観劇感想精選(491) 「リンス・リピートーそして、再び繰り返すー」
2025年5月10日 京都劇場にて観劇
午後6時から、京都劇場で、「リンス・リピート―そして、再び繰り返す―」を観る。作:ドミニカ・フェロー、テキスト日本語訳:浦辺千鶴、演出:稲葉賀恵(いなば・かえ)。出演:寺島しのぶ、吉柳咲良(きりゅう・さくら)、富本惣昭(とみもと・そうしょう)、名越志保(なごし・しほ)、松尾貴史。
ドミニカ・フェローは、まだ二十代と思われる若い劇作家。この「リンス・リピート」は、自身が摂食障害を患っていたニューヨーク大学在学中に多くの演劇を観るも摂食障害を取り上げた作品が一つもないことに気付き、自伝的作品として書き上げたもので、オフブロードウェイでの初演時は、自身が摂食障害のレイチェル役を演じたそうである。なお、劇中ではレイチェルは名門イェール大学法学部在学中で弁護士を目指しているが、ドミニカ・フェローは法学ではなく、ニューヨーク大学では演劇を学んでいる。
アメリカ、東海岸。コネチカット州グリニッジ。ジョーン(寺島しのぶ)は、エクアドル系のヒスパニックである。ヒスパニック系は、アメリカでは数は多いが最下層と見なされ、最も差別されている。そこから這い上がって弁護士となり、今では共同弁護士事務所を立ち上げるというキャリアウーマンであるジョーン。ジョーンの夫のピーター(松尾貴史)は、名家出身だが、経済力はなく、セミリタイアのような生活を送っている。ということでジョーンが一家を支えている。
長女のレイチェル(吉柳咲良)は、イェール大学の4年生。成績も優秀だが、摂食障害を患い、レンリーという施設に入っている。
長男のブロディ(宮本惣昭)は高校3年生。フットボール選手として活躍したため、名門のノートル・ダム大学への進学が決まっている。
人種差別の激しいアメリカ。ヒスパニック系が勝ち上がるには専門職に就くしかない。ジョーンはそうして勝ち抜いてきた。名門大学に入り成績優秀な娘にも同じ道を歩むことを望んでいる。
レイチェルが施設から帰ってくる。吉柳咲良はミュージカル俳優として期待されている人だが、今回はストレートプレーなので歌はないのかと思っていたが、短いもののスキャットで歌ってくれる。このレイチェルがしょっちゅう着替えるのだが、それによって時間の経過や場所の移動が分かるようになっている。
入院施設レンリーは、一度は回想として、一度は悪夢の中に出てくる場所として登場する。レンリーでレイチェルを受け持つのは、ブレンダ(名越志保)というセラピスト。実はこのブレンダは黒人という設定なのだが、今の日本では肌を黒く塗って黒人を演じることは禁忌とされているため、とくに何も施さずに登場。おそらく黒人だと分かった人はいないと思われる。
レイチェルは、イェール大学で文系クラスを受講していることをジョーンに打ち明け(ジョーンも「学生時代、詩の授業を取ってたわよ」と返す)、レンリーでも詩を書いてブレンダに見せている。だが自信があるわけではなく、「エミリー・ディキンソン(「希望とは翼あるもの」などで知られる米国最高の女流詩人。半引きこもりのような生涯を送り、若くして亡くなっているが、生前は詩を発表せず、死後に発見された詩の数々が反響を呼び、世界的名声を得る。日本でも岩波文庫から英文と日本語対訳の詩集が発売されるなど人気は高い)ぐらいでないと」と自らの才能に限界を感じているようでもある。また、レイチェルは自殺を図ったことがあるが、それを仄めかすナイフの詩を書いていた。
4ヶ月大学を休んでいたレイチェル。だがそれまでの成績が優秀だったため、イェール大学ロースクールの受験資格はありそうである。
だが、本当は、レイチェルは、法学ではなく文学の道に進みたくて、それが摂食障害に繋がったのでは……、と思わせるのはミスリード。この家には何故か体重計が母親のジョーンの部屋に置いてあるのだが、これが伏線になっている。
ヒスパニック系の話であり、親子の話であり、心理劇であり、ミステリーの要素も含まれる。
母親のジョーン役の寺島しのぶが主演で、彼女が出ると空気が引き締まり、いかにも格上という感じがするのだが、レイチェルを演じる吉柳咲良が舞台上にいる時間が最も長くセリフも多く、また初演時に作者が自分自身のこととして演じているため、W主演的な位置にある。寺島しのぶと吉柳咲良とでは本当に親子ほど年齢が離れているので、なかなかW主演とは銘打ちがたいのだが。
寺島しのぶと吉柳咲良が抱き合ってから、吉柳咲良が客席通路を通って退場するのは、母からの巣立ちを意味すると思われる。
吉柳咲良は、昨年、朝ドラ「ブギウギ」では、主人公のスズ子(趣里)に挑もうとする若手歌手の水城アユミ役、大河ドラマ「光る君へ」では1話だけの出演だったが、のちに『更級日記』などを書くことになる菅原孝標女を演じて話題になり、お茶の間にも知名度を拡げている。今年はTBS日曜劇場で詩森ろばが脚本を書いた「御上先生」に高石あかりらと共に生徒役で出演している。
今日は上演終了後にアフタートークがあり、寺島しのぶ、松尾貴史、吉柳咲良の3人が出演する。松尾貴史は、始まってから終わるまで一度も客席から笑いの起こらない芝居に出るのは初めてだと語る。
客席からの質問があり、消え物の話のほか、細かいところも質問として出た。
アフタートークが終わり、寺島しのぶと松尾貴史は、客席に手を振る。吉柳咲良はそのまま退場しようとして、二人が手を振っていることに気づき、慌てて手を振るなど微笑ましい。
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