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2022年7月の22件の記事

2022年7月31日 (日)

これまでに観た映画より(304) 「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」

2022年7月23日

録画してまだ観ていなかった日本映画「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」を観る。監督:錦織良成、製作総指揮:阿部秀司。出演は、中井貴一、本仮屋ユイカ、高島礼子、三浦貴大、橋爪功、佐野史郎、宮崎美子、遠藤憲一、甲本雅裕、石井正則、渡辺哲、緒形幹太、中本賢、奈良岡朋子ほか

大手電機メーカーである京陽電器に勤め、経営企画室長まで出世している筒井肇(中井貴一)。仕事は順調にいっているが、意に染まない仕事もしなければならない。業績不振の工場の閉鎖とリストラ策を任された筒井は、当の工場に出向く。工場長の川平吉樹(遠藤憲一)とは同期入社の間柄であり、今も親友である。川平が納得し、工場の閉鎖がスムーズに決まる。取締役への昇格が決まった筒井は川平に本社勤務に戻るよう勧めるが、「ものづくりが好き」で工場での勤務を選んだ川平から、「本社に行って何を作ればいいんだ?」と返される。

厳格な父親でもある筒井は、一人娘で大学生の倖(本仮屋ユイカ)が就職活動に今ひとつ乗り気でないことに苦言を呈したりもする。当然ながら、このところの親子関係は良くない。
そんな折、郷里の出雲市に住んでいる、筒井の母親・絹代(奈良岡朋子)が倒れ、入院する。多忙ゆえにすぐには出雲に帰ることの出来ない筒井だったが、担当医から絹代の体から悪性の腫瘍が見つかったことを知らされる。
実家にあった電車関係のコレクションを目にした筒井は、子どもの頃の夢がすぐそばを走る一畑電車(実在の電鉄会社。略称及び愛称は「ばたでん」)の運転士になることだったことを倖に語る。妻の由紀子(高島礼子)も出雲の家にやってきた日の夜に、筒井は川平が事故死したという知らせを聞く。工場長を辞めたら自分の好きなことをやると話していた川平の思いを胸に、また息子が真剣に働く姿を母親に見せたいという希望も密かにあった筒井は「やりたいことに一度はチャレンジしてみたい」と本気で一畑電車の運転士を目指し、合格。一緒に合格した若い宮田(三浦貴大)と共に運転士としての日々を送り始める。充実した日々を送る筒井とは対照的にやる気を見せない宮田。実は彼は甲子園でも活躍した、将来を嘱望される投手でプロ入りの話もまとまり欠けていたのだが、肘を故障してやむなく電車の運転士に転じていたのだった。

宍道湖畔の美しい光景の中を走る一畑電車。田舎の電鉄だけに運転士や車掌と乗客の垣根も低く、本体の意味での家族劇でなく街中が家族的な温かさに溢れている上での家庭劇が展開される。
50近くなってから運転士に転向というのは、余りリアルに感じられないが、乗客とこうした関係になり得るのも年の功と田舎ならでは雰囲気の効用だと感じられ、一種の大人の童話として受け入れやすくなっている。

ストーリー以上に強く感じられるのが、監督である錦織良成の故郷・島根県に対する愛情である。一畑電車以外にも宍道湖上で行われる祭りで筒井が西田(中本賢)と謡を行うなど、島根県の風情溢れる光景がとても美しく収められている。

ラストシーン。筒井と由紀子の対面の場である。人によっては青臭く思えるかも知れないが、由紀子の「私達、このまま夫婦でいいんだよね」との問いに、筒井が「当たり前だ」と答えたあとで、「終点まで、ちゃんと乗ってってくれよな」と、「死ぬまで一緒にいてくれ」という意味にも取れる大人の再プロポーズのようなセリフを発したのが素敵であった。

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2022年7月30日 (土)

コンサートの記(793) 夏川りみコンサートツアー2022「たびぐくる」京都公演

2022年7月24日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後3時から、ロームシアター京都サウスホールで、夏川りみコンサートツアー2022「たびぐくる」京都公演に接する。沖縄の本土復帰50年を記念してのツアーである。夏川りみのコンサートはこれまで、伊丹、大阪、宇治、城陽、なぜか岐阜羽島でも聴いているが(しかもなぜか京都フィルハーモニー室内合奏団との共演)、京都市内で聴くのは実は初めてとなる。

6月にニューアルバム「会いたい~かなさんどぉ~」をリリースした夏川りみ。これまでは他人が提供した曲を歌い上げるというスタイルで、自分で作詞・作曲したのはライブのみで歌われる「タイガービーチ」ぐらいだったが、この新譜では作詞・作曲も手掛けており、ライブでも自作曲が披露された。

今日が祇園祭の後の祭りの山鉾巡行ということで、「山鉾巡業、巡業じゃなかった巡行か。それを見た後でこっちに来た? あるいはそちらを捨ててこっちに来た?」と聞いていた。山鉾巡行を見るのは、山や鉾を出す町以外は、市外や府外から来る人の方が多い。

「てぃんさぐぬ花」をウチナーグチで歌った夏川りみ。「初めて夏川りみの声を生で聴いたという人は拍手」「ほぼ全員だねえ」(実際には3分の1程度だろうか。夏川りみは京都市内でのライブはたまにしか行わない)ということで、「静かな歌が多いです。で、方言なので歌詞の意味が分からない。意味の分からない静かな歌を聴いていると眠くなる」「でも起こしたりはしません」「起きる歌もあるからさあ」ということで、「起きる歌」としては、「知ってる歌の方がいいでしょう」として、THE BOOMが30年前に発表した「島唄」が歌われた。前半がヤマトグチ、後半はウチナーグチでの歌唱である(THE BOOMが両バージョンをリリースしている)。

沖縄の民謡としては、「月ぬ美しゃ(かいしゃ)」「東里真中」などの子守唄が歌われ、夏川は歌う前に「おやすみなさい」と言っていた。

代表曲の一つ、「童神(ワラビガミ)」をヤマトグチで歌うことを発表して、お客さんの一人が拍手し、夏川も「中途半端な拍手ありがとうございます」と冗談を言うが、誤解されるといけないので、「嘘! 嘘! 嘘ですよ!」とフォローしていた。その後、今年12歳になるという息子さんの話をする。この間生まれたばかりかと思っていたらもう12歳と時の流れは速いが、考えてみれば私が夏川りみのライブに接するのも2017年12月以来と久しぶりである。息子さんはまだ母親と遊んでくれているそうだが、来年は中学校に上がるため、もう遊んでくれないかもと少し寂しそうに語った。

「涙そうそう」を歌う前には、「今の私があるのもこの歌のおかげさあ」「なに歌うか分かったさあね」とお約束の語りを入れる。余り関係ないが、私は最近は「涙そうそう」はシンガポールのシンガーである蔡淳佳による北京語の新訳バージョンで歌っている。

自作曲3曲、「愛(かな)さ生(う)まり島(じま)」、「波照間ブルー」、「会いたい(想你)」は全て披露される。このうち、「波照間ブルー」と「会いたい(想你)」は、今日はキーボード奏者として参加していた醍醐弘美との共作である。夏川は、「沖縄本島行ったことある人?」「私が生まれた石垣島行ったことある人?」「竹富島行ったことある人?」と聞いていき、「波照間島行ったことある人?」と最後に聞くが、実は夏川りみも深めて今日の出演者4人は全員、波照間島には行ったことがないそうである。「波照間ブルー」は、夏川が醍醐と共作する過程で、「パラダイスのような感じがする」ということで、イメージだけで作り上げたようだ。
また、「会いたい(想你)」は副題に中国語が入っているが、テレサ・テンが残した音声と夏川が架空デュエットをして曲を作ったことを思い出して、テレサ・テンへの思いを歌に込めたものだと明かしていた。一部に北京語の歌詞あり。

アンコールでは沖縄民謡「芭蕉布」が歌われる。

今日は白い旗袍のような衣装に紫色の羽織を纏って登場した夏川りみ。文様のデザインは夏川のオリジナルで、「ムカデ」を表したものであり、ムカデはその足の多さから「よく通う」という意味があるそうで、「お客さんにたくさん足を運んで欲しい」という願いを込めたものだという。
今日も声の情報量が多く。歌声で繰り広げられる絵のない映画を存分に楽しんだ。

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2022年7月29日 (金)

これまでに観た映画より(303) 「エルヴィス」

2022年7月25日 TOHOシネマズ二条プレミアシアターにて

TOHOシネマズ二条プレミアシアターで、「エルヴィス」を観る。「キング・オブ・ロックンロール」の異名を取り、史上最も成功したソロシンガーといわれながら42歳の若さで死去したエルヴィス・アーロン・プレスリーの伝記映画である。

監督・脚本:バズ・ラーマン、原案・脚本:ジェレミー・ドネル、脚本:サム・ブロメル、グレイグ・ピアース。音楽:エリオット・ウィーラー。出演は、オースティン・バトラー、トム・ハンクス、ヘレン・トムソン、リチャード・ロクスパーグ、オリヴィア・デヨング、ションカ・デュクレ、ケルヴィン・ハリソン・Jr、デヴィッド・ウェンハム、デイカー・モンゴメリーほか。

エルヴィスのマネージャーでプロデューサーでもあったトム・パーカー大佐(演じるのはトム・ハンクス)の視点から描かれているのが特徴。トム・パーカー大佐はプロデューサーとしては有能であり、エルヴィスを世に送り出した張本人であるが、生活面はだらしなかったようで、借金のカタとしてエルヴィスを用い、晩年は自堕落な生活を送ったようである。時に寄り添い、時に離れるエルヴィスとパーカーであるが、傍から見ていると似たもの同士であるように思える。彼らは車の両輪であり、どちらも互いにとってなくてはならないものだったように思われる。

エルヴィスが世に出てから亡くなった後までが描かれているが、パーカー大佐という単一の視点からエルヴィスを見ているということで単調になり、上映時間も約2時間40分と長めであるが、それ以上に長く感じられるのは難点かも知れない。ただ単一の視点としたことでエルヴィス像にブレが少なくなっているのも事実である。この映画に描かれるエルヴィス・プレスリーは、必要以上に格好良すぎることもなく、かといって人間としての情けない部分が強調されることもなく、等身大の像が描かれているように思われる。ここはかなり評価出来る部分である。

メンフィスでデビューしたエルヴィス・プレスリー(オースティン・バトラー)。ピンク色のスーツを着て顔には化粧という、当時としては奇抜な出で立ちで、聴衆から「オカマ野郎」などと野次られたりするが、下半身を動かすセクシャルな動きに若い女性は熱狂。エルヴィスはほどなく時代の寵児となる。エルヴィスにいち早く目を付けたパーカー大佐は、エルヴィスを大手レーベルであるRCAに売り込むことに成功する。ここにエルヴィスの出世街道は開けた。パーカー大佐はプレスリーの亡くなった母親代わりとなることを誓い、黄金コンビは永遠に続くかに見えたのだが、実はパーカー大佐は重大な秘密を抱えていた。

史上トップクラスの成功者でありながら、酒や薬に溺れ、42歳の若さで世を去ることになるエルヴィス・プレスリー。彼自身が彼を死の瀬戸際へと追いやったように見えるのだが、この映画では、エルヴィスを殺したのは彼の「愛」だとしている。ファンの期待に応えるためにボロボロになりながらも歌い続けたエルヴィス。だが、パーカー大佐の指示を無視して我を通すといったエルヴィスの頑固で一徹な面を見ていると、やはり彼は彼の才能に振り回されて死期を早めたように見える。彼を殺したのが彼の「愛」だったとしても、それは「愛」せるだけの素質があったからだろう。

時間的にも感覚的にも長すぎるのが難点だが、エルヴィス・プレスリーという不世出のシンガーを私情を込めずにリアルに描いており(オースティン・バトラーが「怪演」ともいうべき演技を繰り広げている)、エルヴィス・プレスリー入門編としてもお薦めの一本である。

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2022年7月27日 (水)

コンサートの記(792) ユベール・スダーン指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第560回定期演奏会

2022年7月22日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の第560回定期演奏会を聴く。今日の指揮は、日本でもお馴染みの存在であるユベール・スダーン。

オランダ出身のスダーン。東京交響楽団の音楽監督時代に注目を集め、現在は同楽団の桂冠指揮者。オーケストラ・アンサンブル金沢の首席客演指揮者でもある。安定感抜群のイメージがあるが、オランダ出身ということで古楽にも強く、2019年の京響の第九ではピリオド・アプローチ(HIP)を援用したノリの良い演奏を築いていた。
今日は指揮台を使わず、ノンタクトでの指揮。


曲目は、ロベルト・シューマンの「マンフレッド」序曲と交響曲第1番「春」(いずれもマーラー編曲)、ブラームス作曲・シェーンベルク編曲のピアノ四重奏第1番ト短調で、編曲もの3連発という意欲的な試みが行われる。

ドイツ・ロマン派を代表する作曲家であるシューマンであるが、本格的に作曲家を目指すのが遅かったということもあり、「オーケストレーションに難がある」というのが定説であった。くすんだ音色で鳴りが余り良くないのである。20世紀初頭までは、オーケストレーションに難ありとされた楽曲は指揮者がアレンジするのが一般的であり、当代一の指揮者でオーケストラの響きを知悉していたグスタフ・マーラーがアレンジした「マンフレッド」序曲と交響曲第1番「春」の譜面が残っていて、今回はそれを使用した演奏となる。スダーン自身がシューマンのオーケストレーションに疑問を持っており、それを氷解させてくれたのがマーラーによるアレンジ版だったようだ。

ブラームスのピアノ四重奏曲第1番ト短調に関しては、シェーンベルク自身が疑問を抱いていたようである。シェーンベルクはこの曲が大好きだったが、「ピアノが響きすぎて他の楽器が聞こえない」という不満を持っていた。そこで理想的なピアノ四重奏曲第1番ト短調の響きを求めて、アメリカ時代に編曲したのが今日演奏される管弦楽バージョンである。


今日のコンサートマスターは崔文洙。フォアシュピーラーに須山暢大。ドイツ式の現代配置の演奏である。
だが、「マンフレッド」序曲では、舞台下手端にバロックティンパニが据えられており、視覚的にも異様な感じだったが、演奏するとバロックティンパニの響きは異物と捉えられる。

さて、その「マンフレッド」序曲であるが、すっきりとした響きになっている。シューマンのオーケストレーションについては擁護者もいて、例えば黛敏郎は、[あの音色はあのオーケストレーションでないと出ない」とシューマンの望んだ響きを誰より知っているのはシューマンという立場を鮮明にしている。マーラー編曲版は毒気が抜けた感じだが、それを補う形で、スダーンはバロックティンパニを舞台下手端で叩かせたのかも知れない。「マンフレッド」という話自体が異様な内容だけに、それを示唆する要素があるのも良いだろう。


交響曲第1番「春」。冒頭のトランペットの響きが明らかに低いのが一聴して分かる。実はシューマンは当初は今日演奏された音程でトランペットの旋律を書いたのだが、当時のナチュラルトランペットでは上手く吹くことが出来なかったため、改訂する際に音を3つ上げている。現在演奏されるシューマンの「春」はほぼ全てこの改訂版の譜面を採用しており、モダントランペットが華々しく鳴るのだが、ヨーロッパの長い冬が終わって春となった直後を描いていると考えた場合、明るすぎるとシューマンは考えたのかも知れない。マーラーはシューマンの初稿を尊重して音程を元に戻している。
やはり見通しが良くなり、音のパレットが豊富である。非常に情熱的で、シューマンの一面をよく表してもいる。主旋律でない部分の音の動きが分かりやすくなったのもプラスである。第2楽章の冒頭の弦楽の響きなどは、マーラーのアダージェットを思わせ、マーラーの個性も刻印されている。
一方で、やはりシューマンの渦巻くような怨念は一歩後退したような印象を受ける。音の動きがはっきり捉えられる分、原曲の響きが伝えていた不安定感や毒が薄れるのである。シューマンよりは大分年下(丁度50歳差)のマーラーであるが、指揮者だったということもあって旋律や構築はシューマンよりもあるいは古典的。「響かないことで伝わるもの」に関しては、やはり指揮者だけに注意が及ばなかったと思われる。
ともあれ、マーラーの編曲もやはり面白いものであることには間違いない。スダーンと大フィルの造形美も見事である。


ブラームス作曲・シェーンベルク編曲のピアノ四重奏曲第1番ト短調。スダーンの設計の巧みさと、大フィルの上手さが光る演奏となった。

オーケストラの団員が揃い、チューニングが行われ、会場の誰もがスダーンを待つことになったが、そのスダーンがなかなか現れない。舞台下手側の入り口は開け放たれているのだが、誰かが現れる気配もない。そうしている内に舞台上手側の入り口が開いて、ここからスダーン登場。どういう意図なのか理由なのか、あるいは意図も理由もないのかは不明だが、取り敢えずスダーンは、上手から舞台の中央へと進む。

シェーンベルクの編曲であるが、自身の個性を出すのは勿論、やはりブラームスを崇拝していたエルガーのような高貴さ、フランス印象派のような浮遊感など、同時代の音楽技法を意図的にかどうかは分からないが取り入れている形になっているのが面白い。民族的な旋律は、ブラームスが採集して編曲した「ハンガリー舞曲」との繋がりも感じられるが、シェーンベルクの編曲は、ドヴォルザークやバルトークといった国民楽派の作曲家からの影響もおそらく濃厚である。特に第4楽章は民族音楽的、舞曲的で痛快である。安定感抜群の音楽を作るスダーンであるが、京響との第九同様、熱く高揚感のある音作りで大フィルの機能を目一杯使う。興奮を誘う音楽で、演奏終了後の拍手も一際大きかった。

大フィルのメンバーもスダーンに敬意を払って立たず、スダーン一人が喝采を浴びる。
最後はスダーンが客席に投げキッスを送って、演奏会はお開きとなった。

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2022年7月24日 (日)

これまでに観た映画より(302) ドキュメンタリー映画「エリザベス 女王陛下の微笑み」

2022年7月21日 京都シネマにて

京都シネマで、ドキュメンタリー映画「エリザベス 女王陛下の微笑み」を観る。今年で96歳になる世界最高齢元首のエリザベス女王(エリザベス2世)の、即位前から現在に至るまでの映像を再構成したドキュメンタリーである。時系列ではなく、ストーリー展開も持たず、あるテーマに沿った映像が続いては次のテーマに移るという複数の断章的作品。

イギリスの王室と日本の皇室はよく比べられるが、万世一系の日本の皇室とは違い、イギリスの王室は何度も系統が入れ替わっており、日本には余り存在しない殺害された王や女王、逆に暴虐非道を行った君主などが何人もおり、ドラマティックであると同時に血なまぐさい。
そんな中で、英国の盛期に現れるのがなぜか女王という巡り合わせがある。シェイクスピアも活躍し、アルマダの海戦で無敵艦隊スペインを破った時代のエリザベス1世、「日の沈まない」大英帝国最盛期のヴィクトリア女王、そして前二者には及ばないが、軍事や経済面のみならずビートルズなどの文化面が花開いた現在のエリザベス2世女王である。

イギリスの王室が日本の皇室と違うのは、笑いのネタにされたりマスコミに追い回されたりと、芸能人のような扱いを受けることである。Mr.ビーンのネタに、「謁見しようとしたどう見てもエリザベス女王をモデルとした人物に頭突きを食らわせてしまう」というものがあるが(しかも二度制作されたらしい。そのうちの一つは頭突きの前の場面が今回のドキュメンタリー映画にも採用されている)、その他にもエリザベス女王をモデルにしたと思われるコメディ番組の映像が流れる。

1926年生まれのエリザベス2世女王。1926年は日本の元号でいうと大正15年(この年の12月25日のクリスマスの日に大正天皇が崩御し、その後の1週間だけが昭和元年となった)であり、かなり昔に生まれて長い歳月を生きてきたことが分かる。

とにかく在位が長いため、初めて接した首相がウィンストン・チャーチルだったりと、その生涯そのものが現代英国史と併走する存在であるエリザベス女王。多くの国の元首や要人、芸能のスターと握手し、言葉を交わし、英国の顔として生き続けてきた。一方で、私生活では早くに父親を亡くし、美貌の若き女王として世界的な注目を集めるが(ポール・マッカートニーへのインタビューに、「エリザベス女王は中学生だった私より10歳ほど年上で、その姿はセクシーに映った」とポールが語る下りがあり、アイドル的な存在だったことが分かる)、子ども達がスキャンダルを起こすことも多く、長男のチャールズ皇太子(エリザベス女王が長く生きすぎたため、今年73歳にして今なお皇太子のままである)がダイアナ妃と結婚したこと、更にダイアナ妃が離婚した後も「プリンセス・オブ・ウェールズ」の称号を手放そうとせず、そのまま事故死した際にエリザベス女王が雲隠れしたことについて市民から避難にする映像も流れたりする。この時は、エリザベス女王側が市民に歩み寄ることで信頼を取り戻している。

その他に、イギリスの上流階級のたしなみとして競馬の観戦に出掛け、当てて喜ぶなど、普通の可愛いおばあちゃんとしての姿もカメラは捉えており、おそらく世界史上に長く残る人物でありながら、一個の人間としての魅力もフィルムには収められている。

「ローマの休日」でアン王女を演じたオードリー・ヘップバーンなど、エリザベスが影響を与えた多くのスター達の姿を確認出来ることも、この映画の華やかさに一役買っている。

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2022年7月23日 (土)

コンサートの記(791) ナプア・グレイグ with ハワイアン・フラ・ダンサーズ

2019年7月23日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後6時30分から、ロームシアター京都メインホールで、ナプア・グレイグ with ハワイアン・フラ・ダンサーズの公演に接する。

ナプア・グレイグ with ハワイアン・フラ・ダンサーズは、文字通り、ハワイアンの歌とダンスのコンサートである。
ハワイアンというと、スチールギターが鳴って、ゆったりとしたテンポの音楽が流れてというイメージがあり、実際にそういう楽曲もあるのだが、まず冒頭ではハワイのペレやマクアといった神々に捧げる民族音楽とフラが行われる。これらはテンポも速くキビキビと進み、「のどかなハワイアン」という先入観とは異なっている。

ナプア・グレイグは、英語でトークを行う。「てぃんさぐぬ花」を歌う前に、「Okinawa is my father's country」と言ったため、沖縄とハワイのハーフであることがわかるが、聴衆には余り伝わっていないようで、「おじいさんとおばあさん、沖縄の人」と日本語で言ったときに「あー」という声が上がっていた。ちなみにお父さんの名前は、ナカソネ・キヨシだそうである。

セットリストは、「ホロ マレ ペレ」、「オケ アヒ ア ロノマクア」、「アカ ウク」、「ノウ ペハ エ カイアノ」、「カワヒネ オ カ ルア」、「ライエカワイ」、「ノールナ」、「ポリアフ」、「アイア ラオペレ」、「ワイアウ」、「ケ アオ ナニ」、メドレー「I'll wave a lei of stars~マヒナ オ ホク~マウイムーン」、「ナ アレ オ ニイハウ」、「カ マカニ カイリ アロハ」、「ナーウイ オ カウアイ」、「てぃんさぐぬ花」、「プア イリアヒ」、「カ マラナイ ソング」

フラダンスというと女性が踊っているイメージで、今回ももちろん女性ダンサーが多いのだが、男性ダンサーも6名ほど参加。その中にサッカーの長友佑都によく似た男性ダンサーがいて、妙に気になったりした。

ダンサーとして、ナプア・グレイグの19歳になる長女と5歳の長男が登場。「ケ アオ ナニ」に合わせて二人で踊る。長女は10代に入った頃から踊りを始めていたらしいが、長男は今回の来日公演に合わせて1ヶ月練習しただけだそうで、姉の踊りを見ながら動きを真似していた。

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2022年7月22日 (金)

コンサートの記(790) 大友直人指揮京都市交響楽団第669回定期演奏会

2022年7月16日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第669回定期演奏会を聴く。指揮は、京都市交響楽団桂冠指揮者の大友直人。

曲目は、シベリウスの交響曲第6番とヴォーン・ウィリアムズの交響曲第2番「ロンドン交響曲」。大友は全編ノンタクトでの指揮を行った。


午後2時頃から大友直人によるプレトークがある。まずシベリウスに関しては、交響詩「フィンランディア」や交響曲第2番、あるいは最も演奏されるのはヴァイオリン協奏曲かも知れないが、最も得意としたのは交響曲の作曲であること、ただ第3番以降の交響曲はあまり演奏されないことなどを述べる。京都市交響楽団がシベリウスの交響曲第6番を演奏するのも久しぶり。大友自身も20年ほど前に京響を指揮して交響曲第6番を演奏したことがあるが、もうどんな演奏だったかも覚えていないという。

ヴォーン・ウィリアムズはシベリウス以上に演奏されない作曲家で、「作曲家のいない国」といわれたイギリスの出身であるが、イギリスが音楽的に不毛な国だったかというとそうではなく、ドイツ出身のヘンデルがイギリスに帰化していたり、モーツァルトやベートーヴェンもイギリスを訪れて影響を受けたりと、やはり大英帝国ということで、音楽の分野でも影響力は大きかったことを明かす。
また、シベリウスもヴォーン・ウィリアムズも同時代人であり、シベリウスの交響曲第6番もヴォーン・ウィリアムズのロンドン交響曲も静かに始まり静かに終わるという共通点を持つと語っていた。


今日のコンサートマスターは、京都市交響楽団特別客演コンサートマスターの会田莉凡(あいだ・りぼん)。泉原隆志は降り番で、フォアシュピーラーに尾﨑平。ドイツ式の現代配置での演奏である。ロンドン交響曲ではヴィオラ独奏が活躍するということで、ソロ首席ヴィオラ奏者の店村眞積(たなむら・まづみ)が全編に出演する。
ロンドン交響曲が演奏時間約50分という大作であるため、シベリウスの交響曲第6番に参加した管楽器の首席奏者はトロンボーンの岡本哲とホルンの垣本昌芳のみ。垣本はロンドン交響曲には参加しなかったため、全編に出た首席奏者は岡本哲のみであった。


シベリウスの交響曲第6番。大友は京響から神秘的で透明感溢れる音を引き出す。21世紀に入ってから力技の演奏も目立つ大友だが、この曲の演奏は丁寧で見通しが良くハイレベルである。第3楽章のラストや第4楽章では音が濁ることがあり、万全の出来とはいかなかったが、潤いと憂いと美と救済とそのほかあらゆるものを描き出した「神品」交響曲第6番の美質を巧みに浮かび上がらせた秀演となっていた。
先に書いたとおり、この曲では、管楽器に首席奏者が少なかったが、「首席だったらもっと」と思うパートがあったのは事実である。


ヴィーン・ウィリアムズのロンドン交響曲(交響曲第2番)。シベリウスの交響曲全集はフィンランド出身の指揮者が音楽界を席巻しているということもあり、リリースラッシュだが、イギリスの指揮者も台頭が目立つため、当然ながら母国の偉大な交響曲作曲家であるレイフ・ヴォーン・ウィリアムズの交響曲全集を作成する人は多い。サー・アンドリュー・デイヴィスのように早くから世界的な知名度を築いた指揮者から、サー・マーク・エルダーのように日本では知名度はそれほど高くないが英国では尊敬を集めている実力派の指揮者まで、ヴォーン・ウィリアムズの交響曲全集を作成しており、シベリウスやショスタコーヴィチにようにヴォーン・ウィリアムズも今後ブレイクが必至の作曲家となっている。なんだかんだで名指揮者が多い国の音楽は演奏される機会も多くなるし、多く聴かれることでファンも増えていく。
ドイツやフランスといったかつての音楽大国は、最近、指揮者が才能払底気味であり、比較的新しい時代の自国の作曲家の作品が思ったよりも演奏されないという現象も起きている。

イギリスの交響曲作曲家というとエルガーが有名であるが、彼は交響曲を3曲、完成したものに限ると2曲書いただけで、交響曲第2番は余り人気がない。一方、ヴィーン・ウィリアムズは9曲の交響曲を残しており、曲調もバラエティーに富んでいるということで、今後、日本でも取り上げられる回数が増えていくことだろう。

大友直人は元々、ヴォーン・ウィリアムズなどのイギリス音楽を得意としており、今回も引き締まった良い演奏を展開する。得意曲を振らせると、大友は若返ったように生き生きしている。

ロンドン交響曲は、大英帝国の首都時代のロンドンの様々な光景を描いたもので、趣としては同時代に作曲されたエルガーの交響曲第2番に近い。第1楽章では2台のハープがウエストミンスターの鐘(「キンコンカンコン」という学校のチャイムでよく使われる響き)を奏で、第4楽章の終盤でもウエストミンスターの鐘が1台のハープで奏でられて、幕開けと終幕の役割を担っている。活気に満ちていたり、異国情調溢れる場面があったりと、多彩な表情を持つ曲であり、師であるラヴェルからの影響も窺える。たまに雑然としたアンサンブルになるところもあったが、総体的には高く評価出来る演奏だと思う。大友の指揮も冴え、京響も力強い演奏で応えていた。

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2022年7月21日 (木)

コンサートの記(789) 佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2022 プッチーニ 歌劇「ラ・ボエーム」 2022.7.17

2022年7月17日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールにて

午後2時から、西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで、佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2022 プッチーニの歌劇「ラ・ボエーム」を観る。

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モーツァルトの「魔笛」やビゼーの「カルメン」と共に、音楽雑誌などの好きなオペラランキング1位争いの常連である「ラ・ボエーム」。パリを舞台に、芸術家に憧れる若者とお針子との悲恋を描いた作品である。それまでは芸術というと、例外は案外多いが上流階級が行うものであり、たしなみでもあったのだが、プッチーニの時代になると市民階級が台頭。芸術を楽しんだり、あるいは自分で芸術作品を生み出そうとする市民が現れる。たまたますぐに認められる人もいたが、大半は長い下積みを経験し、芽が出ないまま諦めたり、貧困の内に他界する者も多かった。そんな新しい「種族」であるボヘミアン(フランス語で「ボエーム」)は、人々の目を驚かし、あるいは唾棄され、あるいは憧れられる存在となっていった。

今回、演出・装置・衣装を手掛けるのは、1943年、イタリア・マルチェラータ生まれのダンテ・フェレッティ。多くの映画監督やオペラ演出家と仕事をしてきた巨匠である。フランコ・ゼフィレッリのオペラ映画で美術を手掛け、その後にピエル・パオロ・パゾリーニ作品5本に美術担当として参加。近年はマーティン・スコセッシ監督と多く仕事をこなしている。

フェレッティは、ボヘミアン達の住み処をアパルトマンの屋根裏部屋から、セーヌ川に浮かぶ船に変更。垂直の移動をなくすことで、パリの地上に近づける工夫を施している。個人的にはアパルトマンの屋根裏から見えるパリの光景が、バルザックの小説『ゴリオ爺さん』で語られる最後のセリフ、「パリよ今度はお前が相手だ」に繋がるようで気に入っているのだが、船上で暮らすボヘミアン達というのはそれはそれで面白いように思う。ただ船上に住むとした場合、隣の部屋に人知れず住んでいるミミという女性のキャラクターは余り生きないように思う。今回のミミは、船のセットの前を歩いて後方に回り、船内の部屋のドアの向こうに立って人を呼ぶという設定になる。元々は火が消えたから分けて欲しいという設定なのだが、船の家までわざわざやって来て、火を分けて欲しいというのは変である。ミミはおそらく舞台上手側にある部屋に住んでいて、船の家まで来たと思われるのだが、その場合は、ロドルフォが男前なので、近づきたいがために無理な設定をでっち上げたということなのだろうか。他に理由があるのかも知れないが、思いつかない。


指揮はいうまでもなく佐渡裕。兵庫芸術文化センター管弦楽団(PACオーケストラ)の演奏。ゲストコンサートマスターはステファノ・ヴァニヤレッリ(トリノ王立歌劇場管弦楽団コンサートマスター)、第2ヴァイオリントップはペーター・ヴェヒター(元ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団首席)、チェロ客演首席はレリヤ・ルキッチ(トリノ王立歌劇場管弦楽団首席)。第2幕のカフェ・モミュスの場に現れる軍楽隊のメンバーの中に、元京都市交響楽団トランペット奏者の早坂宏明の名が見える。
プロデューサーは小栗哲家(大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で主役を張っている小栗旬の実父)。

ダブルキャストによる上演で、今回はヨーロッパの若手歌手を中心としたA組の出番である。出演は、フランチェスカ・マンゾ(ミミ)、エヴァ・トラーチュ(ムゼッタ)、リッカルド・デッラ・シュッカ(ロドルフォ)、グスターボ・カスティーリョ(マルチェッロ)、パオロ・イングラショッタ(ショナール)、エウジェニオ・ディ・リエート(コッリーネ)、清原邦仁(パルピニョール)、ロッコ・カヴァッルッツイ(ベノア/アルチンドーロ)、島影聖人(物売り)、時宗努(軍曹)、下林一也(税官吏)。合唱は、ひょうごプロデュースオペラ合唱団、ひょうご「ボエーム」合唱団、ひょうごプロデュースオペラ児童合唱団。
ひょうごプロデュースオペラ合唱団のメンバーには関西では比較的有名な若手歌手も含まれている。

第2幕のカフェ・モミュスの場では、ステージ上がかなり密になるということで、吉田友昭(医学博士/感染制御医)と浮村聡(医学博士/大阪医科薬科大学大学院感染対策室長)という二人の医学関係者が感染対策の監修を手掛けている。


舞台設定は大きく変えたが、演技面などに関してはいくつかの場面を除いてオーソドックスな手法が目立つ。セットではやはりカフェ・モミュスのテラス席と屋内を一瞬で転換させる技法が鮮やかである。

オーディションを勝ち抜いた若手歌手達の歌と演技も楽しめる水準にあり、特にムゼッタを演じたエヴァ・トラーチュのコケティッシュな演技と歌声が魅力的であった。

佐渡裕指揮の兵庫芸術文化センター管弦楽団の演奏も潤いと艶と勢いがあり、私が座った席の関係か、たまに鳴り過ぎに聞こえる場面があったが、生命力に満ちている。在籍期間が最長3年で、常に楽団員が入れ替わる育成型オーケストラであるため、他のプロオーケストラに比べると独自の個性は発揮出来ないが、一瞬一瞬の価値を大事にしたフレッシュな演奏が可能ともなっている。


第3幕の「ダダン!」という音による始まりと終わりについてであるが、個人的には、アンフェール関門(インフェルノ関門)という場所が舞台になっているため、地獄の扉が開く音として捉えている。第2幕であれほど生き生きしていたボエーム達とミミが、第3幕では、ミミの病気やロドルフォのミミに対するDV、マルチェッロとムゼッタの喧嘩などで、地獄への道へと落ちていくことになる。

立場はそれぞれ違えども、ステージにいる人、客席にいる人の多くが、ボエーム達の生活に憧れたか、実際にそういう暮らしを送った人達であり、己の姿を投影することの可能な作品である。

一方で、この時代は女性にとっては残酷であり、地方からパリに出てきてお針子になる女性が多かったが、パリの家賃や物価は高く、多くは仕事をしているだけでは生活出来ず、売春などで小金を稼ぐ必要があった。ムゼッタのように金持ちに囲われ、歌の教師などの職を得るものもあれば、ミミのように売春をしても暮らしは楽にならず、若くして命を散らすことも決して珍しくなかった。女性でも芸術方面で活躍している人もいるにはいたが、彼女達は基本的に上流階級の出身であり、そうでない多くの女性は芸術家(ボエーム)になることも許されず、地獄のような生活を送る人も少なくはなかった。

ミミというのは俗称で(売春をする女性は、ミミのように同じ音が続く俗称で呼ばれることが多かった。ムゼッタの俗称はルルである)本名はルチア。「Lux」に由来する「光」という名の名前である。この作品でもロドルフォの戯曲を燃やす暖炉の明かり、ミミが借りに来る「火」の灯り、カフェ・モミュスの輝き、第3幕での春の陽の光に抱く恐れや、最後の場面での日光に関するやり取りなど、「光」が重要な鍵となっている。

ロドルフォは最後までミミのことを本名のルチアで呼ばない。結婚相手とは考えられないのだ。本名で呼ぶような関係の夫婦となるのに多くの障壁がある。まず金銭面、身分の問題(ロドルフォは売れない詩人、ミミは売春も行うお針子)、そして価値観の違い。ミミはボエーム達のように芸術に関して深く理解する力はなかっただろう。ロドルフォはミミを愛しい人とは思っても結婚相手とは見ておらず、芸術上の同士とも考えていないため、「ルチア」とは呼ばないのである。すれ違いといえばすれ違いであるが、新しい階級を築きつつある一方で、旧弊から抜け出せない端境期(あるいは今も端境期のままなのかも知れないが)の「自由な」「わかり合えない」若者達の悲しさと愚かしさを描く、痛切な作品でもある。

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これまでに観た映画より(301) ドキュメンタリー映画「ナワリヌイ」

2022年7月15日 京都シネマにて

京都シネマで、ドキュメンタリー映画「ナワリヌイ」を観る。ロシアのプーチン大統領の唯一の対抗馬的存在であるアレクセイ・ナワリヌイに密着したCNNのドキュメンタリーである。監督はダニエル・ロアー。

プーチンの事実上の独裁が続くロシア。数少ない反プーチンの実力者がアレクセイ・ナワリヌイであるが、そのナワリヌイがノヴォシヴィルスクからモスクワに向かう飛行機に搭乗中に毒殺されかかるという衝撃的な出来事が起こる。飛行機は途中の空港で緊急着陸、ナワリヌイは入院するが、ユリア夫人はロシアの病院は信用出来ないと各方面に訴え、ドイツのメルケル首相が受け入れを表明。ナワリヌイはベルリンの病院に入院し、快復することになる。暗殺未遂に使われたのはノビチョクという毒物であり、モスクワにある研究所がノビチョクを使った劇物の製造を行っていたことが分かる。この研究所と手を組んだプロの暗殺集団がノヴォシビルスクからモスクワに向かう飛行機に搭乗していたことも判明。ナワリヌイ達は、支援者である情報解読のスペシャリスト達と共に、毒殺未遂事件の真相を追うことになる。

研究所の化学者の一人が、電話の向こうのナワリヌイ達を味方と信じて概要を漏らしてしまうシーンなどは、一級のサスペンスやスパイ映画を観ているようであるが、これはフィクションではなく(編集でブラッシュアップされているだろうが)ドキュメンタリー映画で、実際に起こっていることがカメラに収められているのだと思うと底知れぬ恐怖を覚える。極めて面白いドキュメンタリー映画であるが、これほど面白いドキュメンタリー映画は実は制作されないのが最上というアイロニーも感じる

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2022年7月19日 (火)

観劇感想精選(439) 「M.バタフライ」

2022年7月14日 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて観劇

午後6時から、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで、「M.バタフライ」を観る。1988年にトニー賞を受賞した中国系アメリカ人の劇作家、デイヴィッド・ヘンリー・ファン(黄哲伦)の戯曲の上演である。実話を基にした話であり、ジョン・ローンが主演した映画でも話題になっている。テキスト日本語訳は吉田美枝。

出演は、内野聖陽、岡本圭人、朝海ひかる、占部房子、藤谷理子、三上市朗、みのすけ。
演出は、劇団チョコレートケーキの日澤雄介が手掛ける。

主な舞台は中国の首都・北京であり、一部でフランスの首都・パリが舞台となる。

文化大革命前夜とただ中の中国で、己を模索し続けたフランス人駐在員、ルネ・ガリマール(内野聖陽)と、彼が恋する京劇の女形、ソン・リリン(岡本圭人)の二人を主軸に物語は進んでいく。

まずはルネ・ガリマール役の内野聖陽が、今、パリの獄舎にいること、それには京劇の女優が深く関わっていること、プッチーニの歌劇「蝶々夫人」が大好きであることなどを述べる。ルネ・ガリマール役はとにかくセリフが多い。いわゆるセリフの他に狂言回しの役を担ったり、解説係を務める場面もある。ソン・リリン役の岡本圭人も状況説明のセリフが多く、更に京劇のアクションもこなす必要があるなど、この二人の役はかなりの難役である。


鍵を握るのは、タイトルやルネ・ガリマールの最初のセリフからも分かるとおり、プッチーニの歌劇「蝶々夫人」である。日本の長崎を舞台にしたオペラで、日本ではおそらく上演回数が最も多いオペラであり、私自身も最も多く目にしたオペラである。
日本を舞台にしているので馴染みやすいが、内容的には、いい加減な性格のアメリカ海軍将校のピンカートンが赴任先の長崎で現地妻を求め、丸山の蝶々さんに白羽の矢が立つが、ピンカートンはちょっと蝶々さんを愛しただけで「コマドリが巣を作る頃に戻る」などといい加減なことを言って、蝶々さんを捨ててアメリカに帰り、蝶々さんに息子が生まれたことを聞きつけると前からいた本妻と共に長崎を訪れ、自身と蝶々さんの子どもを奪おうとする。捨てられて恥をかかされた上に子どもまで奪われることを知った蝶々さんは生きる意味を失い、抗議の意味も込めて自刃する。
だいたいこんなあらすじであるが、「蝶々夫人」の、せめてあらすじを知らないと、何が起こっているのか把握するのが困難な舞台である。

更にこの時代を知りたいなら、「さらば我が愛、覇王別姫」や「ラスト・コーション」といった中国映画も観ておくとよりよいだろうが、純粋に舞台を楽しむだけなら、そこまでする必要はないかも知れない。


「蝶々夫人」も「M.バタフライ」も時間的隔たりはあるが、東洋人と西洋人――黄色人種と白人と置き換えてもいいが――更に男女間の差別があるのが当たり前の時代を舞台にしており、両者の間に広がる巨大な「断絶」を、「融合」へと変えることを試みた本と見ていいだろう。

1960年代初頭、北京に赴任しているフランス人外交官のルネ・ガリマールは、当地の劇場で、蝶々夫人を歌うソン・リリンと出会う。ソンは京劇の女優(というより女形である。京劇には以前は男性しか出演出来なかったが、今では女性役は女優が演じるのが主流になっている)なのだが、ソン(ガリマールは「バタフライ」という愛称で呼ぶ)に理想の女性像を見いだしたガリマールは、男女の駆け引きを用いてなかなか劇場に出向こうとしない。
ガリマールにはヘルガという名の妻(朝海ひかる)がいるが、ガリマールはソンのアパートへと頻繁に通うようになるのだった。


途中20分間の休憩を含めて上演時間約3時間半という長編であり(第1幕約1時間15分、休憩20分、第2幕約1時間50分)、それまでにちりばめられた細工や伏線のようなものが、ラスト15分ぐらいで一気に纏まるが、上演時間が長すぎる上に比較的淡々とした展開であるため、時間が経つのが遅く感じられる、ラスト15分の怒濤の展開で「観る価値あり」となるが、そこに至るまでの忍耐力が必要となる。だが耐えた先に爽快な視界が広がっている。


ガリマールがソンの正体が男(ついでの毛沢東が放ったスパイでもある)であることに気づいているかどうかが焦点の一つとなり、普通に考えれば気がつかないはずがないのだが、ここでガリマールの性意識の問題や「愛」に関する思想などが開陳される。
説得力があるかどうかで考えれば、「ない」と断じることになるなるだろうが、デヴィッド・ヘンリー・ファンの思い切った踏み込みには感心させられたりもする。歌劇「蝶々夫人」で提起された差別のあり方に対し、解決とまではいかないが、「人種や性別などは大した問題ではない」という一つの答えが出されている。


他の俳優も良かったが、この作品はなんといってもルネ・ガリマール役とソン・リリン役につきる。内野聖陽と岡本圭人の上手さと一種の熱さが際立っていた。

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2022年7月17日 (日)

スタジアムにて(39) J2 京都サンガF.C.対東京ヴェルディ@京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場 2015.5.9

2015年5月9日 京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場

午後2時から、京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場で、J2の京都サンガF.C.対東京ヴェルディの試合を観戦。優待券を貰ったので観に出かけたのである。

Jリーグというのはとにかく移籍が多く、そのためチームの応援は出来ても選手の応援はしづらいところがある。応援している選手がすぐに敵チームに移籍してしまう可能性も高いからだ。サンガにも以前は有名選手が何人もいたのだが、今はJ2の得点王にもなったことがある大黒将志が知られている程度である。ちなみに昨シーズン終了後に12人もの選手が移籍などで退団、新加入の選手も10人ということで、1年で別のチームへと様変わりしたことになる。

J1昇格とJ2降格を繰り返して「エレベーターチーム」などと揶揄されたこともあるサンガ。例年ならJ2で上位にいて昇格まであと一歩というところで届かずというケースが多いのだが、今年は成績が振るわず、3勝7敗2分けで18位。前節ではJ2最下位にいるFC岐阜にも勝てずにドローと苦戦中である。

普段はメインスタンドから観ることが多いのだが、今日は券の関係で、バックスタンドでの観戦。バックスタンドはauがネーミングライツを獲得して、au自由席という名称になっている。京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場という長い名前のスタジアムもネーミングライツを募集したのだが、手を挙げる企業や団体は現れなかった(後記:サンガが本拠地スタジアムを亀岡に移した2019年になってようやく、たけびしスタジアム京都となっている)。

基本的に陸上競技場であるため、スタンドからピッチまでが遠く、臨場感には欠ける。ピッチの近くから観ることの出来るエキサイティングシートというものもあるのだが、エキサイトというほどでもないためか(私はエキサイティングシート初登場の試合で、エキサイティングシートから試合を観戦している)、今年はエキサイティングシートもピッチから遠い所に下がってしまった。

京都府亀岡市にサッカー専用のスタジアムが建てられる計画があり、2017年度の完成を目指しているが、色々と問題があり、順調に行くのかはわからない(後記:場所を移して2019年にオープン)。


相手の東京ヴェルディは、Jリーグ(今のJ1)の初代王者である(当時の名前はヴェルディ川崎)が、親会社であった読売新聞が系列の日本テレビのアナウンサーに、自身が持つチームを「読売ヴェルディ川崎」と呼ばせ(他のチームも日産横浜マリノス、三菱浦和レッズなどと親会社の名前入りで呼ばせていた)、ゴールの際にも「読売! 読売!」と連呼させるなどしたため、ヴェルディのサポーターからも「読売グループを応援しているのではない」とクレームが入ったりした。また選手が川崎市の等々力競技場の状態の悪さに難癖を付け、更に読売側が強引に本拠地を東京スタジアム(味の素スタジアム)に移そうとした経緯があり、すでにフロンターレのあった川崎市民からもFC東京のあった東京都民からも見放されて不人気チームになり、J2落ちしてから長い。今年も今のままでは昇格は難しい。


今日は雨が降るとの予報もあったが、幸い降雨はなく、試合終盤には太陽の光も射す。


低迷気味のチーム同士の試合とあって、観ていてそれほど面白い展開とはならない。サンガは攻撃時に選手達の上がりが遅く、相手に掛けるプレッシャーが弱い。ヴェルディもパスサッカーで有利に試合を運んでいるが、攻め上がりは余り速くない。

前半30分過ぎに、ヴェルディの平本一樹が中央を突破してゴールエリア近くまで攻め込んでシュート。これが決まり、ヴェルディが先制する。その後、ヴェルディがパスで時間稼ぎを行ったため、サンガサポーターからブーイングを受ける。

ヴェルディが正面からシュートを放ってくるのに対して、サンガは角度のないところからしかシュートが打てない。ヴェルディのディフェンスを正面から破るだけのキープ力が今年のサンガには欠けている。

敗色濃厚のサンガだったが、後半36分過ぎに伊藤優汰が右サイドを突破。更に抜群のドリブル力で、サイドからゴールに近づき、クロスを上げる。これに途中出場のロビーニョが頭で合わせると、ボールはワンバウンドしてヴェルディゴールのネット上方を揺らす。サンガ同点、1-1。その後もサンガがチャンスを作るが、攻め方のバリエーションが豊富でないため、ヴェルディディフェンスをあともうちょっとのところで破ることが出来ない。試合は結局、1-1のドローに終わった。サンガとしては何とか負けなかったという格好であるが、この戦い方では今年は今後も望み薄である(結局、J1昇格を果たすのは2022年まで掛かった)。

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2022年7月16日 (土)

コンサートの記(788) 「日曜の午後のクラシック 歌とピアノ&ピアノ三重奏」@ムラマツリサイタルホール新大阪 2022.7.10

2022年7月10日 ムラマツリサイタルホール新大阪にて

大阪へ。午後2時30分から、ムラマツリサイタルホール新大阪で歌曲と室内楽のコンサートを聴く。

京阪電車で終点の淀屋橋まで向かい、Osaka Metroで新大阪駅に向かう。
新大阪駅を利用したことは何度かあるが、新大阪駅から外に出たことは、ひょっとしたら一度もないかも知れない。外に出て、北へと延びる歩道橋を歩き、その後に地上に下りて西へと進む。新大阪は新幹線が停まる駅で高層ビルも多いが、街の規模としては梅田や難波に負ける。「新○○駅は本家より劣るの法則」は日本のほとんどの都市で有効である。

ムラマツリサイタルホール新大阪は、ビルの1階にあるが、他に入っているテナントは飲食店、それも大衆向けの店が多い。クラシック音楽専用ホールに大衆向けの飲食店という組み合わせが面白い。京都にはこうしたビルは存在しないであろう。


ムラマツリサイタルホール新大阪で行われる「日曜の午後のクラシック 歌とピアノ&ピアノ三重奏」であるが、新型コロナにより二度の延期を経ての開催である。今回もスムーズにことは運ばず、ピアノ奏者二人が体調不良を訴えたため、代役を起用しての公演となる。

出演は、木村真理子(ヴァイオリン)、エドアルド・デルリオ・ロブレス(チェロ)、今井彩香(ピアノ)、川床綾子(ソプラノ)、蜷川千佳(ピアノ)。

曲目は、ハイドンのピアノ三重奏曲第39番「ジプシー」、トゥリーナのピアノ三重奏曲第2番、北原白秋作詞・山田耕筰作曲の「このみち」、武満徹作詞・作曲の「小さな空」、ドヴォルザークの歌劇『ルサルカ』より「月に寄せる歌」、オスカー・ハマースタインⅡ世作詞・リチャード・ロジャース作曲のミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』より「すべての山に登れ」、メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番。

ピアノ三重奏の出演者の紹介をすると、ヴァイオリンの木村真理子は、同志社女子大学学芸学部音楽学科を卒業後、同大学音楽学会《頌啓会》特別専修生修了。第6回秋篠音楽堂室内楽フェスタにて聴衆賞を受賞。プラハで行われた4th Ameropa International Concertante Competition 2014にて第2位(1位なし)及び聴衆賞を受賞している。

チェロのエドアルド・デルリオ・ロブレスは、スペインの名チェリストであるペドロ・コロストーラに師事。マドリード音楽院で名誉賞を得る。2008年からプラハ国際音楽祭 Ameproにてチェロと室内楽の教授を務めている。

ピアノの今井彩香は、京都市立芸術大学を卒業。ヤマハヤングピアニスト推薦演奏会金賞。宝塚ベガ学生ピアノコンクール第2位を獲得。その他のコンクールでも入賞を果たしている。


ハイドンのピアノ三重奏曲第39番(新版では25番)「ジプシー」は、最終楽章にハンガリー風の曲調が採用されていることからこの名がある。
全体的には典雅な雰囲気に溢れ、ハイドンがモーツァルトに与えた影響までもが分かるような洗練された作風である。

ムラマツリサイタルホール新大阪に来るのは初めてだが、満員になった場合には、室内楽、器楽、声楽に最適の音響となりそうなホールである。今日は来場者が少なめなので残響が長めだが、それでも聞きやすい。演奏も曲調を的確に捉えている。


トゥリーナのピアノ三重奏曲第2番。トゥリーナはスペイン出身の作曲家。パリのスコラ・カントルム(エリック・サティが中年になってから通ったことでも知られる)に留学し、ヴァンサン・ダンディ(サティの師でもある)に作曲を師事。ドビュッシーやラヴェルとも親交を結んでいる。出身地のアンダルシア地方の音楽を追究した作曲家でもある。

演奏前に木村真理子がマイクを手に、トゥリーナと楽曲の紹介を行った。

旋律がスペイン風であること、和音、特にピアノの響きがドビュッシーからの影響を受けていることがすぐに分かる。スペイン系の音楽は情熱的かつ個性的で聴いていて楽しい。ナポレオンが「ピレネー山脈の向こう(スペイン)はアフリカである」と語ったが、フランスやドイツ・オーストリア、イタリアといったクラシック音楽のメインストリームとは明らかに異なる良さがある。


演奏終了後に、木村とソプラノの川床綾子が登場し、マイクを手にトークを行う。二人が出会ったのは、チェコのプラハであること、プラハでの夏の講習会に参加したのだが、多くの学生が集う中で日本人は木村と川床の二人だけであり、共に関西出身ということもあって親しくなったことなどが語られ、川床が歌う「この道」や「小さな空」、チェコ語で歌われる歌劇『ルサルカ』より「月に寄せる歌」のちょっとした解説や、歌劇『ルサルカ』の内容などが紹介された。

ソプラノの川床綾子は、大阪音楽大学短期大学部声楽科を卒業後に同大学専攻科を修了。イタリアやチェコに留学してディプロマを獲得している。関西二期会準会員。

ピアノ伴奏の蜷川千佳は、神戸女学院大学音楽学部ピアノ専攻卒業。同大学大学院音楽研究科を修了。第33回摂津音楽祭にて伴奏賞を受賞している。神戸女学院大学、四條畷学園高校非常勤講師。酒井シティオペラと関西二期会のアンサンブルピアニストを務めている。


北原白秋作詞・山田耕筰作曲の「この道」。北原白秋の歌詞は札幌を舞台に書かれており、白い時計台など、札幌の名所も登場する。北原白秋が何歳ぐらいの主人公にいつの頃の思い出を歌わせているのか、設定を把握する必要のある楽曲でもある。設定年齢によって曲のイメージがかなり変わってくる。白秋自身が「少年」との設定を書き込んでいるが、十代半ばの少年が10年ほど前、一番最初に「この道」に来た時のことを思い出して歌っているというのが最も適切だと思われる。「お母様」という言葉を使っている(山田耕筰が歌詞を変えているのであるが)ことでもそれほど年長ではないことが窺える。白秋自身は「母さんと」という言葉を選んでいるが、「少年」という設定を考えた場合は、「お母様と」の方が誤解を確実に防げる。これらの技巧により、痛切なノスタルジアと幼年期からの脱出が浮かび上がるのがこの曲の歌詞の魅力である。

解釈は唯一絶対のものではないのだが、川床の歌唱は言葉を丁寧に追ったものだったように思う。


武満徹作詞・作曲の「小さな空」。武満の歌曲の中でも人気の高い作品であり、実演で聴く機会も多い。
この曲も幼年時代を回顧している歌である。
川床は、ラストを転調して歌っていたが、これまでそうしたバージョンを聴いたことはないため、そうした譜面が存在するのか、個人的に改変したのかどうかは分からない。武満は歌曲に関しては、「自由に歌えるように」と歌声の単旋律のみ書き、基本的には伴奏などは作曲しなかった。


休憩を挟んで、ドヴォルザークの歌劇『ルサルカ』より「月に寄せる歌」。淀みない歌声が印象的である。


オスカー・ハマースタインⅡ世作詞・リチャード・ロジャース作曲のミュージカル『サウンド・オブ・ミュージカル』から「すべての山に登れ」。川床によると、コロナ禍を乗り越えるメッセージを込めて選曲されたものだという。
以前にも書いたことがあるが、私はこの曲に思い出がある。高校1年生の音楽の授業で、映画「サウンド・オブ・ミュージック」からいくつかの場面を選んで演技と合唱を行うことになり、私は「すべての山に登れ」班に入り、セリフを語った後で皆で英語詞を合唱した。私は一般的な男性よりも高めの声も出せるので、受けが良かったような記憶もあるが、詳しくは覚えていない。ちなみに演技の方は「渋い」と言われた。

川床は日本語訳詞と英語詞を混ぜたテキストを採用。サビに当たる部分はやはり英語で歌っていたが、この方がしっくりくる、というよりもサビを日本語詞にするのは難しいだろう。少なくとも英語詞のようにドラマティックにするのは困難である。


メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番。演奏前に木村真理子が曲目の解説を行う。この曲はメンデルスゾーンが30歳の時に書かれたもので、当時、メンデルスゾーンはシューマンから「19世紀のモーツァルト」(本物のモーツァルトは18世紀の人である)と評されており、ピアノ三重奏曲第1番も「ベートーヴェン以降、最も偉大なピアノ三重奏曲」と絶賛されていた。今でこそシューマンは作曲家というイメージしかないが、生前は音楽批評を音楽の一ジャンルにまで高めた批評家として知られていた。シューマンは音楽家を志したのが二十歳前後と遅かったため、楽器の演奏や管弦楽法などには苦手意識を持っており、元文学者志望という自己の資質が生かせる批評に力を入れていた。ドビュッシーも作曲家としてより批評家としての評価が生前は高かったが、シューマンにしてもドビュッシーにしても生前の姿が伝わっていないのは残念である。なお、ドビュッシーが行った批評に関しては、今も日本語訳されたものを手軽に読むことが出来るが、かなり偏った辛辣なものである。

さて、シューマンに絶賛され、その後も作曲のみならず多方面で才能を発揮したメンデルスゾーンであるが、38歳の若さで他界することになる。モーツァルトよりは3歳長生きしたが、才能があり過ぎると余り長生きは出来ないのかも知れない。

初演時はメンデルスゾーン自身がピアノを弾いたと伝わるピアノ三重奏曲第1番。ロマンティシズムに溢れた第1楽章と第2楽章、愉悦感に富んだ第3楽章、高度な作曲技術が駆使された第4楽章など、いずれも魅力的であり、演奏も曲調を丁寧に描き分けていたように思う。


アンコールとして全員による島崎藤村の詩に大中寅二が曲を付けた「椰子の実」が演奏された(ピアノは連弾版であった)。

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2022年7月13日 (水)

コンサートの記(787) 日本オペラ「藤戸」@兵庫県立芸術文化センター 2015.3.21

2015年3月21日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて

兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、日本オペラ「藤戸」を観る。兵庫県立芸術文化センター(HPAC、PAC)では、日本人作曲家による日本オペラの上演を毎年行っており、今回で3回目になるが、私がHPACで日本オペラを観るのは今日が初めてになる。

「藤戸」は、源平合戦(治承・寿永の乱)、藤戸の浦の戦いを題材にしたオペラである。原作:有吉佐和子(小説ではなく舞踏浄瑠璃のための台本とのこと)、台本&作曲:尾上和彦、演出:岩田達宗(いわた・たつじ)。初演時のタイトルは「藤戸の浦」であったが、後に「藤戸」に改題されている。

1日2回公演であり、午後2時開演の回の主演は、井上美和と迎肇聡(むかい・ただとし)。午後6時開演の公演の主演は、小濱妙美(こはま・たえみ)、晴雅彦(はれ・まさひこ)。他の出演は2回とも一緒で、古瀬まきを、松原友(まつばら・とも)、以降は波の精としてコーラス(コロス)としての出演で、柏原保典、谷幸一郎、水口健次(以上、テノール)、神田行雄、木村孝夫、砂田麗央(すなだ・れお)、下林一也(以上はバスと表記されているが、日本人に正真正銘のバス歌手はいないといわれているのでバリトンということになるのだと思う)。

今日はダブルキャストを共に観てみたいため、2回ともチケットを取った。

オーケストラピットが設けられているが、小編成での演奏。大江浩志(フルート)、奥野敏文(パーカッション)、日野俊介(チェロ)、武知朋子(たけち・ともこ。ピアノ)によるアンサンブルである。指揮は奥村哲也。奥村哲也は尾上和彦のオペラの指揮を何度も手掛けているが、元々はギタリストであり、高校生の時に日本ギターコンクールで2位に入るなど輝かしい経歴の持ち主である。高校卒業後、ロンドンに渡り、同地の音楽院でクラシックギターの他に指揮法や作曲も学んでいる。帰国後は主にオペラの指揮者として活動しており、関西、名古屋、四国の二期会と共演を重ねている。


『平家物語』に描かれ、伝世阿弥作(偽作の可能性が高く、最近は作者不明とされることが多いが)の謡曲などで知られる「藤戸」。一ノ谷の戦いに勝利した源氏が、源範頼を総大将として児島(現在の岡山県倉敷市児島。かつては倉敷市一帯は入江であり、児島は本当に島であった)を攻めようと対岸の藤戸に陣を張るが船がない。そもそも坂東武者を多く集めた源氏は陸戦は得意だが舟戦は得手とはしていない。宇多源氏佐々木三郎盛綱は何とかして先陣の功を上げたいと思っていたが、手段がない。そこにある漁師が、浅瀬を渡って児島に渡る方法を知っていると聞く。藤戸の浦には浅瀬があり、そこを通れば徒歩でも馬でも渡れるという。盛綱は喜ぶが、この事がよそに漏れてはいけないと、漁師を殺してしまう。能では漁師が幽霊となって現れるのであるが、有吉佐和子は、児島への行き方を知っている人物を漁師ではなく、少年に変えているという。そして佐々木盛綱と少年は二人だけの冒険のように児島への秘密のルートを辿るのだ。ただ、有吉版「藤戸」でも案内役である少年はやはり盛綱に殺されてしまう。そして殺された当人ではなく、母親がその様を聞いて発狂するという展開になる。


尾上和彦は、1942年、奈良市生まれの作曲家。京都市立堀川高校音楽コース作曲科(現・京都市立京都堀川音楽高校)在学中に主任講師に認められて放送用音楽の作曲助手として活動を開始(音楽の仕事が忙しすぎて出席数が足りず、高校は中退したそうである)、17歳にして舞台音楽の作曲家として自立し、オラトリオを始めとする声楽作品やオペラ、器楽などその他のジャンルの作曲を多く手掛けてる。放送禁止歌になった「竹田の子守唄」を発掘したり、小オラトリオ「私は広島を証言する」など、シビアな題材を取り上げていることでも知られる。オペラ「藤戸」は「藤戸の浦」という題で、1992年に米国サンフランシスコで初演。大劇場と中劇場で公演を行っている文化施設での初演であり、大劇場ではヴェルディの歌劇「オテロ(オセロ)」上演時間約4時間、中劇場で「藤戸の浦」上演時間約1時間という同時上演が行われたが、「藤戸の浦」は、「1時間で4時間分の密度のあるオペラ」と激賞されたという。


午後2時開演の回、午後6時開演の回共に、日本オペラプロジェクト総合プロデューサーである日下部吉彦、作曲の尾上和彦、演出の岩田達宗によるプレトーク20分、途中休憩15分、オペラ上演60分という変わったスタイルでの上演。


開演前に、演出の岩田さんに挨拶をし、少しお話を伺う。午後6時開演の前にはオペラ上演に適した日本のホールはどこか伺ったのだが、古典派までだったら大阪府豊中市にある大阪音楽大学 ザ・カレッジ・オペラハウス。大規模なものだと何だかんだで東京・上野の東京文化会館が最適とのこと。東京文化会館は東京初の音楽専用施設であり、都が威信を懸けただけあって入念の音響だそうである。


音楽、ストーリー共に分かり易いものである。音楽は比較的シンプルであり、特に女が歌うときにはミニマル・ミュージックのような同じ音型のピアノ伴奏が繰り返される(歌自体はミニマルミュージックではない)。

岩田達宗の演出であるが、まず中央に白い壁。左右に白く細い紗幕が数本降りている。幕が上がると、女がすでにおり、後ろを向き、正座をして屈み額を膝に付けている。
紗幕にライトが当たると、水色なのか浅葱色なのか(浅葱色だと別の意味が足されるが)とにかく青系の衣装を着た波の精達が見える。地唄に当たる部分は、彼ら波の精と、千鳥という女装をした着物姿の歌手(今回が松原友が務める)が歌う。ちなみに、「藤戸」はこれまでに90回以上上演されているが、いずれも波の精は女声アンサンブルが務めており、尾上の構想にあった男声による波の精が実現するのは今回が初めてだそうである。女声による波の精を聴いたことがないので何とも言えないが、男声による波の精の方が「リアル」だという想像は付く。
白い壁には「戦争」、「平和」といった文字や、源平の武者達の名前などが浮かぶ。

「白」は勿論、源氏の白旗であるが、平氏の赤旗も「赤=血=殺戮」というイメージの重なりを伴い、藤戸の浦の合戦の場面で登場する(赤い布が上から吊され、バックライトで佐々木盛綱の殺陣が浮かび上がった後で、布が天井から落とされ、波の精達がそれを纏って後ずさりし、平氏の退却を表す)。

日本語歌唱、日本語字幕スーパー付きの上演であるが、時折、歌手が字幕と違う言葉を歌ったのはアドリブなのか、或いは言い間違えたのか。意味は通じるので瑕疵にはならないが。

ちなみに、午後2時開演の回では、佐々木盛綱役の迎肇聡が太刀の刃を上にした形で握っているように見える場面が長く、ちょっと気になった。太刀の場合は刃を上にして握るという発想がなく、抜くときは横にして抜くので、刃は下か横を向いているはずだが、ちょっと力が入ったのかも知れない。抜くときは横にして抜いていたので、日本刀と勘違いしたというわけではないようである。

ダブルキャストの出来であるが、午後6時開演の小濱妙美と晴雅彦の方がメリハリを付けた演技となっていた。佐々木盛綱はある意味歌舞伎的わかりやすさが出て晴雅彦の方が迎肇聡よりも面白かったが、女は井上美和の方が伸びやかさにおいて優っていたように思う。


さて、女の歌と、盛綱の歌の歌詞を比較すると、女のものは素朴で情緒豊か(反戦のメッセージも入っているが)、盛綱の歌詞は理屈っぽい傾向がある(言い逃れをしているのだから当然である)。また盛綱は経文を唱えたり「徳義」という言葉を用いるなど、文字としてもお堅い。旋律も女のものは流れが良いが、盛綱の歌は角がある。女にとっては親子の日常こそが大切なのであって、武士道だの勝つだの負けるだの出世だのはどうでもいいのである。

「情」と「理」などと分けてあれこれ言うのは理の仕事なので書くだけ野暮になるわけだが、武士の世の戦は大将が戦場にいるという点においてまだ情の入り込む余地がある。こうして、戦の中にも涙を誘うような物語も生まれる。ただ近現代の戦争は極めて「非情」である。大将が戦場にいない。映像を見ながら指示している。兵隊はいるが、それに対する情もあるのかないのか。
1990年の湾岸戦争で、初めて我々はそれを目にした。不気味なほど綺麗な風景。コンピューターゲームのワンシーンのような映像。そこでは血が流れているはずだ。だが我々にはそれは見えなかった。

あたかも人間がその場にいないかのような不気味で洗練されすぎた戦争。そうしたあらゆる戦争が今もリアルタイムで行われているのが「現在」だ。


勿論、「知に働けば角が立つ、情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかく人の世は生きにくい」という夏目漱石の言葉通り、情に棹させば解決するものでもないが、理屈と理屈で格闘し、気にくわないなら殺傷ではなく、「個と個で向き合うこと」、それしか戦争を防ぐ方法はないように思える。

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2022年7月12日 (火)

京都市交響楽団 新常任指揮者 沖澤のどか 就任記者発表

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2022年7月11日 (月)

観劇感想精選(438) 関西・歌舞伎を愛する会 第三十回「七月大歌舞伎」昼の部 初日 令和四年七月三日

2022年7月3日 道頓堀の大阪松竹座にて観劇

正午から、道頓堀の大阪松竹座で、関西・歌舞伎を愛する会 第三十回「七月大歌舞伎」昼の部を観る。今日が初日である。演目は、「八重桐廓噺」嫗山姥(こもちやまんば)と「浮かれ心中」。今回の「七月大歌舞伎」は、松本幸四郎が昼夜計4演目中3演目に出演。中村勘九郎も同じく2演目に出演する。

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上方系の演目への出演が目立つ幸四郎。今回は、「浮かれ心中」は江戸の売れない戯作者を演じるが、近松門左衛門作の「八重桐廓」と夜の部の「祇園恋づくし」では上方の役に取り組んでいる。


「八重桐廓噺」嫗山姥。近松門左衛門の時代浄瑠璃を原作とする義太夫狂言(人形浄瑠璃の台本で行われる歌舞伎の演目)である。
沢瀉姫(千之助)は源頼光と契りを結んだが、清原高藤の讒言により、頼光は姿を消す。高藤は沢瀉姫を自分のものにしようとしていた。これが前段での出来事である。

元廓勤めである荻野八重桐(片岡孝太郎)が沢瀉姫の屋敷の前を通りかかった時に、門の内から流れてくる謡にふと足を止める。その歌は、八重桐が廓勤めの遊女をしていた時代に坂田蔵人時行(松本幸四郎)と二人で作り上げたものであった。八重桐は「傾城の祐筆」と声を上げ、館の内から出てきたお歌(中村亀鶴)に面白がられて館の内へと招かれる。

果たして館の中では坂田蔵人時行が煙草屋源七と名を変えて潜んでいた。ここで、孝太郎と浄瑠璃(竹本谷太夫)によって八重桐の身の上が語られる。
八重桐と時行は恋仲であったが、小田巻という遊女が時行に懸想しており、時行を巡って八重桐と小田巻が大喧嘩。
一方、時行は物部の平太を仇討ちしようと機会をうかがっていたが、平太は時行の妹の白菊(中村壱太郎)によって退治されていた。時行は平太の主である平正盛と清原高藤を討つ計画を立てるが、八重桐から「源頼光さえ、清原高藤に手を出せなかったのだから、時行では相手にならない」と断言。悔し涙を流した時行は自刃し、元恋人である八重桐と妹の白菊に遺言を残す。「三日の内に(八重桐の)胎内に痛みがあったなら、それは自分の生まれ変わりであり、正盛と高藤を討ち果たす」
時行は、八重桐に自身の臓物を口にするよう促して絶命。八重桐は大力無双の山姥となり、白菊と共に高藤が放った使者の太田十郎(中村虎之介)とその一味を蹴散らすのだった。ちなみにこの後、八重桐が生むのが、幼年期が「金太郎さん」として知られる坂田公時である。

孝太郎の八重桐は初役だそうで、しかも今日が公演初日であるが、役に完全に馴染んでおり実力の高さが窺える。幸四郎はこの演目での出番はそれほど多くないが、心情の表出に長けているという印象を受けた。
白菊を演じる中村壱太郎が、メイクのせいか、今日は高岡早紀に似ているように見える。

初日ということで万全ではなく、役者のセリフに間が開いたため、プロンプター(歌舞伎では黒子が務めることが多い)の声が聞こえ、それがきっかけで役者がセリフを語り始める場面があった。初日から3日間はプロンプターが常駐しているようである。


「浮かれ心中」。井上ひさしの直木賞受賞作「手鎖心中」を小幡欣治の脚本・演出で舞台化した作品である。歌舞伎版は平成9年(1997)の初演。初演時に十八世中村勘三郎(当時は五代目中村勘九郎)が辰巳山人栄次郎演じて好評を博しており、平成12年(2000)には大阪松竹座の7月大歌舞伎でも勘三郎の栄次郎による上演が行われている。
今回は十八世中村勘三郎の長男である六代目中村勘九郎が辰巳山人栄次郎を演じ、勘九郎の弟である七之助が栄次郎と所帯を持つおすずと吉原の花魁・帚木の二役を演じる。
井上ひさし原作ということで笑劇(ファルス)の要素がかなり強いエンターテインメント歌舞伎となっている。

大店・伊勢屋の若旦那である栄次郎(中村勘九郎)は絵草紙作家になるべく、江戸・鳥越の絵草紙屋・真間屋の娘であるおすず(中村七之助)と所帯を持つことに決める。所帯を持つといっても、絵草紙作家になるための足掛かりであり、江戸屈指の豪商である伊勢屋から勘当されることで江戸中の評判になることを狙っており、そのため勘当は1年きりで、その間はおすずと男女の関係になるつもりもなく、父親(中村鴈治郎)にも真間屋の番頭・吾平(中村扇雀)にも「手は出さない」と誓っていた。おすずは24歳。当時としては婚期を10年近く逃しており、栄次郎も容姿が悪いに決まっているとして、1年間手を出さないなど楽勝と高をくくっていたが、現れたおすすは、「鳥越小町」と呼ばれたほどの美人で、栄次郎もすぐにおすずのことを気に入ってしまう。この辺りは「嘘から出た実」という言葉がぴったりくる。

一方、栄次郎の戯作者仲間である太助(松本幸四郎)は、栄次郎とおすずの婚儀の仲人を務めるはずが、吉原で有り金全部使い果たしてしまい、吉原から出られず、祝言にも遅れる。付け馬(取り立てのための監視人)を伴い、やっと祝言の席に現れた太助。仲人が一人だけでは寂しいと付け馬と二人で仲人ということになる。
なお、この場で火消しからの祝いの謡があるのだが、彼らは初演時にも火消し役で出ていたそうで、勘九郎も「親子二代に渡り」と礼を言う。

さて、絵草紙「百々謎化物名鑑(もものなぞばけものめいかん)」を今でいう自費出版した栄次郎であるが、そう簡単に売れる訳もない。ということで、吉原に使いの者を出して本を売らせ、その後で自身が吉原に繰り出して「作者登場」の評判を取ろうとする。太宰治のような話題作りをする作家である。
共に吉原に繰り出した太助は、花魁・帚木太夫(中村七之助二役)に一目惚れする。だが帚木にはすでに心に決めた相手がいた。


勘九郎が描き出す栄次郎の剽軽さが魅力的。即興の場面も比較的多いと思われる。
栄次郎と共に売れない戯作者コンビを組む太助役の幸四郎は、育ちの良い好人物で知力にも恵まれているが少々情けない男という自身のパブリックイメージにも近いであろう役柄を生き生きと演じてみせる。こうした役がこれほど嵌まる歌舞伎俳優もそうそういない。
七之助の声音を変えての二役演じ分けも見事であった。

初日ということで、この演目でもアクシデントが発生。裏の障子を思いっきり開け放った時に、そこに控えていたTシャツ姿の舞台スタッフがはっきり見切れてしまう。スタッフの男性もすぐさま退散したが、勘九郎も「あれは家の」とアドリブの説明を行おうとしていた。

さて、種明かしをすると、栄次郎は他界してしまうのだが、あの世へと向かう際に宙乗りを行う。宙乗りを行うというのは、十八世中村勘三郎のアイデアだそうで、それを継いだ息子の勘九郎も実に楽しそうに宙乗りを行い、紙吹雪や紙テープなどを繰り出す。なお、栄次郎が書いた幕政批判の絵草紙にネズミが登場するようで、そのため栄次郎はネズミに乗り、ネズミ絡みか(?)東京ディズニーランドでお馴染みの「イッツ・ア・スモールワールド」が日本語詞で謡われた。

現代歌舞伎、それも井上ひさし原作であるため分かりやすく、常連でも一見さんでも楽しめる優れた演目であった。

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2022年7月 9日 (土)

コンサートの記(786) Mimori Yusa Concert 2022「京都日和」

2022年7月3日 三条高倉の京都文化博物館別館にて

午後5時30分から、三条高倉の京都文化博物館(正式名称は京都府京都文化博物館。略称は文博〈ぶんぱく〉)別館で、遊佐未森のコンサート「京都日和」を聴く。遊佐未森が京都でライブを行うのは10年ぶりだそうだが、10年前のライブ(於・磔磔)にも私は接している。私と遊佐未森は丁度10歳差なので、前回は今の私と同じ年齢の時に京都でのライブを行ったことになる。

遊佐未森は毎年春に、ギターの西海孝とパーカッションの楠均とのトリオで東京と大阪で「cafe mimo」というライブを行っているが、今回の「京都日和」はギターは西海孝だが、パーカッションの代わりにハープの吉野友加(よしの・ゆか)が参加している。


元祖癒やし系シンガーでもある遊佐未森、浮遊感のある涼やかな歌声は、今の季節に聴くのにも相応しい。


白いドレスで登場した遊佐未森はまず「つゆくさ」と「天使のオルゴオル」の2曲歌った後で、会場である京都文化博物館別館(重要文化財)について、「すごく素敵なホールですね」「昔ここで色々な人が働いていたと思うんですけど、日銀の京都支店だったそうで」と語り、西海孝は知らなかったようで、「え? そうなの?」と驚いていた。遊佐未森は、京都文化博物館別館の前を通ったことは何度もあるそうだが、中に入るのは今日が初めてだそうである。「楽屋として使わせて貰っている部屋も応接室だったところのようで、調度品も全てが素敵」と絶賛であった。


私は初めて演奏を聴くハープ奏者の吉野友加。小学6年生の時にハープを始めたが、そのきっかけが、「ピアノの先生から突然、『お前、ピアノ下手くそだからハープ弾け』と言われた」ことだそうで、折良く近所に小学6年生のハープを習いたい子を探している先生がいたそうである。なぜ小学6年生かというと、中学校1年生から音楽科でハープを専攻する子を出したかったからだそうで、吉野は「(ハープ奏者として成功出来たので)ピアノが下手くそで良かった」と語っていた。


最新アルバム『潮騒』に収録された「ルイーズと黒猫」を歌う前に、背後の元カウンターの仕切りを覆っていた茶色い布が取り払われ、往事の日本銀行京都支店の姿が明らかになる。

「僕の森」を歌う前には、「ずいぶん昔に作った、と言いそうになったんですけど、デビューして間もない頃に作った。私、今、何歳なんだろう?」という話をする。
遊佐未森は独自のファルセットを得意としているが、「僕の森」はそうでないと「こういう曲を作ろう」という発想すら出来ない曲である。

「街角」では「久しぶりに」リコーダーも演奏された。

国立(くにたち)音楽大学出身の遊佐未森。これまでコンサートでクラシックの曲を歌うことはほとんどなかったのだが、今日はヘンデルの歌劇『リナルド』より「私を泣かせてください(Lascia ch'io pianga)」を歌う。導入部のレチタティーヴォ付きの歌唱である。
クラシックの教育を受けていることがはっきりと分かる歌声。本人もクラシックを歌う時にはスイッチが入るそうで、歌い方が変わるので驚かれるそうである。
仙台の常盤木高校音楽科時代には、音楽の先生がとにかく何でも歌わせるという方針だったそうで、それが今の音楽家としての下地になっているようだ。


ピアノに向かって座り、「早いものであと2曲になってしまいました」と語った遊佐未森だが、「あ、間違えた」ということで、残りはあと3曲で、次の曲は弾き語りではなく立って歌う曲であることが分かる。「夏草の線路」が歌われる。

ラスト2曲はアルバム『潮騒』からの曲で、「I still See」と「潮騒」をピアノ弾き語りで歌唱。

「cafe mimo」などでは、アンコール曲演奏の前に、西海孝と楠均がBPB(物販ブラザーズ)として物販の宣伝を行うことが恒例となっており、まず西海孝が現れて「BPB!」と連呼するが、「今回はBPBの兄(楠均)がいないということで、代わりに妹が来ています」と吉野友加を呼んで、ミニトートバックの宣伝などを行う。

その後、未森さんが現れ、アンコールとして「オレンジ」が歌われた。

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2022年7月 8日 (金)

2346月日(38) 佛教大学オープンラーニングセンター(O.L.C.) 特別無料講座「七夕×和歌文学 ~31文字に想いを込めて~」

2022年7月7日 佛教大学15号館1階「妙響庵(みょうこうあん)」にて

午後5時から、佛教大学オープンラーニングセンター(O.L.C.)「七夕×和歌文学 ~31文字に想いを込めて~」を受講。無料講座である。担当は佛教大学文学部日本文学科教授の土佐朋子。専門は日本上代文学である。

先月、日本のポピュラー音楽を扱う講座に参加した際に貰ったチラシに今日の講演の宣伝が入っていたので出掛けてみる。個人的には大学の公開講座には大いに興味があるのだが、平日の昼間に行われることが多いので参加してはこなかった。ただ佛教大学のO.L.C.のラインナップは面白く、会場となる佛教大学15号館1階「妙響庵」の雰囲気も良く、行く価値は大いにあるように思われる。

五節句の一つである七夕。元々は中国の習慣で、針仕事をする女性が上達を願う祭(でいいのかな?)であったのだが、後に諸芸上達、特に芸術方面の能力発達を願う乞巧奠という儀式になり、日本へと入ってきた。七夕に和歌を取り上げるのは似つかわしいということになる。京都に唯一残った公家である下冷泉家は、七夕に和歌を詠む習慣がある。

「万葉集」に載せられた和歌が中心になるが、「万葉集」には和歌のみでなく、漢詩や漢文も載せられていて、まずは中国で書かれた七夕に関する漢詩が取り上げられる。ちなみに、中国の代名詞でもある「漢」は元々は「天の川」を意味する言葉であり、織姫=織女は、「河漢の女(天の川の女)」と表現されている。
ちなみに可漢(天の川)というのは、清流だが浅く、幅も狭いそうで、相手のことがよく見えるが手は届かない距離ということなのか、もどかしく思える設定を取っているようである。

実は、中国では織女から牽牛の方へ向かうのだが、日本では牽牛が船を漕いで織女の下へ向かうという設定に変わっている。日本では上代から中古に掛けては通い婚が一般的であり、向かうのは常に男の方だったので、牽牛と織女=彦星と織姫も男の方が会いに出掛けるのが当時の常識と照らし合わせても自然なことであったと思われる。
川幅が狭いのに船を使うのが不自然という指摘もあるようだが、多分、川幅が狭くてはドラマティックにならないので意識的にそうした情報は無視したのであろう。

「万葉集」に載っている七夕を題材にした和歌は約130首。かなり多い。
今回はその中から31首を採り上げて、設定や背景などが述べられている。

私も専門の一つが日本文学なのであるが、主に研究したのが近現代、それも作者が存命の作品に多く取り組んだので、上代の文学についてはいうほど詳しくはない。和歌を詠むこと自体は特技の一つなのであるが。

七夕には酒宴が催され、その席で歌われたと思われる和歌も多い。だが、七夕を詠んだ歌、約130首の内、作者が分かっているのは大伴家持だけで、他の作品は全て詠み人知らずとされている。

大友家持の歌は、彼が二十歳前後とかなり若い頃に詠んだ作品で、織女の船出と月を掛け合わせて詠んでいる。織女の方が出掛けるという唐土の習慣を家持は知っていたようである。
勿論、唐土の習慣を知っていたのは家持だけではなく、織女の方から牽牛の下へと出掛ける様を詠った和歌はいくつも存在している。

子どもの頃に受けたイメージで、男の方から女の方へ出向いたり、男と女が鵲の渡せる橋の真ん中で出会うような情景を思い描いていたが、女の方から男の下へと出向くという発想は、実は抱いたことがなかった。今の日本でも女の方から押し掛けるということは余りないため、イメージの埒外にあったのだと思われる。

ちなみに、織女はかなり豪奢な乗り物に乗り、華やかな衣装で出掛けていることが分かる。

上代にあっては、恋というのは、恋人同士が会ってなすことを指すのではなく、会えない時に相手を求める気持ちのことを表す言葉のようで、郷ひろみの「よろしく哀愁」的な発想がなされていたようである。

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2022年7月 7日 (木)

フィルハーモニック・ウインズ大阪 酒井格 「たなばた」

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2022年7月 5日 (火)

観劇感想精選(437) 下鴨車窓 「漂着(kitchen)」

2022年7月2日 東九条のTHEATRE E9 KYOTOにて観劇

午後6時から、THEATRE E9 KYOTOで、下鴨車窓の公演「漂着(kitchen)」を観る。作・演出:田辺剛。今回は群像劇ということで、総勢19名の俳優が出演する。ただその中に稽古中に体調不良を訴えて降板した人もいたようで、代役を立てて本番が行われた。

出演:西村貴治(ニットキャップシアター)、大熊ねこ(遊撃体)、坂井初音、上条拳斗、岡田菜見、西沢翼、越賀はなこ、にさわまほ(安住の地)、加藤彩(合同会社舞台裏)、田宮ヨシノリ、藤島えり子、神谷牡丹、福西健一朗、辻智之、尾國裕子(無所属・新人)、森川稔、池山説郎、イルギ(劇的☆爽怪人間)、二宮千明。幅広い年齢層の俳優が出演している。

海の近くにあるボロアパートが舞台。アパートがどの街にあるのかはっきりと示されることはないが、登場人物達が関西の言葉を話し、韓国語の手紙が入ったボトルが浜辺に漂着しているということで、但馬地方(兵庫県)か丹後地方(京都府)の可能性が高い。瀬戸内海側や和歌山県の太平洋に面した場所ではないと思われる。

タイトル通り、kitchen=台所のセットが中央にあり、舞台上手に冷蔵庫、下手奥に棚などがある。アパートの203号室、205号室、202号室の3つの部屋が舞台となるが、セットは一切変化のない一杯飾りであり、登場人物の入れ替わりや照明の変化などによって部屋の移動が表現される。

いずれの部屋の関係者にも「ユカ」という名前の女性がいるのが特徴。205号室では一人暮らししている若い女性(にさわまほ)の名前がユカである。彼女には女性の同居人がいるのだが、「普通の女友達ではないのでは?」と思わせるような場面もある。203号室は家主の奥さん(坂井初音)がユカ、202号室にはユカという名前の女性は登場しないが、住人の奥さんの名前がユカのようである。202号室の住人の奥さんのユカは重い病気に倒れているようだ。離婚はしていないようだが、202号室の男は、妻や娘(リョウコという名前のようである。演じるのは尾國裕子)とは別居している。男はすぐには家賃も払えないほど困窮している。

アパートの家賃は月3万5千円。窓からは海(波音がするのでやはり日本海の可能性が高い)が見え、205号室のユカは、それが気に入ってこのアパートに入ったのだが、海が近いということで自転車が潮風ですぐに錆びてしまうなどデメリットの方が多く、引っ越しの計画も立てている。
205号室では、これからアルバイト仲間による飲み会が行われるようで、大家(越賀はなこ)は、「壁が薄いのでうるさくしないでね」と頼む。ちなみに、ユカより先に205号室に来ていた若い男(西澤翼)は、大家から「お友達? お友達?」と彼氏でないか詮索される。大家はユカのことを娘のように可愛がっている。なお、205号室の台所の蛇口から水が出てこないという現象が起こっている。洗面台やトイレは水が流れるのだが、台所のみ水が出てこないということで、大家は工事の業者を頼む。
その後、205号室では飲む会が行われるのだが、アルバイト仲間であるノゾミ、ウダ、コデラ、アヤが205号室でゴキブリ退治などをしている間、ユカと最初からいる若い男は買い出しに出ており、舞台上で顔を合わせることはない。ちなみに「クルー」という言葉を用い、定食の話などをしていることから、定食屋チェーン店のアルバイト仲間らしいことが分かる。大手定食屋チェーンの中にはワンオペ(調理、配膳、会計などを店員一人に任せること)をやらせる店が問題視されているが、彼らは牛丼系の定食屋ではないようで、シフトがあり、ワンオペは禁じられているようだ。ちなみに定食屋やマクドナルドなどのファーストフード系のアルバイトでは、恋愛関係が多く発生することで知られるが(出会いを目的としてアルバイトを始める人も多いとされる)このアルバイト仲間の中にもやはり付き合い始めている男女がいることがキッチンを使う様を通して分かる。

203号室に住むのは、工場勤務のヒデさん(西村貴治)とその奥さんのユカである。203号室のユカも同じ工場で働いていたそうで、ヒデさんは現場、ユカは総務にいたことが分かるセリフがある。ヒデさんの妹(名前はキエだったかな? 演じるのは大熊ねこ)も歩いて数分のところに住んでいるのだが、二人の父親が病気にかかっており、妹はヒデさんに入院するよう説得して欲しいと頼む。
ちなみにヒデさんとユカはキッチンにある特殊な役目を与えている。
203号室のユカは、浜辺でボトルレター(メッセージボトル)を拾う。ユカはヒデさんに瓶を開けるよう頼むが、ヒデさんは面倒くさいの金槌(余談だが、演劇用語では「ナグリ」と呼ばれる)で瓶を叩き渡る。この時の音が、205号室のシーンや202号室のシーンで鳴り、同時刻に別の部屋で何が起こっていたか分かるようになっている。

こうした手法で同時発生を知らせる手法は映画では比較的多く用いられており、また間近にいながらすれ違う複数の団体という展開を含めると、京都を舞台にした鈴木卓爾監督の映画「嵐電」がすぐに思い浮かぶ。「嵐電」では同じ場面に数組の主人公が見知らぬ者同士で映っていたりするのだが、「漂着(kitchen)」で人間関係の繋がりのない人々が同時性のみで繋がっていることを表すものとして、「声」や「音」が主に媒介を務めているのが手法として興味深い。

202号室では、住人の娘であるリョウコが、住人が臨終間際かも知れない妻(つまりリョウコの母親)のユカを見舞おうともしないことをなじっている。

袋小路的場末感の漂うボロアパートに、住人達がどうやって漂着したのかを描く会話劇であり、203号室のユカの若い女性との同居、205号室のヒデさんの工場退社や女絡みのいざこさ(若い女性がずっと年上のヒデさんにタメ口をたたくことで仄めかされる)、202号室の住人の妻・ユカの死とその葬儀と住人の失踪なども描かれており、漂着した人々の決して上手くいってはいない人生が、比較的淡々と描かれている。彼らは同じアパートに住み、「ユカ」という共通する名前の女性がいながら交流もなく、それぞれの部屋が孤立している。

そうした孤独と閉塞感を抱いた人々の人生の諸相を描く中で、ヒデさんと203号室のユカのエピソード、それもkitchen絡みのものを描くことで、ささやかな希望が浮かぶラストを迎えるのが心地よい。
5月にロームシアター京都メインホールで観た「セールスマンの死」でもキッチンの冷蔵庫が主人公の家と現代社会の象徴として強調される演出が施されていたが、希望が「kitchenについて」というささやかな形で語られるのは、203号室の住人の身の丈にもあっており、上手く着地したなという印象を受ける。

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2022年7月 4日 (月)

コンサートの記(785) ヤニック・パジェ 弦理論交響曲第2楽章「量子/QUANTUM」

2022年6月24日 京都芸術センターフリースペースにて

京都芸術センターフリースペースで、ヤニック・パジェ作曲の弦理論交響曲第2楽章「量子/QUANTUM」を聴くことにする。

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演奏は午後7時から始まるが、フリースペースでは演奏会の前に展示が行われており、演奏に使われる黒川徹制作のオブジェや鉄琴、ドラムスなどを見ることが出来る。録音された音楽も流れているが、アンビエント系でありながら鋭いという独自のものである。

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フランス出身のヤニック・パジェ。パリ国立高等音楽院で指揮とパーカッション、作曲を学び、イギリスの王立音楽大学でも指揮を学ぶ。ラムルー管弦楽団では、佐渡裕のアシスタントを5年に渡って務めた。2005年に佐渡裕の要請を受けて来日し、兵庫芸術文化センター管弦楽団(PACオーケストラ)の客員指揮者に就任。その後、京都に拠点を置き、演奏団体N‘SO KYOTO(ニューサウンドオーケストラ京都の略)を結成。2008年からは大阪教育大学の教授も務めている。指揮者としては、海外ではプロオーケストラも指揮しているが、日本では現在のところ、主にアマチュアオーケストラ相手の活動を行っている。
今年に入ってからは、京都府立府民ホールアルティで、アンサンブル九条山を指揮した。

弦理論交響曲は、第1楽章「相対性/I.RELATIVITY」が京都大学大学院理学研究所附属花山天文台前で野外パフォーマンスとして行われ(聴衆はロームシアター京都前に集合してバスで花山天文台まで向かったようである)、今後第3楽章が今年の9月にインスタレーションとして行われ(会場はまだ決まっていないようだ)、第4楽章は建仁寺の塔頭である両足院で10月にチェロ独奏で、第5楽章は会場未定ながら12月に40人の音楽家という大編成によって行われる予定である。

弦理論交響曲という難しそうなタイトルが付いているが、ヤニック・パジェと京都大学教授で理論物理学の研究者である橋本幸士による共同音楽プロジェクトとして、音楽と物理学の融合を目指して書かれたものである。


今回の第2楽章は、ヤニック・パジェのパーカッション独奏と、それをその場で録音して再生するシステムを利用した重奏演奏として展開される。スピーカーはフリースペース内の各所に配置されている。

最初に橋本幸士による影アナがあり、物質と反物質、二重スリット実験という3つの楽章の説明が行われるが、正直、何のことかよく分からない。それらがどう音楽に反映されるのかも分からないのだが、音楽として聞ければそれで十分という気もする。

まず、ヤニック・パジェが何かをもみしだく音で始まり(映像がモニターに映っていたが詳しくは確認出来ず)、続いて皿を金属製の小型のバチで叩いて音を出す。その後、鉄琴をヴァイオリンの弓で弾くという特殊奏法を行い、オブジェを次々に叩いた後に、ドラムセットを叩いて熱い音楽を生み出す。

上演時間は約1時間。即興の部分も多くあったと思われるが、全体の構成のバランスも良く、パジェの演奏の高揚感や、音響的な面白さなども伝わり、貴重な音楽空間の共有となった。

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2022年7月 2日 (土)

美術回廊(77) 京都国立近代美術館 没後50年「鏑木清方展」

2022年6月10日&6月28日 左京区岡崎の京都国立近代美術館にて


2022年6月10日

左京区岡崎の京都国立近代美術館で、没後50年「鏑木清方展」を観る。個人的には2014年に千葉市美術館で鏑木清方の展覧会を観ているが、京都で鏑木清方の大規模回顧展が行われるのは45年ぶりだそうである。

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1878(明治11)年、東京に生まれた鏑木清方(かぶらき・きよかた。清方は号で、本名は健一)。父親は毎日新聞創設者の一人であるジャーナリストで戯作者・脚本家・小説家としても活躍した条野採菊。ということで、幼い時から歌舞伎や寄席に親しむ生活を送っていた。清方は長じてからも、芝居絵を書くほかに歌舞伎の評論なども行っている。
浮世絵師の水野年方に師事し、清方の号を授かる。鏑木は母方の姓であり、母方の家系を継いでいる。

電車が嫌いだったそうで、関東を出たのは数度だけ。基本的には東京で生活を送っていたが、第二次大戦のため、茅ヶ崎に疎開。その後、御殿場に移るが、東京の自宅を戦災により焼失。鎌倉に住んでいた娘を頼って移住し、その後、復興の釘音かまびすしい東京を避けて鎌倉市内に自宅を構え、同地で生涯を終えた。93歳と長生きであった。

初期には挿絵画家として成功を収めた鏑木清方。泉鏡花と親しくなり、表紙絵や挿絵を手掛けている。鏡花好みの美女を描き、その後、日本を代表する美人画家として名声を高めていく。長命であったため、1954年にNHKが行ったインタビュー音声が残っており、展示コーナーで美人画の映像と共に鑑賞することが出来る。「好きなものじゃないと描けない」と語っており、また関東大震災や二・二六事件、戦災などに遭った時には美人画を描くことで気を紛らわせたと回想している。

日本画の典型的な構図として、手前をクッキリ描き、奥をボンヤリさせることで奥行きを出すという技法がよく駆使されるが、清方も中年期以降はこの構図に倣っている。だが、初期の頃は、顔をボンヤリと柔らかく描き、奥を丁寧に描くことでまた別の奥行きを出すという手法が見られる。意図的に用いられたものなのかは分からない。

「音」を感じさせる技法もまた多く、雨の滴などは描かずに、登場人物の表情で雨と雨音を感じさせるという巧みさが光る。


今回の目玉は、長らく所在不明だった「築地明石町」「新富町」「浜町河岸」の3作。東京国立近代美術館が2019年に収蔵したもので、それまでは個人が蔵していたようである。いずれも美人画だが、中央に大きく美人を描き、奥にボンヤリとその土地を象徴するものを描くという手法が用いられており、その土地の象徴画の役割を果たしている。象徴的な作品は、この3作の他にもいくつも見られる。

「築地明石町」は左手奥に帆船、「新富町」は右手奥に新富座、「浜町河岸」は左手奥に火の見櫓が見える。

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新富座は、明治時代前半には東京一の芝居小屋として栄えたが、明治時代半ばに歌舞伎座が完成すると人気も落ち、大正期には関東大震災で損害を受けて廃座となっている。「新富町」の絵が描かれたのは昭和5年(1930)であるため、すでに新富座は存在しない。
鏑木清方は、幼年期を新富座の近くで過ごしており、たびたび歌舞伎を観に出掛けていた。役者に憧れ、狂言俳優として舞台を踏んだこともある。そんな幼年期の憧れがこの絵には込められているのであろう。

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「浜町河岸」で描かれた日本橋浜町は、明治座に近く、二代目藤間勘右衛門の家があって、多くの女性が踊りを習うために通ったという。そんな踊りの稽古帰りの少女を描いた作品である。

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なお、重要文化財指定の「三遊亭円朝像」は後期に入ってからの展示となるようである。


2022年6月30日

左京区岡崎の京都国立近代美術館で、「鏑木清方展」を観る。2度目である。前回は、物販が3階のみで行われているのを知らなかったため何も買わずに帰ってきてしまったが、今日は絵葉書を数点購入する。

前回訪れたときは、重要文化財指定の「三遊亭円朝像」が展示されていなかったので、それを目的に来たのだが、他にも展示替えが行われた絵が比較的多い。7月限定のまだ展示されていない作品も数点待機中である。

新たに展示されたものの中では、「秋宵」という女学生がヴァイオリンを弾いているところを描いた作品が良い。明治36年の制作で、京都会場のみの出品である。夏目漱石の『吾輩は猫である』を読んでも分かるとおり、明治時代にはヴァイオリンというのは女子がたしなむものであり、男がヴァイオリンを買うとなると、人目につかない夕方になるのを待って布団をかぶって眠り、「もう夕方か」と思って布団から出ると陽がカンカンカンカン照っていて、というのはどうでもいいか。女学生の夢見るような表情が印象的である。

前回、鏑木清方の作風の転換のことを書いたが、42歳を境に作風に変化が見られる。大正時代に入って絵画の世界にも写実主義が台頭しており、清方もそれに倣ったようである。作風の変化にあるいは関東大震災が影響しているのかも知れないが、正確なことは分からない。
実の娘を描いた「朝涼(あさすず)」という作品(大正14年制作)があるが、実娘の眼差しがリアルで、ハッとさせられる。

とはいえ、清方も若い頃の作風を完全に捨ててしまった訳ではなく、晩年にも浮世絵美人的な涼しい目の女性を描いている。


「三遊亭円朝像」はかなりリアルな描写だが、実は清方の父親でジャーナリストである条野採菊が話を聞くためによく円朝を家に呼んでいたそうで、清方も間近で円朝の姿を目にしていたようだ。

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2022年7月 1日 (金)

これまでに観た映画より(300) 「ショーシャンクの空に」4K上映

2022年6月29日 新京極のMOVIX京都にて

MOVIX京都で、アメリカ映画「ショーシャンクの空に」4K上映を観る。1994年公開の映画の4Kリマスタリング版上映である。原作:スティーヴン・キング、脚本・監督:フランク・ダラボン。ロードショー時には余り話題にならなかったようだが、再上映に大ヒットし、フィルムの永久保存が決まっている名画である。出演:ティム・ロビンス、モーガン・フリーマン、ボブ・ガントン、ウィリアム・サドラー、クランシー・ブラウン、ギル・ベローズ、ジェームズ・ホイットモア、マーク・ロルストンほか。アメリカのショーシャンク刑務所を舞台とした人間ドラマである。刑務所内が主舞台であるため、女性キャストが少ないのも特徴(いずれも刑務所外での登場)。

1947年、若くして大手銀行の副頭取まで出世したアンディ・デュフレーン(ティム・ロビンス)であるが、離婚を切り出してきた妻とその愛人のプロゴルファーを射殺したとして終身刑を宣告され、ショーシャンク刑務所に送られることになる。ショーシャンク刑務所では、同性愛者でもないのにその行為を行うことで悪名高いthe sistersと呼ばれる集団からいじめ抜かれるなど、最初のうちは地獄を味わうが、20年以上も収監されているレッド(愛称で本当の姓はレディング。演じるのはモーガン・フリーマン)に心を開くなど、徐々に仲間も増え、刑務所での生活に慣れていく。刑務所の中には洋の東西を問わず、知的水準に問題のある者が多く収監されているとされるが、その中にあって「掃き溜めに鶴」的なインテリであるアンディは経済面に強く、また文化面にも明るく、刑務所の上層部からも信頼を得るようになっていく。
レッドは刑務所内の調達係として一目置かれており、アンディも石を削ってチェスの駒を作りたいということで、ロックハンマーを手に入れてくれるよう頼む。

アンディは更に好待遇を得て、肉体労働から刑務所内図書室の司書への転身を許される。図書室にはブルックスという老人(ジェームズ・ホイットモア)が一人で務めていたが、蔵書数も乏しく、開架スペースもないなど問題山積み。ティムは蔵書の増加とスペースの確保を州議会に手紙で訴える。この訴えは6年越しでようやく叶うことになる。

やがてブルックスは入獄後半世紀を経て仮釈放が認められ、刑務所が手配したアパートに暮らし、スーパーマーケットの袋詰め係(アメリカのスーパーマーケットには精算された品を袋に入れるだけの係がいる。コロナ禍ではこうした人々が「感染を広める可能性がある」として次々と馘首されたことも話題になった)として働くようになるがシャバに馴染めず自殺する。

そんな中、刑務所長のノートン(ボブ・ガントン)の依頼によりティムは裏金作りにも手を貸すようになり、刑務所での彼の立場は受刑者としては最高位と目されるようになる。

1966年、トミーという若い男(ギル・ベローズ)が窃盗罪でショーシャンク刑務所に入獄。トミーは十分な教育を受けておらず、読み書きも満足に出来ない。妻子があるため一念発起したのか、アンディが図書室で密かに行っている教育プログラムに参加し、アルファベットの読み方から始めて、最後は高卒認定試験に合格するまでになる。トミーは若い頃から様々な刑務所に出たり入ったりを繰り返していたが、以前いた刑務所で、プロゴルファーとその愛人の殺害を自慢げに語る男がいたことをアンディらに告げる。無実を訴えるアンディは、所長のノートンに再審請求を申し出るのだが……。


名画として確固たる地位を築いているため、この映画に関して映画人や評論家など様々な人物が言及しているが、個人的には劇中にも登場する、アレクサンドル・デュマ・ペールの長編小説『モンテ・クリスト伯』を上手く用い、つかず離れずの展開にしているところが面白く、本の上手さを感じる。『モンテ・クリスト伯』は、無実の罪で投獄された男が脱獄後に大金持ちとなり、自身に罪をなすりつけた者達への復讐を図る話であるが、「ショーシャンクの空に」にも復讐はないのかと見せかけておいてあり、偽名を使って大富豪にもちゃんとなりという展開が待っている。大体において入獄ものとなると『モンテ・クリスト伯』(日本では黒岩涙香の訳による『巌窟王』というタイトルでも知られている)が世界文学史上最も有名であると思われるため、意図的に取り入れたのか、偶然そうなったのかまでは分からないが、劇中でタイトルが出てくる以上、一切知らずに脚本を書いたということはないはずで、読了済みの者の方がそうでない者よりも楽しめることは確かである。

『モンテ・クリスト伯』的傾向は抜きにしても、刑務所上層部の暴力性、収監者同士の問題、更には年老いてから仮出所した者の「生きづらさ」などをきちんと描いており、社会問題に切り込んでいるところにも好感が持てる。

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