これまでに観た映画より(344) 「ボレロ 永遠の旋律」
2024年8月28日 京都シネマにて
京都シネマで、フランス映画「ボレロ 永遠の旋律」を観る。
「ボレロ」で知られるフランスの作曲家、モーリス・ラヴェルの伝記映画である。監督:アンヌ・フォンテーヌ。出演:ラファエル・ペルソナ、ドリヤ・ティリエ、ジャンヌ・バリバール、ヴァンサン・ペレーズ、エマニュエル・デュヴォス、アレクサンドル・タローほか。エマニュエル・デュヴォスが演じるマルグリットは、往時の名ピアニスト、マルグリット・ロンのことである。録音が残っているピアニストとしては最も古い世代に属しているマルグリット・ロン。ヴァイオリニストのジャック・ティボーと共に、ロン=ティボー国際音楽コンクールを創設したことでも知られる。お金に細かく、出演料はその場でキャッシュで貰い、それを鞄に入れて持ったままステージに出演。鞄を椅子の下に置いて演奏していたという話がある。お金を盗まれるのが嫌だったかららしいが、この世代の音楽家は変わったエピソードに事欠かない。
マルグリット・ロンは有名ピアニストではあるが、映画に登場するのはあるいはこれが初めてかも知れない。
ラヴェルがローマ大賞に予選落ちした1905年(字幕では1903年となっていたがより事実に近い方を採用)、出征した1916年、「ボレロ」が作曲された1928年、最晩年の1937年が主に描かれる。
若くして作曲家として名声を得たラヴェル(ラファエル・ペルソナ)。更なる飛躍を求めて若手作曲家の登竜門であったローマ大賞に挑戦。しかし、何度受けても大賞受賞には至らなかった。多くの作曲家仲間がラヴェルを応援していたが、年齢的に最後のチャンスとなる5回目の挑戦では、本命視されながら本選にすら進めなかった。これが波紋を呼ぶ。作曲家仲間の多くが審査結果に納得がいかず、抗議。審査に問題があったとして、審査員長のテオドール・デュボワがパリ国立音楽院院長の座を追われるという事態にまで発展する(ラヴェル事件)。
ただこの映画では、5回落ちて残念だったと、皆で飲むシーンで終わっており、ラヴェル事件には触れられていない。
1916年、第一次世界大戦にラヴェルは志願して出征。その直後、最愛の母親を失う。
「ラ・ヴァルス」を自らの指揮で演奏するシーンがあるが、ラヴェルが指揮中に集中力を欠く様子が描かれている。
ラヴェルは、バレリーナのイダ・ルビンシュタイン(ジャンヌ・バリバール)と出会い、後にバレエ音楽の作曲を依頼される。スペイン情調溢れるものが良いということで、スペインの作曲家、アルベニスの「イベリア」をオーケストレーションすることにしたが、版権の都合上、編曲作業中に放棄せざるを得なかった。バスク人の血を引くラヴェルは、スペインのボレロのリズム(ラヴェルの「ボレロ」のリズムと正統的なボレロのリズムは実は異なる)に乗せた17分の楽曲を自らの手で作成することを決意。試行錯誤しながら作業を進める。
ラヴェルが同性愛者であることは当時よく知られていた。男性音楽家がラヴェルを訪ねたという話を聞くと、周囲は「で、ラヴェルはどうだった?」と聞くのが恒例となっていたようである。この映画の中でも、ラヴェルが「音楽と結婚した」と評されていたり、「君なら(女性といても)大丈夫だ」というセリフがあったりする。女性関係があったのかどうかは定かではないが、この映画では直接的な描写はないが、あったということになっている。
ラヴェルは、「ボレロ」についてインテンポ(テンポ変化なし)、17分ということにこだわりを見せる。だが実は、バレエのシーンで流れる「ボレロ」もラヴェルに扮したペルソナが指揮する場面の「ボレロ」もおそらく15分行くか行かないかのテンポで、更にアッチェレランドしている。この辺が徹底されていないのが何故なのかは分からない(演奏時間約17分の演奏として有名なものにはアンドレ・プレヴィン盤やシャルル・ミュンシュ盤があり、かなり遅めであることが確認出来る)。
ラヴェルは、イダの振付が気に入らず、リハーサルでも文句を言い、本番も途中でいったん退席している。だがその後、自分の方が誤りで、「ボレロ」の持つ性的な魅力に気づいていなかったと認めることになる。
なお、名前が可愛らしいということもあって日本でも人気の高いピアニストであるアレクサンドル・タローが、ラヴェルのピアノ楽曲の演奏を手掛ける(主演俳優のペルソナ自身がピアノを弾いているが、プロの演奏に届かない部分をタローが補うという形のようである)他、辛口の音楽評論家役で出演している。タローの実演には接したことがあり、サインも貰っているが、シャイで大人しい印象の人で、俳優をやるタイプには見えなかったのだが、結構、芸達者である。フランス語には強くないので正確には分からないのだが、表情といい、台詞回しといい、なかなか堂に入っている。タロー演じるラロはドビュッシーの信奉者で、ラヴェルの作品は酷評することが多かったのだが、「ボレロ」に関しては好意的な態度を示す。
ヴィトゲンシュタインから左手のためのピアノ協奏曲の作曲を依頼されたと語るラヴェル。このヴィトゲンシュタインというのは、ピアニストのパウル・ヴィトゲンシュタインのことで、著名な哲学者であるルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインの実兄である。ヴィトゲンシュタイン兄弟は、男ばかりの5人兄弟だったが、気を病みやすい家系だったようで、パウルとルートヴィヒ以外の3人は全員自殺している。
パウル・ヴィトゲンシュタインは戦争で右腕を失ったため、左手のピアニストとして活動を初めており、そのため複数の作曲家に左手のためのピアノ作品の作曲を依頼している。
更にラヴェルは、ピアノ協奏曲ト長調を作曲。エンディングテーマとして第2楽章が使われている他、初演に向けてマルグリット・ロン(エマニュエル・デュヴォス)がラヴェルの前で行うリハーサルで第2楽章の冒頭を弾く場面がある。
しかし、次第にラヴェルの作曲意欲は衰えていく。「ボレロ」が有名になりすぎて、「ラヴェル=ボレロ」というイメージも築かれ始めてしまう。
ラヴェル作品には、「ラ・ヴァルス」や「ボレロ」のようにラストで「とんでもないこと」が起こる曲があるのだが、皮肉にもラヴェルも人生の最後でとんでもない事態を迎えることになる。
脳に障害が生じたと思われるラヴェル。交通事故に遭って障害が進行したとされるが、この映画では交通事故には触れられていない。脳外科手術を勧められたラヴェルだが、手術は失敗。そのまま帰らぬ人となった。ラストシーンは、ラヴェルを演じたペルソナの指揮(の演技)、ペルソナを取り囲む形で配置されたブリュッセル・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で「ボレロ」が演奏される。
なお、「ボレロ」が様々な国において様々な形態で演奏されていることが冒頭付近で紹介されており、ジャズになったり、ハウスになったり、ポピュラーソング風や民族音楽風になったりした「ボレロ」が演奏されているが、その中に、アジア代表としてアジアのオーケストラが「ボレロ」を演奏している光景が一瞬映る。エンドロールには、「オルケストラ・フィルハーモニー・ド・トーキョー」とあり、東京フィルハーモニー交響楽団であることが分かった。
全体的にフィクションが多めであり、伝記映画としては必ずしも成功しているとは言えないかも知れないが、アレクサンドル・タローの演技はレアということもあり、クラシック音楽好きなら一見の価値はある映画である。
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