« コンサートの記(891) 準・メルクル指揮 京都市交響楽団第697回定期演奏会 | トップページ | コンサートの記(892) 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団 宇治演奏会2025 »

2025年3月 2日 (日)

これまでに観た映画より(379) 「ホテルローヤル」

2025年2月23日

J:COMストリームで、日本映画「ホテルローヤル」を観る。直木賞を受賞した桜木紫乃の同名短編小説集の映画化。ホテルローヤルは、桜木紫乃の父親が実際に釧路で経営していたラブホテルの名称であり、モデルにもなっていると思われる。
短編集であるため、映画化は難しかったようだが、桜木紫乃が「全てお任せ」としたため、桜木の他の小説などを含めた独自のシナリオで撮られている。
監督:武正晴。脚本:清水友佳子。出演:波瑠、松山ケンイチ、余貴美子、伊藤沙莉、岡山天音、正名僕蔵、内田慈(ちか)、冨手麻妙(とみて・あみ)、丞威(じょうい)、稲葉友(ゆう)、和知龍範、玉田志織、斎藤歩(釧路市生まれで北海道演劇界の重鎮)、原扶貴子、友近、夏川結衣、安田顕ほか。音楽:富貴晴美。
北海道のマスコミも多く制作に協力しているが、なぜかメ~テレ(名古屋テレビ)が筆頭となっている。

時代が飛ぶ手法が用いられている。ラブホテルが舞台だけに、男女の入り乱れた関係が描かれる。
北海道釧路市。釧路湿原を望む地に、ラブホテル、ホテルローヤルが建っていた。現在は閉鎖されているが、ヌード写真撮影のために男女が訪れる。この場面に意味があるのかどうかは不明だが(原作には出てくる場面である)、過去のホテルローヤルの場面が断片的に浮かび上がる。

田中雅代(波瑠)は、ホテルローヤルを営む大吉(安田顕)とるり子(夏川結衣)の一人娘。絵が得意で札幌の美大を受験するが不合格となる(原作では大学ではなく就職試験全敗という設定)。浪人する余裕がないのか、進学を諦めて、実家を継ぐことになるのだが、その前に母親のるり子が不倫の末、駆け落ちする。実は大吉も元々の妻を捨ててるり子と一緒になったのだが、今度は逆に自分が捨てられる羽目になった。
ホテルの部屋の音は、換気口を通して従業員室で聞き取れるようになっている(他のラブホテルでもそういうことがあるのかどうかは不明)。

ホテルには様々なカップルが泊まりに来る。何度も泊まりに来る熟年夫婦(正名僕蔵と内田慈が演じる)、ホームレス女子高生の佐倉まりあ(伊藤沙莉)と担任教師の野島亮介(岡山天音)や台詞も特にないカップルなど。

従業員は、能代ミコ(余貴美子)と太田和歌子(原扶貴子)の二人だけだが、ある日、左官として働いていると思ってたミコの長男が実は暴力団員であり、犯罪で捕まったことがテレビで報道される。ミコの夫の正太郎(斎藤歩)は病気で働くことが出来なくなっており、息子から「給料が上がったから」と仕送りが届いたばかりだった。ショックの余り森を彷徨うミコ。正太郎が何とか探し出す。るり子は雅代に「稼ぎよりも自分を本気で愛してくれる人を見つけなさい」とアドバイスするが、その後に姿を消したのだった。

佐倉まりあは、17歳。おそらく近く18歳になる高校3年生だと思われる(原作では高校2年生)。母親が男と駆け落ちし、その後、父親も女の下へ走ったため、ホームレスとなった。担任教師の野島亮介とは、雨宿りのためにホテルローヤルに立ち寄った、というと嘘くさいが本当らしい。実際にまりあが野島を誘うシーンがあるが、野島は応じない。進学先の候補である専門学校に二人で見学に行ったのだが、まりあは進学する気はなく途中で姿を消し、その後に野島が追いついたらしい。まりあが通うのは偏差値が低めの高校のようで、まりあを演じる伊藤沙莉もそれっぽく振る舞っている(武監督から「口開けてろ」「余計なことしろ」との指示があったとのこと)。なので大学進学という選択はないようだ(現在の北海道は私立大学受難の地で、名門私立大学はあるが難関私立大学は存在せず、Fランクと呼ばれる大学が多いが、それでも両親がいないのでは金銭的に難しいのだろう)。
キャバクラごっこ(札幌のススキノという設定らしい)で自己紹介をするのだが、野島に「君はキャバクラには向かない」と言われる。野島は妻の不倫が発覚したばかりで、それも相手は身近な人物だった。この場面の意味であるが、まりあには実際に「キャバクラ嬢になる」という選択肢があったのかも知れない。
この二人が起こした事件がきっかけで、ホテルローヤルからは客が離れることになる。ちなみに野島や佐倉という役名は原作通り(野島は原作では下の名前が広之)だが、某有名ドラマへのオマージュだと思われる。ちなみに某有名ドラマの女優さん(現在は引退)も伊藤沙莉同様、千葉県出身である。

ホテルローヤルにアダルトグッズ(大人のおもちゃ)を売りに来る宮川聡史(松山ケンイチ)。「えっち屋さん」と呼ばれているが、松山ケンイチが演じているため、雅代が宮川に気があるのはすぐに分かるようになっている。雅代はかなり暗めの性格で、男っ気は全くなく、実際に処女である。宮川が結婚したことを知った時、少しショックを受けたような素振りも見せるが、宮川もその妻が最初の女性という奥手の男性だったことが後に明らかになる。

ホテルローヤルの閉鎖後は、エピローグ的に若き日の大吉(和知龍範)と若き日のるり子(玉田志織)の物語が置かれ、雅代を妊娠した日のことが描かれる。


映画化しにくい題材のためか、ややとっちらかった印象があり、焦点がぼやけてしまって、「ここが見せ場」という場面には欠けるように思う。一番良いのは松山ケンイチで、北海道弁(釧路弁)も上手いし、少し出しゃばり過ぎの場面もあるが、商売に似合わぬ爽やかな青年で優しさもあるという魅力的な人物像を作り上げている。

当時、26歳で高校生役に挑んだ伊藤沙莉。若く見せるために体重を増やして撮影に臨んでいる。「好きなだけ食べて良いのでラッキー」と思ったそうだ。担任教師役の岡山天音とは実は同い年で高校1年の時に同じドラマに同級生役で出演(共にいるだけの「モブ」役だったそうだが)しているそうである。まりあは17歳、野島は28歳という設定であるが、この時の伊藤沙莉は色気があるので、高校生には見えないように思われる。実際、「これが最後の制服姿」とも語っていたのだが、その後も、Huluオリジナルドラマ「あなたに聴かせたい歌があるんだ」や、高校生ではなく高等女学生役ではあるが「虎に翼」でも制服を着ており、いずれも十代後半に見える。「ホテルローヤル」で女子高生に見えないのはおそらく、特に工夫のない髪型のせいもあると思われる。
トローンとした眠そうな目が様々なことを語っていそうな場面があるのだが、これは伏線の演技であることが後に分かる。
武監督は、キャストとしてまずまりあ役に伊藤沙莉を決めたそうだ。ただ童顔の伊藤沙莉も段々大人っぽくなってきていたため焦ったそうである。

長く舞台中心に活動していた内田慈が思いのほか魅力的なおばさん(と言ったら失礼かな)を演じていて、興味深かったりもする。

ただ、波瑠が演じる雅代が暗すぎるのが大衆受けしない要素だと思われる。波瑠を使うならやはり明るい女性をやらせて欲しかった。美大に落ちたことをずっと引き摺っているような陰気なヒロインではキャストが充実していても波瑠ファン以外の多くの人から高い評価を得るのは難しい。

音楽を担当しているのは大河ドラマ「西郷どん」などで知られる富貴晴美。私は連続ドラマ「夜のせんせい」(観月ありさ主演)の音楽などは好きである。タンゴ調の(「単語帳の」と変換された)音楽が多く、ピアソラの「リベルタンゴ」に似た曲もあるが、おそらくそうした曲を書くよう注文されたのだと思われる。

舞台美術は美しいの一言。

| |

« コンサートの記(891) 準・メルクル指揮 京都市交響楽団第697回定期演奏会 | トップページ | コンサートの記(892) 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団 宇治演奏会2025 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« コンサートの記(891) 準・メルクル指揮 京都市交響楽団第697回定期演奏会 | トップページ | コンサートの記(892) 大植英次指揮大阪フィルハーモニー交響楽団 宇治演奏会2025 »