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2024年7月 8日 (月)

観劇感想精選(465) KAAT 神奈川芸術劇場プロデュース「ライカムで待っとく」京都公演@ロームシアター京都サウスホール

2024年6月7日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて観劇

午後7時から、ロームシアター京都サウスホールで、KAAT 神奈川芸術劇場プロデュース「ライカムで待っとく」を観る。作:兼島拓也(かねしま・たくや)、演出:田中麻衣子。出演:中山祐一郎、佐久本宝(さくもと・たから)、小川ゲン、魏涼子(ぎ・りょうこ)、前田一世(まえだ・いっせい)、蔵下穂波(くらした・ほなみ)、神田青(かんだ・せい)、あめくみちこ。

1964年、アメリカ統治下の沖縄で起きた米兵殺傷事件を題材に、現在の沖縄と神奈川、1964年の沖縄、そして「物語の世界」を行き来する形で構成された作品である。

まず最初は現在の神奈川。横浜市が主舞台だと思われるが(中山祐一郎演じる浅野悠一郎が、「ウチナーンチュウ」に対して「横浜ーんちゅう」と紹介される場面がある)、神奈川県全体の問題に絡んでくるので、「神奈川」という県名の方が優先的に使われている。
カルチャー誌の記者をしている浅野悠一郎は、編集長の藤井秀太(藤田一世)から沖縄で起こった米兵殺傷事件について記事にするよう言われる。藤井は、横浜のパン屋に勤める伊礼ちえという沖縄出身の女性(蔵下穂波)と親しくなったのだが、ちえの祖父(無料パンフレットによると伊佐千尋という人物がモデルであることが分かる)が沖縄の米兵殺傷事件の陪審員をしており、その時の記録や手記を大量に書き残していた。そのちえの祖父が悠一郎にそっくりだというのだ。悠一郎が見ても、「これ僕だよ」と言うほどに似ている。実は伊礼ちえには別の正体があるのだが、それはラストで明かされる。
悠一郎の妻・知華(魏涼子)の祖父が亡くなったというので、知華は中学生になる娘のちなみを連れて、一足先に沖縄の普天間にある実家に戻っていた。知華の実家は元は今の普天間基地内にあったのだが、基地を作るために追い出され、普天間基地のすぐそばに移っている。実は知華の亡くなったばかりの祖父が、米兵殺傷事件の容疑者となった佐久本寛二(さくもと・かんじ。演じるのは佐久本宝)であったことが判明する。
沖縄に降り立った悠一郎は、タクシーの運転手(佐久本宝二役)から、若い女性が飲み屋からの帰り道に米兵にレイプされて殺害される事件があったが、その女性をタクシーに乗せて飲み屋まで送ったのは自分だという話を聞く。
悠一郎と知華は、亡くなった人の声を聞くことが出来る金城(きんじょう)という女性(おそらく「ユタ」と呼ばれる人の一人だと思われる。あめくみちこが演じる)を訪ねる。金城は、「どこから来た」と聞き、悠一郎が「神奈川から」と答えると、「京都になら行ったことがあるんだけどね。京都はね、平安神宮の近くに良い劇場(ロームシアター京都のこと)があるよ」と京都公演のためのセリフを言う。
ユタに限らず、降霊というとインチキが多いのだが、金城の力は本物で、29歳の時の祖父、佐久本寛二が現れ、金城は佐久本の言葉を二人に伝える(佐久本は三線を持って舞台奥から現れるが、悠一郎と知華には見えないという設定)。

舞台は飛んで、1964年の沖縄・普天間。近くに琉球米軍司令部(Ryukyu Command headquarter)があり、「Ry」と「Com」を取って「ライカム」と呼ばれていた。米軍が去った後でライカムは一帯を指す地名となり、残った。ライカムの米兵専用ゴルフ場跡地に、2015年にイオンモール沖縄ライカムがオープンしている。
1964年の沖縄でのシーンは、基本的にウチナーグチが用いられ、分かりにくい言葉はウチナーグチを言った後でヤマトグチに直される。
写真館を営む佐久本寛二は、部下の平豊久(小川ゲン)、タクシー会社従業員の嘉数重盛(かかず・しげもり。演じるのは神田青)と共に、大城多江子(あめくみちこ二役)がマーマを務めるおでんやで嘉数の恋人を待っている。嘉数は数日前に米兵から暴行を受けていたが、警察に行っても米兵相手だと取り合ってくれないため、仲間以外には告げていない。恋人がやってきたと思ったら、やってきたのは寛二の兄で、嘉数が勤めるタクシー会社の経営者である佐久本雄信(ゆうしん。前田一世二役)であった。雄信は米兵の知り合いも多い。実は寛二にはもう一人弟がいたのだが、その運命は後ほど明かされた。
嘉数の恋人、栄麻美子(蔵下穂波二役)がやってくる。「ちゅらかーぎー(美人)」である。
嘉数らはゴルフに行く予定で、皆でゴルフスイングの練習をしたりする。しかし結局、「沖縄人だから」という理由でゴルフ場には入れて貰えなかった。
嘉数は麻美子を連れて糸満の断崖へ行って話す。嘉数は11人兄弟であったが、一族は沖縄戦の際に全員、この崖から飛び降りて自決した。「名誉の自決」との教育を受けた世代であり、それが当たり前だった。嘉数一人だけが偶然米兵に助けられて生き残った。

現代。悠一郎はパソコンで記事を書いている。「中立」を保った記事のつもりだが、藤井から「中立というのは権力にすり寄るということ」と言われ、「沖縄の人達の怒りや悲しみを伝えるのが良い記事」だと諭される。悠一郎は、「沖縄の人々に寄り添った記事」を書くことにする。

米兵殺傷事件が起こる。平が米兵に暴行されたのが原因で、寛二はゴルフクラブを手に現場に向かおうとするが、やってきた雄信に「米兵に手を出したらどうなるのか分かっているのか」と説得され、それでも三線を手に現場に向かう。この三線は尋問で凶器と見做される。

米統治下であるため、尋問や証人喚問などはアメリカ人により英語で行われる(背後に日本語訳の字幕が投影される)。またアメリカ時代の沖縄には本国に倣った陪審員制度があり、法律もアメリカのものが適用された。統治下ということはアメリカが主であるということであり、アメリカ人に有利な判決が出るのが当たり前であった。沖縄人による陪審員裁判の現場に悠一郎は迷い込み、陪審員の一人とされる。寛二が現れ、「どっちみち俺らは酷い目に遭うんだから有罪に手を挙げる」よう悠一郎に促す。

「物語」の展開が始まる。「沖縄は日本のバックヤード」と語られ、内地の平和のために犠牲を払う必要があると告げられる。
実は「物語」の作者は悠一郎本人なのであるが、本人にも止められない。
琉球処分、沖縄戦(太平洋戦争での唯一の市民を巻き込んだ地上戦)、辺野古問題などが次々に取り上げられる。辺野古では沖縄人同士の分断も描かれる。アメリカ側が容疑者の引き渡しを拒否した沖縄米兵少女暴行事件も仄めかされる。
いつも沖縄は日本の言うがままだった。そしてそれを受け入れてきた。沖縄戦では大本営の「沖縄は捨て石」との考えの下、大量の犠牲を払ってもいいから米軍を長く引き留める作戦が取られた。沖縄の犠牲が長引けば長引くほど、いわゆる本土決戦のための準備が整うという考えだ。ガマ(洞窟)に逃げ込んだ沖縄の人々は、日本兵に追い出された。また手榴弾を渡され、いざとなったら自決するように言われ、それに従った。そんな歴史を持つ島に安易に「寄り添う」なんて余りにも傲慢である。悠一郎が「寄り添う」を皮肉として言われる場面もある。
丁度、今日のNHK連続テレビ小説「虎に翼」では、穂高教授(小林薫)の善意から出た見下し(穂高本人は気づいていない)に寅子(伊藤沙莉)が反発する場面が描かれたが、構図として似たものがある。

最後に、京都で「ライカムで待っとく」を上演する意義について。戦後、神奈川県内に多くの米軍施設が作られ、今も使われている(米軍施設の設置面積は沖縄県に次ぐ日本国内2位である)。横須賀のどぶ板通りを歩くと、何人もの米兵とすれ違う。これが神奈川で上演する意義だとすると、京都は「よそ者に蹂躙され続けた」という沖縄に似た歴史を持っており、そうした街で「ライカムで待っとく」を上演することにはオーバーラップの効果がある。鎌倉幕府が成立すると、承久の乱で関東の武士達が京に攻めてきて、街を制圧、六波羅探題が出来て監視下に置かれる。鎌倉幕府が滅びたかと思いきや、関東系の足利氏が京の街を支配し、足利義満は明朝から日本国王の称号を得て、天皇よりも上に立つ。足利義政の代になると私闘に始まる応仁・文明の乱で街は灰燼に帰す。
足利氏の天下が終わると、今度は三好長慶や織田信長が好き勝手やる。豊臣秀吉に至っては街を勝手に改造してしまう。徳川家康も神泉苑の大半を潰して二条城を築き、その北に京都所司代を置いて街を支配する。幕末になると長州人や薩摩人が幅を利かせるようになり、対抗勢力として会津藩が京都守護職として送り込まれ、関東人が作った新選組が京の人々を震え上がらせる。禁門の変では「どんどん焼け」により、またまた街の大半が焼けてしまう。維新になってからも他県出身の政治家が絶えず街を改造する。それでも京都はよその人を受け入れるしかない。沖縄の人が「めんそーれ」と言って出迎えるように、京都は「おこしやす」の姿勢を崩すわけにはいかないのである。

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