« 我最喜欢的女演员 | トップページ | コンサートの記(858) ROHM CLASSIC SPECIAL「コバケン・ワールド in KYOTO」Vol.4 »

2024年10月 3日 (木)

観劇感想精選(470) 「十三代目 市川團十郎白猿襲名披露巡業」京都公演@ロームシアター京都メインホール

2024年9月21日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後1時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、「十三代目 市川團十郎白猿襲名披露巡業」の京都公演を観る。

市川團十郎白猿を襲名し、京都での披露公演は、昨年12月に京都四條南座での顔見世で行われたのだが(所用により行けず)、47都道府県を巡る襲名披露巡業の一つとして、再び京都で、会場を変えて公演が行われることとなった。

演目は、「祝成田櫓賑(いわうなりたしばいのにぎわい)」、「十三代目市川團十郎白猿襲名披露口上」、「河内山(こうちやま)」


「祝成田櫓賑」には團十郎は出演しない。市川團十郎の襲名を祝うための歌舞伎舞踊の演目であり、それ以外の時には上演されないのだと思われる。今井豊成の補綴、藤間勘十郎の振付。
出演は、市川右團次、市川九團次、大谷廣松、市川新十郎、市川升三郎、片岡市蔵ほか。

踊りの家に生まれた右團次だけに、舞踊には迫力とメリハリがあり、魅せる。流れを生みつつ、名捕手のキャッチングのようにビシッと止める様が格好いい。九團次と廣松のコンビも息の合った舞踊を見せる。廣松は立っているだけで艶(あで)な感じが出ているのが良い。


「十三代目市川團十郎白猿襲名披露口上」。團十郎白猿と、中村梅玉が出演する。
まず、中村梅玉が、株式会社松竹からのご提案、諸先輩からのお引き立て、後援してくれるのお客様からのご声援により、このたび市川海老蔵改め第十三代目市川團十郎白猿を襲名する運びになったことを告知する。梅玉は、團十郎白猿のことを、「先代と同じく大きな役者」と讃え、伝統を守りつつ新しいことに挑む、言うのは容易いが行うのは難しいことを成し遂げる力を持った俳優だと賛美し、歌舞伎界に革新をもたらす可能性を示唆する。
また、「河内山」では、團十郎の相手役をずっとやっているが、成長していくのが間近で感じられると褒め称えた。

市川團十郎白猿の襲名披露口上。株式会社松竹からのご提案等、梅玉と同じ言葉を繰り返して、襲名に至る過程と感謝を述べ、代々続いてきた大名跡を受け継ぐ覚悟を口にする。

そこから京都の思い出を語る。子どもの頃、顔見世のある12月には父親(第十二代目市川團十郎)と共に京都に来て、旅館で過ごしていた。父親の帰りが夜遅くなることもあり、その間ずっと旅館で「大変なんだろうな」と思って待っていたと回想する。それでも朝になると父親が、南座まで連れて行ってくれたこともあったそうである。父親が演じる「助六」を初めて観たのも京都においてだった。

ちなみに、「私はロームシアターは初めてでして。これがロームシアターでの顔見世。大好きな京都で二度襲名披露の顔見世が出来て嬉しい」と述べる。

京都での初演目は「連獅子」であったそうだが、「来月、大阪松竹座の襲名披露で、私が親獅子で『連獅子』をやります。京都から(新)大阪までは、新幹線で16分。観に来て頂ければ」と宣伝していた。京都から大阪まで新幹線で行く人はまずいないと思われるが。新大阪駅から地下鉄御堂筋線に乗って、心斎橋まで行くわけだが、新大阪駅は大阪市の北の外れの方にあるので、案外、時間が掛かるはずで、京阪や阪急を使った方が便利だと思われる。ちなみに團十郎は「連獅子」で共演する息子のことを新之助ではなく、勸玄と本名で呼んでいた。

梅玉がそれを受け、「歌舞伎の発展のために尽くす所存。隅から隅までずずずいーっと、宜しくお願い申し上げます」と二人で頭を下げ、頭を上げてから團十郎が「これからもご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます」と言って再び二人で頭を下げた。


「河内山」。正式には「天衣紛上野初花 河内山」で、河竹黙阿弥の作である。出演は、市川團十郎白猿(市川海老蔵改め)、市川右團次、大谷廣松、中村莟玉(かんぎょく)、市川新蔵、中村梅蔵、市川新十郎、市川升三郎、中村梅秋、市川右田六、市川九團次、片岡市蔵、中村梅玉ほか。

江戸が舞台である。下谷の質屋、上州屋の娘である浪路(中村莟玉)が、18万石の大守、松江出雲守(中村梅玉)の江戸屋敷に奉公に出たのだが、美人であったため、松江出雲守に見初められる。しかし浪路には、許婚がいたため、松江出雲守の誘いを断った。松江出雲守は、激怒し、浪路を一室に閉じ込めてしまう。浪路の父親である上州屋の主がこれを知り、親類である和泉屋清兵衛に助けを求める。清兵衛は、江戸城の御数寄屋茶坊主である河内山宗俊(市川團十郎白猿)に相談。河内山は、坊主であることを利用し、上野の東門主(上野にある東叡山寛永寺の主)の使いの高僧、北谷道海として松江出雲守の江戸屋敷に乗り込む。

まず、河内山邸の庭先で、河内山の家来である桜井新之丞(市川九團次)らが、慣れない若侍の格好をして、松江出雲守の江戸屋敷でのことを語っているが、ここで客席の方に向き直って、これまでのあらすじとこれからの大まかな出来事を語る口上役となる。河内山は、礼金200万両を要求している。果たして善人なのか金の亡者なのか、それは見る人にお任せするというスタイルであることを語る。ちなみに「山吹の茶」という言葉が出てくるが、これは金子(きんす)のことだと説明する。
ここでいったん幕が閉じられ、幕が再び開くと、舞台は松江出雲守の江戸屋敷内広間に変わっている。松江出雲守は浪路を手討ちにしようとするが、近習頭の宮崎数馬(大谷廣松)に止められる。諫言する数馬に出雲守は更に怒りを爆発させるが、北村大膳(片岡市蔵)が、数馬と浪路の密通を疑う発言をしたために自体は更にエスカレート。だがここは家老の高木小左衛門(市川右團次)が出雲守を何とかなだめた。
上野の東門主の使いの高僧が来訪したとの知らせがあり、一同はいったん、落ち着く。出雲守は、奥に引っ込み、病気を称する。

高僧、北谷道海は、出雲守がいないのを見とがめ、松江出雲守の家の大事のことだと告げて、出雲守を呼び出す。出雲守は、病気のところを無理して出てきたという風を装う。
道海は、浪路を家に帰すよう出雲守に告げる。渋る出雲守であったが、絶大な権力を持つ東叡山寛永寺の僧である道海は、老中らとの繋がりをちらつかせ、出雲守もこれを受け入れざるを得なくなった。
道海への接待が行われるが、道海は、「酒は五戒に触る」として代わりに山吹の茶を所望する。運ばれてきた金子に道海が手を伸ばそうとした時に、時計が鳴り、道海は思わず手を引っ込める。

場所は変わって、松江出雲守の屋敷の玄関先。道海が帰ろうとするが、大膳が道海を呼び止める。大膳は以前、江戸城での茶会で河内山を見たことがあり、道海の正体が河内山であることを見抜いていた。河内山の左頬には大きなほくろがあるのだが、それが証拠だという。河内山も仕方なく正体を明かす。
大膳は河内山を斬首にしようとするが、河内山は幕府の直参であり、安易に手出しが出来ないことを大膳に教える。また、自分に手を出そうとすれば、この松江出雲守の行状を明かすと脅す。家老の小左衛門が大膳をとがめ、河内山は悠然と帰路に就く。大柄の大膳を「大男、総身に知恵が回りかね」という有名な川柳で揶揄し、「バーカーめ!」となじりながら去るのであった。


歌舞伎の場合、日頃から自宅などでも稽古を繰り返して、役をものにしてから本番に臨むのが常であるが、團十郎の演技はフリージャズ風。動きや感情にある程度余裕を持たせ、予め作り上げて再現するというよりも、その場その場、そして相手によって即興的に合わせた演技を行っているように感じられる。実際にどうなのかは分からないが、少なくともそういう風には見える。セリフが強弱、緩急共に自在というのもそうした印象を強めることになる。海老蔵時代にはこんな演技はしていなかったはずだが、歌舞伎界最高の名跡である市川團十郎を手にしたことで、独自のスタイルを生み出すことに決めたのかも知れない。少なくとも私は、今日の團十郎のような演技をする歌舞伎俳優を見るのは初めてである。

スキャンダルが多く、人間的には好ましくない人物なのかも知れない團十郎白猿。しかし歌舞伎俳優としての才能には、やはり傑出したものがありそうだ。今後、團十郎白猿は歌舞伎界を変えていくだろう。

Dsc_4579

| |

« 我最喜欢的女演员 | トップページ | コンサートの記(858) ROHM CLASSIC SPECIAL「コバケン・ワールド in KYOTO」Vol.4 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 我最喜欢的女演员 | トップページ | コンサートの記(858) ROHM CLASSIC SPECIAL「コバケン・ワールド in KYOTO」Vol.4 »