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2024年4月29日 (月)

コンサートの記(842) ローム ミュージック フェスティバル 2024 オーケストラコンサートⅡ ショスタコーヴィチの真骨頂!「ピアノ協奏曲」&「革命」 三ツ橋敬子指揮 東京フィルハーモニー交響楽団、阪田知樹(ピアノ)

2024年4月21日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、ローム ミュージック フェスティバル 2024 オーケストラ コンサートⅡ ショスタコーヴィチの真骨頂!「ピアノ協奏曲」&「革命」を聴く。午後4時開演。

ローム ミュージック フェスティバルはここ数年、毎年東京のオーケストラを招いているが、今年は東京フィルハーモニー交響楽団が選ばれた。指揮は東京フィルとの共演も多い三ツ橋敬子。
ナビゲーターは例年通り朝岡聡が務める。

オール・ショスタコーヴィチ・プログラムで、祝典序曲、ピアノ協奏曲第1番(ピアノとトランペット、弦楽オーケストラのための協奏曲。ピアノ独奏:阪田知樹、トランペット独奏:菊本和昭)、交響曲第5番「革命」の3曲が演奏される。

今日のコンサートマスターは近藤薫(男性)。ドイツ式の現代配置での演奏である。

日本一の大所帯である東京フィルハーモニー交響楽団。新星日本交響楽団を吸収合併したためで、楽団員は約160人と、通常のフル編成のプロオーケストラの倍近くいる。そのため、やろうと思えば同日同時間帯に2カ所で東京フィルハーモニー交響楽団の演奏会を開くことも出来るが、リハーサル会場の関係もあって行われたことはないはずである。だが、一方が演奏会を開いている時に、もう一方はリハーサルを行っているといったようなことはよくあるようである。定期演奏会は渋谷のBunkamuraオーチャードホールで行っているが、このホールは音響が悪い上に安普請。場所がないところにシアターコクーンなどの文化施設を詰め込んだため、出演者にとっても使い勝手が悪いそうで、環境には恵まれていない。
いつの間にか日本最古のオーケストラということになっている東フィルであるが、本格的にオーケストラとして活動を始めたのは1938年になってからである。
オペラやバレエ上演の際にピットに入ることが多く、オペラで鍛えたカンタービレを最大の特徴とする。尾高忠明が若い頃から長年に渡って常任指揮者を務め、勇退する際には東フィルの財団理事長だったソニーの大賀典雄から名誉指揮者の称号を打診されるも、当時まだ若く「名誉指揮者は年寄りが名乗るもの」と考えていた尾高は、「桂冠指揮者でどうですか」と返し、大賀に「なんだそりゃお巡りか?」と言われたというエピソードが知られている。
チョン・ミョンフンがスペシャルアーティスティックアドバイザーを務めていた21世紀初頭に一時代を築き(現在は名誉音楽監督の称号を贈られている)、現在は首席指揮者に期待の若手、アンドレア・バッティストーニ、特別客演指揮者にミハイル・プレトニョフ、桂冠指揮者に尾高忠明と大野和士、ダン・エッティンガーと指揮者陣は充実している。ポピュラー音楽の仕事も多く、2013年と2014年には坂本龍一と「Playing the Orchestra」で共演している。2013年のアンコール演奏と、2014年の演奏会は坂本の指揮で演奏しており、東北ユースオーケストラと共に坂本が本格的に指揮した日本でただ2つのオーケストラの1つとなっている。
NHKとも関係が深く、FM放送での演奏や、「名曲アルバム」の収録、NHK紅白歌合戦の演奏なども務めている。そのためN響からの引き抜きがたまにあるとされている。

指揮者の三ツ橋敬子は、関西での演奏会に登場することも多く、お馴染みの存在である。「可愛すぎるマエストラ」と呼ばれることもある三ツ橋は、幼時から音楽の才能を発揮して地元では「天才少女」と呼ばれ、東京藝術大学と同大学院を修了。その後、ウィーン国立音楽大学とイタリアのキジアーナ音楽院に留学。海外での学歴は下野竜也と同じである。これまでに指揮を小澤征爾、小林研一郎、ジャンルイジ・ジェルメッティ、ハンス=マルティン・シュナイト、湯浅勇治、松尾葉子、高階正光に師事。第10回アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで日本人として初めて優勝。聴衆賞、ペドロッティ協会賞も受賞し最年少で3冠に輝く。第9回アルトゥーロ・トスカニーニ国際指揮者コンクールでは準優勝し、女性初の入賞者となっている。
華麗な経歴の持ち主であるが、楽団のポストには就いておらず、就いた経験もなく客演指揮者生活を続けている。東京フィルハーモニー交響楽団とは何度も共演しているが、声は掛かっていない。高いバトンテクニックを持ち、特にタクトを持たない左手の使い方が上手い。安定度が高く、何でも器用に指揮するが、本当は何が得意なのかはっきりしないところがあり、それがポストに恵まれない理由の一つなのかも知れない。

三ツ橋は左手を挙げながら登場する。

祝典序曲。東フィルの金管は輝かしい。昨日、関西の6つのオーケストラを立て続けに聴いたばかりだが、東フィルの金管は一段と煌めいている。弦にも威力があり、音に潤いがある。ショスタコーヴィチらしい才気も各所で表現された。


ピアノ協奏曲第1番。トランペットの独奏と弦楽の伴奏を伴う特殊な編成の協奏曲である。
ピアノ独奏の阪田知樹は、2016年フランツ・リスト国際ピアノコンクールで1位獲得に加えて6つの特別賞を受賞。2021年エリザベート王妃国際音楽コンクール・ピアノ部門で第4位入賞、19歳の時に受けた第14回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで最年少入賞を果たしている。キッシンゲン国際ピアノオリンピックでは日本人初となる第1位を獲得した。
トランペット独奏の菊本和昭は、元京都市交響楽団トランペット奏者で、現在はNHK交響楽団の首席トランペット奏者を務めている。京都市立芸術大学及び同大学院修了。フライブルク音楽大学、カールスルーエ音楽大学に学び、2002年の日本管打楽器コンクールで1位獲得。翌年の日本音楽コンクールでも第1位に輝き、合わせて増沢賞、E.ナカミチ賞、聴衆賞受賞。2004年に京都市交響楽団に入団し、2012年にNHK交響楽団に首席奏者として移籍している。大阪音楽大学では客員教授も務めている。

ナビゲーターの朝岡聡が登場し、ピアノ協奏曲第1番の解説を行う。作曲家兼ピアニストとして活動していたショスタコーヴィチは、優勝を目指して1927年の第1回ショパン国際ピアノコンクールに出場するが、優勝出来ず、名誉賞止まり。落胆したショスタコーヴィチはピアニストとしての活動よりも作曲家としての仕事に力を入れるようになる。その6年後に書かれたのがピアノ協奏曲第1番である。
第1楽章には、ベートーヴェンの「熱情」ソナタの冒頭がパロディーとして用いられ、途中にはハイドンのピアノ・ソナタの旋律も盛り込まれるなど、ショスタコーヴィチらしい諧謔の精神に満ちた作品である。

トランペットの菊本は指揮者の正面、第2ヴァイオリン最後列の少し後ろで立ったまま演奏する。
阪田はクリアなタッチを持ち味とするピアニストで、一音一音の輪郭がクッキリしている。
メカニックも冴え渡っており、誰がどう聴いても難しいパッセージも軽く弾きこなしてしまう。
ショスタコーヴィチの協奏曲は全体的に暗めの作風のものが多いのだが、この曲にはリリカルな部分や馬鹿騒ぎのような場面も存在し、ガラクタ箱をひっくり返したような面白さがある。
菊本のトランペットは音が輝かしく。ノリが良かった。

演奏終了後、阪田、菊本、朝岡が登場し、朝岡が「菊本さんが阪田さんに『あんたは凄い!』と言っていた」と明かす。菊本は「ずっと年下だけど尊敬出来る」と語る。阪田は今年30歳だが、菊本は「その歳の時、(自分は)こんなにしっかりしてたかな」と語っていた。
阪田は、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番について、「舞曲など色々な要素が出てくる」と分析していた。
菊本が第2ヴァイオリン最後列の後ろで吹いたことに関しては、リハーサル時はピアノの横、阪田の背中が見える場所に立って演奏したが、「生音過ぎる」というので後ろに引っ込むことにしたという。


交響曲第5番「革命」。「革命」というタイトルは作曲者が付けたものではなく、日本のレコード会社がセールスを上げるために命名したもので、他国では「革命」交響曲と言っても通じない。
朝岡の解説が入る。スターリンの時代になり、年間70万人が粛正されるようになった。音楽など文化面にも粛正の波は押し寄せ、ショスタコーヴィチの友人や知人も命を落とすようになる。ソビエト当局が気に入らないものを書けば即強制収容所送りか死刑である。そんな中、ソビエト共産党の機関紙である「プラウダ」紙上においてショスタコーヴィチの作品は「音楽の代わりに荒唐無稽」と批判されてしまう。それまで鮮烈な作風を発揮してきたショスタコーヴィチだが、自信作の交響曲第4番は先鋭的過ぎて危ないということで初演を取りやめ、ショスタコーヴィチは当局の方針に従って社会主義的リアリズムに基づいた明瞭な作品を作ることを決意。こうして交響曲第5番が書かれた。初演は大成功。のみならず世界中で称賛され、「20世紀最大のヒット曲」と呼ばれるまでになっている。ベートーヴェンの交響曲第5番の筋書きに則ったこの曲は、苦悩を経て皮相なまでの勝利に至るという分かりやすい展開と、当時まだ余り評価されていなかったマーラーを尊敬していたショスタコーヴィチ一流の迫力あるオーケストレーションが魅力である。
しかし、曲の内容はそう単純ではない。朝岡は、第1楽章にビゼーの歌劇「カルメン」の“ハバネラ”が隠れていることを指摘し、「自由」への意志が見え隠れてしていることを仄めかす。
また第3楽章は、スターリンに粛正された犠牲者へのレクイエムではないかとの見解を述べた。
今年の大河ドラマが『源氏物語』の作者である紫式部を主人公にした「光る君へ」ということで、同じ平安文学とされる「いろは歌」(空海作という説もある)を朝岡は挙げ、47文字1つも重なることなく作り上げた文学作品であるが、7文字ごとに切ると「とかなくてしす」となり、「罪なくて死す」つまり冤罪を訴える内容が隠されているのではないかという説があることを紹介し、ショスタコーヴィチも様々なメッセージを曲の中に隠している可能性があることを告げていた。

第1楽章。冒頭は迫力をそれほど出さず、流れ重視。低弦はさほど強調されず、ピラミッド型のバランスではない。管楽器はパワーと輝きがあり、弦楽も冴えている。“ハバネラ”を模した旋律はまずヴィオラに現れ、フルートとホルンが歌い交わす場面もある。
三ツ橋の指揮は、151㎝という小柄な体を補うように大きく伸び上がるもので、三ツ橋によると勢い余って指揮台から転げ落ちることもあるそうだが、私は幸いそうした場面には出くわしていない。ラスト付近の阿鼻叫喚の描写もよく整理されて迫力があった。

第2楽章は、マーラーの「巨人」交響曲の第2楽章を連想させる音楽で、皮肉を効かせた曲調がよく表されている。コンサートマスターのソロなどにレガートが用いられていたが、そうした譜面があるのか解釈として取り上げたのかは不明である。

第3楽章。繊細にして痛切な音楽である。ロームシアター京都メインホールはオペラ向けの音響仕様なのでオーケストラコンサートには余り向いておらず、弦楽のさざ波やその上につぶやかれるオーボエやクラリネットのソロの美しさは十分であったが、オーケストラコンサート仕様の会場だったらもっとリアルな響きがしたのではないだろうか。

第4楽章。三ツ橋はやや速めのテンポで演奏を開始。この楽章は、作曲家の指示通りに演奏するとちょいダサになるため、レナード・バーンスタインのように倍速にして格好良さを出す(作曲者の了承済み)演奏もあるのだが、あるいはダサさこそショスタコーヴィチが目論んだ揶揄なのかも知れず、判断が難しいところである。西側では皮相な凱歌と見なされたこの楽章であるが、ジョン・ウィリアムズの映画音楽にも通じる部分があるなど、ショスタコーヴィチの新しさも感じることが出来る。時折現れる悲壮な旋律は挽歌のようでもあり、ホルンの牧歌的なソロは、勝利した安心感というよりも、見果てぬ安住の地への憧れのように響き、ラストへ向かう進行も前に立ちはだかる何か巨大なものを感じさせ、勝利がまだ訪れていないことを暗示しているかのようである。

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