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2024年12月28日 (土)

これまでに観た映画より(360) National Theatre Live「ワーニャ(Vanya)」

2024年11月14日 大阪の扇町キネマにて

大阪の・扇町キネマで、National Theatre Live「ワーニャ(Vanya)」を観る。チェーホフの「ワーニャ伯父さん」を、ロイヤル・コート劇場のアソシエイト劇作家でマンチェスター・メトロポリタン大学の脚本教授でもあるサイモン・スティーヴンス(1971年生まれ。ローレンス・オリヴィエ賞最優秀新作プレイ賞やトニー賞プレイ部門最優秀作品賞を受賞した経験がある)が一人芝居用にリライト(翻案&共同クリエイターとクレジットされている)した作品。演出&共同クリエイターはサム・イェーツ(1983年生まれ)。
1976年生まれのアイルランド出身の俳優で、イギリス映画「異人たち」(原作:山田太一 『異人たちとの夏』)、英国のTVドラマ「SHERLOCK」やNetflix配信ドラマ「リプリー」で知られるアンドリュー・スコット(2019年にローレンス・オリヴィエ最優秀主演男優賞を受賞)が、一人で9役を演じ分ける。突然変わるため、すぐには誰の役なのか分からないところも多い。
2024年2月22日、ロンドンのデューク・オブ・ヨークス劇場での収録。上演時間は休憩込みの117分である(映画版には休憩時間はない)。ローレンス・オリヴィエ賞最優秀リバイバル賞受賞作。

チェーホフの「ワーニャ伯父さん」は、チェーホフの四大戯曲の一つなのだが、「かもめ」、「三人姉妹」、「桜の園」の三作品に比べると地味な印象が強く、上演機会も4つの作品の中では一番少ないはずである。それでも濱口竜介監督の映画「ドライブ・マイ・カー」では西島秀俊演じる舞台俳優兼演出家の主人公・家福が積極的に取り上げる作品として、一時、注目を浴びた。
ワーニャというのはイワンの相性で、英語版なのでアイヴァンという名で呼ばれている。47歳。なんと今の私よりも年下である。ちなみにチェーホフは44歳と若くして他界しているので、この歳にはたどり着けていない。
ワーニャ伯父さんは、大学教授のアレクサンドルに心酔し、支援を惜しまなかったが、結局は、アレクサンドルに失望し、怒りの余り発砲騒ぎを起こしてしまって、姪のソーニャ(今回の劇での役名はソニア)が慰めるという物語である。ちなみにソーニャについては、戯曲にはっきりと「器量が良くない」との記述がある。

今回は舞台を現代のアイルランドに置き換え、アレクサンドルはアレクサンダーという名で映画監督という設定に変わっている。ちなみに医師のマイケル(原作ではミハイル)はテニスボールをつくという謎の癖がある。
チェーホフというと「片思い」の構図が有名で、「かもめ」では好きな人は別の人を好きという片思いの連鎖が見られるのだが、「ワーニャ伯父さん」でも片思いが見られ、今回の「ワーニャ」にもそのまま反映されている。
中央にドアがあり(デザイン&共同ディレクター:ロザンナ・ヴァイズ)、それを潜った時に人物が変わることが多いが、それ以外にも突然、別人になるなど、一貫性があるわけではない。

アイヴァンは、アレクサンダーの映画監督としての才能に惚れ、援助を惜しまず、作品はセリフを全て覚えるほど何度も観たが、今はアイヴァンはアレクサンダーを「詐欺師」だと思っている。アレクサンダーは「国民的映像作家」と呼ばれたこともあったようなのだが、17年に渡ってスランプに陥っており、作品を発表出来ていない。アイヴァンの妹のアナがアレクサンダーの妻だったのだが、アナは若くして他界。アレクサンダーはヘレナという二番目の妻と一緒になっている。そのアレクサンダーとヘレナがアイヴァンの住む屋敷に長きに渡って滞在している。ヘレナはいい女のようで、アイヴァンも、主治医のマイケルも思いを寄せている。マイケルは特に診察が必要な訳でもないのに、毎日のようにヘレンが現在いるアイヴァンの家を訪ねてくる。

一人の俳優が男性女性問わず、入れ替わりながら演じることで、俳優、おいては人間の多面性が浮かび上がることになる。何の前ぶれもなくいきなり変わるので、正直、すぐに誰にチェンジしたのかは分かりにくいのだが、要所要所でははっきり分かるよう示されている。

ある男が将来を賭けてある人物に期待したのに、実態はろくでもない人間だった。地位に騙された。もし彼のために費やした歳月を自分のために使っていたのなら、自分も一廉の人物に――なれたかどうかは分からないのだが――アイヴァン(イワン、ワーニャ)はそう思っており、最終的には発砲事件を起こして、自己嫌悪に陥る。ソーニャ(ソニア)がそれでも生きていくことの大切さを説くという、現在でも多くの人々が抱えている問題を描いたチェーホフの筆致は、他の戯曲ほどではないが冴えているように思う。ちなみに発砲はライフルを用い、実際の発砲音に近い音が用いられている。

アンドリュー・スコットはコミカルな表現も得意なようで、デューク・オブ・ヨークス劇場の客席からは、しばしば爆笑の声が聞こえる。

様々な表情で多くの人物を演じていくアンドリュー・スコットであるが、ラストのソニアのメッセージは誠実さをもって語られ、「何があっても生きていかなければならない」という人間の業と宿命と、ある種の希望が示される。

複数の人物が登場する戯曲を一人芝居に置き換えるというのは、さほど珍しいことではないが、一人芝居というのは、文字通り、ステージ上に一人しかいないため、誤魔化しが利かないということと、役者に魅力を感じなかった場合、客が付いてこないというリスクがある。複数の俳優が出ている芝居だったら、中には気に入る役者が一人はいるかも知れないが、一人芝居は一人しかいないので一人で惹きつけるしかない。その点で、アンドリュー・スコットはユーモアのセンスとイケオジ的雰囲気を前面に出して成功していたように思う。

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