これまでに観た映画より(347) 三谷幸喜:脚本と監督「スオミの話をしよう」
2024年10月7日 TOHOシネマズ二条にて
TOHOシネマズ二条で、三谷幸喜の脚本と監督映画「スオミの話をしよう」を観る。出演:長澤まさみ、西島秀俊、松坂桃李、瀬戸康史、遠藤憲一、小林隆、坂東彌十郎、戸塚純貴、阿南健治、梶原善、宮澤エマほか。
スオミという名の女性(長澤まさみ)を巡る話である。スオミは、フィンランド人がフィンランドやフィンランド人を指す言葉だが、スオミは父親が外交官で、フィンランドのヘルシンキにある日本大使館勤務時代に生まれたのでこの名がつけられた。
スオミが行方不明になる。夫で高名な詩人である寒川しずお(坂東彌十郎)の家から、昨日の朝、姿を消したのだ。寒川は、警察に勤める草野圭吾(西島秀俊)と小磯杜夫(瀬戸康史)に引っ越し業者の格好をさせて自宅に招き入れる。誘拐事件で犯人が監視していた場合、警察が入ったと感づかれることを恐れたためだ。草野と小磯は刑事ではあるが、小磯が逆探知の機械(古くて使えない)を「捜査一課から借りてきた」と言っているため、捜査一課の刑事ではなさそうである。草野はスオミの4番目の夫であり、寒川とスオミの披露宴にも出席したので寒川と面識がある。二人を出迎えたのは、乙骨直虎。演じる戸塚純貴は、「虎に翼」の「俺たちの轟」で知名度を急速に上げた俳優である。乙骨は、寒川の秘書に見えるのだが、実際は出版社の人間で、寒川に本を出して貰うために仕事場に詰めているらしい。
ちなみに寒川の作品は稚拙で、とても大詩人には見えないのだが、そこも含めてコメディである。
草野の上司で係長の宇賀神守(小林隆)もやって来る。宇賀神はスオミの3番目の夫である。宇賀神はスオミのことを中国人だと思っていた。なにしろスオミは中国語しか喋らなかったのだ(長澤まさみは、仕事のために中国語を半年ほどで速習したことがあり、今でも「她
汉语说得不错」である)。スオミは薊(あざみ)という謎の女性(宮澤エマ)と一緒にいるのだが、薊も中国語は流暢に操れる。スオミの父親は外交官なので、北京などに赴任した経験もあり、その時にスオミは北京語を覚えている。
スオミの最初の夫である魚山大吉(ととやま・だいきち。遠藤憲一)は、寒川家の使用人をしている。元々は中学校の体育教師で、生徒であったスオミと会った。禁断の恋からの発展である。寒川家ではスオミは料理上手ということになっているが、実際は料理は大の苦手で、魚山がスオミの代わりに料理を含む家事全般を担っていたのだ。
スオミの2番目の夫である十勝左衛門(松坂桃李)は怪しいビジネスに手を出していて、警察のご厄介にもなったことがあるようだが、基本、スレスレの仕事をしており、YouTuberとしても人気らしい。
物語は、黒澤明監督の映画「天国と地獄」のオマージュとして展開される。逆探知の場面もある。だが、そもそも機械が逆探知に対応していないことが分かる。身代金要求の電話は、3億円を持ってセスナに乗り、目印のところで落とせと指示していた。なんでセスナ? だが、十勝が自家用セスナを調布基地に所有していることが分かり、犯人の言う通り、セスナに乗って、身代金を投下することになる。
5人の夫が出揃ったところで、スオミに対する各々の印象が大きく異なることが判明する。草野が知るスオミは大人しく、深窓の令嬢のような丁寧な言葉遣いで囁くように喋る。だが、寒川の知るスオミは快活な女性である。また宇賀神は、器用に北京語を操るスオミを中国人だと思い込んでいた。宇賀神は北京語を話しているスオミしか知らない。十勝はスオミのことを「とても頭が良く、相手に合わせることが出来る」と評する。
魚山は、教師時代にスオミの母親・時枝(長澤まさみ二役)とスオミとで三者面談を行ったことがあるのだが、ざっくばらんに話すスオミの母親に対し、スオミはほとんど自分からは何も言わない大人しい女の子だった。この二役は合成画面で写されるのだが、勿論、かなり無理がある。無理があるのを承知で撮った絵である。
やがて、この中に内通者がいることを小磯は推理するのだが……。
主舞台は一部を除いて寒川家の応接間に限られ、長回しが多用される。演劇的な映画である。
サスペンスに見せかけているが、実際は違う。三谷幸喜はサスペンスをやる気はない。描くのは俳優という存在である。
スオミは、様々なキャラクターを演じ分けることが出来る。快活な女性から大人しい淑女系、中国人に至るまで。皆の前で演じ分けてみせるシーンもある。この時、長澤まさみは一々髪型を変えるのだが、これは「物真似ではなく女優」であることを示唆する記号であると思われる。
頭も良く、外国語も喋れるスオミであるが、実は性格の核となるものはなく、自分というものを把握出来ていない。そのため何人もの男を夫にして演じ、別れると薊のアドバイスを受けるという生活を繰り返している。自分というものがないのだ。これは「俳優の哀しみ」のようなものを象徴しており、長澤まさみもそうした要求によく応えている。
スオミの夢は、薊とフィンランドに行き、ヘルシンキで暮らすというささやかなものだが、様々なことが出来る人間にしては寂しい夢である。だが、スオミは料理は出来ず、車の運転は下手。一度、生活のためにタクシードライバーになったことがあり、草野と再会したのだが、運転は途轍もなく下手で、目的地の住所も頭に入っていない。おそらく早晩、クビになったであろう。一人では何も出来ない悲しい女なのである。
ラストはミュージカル仕立てで、長澤まさみが歌い、男優達が踊る。華やかな場面だが、スオミが悲しい女だと分かっているため、却って切なくなる。
長澤まさみは歌が上手くなっており、成長が感じられた。
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