これまでに観た映画より(337) 笠置シヅ子主演映画「ペ子ちゃんとデン助」(1950)
2024年6月17日
録画してまだ観ていなかった、笠置シヅ子主演映画「ペ子ちゃんとデン助」を観る。1950年制作の松竹作品。原作:横山隆一(漫画「ペ子ちゃん」「デンスケ」)、脚本:中山隆三、監督:瑞穂春海。音楽:服部良一。出演:笠置シヅ子、堺駿二、高倉敏(たかくら・びん。コロムビア・レコード)、横尾泥海男(よこお・でかお)、河村黎吉、沢村貞子、殿山泰司(とのやま・たいじ)、紅あけみほか。撮影:布戸章。
「フクちゃん」の作者である横山隆一の原作ということで、劇中で漫画「フクちゃん」が読まれる場面がある。
笠置シヅ子は、歌手時代は「笠置シズ子」名義で、女優に専念してから「笠置シヅ子」に芸名を変えたとする記述がよく見られるが、歌手時代に出演した映画でもクレジットが「笠置シヅ子」表記になっているものがあり、「ペ子ちゃんとデン助」もその一編である。ということで芸名を変えたというよりは、歌手「笠置シズ子」、女優「笠置シヅ子」と使い分けていた可能性の方が高いことが分かる。
笠置シヅ子が演じているのは、フラワ社という弱小カストリ雑誌社の記者兼編集者の大中ペ子である。ペ子は映画の途中で新しく創刊されることの決まった雑誌の編集長に抜擢されるが、取材の内容はクローバーレコードから売り出し中の覆面歌手、ミスタークローバーの正体を探って覆面を剥がすという下世話なもので、カストリ雑誌と余り変わらないように思える。この映画では笠置は「買い物ブギー」の歌詞以外は標準語で通しているが、たまにアクセントが大阪弁風になる時がある。
一方のデン助(堺駿二)は、フラワ社の給仕である。かなりドジな性格で、銀座の交差点で手紙類をばら撒いてしまい、たまたま通りかかったペ子に車道まで飛び散った手紙を拾わせて、自身は逃げてしまう。このシーンは、実際の銀座かどうかまでは分からないが繁華街の公道でのロケで、多くのエキストラを使って撮影したと思われるのだが、人や車、路面電車を全て止めて撮影したのだろうか。あるいは人通りの少ない早朝などにゲリラ撮影を行ったのだろうか。俯瞰でのアングルでどこから撮っているのかも気になる。
ペ子には大きく年の離れた弟がおり、「サザエさん」のサザエとカツオのようであるが、この時代には大きく年の離れた姉弟は珍しくなかったようである。
笠置シヅ子は美人ではなく、笠置本人も自身を「けったいな顔」と評していたり、初対面時に服部良一からがっかりされているが、映画での笠置シヅ子の表情はかなり魅力的で顔の造形が全てではないことが分かる。若き日の三島由紀夫が熱愛する笠置シヅ子と対談を行った時の記事が残っているのだが、三島の笠置に対する崇拝ぶりは凄まじく、読んでいるこちらが恥ずかしくなってくるほどであるが、なるほど、これなら三島が惚れるのも納得である。
笠置シヅ子は、映画オリジナルの「ペ子ちゃんセレナーデ」や「ラッキーサンデー」、デビュー曲の「ラッパと娘」の抜粋なども歌っているが、何よりも見物聞き物なのは代表曲「買い物ブギー」である。服部良一が上方落語「ないもん買い」をヒントに大阪弁の歌詞で作った意欲的な楽曲であるが、メロディーを歌うというよりも音を置いていくような進行は、ラップを先取りしていると見ることも出来る。ちなみに「ペ子ちゃんとデン助」の公開は1950年5月21日。「買い物ブギー」の発売は1950年6月15日で、やはりプロモーションを兼ねているようである。
「買い物ブギー」のシーンは、2階建てのセットを組み、水平方向のカメラ移動と、垂直方向への移動が組み合わされており、笠置シヅ子の動きも決まっていて、当時としてはかなり凝ったカットである。笠置が横顔を見せる場面では、向かいのビルや背後にもエキストラを配して手拍子させるなど芸が細かく、ミュージックビデオとして通用する。このシーンには女優デビューしたての黒柳徹子が通行人役で出演しているはずだが、映っているのかどうかはっきりとは確認出来ない。黒柳は何度もNGを出したそうだが、笠置がとても優しくにこやかな人で助かったという。
黒柳徹子の証言(連続テレビ小説「ブギウギ」放送を記念したNHKの特別インタビューより)
“「通行するっていっても難しくて、『いま後ろ行った人、スパって行って、なんか不自然だから普通に歩いて!』ってディレクターから指示が出て、普通にってっどうやって歩くんだっけなと思って。『申し訳ありません。上手にやります』って言って。それでまた何回かトボトボ歩くと『もうちょっと元気よく!』って言われて、何回も何回もやらされたりして。そのたびに笠置さんは『今日は朝から♪』ってやらなきゃいけなくて、本当に申し訳なかったんですけど」
「3回か4回やっていたら、笠置さんが私をご覧になってね、『大変でんな』っておっしゃったんですよ。なんていい方だろうと思って。私が下手なために、笠置さんはそのたびに『今日は朝から♪』って歌っていらっしゃるわけですから。『何回やらせるのよ!』っておっしゃったっていい立場なのに、とても優しくしてくださってね。芸能界ってのは怖いって聞いていたけど、あまり怖くないかもしれないなと思ったりしました」”
「買い物ブギー」は、曲が長く、全編がSP盤には収まらないので、最後の落語で言う下げの部分がカットされているが、この映画ではカットなしの全編を聴くことが出来る。なお、放送自粛用語(放送禁止用語という言葉があるが、戦後の日本には検閲制度はないので禁止にすることは出来ず、自粛に任せるというのが実情に近い)が含まれているが、この映画の2カ所と最初のSP盤の1カ所は伏せることなく歌われている。「買い物ブギー」は5年後に再録音が行われており、そちらは歌詞を変えて放送自粛用語は含まれていないため、現在では再録音盤の方が主に使用されている。
映画の中にエイプリルフールの下りがあるが、どうやらこの頃には日本でもエイプリルフールの習慣が広まっていたことが分かる。世相を知る上でも興味深い映画となっている。
また劇中に「のど自慢コンクール」(まだテレビはない時代なのでラジオでの放送)が登場するが、審査の結果を知らせるのがチューブラーベルズの響きというところは今と変わっていない。
この映画におけるデン助の役割はピエロ的であり、ラストも寂しげなデン助のシーンで終わる、かと思いきや「買い物ブギー」のアンコールがあり、「ものみな歌で終わる」展開となっている。
「ペ子ちゃんとデン助」に出演した男優は、殿山泰司を除き、おしなべて若くして亡くなっている(高倉敏に至っては癌のため41歳で没)が、まだ日本人の平均余命が短かった時代であり、俳優や歌手であったから若死にするということでもないはずである。
そんな中で、沢村貞子だけが飛び抜けて長命(87歳)で、女優としての名声も高い。
堺駿二は、堺正章の父親で、本名は栗原正至。堺正章の本名は栗原正章であるが、堺の芸名を受け継いでいるということになる。堺正章の娘も栗原小春を経て堺小春という女優になったので、芸名の堺姓が3代に渡って受け継がれることになった。
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