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2024年7月 4日 (木)

コンサートの記(851) 角田鋼亮指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2024「マエストロとディスカバリー!」第1回「ダンス・イン・ザ・クラウド」

2024年6月16日 左京区岡崎のロームシアーター京都メインホールにて

午後2時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2024「マエストロとディスカバリー!」第1回「ダンス・イン・ザ・クラウド」を聴く。指揮は若手の角田鋼亮(つのだ・こうすけ)。

昨年度までは北山の京都コンサートホールで行われていたオーケストラ・ディスカバリーであるが、今年度はロームシアター京都メインホールが会場となった。トークが重要となるコンサートだけに、ポピュラー音楽対応でしっかりとしたスピーカーのあるロームシアター京都メインホールの方が向いているということなのかも知れない。実際に声は聞き取りやすかった。

オーケストラ・ディスカバリーは、吉本芸人を毎回ナビゲーターとして招いていたが、今年はナビゲーターが発表にならず、あるいはなしで行くのかと思われたが、1ヶ月ほど前に東京吉本の女性3人組、3時のヒロインがナビゲーターを務めることが発表された。オーケストラ・ディスカバリーのナビゲーターを女性が務めるのは初めてとなる。

曲目は、ヨハン・シュトラウスⅡ世の「トリッチ・トラッチ・ポルカ」、ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「ウィーンの森の物語」、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」、アブレウの「ティコ・ティコ」(山本菜摘編)、ファリアの歌劇「はかない人生」から「スペイン舞曲」、ヤコブ・ゲーゼの「ジェラシー」(日下部進編。ヴァイオリン独奏:会田莉凡)、ピアソラの「アディオス・ノニーノ」(日下部進編)、ガーシュウィンの「キューバ序曲」


今日のコンサートマスターは、特別客演コンサートマスターの会田莉凡(りぼん)。泉原隆志と尾﨑平は共に降り番で、フォアシュピーラーには客演アシスタント・コンサートマスターとして對馬佳祐(つしま・けいすけ)が入る。フルート首席の上野博昭は降り番。クラリネット首席の小谷口直子は、前半のポルカとワルツ3曲のみを吹いた。
ドイツ式の現代配置での演奏である。


指揮者の角田鋼亮は、大阪フィルハーモニー交響楽団の指揮者をしていたということもあって関西でもお馴染みの存在である。中部地方私立トップ進学校である名古屋の東海高校を経て、東京藝術大学指揮科と同大学院指揮修士課程を修了。ベルリン音楽大学国家演奏家資格課程も修了している(日本と違い、国家資格を得ないとプロの演奏家として活動することは出来ない)。2008年にドイツ全音楽大学指揮コンクールで第2位入賞。2010年の第3回グスタフ・マーラー指揮コンクールでは最終6人に残った。
2015年に名古屋のセントラル愛知交響楽団の指揮者に就任し、2019年からは常任指揮者、更に今年の4月には音楽監督へと昇進している。2016年から20年まで大阪フィルハーモニー交響楽団の指揮者、2018年から22年までは仙台フィルハーモニー管弦楽団の指揮者も兼任している。溌剌とした音楽性が持ち味。


ナビゲーターの3時のヒロインは、2019年に「女芸人No.1決定戦 THE W」で優勝している。福田麻貴、ゆめっち、かなでによる3人組で、このうちリーダーを務める福田麻貴はお笑い芸人輩出数日本一の関西大学出身であるが、最初からお笑い芸人一本での活動を志向していた訳ではなく、NSC大阪校の女性タレントコース(現在は廃止)を出て、桜 稲垣早希(現在は、パッタイ早希の芸名を得て、タイのバンコク在住)の後輩アイドルユニット・つぼみ(現・つぼみ大革命)で活動していた。その後、お笑いを活動の中心に据え、自身のお笑い活動の他に作家として他のお笑い芸人に本を提供してもいる。
ゆめっちは吹奏楽の名門・私立玉名女子高校(熊本県玉名市)に音楽推薦で入学し、吹奏楽部でトロンボーンを吹いていた経験がある。
かなでは、桐朋学園芸術短期大学演劇専攻(俳優座系。出身者に大竹しのぶ、高畑淳子など)を出て舞台女優をしていたところを演技のワークショップで知り合った福田に誘われてお笑いの道へと進んでいる。いいとこのお嬢さんである。
福田がリーダーとしてマイクと台本を持ち、進行を担当する。3人組だと、2人に話を振らないといけないため、話が長くなりがちだが、福田はテキパキとした性格のようで、なるべく短めに話を切り上げるようにしていた。


角田は、日本人としては比較的長身であるため、指揮台も低めのものが用いられる。

ヨハン・シュトラウスⅡ世の「トリッチ・トラッチ・ポルカ」。京響は音が美しく、勢いが良く楽しい音楽進行を見せる。
3時のヒロインの3人が登場し、「トリッチ・トラッチ・ポルカ」の由来(ペチャクチャとしたお喋り)などを紹介する。

今年度のタイトルにある「マエストロ」とは何かという話。角田は、「元々は音楽の先生という意味だったのですが、いつの間にか音楽では指揮者を指す言葉に。『料理の鉄人』の料理人なんかもマエストロです。サッカーのマラドーナやメッシなどの名手もマエストロ」。福田によると台本には「角田鋼亮マエストロ」と書かれているそうだが、角田は「若手とされているので、マエストロと呼ばれるのは恥ずかしい」「指揮者で良いとされる年齢というのは60歳から70歳くらい」と述べていた。かなでが冷やかしで角田に「マエストロ!」と声を掛ける。

ゆめっちが吹奏楽の名門・玉名女子高校吹奏楽部の出身であることが紹介され、「顧問の先生が練習の時はいつも厳しくて、本番の時だけ笑顔になるのが嬉しかった」と話し、角田に「練習の時は厳しいんですか?」と聞く。角田は冗談交じりで「世界で一番優しい」と答え、「50年ぐらい前までは厳しい指揮者もいたが、今は楽団員が上手くなり、一個の音楽家として尊敬されるようになったので、厳しい指揮者は余りいなくなった」と述べた。今、トスカニーニのように楽団員を罵倒し続けて、怪我まで負わせるようなリハーサルをしたら半日持たずにボイコットされてクビになるだろう。カール・ベームのような口が悪くネチネチとしたリハーサルにも付き合ってくれないだろう。指揮者が絶対的な権威から降りたことは楽団員にとっては幸せかもしれない。だが、先日も世界的な指揮者であるフランソワ=グザビエ・ロトによる複数の楽団の女性楽団員へのセクハラ行為が告発され(ロトは一部の事実を認めた)、ロトとレ・シエクルとの来日演奏会が中止に追い込まれたように、指揮者が上の立場を利用して問題化するケースはまだ存在する。

ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「ウィーンの森の物語」。福田は、「美しく青きドナウ」、「皇帝円舞曲」と並んで、ヨハン・シュトラウスⅡ世の三大ワルツに数えられることを紹介する。
ウィーンの森ということで、ゆめっちが「鳥鳴くんですかね」と期待する。鳥の鳴き声をフルートが真似する部分はある。
今日はコンサートマスターとフォアシュピーラーが京響の専属ではないが、共に美しい響きを奏でる。
角田のしなやかな音楽性が生き、雅やかで潤いに満ちた音楽が紡がれていく。音の美しさだけなら、日本でもトップレベルのウィンナワルツであろう。ただ、山田和樹指揮モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会でも感じたことだが、ロームシアター京都メインホールは音が散りやすいので、フォルムを形作るのが難しいようである。

ラヴェルの「ラ・ヴァルス」。角田は、3時のヒロインの3人に、「『ラ・ヴァルス』は英語でいうと『ザ・ワルツ』。ラヴェルはワルツが好きだったが、肝心のウィーンではワルツが人気を失いつつあった」と語る。ウィーンでワルツの人気が復活するのは、クレメンス・クラウスが、1939年にヨハン・シュトラウスファミリーの曲目を中心としたウィーン・フィル・ニューイヤーコンサートを始めてからである。クラウスの指揮するウィンナ・ワルツやポルカは録音はやや古めだがCDがリリースされており、聴くことが出来る。
ラヴェルの作品は、「ボレロ」などラストで「とんでもないことが起こる」曲があるが、「ラ・ヴァルス」もそうした曲の一つである。それが悪かったということではないだろうが、ラヴェルも人生のラストで大変な事故に巻き込まれて、後遺症から快復できないまま亡くなることになる。
角田は、3時のヒロインの3人に、「ラ・ヴァルス」の、「冒頭、雲間から俯瞰でワルツを踊る人々が見える」と作曲者が明かした意図(今回のコンサートのタイトルでもある)を教えていた。
エスプリのようなものは感じられないが、リズム感が良く、冒頭の神秘感の表出も上手い。華やかなワルツの場面の描写にも長け、京響の長所である音の密度の濃さも感じられる。「とんでもないことが起こる」ラストは強調はされなかったが、良い演奏であった。


アブレウ作曲、山本菜摘編の「ティコ・ティコ」。角田はノンタクトで指揮し、リズム感豊かな音楽作り。
演奏終了後、福田麻貴が、編曲者の山本菜摘について、「今注目の人」と紹介していた。

福田が、「次はフラメンコです」と振る。ファリアの歌劇「はかない人生」より「スペイン舞曲」。3時のヒロインの3人はフラメンコに興味があるようだ。
色彩感豊かな演奏で、京響の技術も高い。情熱的な盛り上げ方も上手かった。

ヤコブ・ゲーゼの「ジェラシー」(日下部進編。ヴァイオリン独奏:会田莉凡)と、ピアソラの「アディオス・ノニーノ」(日下部進編)の2曲が続けて演奏される。いずれもタンゴの曲である。
ゲーゼは、デンマークの作曲家兼ヴァイオリニストだが、タンゴに触れ、作曲を行った。
「ジェラシー」もそうしたヨーロピアン・タンゴ(日本では和製英語のコンチネンタル・タンゴの名で知られる)の一つである。
ソリストの会田莉凡は達者なソロを披露。スケールの大きなヴァイオリンを弾く。演奏終了後、会田は客席からの喝采を受けた。

ピアソラの「アディオス・ノニーノ」。1990年代半ばのピアソラ・ブームで一躍時の人となったアストル・ピアソラ。アルゼンチン国立交響楽団が来日演奏会を行い、ピアソラのバンドネオン協奏曲などを演奏したりしたのもこの頃である。私もすみだトリフォニーホールで、アルゼンチン国立交響楽団の演奏を聴いているが、サッカー・ワールドカップ・フランス大会の予選リーグで日本はアルゼンチンと対戦することが決まっており、客席にもアルゼンチンの国旗を掲げる人がいるなど盛り上がっていた。ちなみに日本でのピアソラ・ブームに一役買ったのが、ピアソラの大ファンで、今丁度、京都四條南座の舞台に出ている坂東玉三郎で、彼が音楽誌などに書いた「これからも私はピアソラと共に生きていくのです」という一文が反響を呼んでいた。その後、チェリストのヨーヨー・マがウィスキーのCMでピアソラの「リベルタンゴ」を演奏して話題となり、ヴァイオリニストのギドン・クレーメルが弾き振りしたピアソラ作品のCDがベストセラーとなった。
ピアソラは元々はクラシックの作曲家になることを熱望していたが、パリ国立高等音楽院で名教師のナディア・ブーランジェに師事した際に、「あなたはせっかくアルゼンチンに生まれたのだからタンゴを書きなさい」と言われ、タンゴを一生の道と決める。売春宿で奏でられる楽器だったバンドネオンを使った楽曲の数々は人生の悲哀を切々と歌い上げ、多くの人々の胸を打った。
「アディオス・ノニーノ」は、父の死に接し、追悼曲として書かれたもので、哀歓と共にスケールの大きさと南米情緒が感じられる楽曲となっている。

かなでは、会田のヴァイオリンソロに、「女としてジェラシーを感じました」と語る。


本日最後はルンバの曲。かなではルンバについて、「掃除機(アイロボット社のロボット掃除機)しか思い当たらない」と言うが、角田が、「タンタ、タンタン」とルンバのリズムを教え、「『コーヒールンバ』をご存じですか」と3人に聞く。世代的にタイトルしか知らないようであったが、「コーヒールンバ」のルンバは裏打ちであることなどを説明する。演奏されるのは、ガーシュウィンの「キューバ序曲」。角田はガーシュウィンについて、「色々なところに旅したり滞在するのが好きな人だった。パリにいた時は、『パリのアメリカ人』を作曲したり。『キューバ序曲』もキューバに旅行して、昼間の賑やかさと夜の寂しさに触れた書いた」と説明する。
ガーシュウィンの「キューバ序曲」は、そこそこ有名で、たまにコンサートのプログラムにも載るが、もっと演奏されて知名度が上がっても良い曲だと個人的には思っている。
角田は、「打楽器に特に注目して欲しい」と言って演奏スタート。抜けるような青い空、輝く太陽、美しい海とビーチ、陽気な人々などの姿が目に浮かぶような楽しい音楽が流れていく。マラカスやボンゴの使い方も効果的で、ケの日でもハレ的なキューバ気質のようなものが伝わってくる。
ラスト付近になると、「タンタ、タタタタ、タンタンタン」というリズムが繰り返され、徐々に盛り上げっていく。ガーシュウィンという才人とキューバ音楽の幸福な邂逅が生んだ傑作である。
京響の明るめの音色もプラスに作用し、角田の生気溢れる音楽作りもあって、ご機嫌なラストとなった。

3時のヒロインは、福田麻貴がお笑いに走らず、メンバーに話を振りつつも進行役に徹していたのが好印象。立場や役割を心得た頭の良さが伝わってくる。

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