表曲の一つに「何日君再来」がある。中華民国時代の大陸側中国で作られた曲なのだが、中華人民共和国となった大陸側ではなく、台湾で歌い継がれ、テレサも歌うことになったものである。この曲のタイトルにもある「君」が国民党のことなのではないかという疑いで、一時期、中国では発禁になったりもしている。

文化大革命時の中国ではそれまでの文化が否定され、「民衆や労働者が主役の」という名目により軍歌や革命歌ばかりが作られるようになる(この時代、他の国では文化大革命の実体が情報として入ってきておらず、西側でも「面白い試みだ」と肯定的に評価する人もいた。その後、凄惨な映像が流されるようになり、実情を知った多くの人が腰を抜かしたと言われている)。だが、鄧小平による改革開放路線により、テレサ・テンも中国で聴かれるようになった、というのがこの番組の筋書きであるが、ともに私より5歳年上の、王菲や艾敬の回想によると、子供の頃に裏ルートでテレサ・テンのカセットテープが流通しており、二人とも密かに入手してイヤホンでテレサ・テンの歌声を聴いていたそうなので(王菲は北京、艾敬は瀋陽の出身である)、改革開放以前にもテレサの歌声は多くの中国人が知っていたことになる。この頃には、「昼には大鄧(鄧小平)が中国を支配し、夜には小鄧(テレサ・テン。鄧麗君)が中国を支配する」という言葉があったそうだ。

王菲は、1995年の年頭にテレサ・テンの楽曲ばかりをカバーしたアルバムを発表したが、その直後にテレサ・テンが他界してしまったため意気消沈していたといわれている。


テレサ・テンは生涯独身であったが、結婚したいと思う存在の男性も勿論いた。ただ、彼氏の母親が「結婚するなら歌手を辞めること」と条件を出したため、別れざるを得なかった。「時の流れに身をまかせ」で、歌われる「あなた」は「歌そのもの」のことだという種明かしがあるが、「あなた」と出会わない人生が「平凡」で「普通の暮らし」ということなのだが、相手が普通の男性ではなく「歌」なのだと考えれば全ての疑問は氷解する。

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2022年6月22日 (水)

これまでに観た映画より(299) 「四月は君の嘘」

2022年6月15日

録画してまだ観ていなかった日本映画「四月は君の嘘」を観る。新川直司原作の漫画の実写化。新城毅彦監督作品。脚本:龍井由佳里。出演は、広瀬すず、山﨑賢人、石井杏奈、中川大志、板谷由夏、本田博太郎、甲本雅裕、檀れいほか。2016年の制作。

天才少年ピアニストとして将来を期待されながら、母の死をきっかけにピアノから離れてしまった有馬公正(山﨑賢人)と、有馬と同じ高校の同学年で、奔放なヴァイオリンを奏でる宮園かをり(今ならあだ名が「みやぞん」になりそうだが、2016年の時点では、みやぞんはまだ有名人ではないので、「かを」というあだ名で呼ばれている。演じるのは広瀬すず)、公正の幼なじみである澤部椿(石井杏奈)、公正、椿と共に仲良しグループを構成している渡亮太(中川大志)らを描いた青春音楽ストーリーであるが、一方で、心の病気や闘病を描いたシリアスな作品でもある。

原作では登場人物達は中学生であるが、映画では高校2年生という設定に変わり、舞台も東京都内から鎌倉に移っている。


幼児期にいくつものピアノコンクールで優勝や入賞を果たし、天才少年ピアニストとしてメディアにも取り上げられた有馬公正であるが、ピアノ指導者であった母の早希(檀れい)が病気で余命幾ばくもないという状態になり、「息子にピアニストとして独り立ちして貰うために」厳しいレッスンを課す。ピアノコンクールで優勝したにも関わらず、早希からなじられた公正は、「お母さんなんて死んじゃえばいいんだ!」と激昂。果たしてその夜に早希の命は尽き、そのトラウマから公正はピアノの音が上手く聞き取れなくなってしまい、コンクールに出てもピアノが弾けず、ピアニストになることを諦めていた。

幼なじみの椿はソフトボール部、親友の渡はサッカー部だが、公正は部活には入らず、音楽控え室で音楽を耳コピして譜面に起こし、出版社に渡して小銭を稼ぐというアルバイトを行っている。
そんなある日、公正は椿の同級生である宮園かをりを紹介される。かをりはモテ男である渡の彼女になりたがっており、椿に間を取り持って貰おうとしたのだが、そこに公正も友人Aとして立ち会うことになったのだ。
ヴァイオリニストであるかをりは、譜面にある作曲家の指示を無視して、エモーショナルなヴァイオリンを奏でるタイプで、コンクールの審査員からの評価は高くないが、聴衆受けが良く、聴衆推薦により一次予選(パガニーニの「24のカプリース」より第24番を演奏)を突破。かをりは、二次予選のピアノ伴奏(楽曲は、サン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」)を公正に頼む。

既視感のあるストーリーであり、映画としての評価はそれほど高い点数は与えられないと思うが、再び音楽に向き合う公正と、彼を引っ張るかをりの姿は微笑ましく、音楽家としての個性も物語を進める推進力として上手く機能している。

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2022年6月20日 (月)

BSプレミアム 「忌野清志郎 ゴッホを見に行く」 2015.5.2

※2015年5月2日に再放送されたものである

今日は忌野清志郎の命日である。録画しておいたBSプレミアム「忌野清志郎 ゴッホを見に行く」を観る。2004年に収録、2010年に放送された番組の再放送。清志郎が、岩手県立美術館で行われたゴッホとミレーの展覧会を観に行くという内容である。30分足らずの短い番組。10年以上前に収録されたものだが、デジタル技術の発達により、映像は古びていない。

清志郎が高校卒業後すぐに描いた画にはゴッホの影響が濃厚であるが、その後の清志郎の画からはゴッホらしさが消えている。清志郎が53歳時収録の番組であるが、清志郎が本物のゴッホの画を観るのは実はこの時が初めてだそうだ。

ゴッホとミレーの画を見比べて、ミレーの画の方が上手いと清志郎は言う。「ゴッホは自分に負けちゃったんじゃないですかね。最後は」とも語る。

ゴッホの自分にのめり込んでいく姿勢がロックだと思っていた清志郎だが、実際はミレーの方がもっと執念深く闘っていたのがわかるそうだ。最晩年のゴッホの画は真面目に描くことを諦めてしまった白旗状態にも見えるという。

最後は東京で、ゴッホの「ひまわり」を観る。これは画を超えたパワーが感じられて良いそうだ。何だかんだで清志郎にとってはゴッホはジミ・ヘンドリックスのようなアイドル的存在なのだそうである。

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2022年6月19日 (日)

コンサートの記(783) 河村尚子ピアノリサイタル2015京都

2015年3月15日 京都コンサートホール 小ホール「アンサンブルホール ムラタ」にて

午後2時から、京都コンサートホール小ホール「アンサンブルホール ムラタ」で、河村尚子のピアノリサイタルを聴く。

河村尚子は、1981年、兵庫県西宮市生まれのピアニスト。生粋の日本人であるが、5歳の時に一家で渡独し、教育も音楽教育も全てドイツで受けており、日本人であるが日本人離れしたピアノを弾く演奏家である。
ハノーファー国立音楽演劇大学(ハノーファー国立音楽芸術大学)在学中にミュンヘン国際コンクール・ピアノ部門で2位に入って頭角を現し、ハノーファー国立音楽演劇大学大学院ピアノソリスト課程在学中にクララ・ハスキル国際コンクールで優勝して注目を浴びている。
現在はソリストとしての活動の他に、エッセンにあるフォルクヴァング芸術大学の非常勤講師、また2013年から東京音楽大学の特任講師として日本にも拠点を持って教育活動にも励んでいる。

昨年、出産を経験した河村尚子。「モーストリークラシック」が行ったインタビューなどでは最近は子育てに夢中だという。

無料プログラムには河村尚子からのメッセージが載っているが、河村が京都コンサートホール小ホールでリサイタルを行うのは4年ぶりだそうで、ちょっと意外な気がする。前回の京都コンサートホール小ホールでのリサイタルの記憶がまだ鮮明なため、4年も経過しているとは思えなかった。京都以外のホールでも河村のピアノを聴いているので、記憶がごっちゃになっているのかも知れない。
昨年は、東京のよみうり大手町ホールでのリサイタル(ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」の演奏が凄まじく、東京まで聴きに行くだけの価値はあった)と大阪のザ・シンフォニーホールでの読売日本交響楽団大阪定期演奏会のソリストとしての演奏を聴いている。


曲目は、J・S・バッハ作曲、ブゾーニ編曲の「シャコンヌ」、ショパンのワルツ第5番「大円舞曲」、ショパンのマズルカ第13番、ショパンの夜想曲第8番、ショパンの「舟唄」、休憩を挟んで、ラフマニノフの10の前奏曲より第10番&第7番、プロコフィエフのピアノ・ソナタ第6番「戦争ソナタ」

京都だから新選組カラーというわけではなく偶然だろうが、浅葱色のドレスで河村は登場する。妊娠中でお腹の膨らみが目立ったよみうり大手町ホールでのリサイタルや出産直後であったザ・シンフォニーホールでの演奏時には体も顔も幾分ふっくらしていた河村だが、今日は少し痩せてすっきりしている。

京都コンサートホール小ホール「アンサンブルホール ムラタ」のことを河村は「大好き」と書いているが、確かにステージと客席が近いので客席の反応がヴィヴィッドに伝わってくるというのはあるかも知れない。ただ、京都コンサートホール小ホールは「小さいホールだから音響は特に工夫をしなくてもいいよね」ということなのかどうかはわからないが、音響を良くするための設計はほとんどなされていない。ピアノは蓋が反響板になって問題なく聞こえるのだが。


J・S・バッハ作曲、ブゾーニ編曲の「シャコンヌ」。前回の京都コンサートホール小ホールでのリサイタルでも河村はこの曲を弾いている。ブゾーニ編曲の「シャコンヌ」はファジル・サイが超絶的な名演を展開した曲であり、神戸新聞松方ホールで聴いたライブ演奏でも、CDでもファジルは別格級の演奏を聴いている。
河村は速めのテンポを採用。情熱的な演奏だが、高雅さや純粋さなど多彩な表情を弾き分ける。ピアニシモが美しいのも特徴だ。流石にファジル・サイには敵わないが(ファジル・サイは音楽家を名乗る現役のアーティストの中で紛れもなくナンバー1と断言できるほどの天才である)極めてハイレベルな演奏であることに間違いはない。

ショパンのワルツ、マズルカ、夜想曲では、音楽が今この場で生まれたかのようなフレッシュなピアノで聴かせる。音は透明であり、気高さ、メランコリーなどショパンが持つ多様性を詳らかにしていく。

ショパンの楽曲の中でもスケールの大きい「舟唄」は、春風のような爽やかさと朗らかさを持ち、今の季節に聴くのに相応しい演奏となる。


ラフマニノフの前奏曲でも高い技術を聴かせた河村だが、圧巻はプロコフィエフのピアノ・ソナタ第6番「戦争ソナタ」。河村独自のヒンヤリとしたピアノの音色がこの曲でははっきりと出る。風変わりな作風で知られるプロコフィエフであるが、激しさや優しさといった様々な曲調を河村は高い次元でアウフヘーベンして聴かせる。これだけ優れたプロコフィエフ演奏はそうそう聴けるものではないだろう。河村はあたかもピアノの魔術師のようだ。


アンコールは4年前と同じ、シューマン作曲、リスト編曲の「献呈」。淀みない演奏であった。

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2022年6月18日 (土)

これまでに観た映画より(298) 「はい、泳げません」

2022年6月13日 MOVIX京都にて

MOVIX京都で、日本映画「はい、泳げません」を観る。高橋秀実のエッセイの映画化。脚本・監督:渡辺謙作。出演:長谷川博己、綾瀬はるか、麻生久美子、阿部純子、小林薫、伊佐山ひろ子、広岡由里子、占部房子、上原奈美ほか。主舞台となるのは2015年という設定である。

大河ドラマ「八重の桜」では、夫婦役として出演していた長谷川博己(「八重の桜」では川崎尚之助役)と綾瀬はるか(同じく山本八重役)の主演による、泳げない男が泳げるようになるまでの物語。ということで、大人版「バタアシ金魚」のようなものかと予想していたが、実際は大きく異なるドラマであった。

長谷川博己が演じるのは、大学で哲学を教える小鳥遊雄司(たかなし・ゆうじ)。「小鳥遊」はしばしばメディアで取り上げられるため、今では有名な難読姓となっており、小鳥遊の教え子達も苗字の由来を知っていたりする。
長谷川博己は、大学でも教えていた有名評論家の息子であるため、見た目のそれっぽさを受け継いでおり、大学教員などのインテリ役が様になっている。
小鳥遊は、教え子からの受けも良さそうで、仕事は上手くいっているようであるが、それとは真逆の情けない面がこの映画では主に描かれる。

幼児期におじに漁船から海に投げ込まれたことがトラウマになり、42歳の今に至るまで泳げない小鳥遊。5年前に美弥子(麻生久美子)と離婚している。そんなある日、小鳥遊は、セブンスイミングスクール牧の原(千葉県印西市に実在しているようである)の広告を見かける。広告に写っている薄原静香(うすはら・しずか。演じるのは綾瀬はるか)に惹かれたということもあるのだろうが、小鳥遊はスイミングスクールに申し込んでみる。
水に顔をつけるのも怖いという小鳥遊。静香先生の指導も思いのほか厳しく、根を上げてしばらくスイミングスクールに通わない期間もあった。

スイミングスクールの先生と生徒の恋はよくありそうだが、この映画では、小鳥遊にはすでに奈美恵(阿部純子)という恋人がいる。奈美恵は、シングルマザーであり、普段は美容室で働いているが、収入が十分ではないようで、スーパーのレジ打ちのパートもしている。奈美恵の一人息子は、小鳥遊によくなついている。ということで、この作品の事実上のヒロインは実は奈美恵であり、綾瀬はるか演じる静香先生はあくまで小鳥遊の背中を押す役割である。

小鳥遊は、5年前にも水に関係するトラウマとなる出来事に遭遇している。美弥子との間に出来た一人息子が、川で溺れ死んだのだ。美弥子が悲鳴を上げて、小鳥遊は振り返ったまでの記憶はあるが、そこから先の記憶が途絶えており、気がつくと病院のベッドの上で、何があったのかを5年後の今に至るまで思い出せないでいる。美弥子らの証言によると、流された息子を追って川に入ったが、泳げないので溺れ、流されて石に頭をぶつけて気絶したらしい。スイミングスクールに通うのはそのトラウマと向き合うための手段であった。

静香先生というのも変わった人物で、交通事故に遭ったのがきっかけで街を普通に歩くことが出来なくなり、スイミングスクールにすぐ通える場所に住んでいるが、自宅から職場に向かう間は、おどおどして挙動不審である。彼女にとっては、陸上ではなく水の中こそ、自分が自由に振る舞える場所となっているのだった。

冒頭部分から、演出過剰気味の場面が続くため、今ひとつ作品に入り込めない部分があるが、トラウマ克服という小鳥遊の成長過程を見つめることが見所となっている。
心理描写に関しては、納得のいくところといかないところが半々といった印象。映画に「共感」を求める人には余り向いていない作品かも知れない。

千葉県出身の麻生久美子が、関西弁のみを喋る役で出ているも興味深い。単純に関西弁ネイティブの女優をキャスティングすることも考えられたと思うのだが、色々出来る人にやらせた方が新鮮味も出ていいという考えなのかも知れない。ただ、千葉の人間に関西弁を喋らせるというのは、関西の人間にとってはおそらく面白くないことであろう。

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2022年6月16日 (木)

コンサートの記(782) 沖縄復帰50周年記念 大友直人指揮琉球交響楽団大阪特別公演

2022年6月5日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後3時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、沖縄復帰50周年記念 琉球交響楽団大阪特別公演を聴く。指揮は琉球交響楽団音楽監督の大友直人。

2001年に創設された琉球交響楽団。沖縄初にして唯一のプロオーケストラである。ちなみに沖縄交響楽団という団体も存在しているが、米統治下の1956年に結成されたアマチュアオーケストラである。

NHK交響楽団の首席トランペット奏者を務めていた祖堅方正が、沖縄にクラシックのプロ音楽家が活動する下地がないのを嘆いて設立したのが琉球交響楽団である。
沖縄には、1986年開学の沖縄県立芸術大学があり、音楽学部も1990年にスタートしている。しかし、沖縄県立芸大の音楽表現コース(器楽科に相当)を卒業しても、沖縄県内にはクラシック音楽を演奏する場所がほとんどなく、県外に出て行くしかなかった。そこで祖堅が、N響時代に知り合った大友直人を指揮者として招いて琉球交響楽団を発足させる。
大友の著書『クラシックへの挑戦状』によると、沖縄は伝統芸能や音楽が生活に根付いており、「とても感性豊かな人々の暮らす地域」なのだが、一方で沖縄県や自治体は「西洋クラシック音楽に対しては、慎重なスタンスが取られている」そうで公的な助成が見込めない、また大企業も少ないため、経済的援助も受けることが出来ない、そもそも沖縄では「民間企業がクラシック音楽事業を支援するという土壌」がないということで、設立当初から常設化を目指していた琉球交響楽団であるが、未だに目標達成には至っておらず、定期演奏会も年わずかに2回。学校での音楽鑑賞会などで年間80回程の演奏会を開いているが、団員の全員が他に仕事を持ちながら演奏活動を続けている。

琉球交響楽団は、創設から間もない頃にデビューCDを発売しており、実は私も持っていたりする。沖縄民謡をオーケストラ編曲で奏でるものであった。


曲目は、ブラームスの大学祝典序曲、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:清水和音)、萩森英明の「沖縄交響歳時記」

今日のコンサートマスターは、客演の田野倉雅秋。ドイツ式の現代配置での演奏である。
なお、沖縄県立芸術大学音楽学部の出身者が多いと思われるが、沖縄県立芸術大学音楽学部のみならず、音大の学生は約9割が女子ということで、それを反映してか琉球交響楽団も女性楽団員が大多数ということになっている。今日のような客演ではなく所属のコンサーマスターは2人とも女性。今日の第1ヴァイオリンは12人中9人が女性、第2ヴァイオリンは10人中9人が女性。今日大活躍した打楽器奏者も全員が女性である。琉球交響楽団のホームページにある楽団員紹介を見ても大半が女性であることが分かる。


ブラームスの大学祝典序曲。
音に洗練度が不足しているが、燃焼度の高い演奏であり、音楽を聴いているうちに技術面は余り気にならなくなる。
21世紀に入ってからは常に押し相撲のような音楽作りを行うようになった大友直人であるが、今日はのびのびとした音運びで、若い頃の大友が蘇ったような印象を受ける。
前述した大友の著書『クラシックへの挑戦状』には、師である小澤征爾への複雑な思いが述べられているが、最近の大友の音楽作りには小澤への対抗心が現れているのかも知れない。小澤も90年代以降はフォルムで押し切るような演奏が目立っている。
大友直人は、海外でのキャリアはほとんど築いておらず、「世界で最もクラシック音楽の演奏が盛んな街」と見なしている東京を絶対的な拠点としているが、これも小澤の「とにかく海外に出なくては駄目だ」というポリシーの真逆を行っている。30歳になった時に、大友は小澤と久しぶりに会ったのだが、「君、まだ日本にいるのか。もう手遅れだな」と突き放されたそうで、そうしたことも最近の大友の音楽性に反映されているのかも知れない。


チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。
冒頭から弦に厚みがなく、大地を揺るがすような響きは聞こえないし、管楽器の安定度も今ひとつだが、これらも曲が進むにつれて気にならなくなってしまう。ザ・シンフォニーホールの響きがプラスに働いているということもあるだろうが、音楽をする喜びが技術面でのマイナスを覆い隠してしまうのだろうか。不思議な感覚である。
実演を聴くことも多い清水和音のピアノは、堅実かつ堅固で、音の透明度もなかなかである。

清水のアンコール演奏は、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」。叙情味豊かな演奏であった。


萩森英明の「沖縄交響歳時記」の演奏の前に、芸人で作家の又吉直樹による自作テキストの朗読がある。
沖縄出身の父と奄美大島出身の母の下、大阪で生まれた又吉直樹。自らのルーツを辿るテキストを朗読していく。

又吉直樹の父親が沖縄から大阪に出てきたのは、「競輪選手になるため」だったそうだが、後年、又吉が、「で、競輪選手になったん?」と聞くと、「試験会場まで行けんかった」と返ってきたそうで、又吉は「競輪選手になるには、自転車を乗りこなす前に、大阪の複雑な電車網を乗りこなす必要があった」と読み上げて、客席からの笑いを誘う。
奄美大島出身の母親についてだが、奄美大島から大阪の寝屋川市に出てきて看護師として働いていたそうだが、当時、母親が住んでいたボロアパートの隣の部屋に住んでいたのが又吉の父親だったそうである。壁が薄く、隣の部屋の声が聞こえたそうだが、沖縄と奄美大島は距離が近く言葉も似ているということで、又吉の母親は又吉の父親も奄美大島の人だと勘違いしていたそうである。ある夜、又吉の父親が酔っ払って嘔吐していたのを又吉の母親が介抱したのが二人の馴れ初めだそうである。

又吉は幼い頃は貧しく、寝屋川市にある文化住宅という長屋のようなところに住んでいたという。ここも壁が薄く、隣のKさん一家の声や、Kさんが掛けている音楽がはっきり聞こえてきたそうだ。Kさんの家に音楽が掛かっている日は、又吉家はテレビを見るのを諦めたという。

又吉という苗字は、沖縄ではありふれたものだが、寝屋川にはほとんどいない(大阪市大正区には沖縄の人が集団で移住してきており、ここには又吉さんも多いかも知れない)ということで、学校の先生や同級生との初対面時に、「またきち」君と呼ばれることも多かったようだが、間違いを直すのも気が引けたので、数ヶ月「またきち」君だった時代もあるという。小学校時代に2階建ての駐車場で勝手に遊んでいた時に、怖そうなおっちゃんに怒られ、名前を聞かれる。「田中とか中村とかありふれた名前」に偽ろうかと思ったが、素直に「又吉です」と答えたところ、「そんな苗字あるか!」と怒鳴られた経験もあるそうである。

お笑いに関するエピソードとしては、沖縄にある父親の実家に行った時に、カチャーシを付けて踊ったところ、爆笑を取ったそうで、それがお笑い芸人への道に繋がっているようである。なお、その直後に台所で麦茶を飲んでいたところ、父親が入っていて、褒められるのかと思いきや、「おい、あんま調子に乗んなよ!」と言われたそうで、それが芸人としてのスタイルに結びついているそうである。

貧しいながらも一家で焼肉店に行くこともあったそうだが、お金がないために肉を多く注文することが出来ず、母親はカルビ2枚で「あー、もうお腹いっぱい」と言って食べるのをやめたそうである。隣の席では焼き肉がジュージュー焼かれて煙がたくさん出ているのだが、又吉一家の席の煙は蚊取り線香のものと同じような細さだった、といったような話が続く。こうしたやせ我慢というか、遠慮の精神なども又吉に影響を与えているそうである。なお、又吉が売れてからは、両親ともにカルビ2枚でお腹いっぱいどころか、バクバク食べるようになったとのこと。

又吉の話ばかり長くなったが、「沖縄交響歳時記」も沖縄の青い空と青い海が眼前に広がり続けるのが見えるような、爽快な音楽である。
第1楽章「新年」、第2楽章「春」、第3楽章「夏」、第4楽章「秋」、第5楽章「冬」、第6楽章「カチャーシ」の6楽章からなり、基本的には調性音楽であるが、特殊奏法を用いて神秘感を生むシーンがあったり、沖縄の伝統楽器が生かされたりと、多様な表情も持っている。
沖縄の民謡がちりばめられており、音楽としても分かりやすい。
萩森英明は東京出身の作曲家であるが、テレビ番組のための編曲なども数多く手掛けているようで、それがこの曲の分かりやすさに繋がっているように思う。

指揮する大友直人もいつになく楽しそう。若い頃はビビッドな感性を生かした爽快でしなやかな音楽作りを特徴とした大友。琉球交響楽団の技術が万全でなくフォルムで押せないということもあったのかも知れないが、彼本来の音楽性が今日は前面に出ていたと思う。東京や京都、大阪などの強者揃いのオーケストラ相手よりも、琉球交響楽団のようなこれからの団体相手の方が、大友の長所が出やすいのかも知れない。

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2022年6月13日 (月)

コンサートの記(781) 「コバケン・ワールド in KYOTO」Vol.2

2022年6月4日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後2時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、「コバケン・ワールド in KYOTO」Vol.2を聴く。東京でコバケンこと小林研一郎が日本フィルハーモニー交響楽団を指揮して行っている特別コンサートの京都版、昨年に続いて2回目である。

ロームシアター京都オープン当初から積極的に演奏会を開催している日本フィルハーモニー交響楽団(日フィル。JPO)。この3月まで京都市交響楽団の常任指揮者を務めていた広上淳一(現在はフレンド・オブ・JPOの肩書きを得ている)との繋がりがあるのかどうかは分からないが、「東京のオーケストラの関西公演といえば大阪のザ・シンフォニーホールかフェスティバルホール」という状況を変えつつある。今年、日フィルは京都で3回の公演を行うが、そのうち2回は親子向けのコンサートで、一般向けのコンサートは、「コバケン・ワールド」のみとなる。

昨年のローム・ミュージック・フェスティバルには東京交響楽団が登場(コロナのために無観客での配信公演のみとなった)、今年のローム・ミュージック・フェスティバルには新日本フィルハーモニー交響楽団がロームシアター京都メインホールのステージを踏むなど、東京のオーケストラが京都コンサートホールではなくロームシアター京都で公演を行うことも増えている。今年のNHK交響楽団の京都公演(秋山和慶指揮)も京都コンサートホールではなくロームシアター京都メインホールで行われる予定である(N響がロームシアター京都メインホールで京都公演を行うのは2度目)。その中にあって、日フィルは京都での売り込みには一歩リードしている形となる。


曲目は、ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番(ヴァイオリン独奏:千住真理子)、ベートーヴェンの交響曲第7番。

今日のコンサートマスターは、日フィル・ソロ・コンサートマスターの扇谷泰明。ソロ・チェロ奏者として菊地知也の名も無料パンフレットに記載されている。ドイツ式の現代配置での演奏。


現在は日本フィルハーモニー交響楽団桂冠名誉指揮者の称号を得ている小林研一郎。「炎のコバケン」の愛称で親しまれており、岩城宏之の後を継いで、年末の「ベートーヴェン交響曲一挙上演」の指揮を担っていることでも知られている。非常に熱心なファンを持つ一方で、アンチもまた多いことで有名。
レパートリーはそれほど広くなく、気に入った曲目を何度も取り上げるというところは朝比奈隆にも似ている。
第1回ブダペスト国際指揮者コンクールで優勝。小林は東京藝術大学を二度出ている(作曲科と指揮科。東京藝大は編入を認めていないため再入学している)ということで、指揮科を卒業した時には二十代半ば。今はそうでもないが、当時の指揮者コンクールは、「応募出来るのは25歳まで」というところがほとんどで、小林は応募資格がなかったが、ブダペスト国際指揮者コンクールは年齢制限が緩かったので、参加して優勝を勝ち得た。そうしてハンガリーの音楽好きに気に入られ、同国最高のオーケストラであるハンガリー国立交響楽団(現・ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団)の音楽総監督を長年に渡って務めたほか、ヨーロッパ各地のオーケストラに招かれている。ネーデルランド・フィルハーモニー管弦楽団の常任客演指揮者を25年の長きに渡って務めているのも特筆事項である。
国内では日本フィルハーモニー交響楽団や京都市交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団などのシェフを務めており、特に日本フィルとは、渡邉暁雄亡き後の精神的支柱として長年に渡って称号を変えつつ共演を重ねてきた。


ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲。小林は暗譜で指揮を行う。唸り声を上がるためか、マスクはしたままの指揮である。
東京に通っていた頃から何度もコンサートに接してきた日本フィル。当時は弦の弱さが顕著だったのだが、今は弦の音色も引き締まり、厚みがある上に表現力も高い。
ウェーバーは、保守的な作曲家であるが、その分、ドイツの伝統に則った音楽を生み出しており、重厚なロマンティシズムが耳に心地よい。


ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番。
ヴァイオリン独奏の千住真理子は、千住三兄妹(画家の千住博、作曲家の千住明、ヴァイオリニストの千住真理子)の末っ子としてよく知られている。一時期、ヴァイオリンを続けることに疑問を感じ、音大には進まず、慶應女子高校から慶應義塾大学文学部に内部進学したが、普通の大学出身であるデメリットとして「お友達が出来ない」ことを挙げていた。大学卒業後に指揮者のジュゼッペ・シノーポリに認められ、ヨーロッパデビューを飾り、以後、国内外での活躍を続けている。


千住真理子は人気ヴァイオリニストであるが、これまで生で聴いた記憶がなく、CDも持っていないので、演奏を聴くこと自体、今回が初めてとなるかも知れない。
美音であるが「磨き抜かれた」音とは少し違い、渋さも兼ね備えている。スケールも大きすぎず小さすぎずで、楽曲の本質をよく捉えたヴァイオリンという印象を受ける。表現の幅も広めである。

小林は、オーケストラに正対するのではなく斜めにした指揮台の上で指揮を行う。以前、オリ・ムストネンが京都市交響楽団に客演した時に、ピアノを斜めにおいて弾き振りしているのを見たことがあるが、指揮台を斜めにおいてその上で指揮するというスタイルを目にするのは初めてである。この曲では総譜を見ながらの指揮。
日フィルからロマンティックな音を引き出していた。

千住のアンコール演奏曲目は、「アメイジング・グレイス」。祈りと愛に溢れつつ、切れもあるという演奏であった。


ベートーヴェンの交響曲第7番。小林はこの曲も暗譜で指揮する。
「炎のコバケン」という愛称からも分かるとおり、熱い演奏を行う小林研一郎にぴったりの曲だが、いたずらに情熱を振りかざすだけではなく、低弦を分厚く築いた強固なフォルム作りが印象的である。日本人はピラミッド型のバランス作りという発想自体を持っていないことが多いのだが、小林は海外での経験が長いためか、低弦をしっかり築いた演奏を行っている。
重低音が魅力の日本のオーケストラというと、大阪フィルハーモニー交響楽団が代表格であるが、大フィルでも、ここまで低弦を分厚くしたベートーヴェンを聴くことは滅多にない。


演奏終了後、小林はマイクを手にスピーチを行う(マスクはしたまま)。「京都は我々に大きな命を与えてくれる場所です」と語りだし、ローム・ミュージック・ファンデーションに大変お世話になっているという話をした。

アンコールはまず、小林のアンコール演目の定番である「ダニー・ボーイ(ロンドンデリーの歌)」。叙情味溢れる演奏である。

最後は、ベートーヴェンの交響曲第7番第4楽章より終結部。やや粗めの演奏であったが、会場を盛り上げた。


小林は最後に、「京響も素晴らしいんですが、日本フィルも。年に1回しか来られないものですから」と、「コバケン・ワールド in KYOTO」の年複数回開催の希望を語った。

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2022年6月12日 (日)

スタジアムにて(38) セ・パ交流戦2022 オリック・バファローズ対東京ヤクルトスワローズ第3戦 2022.6.9

2022年6月9日 京セラドーム大阪にて観戦

京セラドーム大阪で、セ・パ交流戦、オリックス・バファローズ対東京ヤクルトスワローズの試合を観戦。午後6時プレーボール。

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ちなみに、球審を務めるのは白井一行で、「球審・白井」のコールがあった時にスタンドから笑い声が起こった。白井一行は今年、千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手が判定に不満そうな態度を取ったときに、激昂してマウンドまで詰め寄るという場面が話題になっている。

スワローズの先発は、現役最多勝利投手である石川雅規。バファローズの先発は、増井浩俊。

スワローズは、一軍に昇格したばかりの坂口智隆が6番レフトで先発出場する。

今年で38歳になるベテランの増井であるが、MAX151キロを計時するなど、まだまだストレートで押せる。
だが、先制したのはヤクルト。2回に先頭の村上宗隆にヒットを打たれる。しかし、村上は二盗を試みてアウトとなった。今日はスワローズは4回盗塁を試みたが、バファローズの捕手・伏見虎威の強肩の前に、そのうち3度は失敗に終わった。
二死走者なしとなるが、坂口がフォアボールで出ると、今日先発マスクの内山壮真がフェンス直撃のツーベースを放ち、坂口が長駆ホームインで1点を先制する。続く奥村展征の時に増井の暴投で内山がサードに進む。奥村の当たりはセンターに抜け、スワローズが2点目を奪った。

スワローズが得点すると、ファンは「東京音頭」に合わせて傘を振るのが恒例だが、今回はまだコロナ禍が続いているということで、吹奏楽器も歌声も禁止であるため、大太鼓のリズムに合わせて傘が振られた。今日はスワローズファンもかなり多い。

42歳となった石川のストレートはMAX136キロ。プロの投手としては速くないが、実はここ10年ほど、1試合のMAXは135キロから137キロで安定しており、少なくともストレートの初速に関しては衰えが見られない。4回に伏見のライト前に落ちるタイムリーヒットを許すが、5回を投げてこの1点のみに抑える。

スワローズの継投は、2年目でブレイク中の木澤尚文、今日はMAX153キロを記録した石山泰稚(2アウトを取ったところでピンチを招き、降板)、左の宗佑磨に対するワンポイント登板となった田口麗斗、コールと繋ぎ、今日はマクガフではなく今野龍太が9回のマウンドに上がって、セーブを挙げた。今野はこれがプロ初セーブである。今野もMAX151キロとストレートが冴えた。

バファローズの継投も左の山田修義(のぶよし)、京セラドーム大阪のすぐそばで生まれ育った阿部翔太、K-鈴木(千葉県鎌ケ谷市出身で、千葉市にある千葉明徳高校を経て、千葉県勝浦市にある国際武道大学を卒業)と充実した投球を見せる。スワローズもチャンスは作るが得点は出来なかった。

試合は、2-1で東京ヤクルトスワローズが勝利。交流戦首位を守った。
勝利投手となった石川雅規はこれがプロ180勝目。また交流戦通算27勝目となり、交流戦通算勝利数単独首位となった。

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2022年6月 8日 (水)

観劇感想精選(436) 第71回京都薪能 第2日目

2022年6月2日 左京区岡崎の平安神宮にて

午後6時から、左京区岡崎の平安神宮で、第71回京都薪能第2日目を観る。毎年恒例の京都薪能であったが、昨年、一昨年は新型コロナのために中止となり、3年ぶりの開催となる。少し風が強めだが、雲一つ無い好天となった。

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ロームシアター京都(京都会館)、京都市京セラ美術館、京都国立近代美術館、京都観世会館、細見美術館、みやこめっせ、京都府立図書館、岡崎公園グラウンド、京都市動物園など文化施設が並ぶ左京区岡崎であるが、一方で、平安神宮、真宗大谷派(東本願寺)岡崎別院、東天王こと岡崎神社などの伝統宗教や、阿含宗や生長の家、神慈秀明会といった新宗教の施設も集まっており、京都における一大宗教空間でもある。

2日間に渡って行われる第71回京都薪能。2日目の今日は、京都薪能の復活を祝って、神が舞を披露するという演目が並ぶ。左京区岡崎で、そして平安神宮で行われるのに相応しい演目だ。

上演作品は、観世流能「養老」水波之伝(すいはのでん)、金剛流能「龍田」、大蔵流狂言「福の神」、観世流能「小鍛治」白頭(しろがしら)。例年売られているパンフレットがコロナの影響で売れないというので(あらすじや出演者などを記した紙は受け取れるようになっている)、代わりに茂山茂と鈴木実が舞台上に登場して作品紹介などを行う。


観世流能「養老」水波之伝と金剛流能「龍田」は後半部分のみの上演である。

「養老」は、美濃国(濃州)の養老の滝である。雄略天皇(倭の五王の「武」に比定されることが多い)の勅使が養老の滝を訪れた時に楊柳観音(松井美樹)と養老の山神(吉浪壽晃)が現れ、祝いの舞を行う。今回は水波之伝というバージョン(小書=特殊演出)で、楊柳観音も登場して舞う。しっとりした楊柳観音の舞と豪快な養老の山神の舞の対比が見所。

今回は、全ての演目で神の舞があるが、みな個性豊かで舞そのものも雰囲気も趣も異なり、八百万の神の国・日本とその伝統芸能の個性がはっきりと表れている。


金剛流能「龍田」。紅葉の名所として知られる大和国・龍田明神が舞台となっている。南都(奈良)に寄った僧(村山弘)が河内国まで足を伸ばそうとした途中で竜田川の河畔に至る。
龍田姫=龍田神(金剛永謹)が、優美な舞と幣を振り上げての神楽を行う。薪から舞い上がる煙が龍田姫の後ろで霞のようにたなびき、この世ならぬ雰囲気を作り出していた。


大蔵流狂言「福の神」。狂言ではあるが、笑いは取らないという珍しい演目であり、狂言そのものの面白さよりも祝祭性が優先されている印象を受ける。
福の神(茂山忠三郎)が幸せになる秘訣を歌いながら行う舞がユーモラスである。


観世流能「小鍛治」白頭。本来は赤い頭で登場する後シテ(稲荷明神の霊狐)が白い頭で登場するという特殊演出である。
一条天皇が悪夢にうなされるというので、名刀工である三条小鍛治宗近(岡充)の下に橘道成(有松遼一)を遣わす。一条帝は「宗近に御剣を打たせよ」との夢告を受けたという。勅諚に応えるには自分に勝るとも劣らない相槌を打てるものがいないといけないが、それは難しいので宗近は断ろうとするが、伏見の稲荷大社に参拝したところその加護があり、稲荷神(橋本光史)が相槌を務めることになる。

三条小鍛治宗近がすんでいたのは三条粟田口であり、後に三条派や粟田口派となる名刀工集団を生み出した場所だが、三条粟田口は平安神宮のすぐそばであり、舞台になった場所の近くで上演が行われたことになる。
粟田神社の麓に鍛冶神社という小さな社があり、三条宗近と粟田口吉光も祀られている。
またすぐそばには、「小鍛治」の話に基づく相槌稲荷神社という小さな社もあるが、ここは民家が並ぶ路地の奥に存在するため、大人数で行ったり大声を出しながら歩いたりすることははばかられる神社である。

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2022年6月 5日 (日)

コンサートの記(780) シャルル・デュトワ指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第558回定期演奏会

2022年5月31日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第558回定期演奏会を聴く。指揮はお馴染みのシャルル・デュトワ。

デュトワと大フィルが初共演したのが、2019年の5月定期。大好評で、早速、翌2020年5月の定期演奏会にもデュトワが招かれることになったのだが、コロナ禍により中止に。この頃は大阪だけでなく、日本中そして世界中の演奏会で中止が相次いだ。2021年5月の定期演奏会の指揮台にもデュトワが立つ予定だったのだが、緊急事態宣言によりまたも中止。今回、三度目の正直で、デュトワが大フィルの5月定期を指揮することになった。

昨年はセイジ・オザワ 松本フェスティバル(OMF)にも参加したデュトワ。有観客公演は果たせなかったが、演奏会はネットで生配信され、大好評であった。その後、新型コロナウイルスに罹患したことが報じられたりもしたが、無事復帰している。OMFには今年も参加する予定である。

プログラムも2020年5月に予定されていた曲目から変更はなし。ハイドンの交響曲第104番「ロンドン」、ラヴェルの組曲「クープランの墓」、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」(1911年版)。


今日のコンサートマスターは須山暢大。ドイツ式の現代配置での演奏である。ハイドンとラヴェルは小さめの編成での演奏。「ペトルーシュカ」は客演奏者を多く招いての大編成での演奏である。「ペトルーシュカ」のピアノは、ソリストとしても人気の北村朋幹(ともき)が務める。


ハイドンの交響曲第104番「ロンドン」。フランスもののスペシャリストというイメージのあるデュトワだが、ハイドンの交響曲のレコーディングも行っていたはずである。
20世紀末にはかなり人気を落としたハイドンだが、21世紀に入ると交響曲全集がいくつも登場したり、全集まではいかなくても選集や人気指揮者による話題盤が作成されたりと持ち直している。大阪でも飯森範親が手兵の日本センチュリー交響楽団を指揮した「ハイドン・マラソン」の演奏会と録音を継続中である。。
デュトワの指揮するハイドンは、流石というべきか響きがお洒落である。小粋さや大見得を切るいたずら心などが伝わってくる。ゲネラルパウゼでの仄かな寂寥感の漂わせ方も上手い。HIPを援用した演奏で、ビブラートを抑えた弦楽の透明な響きも印象的である。


デュトワの十八番であるラヴェル。デュトワはモントリオール交響楽団を指揮してDECCAレーベルに「ラヴェル管弦楽曲全集」を録音しており、デュトワとモントリオール響の出世盤となった。同コンビは、その後、ドビュッシーの主要管弦楽曲や歌劇「ペレアスとメリザンド」などもレコーディングも行っているが、こちらは全集にまでは至らなかった。

「クープランの墓」では、音の洗練が際立つ。まるで生き物のように自在な変化を見せる音。NHK交響楽団の学生定期会員をやっていた時代、正確にはその少し前から何度も接してきたデュトワの音楽作りであるが、本当に独特であり、少なくともフランスものでこうした演奏を行う指揮者の実演に接したことは他にない。「クープランの墓」は人気曲というほどではないが、演奏曲目に組み入れられる機会は比較的多めではある。ただ今日のデュトワと大フィルの演奏は、別格級の一つとみて間違いないだろう。スコアに書かれている以上の音楽を無理なく引き出す術は「驚嘆」の域に達している。
ドイツ的な重厚な響きを特徴とし、時には野暮ったい演奏をすることもある大阪フィルだが、今日の響きは匂うような上品さである。まだマスクで鼻を覆う必要があるが、耳を通して芳香は伝わってくる。


ストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」(1911年版)は、音のエッジが立ち、描写力が高く、大フィルの弦の輝きも「光」そのものに限りなく近くなる。「極彩色」「光彩陸離」「光輝みつ」といった表現が全て陳腐に思えるほどの眩しさを放っていた。日本のオーケストラがこうした響きを奏でることはかなり珍しい。そうした中で音のグラデーションも見事であり、輝き一辺倒の演奏ではない。登場人物の心理状況なども含めて細部に至るまで神経が行き届いており、「ペトルーシュカ」単体でも、今日のプログラム全体を通しても、まるで「音による映画」を観ているような気分にさせられる。音楽が単なる音楽にとどまらない。そうした特別な時間が過ぎていった。
ピアノの北村朋幹の技術も高く、客演3人を招いた打楽器陣の上手さも光っていた。

客席に向かって「バイバイ」ポーズを送ることで知られるデュトワであるが、今日は大フィルのメンバーに向かって「バイバイ」のポーズをしていたのが印象的であった。

これまではエルボータッチやグータッチ、リストタッチやエアによるタッチを行う指揮者が多かったが、デュトワはコンサートマスターの須山暢大と何度も握手。組曲「クープランの墓」演奏終了後に、冒頭のソロを吹くオーボエソロにわざわざ握手しに向かった。そして最後は弦楽最前列の奏者全員と握手を交わした。

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2022年6月 3日 (金)

コンサートの記(779) ムジークフェストなら2022@奈良県コンベンションセンター天平ホール 工藤重典&大萩康司

2022年5月29日 新大宮の奈良県コンベンションセンター天平ホールにて

奈良市は気温が上がり、最高気温は32度を記録する。

午後6時30分から、奈良県コンベンションセンター天平ホールで、フルートの工藤重典とギターの大萩康司による演奏を聴く。基本的にデュオだが、ソロも1曲ずつ用意されている。

曲目は、プーランクの「常動曲」、C.P.E.バッハの無伴奏フルートのためのソナタ イ短調(工藤重典独奏)、ピアソラの「タンゴの歴史」、ヴィラ=ロボスの5つの前奏曲より「叙情的な旋律」&「インディオへの讃歌」(大萩康司独奏)、シャンカールの「魅惑の夜明け」

工藤重典は、現代日本フルート界最大の大物といって間違いのない存在であるが、そんな工藤が出演するコンサートが、1時間ちょっとの尺とはいえ、500円で聴けるのだからかなりお得である。


プーランクの「常動曲」は、元々はピアノ曲である。「パリのモーツァルト」と呼ばれたプーランク。パリの街中を鼻歌交じりで歩いているような愉悦感が伝わってくる(私はパリには一度も行ったことがないのであるが)。


C.P.E.バッハの無伴奏フルートのためのソナタ。工藤によると、父親であるJ.S.バッハは無伴奏作品を書いているが、同時代の作曲家は無伴奏作品をほとんど手掛けていないそうである。
通常、3楽章の曲は、急・緩・急で構成されていることが多いが、この曲は、緩・急・急という珍しい構成になっている。時代の制約が感じられる部分もあるが、典雅な楽曲である。


ピアソラの「タンゴの歴史」。工藤はピアソラを「ピアソーラ」と発音する。
「タンゴの歴史」は、「娼家1900」「カフェ1930」「ナイトクラブ1960」「現代のコンサート」の4曲からなる。

売春宿で始まったといわれるアルゼンチンタンゴ。1曲目にはそれを表す「娼家1900」というタイトルが付けられている。タンゴの代表的な楽器であるバンドネオンの音色には売春宿の哀愁が宿っているなどといわれることもあるが、「娼家1900」はそれを感じさせない明るめの楽曲である。売春婦の気休めの音楽だったことを描いてもいるのだろう。
「カフェ1930」になると哀感が加わり、いわゆる「タンゴ」に近い音楽となる。「ナイトクラブ1960」は情熱的で、日本人が抱くタンゴのイメージに更に近づく。最後の「現代のコンサート」は、1990年を描いた楽曲で、ピアソラが世俗の音楽からクラシックにまで高めたタンゴが奏でられる。客席も盛り上がっていた。


ヴィラ=ロボスの5つの変奏曲より「叙情的な旋律」&「インディオへの讃歌」。
ヴィラ=ロボスはブラジルの作曲家だが、大萩は今年がブラジル独立200周年に当たるということを紹介する。
「ブラジル風バッハ」という楽曲の数々で知られるヴィラ=ロボス。「叙情的な旋律」はその名の通り南米の作曲家が書いた叙情的なギター曲という趣向だが、「インディオへの讃歌」はブルースのような要素も聞こえ、結構面白い曲となっている。


シャンカールの「魅惑の夜明け」。
インドのシタール奏者であるラヴィ・シャンカール。シタールというと、ビートルズの「ノルウェーの森」で鳴っていることで有名だが、「ノルウェーの森」でシタールを弾いているジョージ・ハリスンはシャンカールに憧れてシタールを始めており、後にはインドでシャンカールに直接シタールを教わったりもしている。
「魅惑の夜明け」は、大萩康司によると「鹿を呼ぶための音楽」だそうで(大萩は友人のフルート奏者である江戸聖一郎からその話を聞いたらしい)、工藤も「じゃあ奈良で演奏しなくちゃね」と語った。
当然ながら東洋音楽的な要素も盛り込まれた楽曲で、神秘性にも溢れている。


アンコール演奏は、ベートーヴェンのソナチネ。哀感のある曲で、それがタンゴにも繋がっている。

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コンサートの記(778) ムジークフェストなら2022@奈良県コンベンションセンター天平ホール The Osaka Brassters

2022年5月29日 新大宮の奈良県コンベンションセンター天平ホールにて

奈良へ。ムジークフェストなら2022を聴くためである。

一昨年に完成した奈良県コンベンションセンター天平ホールで行われる2つの室内楽コンサートが目当て。

ムジークフェストならは、一昨年は中止、昨年は配信公演のみに限られたため、奈良県コンベンションセンター天平ホールで、ムジークフェストならの有観客公演が行われるのは今年が初めてとなる。

奈良県コンベンションセンターは、近鉄新大宮駅から西へ10分ほど歩いたところにある。北には奈良市役所があり、南にはNHK奈良放送局の新庁舎が奈良県コンベンションセンターと時を同じくして建てられている。天平ホールがあるのは、蔦屋書店やスターバックス、ファミリーマートなどが入った「観光振興施設」の2階である。コンベンションホールなどが入った北側の「コンベンション施設」と南側の「観光振興施設」との間に天平広場があり、ここでアマチュアによるジャズなどの演奏が行われ、その周辺が飲食スペースとなっていて屋台などが出ている。コロナ禍はまだ続いているということもあって、天平広場の演奏ステージと飲食スペースの周囲は柵で覆われており、入場時には手指の消毒が必要で、また滞在時間は1時間以内に限られている。

天平ホールは、多目的の小ホールであるが、音響設計などはなされていないようで、基本的には講演などが中心となりそうである。演劇の公演も可能なようだが、舞台の奥行きや袖の深さなどは確認しづらい。


まずは午後3時15分開演の、The Osaka Brasstersの公演を聴く。
The Osaka Brasstersは、オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ(旧大阪市音楽団)のメンバーからなる金管五重奏団である。約2年前のコロナ下での結成。コロナで仕事がなくなってしまった時に、「じゃあ配信をしてみるか」ということで、5人で配信を行ったのが始まりだそうである。

メンバーは、新穂優子(トランペット)、中嶋尚也(トランペット)、伊藤数仁(ホルン)、戸井田晃和(トロンボーン)、北畠真司(チューバ)。

曲目は、宮川彬良の「ゆうがたクインテット」、宮本正太郎編曲による「日本の歌による幻想曲」、レナード・バーンスタインの「ウエスト・サイド・ストーリー」より“プロローグ”“トゥナイト”“アメリカ”(ジャック・ゲイル編曲)、久石譲の「ジブリメドレー」(宮本正太郎編曲)、ハドソン編曲の「ダニー・ボーイ(ロンドンデリーの歌)」、酒井格(さかい・いたる)の「たなばた」

前半は北畠真司が、後半は戸井田晃和が司会を務める。

奈良での公演ということで、北畠真司がメンバーに「奈良にまつわるエピソードを用意するよう」促したが、事前に挙げてきたのは新穂優子だけだったそうである。新穂優子は奈良を代表する高級住宅街である学園前の皮膚科で初めてピアスを開けたそうである。

北畠真司は、奈良県橿原市の出身で、八木中学校から高田高校、大学は大阪府柏原(かしわら)市にある大阪教育大学教養学科芸術専攻音楽コース(いわゆる教育大学のゼロ免コースの一つ)を出ているのだが、大阪教育大学の音楽棟は大学の中でも一番奥にあり、あとちょっとで奈良県香芝市という場所に位置しているそうで、「ほとんど香芝」らしい。
ちなみに、新穂優子も大阪教育大学教養学科芸術専攻音楽コースで、新穂の方が先輩なのだが、オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ入団は北畠の方が早いそうである。

天平ホールは音響面で優れているということはないようだが、金管五重奏ぐらいの響きはちょうど良く聞こえる。

宮本正太郎編曲の「日本の歌による幻想曲」は、元は四季メドレーとして依頼され、プログラムの書かれたチラシにも「四季メドレー」と記されているが、少し凝った出来になったため、新たにタイトルを与えられたようである。「雪(雪やこんこ)」、瀧廉太郎の「花」、「七夕」、「ちいさい秋みつけた」の4曲からなる。

「ジブリメドレー」は、「となりのトトロ」「天空の城ラピュタ」「もののけ姫」の3つの映画から曲が取られているが、「となりのトトロ」「君をのせて」「アシタカとサン」「さんぽ」の4曲からなっている。

「たなばた」は、童謡の「七夕」とは無関係の酒井格のオリジナル曲。なかなかかっこいい曲である。

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