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2024年12月 3日 (火)

これまでに観た映画より(355) 池松壮亮&伊藤沙莉「ちょっと思い出しただけ」

2024年11月13日

ひかりTVの配信で、日本映画「ちょっと思い出しただけ」を観る。東京テアトルの制作。監督・脚本:松井大悟。主演:池松壮亮&伊藤沙莉。出演:河合優実、大関れいか、屋敷裕政(ニューヨーク)、尾崎世界観、成田凌、市川実和子、高岡早紀、神野美鈴、鈴木慶一、國村隼(友情出演)、永瀬正敏ほか。劇伴を「虎に翼」の森優太が担当している。

2021年の7月26日のシーンに始まり、過去の7月26日へと時が遡っていく。

2021年の7月26日は、コロナ禍の真っ只中ということで、登場人物の多くがマスクをしている。
タクシードライバーの野原葉(よう。伊藤沙莉)は、芸能関係者の男をタクシーに乗せる。トイレに行きたいと男が言い出したため、小劇場である座・高円寺の前でタクシーを停める葉。そのまま座・高円寺の中に入り(本来は部外者立ち入り禁止のはずだが)、舞台で佐伯照生(池松壮亮)が踊っているのを見掛ける。葉と照生は元恋人だった。ダンサーで振付なども担当した照生だが、今は足の致命的な怪我でダンスを諦め、劇場の照明係(助手)として働いている。だが、終演後には一人で踊っていたのだ。

照生が暮らすアパートの前には坂があり、その下の公園のベンチに中年の男(永瀬正敏)が座り込んで、亡き妻の帰りを待っている。

その後、時間は巻き戻る。

2019年7月26日。タクシー会社で朝の準備をしていた葉は友人からLINEで合コンに誘われる。お世辞にも雰囲気が良いとは言えない居酒屋での3対3の合コン。血液型の話になり、葉もA型だと答える(伊藤沙莉の血液型もA型)。表で煙草を吸おうとして火を借りた葉は、火を貸した男、康太(ニューヨークの屋敷裕政)と一夜を共にする。

その前年の7月26日には、葉は照生とタクシー運転中に意見が食い違い(葉は怪我をした照生を支えるつもりだったが、照生にはそうして貰う気はなかった)、別れる。タクシーを追おうとしない照生にも葉は不満だった(ここは伊藤沙莉の考えが反映されているという)。それでもバースデーケーキは贈った。

その前年の7月26日には葉は照生と一夜を共にし、デートをしている。ダンススタジオに通う照生は水族館(八景島シーパラダイスだと思われる)でアルバイトをしており、夜の水族館に二人で忍び込んだのだ。葉は踊る振りをしてみせた。
その後も、タクシー内でのとある映画を模したやり取りや、屋上での花火など、胸キュンシーンが続く。

その前年、恋人の照生にお祝いの花束を渡そうと、ダンススタジオの前までやって来た葉だが、照生が同じバレエダンサーの泉美(河合優実)から誕生日プレゼントを贈られるのを見て嫉妬に駆られ、花束を渡すことなく、雨の中、ダンススタジオを後にする。
ずぶ濡れになりながら傘を探す葉は、ベンチに座る男の当時存命中の妻(神野美鈴)と出会う。

葉と照生の二人が出会ったのは2015年の7月26日。友人の舞台を観に行った葉は、公演のダンスシーンの振付と出演をした照生と終演後の打ち上げで初めて顔を合わせる。乗客とは比較的話す葉だが、根の部分では奥手の性格のようである。ダンスシーンに不満のあった葉は率直に感想を口にするが、振付が照生であると知って気まずくなる。だが、葉の感想が舞台関係者のそれであることを見抜いた照生は葉とシャッター商店街を歩き、葉を抱え上げて踊るなど、戯れる。葉も元々は舞台関係者であることを打ち明けた(高校時代に演劇部にいたという話が先に出てくる。舞台女優ではなく、おそらくダンサーもしくは劇作系だと思われる)。とても甘酸っぱいシーンである。

そして2021年7月26日の座・高円寺。葉が照生のダンスを見つめるシーンに戻る。
上手くいかなかった恋。「ちょっと思い出しただけ」。葉は今は康太と結婚し、一児を設けている。


毎年の7月26日の照生の誕生日に焦点を当てて、時代を遡るという趣向のドラマである。
男女としての関係が崩れてしまったカップルの初々しい出会いのシーン(シャッター商店街とはいえ、実際にあれをやられると迷惑だろうが)など、愛らしいシーンをいくつも見つけることが出来る。タクシー運転手役で鈴木慶一がカメオ出演しているのも見所。鈴木慶一が二人を乗せたタクシーは横浜のみなとみらい地区で停まる。


今日、Webラジオの「松岡茉優&伊藤沙莉 お互いさまっす」で、伊藤沙莉が19歳の頃に運転免許を取りに行って楽しかったという話をしていたが、この頃の彼女は仕事が全く入らず、「普通にフリーターだった」そうで、「バイト行って、教習所通って、友達の家に連泊して、彼氏できて、彼氏もいるグループの子たちとずーっと一緒にいて」という生活だったらしいが、そんな生活を見かねたマネージャーさんに怒られて号泣したそうで、それまで惰性で女優をやっていたのが、「見てろよ」と気持ちが変わったのもこの頃のようだ(いずれも伊藤沙莉フォトエッセイ『【さり】ではなく【さいり】です。』より)。

これも「お互いさまっす」で伊藤沙莉が語っていたことだが、脚本を書く前に松井監督が伊藤にインタビューしに来たそうで、「恋愛観や恋愛ストーリーなど」を聴き、それがこの映画にかなり反映されているようである。

その伊藤沙莉であるが、自然体の演技。「こういう子いるよね」という妙な説得力がある。なお、伊藤は時の遡行に合わせて前髪をパッツンにするなど、若く見える工夫をしている。

池松壮亮は身体能力も高く、一生懸命やってはいるのだがどこか投げやりに見える雰囲気も上手く出しているように感じられた。

2024年ブレイク女優の一人、河合優実。いい役を貰っているということもあるが、この頃から人目を惹く要素があり、存在感を放っている。

葉の行きつけのバー「とまり木」のマスターである中井戸を演じる國村隼にも癒やされる。


どちらかといえば可愛い系の映画で、若い人向けであり、傑出した作品ではないかも知れないが、感情の変遷を的確に描き出していて好印象である。


ちなみに葉のタクシー免許更新日が6月17日になっているが、6月17日生まれの女優である麻生久美子が「SF Short Films」というオムニバス映画の一本でタクシー運転手役をやっている。こちらもお薦めである。

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