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2022年7月 5日 (火)

観劇感想精選(437) 下鴨車窓 「漂着(kitchen)」

2022年7月2日 東九条のTHEATRE E9 KYOTOにて観劇

午後6時から、THEATRE E9 KYOTOで、下鴨車窓の公演「漂着(kitchen)」を観る。作・演出:田辺剛。今回は群像劇ということで、総勢19名の俳優が出演する。ただその中に稽古中に体調不良を訴えて降板した人もいたようで、代役を立てて本番が行われた。

出演:西村貴治(ニットキャップシアター)、大熊ねこ(遊撃体)、坂井初音、上条拳斗、岡田菜見、西沢翼、越賀はなこ、にさわまほ(安住の地)、加藤彩(合同会社舞台裏)、田宮ヨシノリ、藤島えり子、神谷牡丹、福西健一朗、辻智之、尾國裕子(無所属・新人)、森川稔、池山説郎、イルギ(劇的☆爽怪人間)、二宮千明。幅広い年齢層の俳優が出演している。

海の近くにあるボロアパートが舞台。アパートがどの街にあるのかはっきりと示されることはないが、登場人物達が関西の言葉を話し、韓国語の手紙が入ったボトルが浜辺に漂着しているということで、但馬地方(兵庫県)か丹後地方(京都府)の可能性が高い。瀬戸内海側や和歌山県の太平洋に面した場所ではないと思われる。

タイトル通り、kitchen=台所のセットが中央にあり、舞台上手に冷蔵庫、下手奥に棚などがある。アパートの203号室、205号室、202号室の3つの部屋が舞台となるが、セットは一切変化のない一杯飾りであり、登場人物の入れ替わりや照明の変化などによって部屋の移動が表現される。

いずれの部屋の関係者にも「ユカ」という名前の女性がいるのが特徴。205号室では一人暮らししている若い女性(にさわまほ)の名前がユカである。彼女には女性の同居人がいるのだが、「普通の女友達ではないのでは?」と思わせるような場面もある。203号室は家主の奥さん(坂井初音)がユカ、202号室にはユカという名前の女性は登場しないが、住人の奥さんの名前がユカのようである。202号室の住人の奥さんのユカは重い病気に倒れているようだ。離婚はしていないようだが、202号室の男は、妻や娘(リョウコという名前のようである。演じるのは尾國裕子)とは別居している。男はすぐには家賃も払えないほど困窮している。

アパートの家賃は月3万5千円。窓からは海(波音がするのでやはり日本海の可能性が高い)が見え、205号室のユカは、それが気に入ってこのアパートに入ったのだが、海が近いということで自転車が潮風ですぐに錆びてしまうなどデメリットの方が多く、引っ越しの計画も立てている。
205号室では、これからアルバイト仲間による飲み会が行われるようで、大家(越賀はなこ)は、「壁が薄いのでうるさくしないでね」と頼む。ちなみに、ユカより先に205号室に来ていた若い男(西澤翼)は、大家から「お友達? お友達?」と彼氏でないか詮索される。大家はユカのことを娘のように可愛がっている。なお、205号室の台所の蛇口から水が出てこないという現象が起こっている。洗面台やトイレは水が流れるのだが、台所のみ水が出てこないということで、大家は工事の業者を頼む。
その後、205号室では飲む会が行われるのだが、アルバイト仲間であるノゾミ、ウダ、コデラ、アヤが205号室でゴキブリ退治などをしている間、ユカと最初からいる若い男は買い出しに出ており、舞台上で顔を合わせることはない。ちなみに「クルー」という言葉を用い、定食の話などをしていることから、定食屋チェーン店のアルバイト仲間らしいことが分かる。大手定食屋チェーンの中にはワンオペ(調理、配膳、会計などを店員一人に任せること)をやらせる店が問題視されているが、彼らは牛丼系の定食屋ではないようで、シフトがあり、ワンオペは禁じられているようだ。ちなみに定食屋やマクドナルドなどのファーストフード系のアルバイトでは、恋愛関係が多く発生することで知られるが(出会いを目的としてアルバイトを始める人も多いとされる)このアルバイト仲間の中にもやはり付き合い始めている男女がいることがキッチンを使う様を通して分かる。

203号室に住むのは、工場勤務のヒデさん(西村貴治)とその奥さんのユカである。203号室のユカも同じ工場で働いていたそうで、ヒデさんは現場、ユカは総務にいたことが分かるセリフがある。ヒデさんの妹(名前はキエだったかな? 演じるのは大熊ねこ)も歩いて数分のところに住んでいるのだが、二人の父親が病気にかかっており、妹はヒデさんに入院するよう説得して欲しいと頼む。
ちなみにヒデさんとユカはキッチンにある特殊な役目を与えている。
203号室のユカは、浜辺でボトルレター(メッセージボトル)を拾う。ユカはヒデさんに瓶を開けるよう頼むが、ヒデさんは面倒くさいの金槌(余談だが、演劇用語では「ナグリ」と呼ばれる)で瓶を叩き渡る。この時の音が、205号室のシーンや202号室のシーンで鳴り、同時刻に別の部屋で何が起こっていたか分かるようになっている。

こうした手法で同時発生を知らせる手法は映画では比較的多く用いられており、また間近にいながらすれ違う複数の団体という展開を含めると、京都を舞台にした鈴木卓爾監督の映画「嵐電」がすぐに思い浮かぶ。「嵐電」では同じ場面に数組の主人公が見知らぬ者同士で映っていたりするのだが、「漂着(kitchen)」で人間関係の繋がりのない人々が同時性のみで繋がっていることを表すものとして、「声」や「音」が主に媒介を務めているのが手法として興味深い。

202号室では、住人の娘であるリョウコが、住人が臨終間際かも知れない妻(つまりリョウコの母親)のユカを見舞おうともしないことをなじっている。

袋小路的場末感の漂うボロアパートに、住人達がどうやって漂着したのかを描く会話劇であり、203号室のユカの若い女性との同居、205号室のヒデさんの工場退社や女絡みのいざこさ(若い女性がずっと年上のヒデさんにタメ口をたたくことで仄めかされる)、202号室の住人の妻・ユカの死とその葬儀と住人の失踪なども描かれており、漂着した人々の決して上手くいってはいない人生が、比較的淡々と描かれている。彼らは同じアパートに住み、「ユカ」という共通する名前の女性がいながら交流もなく、それぞれの部屋が孤立している。

そうした孤独と閉塞感を抱いた人々の人生の諸相を描く中で、ヒデさんと203号室のユカのエピソード、それもkitchen絡みのものを描くことで、ささやかな希望が浮かぶラストを迎えるのが心地よい。
5月にロームシアター京都メインホールで観た「セールスマンの死」でもキッチンの冷蔵庫が主人公の家と現代社会の象徴として強調される演出が施されていたが、希望が「kitchenについて」というささやかな形で語られるのは、203号室の住人の身の丈にもあっており、上手く着地したなという印象を受ける。

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