コンサートの記(788) 「日曜の午後のクラシック 歌とピアノ&ピアノ三重奏」@ムラマツリサイタルホール新大阪 2022.7.10
2022年7月10日 ムラマツリサイタルホール新大阪にて
大阪へ。午後2時30分から、ムラマツリサイタルホール新大阪で歌曲と室内楽のコンサートを聴く。
京阪電車で終点の淀屋橋まで向かい、Osaka Metroで新大阪駅に向かう。
新大阪駅を利用したことは何度かあるが、新大阪駅から外に出たことは、ひょっとしたら一度もないかも知れない。外に出て、北へと延びる歩道橋を歩き、その後に地上に下りて西へと進む。新大阪は新幹線が停まる駅で高層ビルも多いが、街の規模としては梅田や難波に負ける。「新○○駅は本家より劣るの法則」は日本のほとんどの都市で有効である。
ムラマツリサイタルホール新大阪は、ビルの1階にあるが、他に入っているテナントは飲食店、それも大衆向けの店が多い。クラシック音楽専用ホールに大衆向けの飲食店という組み合わせが面白い。京都にはこうしたビルは存在しないであろう。
ムラマツリサイタルホール新大阪で行われる「日曜の午後のクラシック 歌とピアノ&ピアノ三重奏」であるが、新型コロナにより二度の延期を経ての開催である。今回もスムーズにことは運ばず、ピアノ奏者二人が体調不良を訴えたため、代役を起用しての公演となる。
出演は、木村真理子(ヴァイオリン)、エドアルド・デルリオ・ロブレス(チェロ)、今井彩香(ピアノ)、川床綾子(ソプラノ)、蜷川千佳(ピアノ)。
曲目は、ハイドンのピアノ三重奏曲第39番「ジプシー」、トゥリーナのピアノ三重奏曲第2番、北原白秋作詞・山田耕筰作曲の「このみち」、武満徹作詞・作曲の「小さな空」、ドヴォルザークの歌劇『ルサルカ』より「月に寄せる歌」、オスカー・ハマースタインⅡ世作詞・リチャード・ロジャース作曲のミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』より「すべての山に登れ」、メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番。
ピアノ三重奏の出演者の紹介をすると、ヴァイオリンの木村真理子は、同志社女子大学学芸学部音楽学科を卒業後、同大学音楽学会《頌啓会》特別専修生修了。第6回秋篠音楽堂室内楽フェスタにて聴衆賞を受賞。プラハで行われた4th Ameropa International Concertante Competition 2014にて第2位(1位なし)及び聴衆賞を受賞している。
チェロのエドアルド・デルリオ・ロブレスは、スペインの名チェリストであるペドロ・コロストーラに師事。マドリード音楽院で名誉賞を得る。2008年からプラハ国際音楽祭 Ameproにてチェロと室内楽の教授を務めている。
ピアノの今井彩香は、京都市立芸術大学を卒業。ヤマハヤングピアニスト推薦演奏会金賞。宝塚ベガ学生ピアノコンクール第2位を獲得。その他のコンクールでも入賞を果たしている。
ハイドンのピアノ三重奏曲第39番(新版では25番)「ジプシー」は、最終楽章にハンガリー風の曲調が採用されていることからこの名がある。
全体的には典雅な雰囲気に溢れ、ハイドンがモーツァルトに与えた影響までもが分かるような洗練された作風である。
ムラマツリサイタルホール新大阪に来るのは初めてだが、満員になった場合には、室内楽、器楽、声楽に最適の音響となりそうなホールである。今日は来場者が少なめなので残響が長めだが、それでも聞きやすい。演奏も曲調を的確に捉えている。
トゥリーナのピアノ三重奏曲第2番。トゥリーナはスペイン出身の作曲家。パリのスコラ・カントルム(エリック・サティが中年になってから通ったことでも知られる)に留学し、ヴァンサン・ダンディ(サティの師でもある)に作曲を師事。ドビュッシーやラヴェルとも親交を結んでいる。出身地のアンダルシア地方の音楽を追究した作曲家でもある。
演奏前に木村真理子がマイクを手に、トゥリーナと楽曲の紹介を行った。
旋律がスペイン風であること、和音、特にピアノの響きがドビュッシーからの影響を受けていることがすぐに分かる。スペイン系の音楽は情熱的かつ個性的で聴いていて楽しい。ナポレオンが「ピレネー山脈の向こう(スペイン)はアフリカである」と語ったが、フランスやドイツ・オーストリア、イタリアといったクラシック音楽のメインストリームとは明らかに異なる良さがある。
演奏終了後に、木村とソプラノの川床綾子が登場し、マイクを手にトークを行う。二人が出会ったのは、チェコのプラハであること、プラハでの夏の講習会に参加したのだが、多くの学生が集う中で日本人は木村と川床の二人だけであり、共に関西出身ということもあって親しくなったことなどが語られ、川床が歌う「この道」や「小さな空」、チェコ語で歌われる歌劇『ルサルカ』より「月に寄せる歌」のちょっとした解説や、歌劇『ルサルカ』の内容などが紹介された。
ソプラノの川床綾子は、大阪音楽大学短期大学部声楽科を卒業後に同大学専攻科を修了。イタリアやチェコに留学してディプロマを獲得している。関西二期会準会員。
ピアノ伴奏の蜷川千佳は、神戸女学院大学音楽学部ピアノ専攻卒業。同大学大学院音楽研究科を修了。第33回摂津音楽祭にて伴奏賞を受賞している。神戸女学院大学、四條畷学園高校非常勤講師。酒井シティオペラと関西二期会のアンサンブルピアニストを務めている。
北原白秋作詞・山田耕筰作曲の「この道」。北原白秋の歌詞は札幌を舞台に書かれており、白い時計台など、札幌の名所も登場する。北原白秋が何歳ぐらいの主人公にいつの頃の思い出を歌わせているのか、設定を把握する必要のある楽曲でもある。設定年齢によって曲のイメージがかなり変わってくる。白秋自身が「少年」との設定を書き込んでいるが、十代半ばの少年が10年ほど前、一番最初に「この道」に来た時のことを思い出して歌っているというのが最も適切だと思われる。「お母様」という言葉を使っている(山田耕筰が歌詞を変えているのであるが)ことでもそれほど年長ではないことが窺える。白秋自身は「母さんと」という言葉を選んでいるが、「少年」という設定を考えた場合は、「お母様と」の方が誤解を確実に防げる。これらの技巧により、痛切なノスタルジアと幼年期からの脱出が浮かび上がるのがこの曲の歌詞の魅力である。
解釈は唯一絶対のものではないのだが、川床の歌唱は言葉を丁寧に追ったものだったように思う。
武満徹作詞・作曲の「小さな空」。武満の歌曲の中でも人気の高い作品であり、実演で聴く機会も多い。
この曲も幼年時代を回顧している歌である。
川床は、ラストを転調して歌っていたが、これまでそうしたバージョンを聴いたことはないため、そうした譜面が存在するのか、個人的に改変したのかどうかは分からない。武満は歌曲に関しては、「自由に歌えるように」と歌声の単旋律のみ書き、基本的には伴奏などは作曲しなかった。
休憩を挟んで、ドヴォルザークの歌劇『ルサルカ』より「月に寄せる歌」。淀みない歌声が印象的である。
オスカー・ハマースタインⅡ世作詞・リチャード・ロジャース作曲のミュージカル『サウンド・オブ・ミュージカル』から「すべての山に登れ」。川床によると、コロナ禍を乗り越えるメッセージを込めて選曲されたものだという。
以前にも書いたことがあるが、私はこの曲に思い出がある。高校1年生の音楽の授業で、映画「サウンド・オブ・ミュージック」からいくつかの場面を選んで演技と合唱を行うことになり、私は「すべての山に登れ」班に入り、セリフを語った後で皆で英語詞を合唱した。私は一般的な男性よりも高めの声も出せるので、受けが良かったような記憶もあるが、詳しくは覚えていない。ちなみに演技の方は「渋い」と言われた。
川床は日本語訳詞と英語詞を混ぜたテキストを採用。サビに当たる部分はやはり英語で歌っていたが、この方がしっくりくる、というよりもサビを日本語詞にするのは難しいだろう。少なくとも英語詞のようにドラマティックにするのは困難である。
メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番。演奏前に木村真理子が曲目の解説を行う。この曲はメンデルスゾーンが30歳の時に書かれたもので、当時、メンデルスゾーンはシューマンから「19世紀のモーツァルト」(本物のモーツァルトは18世紀の人である)と評されており、ピアノ三重奏曲第1番も「ベートーヴェン以降、最も偉大なピアノ三重奏曲」と絶賛されていた。今でこそシューマンは作曲家というイメージしかないが、生前は音楽批評を音楽の一ジャンルにまで高めた批評家として知られていた。シューマンは音楽家を志したのが二十歳前後と遅かったため、楽器の演奏や管弦楽法などには苦手意識を持っており、元文学者志望という自己の資質が生かせる批評に力を入れていた。ドビュッシーも作曲家としてより批評家としての評価が生前は高かったが、シューマンにしてもドビュッシーにしても生前の姿が伝わっていないのは残念である。なお、ドビュッシーが行った批評に関しては、今も日本語訳されたものを手軽に読むことが出来るが、かなり偏った辛辣なものである。
さて、シューマンに絶賛され、その後も作曲のみならず多方面で才能を発揮したメンデルスゾーンであるが、38歳の若さで他界することになる。モーツァルトよりは3歳長生きしたが、才能があり過ぎると余り長生きは出来ないのかも知れない。
初演時はメンデルスゾーン自身がピアノを弾いたと伝わるピアノ三重奏曲第1番。ロマンティシズムに溢れた第1楽章と第2楽章、愉悦感に富んだ第3楽章、高度な作曲技術が駆使された第4楽章など、いずれも魅力的であり、演奏も曲調を丁寧に描き分けていたように思う。
アンコールとして全員による島崎藤村の詩に大中寅二が曲を付けた「椰子の実」が演奏された(ピアノは連弾版であった)。
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