コンサートの記(913) ジョナサン・ノット指揮スイス・ロマンド管弦楽団来日演奏会2025京都
2025年7月11日 京都コンサートホールにて
午後7時から、京都コンサートホールで、京都コンサートホール開館30周年記念事業 ジョナサン・ノット指揮スイス・ロマンド管弦楽団の来日演奏会を聴く。京都コンサートホールでジョナサン・ノット指揮の演奏会に接するのは19年ぶり。前回はバンベルク交響楽団の来日演奏会であった。
ミューザ川崎シンフォニーホールを演奏会場とする東京交響楽団の音楽監督を長きに渡って務めたことで日本でもお馴染みの存在となったジョナサン・ノット。だが、19年前は、新進の指揮者で日本では知名度がなく(CDは輸入盤のみ入手可だった)、京都コンサートホールの席は半分も埋まっていなかった。その後、2019年にノットとスイス・ロマンドの来日演奏会を大阪のザ・シンフォニーホールで聴いているが、この時はまずまずの入り。そして今回であるが、入りは良くない。6割入っているかどうかといったところである。1曲目に日本初演となる現代音楽が入っているのがその原因かも知れない。ノットの知名度が関東と関西では異なるということもあるだろう。
ジョナサン・ノットは、1962年生まれのイギリスの指揮者。ケンブリッジ大学を経て、マンチェスターの王立ノーザン音楽大学に学んでいる。1962年生まれで二つ目の大学として王立ノーザン音楽大学に学ぶという経歴は藤岡幸夫と完全に一緒であるが、二人は知り合いなのだろうか。もっとも、ノットが指揮者に転向するのは王立ノーザン音楽大学を卒業してロンドンに出てからなので、指揮科出身ではないと思われるが。
フランクフルト歌劇場のカペルマイスターなどを経て、バンベルク交響楽団の首席指揮者を16年の長きに渡って務め、2014年からは東京交響楽団の音楽監督に就任。聴衆から「ノット監督」の名で親しまれている。東京交響楽団の音楽監督は2026年で離れる予定である。
スイス・ロマンド管弦楽団の音楽・芸術監督は2017年から務めている。
スイス・ロマンド管弦楽団は、スイスのフランス語圏を代表するオーケストラ。ジュネーヴを本拠地、ローザンヌを準本拠地としている。指揮者であると同時に数学者としても知られたエルネスト・アンセルメの創設。英DECCAへの録音で、世界的な名声を博し、フランス音楽演奏の模範として見られた。ただ晩年のアンセルメと来日公演を行った際は、アンセルメの不調もあったのか振るわず、「所詮はレコード美人だったのではないか」と失望を招いたりもした。
サヴァリッシュにホルスト・シュタインと、N響ゆかりの指揮者が立て続けに音楽監督になっているが、名声を取り戻すのはアルミン・ジョルダンが音楽監督になり、フランスものの録音を始めてからである。
2012年には山田和樹が首席客演指揮者に就任し、2017年まで務め、レコーディングも行っている。
曲目は、ウィリアム・ブランクの「モルフォーシス」(2018/日本初演)、ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲(チェロ独奏:上野通明)、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」(1911年版)。
ヴァイオリン対向の古典配置での演奏。「ペトルーシュカ」ではピアノ奏者が指揮者のノットと向かい合わせになるように配置される。
奏者が三々五々ステージに出てきて、思い思いにさらうというスタイルである。奏者がステージ上に出るのが比較的早く、そのため登場の拍手はコンサートマスター登場の時のみ起こった。なお、今回はカーテンコールのみ撮影可だったが、聴衆が写りこんでしまう席であるため、撮影は遠慮した。
オーケストラ団員が舞台上に勢ぞろいしてから、天井のスピーカーからノットの「みなさん、こんばんは」という日本語の挨拶があり、その後、英語と日本語での挨拶(「ゆっくりお楽しみ下さい」)があった。
ブランクの「モルフォーシス」 。細やかな旋律を繋げて、やがて音の塊として飛んでいくという音楽である。金管が盛大に鳴った後で止み、弦楽器のみが響くという遠近法のような場面も聴かれる。
作曲者のウィリアム・ブランクは、モントルー生まれのスイスの作曲家。1957年生まれで、現在、スイス・ロマンド管弦楽団のアーティスト・イン・レジデンスを務めている。ブランクは会場に駆けつけており、演奏終了後にノットの招きでステージに上がり、ノットと握手とハグ、そして手をつないだままお辞儀をして二人で拍手を受けた。
ブランクが自分の席に戻るときにも聴衆から拍手が起こっていた。
上野通明(うえの・みちあき)をソリストに迎えてのショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番。ショスタコーヴィチの協奏曲の中では比較的ポピュラーな曲であり、レパートリーに入れているチェリストも多い。
上野は渋みのある太い音で演奏。力強い。
勢いがあるが、どこか不穏なショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番。第2楽章は誰かのレクイエムなのではないかと邪推したくなり、第3楽章も引き続き挽歌なのではないかという印象を受ける。ショスタコーヴィチは多くの謎を残したが、演奏自体は上野の腕の冴え、伴奏の立体感など見事である。
上野通明のアンコール演奏は、プロコフィエフの「子供のための音楽」から“行進曲”。ユーモラスな音楽である。
ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番はプロコフィエフの交響的協奏曲を聴いて着想を得たとされているが、生前のショスタコーヴィチとプロコフィエフは不仲であった。
ストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」(1911年版)。最初のうちは金管の力強さに対して、弦楽合奏が弱いように感じられたのだが、そういう解釈だったようで、その後は管も弦も強烈な音を発する。金管の透明度の高い力強さと、弦の潤いのある音が特徴。ノットは拍を刻むというよりは、打点を確実に示していくような指揮。音楽の推進力がこれで増しているように思える。
ペトルーシュカの死の場面では、タンバリンを台の上に落として鳴らすという視覚的な演出が施された。
演奏終了後、ノットは日本語で、「お聴き下さりありがとうございました」と礼を述べる。
アンコール演奏は、ストラヴィンスキーの「花火」。
ノットは英語で、「『花火』を演奏します。『ペトルーシュカ』の3年前に書かれたストラヴィンスキー作品です」と説明してから演奏開始。フランス語圏のオーケストラとストラヴィンスキー作品は相性が良いが、スイス・ロマンド管弦楽団も鮮やかな演奏を展開した。
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