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2025年9月の16件の記事

2025年9月30日 (火)

これまでに観た映画より(402) 「ふたりのマエストロ」

2025年9月15日

ベルギー・フランス合作映画「ふたりのマエストロ」を観る。2022年の作品。共に指揮者である親子の物語。親子で指揮者というのは珍しくなく、最近では、ヤルヴィ親子やザンデルリンク親子などがいるが、この映画では親子関係が余り良くなかったエーリヒとカルロスのクライバー親子が念頭にあると思われる。
監督・脚本:ブリュノ・シッシュ、製作責任者:フィリップ・ルスレ。出演:イヴァン・アタル、ピエール・アルディティ、ミュウ=ミュウ、キャロリーヌ・アングラーデ、パスカル・アルビロほか。

パリとミラノが主舞台。フランス語が主に用いられているが、イタリア語も時折用いられる。
指揮者のドニ・デュマール(イヴァン・アタル)が、フランスの輝かしい賞であるヴィクトワール賞を受賞し、スピーチを行うところから始まる。ジョークが好きなようで、「オザワ(小澤征爾)は、スカラ座でブーイングを浴びた。スカラ座で野次を浴びれば大指揮者になる。もっと野次を」 と語る。そして、元妻でマネージャーのジャンヌ(パスカル・アルビロ)と息子のマシューに感謝の念を述べる。彼の父親でやはり指揮者であるフランソワ・デュマール(ピエール・アルディティ)は欠席であるが、仕事があるわけでも体調が悪いわけでもなく、自宅で授賞式の模様をテレビで見ている。翌日からは会う人会う人に、「息子さんおめでとうございます」と言われて、嫉妬しているようだ。
コンサートホールでリハーサルを行うフランソワ。ベートーヴェンの第九の第2楽章である。ちょっとティンパニが遅れたような気がしたが、問題はそれだけではなく、アンサンブルに躍動感がないことを気にしているようだ、というところでスマホの呼び出し音が鳴る。「誰だ、スマホを鳴らすのは!?」と怒るフランソワであったが、実はスマホの主はフランソワ本人であった。電話に出たフランソワの耳に飛び込んだのはとんでもない朗報。なんと「ミラノ・スカラ座の音楽監督に就任してくれないか」というものであった。
しかし、実はデュマール違いで、ミラノ・スカラ座の総裁が指名したのは息子のドニ・デュマールの方であり……。

喜劇にも悲劇にもなる設定であるが、大人の観賞に堪えうる人間ドラマに仕上がっている。
ただ、主人公と難聴のヴァイオリニストである彼女との関係についてはもっと時間を割いても良かったかも知れない。一方で、親子で指揮者であることの難しさは丁寧に描かれており、指揮者像にリアリティを与えている。

劇中で、「舞台恐怖症」という言葉が出てくるが、映画のタイトル以外で「舞台恐怖症」という言葉を聞くのは二度目である(初回は黒柳徹子主演の舞台「想い出のカルテット~もう一度唄わせて~」)。ヒッチコック映画から引いたものかも知れないが、この言葉は伏線になっている。

ドニがスピーチで小澤征爾を例に挙げ、更に小澤がカッチーニの「アヴェ・マリア」を指揮している映像をノートパソコンで見ていることから、小澤征爾の弟子という設定なのかも知れないが、それは劇中では明かされない。

元々はスカラ座の総裁は、ゲルギエフにスカラ座の音楽監督を頼むつもりであったが、彼の妻がアルツハイマー病になったというので辞退され、ドニに話が行ったようだ。「リッカルド・ムーティの後任になれる」というセリフも出てくるが(ということで2005年頃の話であることが分かる)、ムーティとスカラ座は事実上喧嘩別れしており、その後任となると吉となるか凶と出るか分からないところである。

ラストシーンが実際に可能かどうかだが、テンポさえ合っていればプロのオーケストラにとっては難度はそれほど高くないと思われる。

2回続けて観るぐらいには良い映画。もっとも、頭の働かない朝のうちに観たので、確認のためにもう一度見直したのである。

クラシックのポピュラーな楽曲が多く採用されているため、クラシックファンにはお薦め。音楽家の名前などはある程度詳しい人しか分からないかも知れないが、分からなくても特に問題はないはずである。

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2025年9月28日 (日)

WOWOWライブ COCOON PRODUCTION 2022+CUBE 25th PRESENTS,2022 ケラリーノ・サンドロヴィッチ作・演出「世界は笑う」

2025年5月4日

録画しておいた、COCOON PRODUCTION 2022+CUBE 25th PRESENTS,2022「世界は笑う」を観る。作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ。出演:瀬戸康史、松雪泰子、千葉雄大、勝地涼、伊藤沙莉、大倉孝二、緒川たまき、山内圭哉、マギー、伊勢志摩、廣川三憲、神谷圭介、犬山イヌコ、温水洋一、山西惇、ラサール石井、銀粉蝶。
多くの俳優が二役三役を兼ねる。2022年8月24日、渋谷のBunkamuraシアターコクーンでの収録。

「世界は笑う」というタイトルからは喜劇が予想され(ケラさん、実は喜劇は余り上手くないんだけれど)、実際、笑いの要素はあり、観客の笑い声も聞こえるのだが、昭和30年代の軽演劇の劇団を舞台にした人間ドラマで、少し切ない話である。歌う場面があるので、耳元に小型のマイクを付けている出演者が多い。

舞台となるのは昭和30年代。新宿の街路、長野県の温泉旅館、そして再び新宿の街路である。

昭和32年。夜。秋野撫子(愛称は「デシコ」。伊藤沙莉)は、所属している軽演劇の劇団・三角座を抜け出すが、兄の大和錦(勝地涼)が追いかけてくる。撫子は、同僚の有谷是也(あれや・これや。千葉雄大。駄洒落の名前だが、是也という漢字からはどうしても千田是也を連想してしまう)と密会しようとしているのだが、兄の大和は喜劇役者との結婚を許さない。自分も三角座の喜劇俳優であるにも関わらず。この辺りは、伊藤沙莉と実兄のオズワルド伊藤との関係が投影されているように思える。
二人が去る。帰りに仲良くラーメンを食べるようだ。そこへ是也がやってくる。是也は喜劇作家を志しており、コントを草案中なのだが、なかなかよい話が思いつかない。そしてヒロポンを購入する。

劇団を舞台とした話だが、劇中劇のシーンはない。

昭和33年。新宿の街路では、日本テレビのプロデューサーである斎藤(ラサール石井)が、電気屋のショーウィンドーに飾られたテレビを見ながら、笑いについて語っているのだが、その近くにいたベテラン喜劇俳優の青木(温水洋一)は、斎藤の意見に食ってかかる。
そこへ現れた三角座の女優、トリコ(緒川たまき)。ダンサー歴の方が長いが今は女優以外の肩書きを受け付けない。トリコは文豪の川端康成(廣川三憲)を連れている。

喜劇俳優の多々見鰯(たたみ・いわし。大倉孝二)の話。多々見鰯には、多々見走(たたみ・かける)という三角座の名優だった兄がいた。だが、走は戦地に赴いたまま、消息を絶っていた。
走の妻であった鈴木初子(あだ名は「はっちゃん」。松雪泰子)は今も古書店を営みつつ三角座の手伝いをしながら走が戻ってくるのを待っている。
初子の古本屋で米田彦造(瀬戸康史)はトイレを借りたのだが、彦造は初子に一目惚れしていて……。

戦後、東京の演劇界が変わり、喜劇が凋落してストリップショーなどが受けるような時代となる。三角座はそれなりに大きな軽演劇の劇団なのだが、新宿には軽演劇の劇団はもう三角座しか残っていないようだ。浅草六区はまだ流行っているらしい(ご存じの通り、浅草六区もその後、人気は下降線をたどり、軽演劇の中心は吉本新喜劇など大阪に移る)。

この作品は、彦造と初子、是也と撫子の二組のカップルに、もう一組のカップルを加えて展開されていく。


女優達によるレビューのようなものがあり、各々ソロパートとダンスがある。歌われるのは、「ケセラセラ」の日本語訳詞版。ヒッチコック映画「知りすぎていた男」の挿入歌で、丁度、この頃に流行っていた曲である。


三角座の長野公演は、毎年、日本テレビで中継してくれていたのだが、その後のことを思うと、それがマイナスに働いたようにも思える。観劇によく通う人は、「演劇の本当の面白さは劇場でないと分からない」と思う人が大多数だと思うが、世の中の大半の人はそもそも演劇を観たことがないので、そうしたことは気にならず、「テレビで見られるんだから劇場行かなくてもいいよね。民放だからタダだし」という話になるはずである。丁度、映画も同じ道をたどっている。

ケラさんの作品は個人的に好きなものと嫌いなものがあり、好きなものは比較的暗めのもの、嫌いなものはおちゃらけの場合が多いが、「世界は笑う」は、暗いけど好みじゃないという残念な結果だったように思う。

是也のヒロポン中毒の場面があり、CGが使われたり、伊藤沙莉が仏壇返しを行ったりする。仏壇返しは歌舞伎の手法で、「東海道四谷怪談」で用いられることで有名だが、女優が仏壇返しを行うシーンはかなり珍しいように思う。

結局のところ本当の勝者がいないまま芝居は終わるが、タイトルはあるいは、「世界は(人間を)笑う」なのかも知れないと思ったりもした。

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2025年9月27日 (土)

コンサートの記(919) 沖澤のどか指揮京都市交響楽団第704回定期演奏会

2025年9月19日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第704回定期演奏会を聴く。指揮は京都市交響楽団第14代常任指揮者の沖澤のどか。

曲目は、L・ファランクの交響曲第3番とリムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」

なお、沖澤と京響はこのプログラムで日本縦断ツアーを行う。西宮、福井、長野、東京、そして沖澤の故郷である青森県の八戸市と青森市での演奏会も行う。沖澤は三沢市生まれの青森市育ちだが、ベルリン・フィルのカラヤン・アカデミーで学ぶ姿に密着したドキュメンタリー中の英語によるナレーションでは、三沢市の知名度が低いためか、「Aomori City」の出身だと語っている。三沢市にはそれほど長くいなかったのかも知れない。
またコロナ禍中に山田和樹と行ったYouTube遠距離対談では、「青森だとプロのオーケストラを聴く機会は年に1度あるかないか」と話していたが、この秋は青森で京響が聴けることになる。
ちなみに京都公演のチケットは今日明日共に完売である。東京公演も完売した。

プレトークで、沖澤は、「こんばんは。やっと涼しくなりましたね」と切り出す。自宅のあるベルリンでの仕事を終え、東京に飛び、新幹線で京都入りしたのだが、「京都駅のホームに降りた瞬間、『ああ、また夏だ』」と思ったそうである。ベルリンはもうセーターが必要な気温だそうだ。
曲目について、「L・ファランクの交響曲第3番を生で聴いたことあるぞという方」と聴衆に問いかけるが手は一つも挙がらない。変な曲を聴いていることが多い私もこの曲を聴くのは今日が初めてである。YouTubeに誰かが演奏を上げているかも知れないし、NAXOSのライブラリーに入っているかも知れないが、先入観を避けるために敢えて聴かないで来た。
「私もつい最近まで知らなかったんですけど」と沖澤は続け、「(スイスの)バーゼル交響楽団に伺った時に、『良い曲があるよ』と教えられ」て、それから取り組むようになったそうである。
なお、沖澤は女性作曲家の作品をよく取り上げる傾向があるが、L・ファランクも女性作曲家である。フルネームは、ルイーズ・ファランク。1804年生まれというからベートーヴェン(1770-1827)がまだ存命中で新進気鋭の作曲家と目されていた頃に生を受けたことになる。そのため、L・ファランクは古典派とロマン派の間に位置づけられるが、確かにそのような印象は受ける。ただし、やや古典派寄りである。ファランクは結婚後の苗字で、生家の姓はデュモン。15歳でパリ音楽院に入学し、ピアノを学ぶが、当時のパリ音楽院では女性は作曲を正式に学ぶことが許されなかったため、アントニーン・レイハという作曲家にプライベートレッスンを受けている。
ピアニスト兼作曲家として活動し、母校であるパリ音楽院のピアノ科教授も務めるが、当初は女性教授の報酬は男性教授よりも低く、ファランクは何度も抗議して、男性教授と同一賃金を勝ち取ったようである。
50代の時に愛娘でピアニストであったヴィクトリーヌが30代で早逝すると、以後は作曲と演奏の活動をほとんどしなくなり、音楽アンソロジーの編纂と教育に専念するようになったようである。

「シェエラザード」の思い出としては、「京都市交響楽団をこのホールで指揮者としてではなく、一聴衆として聴いたことは余りなんですけれど、『シェエラザード』」はあるという話をしていた。広上淳一が「シェエラザード」を2回取り上げているが(後で調べたところ、そのうちの1回は京都コンサートホールではなく、大阪のザ・シンフォニーホールで演奏されたものだった)、ジョン・アクセルロッドなど他の指揮者もプログラムに載せているので、どの演奏会なのかは、はっきり分からない。
また、「シェエラザード」を取り上げた理由として、「日本各地の海、長野は海ないんですど」様々な海をその地の聴衆に思い浮かべて欲しいという意図があったようである。ちなみに京都人と呼ばれる人にとっては、京都とは京都市のこと(更に狭く取る人もいる)なので、「京都も海ないで」と思う人もいそうである。かく言う私も京都府の海は見たことがない。天橋立や「海の京都」に行ってみたい気はあるが実現していない。私にとっての海は、九十九里浜の豪快な波である。

沖澤は来年以降のプランとして、「プロコフィエフの交響曲を全曲演奏します。3回! 3回に分けてですよ。録音もします」ということで、「プロコフィエフ交響曲全集」が完成しそうである。
沖澤「プロコフィエフの交響曲は、1番、5番、7番などはよく演奏されますが、他の曲はあんまり。何故かと言えば難しいから。皆さんにではなくて演奏する側が」

 

今日のコンサートマスターは、京都市交響楽団ソロコンサートマスターの「組長」こと石田泰尚。もう一人のソロコンサートマスターの肩書きを持つ会田莉凡(りぼん)がフォアシュピーラーとして入り、泉原隆志と尾﨑平がファーストヴァイオリンの第2プルトとして陣取る。ドイツ式の現代配置だが、ファランクの時はティンパニの中山航介が第2ヴァイオリンのすぐ後ろでティンパニ(見た目では分からなかったがバロックティンパニかも知れない)を叩く。「シェエラザード」では中山は指揮者の真向かいに回った。
ヴィオラ首席に京都市交響楽団ソロ首席ヴィオラ奏者の店村眞積(たなむら・まづみ)が入るなど、強力な布陣である。
L・ファランクの交響曲第3番は金管はホルンだけという特殊な編成であるため、管の首席奏者は「シェエラザート」のみの参加である。

 

L・ファランクの交響曲第3番。無料パンフレットで音楽評論家の増田良介が、「モーツァルトの交響曲第40番との類似」を指摘しているが、確かにそんな感じである。
金曜ナイトドラマ第1作「TRICK」のオープニングテーマに少しだけ似た旋律でスタート。古典派とロマン派の間を行く作風だが、ロマン派ほどには羽ばたかない。
第2楽章。モーツァルトの交響曲第40番の第2楽章は、モーツァルトが無人の野を行くような澄み切った孤独感が印象的だが、L・ファランクの交響曲第3番の第2楽章もモーツァルトほどではないが孤独の哀しみが浮かび上がる。
第3楽章と第4楽章は、当時ヨーロッパで流行っており、鬼束ちひろが好きな言葉として挙げていることでも知られる(?)「疾風怒濤(シュトルム・ウント・ドラング)」の作風。
時代的にピリオドでも構わないはずだが、モダンのアプローチである。ただ中山航介が先が木製のバチでティンパニを強打するなど、ピリオドの要素も入れていた。中山は先端に糸が巻かれた普通のマレットでも叩いており、それが「古典派とロマン派の間」を表しているようでもあった。

 

後半、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。昨年の大河ドラマ「光る君へ」で「シェエラザード」のヴァイオリン独奏に似た旋律が用いられており(作曲は冬野ユミ)、それが終盤で紫式部(まひろ/藤式部。吉高由里子)が病気で寝込んでいる藤原道長(柄本佑)に、毎日、連続ものの短い物語を語るという「音楽の伏線」になっていたことで話題になっている。ちなみに芥川龍之介が、『千夜一夜物語(千一夜物語、千と一夜物語)』の続編を書いているが、恐ろしくつまらないので読む必要はない。芥川さん、どうしてあんなの書いちゃったんですか?

かなりハイレベルの演奏である。ヴァイオリンソロを取る石田泰尚の演奏も妖艶且つ典雅で雄弁だ。
沖澤の解釈はおそらくロシア音楽ということよりもアラビアンナイトの音楽であるということを意識したもので、濃厚な音楽を紡ぎ上げる。広上と京響の「シェエラザード」が水彩画だとすれば、沖澤と京響の「シェエラザード」は絵の具を何重にも重ねた油絵の「シェエラザード」である。ロシアがフランスを手本にしていたということもあり、音楽でもフランス音楽とロシア音楽は親和性があって、フランスものを得意としている指揮者は大体ロシアものも得意としているが、水彩画系演奏の代表として広上の他にスイス・フランス語圏出身のデュトワ(モントリオール交響楽団との演奏が名盤として名高いが、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団との新盤は更に良い)がいるとすれば、油絵系演奏はロシア生まれのロストロポーヴィチなどが代表格であろうか。とにかく同じ京響の「シェエラザード」なのに印象は大きく異なる。
カロリーたっぷりで、耳が満杯。大満足の出来である。ただ聴いていて疲れるところはある。

沖澤の指揮姿は端正で「これぞ指揮者」といったところ。人気があるのも頷ける。今日は背中は燕尾服風であるが前は閉じるという服(小澤征爾がよく着ていたような服だが何というのだろう?)に白いネクタイのようなものを巻いていたが、ネクタイのようなものが揺れる様がエレガントで、視覚効果面でも優れていた。指揮棒は縦振りがほとんどで横に振るときは小さいのが特徴である。

日本のどこに行っても受けること間違いなしのコンビ。沖澤と京響の未来は間違いなく明るい。

 

今日はアンコール演奏がある。カプレ編曲のドビュッシーの「月の光」管弦楽版。繊細で淡い音の月夜で、今夜は朧月のようである。沖澤と京響の多面性を示していた。

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2025年9月26日 (金)

追悼・栗塚旭 これまでに観た映画より(401) 「燃えよ剣(土方歳三 燃えよ剣)」

2025年9月21日

先日亡くなった栗塚旭追悼ということで、主演映画「燃えよ剣」を観る(公開時のタイトルは「土方歳三 燃えよ剣」)。1966年、松竹の制作。栗塚の代表作である。今では土方歳三役というと、大河ドラマ「新選組!」と箱館での土方を描いたそのスピンオフ、朝ドラ「あさが来た」などで、計7回も土方を演じている山本耕史がまず頭に浮かぶと思うが、その前は土方歳三役といえば栗塚旭であった。テレビドラマでも土方を何度も演じたのだが、それらは映画とは異なり、配信などで見ることは出来ない。
原作は司馬遼太郎の小説『燃えよ剣』。それまで新選組不動の一番人気は近藤勇であったが、この小説によって土方がトップに躍り出たという伝説の作品である。ただ新選組に関しては史料が少ないためフィクションの部分が多く、私は余り好きではないし、『竜馬がゆく』や『峠』などに比べても完成度では落ちると思われる。なお、「燃えよ剣」は、数年前に岡田准一の土方で新たな映画が撮られているが、そちらは観ていない。

司馬遼太郎の『燃えよ剣』は、比較的厚めの文庫本2冊からなるため、そのまま1時間半の映画に収めることは不可能で、小説と映画は別物である。

監督:市川泰一。脚本:加藤泰ほか。主演:栗塚旭。出演:和崎俊哉、石倉英彦、小林哲子、高宮敬二、戸上城太郎、天津敏、北村英三、内田良平ほか。ナレーション:芥川隆行。

元田中にアトリエを構えていた京都の新劇の劇団、劇団くるみ座(21世紀に入ってから座員不足のため解散)が全面的に協力している。ちなみに私は、元くるみ座の女優さんと知り合いである。おばあちゃんだけど。


土方歳三が江戸の試衛館道場から、日野の実家に帰る途中が物語の開始である。土方は男前なので橋を渡るときに百姓娘に冷やかされる。橋を渡り終えた直後、道楽者の若い武士と女郎の若い女が駆け落ちを図るも村人達に見つかって窮地に追い込まれている場面に出くわす。土方は、「穀潰しは好きじゃない(武士と言えば聞こえはいいが、太平の世では生産性皆無で禄を食む遊民のようなものであり、土方は本来の意味とそちらと二重の意味で言っていると思われる)」と言いつつ、武士が殺されると女を守るために百姓相手に大立ち回りを繰り広げる。その際、土方は肩に担いでいた真剣で農民に斬りつけて、長老格の男性からとがめられている。土方は真剣の他に農民から奪い取った長くて丸い武器を持っている。新選組の剣法である天然理心流は竹刀よりも真剣と同じ重さの木刀で稽古することが多かったので、木刀だと思われるのだが、棍棒のようにも見える。あるいは藁を束ねて何かで外に巻いたものか。叩き付けたときにたわむなど柔らかいので吉本新喜劇の乳首ドリル棒も思い浮かぶ。本当の木刀で斬りつけたら役者が大怪我をするのでこの辺は見逃すべきであろう。

土方が里帰りしたのは、その日が日野の神社の年に一度の大祭だったからだ。この祭りは夜祭りで、神社の草叢で多くの百姓階級の男女が野合に及ぶ。
その夜、土方が神社の本殿の横を歩いていると(この場面は経年のためか見づらい映像になっている)、般若の面を被った女と出くわす。普通だったらそんな頭のおかしそうな女は無視して通り過ぎそうなものだが、土方は余程女好きなのか、女を抱きしめる。女の面が外れ美しい輝く。二人はそのまま……。

土方が日野に帰る途中に大立ち回りをした直後、八王子百人同心が日野の道場を破りに来たという情報を得て、土方はその足で佐藤彦五郎の家に向かっていた。ここが日野における天然理心流の道場となっている。天然理心流はメジャーな流派ではなく、江戸ではなかなか門人が集まらない。そこで多摩地方まで出稽古を行って門人を増やしていた。八王子の同心達はそれが気に食わなかったのだと推測される。道場破りに来たのは二人。道場主の比留間(ひるま)と六車(ろくしゃ)という若い男である。天然理心流四代目宗家の近藤勇が日野まで出稽古に来ているという噂を聞きつけて来たらしい。近藤は「天然理心流は実践的な剣法で、竹刀で戦うと弱い」という意味のことを説明し、他の者も百姓相手の田舎剣法なので「八王子の同心の島を荒らすことはない」といった意味のことを述べるが、六車は竹刀での戦いを挑む。
土方が名乗りを上げる。小手で六車が勝ったように見えたが、近藤は、「真剣だったら小手を決める前に、顔中と尻を斬られてる」と語る。「だが、尻に一本てのは(剣道ではねえなあ)」ということで六車の勝ちとなる。納得のいかない土方は近藤と土手の上を歩きながら「真剣なら絶対に自分が勝っている」と力説する。近藤も分かっているのだろうが、真剣で立ち合いという訳にもいかない。
翌朝、土方の姉が女の道具を土方の部屋で見つけ、それが神官の娘である佐枝のものであることに気付く。女の正体を知った土方はその夜に神官の家に忍び込み、道具を返して佐枝と抱き合う。
塀を乗り越えて帰る際、土方は見張っていた六車に声を掛けられる。「夜這い剣法」などとからかわれた土方は、六車と真剣で対戦。惨殺する。それが土方初の本格的な人斬りであった。

六車と戦った場所で真剣で素振りをしていた土方を見つけた佐枝は、「歳三さん」と呼ぶ。二晩だけのほぼ無言の相手だったため、「どうして俺の名前を知ってるんだ」と土方はいぶかるが、佐枝はそれには答えず、「やはり斬ったのはあなたなんですね」と素振りをしていただけなのに見抜く。

八王子同心が小石川柳町の試衛館(試衛館という名前は史料には出てこず、試衛とあるだけなのだが、「試衛」だけでは道場らしくないので、「他の道場には『館』が付く」ということで取りあえず試衛館と呼ばれている。また試衛館の跡地が特定されたのは最近で、最寄り駅の名前から市ヶ谷と呼ばれることが多い)に押し寄せ、七里研之助(しちり・けんのすけ。「燃えよ剣」の重要人物だが、司馬が創作した架空の存在である。演じるのは内田良平)が六車に代わって土方と対戦。竹刀での対戦だったが、土方が強いことが分かる。だがそれは正統的な太刀筋ではなく、すねを斬るなど卑怯な剣法である(天然理心流は頸動脈を切って絶命させるというとどめの刺し方まで教える残忍さを持つ)。七里は、「すね斬り剣法」と呼び、六車が数人がかりで殺されたという同僚の推理は誤りで、土方一人が斬りまくったのだと見抜いた。

その夜、七里が馬を駆って試衛館の門前に来て決闘を申し出る。刻限は明日の夕刻、分倍河原に架かる橋の上にて。その夜、分倍河原(今は東京都府中市の地名として知られている。古畑任三郎の自宅があることで有名)の河原を歩く土方と沖田。原作ではここで尾籠な話があって笑えるのだが、勿論、映画でそんなものを撮るわけにはいかない。
試衛館方は約束通り二人だが、七里の方は大人数。だが土方も沖田もそれを読んでおり、阿修羅の如く戦う。土方の映画なので土方を演じる栗塚の殺陣が中心で沖田は余り目立たないが。
七里は土方への復讐を誓う。


その後、舞台は京都へと移る。清河八郎(本名:斎藤正明)の案による浪士組に試衛館の面々は応募。中仙道を西に向かう。天然理心流宗家である近藤も浪士組では平隊士。一方、昼間から瓢箪徳利を仰いで酒を飲んでいる芹沢鴨ら水戸の一派は扱いが上である。沖田総司はそれが不満だが、この映画では芹沢鴨は水戸の天狗党に参加し、名を挙げているため仕方ないという結論になる。芹沢鴨の正体については今も詳しくは分かっていない。中世には芹沢城の城主を務めたという名家の出身とされるが、現在の芹沢家の人々も鴨との関係については把握し切れていないようである。近藤は芹沢について、「元の名は下村嗣司といい、水府(水戸)脱藩」と記している。芹沢家から下村家に養子に出された者はいるそうで、それが鴨かどうかは分からないが下村嗣司という人物が実在し、天狗党に参加したことが分かっている。が、斬首されたことが確実視されている。斬首された人物が生きている訳もないので、近藤の記述とは異なり、芹沢鴨と下村嗣司は別人と考えるほかない。という訳で謎だらけの人物である。芹沢には平間重助というお付きの老人がおり、殿様とまでは行かないまでも良家の出らしいことは分かる。
芹沢が残した有名な和歌がある。「雪霜に色よく花の魁けて散りてものちに匂ふ梅が香」というものだが、かなり出来が良い。新選組に詳しい人に、「梅が香」というのは藤田東湖を詠んだものだろうと教わったが、平安時代に雪や霜が梅に例えられたことは、『古今和歌集』や『新古今和歌集』などを読んだことのある人でないと知らないはずで、詠めない歌でもある。かなりの教養人であったことは間違いない。
また松平容保公や清河八郎と知り合いだったという話もあり、どこまでが本当なのか分からないが、不可思議な人物である。
この映画は、土方歳三が主役なので、芹沢の扱いは低いが、新徳寺での清河八郎の「江戸に戻って攘夷の先駆けとなろう」という提唱に近藤や土方が反発し、京に残ることに決めた際、芹沢も残そうと話したのは、この映画では他ならに土方であり、「芹沢なら会津守護職(京都守護職の松平容保)と引きがある(縁がある)」と、司馬の原作にはなかったはずの「容保公と芹沢は知り合いだった説」を打ち出している。史実でも瞬く間に松平肥後守御預となっているが、これは容保公がよく知る人物が浪士の中にいないと無理かも知れない。ただその後、それとは矛盾した「土方の奔走により新選組結成」というナレーションが入る。芹沢はどうしたのかと思うが、土方の映画なので土方の手柄にしないとまずいのだろう。
ちなみにこの映画の芹沢はかなり弱く、あっという間に刺殺されている。罪状は「士道に背いた」からであるが、「一、士道に背くまじきこと」で始まる「局中法度」は史実通り芹沢粛正後に定められたことになっているので矛盾している。「局中法度」については、永倉新八が、「そのようなものがあったのは覚えているが、内容は覚えていない」と証言しており、実在したかどうかは不明。だが、永倉が覚えていないということは、あったとしても幹部ではなく平隊士向けだったのだろう。
その他の水戸派の人々も弱い人物として描かれ、新見錦は、切腹も自分一人では出来ない臆病者ということになっている(新見錦が「新選組局長」を名乗る場面があるが、史実ではその少し前に「なんらかの理由」で局長から副長に降格となっている。なのでこのセリフは厳密には誤り。ただ史実を述べていくと切りがない)。

芹沢と清河が知り合いだったという話は今の茨城県の水郷地帯に残っており、清河が天狗党時代の芹沢を訪ねてきて「芹沢先生」と呼んだというものだが、これが何を意味するのか分からない。清河八郎というと今でこそ「うさんくさい奴」「策士」というイメージしかないが、生前は江戸で学問と武道の両方の道場を開き、一廉の人物として幕府からも信用されていた。

この映画では、芹沢が清河を切り損ねるシーンがあるが、史実では新徳寺で激怒した浪士の一部が清河を斬ろうと探るも、それを逃したのが芹沢である可能性も高いように思われる。芹沢は尊皇攘夷の総本山である水戸藩の出身なので、清河とは思想が一致しているのだ。芹沢も「清河を斬る」と出掛けたようだが、余り動いた形跡は見られない。

土方は、佐枝の家に招かれる。掛け軸の上には、あの般若の面。(攘夷派と親しい)九条家に仕えているので、協力せざるを得ないと語る佐枝。

壬生浪士組は京で討幕派を退治し、知名度を上げるが、水戸派が豪商の大和屋を揺するなど(焼き討ちではなく大砲を一発という設定)したため、会津本陣(黒谷こと金戒光明寺)で会津藩家老(神保修理であろうか。名前は出てこない)から、「芹沢『先生』の行状が問題」と言われる。寺院の方丈を巡りながら、土方は「芹沢を斬れということさ」というが、この時点では近藤は芹沢粛正に反対のようである。近藤のセリフから、容保公と芹沢はやはり面識があり(それゆえに会津藩家老から「先生」と呼ばれる)、それを土方が利用したということが分かる(これが土方奔走の正体かも)。芹沢は身分は郷氏とされるが武士であり、共に農民出身の近藤と土方とは異なり、信頼もあるのだろう。
土方は、「俺こそが武士だ」と誇りを見せる。

四条小橋の西で討幕派の古高俊太郎が捕らえられ、壬生前川邸屯所で拷問が行われて、「京を火の海にし、帝を長州へとお連れする」という謀議の内容を白状する。次の謀議が行われるのは木屋町三条上ルの丹虎(跡地の入り口に「武市瑞山(半平太)寓居の地」の碑が残る。以前は、私の父方の祖母の親戚が営む金茶寮という料亭になっていたのだが、10年ほど前に廃業してしまった。祖母は京都人である)。
一方、佐枝から土方に文が届く。会いたいという内容だ。沖田は「罠かも知れません」と忠告するが、土方は「なら罠にかかるまでよ」と出掛ける。
文は佐枝のものではなく、七里らの罠であった。沖田が手配したようで、新選組の隊士達が駆けつけ、大立ち回りは回避される。
だが、新選組監察・山崎烝(すすむ)は佐枝のことを始めから怪しいとにらんでおり、謀議のことも知っている可能性が高いとして、壬生で拷問に掛ける。佐枝は「三条小橋の西、池田屋」と白状する。池田屋は密議の場所の候補に入っておらず、隊士達は店の名前も知らなかった。

池田屋事件の日。土方は敢えて丹虎に向かう(本物の土方も池田屋よりも先に丹虎に行っていることが史料や証言で分かっているが、誰もおらず空振りだった)。七里が待ち受けていると読んでのことだった。なお、史実とは異なり、副長(のち総長)の山南敬助も討ち入りに加わったことになっている。謀議の首謀者として、「肥後の宮部、長州の吉田、土佐の北添、野呂山」が挙げられているが、この中に一人、難読姓の人がいる。すぐ分かると思うが野呂山である。「野呂山」と書いて「ところやま」と読む難読姓だ。この頃は研究が進んでいなかったので、そのまま「のろやま」と呼ばれている。
この時、土方は定紋である左三つ巴ではく、丸に左四つ巴の紋が入った羽織を着ているが、祇園祭の最中なので、神紋と同じ左三つ巴を避けたのだと思われる。家紋はいくつ持っていても構わない。
丹虎での七里派との対決の後、七里は「俺は池田屋に向かう」と宣言し、主戦場は池田屋に移る。史実だと、討幕派が新選組の討ち入りを聞いて、すぐに行灯を消したため、旅籠の中は真っ暗だったが、当時のカメラの技術ではそれでは映画にならないので灯がついた状態での戦いとなる。一際凜々しい志士は宮部鼎蔵、二階から滑り落ちたのは、とある理由により吉田稔麿だと推測される。新選組の剣豪として知られるのは、沖田、斎藤、近藤、永倉、人によっては芹沢や藤堂、大石らで、土方は入っていないことが多い。実際、土方には「稽古に余り熱心ではなかった」という話もあり、その分、知謀を武器としていた。その点で山南と重なるため、後の山南切腹に繋がる可能性はありそうだ。やはり同じタイプの伊東甲子太郎(伊東摂津)も粛正されている。

不安を感じ、佐枝の家に向かう土方。佐枝は自刃して果てていた。

池田屋事件で全国に名を轟かせた新選組。その後に幕臣に取り立てられ、土方は初めて武士の身分となる(近藤は義父である天然理心流三代目宗家の近藤周助の養子になった時点で士分になっている。近藤周助も名主とはいえ農民から武士になった人である)。

池田屋事件の歴史的意義であるが、「維新を数年遅らせた」という定説がある一方で、歴史学者の中村武生(一応、知り合いである)は、「長州軍が京に進発することは池田屋事件の起こる前から決まっており、早まっても遅れてもいない」として影響はなかったと結論づけている。また桂小五郎は事件が起こった際に池田屋にいた可能性が高いとしている。

東寺の五重塔をバックに、明日を見据える土方の横顔で映画は終わる。


モノクロ映画で、モノクロは光と影の芸術だけにライティングなどを含めて優れた出来を示している。経年劣化と思われる場面だけが残念。
またこの時代は、今ほどマイクが高性能というわけではなかったこともあってか、発音の明瞭さ重視のセリフ回し。一音一音をはっきりと発音する。ナチュラルなセリフではないが、舞台が幕末なので、今の人と同じような喋り方をしている人が多かったとも思われず、この辺は違和感はない。一方で、セリフを補うための表情の演技が目立つ。
今回の栗塚による土方はハードボイルドな感じで、くさいセリフも多いが、意味がよく分からない俳句を沢山残している土方なので、そういうことを言うこともあったかも知れない。

最も見事なのは殺陣である。時代劇の盛んな時代、太秦の大部屋で「殺陣でのし上がってやる」と考える若者もいただろう。朝ドラ「カムカムエヴリバティ」の世界である。朝から晩まで撮影所内の道場で殺陣。
今は時代劇も殺陣の名手が減り、安全面優先であるため、「斬れるのに斬らない敵方」が散見されることが「時代劇あるある」に入っていたりするが、この映画では斬っては避けの繰り返しで、今よりもずっと迫力がある。殺陣の人材不足が続くと、将来は殺陣の場面は、主役級以外はAIが担うことになるかも知れない。

池田屋事件というと階段落ちだが、それはなく、二階から落ちる者2名、滑り落ちて切腹した者が1名である。切腹したのはおそらく吉田稔麿であると思われるが、字幕もなにも出ないので不明。実際には吉田は池田屋を抜け出し、長州藩邸の門の前まで援護を頼みに行くが、桂小五郎が「無関係なので応じないように」と厳命したため開けて貰えず、帰る途中の加賀藩邸前で切腹したと伝わっている。「生きていれば首相になれた」という逸材であり、橘を氏とする数少ない有名人の一人である。
土方は池田屋中を歩き回った後で、玄関付近で七里研之助を倒すが、実際、池田屋事件の時には土方は積極的には戦わず、入り口付近で後から駆けつけた会津藩など味方の軍勢を止め、手柄を新選組で独り占めしようとしていたという話が残っていることから、理には叶っている。

謎の女、佐枝であるが、攘夷派の九条家に仕えることになったので、土方を敵に回したということになっている。だが、それよりも、最初から長州の間者であると考えた方が辻褄は合う。最後も口を割らないために自刃したと。だが、それは、無名道場の食客の一人を監視する意味があるとすればである。後の土方を知っていればそれもあり得るが、未来を見通せる者などいない。
ということで、土方の名前を知っていたのは前から土方に惚れていたから、土方が六車を斬り殺したと判断したのも土方の行いが普段とは異なっていたからであろう。自刃の理由であるが、討幕派の謀議が行われる場所を池田屋だと土方に教えてしまったからで、このままだと討幕派の残党にどんな目に遭うか分からないので自刃を選んだ。般若の面は彼女の内面を表したものではなく、土方との出会いを特別視していたため京の住まいに飾ったと解釈出来る。
ちなみに佐枝が「謀議の場は池田屋」だと明かしたことは土方が七里に告げてしまっている。七里は佐枝が嘘をついたので土方が丹虎に来たと思い込んでいるので驚く。結末は変わらなかっただろうが、土方はちょっと抜けたところがあるように思う。

男臭い俳優が多いのも特徴。今は男だか女だか分からないような俳優も多く、男臭い俳優は絶滅危惧種である。だが、時代劇には男臭い俳優の方が似合う。

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2025年9月24日 (水)

コンサートの記(918) 「バロック・オペラ・エボリューション2025 濱田芳通&アントネッロの歌劇『オルフェオ』」

2025年2月16日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて

午後2時から、西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、「バロック・オペラ・エボリューション2025 濱田芳通&アントネッロの歌劇『オルフェオ』」を観る。

現在、歌劇と呼ばれているジャンルの作品の中では最も古い人気作とされるモンテヴェルディの歌劇「オルフェオ」。バロック・オペラと銘打たれているが、厳密に言うとバロックよりも前の時代の作品である。ただ上演されることは多くはない。また1607年というかなり古い時代(日本では江戸時代が始まったばかり。イギリスではシェイクスピアがまだ存命中である)の作品であるため、現在の歌劇=オペラと同列に語ることは難しい。そもそもこの時代にはまだオペラという用語は存在していない。

歌劇「オルフェオ」以外にも、声楽作品の最高峰を競うと言われる「聖母マリアの夕べの祈り」などで知られるクラウディオ・モンテヴェルディ。ジュゼッペ・ヴェルディを上回る才能を誇ったともされる人である。譜面や記録が残っていないだけという可能性もあるが、モンテヴェルディより前の時代の人気イタリア人作曲家は存在しておらず、イタリア史上初の人気作曲家として偉大な才能であったことは間違いない。イギリス人のジョン・エリオット・ガーディナーがモンテヴェルディ合唱団とモンテヴェルディ管弦楽団を設立してモンテヴェルディ作品に人気向上に一役買ったが、現在、このコンビ(実際にはガーディナーは解雇されてもうコンビではないが)はパワハラ疑惑の渦中にあるのが残念である。

「オルフェオ」は有名なギリシャ神話を題材にしている。日本でも伊弉諾(いざなぎ)と伊弉冉(いざなみ)の黄泉比良坂の話に似ていることで知られている話である。また、一応、「天国」や「地獄」という言葉が歌詞に出てくるが、古代ギリシャにも日本の神道にも、あの世(「冥府」「冥界」「黄泉国」)というものがあるだけで、生前の行いによって天国か地獄かに分かれるという考え方はない。歌劇「オルフェオ」でも、神々の世界はあるが、あの世はあの世で、上や下や天国や地獄はないようである。

今回、上演を行うのは、濱田芳通率いるアントネッロという団体。アントネッロは1994年の結成で、バロック音楽やそれ以前の音楽をレパートリーの中心としている。今回も古楽器による演奏で、チェロは用いられず、ヴィオラ・ダ・ガンバが低弦を担う(形は似ているが、ヴィオラ・ダ・ガンバとチェロは別種の楽器である)。ヴィオローネというヴィオラ・ダ・ガンバとコントラバスの中間のような楽器も使用される(ヴィオラ・ダ・ガンバとコントラバスは親戚とされる。この辺がややこしい)。ヴァイオリンやヴィオラはガット弦を張ったもの。コルネットも用いられるが、これも現在のコルネットとは形状が異なる。またこの時代は横笛よりも縦笛の方がメジャーで、リコーダーが活躍する。サクバットというトロンボーンの原型のような楽器が活躍するが、トロンボーン同様、宗教音楽でよく用いられた楽器である。オルガンやチェンバロも当然ながら演奏される。

指揮とコルネット、リコーダーなどを担当する濱田芳通は、東京音楽大学(当初は東洋音楽学校)の創設者の家系に繋がる人である。ただ東京音大には古楽系の専攻がないためか、桐朋学園大学の古楽器科に進み、スイスのバーゼル・スコラ・カントールムに留学。現在は初期オペラの上演などを数多く手掛けている。第7回ホテルオークラ賞、第53回サントリー音楽賞などを受賞。

出演は、坂下忠弘(バリトン。オルフェウス)、岡﨑陽香(おかざき・はるか。ソプラノ。エウリディーチェ)、中山美紀(ソプラノ。ムジカ/プロゼルピナ)、弥勒忠史(みろく・ただし。カウンターテナー。メッサジェーラ)、中嶋俊晴(カウンターテナー。スペランツァ)、松井永太郎(バス・バリトン。プルトーネ)、中嶋克彦(テノール。牧人)、新田荘人(にった・まさと。カウンターテナー。牧人/精霊)、田尻健(たじり・たけし。テノール。牧人/精霊)、今野沙知恵(ソプラノ。ニンファ)、目黒知史(めぐろ・ともふみ。バス。カロンテ)、近野桂介(牧人/精霊)、酒井雄一(アポロ)、田崎美香(たさき・みか。ニンファ)。
演出は中村敬一。

ゲートがあるだけのシンプルなセット。背後のスクリーンに様々な絵画が投影される。

この時代はまだ音楽が舞踊と強く結びついていた時代であり、また宗教音楽が盛んであった。つまりこの二つの要素が濃厚であり、組み合わされている。舞踊音楽のようにリズミカルであり、宗教音楽のように清らかな発声で歌われる。

台本も後の世紀になると削られてしまうような、状況説明の歌詞が多いが、なるべく多くの歌手に出番を作ろうという意図もあったのかも知れない。おそらく、ロマン派以降のオペラになると、「この人いらないだろ」とカットされてしまうような人が割と多く出てくる。

 

よく知られている話だが、あらすじを書くと、オルフェオ(オルフェウス。「オルフェウスの竪琴」という言葉で知られているように竪琴を持っている)がエウリディーチェと夫婦になるが、エウリディーチェは毒蛇に噛まれて命を落とす。エウリディーチェを諦められないオルフェオは冥府へ赴き、冥界の川の渡し守であるカロンテの妨害を眠りに陥れることで突破して、冥界の王であるプルトーネと王女のプロゼルピナを説得して、エウリディーチェを現世に連れ帰る許しを得るが、「決して振り向いてはならぬ」という約束を守れなかったため、エウリディーチェと引き離される。
その後は、このオペラ独自の展開で、オルフェオは父親のアポロに促されて天上世界へと向かうことになる。原作では実は悲惨なことになるのだが、この作品では一応はハッピーエンドということに変えられている。

ストーリー自体は易しいので何の問題もないのだが、「その場にはいるが特に何もしていないと思われる人」が多いので、演出には工夫がいる。そのままだと「この人達は何をしているんだ?」ということになるが、今回はこの時代の絵画に見られるようにポーズを取るなどして、くつろいでいるように見せている。視覚的に美しい演出だと思う。またオーケストラピット浅くし、階段で下りられるようにして、その階段を使った演出も効果的。メッサジェーラはオーケストラピットに降りた後で、今度は客席通路を泣きながら上って去って行った。また出演者が手拍子を行う場面では、ニンファの二人が階段の途中まで降りて客席にも手拍子を促すなど、一体感を生む演出が施されていた。
問題があるとすれば、冥府でのオルフェオとエウリディーチェの場面で、おそらくは歩いているはずのシーンなのだが、二人とも止まっているため、何をしたいのか、また何をしているのかよく分からないように見えてしまう。少しは動きが必要だったのではないか。

エウリディーチェはヒロインではあるが、出番は余り多くないため、実は美味しい役ではないようにも思う。

歌唱面は充実。カウンターテナーが3人もいるということが時代を物語っているが、カウンターテナーだからこそ生み出せるシーンであることが実際に観ていると看取出来る。
衣装も洒落ていて(衣装担当は東京衣装株式会社の村上まさあき)雰囲気の良い芝居に仕上がっていた。

この後にオペラと言われることになるジャンルは、神々の物語で、舞踊や宗教音楽と不即不離であり、状況を説明するだけの歌手がいた。ここからオペラは発展し、一部を除いて人間の物語となり、純音楽的になり、無駄が省かれていく。その過程を確認する上でも、意義深い上演であった。

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2025年9月20日 (土)

これまでに観た映画より(400) 伊藤沙莉主演「風のマジム」

2025年9月12日&18日新京極のMOVIX京都、9月14日 梅田の大阪ステーションシティシネマにて

日本映画「風のマジム」を観る。実在の人物をモデルに、原田マハが書いた同名小説の映画化。監督:芳賀薫(男性)、脚本:黒川麻衣、企画プロデューサー:関友彦、音楽:高田漣、主題歌:森山直太朗「あの世でね」。5人とも私と同世代である。
出演:伊藤沙莉、染谷将太、シシド・カフカ、富田靖子、小野寺ずる、橋本一郎、眞島秀和(ましま・ひでかず)、なかち、下地萌音(しもじ・もと)、玉城琉太(たましろ・りゅうた)、肥後克広、川田広樹(ガレッジセール)、尚玄、滝藤賢一、高畑淳子ほか。
沖縄が舞台。契約社員の女性が、ベンチャーコンクールに応募したことで、沖縄のサトウキビを原料にしたラム酒を開発し、子会社の社長にまで上り詰めるサクセスストーリーであるが、主人公の伊波(いは)まじむ(伊藤沙莉)がギラギラした女性ではないため、爽やかな余韻を受ける。まさに「風のマジム」だ。

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まじむの祖母(おばあ)、伊波カマル(高畑淳子)が豆腐を作る音が、画よりもまず印象に残る。その後、まじむの母(おかあ)であるサヨ子(富田靖子)が朝食の準備をし、まじむが起きてきて、サヨ子に言われたことをやっているうちに、まず、まじむが主題歌の「あの世でね」をハミングし、サヨ子やカマルがそれにつられるようにユニゾンする。印象的な冒頭である。その後、森山直太朗が歌う「あの世でね」のアンプラグドバージョン(全編は分からないが映画で使われるのはアコースティックギター弾き語り)が流れ、映画のラストでは弦楽器が盛大になるフルバージョンが流れる。
更には、高畑淳子と富田靖子が二人で、「てぃんさぐぬ花」を歌う場面もある。なお、まじむには父親がいないが、そのことに関しては特に触れられていない(原作には書かれている)。

おばあ役の高畑淳子の見事なウチナンチューぶりが特筆事項。逆に、「あれヤマトの役者だよ」と言われても「嘘でしょー」と言われる水準である。余談であるが、高畑淳子は脚本が読めないタイプだそうである。脚本を一から読むと寝てしまうので、自分のセリフを一つ一つ書き出し、家の中のあちこちに貼って、通り過ぎるたびに見て覚えるそうだ。一口に役者といっても色々な人がいる。

おばあは豆腐屋を営んでいるが、あれはセットではなく、実際に今も豆腐店を営業している場所を借りて撮影したそうだ。伊藤沙莉と高畑淳子による印象的な場面があるのだが(特に伊藤沙莉は真骨頂発揮)、伊藤沙莉の後ろの裏に、本物の豆腐屋の人が隠れていて、その場面を見て大泣きしていたそうである。

 

まじむという変わった名前であるが、「ちむ」というのは沖縄で「魂、肝、心」のこと。それに「ま」が付くということで、「真心」という意味である。

伊波まじむは、那覇にある比較的大きな通信会社・琉球アイコムの契約社員である。沖縄という元々は別の王朝があった独特の風土に憧れて、本土から沖縄の大学に進む人もいるが、沖縄の産業は観光と農業に依存しており、就職先が見つからないため、ほとんどの人が本土に戻って就職するという「通過する場所」の性質を持つ。そういった意味では京都に似た部分がある。沖縄では稼げないので本土に出る沖縄の人も当然おり、千葉(台湾のスター、金城武の父親は沖縄の人であるが、金城武の自身の本籍は千葉県である)や京都といった私と関係のある土地も移民は多い方だが、最も多いのはほぼ全部埋め立て地という大阪市大正区で、大阪の沖縄といった趣であり、関西で沖縄関連のイベントを行うとなると、まず大正区の人が駆り出される。

まじむも正社員での就職が叶わず、契約社員に甘んじている。契約社員も正社員を手伝ったりすることはあるが、責任ある仕事は任されない。責任は正社員が取るもの。そして契約社員では、いつ契約を切られるか分からないので、任せるわけにはいかないのだ。日常の職務もパソコンでのデータ入力や書類のシュレッターがけだったり、正社員が食べるお菓子の補充と買い出し、といってもお菓子を食べているのはほとんど仲宗根光章(「沖縄の一発屋」こと仲宗根美樹と同じ苗字。演じるのは橋本一郎)一人だけなので、使いっ走りだったりである。仲宗根個人の趣味に沿ったお菓子の買い出しが業務としてセーフなのか分からないが、とにかく雑務だけである。キャリアなど身につかない。

いつもお昼を一緒に食べているテルちゃんは司法書士の試験に合格。新たなる道を歩むことになった。「ここにずっといても良いことなんてないんだから」と忠告するテルちゃんだが、元々就職口が少ないのだ。転職先もおそらくほとんどないだろう。そう言われてもなあ、という感じて屈託するまじむだったが、シュレッダーがけの最中に社内ベンチャーコンクールのチラシを発見し、「※契約社員含む」の文字を見つけて、挑んでみる気になる。ちなみに契約社員の中で応募したのはまじむだけだった。

まじむは行きつけのバーのマスター、後藤田吾朗(染谷将太)に入ったばかりのラム酒を飲ませて貰う。沖縄はサトウキビの産地であるが、沖縄のサトウキビを使ったラムについては、
吾朗「あんまり聞いたことないな」
ということで、沖縄産のサトウキビを使ったラム酒醸造の企画がまじむの頭に浮かぶ。
そして、まじむの企画は一次審査を通過し、更に最終候補の一つに残った。
だが、細部が詰められず、クールな先輩社員の糸数敬子(甲子園で活躍してプロにも入った糸数投手がいた。演じるのはシシド・カフカ)に相手が大幅にリードしていることを告げられる。
競争相手は、「養殖珊瑚」の企画を打ち出す男性社員の仲村渠(なかんだかり。昔、仲村知夏の芸名でデビューした仲村渠睦子という沖縄出身の歌手がいたが、売れなかった)悠太で、協力企業を見つけ、おおよその見積もりなども弾き出しているらしい。それに比べればまじむはアイデアがあるだけで、具体的な動きは何も行っていない。そもそも契約社員はそうしたビジネス的な仕事を任せて貰えないので、ノウハウもないと思われる。まじむは思い切って有給を取り(契約社員が有給を取るとよく思われない。というより日本の社会では有給は軽視されがちで、「取るのは悪」という風潮すらある)、沖縄一のサトウキビの産地である南大東島に向かう……。

 

2024年のJOAK制作のNHK連続テレビ小説「虎に翼」に主演し、驚愕の演技力を示して話題をさらった伊藤沙莉。その後、FODで配信された連続ドラマ「ペンション・恋は桃色3」に出演したが、それ以外はCMの仕事、ナレーション、ラジオ、バラエティ番組出演、イベント参加など、俳優の仕事は控えめだった。「風のマジム」も撮影自体は昨年の暮れに行われている。
高畑淳子、富田靖子という現代を代表する女優達と一族として共演という豪華さもあり、かなり手応えのある作品になっている。

伊藤沙莉の巧みな表情表現は真似の出来ないものである。泣きながら笑っているようなまなざしを見せた時も、「ああ、こんな演技も出来るのか」と感心した。

飲むとき食べるときの表情も良い。これほど美味しそうに飲んだり食べたりするのは彼女と稲垣早希ちゃんだけである。

そして髪型などに注意して見てみると面白いかも知れない。まじむの思考がさりげないところに現れていそうだ。

 

まじむは契約社員の時はキュロット(今はそういわないのかな)などラフな格好をしていたが、ベンチャーコンクールの最終候補に挙がり新規事業開発部の一員となって(身分は契約社員のままである)からは、毎回、日替わりのスーツで凜々しく決めている。伊藤沙莉は背が低いので、高身長の女優ほどには凜々しくならないが。
その代わり、とても可愛らしい。序に当たる部分で、南大東島のサトウキビ畑の間の道を一人でチョコチョコ歩いている姿は、「人間」というより「可愛らしい何か」である。

 

糸数はラム酒の醸造を東京で名声を上げている朱鷺岡明彦(ときおか・あきひこ。演じるのは眞島秀和)に頼もうとするが、糸数に勝手に付いて東京まで来たまじむは、朱鷺岡の、「沖縄本島にもサトウキビなんていくらでも生えてるんでしょう? 那覇の近くの、どこかその辺の適当な場所に」という言葉に、本土人の沖縄に対する無意識の見下しと不誠実なものを感じる。まじむは更に朱鷺岡に「南大東島に常駐で」という条件を出す。朱鷺岡は当然、南大東島行きを断る。
「沖縄の人で沖縄のサトウキビでラムを造ってくれる人でないと」と理想を口にするまじむ。やがて吾朗が瀬那覇仁裕(せなは・じんゆう。演じるのは滝藤賢一)という醸造家の名前を挙げる……

非常に爽快なサクセスストーリーだが、アドレナリンが増えるというよりも、柔らかなウチナーグチの効果もあってか、穏やかな幸せに浸れる映画である。

 

沖縄は、日本でありながら日本とは異なる文化を持った場所。ある意味、日本を相対化出来る場所である。

これは、まじむのサクセスストーリーであるが、沖縄のサトウキビ産のラム酒を思いついたのは、行きつけの吾朗のバーでたまたま新しく入ったラム酒を飲んだからであり、彼女が0から創造した訳ではない。その場にいたみんなのアイデアだ。「スーパーヒロインとその他」にならないのがこの映画の最大の美点の一つである。

契約社員でノウハウがないため(ベンチャーコンクールのオリエンテーションで、クールビズ期間とはいえまじむが一人だけ派手な格好でペンを走らせている場面があるが、会議に出たことがないので、要領が分からないのだろう)、居心地が悪そうなマジム。他の参加者が退出しても一人残ってメモなどを取っているが、新規事業開発部長の儀間鋭一(尚玄)に声を掛けられる。契約社員が出しゃばって応募し、その場から去らないので怒られるのだと思ったまじむが謝ると、「(悪いことをしていないのに)謝るのは止めなさい。君のアイデアが面白かったから通ったんだよ。堂々としていればいい」と言われ(この時の伊藤沙莉の目の演技も見事)、契約社員にありがちなマインドを変えて、資料作成などに意欲的に取り組みようになる。おばあやおかあは、「まじむは飽き性」だと思っていたが、ノートにびっしりと企画を書き込み、絵も自分で描くなど生き生きと制作を続ける。それはただ単にコンクールに勝ちたいとか、契約社員に甘んじている自分の力を見せつけたいとか、そんな野心がらみのものではなく、「自分がやりたいことを納得出来るようにやる」これだけで一点突破していく。嫌味なところがまるでないヒロインだ。

緩やかな時間の流れる映画である。日本は東京を軸にして動き、この映画の主な出演者もスタッフも普段は東京で仕事をしているのだが、東京的なものとは違った映画がまた一つ加わった感じである。

さて、この映画を観て、「うちゆ(浮世)わたら(渡ら)」

 

 

JR大阪駅ビル直結の大阪ステーションシティシネマで、「風のマジム」を観る。主演女優である伊藤沙莉と、監督の芳賀薫の舞台挨拶付きでの上映である。

チケットは事前に購入していた(満席であるため当日券は販売なし)が、発券機の前や、シアターに入るまでに長蛇の列が出来ていた。早めに出てきて良かったと思う。

大阪ステーションシティシネマに入るのは初めてである。ザ・シンフォニーホールでコンサートを聴いた後、阪急大阪梅田駅まで向かう際に大阪ステーションシティの横を通るのだが、だいたいがソワレを聴いているため、ステーションシティシネマではレイトショーしかやっていない、しかもレイトショーを観ると京都に帰れないという訳で縁がなかったのだ。

「風のマジム」の舞台挨拶は、先に東京都内の3カ所で行われ、今日は朝になんば、昼に梅田、そしてその後、名古屋に飛んで伏見(名古屋の伏見はJR名古屋駅と栄の中間にある)と名駅にある映画館で舞台挨拶を行う。
一昨日もMOVIX京都で「風のマジム」を観ているが、あれは予習で、今回が本番のつもりである。舞台挨拶は上映後に行われる。

客層であるが、比較的年輩の男性が多いような印象を受ける。おそらく上白石萌音のコンサートに来ていた客層と被っているはずで、朝ドラを見て知り、出来の良い娘や孫を愛でる気分なのだろう。

大阪ステーションシネマの3番シアターでの上映であったが、MOVIX京都よりもスクリーンの横幅が広く、MOVIX京都でははっきり見えなかった端の部分もクッキリ見える。
そして舞台挨拶ありということで満席。自然に笑いが起こったり、つられて笑ったり出来るので、映画館は満員の方が良い。そう思うと有楽町マリオンが懐かしくなる。

上映終了後の舞台挨拶で、芳賀監督は、「伊藤沙莉さんに主役をお願いしよう」と思い立ち、直筆の手紙を送ったことを明かす。伊藤沙莉はその手紙を読んで出演を決める。
基本的には出世するキャリアウーマンの話なのだが、バリバリのキャリアウーマンに見えてしまう人ではこの映画の流れに合わない。バリバリのキャリアウーマンを得意とする女優は比較的多く、伊藤沙莉も演じようと思えば演じられると思うが、そうではないヒロイン像が求められる。それが出来る女優は限られる。本当に難しい。伊藤沙莉は、その数少ない女優の一人だ。

まじむは、基本的には本質が変わらない人である。ベンチャーコンクールに応募してからも、スーツを着こなすようになってからも、基本的には自分が好きなことに正直な人だ。コンクールを勝ち抜くために、がむしゃらになってしまうようでは、まじむになれない。

スクリーンに映る人が伊藤沙莉と認識しながら、伊波まじむに見えてくる。彼女はそんな魔法を使える人だ。

伊藤沙莉は数種類の笑顔を操れるのだが、今回はクライマックスでどの笑顔を選ぶのか。観てのお楽しみである。

 

舞台挨拶。女性司会者の辻さんが進行する。まず伊藤沙莉が上手側から腰を低めにしながら登場。上下黒(に見えたがマスコミの写真で見ると濃い茶色だったようである)のスーツでシックである。オーラなどは感じられないが、そういう人でないとまじむは演じるのは無理だろう。続いて芳賀薫監督が現れた。

以前、もう四半世紀ほど前に川崎市の新百合ヶ丘の映画館で、富田靖子の舞台挨拶に接したことがあるのだが、「なんか異世界の人が来たなあ」という印象で、伊藤沙莉とは完全にタイプが違う。

沖縄映画となるとなんといってもウチナーグチが難しく、芳賀監督も俳優陣が出来ているのか判断が難しかったのだが、先行上映された沖縄では「自然に感じる」「聞きやすい」と好評だそうである。また、「この映画は本当に悪い人が一人も出てこないものにしたかった」と語る。悪い人が一人も出てこないと、ドラマとしては盛り上がらないのだが、この映画は「流れを見るような感覚」で観ることも可能であるように思う。

伊藤沙莉はウチナーグチの難しさについて、沖縄独特の言葉よりも「ありがとう」のようにヤマトでも日常的に使うがイントネーションの違う言葉の方がつられるために難しいと語る。音程に例えると「そこからそこ行く?」という言い回しも多いそうで、まるで服部良一のメロディーのようである。
ちなみにウチナーグチは癖になると抜けにくいようで、伊藤は、「滝藤さん、この間、沖縄弁喋ってました」と語って笑いを取っていた。

ちなみは伊藤は、大阪に来るとアメリカ村で服を探すそうで、草彅剛と相性が良さそうだ。また舞台「パラサイト」(WOWOWで放送されたものを録画してあるがまだ観てない)の大阪公演の際、打ち上げで古田新太に、「さきいか天」を紹介されて、「めちゃくちゃ美味しかった」と今、口にしているように語る。
大阪の印象については、「東京よりも優しい。『バカ』よりも『アホ』の方が優しい」(※個人の感想です)

本筋とは関係ないが、サトウキビ畑の間の道で、伊藤は野生のマングースを見たそうである。芳賀監督は遠くにいたが確認は出来たそうだ。

 

伊藤沙莉は、昨年秋の「PARCO文化祭」で見た時よりも顔がすっきりした感じ。個人的には前のような丸顔が好きなのだが(ちなみに私の妹が丸顔なんですね)。
沖縄で行き足りなかったところについては、「海」と語る。伊藤沙莉のお姉さんが海が大好きなのだが、その影響で伊藤沙莉も海好き。ただ水恐怖症で「完全カナヅチ」だったが、今度、水に深く潜る役を引き受けたそうで(詳細は不明)、水恐怖症克服も込めてプールに通い、15mほど潜れるようになったそうだ。ただクロールやバタフライなどは出来ないので、前への移動は2mほどらしい。潜る話は、今回の舞台挨拶でも話していた。また6月にUSJで行われた水鉄砲で遊ぶイベントにもシークレットゲストとして参加しており、それ以来の大阪だと話す。

伊藤沙莉は、「エゴサばばあ」を名乗るほどエゴサーチが好きで(彼女も含めて彼女の女友達は自分のことを「○○ばばあ」と呼ぶ習慣があるらしい)、「風のマジム」のエゴサーチで、「好きなことを諦めなくていいんだ」という感想を読んで感銘を受けたようだ。何かを与えられた気分になったのかも知れない。
更に伊藤沙莉は、「皆さんのところにも行きますので」と言っていた。

 

記者達によるフォトセッションの後で、観客のためのフォトセッションもあったのだが、スマホのカメラの機能が低い上に、沙莉さんも芳賀監督も両手を振っているので、良い写真は撮れなかった。取りあえず、アップするに堪える写真をXに文章と共に載せた。

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舞台挨拶も終わり、退場する沙莉さん。舞台上手端の端まで手を振り、階段を一歩降りたときも右手で手を振る。こちらは「大丈夫かな」と見守っていた。

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2025年9月15日 (月)

コンサートの記(917) アンナ・スウコフスカ-ミゴン指揮 ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2025大阪

2025年8月30日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会大阪公演を聴く。

ポーランドを代表するオーケストラで、ショパン国際コンクールの本選でピアノ協奏曲の伴奏を務めることで世界的に知られているワルシャワ国立フィル。
芸術大国にして親日国でもあるポーランド。芸術の中では映画が特に有名で優れた映画監督が何人も輩出しているが、音楽でも作曲家としてはフランス系ではあるが自身をポーランド人と規定したショパンを始め、クシシュトフ・ペンデレツキとヴィトルト・ルトスワフスキという20世紀後半の両巨頭を生み、指揮者ではNHK交響楽団や読売日本交響楽団との共演で知られるスタニスラフ・スクロヴァチェフスキ、スクロヴァチェフスキの師であるパウル・クレツキ、以前にワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会で指揮をしたアントニ・ヴィット、モダンアプローチによる優れた「ベートーヴェン交響曲全集」をワルシャワ国立フィルと作成したカジミエシュ・コルト、そして現在のワルシャワ国立フィルの音楽監督であるクシシュトフ・ウルバンスキなどが世界的な活躍を見せている。ピアニストとしては、アルトゥール・ルービンシュタインが20世紀を代表する名手として有名だ。

本来なら現在の音楽監督であるクシシュトフ・ウルバンスキと来日すべきなのだろうが、ウルバンスキは単身での来日回数が多く、日本のオーケストラをいくつも指揮しているということで、新鮮さを求めて(かどうかは分からないが)アンナ・スウコフスカ-ミゴンという、名前を覚えにくい若手の女流指揮者にこのツアーの指揮が任されることになった。
アンナ・スウコフスカ-ミゴンは、「ポーランドの京都」と言われることもある古都クラクフの生まれ。2022年に、ラ・マエストラ国際指揮者コンクール(おそらく女性指揮者しか参加出来ない大会)で優勝している。翌年にはグシュタード音楽祭指揮者アカデミーにてネーメ・ヤルヴィ賞を受賞。またタキ・オルソップ指揮者フェローシップ(おそらく女性指揮者の先駆けの一人であるマリン・オルソップに師事したもの)を受賞している。昨年はフィラデルフィア管弦楽団の指揮台にも立ち、評論家に絶賛されたという。ただこれまで指揮したオーケストラの名称を読むと、まだまだこれからの指揮者であることが分かる。

 

曲目は、ショパンのピアノ協奏曲第1番(ピアノ独奏:牛田智大)とドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。人気ピアニストの牛田智大(うしだ・ともはる)が出るためか、補助席まで出る盛況である。

ドイツ式の現代配置での演奏だが、チェロがやや広く場所を取っているように見える。

 

ショパンのピアノ協奏曲第1番。ソリストの牛田智大は、日本の若手を代表するピアニストの一人で、12歳でドイツ・グラモフォンにレコーディングを行うなど、神童として騒がれた。国内のコンクールでもことごとく1位だったが、次第に2位や入賞が目立ち始める。昨年のリーズ国際ピアノコンクールでは、聴衆賞を獲得したものの、最終選考には残れなかった。順風満帆とはなかなか上手くいかないもののようだ。それでも第10回浜松国際ピアノコンクールでは2位に入賞し、特典として予備予選なしでショパン国際コンクールへの参加が可能で、それを使って今年のショパン国際コンクールに挑む予定である。なお、浜松国際ピアノコンクールで優勝すると、予選なしで本選出場可能で、鈴木愛美(まなみ)が日本人として初めて浜松国際ピアノコンクールを制したが、「コンクールはいくつも受けるものではない」との考えからショパン国際コンクールに参加する予定はない。

ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団の実演は、アントニ・ヴィットの指揮で「悲愴」交響曲などを聴いているが、アンサンブルの精度は高いものの、楽器が安そうな音を出し、潤いに欠けた。実際、ポーランドの芸術界は財政難のようで、ポーランド国立室内歌劇場は、上演する資金が足りないが、上演を行わない訳にはいかないので、海外での上演を行い、外貨を稼いで上演を続けていた。ワルシャワ国立フィルも劇伴の演奏などを多く手掛け、その中には日本の作品も複数含まれる。

ザ・シンフォニーホールということで、オーケストラの音は美しく聞こえる。ただ、第1楽章冒頭や第3楽章冒頭では、縦の線が崩れそうになって、なんとか持ちこたえるという場面が見られた。スウコフスカ-ミゴンは指揮棒の振り幅が極端に小さいため、奏者が瞬時に反応出来なかった可能性もある。ただ事故にならなかったのは流石老舗楽団である。

牛田智大のピアノはクリアなもの。彼はロシアでピアノを習っており、ロシアのピアノ奏法は、「鍵盤の上に指を置け。そうすれば自然に鳴ってくれる」というもので、奥まで押し込まねばならないとする日本のピアノ奏法とは正反対である。
奥まで押し込んだ方が深い音が出るが、そこはペダリングで補う、と書きたいところだが、今日の牛田はダンパーペダルを踏みっぱなしで、特別個性あるペダリングは見られなかった。
見事な演奏であるが、起伏がもっと欲しくなる。第1楽章の憂愁と第3楽章の愉悦にも、もっとはっきりとした対比が欲しい。

演奏終了後、牛田は拍手に応じて何度もステージに現れたが、アンコール演奏は行わなかった。ショパンのピアノ協奏曲第1番が大曲ということもあるだろう。

 

後半、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。ショパンのピアノ協奏曲では通常の大きさのスコアが譜面台の上に置かれていたが、「新世界より」はスタッフがポケットスコアを譜面台に置く。ポケットスコアは実演で用いるには適していないが、おそらくスウコフスカ-ミゴンは、全て暗譜していて、補助的に用いるのだと思われた。
実際、スウコフスカ-ミゴンは、総譜にほとんど目をやらずに主旋律を演奏する奏者を見つめることが多く、今演奏している場面の終わりでページを繰っていた。ということはこのポケットスコアで暗譜をしたということになる。
勢いと流れ重視の演奏で、特に管楽器に力がある。第3楽章のみ出番があるトライアングル奏者は、シンバル奏者が兼ねていた。スウコフスカ-ミゴンはたまにアゴーギクや溜めを作る。奏者達の様子を見るとリハーサルではやっておらず、本番で即興的に繰り出しているようだ。

正直、現在の日本のトップレベルのオーケストラの方が総合力では上かも知れない。音色の美しさに関しては日本のプロオーケストラの方が勝っている。それでも普段触れている演奏とは別個の個性に触れることは、自身の心の内にある音楽性を豊かにする。それに私が持っているのはあくまで日本的な尺度であり、それを相対化する必要もある。

 

アンコール演奏は、定番の一つであるブラームスのハンガリー舞曲第6番。スウコフスカ-ミゴンは自分でスコアを持って登場したが、やはり総譜に目をやることはほとんどなかった。
舞曲こそヨーロッパ的な感性が必要。フライングするヴァイオリン奏者もいたが、スウコフスカ-ミゴンとワルシャワ国立フィルは、活気のある楽しい演奏で客席を盛り上げた。

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2025年9月14日 (日)

これまでに観た映画より(399) 「ゴジラ」1984年版

2025年9月8日

Amazon Prime Videoで、「ゴジラ」1984年版を観る。ゴジラの死滅を描いたことで知られる作品である。
原水爆という重い問題を抱えて登場したゴジラ。しかし、その後、大衆化路線が図られ、ミニラが登場するなど親しみやすいキャラクターになっていく。ゴジラが子どものものになったのだ。しかし今のままでは第1作のメッセージが忘れ去られてしまうのではないかとの危惧から、「ゴジラは恐ろしいものでなくてはならない」との号令の下、再び恐怖怪獣ゴジラが復活したのが1984年版である。当時私は、小学校4年生であったが、テレビで大々的に宣伝されていたのを覚えている。
この「ゴジラ」1984年版は、第1作から30年ぶりにゴジラが現れたという設定になっており、その間に作られたゴジラシリーズとは無縁ということになっている。

「ゴジラ」1984年版は、千葉市の中央三丁目にあった千葉松竹という映画館で母親と一緒に観ている。今はもう存在しない映画館だ。実写の映画を映画館で観るのは2度目であった。初となったのは「南極物語」で、これは今の京成千葉中央駅の場所にあった京成ローザという映画館で、満員なので階段に座って観ている。今はもう消防法で駄目かも知れない。京成ローザという映画館は今もあるが、一度取り壊されてから再建されたシネマコンプレックスであり、名は同じだが別物である。

監督:橋本幸治。出演:田中健、沢口靖子、宅麻伸、夏木陽介、加藤武、鈴木瑞穂、織本順吉、村井國夫、橋爪功、江本孟紀(カメオ出演)、かまやつひろし(カメオ出演)、佐藤慶、森本毅郎(本人役での出演)、石坂浩二(カメオ出演)、武田鉄矢(特別出演)、小林桂樹ほか。音楽:小六禮次郎。

伊豆諸島の先端にある島、大黒島(架空の島)で噴火がある。付近で漁業を営んでいた第五八幡丸が遭難。何者かが第五八幡丸を大黒島へと引き寄せたらしい。
数日後、新聞記者の牧吾郎(田中健)がヨットを帆走させていた時に、幽霊船のようになった第五八幡丸を発見。中に入ってみる。船内からはミイラ化した死体などが発見されたが、ロッカーの奥に身を潜めていた若い男はまだ生きていた。男の名は奥村宏(宅麻伸)実家が貧しいのか、他に理由があるのか、妹で大学生である尚子(なおこ。沢口靖子)の学費を稼ぐために、賃金は高いが身の保証はない漁業のアルバイトを行っていたらしい。
船内には巨大化したフナムシがおり、ミイラ化した死体はフナムシに体液を吸われたものだと思われる。牧は何とかフナムシを倒す。
第五八幡丸を襲ったのが、ゴジラである可能性が高いことが分かる。巨大なフナムシはゴジラに付着していたため肥大化したのだ。
その後、ソ連の原子船が太平洋沖でゴジラに襲われる。大黒島から南に下がったことになり、「ゴジラが日本に来ないのではないか」という予想も立てられるが、専門家はゴジラは核や原子力を餌にしていると分析。最寄りの原発のある島国、日本にやって来るのは必定であった。
内閣はゴジラの日本上陸の可能性を報道規制するが、ゴジラに打撃を受けたソ連や、同盟国のアメリカがゴジラを核爆弾で迎撃する計画を立案。冷戦時代であり、当然ながら東西の盟主国である両国は仲が悪い。状況によっては、第三次世界大戦の引き金になることも否定出来ない。

日米露の会談がもたれ、ソ連は「ゴジラが日本を縦断したら、次に攻めてくるのはウラジオストックの原子炉だ」と懸念を表明。アメリカ側は日米同盟を打ち出すが、「作らず持たず持ち込ませず」の非核三原則により、結論としては、日本一国で戦うことに決める。

一方、奥村は恩師で生物学者である林田信(まこと。夏木陽介)に牧とともに接近。妹の尚子が林田の助手をしていることもあり、4人のチームでゴジラ撃退法を探る。

ゴジラは静岡の井浜原発(モデルはあるが架空の原発)を襲い、エネルギーを蓄積する。現地に赴いた林田は、渡り鳥に対するゴジラの反応から、ゴジラに帰巣本能があるとの仮定を立て、自殺の名所としても知られる伊豆大島の三原山火口にゴジラを落とすという作戦を立てる。

ゴジラは東京湾を北上、航空自衛隊も攻撃に出るが、それを突破して東京に上陸する。東京湾に浮かぶソ連の貨物船には核ミサイル発射装置が密かに設けられていたが、ゴジラに襲われた際に誤作動を起こし、ゴジラを標的としたミサイルが発射されてしまう。

そしてゴジラは、第1作同様、築地から銀座、有楽町というコースを取る。
今回は銀座の和光は破壊されなかったが、前回破壊された日本劇場の跡地に建つ有楽町マリオンは壊され、前回は在来線の車両を持ち上げていたが、今回は新幹線の車両を持ち上げる。第1作との連続性を強調する意味もあるだろう。ゴジラに新幹線を捕捉出来るだけの俊敏性があるのかどうか疑問だが、とにかく持ち上げている。
その後、ゴジラは永田町に向かうが、永田町の風景のシーンは今回はない。そして行き着いたのは、新宿副都心(まだ都庁移転前である)。

西新宿のビルでは、林田がゴジラを三原山へと誘導する超音波装置を完成させるが、ゴジラが西新宿に来たため、停電やビルの一部破壊などが起こり、身動きが取れなくなってしまう。

ゴジラがなぜ西新宿に現れたのかは謎だが、政府は特設戦闘機「X」でゴジラを迎え撃つ。
高層ビルにゴジラの吐いた放射熱戦による丸い穴が空き、その穴を通してゴジラとXとが撃ち合う様は、この映画が公開される少し前に流行ったインベーダーゲームの名古屋撃ちのようである。おそらく意識はされているのだろう。
Xはカドミウム弾でゴジラを倒すが、気絶させただけ。息を吹き返したゴジラとXは戦わねばならないが、カドミウム弾はすでに尽きており、標準装備のみで乗り切らねばならず、ゴジラの敵足りえなかった。

その間、高層ビルの上階から自衛隊のヘリコプターに乗り込んだ林田は、三原山へとゴジラを導く。ソ連の核ミサイルはアメリカの迎撃ミサイルが落とし、西新宿での核爆弾破裂は避けられる。

林田の目論見は当たり、ゴジラは、伊豆大島・三原山へと向かい、自ら火口に落ちるのだった。

 

第1作では原水爆が生み出したゴジラということになっていたが、1984年版では、冷戦下における核の問題が浮かび上がる。アメリカもソ連も核を持ち、唯一の被爆国である日本も時代の流れから原子力発電所を所有するようになっている。
おそらく今回はゴジラは地震により目覚めているので、原爆や原爆実験は問題ではない。というよりもあるのが当たり前の社会になっている。
日本は非核三原則があるので、核は持てないが、アメリカの傘の下でソビエトの脅威におびえるという状態。そうした危機意識が1984年版「ゴジラ」には込められているように思う。「わからない」とは書いたが、1984年時点で高層ビル群があったのは、日本では西新宿だけで、文明に対する警告という意味も込められていたように思われる。

三原山の火口に落ちたゴジラを、首相の三田村清輝(小林桂樹)ら内閣は、哀悼の面持ちで見つめる。原子力に守られた日本の終わりを原子力によって眠りを覚まされたゴジラの終わりに重ねたのか。

実力派を揃えたキャストが並ぶが、新人同然の沢口靖子の台詞回しが余りにも素人じみていて笑ってしまう。東宝シンデレラ出身だけに早めにヒロイン役に抜擢したかったのだと思うが、まだ早かったようだ(日本アカデミー賞新人賞は受賞している)。彼女も90年代に入ると安定した力を見せ、そして「科捜研の女」という彼女でなければ主役は務まらなかったであろう番組を、断続的に四半世紀以上に渡って務めるという偉業を成し遂げている。

なお、加藤武演じる笠岡通産大臣が、「わからない!」と言われる場面があるのだが、おそらく加藤武の名ゼリフ「よしっ! わかった!」(わかった例しがないが)のパロディであると思われる。

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2025年9月13日 (土)

これまでに観た映画より(398) 「ゴジラ」第1作

2025年8月31日

Amazon Prime Videoで、東宝映画「ゴジラ」を観る。1954年の作品。特殊技術担当は円谷英二で、監督は本多猪四郎。現在にいたるまでシリーズ新作が制作されるという、世界で最も有名な怪獣映画の原点である。出演:宝田明、河内桃子(こうち・ももこ)、志村喬、平田昭彦、村上冬樹、菅井きんほか。

太平洋上で炎のようなものが起こり、貨物船に引火して沈没という事件が2件立て続けに起こる。どちらも生存者がいたが、細かいことはよく分からない。

対策本部は大戸島に置かれるが、今度はその大戸島を巨大生物のようなものが襲い、家屋が倒壊する。

その後、内閣審議会で、古生物研究の権威である山根博士(志村喬)は、ジュラ紀の生物が水爆の実験で目覚めた可能性を示唆する。

山根と娘の山根恵美子(河内桃子)、恵美子の恋人で南海サルベージ所長の尾形(宝田明)らは、大戸島へと向かう。
ちなみに尾形が恵美子と聴きに行こうとしていたのはブダペスト弦楽四重奏団のコンサートで、実在する有名な団体であり、チケットも本物の可能性がある。

大戸島に向かった一行であるが、登山してすぐに異様な怪獣の顔と出くわす。大戸島には、「ゴジラ」という化け物の伝説がある。怪獣は取りあえず「ゴジラ」と呼ばれる。ゴジラの語源であるが、「ゴリラ」と「クジラ」を合わせた説などが有名であるが、本当のところはよく分かっていないようである。

ゴジラ征討を目指して海底爆撃が行われるが、効果はない。

東京湾上の船の上で若者達がパーティーが行っている時に、突如、ゴジラがその頭部を現す。危険を避けるために航路は閉鎖されることになった。

最終手段として恵美子は、かつての婚約者である科学博士の芹沢(平田昭彦)を訪ねることになる。

ゴジラは東京湾を北上してくるが、山根は古代の貴重な生物を殺すのではなく研究材料にしたいという意向を何度も漏らした。

ゴジラが東京に上陸。列車のシーンは、「ゴジラ-1.0」でパロディ化されており、浜辺美波演じる大石典子が驚異的な身体能力を発揮している。
ゴジラは、銀座の和光、日本劇場(日劇。現在は有楽町マリオンが建っている)、そして国会議事堂といった、戦災を免れた建物を狙う。国会議事堂の破壊は、あたかも国家転覆のようだ。第二次大戦の亡霊のようにも見える。ゴジラが水爆によって目覚めた以上、これは水爆がもたらした光景と見ざるを得ない。
初代のゴジラは着ぐるみを使っているため、動きが最近のCGを使ったものより人間的である。

芹沢が続けていた禁断の実験、それは「オキシジェンデストロイヤー(酸素破壊剤)」である。水爆よりも恐ろしい兵器であり、科学の徒花だ。
芹沢は尾形と共に海上保安庁の船に乗り、潜水服を着て潜って海の底のゴジラにオキシジェンデストロイヤー攻撃を仕掛ける。山根も恵美子も船上で見守る。
オキシジェンデストロイヤーは有効。二人はゴジラ退治に成功する。しかし水爆をも上回るオキシジェンデストロイヤーは余りに危険。芹沢はオキシジェンデストロイヤーに関するメモを全て廃棄したが、頭の中にはオキシジェンデストロイヤーの知識がある。仮に何者かに拉致され、告白を強要されたら、沈黙を守れるかどうか分からない。ならば、と芹沢は命綱をナイフで切り、海の藻屑に帰ることに決めたのだった。兵器開発は犠牲を伴い、自らを不幸にする愚かな行為だ。

1954年、敗戦から10年近くが経ち、朝鮮戦争の特需景気により経済状況も上向き。戦中のこと、広島、長崎などを忘れ去った人もいただろう。そうした人々に戦争のおぞましさを蘇らせたのが、第五福竜丸事件、そして同年に怪獣映画という形で叩きつけられた社会派の傑作「ゴジラ」である。

伊福部昭の音楽は、やはり日本映画音楽史上屈指の出来だが、映画オリジナルではなく、大戸島の神楽の場面では自作の日本狂詩曲も部分的に使っている。

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2025年9月11日 (木)

「伊藤沙莉のオールナイトニッポン0(ZERO)~『風のマジム』スペシャル~」視聴記+森山直太朗 「あの世でね」

2025年9月6日

午前3時から、17LIVEで、「伊藤沙莉のオールナイトニッポン0(ZERO)~「風のマジム」スペシャル~を視聴。radikoでも同時配信しているが、17LIVEは映像付きの配信である。
伊藤沙莉が「オールナイトニッポン」に出演するのは、5年8ヶ月ぶり二度目だそうだが、前回出てから何の音沙汰もなく、「はあ、つまらなかったかあ」と落ち込んだらしい。

相談コーナーや、那覇にあるという設定の「スナック沙莉」などのコーナーがある。
伊藤沙莉は、今日もまんまる丸顔で健康的である(本人は気にしているらしい)。

ゲストは、「風のマジム」の主題歌「あの世でね」を手掛けた森山直太朗と、映画で共演したシシド・カフカであったが、「初めての人と話すのが苦手なので、なんかあったらごめんなさい」と伊藤沙莉が事前に謝ってのスタート。森山直太朗もシシド・カフカも「オールナイトニッポン」歴は豊富である。森山直太朗は伊藤沙莉が遠慮がちなのにすぐに気付いて、どんどん話してその場を回してくれる。森山直太朗、良い奴だな! 見た目からして良い奴にしか見えないけれども。
「あの世でね」は、映画の冒頭で出演者がハミングするスローバージョンと、楽器がガンガン鳴るポップバージョンがあるが、森山直太朗はギター弾き語りをし、間奏の部分で二人にハミングして貰おうと提案。伊藤沙莉もシシド・カフカも歌声はいいので雰囲気豊かで、ニライカナイからの風が吹いてきそうである。
歌詞を聴けば分かるが、沖縄戦のことを込めた内容である。

「スナック沙莉」では、スナック沙莉のママである伊藤沙莉が色々な人の相談に乗るのだが、この人はまず主題を掲げ、アンチテーゼを思いついて、あれこれ考えるタイプであるらしい。それで止揚が行われて解決すればいいのだが、アンチテーゼから更に枝葉を伸ばして混乱しまくって未解決になるというグダグダパターンである。考えなくてもいいことを考えてしまうようで、旦那の蓬莱さんから、「風呂場洗っといたよ」と言われて、「ありがとう」と返したものの、「私が風呂掃除してないってこと?」としなくてもいい裏読みをしてしまうらしい。別役実の戯曲に出てくる女性のようだ。
「流れるがままにせよ」「雨は降らせよ」と思ってしまうけどね。

リスナーからの、「北海道の祖父母のところへ一泊で行くスケジュールは?」には、「北海道」しか頭になく、北海道の3カ所のグルメを堪能して帰ると、祖父母がどこかに行ってしまったため、スタッフも笑っていたが、本人もかなり堪えたんじゃないだろうか。

まあ、そんなこんながあって、「風のマジム」は今週末に全国公開が始まります。


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2025年9月10日 (水)

上田秋成 『雨月物語』より「菊花の約(菊花の契)」

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2025年9月 8日 (月)

これまでに観た映画より(397) 坂本九主演「上を向いて歩こう」

2025年8月13日

Amazon Prime Videoで、日活映画「上を向いて歩こう」を観る。1963年のカラー作品。坂本九が大ヒットさせ、全米ヒットチャート・ポピュラー部門の1位を獲得した唯一の日本語楽曲である映画と同名の曲を題材とした映画であり、ラストシーンでは出演者により大勢で歌われる。なお、ラストで流れる楽曲は通常の「上を向いて歩こう」とは歌詞が異なるが、こちらも映画バージョンとしてカラオケに入っている。音楽担当は中村八大で、冒頭から「上を向いて歩こう」のオーケストラバージョンや、ジャズバンドバージョンなどが流れる。
プロデューサー:水の江瀧子。監督:舛田利雄。脚本:山田信夫、音楽:中村八大。出演:坂本九、浜田光夫、高橋英樹、吉永小百合、渡辺トモコほか。

かなりアメリカ映画の影響が強い青春群像である。DAMのカラオケでは、この映画の映像が「上を向いて歩こう」に使われている。

最初の舞台となっているのは少年鑑別所。入所者がラグビーをしているが、ここからの出所のためのラグビーボール状に包装されたヤスリが投げ込まれ、入所者はその夜、全員で脱走を図る。
九(坂本九)と良二(浜田光夫)は、魚運送会社のオート三輪の前にわざと飛び出し、運転していた社長の永井に拾われる。
九が怪我をしたため、九と良二は病院へ。永井の娘である紀子(吉永小百合)が見舞いに来る。しかし、窓の外に警察の姿を認めた良二は、捕まったら少年院戻りだと、病院の窓から飛び降り、逃走する。良二はかつて、ジャズバンドの牧に師事してドラムを練習していたようで、ドラマーになりたいという希望を持っていた。一方、九は何の目的も目標もなかったが、運送会社のオート三輪運転士として再起することに決める。男ばかりの荒くれ会社である。「不良の更生に役立てる」という意味か、母屋の横にはボクシングリングがある。やや不自然な感じがするが、勿論、重要な場面で使われる。
牧が演奏しているジャズ喫茶に無料で潜り込んだ良二。だが、用心棒として雇われている街の愚連隊に囲まれる。やたらと男前のヘッドは松本健(高橋英樹)だ。
永井家の二階で朝食に呼ばれる九。紀子から妹の光子(みつこ。渡辺トモコ)を紹介されるが、小児麻痺で苦しむ光子に九は無神経な発言をしてしまい……。


1985年8月12日のJAL123便墜落事故で、43歳の若さで他界した坂本九。その死から40年が経つ。坂本九(本名:大島九=おおしま・ひさし。坂本は母方の苗字)は、8月12日に、大阪で友人の選挙演説の応援に駆けつけるつもりだった。「日航機は全日空に比べて事故率が高い」という理由で必ず全日空機を利用していた坂本九であったが、その日は全日空便に空席がなく、仕方なく日航機を利用することになって事故に遭った。
歌手として知られた坂本九だが、私が物心ついた頃には歌手としての活動は控えめになっており、「なるほどザ・ワールド」の回答者というイメージが強い。


相似形の構図が用いられている。紀子は、永井家に子どもが出来なかったことから養女として迎えられたが、その後に実子である光子が生まれ、また小児麻痺を患った光子の世話を紀子がすることになり、両親の愛情が光子にばかり注がれていると思っていた。
また健は、妾腹の生まれであり、実母が亡くなってからは、松本の家に引き取られ、しばらくは落ち着いていたが、本妻の息子である兄と事件を起こし、絶縁していた。共に親からの愛に飢えている紀子と健は知り合いとなる。紀子のセリフはおそらく「エデンの東」のオマージュである。
健は、兄と同じ大学に合格すれば父親も兄も認めてくれるのではと考え、大学の入学願書を購入する。

クライマックスでは、健と永井運送店の男との決闘と九と良二の喧嘩が交互に映り、やはり相似形の構図が築かれている。

結果としては、九と良二は仲直りし、健は大学(城北大学という名だが大隈講堂が見えるため、“都の西北”早稲田大学第二政経学部がモデルと思われる。一応、現在の社会科学部の前身となる)に合格。ハッピーエンドで駒沢オリンピック競技場の横を皆で歩きながら、「上を向いて歩こう」を合唱する。


青春映画ということもありハッピーエンドなのが心地よいが、今の若い人がこの映画を観て面白いと感じるかどうかは微妙。最近の青春映画は、イケメンものか病気ものに偏りすぎなので、それとは違った青春が描かれているものが観たい向きには良いかも知れないが、今とは社会事情が異なるだけに、すんなりとは理解出来ないかも知れない。
若い頃の高橋英樹はキリリとした男前、イケメンというより美男子という感じである。一方の吉永小百合は、白人的な風貌で、目元などはオードリー・ヘップバーンを想起させる。
ただ今の映画と違って端役まで美男美女ということはなく、ルッキズムに飽きている人にもいいかも知れない。

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2025年9月 6日 (土)

コンサートの記(916) 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2025「発見!メモリアルイヤーの作曲家」第1回「音楽と物語と」 鈴木優人指揮 ウエンツ瑛士(語り)

2025年6月15日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後2時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2025「発見!メモリアルイヤーの作曲家」第1回「音楽と物語と」を聴く。

これまでのオーケストラ・ディスカバリーは年4回の公演を4人の指揮者で振り分けていたのだが、今年度は前半2回を鈴木優人が、後半2回を京響常任指揮者である沖澤のどかが受け持ち、二人で振り分ける。

タイトルにあるようにメモリアルイヤーの作曲家をフィチャーするプログラム。今回は、ビゼー、ヨハン・シュトラウスⅡ世、クライスラーの作品が取り上げられ、今後も芥川也寸志、ラヴェル、ショスタコーヴィチ、ルロイ・アンダーソン、フォーレ、サン=サーンス、ファリア、ウェーバー、ベンジャミン・ブリテンの作品がプログラムに載る予定である。

今日の演目は、ビゼー(没後150年)の歌劇「カルメン」前奏曲、サラサーテの「カルメン幻想曲」(ヴァイオリン独奏:大石彩代)、クライスラー(生誕150年)の「ウィーン奇想曲」(ヴァイオリン独奏:古川真弥)、メンデルスゾーンの「夏の世の夢」より“スケルツォ”“夜想曲”“結婚行進曲”、ヨハン・シュトラウスⅡ世(生誕200年)のポルカ「雷鳴と電光」(指揮者体験コーナーあり)、プロコフィエフの交響的物語「ピーターとおおかみ」
ナビゲーターと「ピーターとおおかみ」の語りはウエンツ瑛士が務める。

 

バッハ・コレギウム・ジャパンの首席指揮者として、また関西フィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者、読売日本交響楽団の指揮者としてお馴染みの鈴木優人。父親の鈴木雅明も若白髪だったが、彼もその血を受け継ぎ、最初は前の方だけだったが白髪がどんどん拡大。今や若くして総白髪である。眼鏡をかけている時もあるが、今日は眼鏡なしで登場した。

今日のコンサートマスターは泉原隆志。フォアシュピーラーは尾﨑平。ドイツ式の現代配置での演奏である。オーボエ首席の髙山郁子とクラリネット首席の小谷口直子は降り番である。ヴィオラの客演首席には須藤三千代が入る。

今日の鈴木優人は全編指揮棒を使っての指揮である。

ビゼーの歌劇「カルメン」前奏曲。リズム感の鮮やかな情熱的な力強い音が奏でられる。時折、タメを作るのが鈴木らしい個性となっていた。

昨年、オーケストラ・ディスカバリーにナビゲーターとして登場した時には、曲目数が少なかったということもあって、台本を手にせず、全て暗記してやり取りを行っていたウエンツ瑛士だが、今回は曲も出演者も多く、「ピーターとおおかみ」では語りも務めるということで台本を抱えて登場した。

 

新しい試みとして、まだ学生のヴァイオリン奏者をソリストとして迎える。
「カルメン幻想曲」でヴァイオリン独奏を務める大石彩代(さよ)は、京都市立芸術大学大学院修士課程1回生。学部も京都市立芸術大学だが弦楽専攻を首席で卒業している。第4回みおつくし音楽祭クラシックコンクール弦楽器中学生の部第1位・金賞及び大阪府知事賞、第10回あおによし音楽コンクール奈良2023でプロフェッショナルステージ第1位・グランプリ・総務大臣賞、第47回全日本ジュニアクラシック音楽コンクールヴァイオリン部門大学生の部第1位といった優勝歴の他、高位での入賞歴もある。また小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩⅩへも参加した。

クライスラーの「ウィーン奇想曲」でヴァイオリン独奏を務める古川真耶は、2011年、デュッセルドルフ生まれ。その後、日本に戻って音楽教育を受けている。現在、中学2年生で、京都市立芸術大学音楽学部音楽教育研究会「京都子どもの音楽教室」に在室している。なお、鈴木優人が初めてオーケストラを指揮したのも中学2年生の時で、ベートーヴェンの交響曲だったが、教師から「(取り組むには)まだ早いね」と言われたそうである。
古川も、2023年に行われた第35回京都子供のためのヴァイオリンコンクール金賞及び奨励賞を受賞している。
ウエンツ瑛士が、「ヴァイオリン以外に好きなものある」と聞くと、「K-POP」という答えが帰って来た。だが、「K-POP、ヴァイオリンで弾いたりする?」とのウエンツの問いには「弾かない」と答えていた。

大石彩代が独奏を務める「カルメン幻想曲」は、スペインや南仏的な濃い色彩こそないもの、安定した技巧が楽しめる。一方で、まだまだ弾くだけで精一杯のようにも見えた。
「ロマの踊り」のアッチェレランドの部分で、鈴木は「ついてこられるかな?」と大石の方を見るが、大石はきちんとついて行った。
なお、大石は、鈴木優人が指揮する京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科の定期演奏会に、ヴァイオリンではなくヴィオラのトップとして出演し、再度共演する予定だそうである。

クライスラーの「ウィーン奇想曲」。19世紀末から20世紀前半にヴァイオリニスト兼作曲家として活躍したフリッツ・クライスラー。だが、自身が作曲した作品の多くを、「図書館で見つけた古典」などとして演奏。「大作曲家のものに違いない!」と言われたりした。一方で、クライスラー名義で作曲した作品の評価はさっぱり。クライスラーも最終的には打ち明け、大騒ぎとなるのだが、人の評価が当てにならない一例証となっている。
「ウィーン奇想曲」は、クライスラー本人が作曲者であることを明かして発表した曲の一つである。
古川のヴァイオリンは素直なもので、この手の曲にありがちな耽美的な表情を付けたりはしない。技巧も安定している。
なお、古川は、京都市交響楽団第2ヴァイオリン副首席奏者の杉江洋子(今日も首席第2ヴァイオリン奏者のフォアシュピーラーとして参加)に師事しているようである。

 

メンデルスゾーンの「夏の夜の夢」から“スケルツォ”“夜想曲”“結婚行進曲”
鈴木は、「まず台風の話からしないといけないのですか」と語り始める。昨年の9月1日にロームシアター京都メインホールで行われる予定だったオーケストラ・ディスカバリーが台風の接近により中止になってしまったのだが、その時の指揮者が鈴木優人で語りを務めるのがウエンツ瑛士のはずだったのだ。女性歌手2名を招いての本格的な公演になる予定だったが、今回、規模は縮小したが演奏出来る喜びを鈴木は語った。

京響は鈴木の棒への反応も良く、生命力豊かな上質の演奏を聴かせる。“結婚行進曲”におけるブラスの輝きも効果的であった。

 

ヨハン・シュトラウスⅡ世のポルカ「雷鳴と電光」。指揮者体験コーナーがある。
まず鈴木がショートバージョンを京響とお手本として演奏する。その後、指揮体験をしたい子どもを募る。客席で手を挙げた子の中からウエンツが選ぶ。ウエンツは、「我こそは子どもだぞという大人の方もどうぞ」と呼びかけるが、流石に大人で手を挙げる人はいない。
3人の子どもが選ばれるのだが、なぜか舞台に上がって来た子が更に2人。ウエンツは「日本も変わりましたね」と語るが、一人は「眼鏡の子」と言われたので間違えて来てしまい、もう一人はなぜかよく知らないが上がってきてしまったようだ。
結局、5人全員に指揮してもらう。5人中4人が女の子である。
二つに刻む指揮をしたのは一人だけで、後は円を描くような指揮。テンポも速すぎたり、遅すぎたり、伸び縮みしたりと、京響のメンバーも演奏が難しそうである。快速テンポで振った子の後ではウエンツは、「京響の意地を感じました。なんとしてもついて行ってやる」

前半も押したようだが、後半も指揮者体験が3人のはずが5人になったので更に押す。

ポルカ「来面と電光」は。最後に鈴木と京響がカットのないバージョンを演奏して終えた。プロの指揮者なのでメリハリが利いている。

 

最後の曲目となるプロコフィエフの交響的物語「ピーターとおおかみ」。ウエンツは、指揮台の前、下手寄りに据えられた椅子に腰かけて朗読を行う。
まずどの楽器が何を表すのかを説明してから演奏開始。
今年はロームシアター京都サウスホールで園田隆一郎指揮日本フィルハーモニー交響楽団の演奏による「ピーターとおおかみ」も聴いているが、ホールが違うとはいえ、鈴木と京響の演奏は音がやや渋めでエッジが聞いており、表現の引き出しがより多い感じである。
ウエンツ瑛士の語りも流石で、子どもだけでなく大人をもうっとりとさせてしまう声と朗読術の巧みさが聴く者の想像力に働きかけてきた。

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2025年9月 4日 (木)

コンサートの記(915) ローム クラシック スペシャル「2025 日フィル エデュケーション・プログラム 小学生からのクラシック・コンサート プロコフィエフ:交響的物語《ピーターとオオカミ》op.67(日本フィルオリジナル台本による上演)ほか」

2025年4月6日 左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールにて

午後2時から、左京区岡崎のロームシアター京都サウスホールで、ローム クラシック スペシャル「2025 日フィル エデュケーション・プログラム 小学生からのクラシック・コンサート プロコフィエフ:交響的物語《ピーターと狼》op.67(日本フィルオリジナル台本による上演)ほか」を聴く。
主にロームの招きによるものだが、1年に2回から3回、ロームシアター京都での公演を行っている日本フィルハーモニー交響楽団。東京の他のオーケストラは、関西公演というと大阪府内か、大阪にほど近い兵庫県西宮市などで公演を行うことが多いが(NHK交響楽団は関西各地で公演を行う)、日フィルは京都を準本拠地とすることに成功しつつある。他の東京のオーケストラが大阪に集まるので、ライバルなしの状態である。まず子ども向けのコンサートを行い、夏に親子向けのコンサートを行い、更には大人向けの「コバケン・ワールド in KYOTO」を行うのが通例。今年も夏の親子向けのコンサートはすでに決まっていて、バレエを中心としたものである。「コバケン・ワールド in KYOTO 2025」も開催が決まった。

今回の「小学生からのクラシック・コンサート」は、園田隆一郎の指揮。日フィル・ソロ・コンサートマスターの扇谷泰朋(おうぎたに・やすとも)がコンサートマスターを務める。

休憩なしの上演時間約1時間のコンサート。曲目は、グリーグのホルベルク組曲(ホルベアの時代から)第1楽章とプロコフィエフの交響的物語「ピーターと狼」(朗読:江原陽子(えばら・ようこ)。

 

今回は開演前にホワイエでウェルカム・コンサートがある。写真撮影自由、動画撮影は不可である。クラリネット五重奏での演奏。
曲目は、宮川彬良の「ゆうがたクインテット」、プッチーニの歌劇「ジャンニ・スキッキ」より“ねえ、私のお父さん”、ブラームスのハンガリー舞曲第5番。
余裕を持って演奏されていたように思う。
アンコール演奏では、楽団員が紙で作った耳飾りを付けて、「ピーターと狼」の猫の主題を奏でる。ナビゲーターの江原陽子が、眼鏡を掛け、紙の耳飾りを付けた状態で登場。本番でも行って欲しいという猫ダンスを子どもたちに教えていた。

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中ホールであるサウスホールでの演奏ということで、中編成。サウスホールは残響はないが、空間自体がそれほど広くないので音は通る。後方にスクリーンが下がっており、スクリーンと前方の聴衆の間に入ると視野の妨げとなるためか、それを避けるべく指揮台は低めのものが用いられていた。

 

関西ではオペラ指揮者として聴くことも多い園田隆一郎。園田高弘との血縁関係はない。
イタリア・シエナのキジアーナ夏季音楽週間「トスカ」を指揮してデビュー。翌年、藤原歌劇団の「ラ・ボエーム」を指揮して日本デビューを飾り、多くのオペラを手掛けたほか、イタリア国内のコンサートオーケストラも指揮。現在、パシフィックフィルハーモニア東京の指揮者、藤沢市民オペラ芸術監督を務めている。

ナビゲーターの江原陽子は、東京藝術大学音楽学部声楽科卒。NHKで歌のおねえさんとして活躍し、1991年からの日フィルの「夏休みコンサート」の司会を務めるなど、長い付き合いとなっている。洗足学園音楽大学教授。

 

グリーグのホルベルク組曲より第1楽章。弦の編成が大きくはないためか、ホールの音響ゆえか、スプリングが余り効いておらず、表情も堅い。日フィルは伝統的に北欧音楽には強いはずだが、今日はそれほどでもなかったようである。

 

プロコフィエフの交響的物語「ピーターと狼」。弦はドイツ式の現代配置だが、その前に主役となる管楽器が指揮台を取り囲むようにして並ぶ。下手側からフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴットである。
江原陽子が、どの楽器が何を表すのかを説明する。
フルート(美人奏者として有名な難波薰が乗り番)は小鳥、オーボエはアヒル、クラリネットは猫、ファゴットはお爺さんである。ピーターの主題は弦楽器が奏で、狼はホルンなどの金管楽器が威圧的な音を押し出す。
1991年から日フィルと声を使った仕事をしているということで、江原陽子のナレーションは手慣れたもの。猫の主題が出た時には、ウェルカム・コンサートでやった時のように子どもたちと一緒に踊る。京都の子どもたちなので、大阪の子どものようにノリノリという訳にはいかないが、楽しそうである。
演奏であるが、グリーグよりもずっと滑らかでチャーミングである。サウンドも温かで、日フィルの良さが出ていた。
なお、台本は、園田隆一郎、江原陽子と日フィル企画制作部が作成したオリジナルのものが使用されていた。
スクリーンには、最前列の管楽器奏者が演奏するときのみ映像が映る。使用時間はそれほど長くはなかった。
最後にスマホ撮影タイムがあったが、スマホの起動に時間が掛かったため、やはり作成できず。去年は事前に「カーテンコール撮影可」という情報が載っていたので間に合ったのだが。だが去年はその映像をSNSにアップしたのは私だけ。余り人気がないようであった。

 

京都は街の規模や文化水準からいえば、京都市交響楽団の他にライバルとなるフルサイズの民営プロオーケストラがあっても良いはずなのだが、資金面を考えると、フルサイズのプロオーケストラの運営は難しいと言わざるを得ない。京響ですらキャパ1800の京都コンサートホールを満員にするのは難しいのが現状ある。日フィルに京響を刺激する形でもっと頑張って貰うのも手である。日フィルは東京のオーケストラの中ではAランクに入るか入らないかの当落線上だが、東京に本拠地を置いているプロオーケストラは基本上手い。

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2025年9月 2日 (火)

コンサートの記(914) 遊佐未森 「cafe mimo Vol.24~春爛漫茶会~」大阪公演

2025年4月20日 心斎橋PARCO SPACE14にて

午後5時から、心斎橋PARCO14階の、PARCO SPACE14(イチヨン)で、遊佐未森の「cafe mimoVo.24 ~春爛漫茶会~」に接する。シンガーソングライターでボーカル&ピアノの遊佐未森が、ギターの西海孝とパーカッション&打ち込みの楠均と共に毎春トリオで行っているコンサート。通常は、東京の草月ホールでスタートして各地を回るのだが、今回は、大阪のこの公演が初日となった。昨年もPARCO SPACE14で開催。PARCO SPACE14は、以前は大丸心斎橋劇場、その前はそごう劇場という名前だったのだが、そのどちらでもcafe mimoは行われており、歴史の長さが感じられる。本来は、25周年になるはずで、お祝いも出来るはずなのだが、コロナで飛んでしまった年があり、Vol.25とはならなかった。遊佐未森によるとスタッフがどさくさに紛れて、Vol.25になるよう画策したらしいが、遊佐が「それはちょっと」と難色を示したので、四半世紀にはまだ届かないということになった。ただ中止になった回もリハーサルだけはしたそうで、その時にカバーした曲が面白くて大笑い。だが、笑いすぎて歌唱にならないため、その曲は封印することになったようである。

未森さんは、「桃」を意識したピンクのワンピースで登場したが、注文して完成したのが昨日の夜中。ドレスメーカーのサチコさんが夜に車を飛ばして事務所まで届けてくれたそうである。サチコさんは夫婦で衣装の製作を手掛けているのだが、結構、有名な人らしい。


ミラーボールが輝く会場。スキャットを背後に中原中也の「月夜の浜辺」の全編朗読を含む「月夜の浜辺」という同名の曲でスタート。未森さんは、「(中原中也の)映画もあったようなんですが(「ゆきてかへらぬ」)リハーサルで観に行けなかった」と語っていた。

桃の衣装なので、「桃」という歌や、「つゆくさ」というナンバー」も歌われ、cafe mimoでは終盤によく歌われた「一粒の予感」がバラード調のスタートで早めに歌われた。
恒例のカバーでは、「Fly Me to the Moon」が歌われる。お馴染みのジャズナンバーで、若い人には、「新世紀エヴァンゲリオン」連続アニメ版のエンディングテーマとして知られると書きたいところだが、「新世紀エヴァンゲリオン」連続アニメ版が放送されたのは30年近く前で、それを知っている人ももう若いとは言い切れない年齢になっている。
どちらかというと、ジャズ的なノリよりも落ち着いた歌唱を指向した出来であった。
カバーとしてはもう1曲、「The Water is Wide」が歌われた。フォーク全盛期にはよく歌われた民謡である。

大阪公演のゲストは、元Le Couple(ル・クプル)の藤田恵美。Le Coupleは連続ドラマ「一つ屋根の下2」の挿入歌となった「日だまりの詩(うた)」が大ヒットしたが、2005年に活動停止、2007年に離婚が成立して解散となっている。その後、藤田恵美はカバーなどを中心としたアルバム制作や、ラジオのDJなどとして活動を続けている。写真や映像で見るよりシャープな印象の女性。
藤田は自己紹介で、子どもの頃に劇団ひまわりにいて、左卜全とひまわりキティーズ「老人と子どものポルカ」にひまわりキティーズの一人としてレコーディングに参加していたそうである。
その後、ブルーグラスやカントリーなどを歌う歌手としてライブハウスで活動するが、その時、ライブハウスで演奏と同時に従業員として働いていたのが西海孝だそうである。西海孝とはその後、5人組のバンドを組み、藤田がボーカル、西海がギター&バンジョーで新宿コマ劇場の地下にあったカントリー系としては日本最大のライブハウス・ウィッシュボンで活動していた仲だという。十代、二十代は洋楽ばかり聴いていたが、事務所の人から、「日本の今を知らなきゃ駄目だよ」と言われ、手を伸ばしたのが遊佐未森のCD、「momoizum」であった。そして、「ライブにも行ってみよう」と思い、渋谷公会堂に出掛けたのだが、「え? こんなに踊る人だったの?」と思ったそうである。遊佐も自身のライブ映像を見返したことがあったのだが、「『momoizm』の時はこんなに踊ってたんだ」と驚いたそうである。
そしてなんと、「日だまりの詩」を歌うことになる。第1番を遊佐が、2番を藤田が歌う。
「ひだまりの詩」は、旋律は明るいが、歌詞はもう会えなくなった元彼の思い出と感謝を歌うという、ちょっぴり切ないものである。遊佐未森は、癒やし系シンガーであり、例えば「ココア」などの切ない曲も歌うが、メロディーが明るくて歌詞が切ない楽曲には彼女の歌声はハッピーすぎて余り合わないかも知れない。藤田は持ち歌だけにしっとりと歌い上げていた。
藤田が、遊佐の「僕の森」にチャレンジしたいと言う。遊佐は高校時代は音楽科出身で声楽などを学び、大学も音大。大学では声楽科ではなかったが、「8の字唱法」といって、通常の裏声を使うことなく高い声を出す唱法を習得している。普通の人はそうした発声は出来ないので、一般的な裏声を使うのだが、藤田も「出来には期待しないで下さい」といっていた通り、高音を出すのには苦労しているようだった。

その後、遊佐は、最も新しいアルバムである「潮騒」からタイトル曲などを歌う。


アンコールは、菅原都々子の「月がとっても青いから」を藤田恵美と共に歌う。藤田の父親が、菅原都々子のアルバムを2回聴かないと寝かせてくれないような人だったそうだ。


最後は遊佐未森による告知。大阪では、島之内教会でクリスマスコンサートを行うそうである。また大阪ではないが、同じ関西で、「京都の『ぶんぱく』というところでコンサートをやります。『ぶんぱく』って正式にはなんていうんだろう? 京都の人、みんな、『ぶんぱく、ぶんぱく』って言うから。文化博物館? 合ってる? 京都市文化博物館?」。京都文化博物館は、正式名称を京都府京都文化博物という京都府の施設なので、京都市文化博物館だとちょっと違う。ということで、「京都“府”」と言う。遊佐は、「そうですよね。京都府文化博物館?」。まあ、「府」と聞いただけで、京都府京都文化博物館という名称を導き出すのは難しいだろう。

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コンサートの記(913) ジョナサン・ノット指揮スイス・ロマンド管弦楽団来日演奏会2025京都

2025年7月11日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、京都コンサートホール開館30周年記念事業 ジョナサン・ノット指揮スイス・ロマンド管弦楽団の来日演奏会を聴く。京都コンサートホールでジョナサン・ノット指揮の演奏会に接するのは19年ぶり。前回はバンベルク交響楽団の来日演奏会であった。

ミューザ川崎シンフォニーホールを演奏会場とする東京交響楽団の音楽監督を長きに渡って務めたことで日本でもお馴染みの存在となったジョナサン・ノット。だが、19年前は、新進の指揮者で日本では知名度がなく(CDは輸入盤のみ入手可だった)、京都コンサートホールの席は半分も埋まっていなかった。その後、2019年にノットとスイス・ロマンドの来日演奏会を大阪のザ・シンフォニーホールで聴いているが、この時はまずまずの入り。そして今回であるが、入りは良くない。6割入っているかどうかといったところである。1曲目に日本初演となる現代音楽が入っているのがその原因かも知れない。ノットの知名度が関東と関西では異なるということもあるだろう。

ジョナサン・ノットは、1962年生まれのイギリスの指揮者。ケンブリッジ大学を経て、マンチェスターの王立ノーザン音楽大学に学んでいる。1962年生まれで二つ目の大学として王立ノーザン音楽大学に学ぶという経歴は藤岡幸夫と完全に一緒であるが、二人は知り合いなのだろうか。もっとも、ノットが指揮者に転向するのは王立ノーザン音楽大学を卒業してロンドンに出てからなので、指揮科出身ではないと思われるが。
フランクフルト歌劇場のカペルマイスターなどを経て、バンベルク交響楽団の首席指揮者を16年の長きに渡って務め、2014年からは東京交響楽団の音楽監督に就任。聴衆から「ノット監督」の名で親しまれている。東京交響楽団の音楽監督は2026年で離れる予定である。
スイス・ロマンド管弦楽団の音楽・芸術監督は2017年から務めている。

スイス・ロマンド管弦楽団は、スイスのフランス語圏を代表するオーケストラ。ジュネーヴを本拠地、ローザンヌを準本拠地としている。指揮者であると同時に数学者としても知られたエルネスト・アンセルメの創設。英DECCAへの録音で、世界的な名声を博し、フランス音楽演奏の模範として見られた。ただ晩年のアンセルメと来日公演を行った際は、アンセルメの不調もあったのか振るわず、「所詮はレコード美人だったのではないか」と失望を招いたりもした。
サヴァリッシュにホルスト・シュタインと、N響ゆかりの指揮者が立て続けに音楽監督になっているが、名声を取り戻すのはアルミン・ジョルダンが音楽監督になり、フランスものの録音を始めてからである。
2012年には山田和樹が首席客演指揮者に就任し、2017年まで務め、レコーディングも行っている。

 

曲目は、ウィリアム・ブランクの「モルフォーシス」(2018/日本初演)、ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲(チェロ独奏:上野通明)、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」(1911年版)。

ヴァイオリン対向の古典配置での演奏。「ペトルーシュカ」ではピアノ奏者が指揮者のノットと向かい合わせになるように配置される。

奏者が三々五々ステージに出てきて、思い思いにさらうというスタイルである。奏者がステージ上に出るのが比較的早く、そのため登場の拍手はコンサートマスター登場の時のみ起こった。なお、今回はカーテンコールのみ撮影可だったが、聴衆が写りこんでしまう席であるため、撮影は遠慮した。

オーケストラ団員が舞台上に勢ぞろいしてから、天井のスピーカーからノットの「みなさん、こんばんは」という日本語の挨拶があり、その後、英語と日本語での挨拶(「ゆっくりお楽しみ下さい」)があった。

 

ブランクの「モルフォーシス」 。細やかな旋律を繋げて、やがて音の塊として飛んでいくという音楽である。金管が盛大に鳴った後で止み、弦楽器のみが響くという遠近法のような場面も聴かれる。
作曲者のウィリアム・ブランクは、モントルー生まれのスイスの作曲家。1957年生まれで、現在、スイス・ロマンド管弦楽団のアーティスト・イン・レジデンスを務めている。ブランクは会場に駆けつけており、演奏終了後にノットの招きでステージに上がり、ノットと握手とハグ、そして手をつないだままお辞儀をして二人で拍手を受けた。
ブランクが自分の席に戻るときにも聴衆から拍手が起こっていた。

 

上野通明(うえの・みちあき)をソリストに迎えてのショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番。ショスタコーヴィチの協奏曲の中では比較的ポピュラーな曲であり、レパートリーに入れているチェリストも多い。
上野は渋みのある太い音で演奏。力強い。
勢いがあるが、どこか不穏なショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番。第2楽章は誰かのレクイエムなのではないかと邪推したくなり、第3楽章も引き続き挽歌なのではないかという印象を受ける。ショスタコーヴィチは多くの謎を残したが、演奏自体は上野の腕の冴え、伴奏の立体感など見事である。

上野通明のアンコール演奏は、プロコフィエフの「子供のための音楽」から“行進曲”。ユーモラスな音楽である。
ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番はプロコフィエフの交響的協奏曲を聴いて着想を得たとされているが、生前のショスタコーヴィチとプロコフィエフは不仲であった。

 

ストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」(1911年版)。最初のうちは金管の力強さに対して、弦楽合奏が弱いように感じられたのだが、そういう解釈だったようで、その後は管も弦も強烈な音を発する。金管の透明度の高い力強さと、弦の潤いのある音が特徴。ノットは拍を刻むというよりは、打点を確実に示していくような指揮。音楽の推進力がこれで増しているように思える。
ペトルーシュカの死の場面では、タンバリンを台の上に落として鳴らすという視覚的な演出が施された。

演奏終了後、ノットは日本語で、「お聴き下さりありがとうございました」と礼を述べる。

アンコール演奏は、ストラヴィンスキーの「花火」。
ノットは英語で、「『花火』を演奏します。『ペトルーシュカ』の3年前に書かれたストラヴィンスキー作品です」と説明してから演奏開始。フランス語圏のオーケストラとストラヴィンスキー作品は相性が良いが、スイス・ロマンド管弦楽団も鮮やかな演奏を展開した。

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