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2025年2月 9日 (日)

これまでに観た映画より(375) 筒井康隆原作 長塚京三主演 吉田大八監督作品「敵」

2025年2月1日 烏丸御池のアップリンク京都にて

アップリンク京都で、日本映画「敵」を観る。筒井康隆の幻想小説の映画化。長塚京三主演、吉田大八監督作品。出演は、長塚京三のほかに、瀧内公美、河合優実、黒沢あすか、松尾諭(まつお・さとる)、松尾貴史、中島歩(なかじま・あゆむ。男性)、カトウシンスケ、高畑遊、二瓶鮫一(にへい・こういち)、高橋洋(たかはし・よう)、戸田昌宏、唯野未歩子(ただの・みあこ)ほか。脚本:吉田大八。音楽:千葉広樹。プロデューサーに江守徹(芸名はモリエールに由来)が名を連ねている。

令和5年の東京都中野区が舞台であるが、瀧内公美、河合優実、黒沢あすかといった昭和の面影を宿す女優を多く起用したモノクローム映画であり、主人公の家屋も古いことから、往時の雰囲気やノスタルジーが漂っている。

77歳になる元大学教授の渡辺儀助(長塚京三)は、今は親から、あるいは先祖から受け継いだと思われる古めかしい家で、静かな生活を送っている。両親を亡くし、妻も早くに他界。子どもも設けておらず、一人きりである。冒頭の丁寧な朝のルーティンは役所広司主演の「PERFECT DAYS」を連想させるところがある。専門はフランス文学、中でも特にモリエールやラシーヌらの戯曲に詳しい。今は、雑誌にフランス文学関連のエッセイを書くほかは特に仕事らしい仕事はしていない。実は大学は定年や円満退職ではなく、クビになっていたことが後になって分かる。

大学教授時代の教え子だった鷹司靖子(瀧内公美。「鷹司」という苗字は摂関家以外は名乗れないはずだが、彼女がそうした上流の出なのかどうかは不明。また「離婚しようかと思って」というセリフが出てくるが、鷹司が生家の苗字なのか夫の姓なのかも不明である)はよく遊びに訪れる仲である。優秀な学生であったようなのだが、渡辺が下心を抱いていたことを見抜いていたようでもある。しょっちゅうフランス演劇の観劇に誘い、終わってから食事とお酒が定番のコースだったようだが、余程鈍い女性でない限り気付くであろう。ただ手は出さなかったようである。渡辺の家で夕食を取っている時に靖子が渡辺を誘惑するシーンがあるのだが、これも現実なのかどうか曖昧。その後の靖子の態度を見ると、現実であった可能性は低いようにも見える。
友人でデザイナーの湯島(松尾貴史)とよく訪れていた「夜間飛行」というサン=テグジュペリの小説由来のバーで、バーのオーナーの姪だという菅井歩美(河合優実)と出会う渡辺。歩美は立教大学の仏文科(立教大学の仏文科=フランス文学専修は、なかにし礼や周防正行など有名卒業生が多いことで知られる)に通う学生ということで、フランス文学の話題で盛り上がる(ボリス・ヴィアンやデュラス、プルーストの名が出る)。ある時、歩美が学費未納で大学から督促されていることを知った渡辺。歩美によると父親が失職したので学費が払えそうになくなったということなので、渡辺は学費の肩代わりを申し出て、金を振り込んだのだが、以降、歩美とは連絡が取れなくなる。「夜間飛行」も閉店。持ち逃げされたのかも知れないと悟った渡辺であるが、入院した湯島に「世間知らずの大学教授らしい失敗」と自嘲気味に語る。

湯島を見舞った帰り。渡辺は、「渡辺信子」と書かれた札の入った病室を発見。部屋に入るとシーツをかぶせられた遺体のようなものが見える。渡辺がシーツを剥ぎ取ると……。

どこまでが現実でどこまでが幻想もしくは夢なのか曖昧な手法が取られている。フランス発祥のシュールレアリズムや象徴主義、「無意思的記憶」といった技法へのオマージュと見ることも出来る。

タイトルの「敵」であるが、渡辺は高齢ながらマックのパソコンを自在に扱うが、あからさまな詐欺メールなども届く。相手にしない渡辺だったが、「敵について」というメールが届き、気になる。「敵が北から迫ってきている」「青森に上陸して国道4号線を南下。盛岡に着いた」「難民らしい」「汚い格好をしている」との情報もパソコンに勝手に流れてくる。このメールやパソコンの画面上に流れるメッセージも現実世界のものなのかは定かではない。渡辺は何度か「敵」の姿を発見するのだが、それらはいずれも幻覚であることに気付く。
一方で、自宅付近で銃声がして、知り合い2名が亡くなるが、これも現実なのかどうか分からない。令和5年夏から令和6年春に掛けての話だが。渡辺以外は「敵」が来た素振りなどは見せないので、これも渡辺の思い込みなのかも知れない。

亡くなったはずの妻、信子(黒沢あすか)が姿を現す。儀助と共に風呂に入り、一度も連れて行ってくれなかったパリに一緒に行きたいなどとねだる。渡辺の家を訪れた靖子や編集者の犬丸(カトウシンスケ)も信子の姿を見ているため、儀助の幻覚というより幽霊に近いのかも知れないが、この場面まるごとが儀助の夢である可能性も否定できない。

渡辺は自殺することに決め、遺言状を書く。ここに記された日付や住所によって、渡辺が東京都中野区在住で、今は令和5年であることが分かるのであるが、結局、渡辺は自殺を試みるも失敗した。生きることや自分の生活から遠ざかってしまった現実世界に倦んでいるような渡辺。生きていること自体が彼にとって「敵」なのかも知れないが、一方で残り少ない日々こそが彼の真の「敵」である可能性もある。逆に「死」そのものが「敵」であるということも考えられる。渡辺は次第に病気に蝕まれていくのだが、それもまた「敵」、老いこそが「敵」といった捉え方も出来る。

 

大河ドラマ「光る君へ」にも出演して好演を見せた瀧内公美。AmazonのCMにも抜擢されて話題になっているが、本格的な芸能界デビューが大学卒業後だったということもあり、比較的遅咲きの女優さんである。
育ちが良さそうでありながら匂うような色気を持ち、渡辺を誘惑する場面もある魅力的かつ蠱惑的な存在として靖子を描き出している。

映画やドラマに次々と出演している河合優実。今回も小悪魔的な役どころであるが、出演場面はそれほど長くない。

早稲田大学第一文学部中退後に渡仏し、ソルボンヌ大学(パリ大学の一部の通称。以前のパリ大学は、イギリスのオックスフォード大学やケンブリッジ大学同様にカレッジの集合体であった)に学ぶという俳優としては異色の経歴を持つ長塚京三。フランス語のシーンも無難にこなし、何よりも知的な風貌が元大学教授という役にピッタリである。

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