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2025年6月 1日 (日)

コンサートの記(903) マルタ・アルゲリッチ特別演奏会 in 京都南座

2025年5月26日 京都四條南座にて

午後6時30分から、京都四條南座で、第25回記念別府マルタ・アルゲリッチ音楽祭関連コンサート マルタ・アルゲリッチ特別演奏会 in 京都南座を聴く。

午後6時開場の予定だったが、気温が低めのためか、南座に着いた午後5時45分にはすでに開場していた。ロビー開場で、午後6時に客席開場となるはずであったが、ドアの隙間からアルゲリッチが弾くピアノの音が漏れており、リハーサルが長引いているということで客席開場が少し遅れる。それまでドアのそばにさりげなく立って、アルゲリッチの弾く澄んだピアノの音を耳にしていた。

世界最高の天才ピアニストと呼ばれるマルタ・アルゲリッチの22年ぶりとなる京都での演奏会である。前回はおそらく京都コンサートホールでの演奏だったと思われるのだが、今回の会場は京都四條南座となった。南座では、翁・シルクロード 特別な想い ゼロからの祈りコンサートが行われており、昨日は、石上真由子や佐藤晴真やテレマン室内オーケストラ、雅楽によるコンサートが行われ、2日目となる今日がアルゲリッチのコンサート。
アルゲリッチはいつの頃からか、「ステージに一人だと寂しい」という子どものような理由で、室内楽や協奏曲の独奏しか行わなくなっていたのだが、別府アルゲリッチ音楽祭を行うようになってから、次第にピアノソロ曲も弾くようになり、今日もピアノ独奏曲がプログラムに含まれている。

耐震工事を含めた内部改修工事を行った南座。松竹が3Dプリンターを使って、以前の通りに復元したのだが、座席の狭さや座席前通路の狭隘さ、三階席の急勾配と階段の段の高さもそのままで、一幕見席も相変わらずなしということで、不評である。ただ音の通りは明らかに良くなっており、クラシック音楽の演奏会場として期待もされたのだが、おそらく昨日今日の演奏会が、改修後初のクラシック音楽の演奏会となる。

チケットはかなり高いので、安めの席を選択。実は南座は大向こうが一番音の通りが良いと知っての計算である。3階席の最後列ほぼ真ん中であったが、やはり音の通りは良く、視覚以外は、目の前で演奏しているかのようであった。

出演は、マルタ・アルゲリッチの他に、川久保賜紀(ヴァイオリン)、川本嘉子(ヴィオラ)、上野通明(みちあき。チェロ)。アルゲリッチと共演するに相応しい、日本屈指の腕利きが揃った。

正面に能の鏡板を模した松、側面には竹の松羽目舞台での演奏である。

曲目には変更がある。
まず、川久保賜紀と上野通明による、非常に格好良いハルヴォルセンの「ヘンデルの主題によるサラバントと変奏」に続いて、エルネスト・フォン・ドホナーニの弦楽三重奏のためのセレナードが演奏されるはずだったのだが、アルゲリッチの登場が早まり、川久保と上野が退場してからすぐにアルゲリッチが姿を現す。なお今日はスタッフも含めて全員上手からの登場となった。

アルゲリッチはプログラムにない曲を弾き始める。シューマンの幻想小曲集より「夢のもつれ」。アルゲリッチらしい鮮度の高い演奏であったが、何故か、客席下手側後方から大きめの寝息の音がする。アルゲリッチもその方を振り返って、「この私がピアノを弾いているのに寝るですって?」といったような表情を浮かべていた。

続く2曲は、プログラム通りラヴェルの「水の戯れ」と『夜のガスパール』から「オンディーヌ」
いずれも鍵盤が日の光を反映した水の面に見えてくるような瑞々しい演奏。勢い余って水がピアノから溢れ出そうである。
エスプリ・クルトワやラヴェルが曲に込めたたゆたうような音楽性も、最大限に引き出して見せる。
いずれの曲も、他のピアニストによる生演奏を聴いたことはあるが、やはりアルゲリッチは何もかも違う。
これだけのピアノソロを弾けるのに、何年も何十年も封印してきたのだからアルゲリッチも罪な人である。

 

エルンスト・フォン・ドホナーニの弦楽三重奏曲のためのセレナード。
三人の息のあったアンサンブルが聴きものである。
ハンガリー生まれのエルンスト・フォン・ドホナーニ。高名な指揮者のクリストフ・フォン・ドホナーニの祖父であるが、クリストフは生地のドイツ国籍である。名作曲家や名音楽家を多く生み出しているハンガリーの作曲家だけに豊かな音楽性を感じさせるが、例えばバルトークやコダーイほどにはハンガリー的ではなく、ドイツ音楽の影響が強い。
南座の音響はピアノ向きで、ピアノの後に弦楽トリオを聴くと音がやや細いように感じられた。音の通りは良いが残響がないからでもあろう。

 

休憩は南座らしく30分もある。2階などでは雅楽の楽器や、雅楽に乗せて舞う時の衣装などが展示されている。

1階西側のスペースでは、河原町の清水屋さんがアルゲリッチや川久保さんのCDを販売していたが、良さそうなものは大体買ってしまっているため、買いようがなかった。

 

後半は、ヴィオラの川本嘉子のソロから始まる。ヘンデル(細川俊夫編曲)の「私を泣かせてください」と、カタロニア民謡を原曲とした西村朗の「鳥の歌」幻想曲。いずれも日本を代表する作曲家による作品。西村朗は、追悼コンサートが、彼が音楽監督を務めた大阪の住友生命いずみホールで今年複数回行われる。
いずれも前奏に原曲とは異なる部分が付け加えられていたが、本編の美しさを損なわない仕上がりとなっていた。

 

メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番。
メンデルスゾーンというと、金持ちの家に生まれ、一流の教育を受け、作曲家として神童と認められたほか、絵画の腕前も一級、指揮者としても高く評価されるなど、自身がユダヤ人の家系であることや、38歳で早逝したことを除けば、幸福な人生を送ったかのように見える。彼の人生を評して「行けども行けども薔薇また薔薇」と言われたりもする。
だがこの曲の第1楽章を聴けば、メンデルスゾーンが本当の悲しみを知っている人間であることが分かる。人知れぬ苦悩には直面したことがありそうである。
アルゲリッチは譜めくり人を付けての演奏。譜めくり人を務めるのは京都を拠点として活躍する女性ピアニストである。
アルゲリッチのピアノがベースを奏で、弦楽器がその上を駆けていく。

第2楽章では、冒頭でアルゲリッチが懐旧の趣のあるソロを奏でる。胸にゆっくりと染み込んでいくようなピアノである。
子どもの頃の思い出。まだ小学校に上がる前、父と実家の近くの用水路沿いをずっと歩いて行った。ただそれだけなのに懐かしい風景。それを思い出した。
その後は、弦楽とピアノが明るい音楽を奏でる。

第3楽章ではピアノの煌びやかなソロがあり、弦楽器が優雅な掛け合いを行う。

そして第4楽章では、熱いやり取りが繰り広げられる。三者とも共演というより競演という趣で全力をぶつけ合い、スリリングな演奏となった。

 

喝采に包まれた南座。アルゲリッチに客席から花束を渡す人二名。更にスタッフから三人に花束が贈呈された。

 

メンデルスゾーンのピアノ三重奏第1番第3楽章がアンコールとして再び演奏され、再び魔術のような音楽が南座の空間を満たす。

 

最後は、私が目にした中では上川隆也主演の舞台「隠蔽捜査」(改修前の南座での上演)以来となる南座オールスタンディングオベーション。アルゲリッチも満足そうであった。

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