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2022年12月の13件の記事

2022年12月31日 (土)

コンサートの記(821) デニス・ラッセル・デイヴィス指揮 京都市交響楽団特別演奏会「第九コンサート」2022

2022年12月28日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団特別演奏会「第九コンサート」を聴く。今年の指揮者は、デニス・ラッセル・デイヴィス。

アメリカ出身のデニス・ラッセル・デイヴィス。現代音楽の優れた解釈者として知られる一方で、ハイドンの交響曲全集を録音するなど幅広いレパートリーの持ち主である。宮本亞門が演出した東京文化会館でのモーツァルトの歌劇「魔笛」で生き生きとした演奏に接しているが、おそらくそれ以来のデニス・ラッセル・デイヴィス指揮の演奏会である。

今日のコンサートマスターは泉原隆志。フォアシュピーラーに尾﨑平。ドイツ式の現代配置での演奏であるが、ステージ奥の指揮者の正面に来る場所には独唱者のための席が設けられており、ティンパニは舞台下手奥に据えられている。

独唱は、安井陽子(ソプラノ)、中島郁子(メゾ・ソプラノ)、望月哲也(テノール)、山下浩司(バス・バリトン)。合唱は京響コーラスで、ポディウムに陣取り、歌えるマスクを付けて歌う。

冒頭のヴァイオリンの音に圭角があり、「現代音楽的な解釈なのかな」と思ったが、実際はそうした予想とは大きく異なる演奏に仕上がった。しなやかで潤いに満ちた音楽であり、再現部ではヴァイオリンもなだらかな音型へと変わる。第九は第2楽章が演奏によっては宇宙の鳴動のように響くことがあるが、デニス・ラッセル・デイヴィスと京響の第九は、第1楽章が宇宙をかたどった音楽のように聞こえた。こうした経験は初めてである。

第2楽章。構築の把握の巧みさと計算の上手さが印象的な演奏である。迫力を出そうと思えばいくらでも出せる部分でも、滑らかに美しく奏でる。

第3楽章のテンポは速めで開始するが、途中で速度を落としてロマンティックに歌う。「美しさ」が印象的な楽章であるが、デイヴィスと京響は、「愛」と「優しさ」が両手を拡げて抱きしめてくれるような温かな演奏である。

第4楽章も、迫力ではなく「愛」と「優しさ」を重視。人間賛歌を歌い上げるような、ぬくもりに満ちた第九となった。

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2022年12月28日 (水)

これまでに観た映画より(318) 第44回ぴあフィルムフェスティバル in 京都 ブラック&ブラック「ザ・ビッグ・ビート:ファッツ・ドミノとロックンロールの誕生」 ピーター・バラカンのアフタートーク付き

2022年11月25日 京都文化博物館フィルムシアターにて

午後6時から、京都文化博物館フィルムシアターで、第44回ぴあフィルムフェスティバル in 京都、ブラック&ブラック 日本未公開/関西初上映の音楽映画「ザ・ビッグ・ビート:ファッツ・ドミノとロックンロールの誕生」をピーター・バラカンのアフタートーク付きで観る。

共にルイジアナ州ニューオーリンズ近郊に生まれたファッツ・ドミノとデイヴ・バーソロミューを中心に、黒人音楽がリズム&ブルールへ、そしてロックンロールへと昇華する過程を様々なミュージシャンや伝記作家などへのインタビューと往年の演奏姿によって綴る音楽映画である。
ジャズ発祥の地としても名高いニューオーリンスが生んだ二人の天才音楽家が生み出した音楽が、エルヴィス・プレスリーやビートルズなどの白人ミュージシャンに影響を与え、ロックンロールという名を与えられていく。
ちなみに、リズム&ブルースは1949年に生まれたとされる言葉で、それまでは黒人の音楽を指す専門用語はほとんど存在しなかったようである。ただ、リズム&ブルースは、黒人音楽のイメージが余りに強いため、ロックンロールという新語が生まれたようだ。ともあり、ファッツ・ドミノが生み出し、デイヴ・バーソロミューが演奏とプロデュースを手掛けた音楽は全米で大ヒット。新たな音楽の潮流を生むことになった。
ブラスの分厚いニューオーリンズサウンドがとにかく華やかで、音楽性の豊かさに魅せられる。

ピーター・バラカンのアフタートークは、ニューオーリンズの紹介を中心としたもので(持ち時間が限られていたためにそこから先に行けなかったということもある)、フレンチクオーターと呼ばれる地域があり、フランス統治時代の面影が残っている(ルイジアナ州のルイジアナとはルイ○世のルイ由来の地名であり、オーリンズとはフランスのオルレアン地方が由来である)。フレンチクオーターの北の方にコンゴスクエアという場所があるが、ここで黒人奴隷達が週に1回音楽を奏でることが許されたそうで、ここが黒人音楽の発祥の地ということになるようである。音楽をすることを許されたのは、ピーター・バラカンによると統治していたフランスがカトリックの国であったことが大きいという。その他の地域、イギリスの統治下にあったところは、黒人が音楽を奏でることは許されなかったそうである。

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2022年12月25日 (日)

これまでに観た映画より(317) 「夜明けの詩」

2022年12月7日 京都シネマにて

京都シネマで、韓国映画「夜明けの詩(うた)」を観る。キム・ジョングァン監督作品。出演:ヨン・ウジン、イ・ジウン(歌手としての名前はIU)、キム・サンホ、イ・ジュヨン、ユン・ヘリほか。

イギリス暮らしをいったん切り上げて、冬のソウルに帰ってきた小説家のチャンソク(ヨン・ウジン)。様々な人との出会いの中で小説を仕上げることになる。既婚者であり、妻はイギリスに置いてきている。離婚の危機が目の前にある。

先に書いたとおりチャンソクが様々な人々と一対一の対話を行うことで物語が進んでいく。それぞれのエピソードについてだが、特につまらないという訳ではないが、面白くもないという最も感想に困る種類の作品である。設定など、個人的には好感を持ったが、映画好きでない人、特に芸術映画を好まない人には受けが悪いと思われる。

全体を通して夢のような淡さを湛えた空気が漂っており、見終わった後には、それこそ邦題になっている「詩」のような独特の手応えがある。ただ万人向けの作品ではないことは確かで、退屈に感じる人も多いだろう。
「観る」というより「浸る」ような感じで接するのが吉と出る映画である。

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2022年12月24日 (土)

観劇感想精選(453) ルドルフ 「ヒロインの仕事」

2022年12月17日 東九条のTHEATRE E9 KYOTOにて観劇

午後7時から、THEATRE E9 KYOTOで、ルドルフという演劇団体の「ヒロインの仕事」を観る。作・演出は、ルドルフ主宰の筒井加寿子。出演は、鳩川七海(幻灯劇場)、山岡美穂、稲森明日香(夕暮れ社 弱男ユニット)、渡辺綾子、二口大学、豊島由香、F.ジャパン(劇団衛星)、南岐佐。声の出演:黒川猛(THE GO AND MO'S)。

医療事務の仕事をしながら同人誌でマンガを発表している神島結月(本名はヤマモトナオコ。演じるのは鳩川七海)と、大手企業からシルク関係の老舗会社に転職し、ブランディングなど大きな仕事を任させられている日比野桜子(山岡美穂)の二人が実質的なヒロインとなる。

結月は、マンガの腕はそれなりにあるようである。少なくともエレベーター事故に乗り合わせた桜子から賞賛され、仕事の依頼を受けるほどには優れている。ただ、医療事務の仕事も十代からの夢であり、マンガはあくまでも「好きだから」やっている。
一方の桜子はやり手であり、自由に仕事を任され、張り切って業務をこなしていたが、「おしゃれ度」や「スタイル」だけを念頭に仕事をしていることを総務の二階堂弘子(豊島由香)に見透かされ……。

スタイルや形からの愛ではなく、根源的な愛を問う物語である。神宮寺愛子(この字で合っていると思われる)が己の半生を顧みて行う発言には重みがあり、己の愛にまっすぐ向き合うことの重要性が説かれている。
メッセージ的にはそう特別なものではないのだが、少女マンガらしい愛らしくポップな展開と、なによりも小劇場演劇に対する根源的な愛情に満ちた作品であり、見終えてとても愛おしい気持ちになれる好編であった。

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2022年12月23日 (金)

観劇感想精選(452) 當る卯歳「吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」第3部 「年増」&「女殺油地獄」

2022年12月9日 京都四條南座にて

午後6時から京都四條南座で、當る卯歳「吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎」第3部を観る。
コロナの影響で3部制となっている南座の顔見世。今年の第3部は、「年増」常磐津連中と、「女殺油地獄」の2本が上演される。


「年増」。出演は、中村時蔵(萬屋)。隅田川を背景とした舞踊である。
コミカルにしてユーモラスな所作の数々が天保時代の粋を現代に伝える。


「女殺油地獄」。近松門左衛門が人形浄瑠璃のために書いた本を基にした義太夫狂言で、私は大阪松竹座で平成19年に観ている。その時の与兵衛は市川海老蔵の代役を買って出た片岡仁左衛門であった。海老蔵が風呂場で転倒して足を怪我したため仁左衛門が代役となったのだが、仁左衛門は片岡孝夫時代に与兵衛役で大当たりを取っており、その時も貫禄十分の演技を見せていた。出演は、片岡愛之助(松嶋屋)、片岡孝太郎(松嶋屋)、嵐橘三郎(伊丹屋)、中村亀鶴(八幡屋)、中村壱太郎(成駒家)、片岡進之介(松嶋屋)、片岡松之助(緑屋)、中村梅花(京扇屋)ほか。

油まみれになっての殺害シーンが有名であり、映画化されているほか、「GS近松商店」など、舞台を現代に置き換えての翻案作品もいくつか存在している。

どら息子の与兵衛を演じる愛之助が様になっている。素の愛之助についてはよく知らないが、彼の芸風には与兵衛役は似合っているように感じられる。
主に大川(淀川)端のシーン、河内屋内の場、豊島屋(てしまや)油店の場からなり、河内屋内の場のラストなども独特の叙情があるが、見応えがあるのはやはり豊島屋油店の場である。義理の父親と実母が与兵衛に寄せる人情、与兵衛とお吉(孝太郎)の心理戦と油まみれの殺害シーンなど、近松の筆は冴えまくっている。
ラストで、足をガタガタ泳ぐように震わせながら花道を駆けていった愛之助。芸が細やかであった。

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2022年12月20日 (火)

これまでに観た映画より(316) 「天上の花」

2022年12月12日 京都シネマにて

京都シネマで、没後80年「萩原朔太郎大全2022」記念映画「天上の花」を観る。原作:萩原葉子(『天上の花――三好達治抄――』)、監督:片嶋一貴。脚本:五藤さや香&荒井晴彦。出演:東出昌大、入山法子、浦沢直樹、萩原朔美、林家たこ蔵、鎌滝恵利、関谷奈津美、鳥井功太郎、間根山雄太、川連廣明、ぎぃ子、有森也実、吹越満ほか。

萩原朔太郎の弟子である三好達治(東出昌大)と朔太郎の一番下の妹である慶子(実際の名前はアイ。演じるのは入山法子)の短い同棲生活を描いた作品である。

東京帝国大学を出た詩人の卵である三好達治は、萩原朔太郎(吹越満)の妹である慶子と出会い、一目惚れする。だが三好は詩作や翻訳を行うだけで、帝大卒とはいえ、定職に就いていないということで、慶子は難色を示す。「就職していれば結婚の可能性がある」ということで、三好は、北原白秋の弟が経営するアルスという出版社に朔太郎の口利きで入れて貰い、慶子と婚約するが、アルスは三好の入社2ヶ月後に倒産。婚約も破談となり、三好は佐藤春夫の姪である智恵子と結婚し、二児に恵まれる。一方の慶子は、詩人の佐藤惣之助と結婚。しかし惣之助が亡くなり、未亡人となった慶子に三好は果敢にアプローチ。智恵子とは離婚に至り、三好と慶子は福井県の三国で同棲生活を送ることになるのだが……。

三好も慶子も多分に不器用な人間であり、そうした不器用な人間のぶつかり合いが戦時を背景に破局へと向かっていく。普段は温和な三好だが、愛ゆえに束縛も強く、慶子へのそして詩の戦争抑止力の可能性を信じながら戦争礼賛の詩を書かねばならなかった自身への怒りが暴力へと向かっていく。ある意味、二人は似たもの同士であり、それが故に幸福には至れない運命だったのかも知れない。

スキャンダルまみれといった感じの東出昌大主演の映画だけに、観客は五指に余るほど。正直、興行的に成功するのは難しいだろう。とはいえ、東出昌大も入山法子もイメージには合っており(皮肉なことにスキャンダル後の東出昌大のイメージにまで合っている)不器用な文人達を描いた映画として一定の評価は出来るように思う。

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2022年12月18日 (日)

観劇感想精選(451) 山口浩章×KAIKA 「既成戯曲の演出シリーズ」vol.2「特急寝台列車ハヤワサ号」

2022年12月3日 東九条のTHEATRE E9 KYOTOにて観劇

午後7時から、THEATRE E9 KYOTOで、山口浩章×KAIKA 「既成戯曲の演出シリーズ」vol.2 「特急寝台列車ハヤワサ号」を観る。作:ソーントン・ワイルダー、テキスト日本語訳:時岡茂秀(劇書房『ソートン・ワイルダー一幕劇集』より)。演出:山口浩章(このしたやみ/劇団飛び道具)。上演時間約1時間の中編である。
出演は、浅田誠、鈴木美由紀、くぬぎ森子(劇団虹色どんぐり)、多田祥太郎、西山あずさ、齋藤薫、辻智之、橘(ヨアガキ)、鎌田奨一(ウィンターパーク)、大田陽彦(劇団ケッペキ/劇団ゲスワーク)、奥村海斗、渡邊志織、由良真介(笑の内閣)、渡邊容(劇団ケッペキ)、深草友紀子、岡田眞太郎(劇団トム論)、藤村弘二、友井田亮、乱痴パック(演劇集団Q)、河田全休(オフィスKAJA)、野村明里(ブルーエゴナグ)、サンタナカ(忍者ショー企画事務所team児雷也/MIYABEKIKAKU Action Team)、西村花織(劇団しようよ/劇団飛び道具)、合田団地(努力クラブ)、中村こず恵(劇団飛び道具)、佐藤真/ゆめみがち、岡田ヒビキ(ウィンターパーク)、吉岡沙月。総勢28名の大挙出演である。

舞台となるのは、ニューヨークからシカゴに向かう特急寝台列車ハヤワサ号であるが、車内でのやり取りが中心になるのではなく、ある女性の死とそれを巡る、人間ドラマとは異なった諸相が描かれており、特急寝台列車での行程があたかも60分の人生に喩えられたかのような印象を受ける。出演者達による合唱が効果的であり(戯曲には直接的には指示されておらず、今回の上演のための演出である)、生まれたしみじみとした効果は、この作品が年末に上演されるに相応しいことを教えてくれる。

登場するのは人間ばかりでなく、アメリカの各地方や、各地の天候、惑星のさえずりなどであり、今終わった一人の人間の人生が、他の人間のみならず、森羅万象に支えられた行いであったことが実感される。人生は本当に様々な事象に彩られている。

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2022年12月13日 (火)

コンサートの記(820) 原田慶太楼指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2022「ザ・フォース・オブ・オーケストラ」第3回「オールウェイズ・ストリングス」

2022年12月4日 京都コンサートホールにて

午後2時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2022「ザ・フォース・オブ・オーケストラ」第3回「オールウェイズ・ストリングス」を聴く。今日の指揮は若手の原田慶太楼。ナビゲーターはガレッジセール。

本編の前に、午後1時15分からロビーイベント「原田マエストロといっしょ!」が行われる。原田慶太楼が指揮者の仕事についてレクチャーするもので、弦楽アンサンブル(ヴァイオリン2。ヴィオラ、チェロ、コントラバスが1ずつ。奏者は全員若手の女性である)を指揮してモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」とドヴォルザークの「ユモレスク」を演奏し、テンポや強弱、表情によって同じ曲でも印象が変わることを聴き手に示す。子どものための指揮体験コーナーもあり、原田は指揮のスタイルや「好きなもの嫌いなもの」をイメージした描き分けの変化などをアドバイスしていた。


本編の曲目は、チャイコフスキーの弦楽セレナードから第1楽章、ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲ニ短調から第3楽章(ヴァイオリン独奏:会田莉凡)、ブルッフのヴィオラと管弦楽のためのロマンス(ヴィオラ独奏:小峰航一)、ポッパーのハンガリー狂詩曲(チェロ独奏:山本裕康)、ディッタースドルフのコントラバス協奏曲ホ長調から第1楽章(コントラバス独奏:黒川冬貴)、マイケル・エイブルスの「デライツ・アンド・ダンスイズ」(弦楽四重奏と弦楽オーケストラのための作品。弦楽四重奏:会田莉凡、安井優子、小峰航一、山本裕康)。


今日のコンサートマスターは京響特別客演コンサートマスターの会田莉凡(りぼん)。泉原隆志は降り番で、フォアシュピーラーに尾﨑平。今日はヴァイオリン両翼の古典配置をベースにした布陣である。
原田は指揮台を用いず、舞台に直接立って指揮を行う。


チャイコフスキーの弦楽セレナードから第1楽章。原田はノンタクトでの指揮。瑞々しくスプリングの良く効いた歌を京響から引き出す。

演奏終了後にガレッジセールの二人が登場。弦楽セレナードについて、川田広樹が曲目の紹介を行い、ゴリが「オー人事のCMでお馴染みの」と曲について語る。
ゴリが、「原田さん、熱量が凄いですね」と語り、原田が「今、ダイエットしてるんで」と応え、ゴリが「本番終わる頃にはガリガリですね」と返していた。

今回は協奏曲がメインとなるが、いずれも京都市交響楽団の首席奏者がソリストを務めるということで、「演奏が終わったらそれ(首席というポジションと楽器)について聞いてみましょう」ということになる。


ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲ニ短調。京響客演コンサートマスターの会田莉凡がソリストを務める。その間、コンサートマスターの位置には尾﨑が座るが、横に人を置かず(プルトを作らず)、コンマス一人体制となる。
超絶技巧が特徴のハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲。演奏家によっては技巧をひけらかすように弾く場合もあるが、会田の場合は地に足の付いた堅実なソロを奏でた。

ガレッジセールの二人がコンサートマスターについて会田に聞く。演奏の前に原田が、コンサートマスターについては、「サッカーに喩えるとキャプテンのようなもの。(指揮者が)監督でキャプテン」
ゴリ「エースストライカーのようなものですかね」
原田「そうですね」
ゴリ「今日はコンサートマスターが女性ということで、女性版堂安が現れるという」
というやり取りがあった。
会田は、「5歳からヴァイオリンを初めて8歳からアンサンブルで弾き始めて」ということでアンサンブルの楽しさを知ったそうで、ソロで弾こうと思ったことは余りないそうである。プロの演奏家になり、コンサートマスターになるとも思っていなかったそうだ。
ゴリ「原田さんは何歳から指揮者になろうと思われたんですか?」
原田「僕は生まれる前から」
ゴリ「嘘つけ!」
原田「僕のことはどうでもいいです」


ブルッフのヴィオラと管弦楽のためのロマンス。曲名通りロマンティックな曲である。独奏の小峰航一は京響の首席ヴィオラ奏者。リリカルな演奏を展開する。
首席ヴィオラ奏者という立場について小峰は、「コンサートマスターがキャプテンだとするとチームリーダー」と述べる。京響のヴィオラパートは男性は2人で後は全員女性であるが、小峰について二人の女性ヴィオラ奏者は、「頼りになるチームリーダー」、「面倒くさい男」と対照的な印象を述べ、小峰はヴィオラのメンバーについて「キャラが濃い」と語った。ヴィオラの役割について小峰は「彩り」と語る。
ヴィオラ奏者は最初からヴィオラを習っていた訳ではなく、まずヴァイオリンを習い、ある時点からヴィオラに転向するというケースが多い。小峰もまずはヴァイオリンを習っていたが、11歳の時にヴィオラに転向。性格的に「クラスの人気者でも陽キャでもない」ということでヴァイオリンよりもヴィオラの方が合っていたそうである。


ホッパーのハンガリー狂詩曲。チェロ独奏を受け持つのは、京響特別首席奏者の山本裕康。いぶし銀のような渋いソロを奏でる。ガレッジセールの質問はチェロ台とエンドピンについて。エンドピンは20世紀の最初に登場し、それ以前はチェロの本体を首から提げて演奏してたそうである。
山本がチェロを選んだ理由については、「よく言われることですが人間の声に一番近い」と述べていた。


ディッタースドルフのコントラバス協奏曲。ソリストは京響首席コントラバス奏者の黒川冬貴。典雅なソロを奏でる。

ディッタースドルフについては原田は、「ハイドンやモーツァルトと親しく」「ディッタースドルフが第1ヴァイオリン、ハイドンが第2ヴァイオリン、モーツァルトがヴィオラ」という編成で演奏旅行を行ったこともあると話す。

コントラバスを選んで理由について黒川は、「オーケストラの奏者になりたいと思ったのが中学生の時で、そこからだと(間に合うのは)コントラバスだけ」と述べていた。コントラバスは吹奏楽の編成に弦楽器としては唯一入っており、吹奏楽部からコントラバスを始めたという人も多い。


マイケル・エイブルスの「デライツ・アンド・ダンスイズ」。今回が日本初演となる。
エイブルスは60歳になる現役の作曲家で、原田とも親交があるそうである。弦楽四重奏が神秘的な旋律を奏で、弦楽オーケストラがピッチカートで応える。弦楽四重奏はその後、流れるような旋律を奏で、弦楽オーケストラもそれを反映するように盛り上がりを見せた。


原田の指揮する京響は、伸びやかにして華やかで活気のある演奏を聴かせた。

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2022年12月11日 (日)

コンサートの記(819) 広上淳一指揮 京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科第169回定期演奏会

2022年12月2日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科の第169回定期演奏会を聴く。指揮は京都市立芸術大学客員教授の広上淳一。

曲目は、ベートーヴェンの「コリオラン」序曲、ブルックナーのモテット「この場所は神によって造られた」と「見よ、大いなる司祭を」、ベートーヴェンの合唱幻想曲(ピアノ独奏:三舩優子、ソプラノ:佐藤もなみ&伊吹日向子、アルト:柚木玲衣加、テノール:向井洋輔&井上弘也、バス:池野辰海、合唱;京都市立芸術大学音楽学部合唱団)、ベルリオーズの幻想交響曲。

京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科の定期演奏会には何度が接しているが、広上淳一の指揮で聴くのは初めてだと思われる。


ベートーヴェンの「コリオラン」序曲。音色が洗練に欠けるのは学生団体故仕方ないであろう。なかなか熱い演奏を展開する。


ブルックナーのモテット「この場所は神によって造られた」と「見よ、大いなる司祭を」。合唱はポディウムに陣取り、マスクなしで歌う。パイプオルガンは客演の三森尚子が演奏する。
ブルックナーは現在では交響曲作曲家として認知されているが、元々はパイプオルガンの名手として知られ、宗教音楽の作曲も得意としていた。
「この場所は神によって造られた」の楚々とした感じ、「見よ、大いなる司祭を」の雄渾さ、いずれもブルックナー節も利いていて曲としても面白い。
日本に限らないかも知れないが、音楽のみならず芸術関係の大学は女子の方が圧倒的に多い。京芸も例外ではなく、合唱の人数も目視で確認して男女比は1:3ぐらいあるのではないかと思われる。男声が少なくても良い曲を選んだのであろうか。


ベートーヴェンの合唱幻想曲。交響曲第5番「運命」、交響曲第6番「田園」と同じ日にアン・デア・ウィーン劇場で初演されたことで有名である(ちなみに「田園」の番号は初演時には交響曲第5番、日本では「運命」して知られる曲が交響曲第6番として発表されている)。この初演は演奏会自体が失敗している。ひどく寒い日だった上に演奏家や声楽家のコンディションが悪く、しかも約4時間の長丁場ということで聴衆の集中力が保たなかったのだと思われる。
合唱幻想曲であるが、個人的には「クサい」感じがして余り好きな曲ではない。やけに芝居がかっているところが気に掛かる。
ということで、今回も聴いていて「良い曲だ」とは思えなかったのだが、三舩優子の温かな響きのするピアノ、また学生ソリスト達の優れた歌唱など、思った以上に聴き応えはあった。


後半、ベルリオーズの幻想交響曲。
冒頭から前半とは打って変わって弦が洗練された音を出す。単に洗練されているだけではなく、妖しげな光を放っているのが特徴である。
広上淳一はロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団を指揮してDENONにこの曲をレコーディングしており、出来も上々であるが、やはりこの曲は向いているようだ。
音型のデザインもきっちりなされた上で生命力豊かな演奏を展開。第2楽章はコルネット入りのバージョンである。
第3楽章のコーラングレとオーボエの掛け合いでは、オーボエ奏者はパイプオルガンの横のボックス席のようなところで演奏を行う。楽章全体を通して瑞々しい音色が印象的である。
第4楽章「断頭台への行進」では、おどろおどろしさと推進力が掛け合わされた優れた演奏。ラストを一気呵成に駆け抜けるのも容赦がない印象で効果的である。
第5楽章「サバトの夜の夢」では、鐘はパイプオルガンの横のポディウム最上段に置かれ、視覚的な効果も上げていた。奇っ怪な夢の描写も優れており、迫力と華麗な音の彩りが発揮されて、広上と京都市立芸術大学音楽学部の結束力の強さも確認出来た。

最後に広上は、「ワールドカップ、日本、スペインに勝ちました。そして京都市芸の若者が素晴らしい演奏を行う。日本もまだまだ捨てたもんじゃないですね」「長友選手の言葉を皆さんにお届けします。『ブラボー!』」と語り、コンサートはお開きとなった。

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2022年12月 7日 (水)

観劇感想精選(450) 「凍える」

2022年11月5日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて観劇

午後6時から、兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、「凍える」を観る。作:ブライオニー・レイヴァリー、テキスト日本語訳:平川大作、演出:栗山民也。坂本昌行、長野里美、鈴木杏による三人芝居である。

三人芝居であるが、序盤はそれぞれ一人ずつが独り言を言ったり語ったりするシーンが続き、一人芝居の集合体といった趣である。中盤以降は会話を交わすシーンも出てくるが、三人で会話を行うシーンは存在しない。たまたまかも知れないが、コロナ下に行うには適した作品である(もっとも顔を近づける場面などは存在する)。

犯罪と幼児期の虐待がテーマとなっており、ストレスが脳に与える影響が語られる。人体実験が出来ないため脳については不明の部分が圧倒的に多いが、CTスキャンなどを行うと脳の萎縮した場所などが分かるため、心の傷が脳の傷に直結しているということも最近では分かるようになってきた。

イギリスが舞台であるが、冒頭には鈴木杏演じる精神科医のアニータ(研究医だろうか。デイヴィッドという男性と共同で幼時のストレスが脳に与える影響を研究しており、犯罪者も幼時に虐待などを受けて脳に損傷が見られるケースが多いことを学会で発表する)がニューヨークを去る場面が置かれている。アニータはアイスランド系であり、苗字も変わったものだ。

今から21年前に事件は起きた。ナンシー(長野里美。ちなみに「ナンシー」というのは「アン」の愛称である)の次女で10歳のローナが行方不明になる。イギリスでは幼児の失踪事件も多く、ナンシーと夫のボブ(「ボブ」というのは「ロバート」の愛称である)は失踪した子どもの親達が作る互助会のグループ「炎」に入って活動を続けるが、ローナの行方は知れない。その間にナンシーと夫や長女のイングリットとの関係もきしみ始める。

それから21年が経ち、ラルフ(坂本昌行)が連続児童殺害の容疑で逮捕される。殺害された児童の中にローナの名があった。


犯罪者と心の傷に迫る作品であり、興味深いところも沢山あるのだが、知識として提示されただけで、解決が何一つなされないというのが物足りないところである(解決しようがない問題であり、無理矢理解決させてはいけないのかも知れないが)。ラルフ(「ごめんあそばせ」という男らしからぬ言葉遣いをすることがあり、DVを受けていると思われる母親の姿がトラウマとして焼き付いているのかも知れない)の幼時に対する掘り下げがもっとあった方が物語性も高まるので良いように思われるのだが、グロテスクになる可能性も高いため敢えて避けた可能性もある。
ラルフの狂気の場面は、可笑しくなったり大仰になったりする直前で止まる優れた表現で、坂本昌行の俳優としてのセンスの高さが感じられ、長野里美も鈴木杏も自らの個性を十分に発揮した演技を行っていたように思う。

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2022年12月 5日 (月)

コンサートの記(818) リオ・クオクマン指揮 京都市交響楽団第673回定期演奏会 フライデー・ナイト・スペシャル

2022年11月18日 京都コンサートホールにて

午後7時30分から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第673回定期演奏会を聴く。今年の4月から金曜土曜の2日間に渡る定期演奏会は、プログラムが双方で少し異なることになり、金曜日の定期は「フライデー・ナイト・スペシャル」として、開演時間が通常より30分遅くなり、休憩なし約1時間のプログラムでの演奏が行われることとなった。チケット料金も当然ながら通常よりも安めである。

今回の指揮者は、マカオ出身のリオ・クオクマン。コンサートマスターは、泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平。いつも通りドイツ式の現代配置での演奏である。

今日の曲目は、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」(リオ・クオクマンによるピアノ弾き振り)、リヒャルト・シュトラウスの歌劇「ばらの騎士」組曲、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」。明日はプログラムから「ラプソディ・イン・ブルー」が抜け、代わりにプッチーニの歌劇「マノン・レスコー」から第3幕への間奏曲と大曲であるレスピーギの交響詩「ローマの松」が加わる。

客の入りは今ひとつ。やはり安い席はそれなりに埋まるが、料金が高めの席(京響は公立のオーケストラということもあって、S席でも5500円と比較的安めであるが)は空席が目立つ。


リオ・クオクマンは、香港とアメリカで音楽を学び、2014年のスヴェトラーノフ国際指揮者コンクールで最高位を獲得。2016年までフィラデルフィア管弦楽団でヤニック・ネゼ=セガンの副指揮者を務めた。現在は、香港フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者を務めている。


プレトークでクオクマンは、「コロナが流行する前の最後のコンサートが京都コンサートホールでの京響定期だった」ということで、「また素晴らしいホールで素晴らしいオーケストラと共演出来るのを嬉しく思う」と語った。

管楽器の首席であるが、フルートの上野博昭はガーシュウィンのみ、クラリネットの小谷口直子はリヒャルト・シュトラウスのみの出番。トランペットのハラルド・ナエスは「ばらの騎士」のみ板に乗らなかった。


ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」。クオクマンのピアノは正統派。端正の中に遊び心が時折顔をのぞかせる。
京響は音色こそ先週のボストン交響楽団に比べれば地味であるが、スケールが大きく迫力のある伴奏を聴かせる。日本のオーケストラらしい表情の細やかさも印象的である。


リヒャルト・シュトラウスの歌劇「ばらの騎士」組曲。リヒャルト・シュトラウス好みの可憐で華やかな音の絵巻が展開される。京響の音色も冴えており、洗練されている。音の絵巻と書いたが、指揮者が若いということもあり、音とデジタル画像のコラボレーションのような印象も受ける。若い音楽家は感性もデジタルな人が多く、今後、多くの楽曲のイメージが大きく変革していく可能性は高いと思われる。


ラヴェルの「ラ・ヴァルス」。語り上手な演奏である。ラヴェルがこの曲に託した筋書きのようなものが巧みに音に変えられていく。
クオクマンの指揮も冴えまくっており、京響の音色も日本のオーケストラとしては色彩豊かで、クオクマンと築くオーケストラドライブに爽快感を覚える。


カーチュン・ウォンもそうだが、リオ・クオクマンも才気煥発というタイプ。日本も含めて近年のアジアの指揮者にはこうした才人タイプが多く、今後が楽しみである。

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2022年12月 4日 (日)

コンサートの記(817) 尾高忠明指揮大阪フィルハーモニー交響楽団 「交響曲No.1」@兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール

2022年11月13日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールにて

午後3時から、西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで、尾高忠明指揮大阪フィルハーモニー交響楽団のコンサート「交響曲№1」を聴く。

「作曲家が最初に作曲した交響曲の中で最も完成度が高いのは誰のものか?」という話題がたまにネット上で話題になることがあるが、今回はその「完成度の高い交響曲」の最右翼候補であるシベリウスの交響曲第1番とブラームスの交響曲第1番が並ぶという意欲的なプログラムである。

今日のコンサートマスターは須山暢大。フォアシュピーラー(アシスタント・コンサートマスター)には客演の川又明日香が入る。KOBELCO大ホールを本拠地としている兵庫芸術文化センター管弦楽団(PACオーケストラ)からは、6月まで在籍していたオーボエの上品綾香や、トランペットのガイルス彩乃(ハーフではなく、東京都交響楽団のトロンボーン奏者であるザッカリー・ガイルスの奥さん)らが客演として参加する。なお、大フィル首席コントラバス奏者のサイモン・ポレジャノフはPACオーケストラの出身であり、今度兵庫県立芸術文化センターで凱旋となるリサイタルを行う予定だそうである。


後にショスタコーヴィチと共に「ベートーヴェン以降最大のシンフォニスト」と呼ばれることになるジャン・シベリウスの最初の交響曲は彼が33歳の時に初演された。ティンパニのロールの上にクラリネットが孤独なモノローグをつぶやき、やがて弦の響きが巨大なうねりとなって広がっていく。

現在の日本においてシベリウス演奏の大家とも言える存在である尾高忠明。札幌交響楽団と「シベリウス交響曲全集」を完成させており、極めて高い水準を示していたが、今日も大フィルから澄んだ涼しげな音色を引き出す。
スケールの大きさ、寂寥感などの表出にも長けており、ティンパニの強打も印象的である。木管楽器のくっきりとした響きなどもシベリウスの優れた肖像を描き出す。


ブラームスの交響曲第1番は、おそらく交響曲第1番の中では最も有名な作品であり、個人的にもコンサートで最も多く接した楽曲である。
20代前半で交響曲の着想を得たブラームスであるが、慎重に慎重を重ね、43歳の時に交響曲第1版を完成させた。実に20年以上の歳月を掛けている(上には上がいて、バラキレフは交響曲第1番を完成させるのに30年以上の歳月を要した)。その間に別の交響曲の着想も得ていたが、結局、交響曲として完成させることが出来ず、他のジャンルの曲に転用している。

尾高は冒頭の悲劇性を強調せず、流れの良い音楽を築く。その後に音楽は白熱して行くわけだが、尾高は熱よりもアンサンブルの構築を重視。「流麗」とも呼べる弦の響きが印象的である。
ロマンティシズムの表出に長けた第2楽章と第3楽章を経て第4楽章も流れの良い音像を浮かび上がらせる。ベートーヴェンの「第九」の歓喜の歌に似た主題も愉悦感たっぷりに弾かれ、幸福な雰囲気がホールを満たしていた。


最後に尾高忠明は、「やっとお招きいただきました。素晴らしいホールです。そしてお世辞ではなく素晴らしいお客さんです」と語り、「西宮北口という駅には初めて降りました。北口と付く駅の名前は珍しいと思います。待ち合わせ場所を聞いたら『西宮北口の南口で』と言われて」と語って客席から笑いを引き出していた。

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2022年12月 1日 (木)

コンサートの記(816) 沼尻竜典オペラセレクション NISSAY OPERA 2022 ロッシーニ 歌劇「セビリアの理髪師」@びわ湖ホール

2022年11月27日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール大ホールにて

午後2時から、びわ湖ホール大ホールで、沼尻竜典オペラセレクション NISSAY OPERA 2022 ロッシーニのオペラ「セビリアの理髪師」を観る。演奏は、沼尻竜典指揮日本センチュリー交響楽団。演出は粟國淳。出演はWキャストで、今日の出演は、小堀勇介(アルマヴィーヴァ伯爵)、山下裕賀(やました・ひろか。ロジーナ)、黒田祐貴(フィガロ)、久保田真澄(バルトロ)、斉木健詞(ドン・バジリオ)、守谷由香(ベルタ)、川野貴之(フィオレッロ)、木幡雅志(隊長)、宮本俊一(みやもと・としかず。アンブロージョ)、及川貢(公証人)。ギター演奏:黄敬(こう・けい)。チェンバロ演奏:平塚洋子。合唱:C.ヴィレッジシンガーズ。

オペラ作曲家として一大ブームを築きながら、37歳の若さで引退したということもあり、多くの作品が序曲のみが知られるだけの存在となっているジョアキーノ・ロッシーニ。20世紀も後半になると作品の見直しが始まり、いくつかの作品は上演されたり録音されたりするようになっているが、生前から途切れることなく上演されているのは、「セビリアの理髪師」だけである。

「セビリアの理髪師」は、ボーマルシェによるフィガロ三部作の第1弾である。第2作の「フィガロの結婚」は先にモーツァルトが作曲しており、オペラ作品の中でも1、2を争うほどの人気作となっているが、「セビリアの理髪師」も「フィガロの結婚」効果が影響したのか否かは正確には不明であるが、「フィガロの結婚」の前日譚ということで人気を集めた可能性は大いにあると思われる。

フィガロは、理髪師ということになっているが、「私は街のなんでも屋」というアリアが示すとおり、理髪だけではなく外科手術や遺体の処理なども行う卑賤の身分である。フィガロは自分の店を持っているようだが(演出によってはフィガロの妄想ということになったりもする)基本的にはホームレスで生活している人々であり、バルトロ博士が内科医でエリートである一方で、同じ医術を扱っていてもこの当時の外科関係者(理髪師が兼ねていた。今も理髪店には外科関係を扱っていた時の名残であるサインポールが設置されていることが多い)は他人の体に触れる仕事ということで被差別民の扱いであった。
このオペラには伯爵身分であるアルマヴィーヴァ伯爵、貴族身分を表す「ドン」の付くバルトロやバジリオなどが登場するが、そうした身分差をはねのけて活躍するフィガロの姿が痛快であったりする。

粟國淳の演出は、テント小屋内(赤テント風)を表すような背景と回り舞台(美術:横田あつみ)を駆使したもので、物語が図式化される部分があるなど、分かりやすいように工夫がなされ、またテント芝居や見世物小屋のような活気を舞台上にもたらしていた。出演者達の踊り(振付:伊藤範子)や身のこなしなども楽しい。

歌唱もかなり充実。若手中心のキャストだと思われるが、声量に声の張りと艶、心理描写の巧みさなど、私の想像する日本人オペラ歌手の歌唱を超えたレベルで歌われており、かなり頼もしい。

沼尻の指揮する日本センチュリー響も、イタリアオペラらしいカンタービレや音のキレ、迫力満点のロッシーニクレッシェンドなど、かなり上質の演奏を展開しており、沼尻の円熟とセンチュリー響の成長を実感させる出来となっていた。

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