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2025年10月の22件の記事

2025年10月29日 (水)

コンサートの記(928) 太田弦指揮 日本センチュリー交響楽団第293回定期演奏会

2025年10月24日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、日本センチュリー交響楽団の第293回定期演奏会を聴く。指揮は、松本宗利音(しゅうりひと)と共に日本の若手指揮者界をリードする太田弦(げん)。1994年生まれの太田弦。今年で31歳になるがかなりの童顔で下手したら高校生に間違えられそうである。札幌生まれ。幼少の頃からピアノとチェロを学び、東京藝術大学音楽学部指揮科を首席で卒業。尾高忠明と高関健に師事した。今の藝大指揮科の主任は山下一史であるが、全員、桐朋学園大学出身である。ということで、藝大の指揮科は長い間、桐朋学園大学の植民地となっている。国公立の藝大、それに対抗する私立の桐朋であるが、格としてはやはり藝大の方が上。上のはずの学校の看板部門が植民地化されている例は珍しく、芸術関係ならではのような気がする。他の一般の学問では有名私立大の特定の分野が有名国立大の教授で占められ、植民地となっているケースが多い。
それはさておき、太田弦は東京藝術大学大学院に進み、指揮専攻修士課程を修了。指揮以外にも作曲を二橋潤一に師事している。
2015年、第17回東京国際音楽コンクール・指揮部門で2位入賞。
2019年から2022年まで大阪交響楽団正指揮者、2023年には仙台フィルハーモニー管弦楽団の指揮者に就任。2024年4月より、福岡市を本拠地とする九州交響楽団の首席指揮者に就任。初めて手兵を得ている。昨年、シャルル・デュトワ指揮九州交響楽団の定期演奏会を聴きに、九響の本拠地であるアクロス福岡シンフォニーホール(正式にはアクロス福岡という総合文化施設の中にある福岡シンフォニーホールであるが、続けて表記されることが多い)に初めて出向いたが、ホワイエに太田弦の全身パネルが飾られていた。等身大ではないと思うが。

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今日の曲目は、ベートーヴェンの交響曲第2番、武満徹の「波の盆」、武満徹の「系図 -若い人のための音楽詩-」(語り:寺田光、アコーディオン:かとう かなこ。岩城宏之編曲による小管弦楽版)

 

武満作品が2つ並ぶという意欲的なプログラム。ドイツ人指揮者がベートーヴェンを指揮するように、フランス人指揮者がドビュッシーを指揮するように、フィンランド人指揮者がシベリウスを指揮するように、デンマーク人指揮者がニールセンを指揮するように、ノルウェー人指揮者がグリーグを指揮するように、イギリス人指揮者がエルガーを指揮するように、日本人指揮者は武満徹を指揮する。

 

だが、武満作品、それもかなり分かり易いものであっても現代音楽は避けられるようで、集客面ではかなり残念であった。特に2階席は空席が目立つ。
今日は茨木市在住の人のための招待公演でもあったのだが、その人達なのかどうかは分からないものの、コンサート初心者が多いようで、ベートーヴェンでは楽章が終わるたびに拍手が起こっていた。この場合、どうするのかというと人による。藤岡幸夫は、「エンター・ザ・ミュージック」で、「新しいお客さんが来てくれたんだ」と喜ぶと明かしている。一方で、聴衆の中にはマナー違反と取る人もいるようだ。
モーツァルトやベートーヴェンの時代には、交響曲が丸々演奏されず、1つの楽章が終わったら歌曲が入るなど、もっと雑多な構成であったようだ。聴衆は貴族が多かったが、音楽そっちのけで話す人も珍しくなかったらしい。正しい姿勢で、楽章間拍手なしでという風になったのはワーグナーの影響が大きいと言われている。ワーグナーが礼儀正しかったからではなく、逆に「俺様の音楽を黙って聴け」という尊大な人だったからと言われている。

 

ベートーヴェンの交響曲第2番。今日のコンサートマスターはセンチュリー響客員コンサートマスターの篠原悠那(しのはら・ゆな)。ドイツ指揮の現代配置での演奏である。
日本センチュリー交響楽団は、中編成のオーケストラなので在阪の他の3つのプロコンサートオーケストラに比べるとサイズが小さい。弦楽奏者が全くと言って良いほどビブラートを掛けないピリオド・アプローチによる演奏であったが、ザ・シンフォニーホールの音響をもってしても中編成でのピリオドだと音が弱い。ただ広上淳一とオーケストラ・アンサンブル金沢はザ・シンフォニーホールで「田園」交響曲をきちんと鳴らしていたから、演奏者側の問題も皆無ではないだろう。だが、次第に耳が慣れてくるので音の小ささは余り気にならなくなる。
太田弦は、大きめの総譜を見ながらノンタクトでの指揮。暗譜で振る曲は今日はなかったが、暗譜否定派かも知れない。両手を使って巧みにオーケストラを操る。
流れが良く、フォルムもカチッと決めているのに、今ひとつ手応えを感じないのは指揮者の若さ故だろうか。日本だから31歳でもベートーヴェンを振らせてくれるが、ヨーロッパではそうはいかないかも知れない。「40、50は洟垂れ小僧」の世界である。
いくつか聴いたことのないメロディーなどが聞こえてきたが、あるいはブライトコプフ新版を使っていたのかも知れない。大阪フィルの演奏だったら福山さんに気軽に尋ねることが出来るのだが、センチュリー響にはそうした人はいない。

 

 

武満徹の「波の盆」。民放のテレビドラマのための音楽として書かれ、後に演奏会用に編み直されている。チェレスタとシンセサイザーが入るのが特徴。チェレスタ:橋本礼奈、シンセサイザー:新井正美(女性)
センチュリー響の特徴である、編成が小さいが故に効く音のエッジが印象的。メロディーを美しく歌い上げる。武満は響きの作曲家であるが、今日取り上げる「波の盆」と「系図」はいずれも美しいメロディーを特徴とする。

 

 

武満徹の「系図 -若い人のための音楽詩-」。武満晩年の作品であり、映画用に書くはずだった音楽を語り付きの管弦楽曲にまとめたもので、チャーミングなメロディーと武満ならではの響き、谷川俊太郎のテキストが相まって、武満の次なる方向性を示すはずだったのかも知れないが、幼い頃から病弱だった武満は長生き出来ず、初演の翌年の1996年に他界した。

 

初演は、レナード・スラットキン指揮ニューヨーク・フィルハーモニックによって、1995年4月に行われたが、谷川俊太郎の詩集『はだか』から取られた「おかあさん」のテキストが、「ネグレクトで、相応しくない」と指摘され、危うく初演が流れるところだった。

 

日本でも同年に、岩城宏之指揮NHK交響楽団により、映像作品と実演で初演された。語りを務めたのは、先頃若くして亡くなった遠野なぎこ(当時:遠野凪子)である。
子役として本名でデビューした遠野なぎこであるが、毒親育ちであり、親は子役をやらせることで儲けようとしていた。遠野凪子の芸名で活躍するようになってからもDVやネグレクトなどがあったようである。彼女がテキストをどんな気持ちで読んでいたのかは分からないが、プロに徹して朗読していたような気がする。
遠野なぎこは、シャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団の定期演奏でも、テキストを暗記して語り手を務め、小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラとの録音でも語りを行ったが、小澤盤での語りはナチュラルさが失われ、感情過多で良くない。なぜ悪くなったのかは分からないが、小澤の意向だろうか。

 

「系図 -若い人のための音楽詩-」を生で聴くのは3回目。日本語の朗読で聴くのは2回目である。どういうことかというと、初めて聴いたのは、東京オペラシティコンサートホール“タケミツ メモリアル”で聴いたケント・ナガノ指揮リヨン国立歌劇場管弦楽団の来日演奏会で、フランス人の少女によるフランス語の朗読だったのである。武満は語り手について、「15歳前後の少女が望ましい」としているが、この時の少女は15歳ほどだったと記憶している。フランス語は分からないので、音楽だけ聴いていた。
2度目は、横浜みなとみらいホールで行われた、沼尻竜典指揮日本フィルハーモニー交響楽団の横浜定期演奏会。語り手は当時18歳の蓮佛美沙子。座ってテキストを読みながらの朗読であった。今の蓮佛美沙子は名女優だが、18歳の頃は今ほどではなく、演奏が終わった後も少し照れくさそうにしていた。ただ女優といっても、コンサートホールで大勢の聴衆を前に朗読という機会はなかなか巡ってこないのだから貴重な体験だったはずである。なお、この演奏会の記録をWikipediaに書き込んだのは私である。

 

今回、朗読を務める寺田光は、2005年11月19日生まれ。現在、19歳、まもなく二十歳である。大阪府出身。テキストを読みながらの語りである。
ミュージカル女優としてデビュー後、映像にも進出。朗読劇にも参加したことがあるようだ。
アコーディオンのかとう かなこは指揮台右横のスピーカーのすぐ後ろに座って演奏する。ボタン式であるクロマチックアコーディオンを弾く機会が多い人だが、今回は多くの人が目にしたことのある鍵盤式のアコーディオンで演奏を行う。

 

寺田光のテキスト解釈は、私とはズレているところが何カ所かあったが、詩なので解釈が異なるのは当たり前であり、そういうものとして受け入れるしかない。谷川俊太郎の『はだか』は私もお気に入りの詩集で、自分で持っているほか、人にプレゼントしたこともある。

 

かとう かなこは腕利きとして知られるだけに、今回もノスタルジックなメロディーを温かな音で奏でていた。

 

今回は、岩城宏之の編曲による小管弦楽版での演奏である。日本センチュリー交響楽団は、フル編成ではないのでこの版が選ばれたのだろう。初演の指揮者である岩城宏之がなぜ編曲を行ったかというと、彼らは日本初のプロ室内管弦楽団であるオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の初代音楽監督をしており、OEKの編成ではそのままでは演奏出来ないので、編成を小さくしてもタケミツトーンが生きる編曲をする必要があったのだ。小管弦楽版での初演は、2002年11月20日に、岩城指揮のOEKによって行われた。
岩城は語り手として吉行和子を選んだことがあり、若杉弘も自分の奥さんを語り手にしたことがあるが、これは良くないと思う。「しらないあいだにわたしはおばあちゃんになっているのかしら きょうのこともわすれて」という部分があるため、高齢の人が読むとある症状を連想してしまう。テキストを俯瞰で読めると考えたのだと思われるが、ラストを考えるとやはりこれは若い人が語り手を務めるべき作品である。

 

太田弦指揮する日本センチュリー交響楽団、かとう かなこらによる演奏は、胸が苦しくなるほど美しく、背筋が寒くなるほどに麗しい。抜群の色彩感は武満ならではで、生前、武満と親しかった岩城も、単に編成を切り詰めるだけでなく、響きのポイントを押さえた編曲を行っているように思う。
音楽に国境はないが、日本人でなかったらここまでの美しさはやはり感じ取れなかっただろう。
とはいえ、世界にアピールできる武満作品の一つ、それが「系図 -若い人のための音楽詩-」である。この音楽を知る人は、きっと誰よりも「とおくへ」行ける。

 

拍手が鳴り止まなかったため、太田は総譜を閉じて、「これで終わりです」というパフォーマンスを見せた。

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別役実作詞・池辺晋一郎作曲「眠っちゃいけない子守歌」

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2025年10月26日 (日)

これまでに観た映画より(409) 東野圭吾原作「ある閉ざされた雪の山荘で」

2025年10月12日

J:COM STREAMで、日本映画「ある閉ざされた雪の山荘で」を観る。東野圭吾の同名小説の映画化。出演:重岡大毅(しげおか・だいき)、中条あやみ、岡山天音(おかやま・あまね)、西野七瀬、堀田真由(ほった・まゆ)、戸塚純貴(とづか・じゅんき)、森川葵、間宮祥太朗ほか。監督は、「GTO」(AKIRA版)の飯塚健。

タイトル通り「ある閉ざされた雪の山荘」が舞台、ではない。実際の舞台となるのは海に近い別荘地にある貸別荘である。東京から近い海のそばの貸別荘となると千葉か神奈川になると思うが、エンドロールで千葉県南房総市でロケが行われたことが確認出来る。
そこで、劇団水滸の役者達が最終オーディションに臨むことになる。劇団水滸は比較的大きな劇団であるが、毎回オーディション制で、劇団員が所属しているという訳ではないらしい。東郷という男が主宰者で演出家だが、声のみで別荘に姿を現すことはない。監視カメラの映像に表示されている日付から、現在が冬ではなく3月初旬であることが分かる。
オーディション制といっても毎回受かっている人もいて、今回は7人中6人が数回共演している仲間であり、前回公演もこの6人で行われた。三次オーディションで合格した久我和幸(くが・かずゆき。重岡大毅)が新参者だ。久我だけは現地での合流となる。

海から近い貸別荘は豪華な作り。久我、中西貴子(中条あやみ)、田所義雄(岡山天音)、元村由梨江(西野七瀬)、笠原温子(あつこ。堀田真由)、雨宮恭介(あまみや・きょうすけ。戸塚純貴)、本多雄一(間宮祥太朗)は、この貸別荘で最終オーディションを受けることになる。一番優れた者が次回作の主役となる探偵役に抜擢される。東郷は現れないが、カメラが何カ所か据え付けられていて、モニターで監視しているということらしい。
更に設定が加えられ、今いる場所は海の近くの貸別荘ではなく、雪に閉ざされた山荘で、外に出ることは出来ず、通信手段も何もないということになる。なぜこうしたことをするのかというと、この話の元ネタであるアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』の設定にしてみたかったからだと思われる。部屋には『そして誰もいなくなった』が人数分置いてある。アガサ・クリスティの時代にはそもそも通信手段自体が未発達だったが、今はいくらでもある。それを敢えて手放して行動することがオーディションになるようだ。「本当にオーディションになるのか?」という疑問は当然起こるが、疑問が起こってもストーリーが変わるわけではないので、それはそれとする。

連続殺人が起こるわけだが、当然ながら疑問に思うところは出てくる。最初の事件は、「この人物はこれが得意で、あるものを装着しながらこれを行う」こと知らないと事件を起こせない。これはかなり引っかかる点である。それ以外の事件については特にやり方に問題はない。

若い俳優ばかりが出てくる作品だが、今の若い俳優は私たちの時代と比べて演技が細やかでナチュラルである。私の家は映画館に行くのは年に1度で、それ以外はテレビドラマかテレビで放送されるカットと吹き替え付きの洋画、やはりカットありの邦画ぐらいしか演技している人を見る手段がなかった。一方、今の若い俳優はそれに加えてインターネットや配信サービスなどを利用して何時間でも演技をしている人を見ることが可能だ。その分、有利な環境にあるといえる。持って生まれた才能に関しては今も昔もどうしようもないわけだが。私も以前は、「才能はなくても稽古をすればある程度は伸びるはず」と思っていたが、全く伸びずに終わった俳優(彼のために上演10分の平易な戯曲を書き下ろしたが、それすら無理であった)を見ると持って生まれたものの大きさについて思いをはせたりする。

登場人物が全員役者ということで生まれたミステリー。テレビドラマの延長的な作りであるため、そこを嫌う人がいるかも知れないが、ひと味違ったものを観たいという人には向いているかも知れない。

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NHKスペシャル「シミュレーション昭和16年夏の敗戦前後編・ドラマ×ドキュメント」

2025年8月20日

NHK+で、NHKスペシャル「シミュレーション昭和16年夏の敗戦前後編・ドラマ×ドキュメント」を見る。ドキュメントの部分は比較的短く、ドラマが中心になる。ベースとなっているのは猪瀬直樹著の『昭和16年夏の敗戦』。
出演:池松壮亮、仲野太賀、岩田剛典、二階堂ふみ(語り兼)、北村有起哉、國村隼、佐藤隆太、三浦貴大、別所哲也、嶋田久作、中野英雄、松田龍平、奥田瑛二、江口洋介、佐藤浩市ほか、仲野太賀と中野英雄は親子共演となる。

連続テレビ小説「虎に翼」で、岡田将生演じる星航一の話に登場して話題になった総力戦研究所を描いたドラマである。星航一のモデルとされた三淵乾太郎は、実際に総力戦研究所で司法大臣として演習に当たっていた。
最初から日本が不利であることは大多数の人が気付いていた気がするが、それを覆すための研究所でもある。軍部としては「勝機はある」との言葉を待っていたのだと思われるが、結論としては、「開戦すべきでない」「日本はアメリカに何もかも劣る」であった。
しかし、時代の流れは止められず、日本は地獄を見ることになる。

永田町にあった総力戦研究所に集められたのは、身心知力ともに健康な、様々な分野から集った35人の男性。平均年齢は三十代である。いわば日本の最高水準の知力が集結したことになる。
池松壮亮演じる宇治田洋一は、東京帝国大学首席卒という設定だ。そのインテリ達が様々なデータなどを駆使してシミュレーションした結果は日本必敗であった。宇治田は日本の軍部高官が考えていることが「ごっこ遊び」に過ぎないと陸軍省の高官である西村(江口洋介)に考えを吐露するが、現地に赴くことの絶対にない軍の高官達にとっては、戦争はごっこ遊びと感覚的に似通っていることは確かだと思われる。私は村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』を大学の卒業論文で取り上げた際に同様の内容を記している。
だが、油田の獲得を目的とした南部仏印侵攻は続いており、「船の数が不足している」としても戦いを続けるしかない。
すでにABCD包囲網により、資源が不足していたが、オランダに次いでアメリカも石油禁輸。これにより、日本国内には全国民が使うための石油が2年しかもたないことが判明する。
頭脳明晰な壮年の男達は、太平洋戦争が辿る経緯をかなり正確に見抜いていた。集合知の力である。しかし結論を軍部に聞き入れられることはなかった。

東条英機は、開戦を避けようとするも、もはや自分の力ではどうにもならないと呻吟する人物として描かれる。ハゲヅラをかぶり、一目では誰だか分からない風貌になった佐藤浩市が熱演している。

仲野太賀と岩田剛典は、「虎に翼」のオマージュとしての抜擢かも知れない。岩田剛典は、海軍でありながら、「開戦に反対」という立場を取るが、長州閥のある陸軍では開戦派、薩摩閥のある海軍では、「負ける戦いはするべきではない」との慎重派が多かったとされる。ただ、実のところ藩閥が1941年時点でどれだけ働いていたのかはよく分からない。
その陸軍のトップに立ったのが盛岡藩士の家系である東条英機である。同じく陸軍の軍人であった東条英機の父親は、藩閥によって出世出来なかったが、東条英機は藩閥を超えている。彼が「戊辰の仇」である長州に対してどんな思いを抱いていたのかは不明である。

近衛文麿を演じる北村有起哉は、出番は余り多くないが、見た目が近衛文麿そっくりになっており、笑ってしまうくらいの良い出来である。
摂関家筆頭の近衛家から出た近衛文麿。お公家さん出身だからか、京都帝国大学卒のインテリながら、ちょっと不思議な人だったらしい。
摂関家出身でも駄目なら宮家からということで、東久邇宮稔彦が近衛の次の首相として推されるが、昭和天皇(松田龍平)は首を縦に振らず、東条英機が首相になる。
東久邇宮稔彦は、戦後処理のためだけの内閣総理大臣として、短期間政務に就いた。首相在任期間は、羽田孜に抜かれるまで明治以降最短であった。

佐藤隆太とは、もう大分前になったが、舞台上でハグや握手をしたことがある。そういう人がテレビに出ていると不思議な気がする。

京都でもロケが行われており、龍谷大学本館や京都府京都文化博物館別館(旧・日本銀行京都支店)などが使われていた。

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2025年10月24日 (金)

コンサートの記(927) ジャン=エフラム・バヴゼ ピアノ・リサイタル「モーリス・ラヴェル生誕150年記念 ピアノ独奏曲全曲演奏会」@京都

2025年10月9日 京都コンサートホール アンサンブルホールムラタにて

午後6時から、京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ(通称:ムラタホール。ムラタは長岡京市の村田製作所ではなく京都市のムラテックこと村田機械のことである)で、ジャン=エフラム・バヴゼ ピアノ・リサイタル モーリス・ラヴェル生誕150年記念 ピアノ独奏曲全曲演奏会を聴く。文字通り、ラヴェルが作曲したピアノ独奏曲を一晩で演奏してしまおうという試み。上演時間は、アンコールと2度の休憩を含んで約3時間である。
3時間というのはピアノ・リサイタルとしては長いので、ラヴェルのファンしか集まらない。だが、まずまずの入りである。
ラヴェルのピアノ独奏曲全曲演奏会はもう一つ京都コンサートホールで行われていて、京都在住のロシア人ピアニストであるイリーナ・メジューエワが2回に分けてムラタホールで行う。2回に分けた方が聴きやすいので、メジューエワの方が人気が高いかも知れないが、バヴゼは本場フランス人ピアニストということでこちらを選ぶ人も多いはずである。おそらく両方に行くラヴェル好きも少なくはないはずである。

ジャン=エフラム・バヴゼは、パリ音楽院でピエール・サンカンに師事。1995年にサー・ゲオルグ・ショルティ指揮パリ管弦楽団の演奏会でデビュー。「ショルティが見出した最後の逸材」とも呼ばれた。ただ個人的には母国であるフランスのピアノ音楽に目覚めるのは遅く、三十代半ばになってからだそうだ。フランス人ピアニストだからフランス音楽を愛さなければならないなどいう法も規則もないので、それはそれで良いだろう。日本人だけれど、洋楽の方が好きという人も多いのだから。
ただ、バヴゼはラヴェルの音楽だけは若い頃から弾いており、共感を抱いてきたそうだ。

 

モーリス・ラヴェルは、ドビュッシーと同じ印象派に分類される作曲家だが、曲調はドビュッシーとは大きく異なり、響き重視のドビュッシーに対して、ラヴェルはメロディーラインも明確であり、初心者にはドビュッシーよりも取っつきやすい作風である。

 

曲目は、「グロテスクなセレナード」、「古風なメヌエット」、「亡き王女のためのパヴァーヌ」、「水の戯れ」、ソナチネ、「鏡」、「ハイドンの名によるメヌエット」、「高雅で感傷的なワルツ」、「夜のガスパール」、「ボロディン風に」、「シャブリエ風に」、前奏曲(プレリュード)、「クープランの墓」

以前は、演奏家といえば、ドイツ人かフランス人。加えるにロシア人とイタリア人。イギリス人は古楽という感じだったのだが、ドイツとフランスは音楽大国からすでに脱落。めぼしい指揮者は一人ずつしかいないという状態で、器楽奏者も数が限られる。祖国の音楽を演奏や録音するアーティストが多いため、その国の音楽の知名度や人気が上がったが、ドイツもフランスも現状では苦しい。指揮者大国となったフィンランドは、出身指揮者が必ずシベリウスを演奏するため、「シベリウス交響曲全集」リリースラッシュが何年も続いている。アメリカ出身の指揮者も増えたので、アイヴスやレナード・バーンスタイン作品を耳にする機会が増えた。日本出身の演奏家も健闘しており、武満作品などは着実に演奏回数を増やしている。

そんな下り坂ともいえるフランスピアノ界であるが、フランス人ピアニストには他の国にはない特徴がいくつかある。どちらかといえば即物的な解釈、強く硬めのタッチ、ダイナミックレンジの広さなどで、いずれもエスプリ・ゴーロワに通じるものがある。
エスプリというと、典雅なエスプリ・クルトワがイメージされるが、もう一つエスプリ・ゴーロワがあり、野卑で力強く、豪放磊落というものである。フランス人トランペッターは力強く吹くので優れた奏者が多いと言われるのもエスプリ・ゴーロワによるものだろう。作曲に関してはエスプリ・クルトワ重視だが、演奏になるとエスプリ・ゴーロワが出てくるのが面白い。
ということで我々が思い浮かべる理想のフランス音楽の演奏はフランス人演奏家によるものでない場合が多い。フランス音楽演奏のスペシャリストであったエルネスト・アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団、シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団などいずれもフランス語圏ではあるがフランスの指揮者とオーケストラのコンビではない。彼らはエスプリ・ゴーロワの要素を巧みに薄めているため(あるいはフランス人ではないのでエスプリ・ゴーロワを身につけなくても良いため)、一般的にフランス的と思われる演奏が可能だったのだと思われる。サティのスペシャリストといわれたアルド・チッコリーニは甘美なカンタービレが特徴だが、チッコリーニはイタリアからフランスに帰化したピアニストで、カンタービレはイタリアの血が生んだものだ。純粋なフランス人ピアニストによるサティ演奏は案外素っ気ない。

と、長々書いたが、バヴゼのピアノもフランスの正統派で、これまでに書いた要素を全て含むが、日本人好みのラヴェル演奏家かというと人によるとしか書きようがない。

日本でも人気の「亡き王女のためのパヴァーヌ」も日本人ピアニストによるものよりも突き放した解釈で構造重視という印象を受ける。

「水の戯れ」は圧倒的なピアニズムが発揮され、水が鍵盤から溢れる様が見えるような演奏。5月に聴いたアルゲリッチの演奏を連想させる。

「鏡」はテクニック勝負。基本的にダンパーペダルは踏んだままで、音を濁らせたくない時だけ踏み換える。
オーケストラ曲としても親しまれている第4曲の“道化師の朝の歌”は白熱した演奏で、曲が終わった後に拍手が起こりそうになったが、バヴゼは右手の人差し指を立てて、「まだ1曲あるよ」と示し、笑いを誘っていた。第2部第3部ともに当初の曲目順から変更があるが、第2部は確かに「夜のガスパール」で終わった方がいいだろう。
「夜のガスパール」はオカルトな内容で、エドガー・アラン・ポーやモーパッサンなどが好きな人にお薦めの曲である。また筒井康隆がこの曲にインスパイアされた『朝のガスパール』を書いている。
超絶技巧が必要とされる曲だが、バヴゼは余裕を持って弾きこなしているように見える。

「ボロディン風に」はパストラル的、「シャブリエ風に」はワルツであるが、個人的には「亡き王女のためのパヴァーヌ」にも似たパストラルの方がシャブリエ的であるような気がする。

前奏曲は、初見で弾くための審査用に作曲された作品。技巧的には平易で、私も何度か弾いたことがあるが(初見では無理だった)、私が弾くときに「繊細に滑らかに詩的に」と心がけたものとは明らかに異なる、一音一音を大きな音で弾く「小さいが巨大な曲」として再現したのが面白かった。プロと比べるのも無粋だが、同じ音符を見て弾いているのにここまで違うとは。

ラストは「クープランの墓」。これもオーケストラ版で有名である。バヴゼのピアノからは、オーケストラ版からは聞こえない一種の切なさのようなものを感じた。フランス映画のラストによくあるあの切なさに似たもの。
音の透明度は高く、巨大な「クープランの墓」であった。

 

アンコール演奏は、「ラ・ヴァルス」ピアノ独奏版。低音から始まり、典雅なワルツが聞こえ始める。そして舞踏会は盛り上がるのだが……。
ラヴェルの曲は、「最後にとんでもないことが起こる」ものが多いが、「ラ・ヴァルス」もその1曲である。貴族階級の終わりを描いたのかも知れないが、こういうラストにした意図は不明である。

 

全てのプログラムが終わり、複数名がスタンディグオベーションを行うなど客席は沸き、バヴゼも満足そうな笑みを浮かべていた。

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2025年10月21日 (火)

これまでに観た映画より(408) ドキュメンタリー映画「Voices from GAZA ガザからの声 Episode:1 アハマドの物語」

2025年10月8日 烏丸御池のアップリンク京都にて

烏丸御池、新風館の地下にあるアップリンク京都で、ドキュメンタリー映画「Voices from GAZA ガザからの声 Episode:1 アハマドの物語」を観る。2025年5月21日に、ガザ市のガザ・イスラーム大学避難民キャンプ周辺で撮影された映像。制作資金はアップリンクが出し、撮影や編集はガザのアレフ・マルチメディアが担当している。監督はムハンマド・サウワーフ。

ガザ・イスラーム大学避難民キャンプとあるが、映像に大学のキャンパスらしきものは映らない。ガザ・イスラーム大学は、ハマス党首の母校であるため、2023年に空襲を受けている、おそらく憎き敵が出た大学だけに徹底的に破却され、跡地が避難民キャンプになっているのだと推測される。
周辺であるが、立派なビルが残っている一方で、ひしゃげた建物も多く、「半分破壊された」と語られる建物などもある。
避難民キャンプ住民の多くは、イスラエルのガザ地区北部攻撃宣言を受けて一度は南部に逃れたが、停戦状態となったのでガザ市に戻ってきているようだ。
主人公であるアハマドは、双子の兄弟の一人として育ち、共に7歳から体操を始めてガザ・サーカスに入り、バック転などのアクロバット技を得意としていた。アハマドにとって同じ日に生まれた兄弟のムハンマドはかけがえのない存在だった。
しかし、今年の3月。イスラエルが再びガザを攻撃すると宣言。アハマドの一家は逃げる用意をして、自転車に乗ったが、ムハンマドや叔父などはミサイルの直撃を受けて死亡。アハマドも両足と右手の指4本を失った。

今はまた停戦状態だが、上空をイスラエル軍のドローンが飛んでおり、蝿のような耳障りな音に、アハマドの母親は「夜も寝られない」と嘆いている。なお、アハマドの母親は、ドナルド・トランプ米国大統領の「ガザから原住民を一掃する」という宣言に、「家も建てたばかりだし」と反発している。アハマドは一時は亡命も考えたがトランプの発言により逆に反骨心をくすぐられたようで、ガザに残る気になった。いずれ義足が手に入ったらまた体操を始めるつもりだというアハマド。そして、義足で技が出来たら今度は義足なしで挑みたいと夢を語る。彼らは避難民だが、人生を諦めたわけではない。それどころか希望に燃えている。アハマドの弟であるクサイも連続バック転が得意で、いずれは兄と一緒に演技したいと思っているのだろう。
アハマドは車椅子に乗って外出。ガザの人々もiPhoneを使っていたり、アイスクリームを食べたりと、凪の時間をそれなりに楽しんでいるようである。

 

今日は私の他に観客はもう一人いるだけ。18時50分上映開始という観やすい時間だっただけに惜しまれる。

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2025年10月19日 (日)

コンサートの記(926) トーマス・ダウスゴー指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第591回定期演奏会

2025年9月26日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第591回定期演奏会を聴く。指揮はデンマーク出身のトーマス・ダウスゴー。ということで、全曲、デンマークの国民的作曲家であるカール・ニールセンの作品が並ぶことになった。

デンマーク出身者としては最も有名な指揮者だと思われるトーマス・ダウスゴー。今世紀初頭に、スウェーデン室内管弦楽団を指揮してピリオド・アプローチによる「ベートーヴェン交響曲全集」を制作。「(当時はまだ)若い指揮者がピリオドでベートーヴェンに挑んでいる」と世界中で話題になった。先行するピリオドによる「ベートーヴェン交響曲全集」としては、サー・サイモン・ラトル指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のものと、バロックティンパニを採用するなど少しだけピリオドを取り入れたニコラウス・アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団のものなどがあるだけ。最も早い時期のサー・チャールズ・マッケラス指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団の全集は評判は高かったが、おそらく失敗作。マッケラスはその後、スコットランド室内管弦楽団と、第九のみを受け持つフィルハーモニア管弦楽団の2楽団を指揮して全集をリリース。トップクラスの出来となった。今でも定評のあるサー・ロジャー・ノリントン指揮SWR交響楽団盤やパーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンの全集が出たのは、ダウスゴーより後だったはずである。

ダウスゴーは、1988年にシュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭にてレナード・バーンスタインのマスタークラスを受講(バーンスタインはこの2年後に亡くなる。まさに最晩年)。1990年には岩城宏之に師事し、1993年から95年まで、小澤征爾の指名でボストン交響楽団のアシスタントコンダクターを務めている。その後、欧米でキャリアを築き、スウェーデン室内管弦楽団首席指揮者、オランダ国立交響楽団首席指揮者、トスカーナ管弦楽団名誉指揮者、BBCスコティッシュ交響楽団首席指揮者、シアトル交響楽団音楽監督などを歴任し、ほとんどの楽団から名誉称号を得ている。
2019年には、BBC Proms JAPANに参加。ザ・シンフォニーホールでBBCスコティッシュ交響楽団を指揮している。ラストを飾るエルガーの「威風堂々」第1番の中間部の旋律に歌詞が付けられたものは「英国第2の国歌」として知られており、皆で歌うべくプログラムに英語詞のカードが挟まれていた。私もこの演奏会を聴きに来ていたので、多くの聴衆と共に歌ったが、イギリス人でも何でもないのに異様なほどの興奮を覚え、音楽の力、そして恐ろしさを実感した。

さて、ピリオド・アプローチによるベートーヴェンの交響曲演奏で世に出たダウスゴーだが、経歴を見てもピリオド・アプローチに関係がありそうな指揮者は存在しない。どころかピリオドから遠い人達ばかりだ。古楽の知識と演奏法をどこで身につけたのだろうか。

フェスティバルホールのホワイエで行われるプレトークサロンで、大阪フィルハーモニー交響楽団事務局長の福山修氏と聴衆の人々とのやり取りが終わった後で一人、福山さんに伺ってみたのだが、「よく分からない」ということで、「調べておきます」と仰っていた。ちなみに私はプレトークサロンでは滅多に手を挙げない。以前、定期演奏会の会場がザ・シンフォニーホールだった大植時代に、「トーンクラスター奏法」の説明をお願いしたところ、福山さんは上手く説明出来ず、しかも福山さんが私の顔を見て話すので、私もただの客なのに何故か福山さんと二人で解説を行うという訳の分からない展開になったため、懲りたのである。
今日の聴衆は、ニールセンやクラリネットソリストのダニエル・オッテンザマーに関する質問が多かったが、仮に私が「ダウスゴーさんはスウェーデン室内管弦楽団とのピリオド・アプローチによる『ベートーヴェン交響曲全集』を出して、名を挙げた訳ですが、師に当たる指揮者にピリオド・アプローチに強い人が見当たらなくてですね」なんて言ったら、周りから「こいつ、なに意味の分からないこと言ってんだ?」と思われるのがオチである。

ダウスゴーのオフィシャルホームページを読んだところ、ピリオドの知識がありそうな人物が2人見つかる。一人は、ロンドンの王立音楽大学(Collegeの方)で指揮を師事したノーマン・デル・マー。もう一人は、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭で、バーンスタインと共にマスタークラスを開いていたフランコ・フェラーラである。ダウスゴーはフェラーラのマスタークラスも受講している。デル・マーもフェラーラも指揮者にして音楽学者である。
ノーマン・デル・マーの息子は、ピリオドでよく使われるベートーヴェンのベーレンライター版交響曲全集総譜の校訂を行った音楽学者のジョナサン・デル・マーである。
フランコ・フェラーラの弟子には、古楽器オーケストラの指揮を得意とするブルーノ・ヴァイルがいる。
ノーマン・デル・マーやフランコ・フェラーラが直接、ダウスゴーにピリオドを教えたとする情報は見つからなかったが、この2人の周辺には古楽関係者が多いので、2人に直接教わらなくても2人の知り合いの古楽関係者から教わった線も考えられる。

 

曲目は、序曲「ヘリオス」、クラリネット協奏曲(クラリネット独奏:ダニエル・オッテンザマー)、交響曲第4番「不滅」

ニールセンは、1980年代後半に、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団の演奏による交響曲全集がDECCAから発売され、ベストセラーとなったことで世界的な有名作曲家の仲間入りをした。ブロムシュテット盤は今もパーヴォ・ヤルヴィ盤と並び、優れた「ニールセン交響曲全集」の筆頭に挙げられる。ただ、当時は交響曲第4番「不滅」の2台のティンパニが強打を行う最終部のおどろおどろしいまでの迫力が話題となっており、真の音楽性が評価されるのはこれからなのかも知れない。

ニールセンはシベリウスと同い年であるが、現在のフィンランドは指揮者大国で、次から次へと有望株が登場。ほぼ全員が「シベリウス交響曲全集」をレコーディングするため、シベリウスがより身近な存在になりつつあるが、デンマークは指揮者不足であるため、ニールセン作品の録音は他国のニールセンの音楽に共感した音楽家に任せるしかない。

 

今日のコンサートマスターは崔文洙。ドイツ式の現代配置での演奏である。

 

序曲「ヘリオス」。ダウスゴーはこの曲と「不滅」は譜面台を置かず、暗譜で指揮した。全編ノンタクトでの指揮である。
昨日はさりげなく陰を宿した音が特徴の大邱市立交響楽団の演奏を聴いたが、大フィルの輝きと透明度の高い音を聴くとやはり落ち着く。優劣というよりも、いつものベッドで脚を伸ばした時の開放感や、愛用のパソコンで文章を打っているときの充実感などに似た、何年にも渡って触れてきたものへの愛着である。
曲は、弦楽、特に第2ヴァイオリンが奏でる日の出の描写に始まり、コントラバス1台が同じ音を伸ばし続ける日没までを描いたものである。
コントラバスによるラストは長く長く引き延ばされ、集中していないといつ曲が終わったのか分からない。おそらく、録音ではコントラバスの音の最後の方はマイクに入らないのではないかと思う。

 

クラリネット協奏曲。クラリネット独奏のダニエル・オッテンザマーは、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の首席クラリネット奏者である。更に現在は、大阪フィルハーモニー交響楽団のアーティスト・イン・レジデンスとなっており、主に住友生命いずみホールで、自分が主役となる演奏会を大フィルと行う。
プレトークサロンで、福山さんは、オッテンザマーがニールセンのクラリネット協奏曲をウィーン・フィルと録音することを決めた時に同僚から、「こんな難しい曲選ぶなよ。俺ら毎日オペラで忙しいんだから(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は母体となるウィーン国立歌劇場管弦楽団のメンバーからなる自主運営のコンサートオーケストラで、普段は楽団員は歌劇場でオペラの演奏をしており、オペラがオフになる期間など空いた時期にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団としての定期演奏会や特別演奏会、海外ツアーなどを行っている。そのため定期演奏会の回数が極端に少なく、真偽不明だが「定期会員になるのに20年待ち」という話はよく聞かれる)、モーツァルトとか簡単なのにしとけよ」と言われたそうである。そして実際、ニールセンのクラリネット協奏曲は超高難度。録音のための最初のセッションはズタズタのボロボロだったそうで、天下のウィーン・フィルをもってしても初見では歯が立たなかったそうだ。最終的には名盤と言われるだけの水準に達したが。
大阪フィルはきっちりとリハーサルを重ねたのでアンサンブルは整っている。
オッテンザマーであるが、様々な姿勢で演奏する。指揮台の左脇に立ち、左足を一歩踏み出したり、ベルアップを行ったり、中腰になったり。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの方を向いて、何かサインを送っているような場面もある。難曲なので、ステージ下手側の楽器は、ダウスゴーがある程度オッテンザマーに任せることもあるのだろう。ダウスゴーが上手側を向いて指揮することが多いのもそれと関係あるのかも知れない。
ニールセンが書いたクラリネットの独奏であるが、とにかく音が細かいのが特徴。指の回転を極端に速くする必要があり、これは選ばれたクラリネット奏者しか吹けない音楽だと思う。
伴奏には小太鼓が入るのだが、軍楽隊が鳴らす音のようで不吉であった。作曲されたのは、1928年。日本の年号では昭和3年である。前年にブロムシュテットが生まれ、この年にエフゲニー・スヴェトラーノフが誕生している。
満州事変が起こるのが1931年、ヒトラー率いるナチスが政権を取るのが1933年。スターリンはソ連の最高指導者になる直前まで来ている。まだ大戦にまでは発展していないが、きな臭い匂いのする時代である。

 

オッテンザマーのアンコール前奏。まずガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」冒頭のように伸びやかな音階移動とグリッサンド。その後、超弱音による演奏が続く。それから天井を見上げて高らかに吹くなど様々な音楽が続いた。
曲名であるが、掲示はなく、福山さんによると実は即興演奏だったそうで、タイトルも当然ながらない(無理矢理付けても良いと思うけれど)。

 

交響曲第4番「不滅」。ニールセン最大のヒット曲である。原題は「消しがたきもの」といったような意味である。

余談だが、2016年の大河ドラマ「真田丸」は、毎回、漢字2文字のタイトルが付いていたが、最終回は「視聴者に任せる」として付けなかった。私は「不滅」を選び、ブログ「鴨東記」にパーヴォ・ヤルヴィ指揮の「不滅」交響曲の映像を載せた。死後400年以上が経っているのに、若い女の子から「真田幸村(真田信繁)格好いい!」などと言って貰えてグッズも売れるのだから、これが「不滅」でなくてなんなのだろう。
ただ、三谷さんは、真田信之(大泉洋が演じた)が舵を取る信州真田家が、ちょっとしたことですぐに転封や改易になる江戸時代の荒波を乗り切る過程こそが本当の「真田丸」と考えていたような気がする。ラストのセリフが信之の「参るぞ」なのが暗示的である。

「真田丸」の話が長くなってしまったが、この曲は、ステージの両サイド、端の方に1台ずつティンパニが置かれて演奏されることが多いが、福山さんによるとニールセンの指示は「1台のティンパニはなるべく客席に近いところに設置する」とあるだけで、ティンパニが両端に並ぶのは、「おそらく演奏しやすいから」だそうなのだが、今回はニールセンの指示通り、客席に近い場所としてステージ上手端、ヴィオラ奏者達の後ろにティンパニを置き、もう1台のティンパニは通常通り指揮者の正面の奥に設置される。
実に格好いい曲なのであるが、この曲を作曲した時期のニールセンはプライベートで悩みを抱えており、更に第1次世界大戦も勃発と暗い世相の中で作曲を進めていた。ダウスゴーは、「トラジェディー(悲劇)&トラジェディー」とこの曲の内容を見たようである。4楽章形式ではなく4部形式で、続けて演奏されるが、実質的には一般的な交響曲と余り変わらない。
大フィルは弦も管も威力がある上に輝かしく、ダウスゴーの巧みな指揮捌きもあって、優れた演奏となる。第4部の2台のティンパニのやり取りも威力があるが、フェスティバルホールは全体的な音響が良いので、上手端に据えられたティンパニの方が音が大きいということもなかった。ニールセンが何を望んでいたのか、今となっては分からないが、客席に近い方が味方の響き、遠い方が敵方の響きと取ると「1台のティンパニはなるべく席席に近いところに」とした意味は分かる。ただ単純すぎる。子どもの考えではないので、他に意味があるはずだが、現時点では意図不明である。
なお、初演時のプログラムに載った文章(ニールセンの筆ではないそうだ)によると、「不滅」なるものは音楽とその効用であるとしか取れないないのだが、自分の作曲した作品に「不滅」「消しがたきもの」と付けるだろうか(タイトルは作曲者自身によるもの)。
音楽は生まれた瞬間に消える芸術である。ただエネルギー保存の法則に寄るなら、世界はこれまでの歴史上で演奏された全ての音楽で溢れているということになる。壮大すぎるが。

 

今年度の大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏の中でも上位に入る出来。終演後、客席は大いに沸いた。大袈裟に書くと、ニールセンの音楽が受容されつつある過程に立ち合ったということになる。

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2025年10月18日 (土)

観劇感想精選(497) 佐藤隆太主演「明日を落としても」

2025年10月13日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールにて観劇

午後1時から、西宮北口の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで、阪神・淡路大震災30年/兵庫県立芸術文化センター開館20周年記念公演「明日を落としても」を観る。
「明日」は「あす」と読むようだ。複数の読み方のある字をタイトルにする場合は振り仮名を付けないといけない。
東京でも公演が行われるが、阪神・淡路大震災を描いた作品だけに、阪神・淡路大震災復興10年を記念してオープンした兵庫県立芸術文化センターで行われる公演の方がより観客に届く公演となる。作:ピンク地底人3号、演出:栗山民也。ピンク地底人3号は、京都で活躍している演劇人で、小説にも進出しているが、私は作品を観たことも読んだこともない。そもそもピンク地底人3号なんてペンネームを自分に付ける人の作品を観たいかどうかという話である。今回の戯曲であるが、演出家の方がずっと大変な内容になっている。

主演:佐藤隆太。出演:牧島輝(まきしま・ひかる)、川島海荷(かわしま・うみか)、酒向芳(さこう・よし)、尾上寛之(おのうえ・ひろゆき)、春海四方(はるみ・しほう)、田畑智子、富田靖子。他の俳優は入退場があるが、佐藤隆太は出ずっぱりであり、セリフの量も多い。

2025年1月17日の神戸と、1995年1月17日に至るまでの神戸の両方が舞台であり、神戸の旅館が主舞台であるが、たまに学校のボクシング部の部室のシーンや、布引の滝のシーンなどに移る。二つの時間は予告なしに飛ぶ。

2025年1月17日の時点では、桐野雄介(佐藤隆太)は布引の滝の近くにある老舗旅館の社長をしており、姪の遙(川島海荷)が若女将として頑張っている。遙は1995年、震災直前の生まれである。
一方、1995年においては、旅館の社長は雄介の兄の健介(尾上寛之)で女将はその妻の京子(田畑智子)。雄介は実家の手伝いという身分だ。他に従業員の緑川拓次(春海四方)がいる。
1994年もしくは1995年初頭。夜間定時制高校に通う神崎ひかる(牧島輝)がこの旅館に住み込みで働くことになる。仕事をしながら高校での勉強も行っているが、これまで仕事はどこに行っても長続きした例しがない。学生ではあるが、中卒で就業する必要があるため、3K仕事ばかりということもある。隣で働いていたおじさんの手首から先が切断されて飛んできたこともあるという。すぐに辞めた。性格的には喧嘩っ早く、野球部もサッカー部も暴力沙汰を起こして退部している。そんなひかるに雄介はボクシングを教えようとする。かつて自身も定時制高校に通っていた頃に見ていた夢(腱の損傷で断念)をひかるに託すのだ。旅館にはサンドバッグが下がっているコーナーがある。

1995年の場面では生きていた多くの人が、2025年の場面ではすでに亡くなり、幽霊となって現れる。幽霊は命日の近辺にだけ姿を現せる決まりのようだ。
最初に存在が幽霊だと分かるのはひかるである。遙が、雄介とひかるが二人で並んでいるところに話しかけるのだが、答えるのは雄介だけで、ひかるの存在は目に入らないかのよう。「よう」というより幽霊なので実際に見えていないのだろう。
もう一カ所、雄介とひかるが並んだ時に話し合いになる場面があるのだが、やはり雄介しか相手にせず、ひかるが階段を上っていっても誰もそちらを見ない。見えないのである。
2025年の時点で生存が確かなのは、雄介と遙と泊まり客の丈一(酒向芳)だけである。
健介は震災を生き延びたが、妻の京子を喪ったショックで酒浸りとなり、肝臓を壊して入院。つい最近、亡くなっている。命日を1月17日に合わせて皆と会えるようにしたと、霊になった健介は語る。

ひかるが幽霊であることを、観客全員に早めに悟られてはならない。かといって気付く人もそれなりにいないといけない。ということで演出には細心の工夫が必要となる。ひかるがいるのに誰も話しかけないのを不自然と受け取られないようにするためには、ひかるも少し動いたり話に興味があるように見せかける必要がある。今回は上手くいったように思う。
雄介は、ひかるの母である神崎真美(富田靖子)に惹かれる。卸売市場の食堂で働いている真美。シングルマザーではあるが、美人なので引く手あまたであることは息子のひかるも認めている。
真美に関してだが、やはり震災で亡くなった可能性も高い。ひかるはいつもは旅館で住み込みで働いているが、その日はボクシングの試合があったため、実家に帰って真美と二人で過ごしたはずである。ひかるが亡くなったのなら真美もと考えるのが普通であるように思う。真美に恋心を抱いていた雄介は、インターネットが十分に普及していなかった時代なので、真美と交換日記を行う。内容を語る音声は録音で流れるが、真美を演じる富田靖子は途中でさっと去り、ラストは佐藤隆太が、肉声で雄介の日記を読み上げる。真美への思い。雄介は50歳になる今も独身であるが、真美のことが忘れられないからだと思われる。
ただここは保留とする。

あの日、私は千葉にいて、神戸の惨状をテレビで観ていたが、今日の客席には実際に被災された方、親族や友人を亡くした方も多いはずで、あちらこちらからすすり泣きが聞こえてきた。

 

佐藤隆太のぶれない演技が印象的。今や数少ない男臭い俳優として、今後も活躍していきそうだ。「風のマジム」にも出演していた富田靖子は最初のうちは鼻声で、「風邪かな?」と思ったが、その後持ち直し、「可愛い大人」の魅力を振りまいていた。「可愛い大人」では田畑智子も負けていない。鳥居本のお嬢さんだけに着物もよく似合う。友人が田畑智子と知り合いで、ツーショットの写真を見せて貰ったことがあるが、びっくりするほど体が細く、「女優さんは違うなあ」と思ったものである。

遙が幼い頃に抱かれている女性が誰なのかという話であるが、母の京子は震災で亡くなったので違うそうである。遙は、「幽霊?」というが、遙に幽霊を見る能力がないことはすでに分かっている。幽霊を見ることが出来るのは雄介だけで、だから出ずっぱりとなる。
女性登場人物が限られているので、京子以外なら真美ということになる。京子とは幼馴染み、雄介とはおそらく恋仲で、赤ん坊を抱ける関係でもある。ただ息子を亡くしてすぐに気になる相手の姪を抱けるかというと、余程心の芯が強い人でないと無理な気がする。遙を希望と見ない限り。
一方で、酒に溺れる健介が遙を育てられるとも思えない。実際に雄介が遙の面倒を見て育てた話はしており、遙は雄介に対して父親のように接する。もし真美が震災で死ななかった場合、遙の母親代わりになった可能性はある。真美は今は亡くなっているとは思うが(でないなら雄介と結婚しているから)、ある時期までは生きていたのだろう。震災で亡くなった人が命日だというので出てくるのに、真美は現れないため(布引の滝の真美はおそらく幽霊ではない)、命日も異なるのだと思われる。仄かな思いを抱き合った男女がいたとしたならそれもそれで良い。

我々残された者が、去った人々に出来るのは、忘れないこと思うこと、そして語ること以外にないと思われる。特定の宗派なら「極楽往生」など様々な考え方が出来るが、今の日本人の多くが無宗教であるため、考えを押しつけることは出来ない。

 

カーテンコール。富田靖子が下手袖から勢いよく出て佐藤隆太にぶつかりそうになり、二人で顔を見合わせて苦笑いしていた。

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2025年10月16日 (木)

これまでに観た映画より(407) 原作:小泉八雲、監督:小林正樹、音楽音響:武満徹 映画「怪談」

2025年10月14日

Amazon Prime Videoで、日本映画「怪談」を観る。小泉八雲ことラフカディオ・ハーンがまとめた著書の中から、「黒髪」「雪女」「耳無芳一の話」「茶碗の中」を選び、オムニバス映画としているが、4つの作品に共通するものは特にない。

2007年にも私は観ていて、記録を残しているが、大したことは書いていない。

原作:小泉八雲。監督:小林正樹。脚本:水木洋子。音楽音響:武満徹。出演:新珠三千代(なんとIMEで変換されず)、渡辺美佐子、三國連太郎ほか(以上「黒髪」)、仲代達矢、岸惠子、望月優子、浜村純ほか(以上「雪女」)、中村賀津雄、志村喬、丹波哲郎、田中邦衛、林与一、北村和夫ほか(以上「耳無芳一の話」)、中村翫右衛門、滝沢修、杉村春子、中村鴈治郎、仲谷昇、佐藤慶、奈良岡朋子、神山繁(こうやま・しげる)、天本英世ほか(以上「茶碗の中」)。

かなり豪華な面子である。新珠三千代、岸惠子(彼女が出ている「雪女」の舞台は雪国ではなく、意外にも現在の東京都調布市である)などは、今の時代でも美人女優として通用しそうである。ただ歳月が流れたと言うこともあり、かつての大女優もIMEでは一発変換出来なくなった。

耽美的な演出が特徴。日本画を意識した、別世界のような背景が広がる中で、この世とあの世との境のドラマが展開される。
美術が凝っている一方で、演出はオーソドックス。余計なことはせずとも伝わるよう、カット割りを綿密に行っている。芸術映画なので客を楽しませようというようなサービス精神はなしだが、誠実に作品と向かい合っている。もし今のような優れたテクノロジーがあったら、より優れた作品になっていたと思われるが、それは仕方ない。
若き日の三國連太郎は佐藤浩市に似ているが、その佐藤浩市の息子である寛一郎が現在、連続テレビ小説「ばけばけ」に、山根銀二郎改め、松野銀二郎役で出ている。祖父と孫とで「怪談」絡みの話に出演しているということになる。山根銀二郎という名前は大物音楽評論家であった山根銀二を連想させる。山根銀二は、武満徹のピアノ曲「二つのレント」を「音楽以前である」と酷評したことで有名だが、その山根銀二に似た名前の役を演じている人がいる。更に映画「怪談」の音楽担当は武満徹。ということで繋げているのだと思われる。

その武満の音楽であるが、音楽のみならず音楽音響とされているように、金属音を出したり、プリペイドピアノを使ったり、風の音で場を作ったり、三味線などの邦楽器が掻き鳴らされたり、読経を音楽として持ち込んだりしている。メロディーらしきものはラストにしか出てこないが、意欲的な映画音楽であると言える。

セリフが極端に少ないのが特徴だが、話すと説明ゼリフになってしまっているため、もっとセリフを入れればそれは避けられたかも知れない。ただ無言で行われることで恐怖やただならぬ雰囲気を生めているのも事実だ。

小泉八雲の『怪談』であるが、やはり魅力的という他ない。単に怖いだけでなく、人間の機微のようなものが伝わってくる。人間の悪い面をも浄化していくようだ。そして幽霊は美人であればあるほど怖いように(幽霊ではないが、貞子役は小説での設定もあってほぼ全て日本の女優の中でも上位の美人女優が演じている)美と恐怖の関係を再確認させてくれたりする。泉鏡花も怪異譚を多く書いているが、文章は抜群に美しい。

3時間強の大作だが、途中で休憩の時間があったことが今日の配信映像を見て分かった。

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ラランド 【コント】ラブホで有意義な打ち合わせをする人

ある北関東の県庁所在地で

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2025年10月14日 (火)

これまでに観た映画より(406) ドキュメンタリー映画「ピアノフォルテ」

2025年10月11日 京都シネマにて

京都シネマでドキュメンタリー映画「ピアノフォルテ」を観ることにする。時間的にもピッタリだった。
ドキュメンタリー映画「ピアノフォルテ」は、2021年に行われた第18回ショパン国際ピアノコンクールの出場者に焦点を当てた作品である。
第18回ショパン国際ピアノコンクールは、5年に1回行われる同コンクールの中で、コロナ禍により1年開催が遅れた大会でもある。2025年10月現在、第19回ショパン国際ピアノコンクールが、4年おきになったが開催されている。今後は5年おきに戻る予定。

第18回ショパン国際ピアノコンクールでは、反田恭平が2位入賞、小林愛実(あいみ)が4位入賞を果たした年だが、二人ともドキュメンタリーの対象にはなっていないので、ほとんど映らない。小林愛美は、冒頭付近で名前を呼ばれるが、登場するのは終盤になってからである。入賞者全員の集合写真をスマホの内側カメラで撮ろうとしているのが小林愛実だ。反田恭平が現れるのも終盤で、入賞者に「人生でこんなにピアノ練習したの初めて」と語っている。
表彰式では反田も小林も当然ながら映っている。

牛田智大(うしだ・ともはる)の名前が呼ばれるシーンがあるが、本選には進めていない。牛田は今年のショパン国際ピアノコンクールにも出場し、より高い順位を狙う。

出場者の中には厳しいコーチがいて、何度も弾き直しさせたり別のメーカーのピアノを弾かせたりする。
一方で、プレッシャーからだと思うが、二次予選での演奏を取りやめ、棄権してしまうピアニストもいる。
興味深いのは、ラオ・ハオという中国人ピアニスト。同世代と思われる若い女性がアドバイスを送ったり励ましたり身の回りの世話を焼いたりと甲斐甲斐しく動いている。だからといって恋人ではなさそうだし、男女の関係にも今のところは見えない。彼女はハオの姉のようでもあり、母親代わりにも見える。とにかく仲が良い。不思議な二人である。女性の方もピアニストとしてコンクールに参加したことがあるのだが、準備が不十分で上手くいかず、自身の腕を磨くよりも有望なピアニストに賭けてみたいという思いがあるようだ。ただ将来的にもこの関係は続くのだろうか。

コンクールの優勝者は、中国系カナダ人のブルース・リウ。ハオの世話をしている女性が、「ブルース・リーみたい」と行っていたピアニストだ。だが、ブルース・リウも取材の対象ではなかったため、途中から姿を現すに過ぎない。成功者を追うドキュメンタリーではないのだ。
取材の対象となったのは、たまたまだと思うが、余り上手くいかなかったピアニスト達だ。ピアノの腕を競うことの過酷さ。それでもそれぞれにドラマがあり、想像もしたことがないような関係を築いている人々を見ることは世界の広さを知るようでもある。

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2025年10月13日 (月)

これまでに観た映画より(405) 草刈正雄主演「沖田総司」

2025年10月7日

Amazon Prime Videoで、東宝映画「沖田総司」を観る。私が生まれた1974年の作品ということで、もう制作後半世紀が経つ。ちなみにタイトルであるが、Wikipediaには「おきたそうじ」と書かれているが、劇中のセリフなどから考えて、「おきたそうし」がこの映画の読み方である。
沖田総司の本来の読みは「おきたそうじ」で、本人の署名にも「沖田総二」と、「じ」としか読めないものもあったりするため、「そうじ」で間違いないのだが、俳優で沖田を当たり役としていた島田順司(しまだ・じゅんし)が、先輩の俳優から、「お前、順司で『じゅんし』って読むんだから、総司も『そうし』で出ちゃえよ」と言われ、「おきた・そうし」の読みで出演。大ヒットしたため、以後は「おきた・そうし」読みが定着していく。
私が初めて沖田総司を知ったのは、田原俊彦が沖田総司を演じた2時間ドラマ(これも今は配信で見ることが出来る)であったが、やはり読みは「おきた・そうし」であった。2004年の大河ドラマ「新選組!」あたりから「おきた・そうじ」読みが戻ってくる。

出演:草刈正雄、高橋幸治、米倉斉加年(よねくら・まさかね)、西田敏行、辻萬長(つじ・かずなが。愛称:つじ・ばんちょう)、小松方正、真野響子(まや・きょうこ)、池波志乃、神山繁(こうやま・しげる)ほか。

沖田総司の没年には、24歳説、25歳説、27歳説などがあるが、いずれにしてもかなり早くに亡くなっている。奥州白河藩士の血筋に生まれた武士であり、天然理心流の試衛館の食客となって剣に邁進。永倉新八曰く「本気を出したら近藤もやられる」
新選組に関する証言を数多く残している永倉新八は、「沖田の剣は猛者の剣、斎藤(一)の剣は無敵の剣」と評しているが、肝心の永倉本人は、「一番強いのは自分だった」としている。この映画では西田敏行が永倉新八を演じているが、見せ場はほとんどない。
三多摩で、剣を生かす場を探している沖田総司(草刈正雄)。ちなみになぜか立ち小便をする場面があるが、司馬遼太郎の『燃えよ剣』の影響かも知れない。多摩地区で武芸のシマ争いが起こっており、沖田は土方歳三(高橋幸治)と共に天然理心流派として他派と闘う。
今や押しも押されもせぬ名優の地位を築いている草刈正雄だが、この時はセリフに感情が乗っていないなど、お世辞にも上手いとは言えない。最初から出来る天才タイプではなく、努力を積み上げて名優となったのだろう。

この映画はどんどん場面が進んでいき、浪士組に応募したかと思いきや、瞬く間に新選組となり、芹沢をあっさりとやっつけて、メインである池田屋事件に至る。テンポは良いが、人物を掘り下げていないので、人間としての成長ドラマは描かれていない。
さて、池田屋では沖田の喀血がある。新選組のどのドラマでも沖田喀血は描かれるのだが、実際には沖田が喀血したという記録はない。新選組三部作を書いた子母沢寛の脚色だと思われる。永倉新八は、小樽の楽隠居・杉村義江となってからの回想で、「沖田が持病で倒れた」と書いているが、持病が何なのかははっきりしていない。別の書では「呼吸器系」と言われているが喘息か? 戦って倒れたのなら心臓系の可能性もある。が、少なくとも喀血を伴う労咳(結核)ではないようだ。労咳は吐血から1~2年で死に至り、広まらないよう隔離が必要だが、沖田が隔離されるのは大坂城に入ってからである。
基本的に沖田の見せ場は、池田屋事件で終わってしまうため、この作品では、おちさ(真野響子)との恋が描かれたりするのだが、残酷な結末が待ち受けている。
この映画では沖田が鳥羽・伏見の戦いの伏見の戦いに参戦したことになっている。実際には、この直前に労咳にかかったようで大坂城に運ばれて療養生活に入っていて参加はしていない。大坂城に向かう直前まで京の街の警護に当たっていたという記録はあるため、労咳にかかったのはこの頃だと推測されている。
新選組は伏見奉行所に籠もり、先陣を受け持って、薩摩軍が陣を張る御香宮に斬り込むのだが、薩摩の鉄砲隊と大砲に歯が立たず、土方も「刀の時代は終わったな」と悟る。ちなみに良いロケ場所がなかったようで、商人の街・伏見とは思えない荒野で戦いが行われている。

江戸に帰った沖田は、もう猫も斬れないことを嘆く(これも子母沢寛の小説からのエピソードだと思われる)。

劇中、近藤勇が写真を撮るシーンがあるが、この場面は司馬遼太郎の小説『燃えよ剣』にも出てくるよく知られた話をそのまま使っている可能性がある。当時はバカ殿のように白化粧をして30秒ほど静止していなければならなかった。座っている場面はまだ良いが、立っている姿を撮る場合はふらつくので何かにもたれていた。坂本龍馬が台にもたれているのはそのためである。
こうして今に残る写真を収めた近藤勇だが、沖田が猫も斬れないと嘆くよりも前に流山で投降。旗本・大久保大和を名乗るが、元新選組隊士が維新軍に参加していたため、素性が割れて板橋で斬首となり、首は京の三条河原に晒された(行方不明になるが、幕府方の何者かが首を奪還して埋葬したと思われる)。
土方も箱館の蝦夷共和国で陸軍奉行並まで出世するが、二俣川の戦いで流れ弾に当たって戦死する。
そして沖田は近藤の死も知らぬまま、一人寂しく散るのだった。
最後は、多摩地方を思いっきり駆けていく若き日(享年もかなり若いが)の沖田の姿で終わる。


音楽は敢えて時代劇風のものを避け、カントリーミュージックのようなものが多い。沖田が主人公ということで、これまでの新選組映画とはひと味違ったものを目指したということもあるだろう。
おそらく新選組好きにとっては物足りない内容となっているので(近藤も芹沢も清河も出てくるだけで、どんな人物なのか描かれていない。伊東甲子太郎は顔を見せるだけだが嫌な奴なのが分かる)お薦めは出来ないが、草刈正雄のような昭和の男前の活躍を楽しみたい人には推せるだろう。

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2025年10月12日 (日)

コンサートの記(925) びわ湖ホール オペラへの招待 レハール作曲「メリー・ウィドウ」 2025.7.20

2025年7月20日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール中ホールにて

午後2時から、びわ湖ホール中ホールで、びわ湖ホール オペラへの招待 レハール作曲「メリー・ウィドウ」を観る。「メリー・ウィドウ」は18日に始まり、明日21日までダブルキャストで続く。演奏はびわ湖ホールの芸術監督である阪哲朗指揮の日本センチュリー交響楽団(コンサートマスター:塩貝みつる)。ソプラノのベテラン、並河寿美(なみかわ・ひさみ)を招き、比較的平均年齢の低いびわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバーがステージを彩る。

出演は、並河寿美、市川敏雅、高田瑞希(たかだ・みずき)、迎肇聡(むかい・ただとし)、奥本凱哉(おくもと・ときや)、島影聖人(しまかげ・きよひと)、大野光星(おおの・こうせい)、平欣史(たいら・よしふみ)、佐貫あさひ、五島真澄(男性)、山内由佳、竹内直紀。
合唱はびわ湖ホール声楽アンサンブル。ダンスに島津あいり、廣嶋梨月(ひろしま・りづき)、藤田あい。ダンスの3人は一般公募である。

 

オペレッタ(喜歌劇)を代表する作品であるレハールの「メリー・ウィドウ」。原作はフランス語で書かれた戯曲で、パリでの上演はさっぱりだったそうだが、その後、ドイツ語に訳されてウィーンでそれなりにヒット。その約40年後にオペレッタの人気脚本化であるヴィクトル・レオンが、レオ・シュタインと共同でこの本をオペレッタ用に直し、レハールに作曲を依頼して初演されている。

まずは阪哲朗指揮日本センチュリー交響楽団の、滑らかにして立体的、芳香の漂うような上品さと、がっしりとした力強さを兼ね備えた演奏が見事である。

ヒロインは、ハンナ・グラヴァリ(並河寿美)だが、準ヒロインともいうべきヴァランシエンヌ役で、若い高田瑞希が出演。沼尻竜典のオペラ「竹取物語」では大津での1公演だけだったが主役のかぐや姫を務め、クルト・ヴァイルの「三文オペラ」ではヒロインのポリーを好演。重要な役が続く。あるいはびわ湖ホール声楽アンサンブルとしてはヒロイン級として育てたいのかも知れない。今回はエピローグではほぼ主役であった。

ショスタコーヴィチが、このオペレッタから引用を行い、それに怒ったバルトークが管弦楽のための協奏曲で再引用したということが知られるが、ショスタコーヴィチが引用したのは、初めて「祖国」という言葉が出てくる歌詞である。架空の小国を舞台とした作品だが、そのため却って愛国心が掻き立てられるのか、「祖国」という言葉が出てくる歌詞は多い。

 

演出を担うのは、唐谷裕子(からたに・ゆうこ)。愛称は苗字由来の「からやん」のようだ。大阪音楽大学音楽部声楽専攻卒業。同音楽専攻科 声楽専攻[演出]第1期。演出を岩田達宗にも師事しているようだ。
唐谷は、プレトークに登場。「忘れてしまってはいけないから」と、「しっかり書いた台本」を手に、レハールの生い立ちや作曲家になったきっかけ、「メリー・ウィドウ」の簡単なストーリー紹介などを行う。
女性の色彩豊かな衣装が華やかな印象を与える演出だが、オペレッタということで、お客にも楽しんでもらおうと、拍手を入れる場なども設けていた。

 

緞帳が降り、一応本編が終わった後で、阪とセンチュリー響は、「メリー・ウィドウ」のハイライトを演奏。この間に着替える出演者がいるのである。
そして、緞帳が上がるとフレンチカンカンなどを含むバカ騒ぎ。そしてダニロ伯爵(迎肇聡)とハンナが寄りを戻すのであった。
その後、阪とオーケストラが、「メリー・ウィドウ・ワルツ」と「ハンナの歌」をオーケストラのみで奏で(この間にも着替える人がいる)、幕が上がると全ては丸く収まるのであった。

貫禄ある歌をうたうことも多い並河寿美だが、富豪の夫を4か月で亡くしたばかりで、金持ち故に皆が言い寄る未亡人も様になっている。

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2025年10月11日 (土)

コンサートの記(924) 韓国・大邱国際オーケストラ・フェスティバル日本特別公演 大邱市立交響楽団来日演奏会@ザ・シンフォニーホール

2025年9月25日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、韓国・大邱(テグ)国際オーケストラ・フェスティバル日本特別公演、大邱市立交響楽団の来日演奏会を聴く。今回、大邱交響楽団が来日演奏を行うのは、アクロス福岡の福岡シンフォニーホールと、ザ・シンフォニーホールのみのようで、東京にも行かないようである。

ソウル(首都という意味で、長くオリジナルの漢字表記がなかったが、公募により首尔に決まった)。日本の漢字では首爾になるが、日本語はカタカナ表記があり、これまでも一般的であったため、定着はしないだろう)、釜山(プサン)、仁川(インチョン)に次ぐ韓国内人口第4位の都市である大邱。ただトップ3に比べると知名度は低いと思われる。
個人的には、韓国プロ野球の三星(サムスン)ライオンズが大邱広域市をホームタウンとしており、元読売巨人軍の新浦壽夫がエースとして活躍しているのをテレビで見て、大邱という街を知った。まだ日本出身者は在日韓国人しか韓国プロ野球でプレー出来なかった時代の話である。今は先祖代々日本人でも韓国プロ野球でプレーすることは可能だ。
サムスン電子も当時は国外ではまだそれほど有名な企業ではなかったのだが、今やスマートフォンや薄型テレビの世界シェアナンバーワン、「世界のSAMSUNG」になっている。
なお、サムスン電子の本社は北部の水原(スウォン)市にあり、大邱とは遠く離れている。日本でも北海道日本ハムファイターズの本拠地はエスコンフィールドHOKKAIDOであるが、日本ハムの本社自体は大阪市北区のブリーゼタワーにあるので、親会社と野球チームの本拠地が離れていても特に珍しくはない。楽天もDeNAもソフトバンクも東京に本社を置く会社である。考えてみれば親会社とプロ野球チームが同じ街にある方が少ない。ロッテは千葉市に本社を移そうとして失敗している。

 

さて、韓国のクラシック音楽の現状であるが、ソリストはとにかく凄い。チョン三姉弟を始め、世界の第一線で活躍する人が次々に出てくる。
一方、オーケストラに関しては、1990年代末に行われたインタビューで、チョン三姉弟の末弟で、指揮者&ピアニストのチョン・ミョンフンが、「日本より20年遅れている状態」と嘆いていた。この時代は東京を本拠地とするオーケストラが世界的大物指揮者をシェフに招いて躍進していた時代である。チョン・ミョンフンもこの後、東京フィルハーモニー交響楽団のスペシャル・アーティスティック・アドバイザーに就任して、長足での成長に一役買っている。
その後、2000年代に、「アジアオーケストラウィーク」が発足。日本のオーケストラも参加し、東京と大阪で東アジアや東南アジアのオーケストラが演奏を行っている。その中の一つとして、ソウル・フィルハーモニック管弦楽団の演奏をザ・シンフォニーホールで聴いたことがある。ソウルには、日本語に訳すとソウル・フィルハーモニック管弦楽団になる団体がなぜか2つあるそうで、どちらだったのかは分からないが、「20年遅れている状態」から「10年遅れ」まで詰めてきたような印象のある良いアンサンブルであった。

東日本大震災が起こってからは、「アジアオーケストラウィーク」は東京と東北地方で行われるようになったが、昨年は「アジアオーケストラウィーク」が京都コンサートホールのみで行われ(シンガポール交響楽団と京都市交響楽団が参加)、今年の「アジアオーケストラウィーク」は香港フィルハーモニー管弦楽団が西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで演奏するが、ピアノのソリストが反田恭平であるため、チケット完売になっている。

ソウル・フィルハーモニック管弦楽団以来となる韓国のプロオーケストラの鑑賞。ポディウムと2階席のステージ横、3階席は開放されていないが、それ以外は思ったよりも埋まっている。企業による団体での鑑賞も行われているようだったが、普通の企業ではなく音楽関係のようで、マナーも良かった。

 

曲目は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:金子三勇士)とラフマニノフの交響曲第2番。

お馴染みの存在となりつつある金子三勇士(みゅうじ)。日本とハンガリーのハーフである。生まれたのは日本だが、6歳の時に単身、ハンガリーに留学、11歳でハンガリー国立リスト音楽院に入学。16歳で日本に帰り、東京音楽大学付属音楽高等学校に編入。2008年のバルトーク国際ピアノコンクールで優勝し、以後、国内外で活躍している。
「技巧派」と呼ぶのが最も相応しいピアニストである。

大邱市立交響楽団は、コンサートマスターが女性(コンサートミストレス)なのは今では普通だが、第1ヴァイオリンも第2ヴァイオリンも全員女性である。流石にこんなオーケストラは見たことがない。ヴィオラ、チェロ、コントラバスも男性は2人ずつで後は全員女性。他のパートも男女半々であり、男性しかいないのは、クラリネットと打楽器、後半のみに加わったトロンボーンとテューバ(1台のみ)だけである。背の高い男性の方が有利と思われるコントラバスで、これほど女性が揃ったオーケストラはかなり珍しい(7人中5名が女性)。
アメリカ式の現代配置での演奏。韓国は文化面でも日本よりも遙かに強くアメリカの影響を受けており、K-POPなども明らかにアメリカの真似で、このままでは自国の音楽文化が損なわれるのではないかと心配になる。日本はアメリカ文化を相対化しており、日本ならではのポピュラーミュージックも盛んである。

指揮者は、ペク・ジンヒョン。2023年から大邱市立交響楽団の音楽監督兼指揮者を務めている。2003年から2011年まで馬山市立交響楽団の音楽監督、2018年から2022年までは慶北(キョンボク)フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督であった。マンハッタン音楽院で修士号取得、ハートフォード大学でアーティスト・ディプロマを得て、ロシアファーイースタン国立芸術アカデミーで音楽芸術博士号を獲得している。現在、東西大学大学院の指揮法教授を務めるほか、釜山国際音楽祭と釜山フェスティバルオーケストラの芸術監督でもある。
聴いてみて分かったが、速めのテンポを好む人であった。

金子三勇士のピアノは、最近流行りの一音一音の粒立ちが良いものとは正反対。ダンパーペダルを踏み続け、意図的に音を少し溶け合わせて温かみを生んでいる。どちらの演奏スタイルも当然ながら「あり」だが、金子のようなスタイルの方が人間らしく聞こえる。良い意味でアナログ的なのだ。
ソフトペダルは特に高音を弾くときに使っていた。

指揮のペク・ジンヒョンは、金子のテンポに合わせて大邱市立交響楽団を運ぶが、オーケストラだけの部分になると急にスピードアップするのが面白い。
大邱市立響はメカニックも音楽性も高く、「10年遅れから大分時が経ったから、日本のオーケストラにも肉薄しつつあるな」という印象を受ける。

 

演奏が終わり、立ち上がって頭を下げてから退場した金子だが、再び出てきた時に指揮者のペクにピアノの座椅子を示される。アンコール演奏。金子は、客席に向かって「ありがとうございました」と言い、オーケストラには「カムサハムニダ」と述べる。
「リストのコンソレーション(第3番)」と曲名を告げてから金子は演奏開始。リストなので技術的に高難度だが美演であった。

 

ラフマニノフの交響曲第2番。やはりラフマニノフは秋に聴くのが相応しい作曲家であるように感じる。
ペク・ジンヒョンは、想像通り速めのテンポを採用。これまでに実演で聴いたラフマニノフの交響曲第2番の中で最も演奏時間が短いと思われる。私は実演ではラフマニノフの交響曲第2番は全曲版でしか聴いたことがない。カット版はジェームズ・デプリースト指揮東京都交響楽団盤で聴いただけである。

ドイツの楽団を理想とするNHK交響楽団や大阪フィルハーモニー交響楽団。N響に対抗してアメリカのオーケストラスタイルを目指した、解散宣告と争議前の日本フィルハーモニー交響楽団。「札幌交響楽団を日本のクリーヴランド管弦楽団にする」と宣言した岩城宏之。その岩城が初代音楽監督を務めた日本初の常設のプロ室内管弦楽団であるオーケストラ・アンサンブル金沢。
日本のオーケストラは、欧米のオーケストラを理想としていることが多い。クラシック音楽を生んだのは欧米なので、それは当然なのだが、今日の大邱市立交響楽団の演奏は「東アジア的なるもの」を入れて、自分達なりの演奏を目標としているように思える。輝かしい部分では、今の日本のオーケストラは光の珠が爆発したかのように明度が高いが、大邱市立交響楽団は、輝きの中に僅かに陰が差す。多くの色が混ざった液体の中に一滴だけ墨を入れる。そういった隠し味のようなものが印象的であった。そうすることで意図的に東洋的なものが音楽の中に染みていく。
日本と韓国のポピュラー音楽とクラシック音楽で逆のことが起こっているようでもある。
なお、演奏中に男性のフルート奏者が楽譜を床に落とす。バサッという音がする。フルート奏者はフルートも第2ヴァイオリンも休みの箇所を狙って、楽譜を拾ったが、前にいる第2ヴァイオリン奏者(当然女性)に右肘で、「あんた邪魔。さっさと拾いなさいよ」と急かされていた。その直後に第2ヴァイオリンが弾き始めている。

ペク・ジンヒョンは早足で下手袖に退場、と思ったらすぐにまた早足で出てくる。せっかちな性格のようである。そのこととテンポが速めであることとに相関性があるのかは分からないが。

 

アンコール演奏は、リムスキー=コルサコフの歌劇「サルタン皇帝の物語」より“くまんばちの飛行”。リムスキー=コルサコフの“くまんばちの飛行”には様々なアレンジがあるが、おそらく歌劇の場面から抜き出したリムスキー=コルサコフのオリジナル版による演奏だと思われる(YouTubeに載っている映像の中では、WDRの第2オーケストラによる演奏が一番近い)。描写力が高く、最後は爽快な出来であった。

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2025年10月10日 (金)

コンサートの記(923) ジョン・アクセルロッド指揮 京都市交響楽団第699回定期演奏会

2025年4月19日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第699回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は、元京都市交響楽団首席客演指揮者のジョン・アクセルロッド。
首席客演指揮者時代は、コロナ期と重なってしまったため、十分な活動を行えなかったが、渡航制限が続く中、首席客演指揮者としての任務を果たすため危険を冒して来日して指揮を行うなど、京都市交響楽団に貢献した。現在は、スイス国立管弦楽団音楽監督兼首席指揮者とルーマニアのブカレスト交響楽団首席指揮者を兼任している。
ハーヴァード大学音楽学部とサンクトペテルブルク音楽院に学び、レナード・バーンスタインとイリヤ・ムーシンに師事。出身地のヒューストンでは、当時、ヒューストン交響楽団の音楽監督だったクリストフ・エッシェンバッハに師事している。

曲目は、チャイコフスキーの幻想序曲「ハムレット」、リヒャルト・シュトラウスの「4つの最後の歌」(ソプラノ:森麻季)、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。作曲家最後の作品が2つ並ぶという興味深いプログラムである(リヒャルト・シュトラウスは実際には「4つの最後の歌」の後にも曲を書いていたようである)。

今日は都合によりプレトークには間に合わなかった。

今日のコンサートマスターは、特別名誉友情コンサートマスターの豊嶋泰嗣。フォアシュピーラーに泉原隆志。ヴィオラの客演首席に大島亮。チェロの客演首席にルドヴィート・カンタ。ドイツ式の現代配置での演奏。トランペット首席のハラルド・ナエスは降り番。フルート首席の上野博昭はリヒャルト・シュトラウスからの、クラリネット首席の小谷口直子は「悲愴」のみの出演である。

 

チャイコフスキーの幻想序曲「ハムレット」。チャイコフスキーがシェイクスピアの作品にインスピレーションを受けた作品としては、某有名作にも影響を与えた「ロメオとジュリエット」が有名で、「ハムレット」は余り演奏されない。「ハムレット」を題材にした音楽を書くようチャイコフスキーに勧めたのは、弟のモデストで、プランも合わせて提示したのだが、作曲が行われることはなかった。その後、10年以上経ってから、フランスの俳優であるリュシアン・ギトリを招いてサンクトペテルブルク・マリインスキー劇場で「ハムレット」の上演が企画され、チャイコフスキーが劇音楽を書くという企画が持ち上がる。上演は実現しなかったが、チャイコフスキーはこれを期に幻想序曲「ハムレット」を書くことになった。
ハムレットを表すと言われる重苦しい主題の後に、躍動感溢れる旋律が現れる。チャイコフスキーは具体的に何を書いたのかをほとんど書き記していないが、対比させるのだとしたらレアティーズだろうか。オフィーリアとフォーティンブラスの主題に関しては書かれているようである。
オーボエがジャズのスタンダードナンバー「枯葉」によく似た主題を吹くのが面白い。作曲されたのはチャイコフスキーが先である。この旋律は二度登場するため、おそらく何かもしくは誰かを表しているのだと思われるが、具体的に何を描いているのかは分からない。
アクセルロッドは優れたバトンテクニックを生かして、京響から輝かしくもドラマティクな音を引き出す。

 

リヒャルト・シュトラウスの「4つの最後の歌」。リヒャルト・シュトラウスが1948年に書いた最晩年の作品であり、評価は極めて高い。日本でもお馴染みのヘルマン・ヘッセの詩を用いているということでも興味深い曲である。

失敗したのは、ポディウム席を選んだため、森麻季の声が余り届かないということである。やはり歌曲の場合、声が届かないのでは書きようがない。ということで、この作品に関する批評は行わないこととする。

 

チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。21世紀に入ってから大幅に解釈が変わった曲である。増田良介によるプログラムノートでは、自殺説について「否定されている」と書いているが、異様な構成は何らかの形で「死」を意識したものとして見た方が自然なように思われる。

アクセルロッドは、中庸のテンポでの演奏。「若く良き日の回想」のように甘美な第1楽章第2主題は、2度目をやや弱く演奏してメリハリを付ける。
第2楽章、4分の5拍子は、3拍子目を跳ね上げるように振ることで処理。4分の5拍子のワルツは、ロシアでは珍しくないようである。ただ曲調は第1楽章の「若く良き日の回想」を受け継いでいるようである。
第3楽章は4分の4拍子であるが行進曲風。アクセルロッドはの師であるレナード・バーンスタインは、この楽章の後に拍手が来るのを喜んだそうだが、現在は当時とは解釈が異なる。
威勢の良い曲調だが、やけになっているようにも聞こえる。交響曲第5番で、ベートーヴェンの運命主題を多用したチャイコフスキーだが、この楽章でも進もうとすると運命主題に似た音型が立ちはだかる。ラストのピッコロの狂騒はベルリオーズの幻想交響曲のようだ。
アクセルロッドは二度目のシンバルの後にテンポをグッと落とし、異様さを強調する。

最終楽章はそれほど慟哭は強調しないが、自然ににじみ出る哀感が伝わってくる演奏である。この楽章でも「若く良き日の回想」が形を変えて出てくる。これほど執拗に回想の趣が出てくるということは、「死」はやはり意識されていたものと見るのが自然である。もっとも、チャイコフスキーは交響曲第4番からの3つの交響曲全てで異様な緊張感と狂騒を書き続けており、「悲愴」を遺書のつもりで書いたのかどうかは分からない。
オーケストラを鳴らす術に長けたアクセルロッド。京響の機能美を上手く生かした演奏であった。

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2025年10月 7日 (火)

これまでに観た映画より(404) 田中美佐子初主演映画「ダイアモンドは傷つかない」

2025年9月2日

Amazon Prime Videoで、東映映画「ダイアモンドは傷つかない」を観る。田中美佐子の映画初主演作であるが、同時に映画初出演作でもある。その後、アイドルや歌手が映画初出演にして初主演を飾るケースが出てくるようになるが、この当時は映画初出演にして初主演というのは異例のことだったようだ。早稲田大学第一文学部出身の三石由起子が「早稲田文学」に発表した同名小説が原作。三石自身の体験が大きく盛り込まれていると思われる。作風的には「早稲田文学」よりもライバルの「三田文学」に掲載されるような内容であるが、自身の経験を赤裸々に述べたとしたなら、それは「早稲田文学」に相応しいとも言える。
藤田敏八(としや)監督作品。主演:田中美佐子(新人)。出演:山崎努、朝丘雪路、石田えりこ、小坂一也、趙方豪、北詰友樹、大林宣彦(特別出演)、高瀬春奈(特別出演)、新井康弘(特別出演)、金田明夫ほか。

越谷弓子(こしや・ゆみこ。田中美佐子)は、早稲田大学に通う大学1年生。一浪(当時は受験戦争が始まりかけた頃で、一浪で「ひとなみ」と呼んだ。「人並み」という意味である)であり、予備校に通っている時に古文の講師である三村一郎(山崎努)と恋仲となって、今も付き合いを続けている。
弓子が受験勉強に励んでいる様子がたまに差し挟まれるが、世界史の教科書を一言一句暗記しようとしたりと、余り要領の良い人ではないこいことが分かる。
早大生になった現在は予備校でアルバイトをしており、教壇に立つこともある。古文の先生だが整然とした教え方で語呂遊びによる記憶法なども上手く、このまま続けていたら「マドンナ古文」はこの人の授業を指す言葉だったかも知れない。
弓子の相手の三村は、山崎努が演じているということからも分かる通りもういい年である。それなりの年の男と若い女の恋愛は、フィクションではよく見られ、現実でもたまにあるが、女性の方が精神年齢が高い場合が多いので、相手より年齢が下でも話が合ったりするのだろうか。
三村の授業であるが、数式を操るかのようであり、文法問題中心で情趣面には触れない。教師としての才能は弓子の方が上のように思われる。
ちなみにこれから10年ほど後に、連続ドラマ「予備校ブギ」で、田中美佐子は予備校の英語教師を演じているが、「大学の先生にも高校の先生にもなれなかったから、こんな仕事してるんじゃない!」という手厳しい指摘を受けている。

弓子のキャンパスライフに関しては余り触れられていない。おそらく第一文学部に在籍していると思われるのだが、第一文学部と第二文学部のあった戸山キャンパスが映されることはなく(見所がないということもあるが)、大隈重信像や大隈講堂など、早稲田キャンパスの名所ばかりが映される。
早稲田大学の第一文学部は、入学時には専攻が決まっておらず、1年次の成績によって進路が決まるという進振り制度を導入しており、英語が出来ないので人気のない英文学専修に進むという悲喜劇が繰り返されたりもしたのであるが、弓子は勉強熱戦であることが窺えるため、おそらく日本文学専修に受かり、日本の古典文学を学ぶのだと思われる。なお、今はなき第二文学部は受ける前から専攻を決めて受験するというスタイルで、同じ早稲田の文学部でも同一内容ではなく、演劇専修を希望する者が極端に多いという特徴があった。

三村には牧村という帽子デザイナーの女(加賀まりこ)がおり、三村は弓子に「夫婦のようなもの」と告げていた。


性に奔放な女子大生を描いた作品であるが、今これを観ても訴えかけられるものは余りないように思う。田中美佐子もわざわざ(新人)と銘打たれているだけあって、演技も後年の方がずっと上手いし(仕草はこの時から変わっていないものもある)、田中美佐子ファン以外は特に観る必要もないように思える。ちなみに同時上映は田中裕子主演の「ザ・レイプ」だったそうで、濃い上映内容であった。

田中美佐子は、この作品で日本アカデミー賞新人賞を受賞しているが、彼女が人気を得るのは同じ浅井企画所属の欽ちゃんのバラエティに出演してからである。当時は嬉々としてコメディー番組に出る女優は少なかった。アラサーではあったが、「面白い人」として庶民派を代表する女優となっている。

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2025年10月 6日 (月)

「警部補・古畑任三郎」 さよなら、DJ

2025年6月8日

ひかりTVで「古畑任三郎」の「さよなら、DJ」を見てみる。1994年当時はデジタルで映像が撮られている時代だが、初期なので劣化したのか、それともアナログで撮ったのか、今から見ると少し古く感じられる映像である。

桃井かおりが演じるのは、「おたかさん」の愛称で知られるラジオDJ、中浦たか子である。運転免許を持っていないため、専属運転手として沢村エリ子(八木小織)を雇ったのだが、たか子のボーイフレンドを寝取ったため、たか子は沢村殺害を計画する。

たか子がラジオ局内を猛ダッシュで駆け抜け、駐車場で待機していた沢村を殺害してラジオブースに戻ってくるまでに掛かっているのが越路吹雪の「サン・トワ・マミー」である。越路吹雪というと、「大ベテラン」というイメージで老年まで歌っていそうなのであるが、実際には56歳で亡くなっており、美空ひばりや江利チエミなとど共にイメージとは異なり早逝した人物の一人である。

私が、「サン・トワ・マミー」を知ったのは、勿論、越路吹雪版によってであるが、現在、よく聴いたり歌ったりするのはRCサクセションのロックバージョンである。因縁のアルバム「COVERS」に収録されているもので、越路吹雪版の主人公が女なのに対し、RC版は主人公が男になっている。ちなみに原曲のアダモ版では主人公は男である。

トリック自体は単純で、たか子のミスにも多くの人が気づくはずであり、ミステリーとしての完成度は余り高くない。ただ、桃井かおりの存在感に激走、殺人直後なので、エルヴィス・プレスリーのLPを手が震えて掛けられないので相方に任せるというリアルさなど印象深い回である。田村正和がわざと下手くそに歌う「ラストダンスは私に」が聴けるのも面白い。桃井かおりは学生時代に陸上部所属だったそうで、ノリノリで走ったそうである。

なお、有名な「赤い洗面器の男」は、この回が初出であり、冒頭でたか子が話をするのだが、落ちは当然ながら明かされない。

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これまでに観た映画より(403) 「Voice from GAZA ガザからの声 Episode:Now」

2025年10月3日 烏丸御池のアップリンク京都にて

烏丸御池、新風館地下のアップリンク京都で、「Voice from GAZA ガザからの声 Episode:Now」を観る。アップリンク代表の浅井隆によるアフタートーク付きでの上映。

「Voice of GAZA ガザからの声」は、アップリンクとガザ地区の映像会社との共同制作として今年に入ってから始まったドキュメンタリーによる政策作品で、映像を通してイスラエルのネタニヤフ政権を国際的に孤立させることで終戦に持ち込もうという狙いがあるようだ。今日のアフタートークは、アップリンク京都と東京都武蔵野市のアップリンク吉祥寺をネットで繋いで行われた。

イスラエルが、ガザ地区への本格攻撃を開始してから2年近くが経つが、それ以前からイスラエルとガザの関係はくすぶり続けてきた。だが、イスラム教原理派のハマスがガザ地区を制圧してからは、イスラエルも一気に態度を硬化させ、ガザのパレスチナ人掃討を狙い始める。
「ガザ地区の北部を攻撃するので住民は南部に移動するように」との突然の要求。そんなことに急に対応出来るはずがないのを承知で、一応は人道的措置をとったように見せかけるという本来の意味での姑息なやり方であった。

「ガザからの声」は、まず、今年の春に「Episode1」が撮られ、イスラエル軍の攻撃により手や足を失いながらそれでもスポーツ選手になりたいと夢見る少年が主人公。「Episode2」はガザ地区で音楽を教える男性の複雑な心境を描いたものだったという。再上映される予定のようだ。

戦争ものというと、軍人の英雄視と悲劇、住民の日常と惨劇などがよく描かれるが、戦時中ではあっても我々のように日常的に好きなものに打ち込んだり、夢や希望を描く人がいる。世界が小さくなり、ガザ地区と日本とで共同でのドキュメンタリー映画が制作出来るようになったから分かることも多く、我々は多くのものを見逃してきたのかも知れないと、今日のドキュメンタリー映画を観て思った。

本来は、「家族」をテーマにした「Episode3」として公開する予定だったが、10月の頭から再びイスラエル軍が軍事行為を活発化させており、ガザ地区の北部に「北部の残る者は容赦なく殺害する」と書かれた紙を空から大量にばらまき、またカッシ国防相が「ガザ市に残る者は全員ハマスのテロリストと見なす」という事実上の皆殺し宣言を行った。民間人は南部のハーンユーニス市に集まるよう指示されており、狭いところに追い込んで一気に殲滅という手は見えているのだが、今すぐ殺されないようにするためには向かう以外の選択肢はなく、何らかの助けの手が差し伸べられるのを待つしかない。
なお、パレスチナ住民には「パレスチナは今のままアラブ人のための土地にするよ」、ユダヤ人には「パレスチナの古代イスラエル王国とユダ王国があった場所に、ユダヤ人のための国を建国するよ」と二枚舌外交を行った真の悪玉であるイギリスは、パレスチナ自治州を国家と承認。フランスも追従した。
一方でユダヤが強い力を持つアメリカ(元々はWASP一強だったが、経済面でそれらを十八番とするユダヤ人が台頭。ナチスドイツがユダヤ人の迫害を始めてからは、ナチス勢力下にいた多くの有能なユダヤ人ビジネスマンや経営者がアメリカに亡命。世界一の経済大国の座を揺るぎないものにしている)はイスラエル支持。バラク・オバマ元大統領もXで「イスラエル人大量虐殺を行ったハマスが悪い」とかなり強い口調で批難のポストを行っている。
アメリカに守って貰っている立場の日本はこういう時には弱く、アメリカに従うしかないということで属国 であることを自ら現している。

多くの車が海沿いの道を北から南へと走っている。北爆(と書くとベトナム戦争のようなので北部攻撃と書くべきか)が予告されたため、南部の都市へと一家総出で脱出の最中なのだ。だが、道は狭く、北へ向かう車もいるため遅々として進まない。

そんな中、とある一家は車道の傍ら、海沿いの場所にテントを張ってそこで暮らすことに決める。日本と違い、ガザ地区の家は子だくさんであることが多い。隣にもテントがあったが、そこの住人も子ども達もすぐに彼らを受け入れている。アラブ人同士ならこんなにもスムーズなのだ。

子ども数人に対するインタビュー映像もあるが、みな、北部に住んでいて家を失い、ひどい人になると何度も何度も住む場所を焼かれたそうだが、それでも次の場所で元気に生きようと目をキラキラさせている。先進国の人達よりもこうした面では逞しい人が多いような気がする。

水であるが、海から調達する。「塩分を蒸発させなければいけないのでは?」、「濾過しないと飲めないのでは?」と思うが、普通に飲んで調理に使っている。地中海なので、太平洋や日本海、瀬戸内海などの日本の海とは塩分濃度が異なるのかも知れない。この辺はよく分からない。
土を掘っている、もう若くはない男性がいるが、そこに埋まっているビニール袋などをエネルギー資源に用いているそうだ。

目を輝かせて遊ぶ子どもたちや、父と幼い娘の姿を見ていると、ただ単に「ガザ地区攻撃反対!」や「SAVE GAZA」を表明するよりも、誰のため何のために支援をどうやって行うかが至上命題であることが明白になる。そしてそれらは、「自分のための正義」ではない。2025年10月3日を生きている意味がクッキリと形をなし、時代と共に在ることが実感される。

こういうことをトークの時間に言えると良かったのだが、目立つのが嫌なので言えなかった。

今日は編集が十分でなく、字幕も一部しか出なかったということもあって、料金は1500円均一であったが、完成したものを10月下旬に公開する予定であること、「Episode1」と「Episode2」も再上映が決まっていること、売り上げは全てこれからの「ガザからの声」の制作費(ガザ地区の制作責任者はムハンマド監督)に回すことなどが発表された。

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2025年10月 5日 (日)

コンサートの記(922) 広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢 2025年9月定期公演 大阪公演

2025年9月23日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後2時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、OEKことオーケストラ・アンサンブル金沢の2025年9月定期公演 大阪公演を聴く。指揮はアーティスティック・リーダーの広上淳一。アーティスティック・リーダーはどんなポストなのか分かりにくい横文字だが、広上によると「音楽監督」だという。広上は京響のシェフ時代も音楽監督並みの仕事をしながら、肩書きは常任指揮者+αであった。京響は井上道義を音楽監督に据えて活動したことがあるが、広上は井上と同じ肩書きを望まなかったのだろう。金沢でも同様だと思われる。井上と広上は仲が良く、金沢で井上が指揮の講習会を行うときは広上も付いていくことが多かった。

広上は、京都市交響楽団第12代・第13代常任指揮者を辞任後、「これからは客演指揮者としてやりたいときにやりたいような指揮をする」 つもりだったのだが、夢枕にオーケストラ・アンサンブル金沢創設者の岩城宏之が立ち、「おい、お前、金沢をどうにかしないといかんだろう」と言われたため、OEKのポストを受けたと語っている。本当かどうかは分からない。だが、かつて井上が君臨し、師の一人である岩城宏之が創設したオーケストラということで、シェフの座を受けるのは自然のような気がする。

金沢に専念するかに思われた広上だが、マレーシア・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に招聘され、今後は東南アジアや南アジアでの指揮活動も増えるかも知れない。ベトナム国立交響楽団の音楽監督である本名徹次、ミャンマー国立交響楽団の音楽監督である山本祐ノ介(山本直純の次男)など先陣もいる。再編集版がNHKで放送された「ベトナムのひびき」の主人公、佐倉一男(濱田岳が演じた)のモデルである福村芳一も入れても良いかも知れない。

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曲目であるが、広上の得意なオール・ベートーヴェン・プログラム。ピアノ協奏曲第5番「皇帝」(ピアノ独奏:トム・ボロー)と交響曲第6番「田園」

広上のベートーヴェンには定評があるため、ザ・シンフォニーホールは満員に近い盛況である。

オーケストラの配置であるが、パッと見はドイツ式の現代配置に見えるのだが、実際は第1ヴァイオリンの隣のパートの楽器はヴァイオリンより一回り大きく、3人しかいない。つまりヴィオラである。ドイツ式の現代配置ではヴィオラが陣取る場所に第2ヴァイオリンが回る。つまり変則ヴァイオリン対向配置である。昨年の、井上道義の大阪でのラストコンサートで、井上が大阪フィルハーモニー交響楽団をこの配置で並べたが、同じ並びが今日も採用されている。コントラバスはチェロの奥に陣取る。
演奏会終了後に、OEKのスタッフに伺ったが、井上は金沢ではこの配置を採用しており(京響や大フィルの少なくとも定期演奏会では採用していない)、ミンコフスキの時代を経てOEKのシェフとなった広上も井上が行った配置を踏襲しているようである。他でこうした配置を見たことはほとんどない。
OEKは室内管弦楽団なので、低音の奏者が少ない。今日はヴィオラが3(所属楽団員は4人)、チェロが4(フルメンバー)、コントラバスが3(フルメンバー)である。人数が少ないのでベースを築くヴィオラとチェロを中央に置き、低い音を前に出そうとしたとも考えられるが、真意は不明である。単なる思いつきによる配置かも知れないし。

コンサートミストレスは、アビゲイル・ヤング。ピリオド奏法に通じており、ピリオドを採用したときの大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏会で客演コンサートマスターを務めたこともある。

そのヤングがコンサートミストレスなので、ピリオドを前面に押し出すかと思ったが、ビブラートを多く掛ける部分と全く掛けない部分が混在し、ヴァイオリンのボウイングなどはピリオドであったが、スタイルよりも音楽性重視の演奏であった。

 

ピアノ協奏曲第5番「皇帝」。独奏者のトム・ボローは、2000年、イスラエルの中心都市であるテルアビブに生まれたピアニスト。イスラエルは首都と中心都市が異なるが、国連はエルサレムを首都とは認めず、最大都市で政治・経済の中心あるテルアビブを首都としている。日本はエルサレムが首都であることを認めている。
5歳でピアノを始め、テルアビブ大学ブッフマン=メータ音楽院で学び、その後、マレイ・ペライアにレッスンを受け、クリストフ・エッシェンバッハや、リチャード・グード、サー・アンドラーシュ・シフといったの多くの著名ピアニストのマスタークラスで腕を磨いている。イスラエル国内の数々のピアノコンクールで優勝に輝いているが、海外のコンクール歴がないのか成績が良くなかったのか、今のところ名声はイスラエル国内に留まっている。イスラエルがとんでもない情勢になっているので、海外のコンクールなどは受けられないのかも知れない。

ボローのピアノであるが一音一音の明晰さが最大の特徴。音楽性も爽やかで、「皇帝」協奏曲というより「皇太子(プリンス)」協奏曲といった趣である。
ペダリングにも注目していたが、左足を後ろに引いたまま演奏していることが多く、ソフトペダルは稀にしか踏まなかった。力強い場面ではダンパーペダルを何度も踏み換えるが、音を濁らせないための技法だと思える。

広上指揮のOEKもボローに合わせた清々しい伴奏を聞かせる。今日はティンパニはモダンタイプを使用し、強打させる場面も余りなかった。

ボローのアンコール演奏は、クライスラーの「愛の哀しみ」ピアノ独奏版。編曲者は分からなかったが、後で掲示を確認したところ、ラフマニノフであった。確かにラフマニノフが好みそうな曲調ではある。

 

後半、交響曲第6番「田園」。一拍目が休符の曲であるため、広上は指揮棒の先をくるりと一回転させてから本編に入った。日本フィルハーモニー交響楽団を指揮したライブ録音盤でも好演を示していた広上の「田園」。今日も木々の葉ずれの音が聞こえてきそうな情報量の多い演奏である。広上は第2ヴァイオリンを強調したようで、何度も右を向いて指示を行っていた。
第2楽章も瑞々しく、第3楽章も草原がどこまでも広がっていくような、突き抜けた明るさが感じられる。
第4楽章は室内管弦楽団ということもあって、京響を振るときなどとは違い、迫力よりも描写に力点が置かれているように思われた。
そして大いなる自然に祝福され、感謝を送り返すような最終楽章。

ベートーヴェンは、この曲が自然の描写だということは否定し、「田園に着いたときの気分を音楽にした」と語っている。描写でなく心象ということなのだろうが、発想的にはその後にフランスで生まれる「印象派」と呼ばれる画家達に近い。ベートーヴェンの画才については不明だが、自信があったら絵の一枚も残っているはずで、文字の汚さなどを見ても絵画方面は不向きだったと推測される。だが、もし優れた画才があったら、絵画の印象派を生んだのは、クロード・モネやマネやゴッホではなくベートーヴェンだったかも知れない。そんなはずはないのだが、広上の指揮で聴くとそんな夢想をしてしまうのだ。これからも広上は私にとって特別な指揮者であり続けるだろう。

 

アンコールでは、まずビゼーの「アルルの女」組曲よりアダージェットの繊細な演奏を経て、阪神タイガース、セ・リーグ優勝記念ということで、「六甲おろし」が華やかに演奏された。広上は振り向いて手拍子を促し、多くの人が乗ったが、東京ヤクルトスワローズファンとしては叩けないということで音楽だけを楽しんだ。この歌は、作曲の古関裕而本人は良い出来だと思っていなかったようだが、個人的はとても良い歌だと思う。ちなみにリリース時も、タイガースは兵庫県西宮市の甲子園球場を本拠地としていたが、チーム名は大阪タイガースであり、「六甲おろし」の「オオ オオ オオオオ」の部分は大阪の「大」の字に掛けられている。タイガース保護地域である兵庫県よりも、大阪市内もしくは大阪府内で聴いた方がいい曲なのかも知れない。

今回のツアーは北陸中心でそれ以外での公演が行われるのは大阪と岐阜だけである。また能登のある石川県のプロオーケストラということで、ホワイエでは「能登応援Tシャツ」が売られていた。

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2025年10月 4日 (土)

コンサートの記(921) ヤン・ヴィレム・デ・フリーント指揮京都市交響楽団第703回定期演奏会

2025年8月29日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第703回定期演奏会を聴く。指揮は京響首席客演指揮者のヤン・ヴィレム・デ・フリーント。なお、今日付で、デ・フリーントの首席客演指揮者の肩書きが2028年3月31日まで延長となることが発表された。世界的な知名度こそ低いが、紛うことなき名指揮者であるだけに朗報である。現代音楽をプログラムに入れることの多い沖澤のどかと古典に強いデ・フリーントがいれば京響の更なる躍進は約束されたも同然であろう。

 

曲目は、ドヴォルザークの「ロマンス」(ヴァイオリン独奏:HIMARI)、ヴィエニャフスキの「ファウスト幻想曲」(ヴァイオリン独奏:HIMARI)、モーツァルトの「レクイエム」(ジュスマイヤー版)

プレトークでは、デ・フリーントは、ヴィエニャフスキがパガニーニを意識して作曲したということに振れたが、モーツァルトの「レクイエム」については、弟子ジュスマイヤーの補筆が上手すぎて、「モーツァルトが書いたとしか思えない」とデ・フリーントは語る。デ・フリーントはどうも複数の作曲家による補筆ではないかと考えているようだが、ウィーンではなくザルツブルクに曲想があって、補筆者はそれを取り入れたのではないかとの類推を行っていた。ただそれだと時間的には厳しい。そしてジュスマイヤーがモーツァルトの弟子というのは近年では否定されつつある。フランツ・クサヴァー・ジュスマイヤーは一介の売れない作曲家であり、モーツァルトの妻であるコンスタンツェの不倫相手であった。モーツァルトの次男は実はモーツァルトの子ではなく、ジュスマイヤーとコンスタンツェの子で、モーツァルトはそれを察して、次男にフランツ・クサヴァーと命名している。
コンスタンツェは、「レクイエム」を完成させないと報酬を全額手に入れることが出来なくなるため、複数の知り合いの実力派作曲家を当たったが断られ、すぐそばにいたジュスマイヤーに補筆完成を頼んだのである。しかし、自身がジュスマイヤーの愛人というのは世間的に困る。またモーツァルトが最後の曲を妻の愛人に補筆完成させたとあっては世間体が悪い。そこでコンスタンツェは嘘をつき、ジュスマイヤーをモーツァルトの弟子としたのである。夫の弟子なら、コンスタンツェのすぐそばにいてもおかしくない。
その後、ジュスマイヤーは売れっ子になっていく。

 

天才ヴァイオリン少女として注目されているHIMARI。現在、14歳だが、すでにベルリン・フィルなど世界的名門オーケストラとの共演経験がある。11歳でフィラデルフィアのカーティス音楽院に史上最年少での入学。アメリカ国内やヨーロッパの名門オーケストラとの共演を重ねている。天才少女の登場ということで、チケットは完売である。

今日のコンサートマスターは、泉原隆志。フォアシュピーラーに、尾﨑平。ヴァイオリン両翼の古典配置をベースとしているが、中山航介君が叩くティンパニは上手端の一段高いところに置かれている。中山君の背後にもう一つ小型のティンパニがあり、モーツァルトで使われるバロックティンパニであることが分かる。
管の首席だが、フルート首席の上野博昭はヴィエニャフスキから、クラリネット首席の小谷口直子はモーツァルトのみの参加である。トランペット首席のハラルド・ナエスは降り番であった。客演首席ヴィオラ奏者に大野若菜、客演首席チェロ奏者に水野優也、客演首席トロンボーン奏者に清澄貴之が入る。

デ・フリーントは、背が高いということもあり、指揮台を置かずステージ上に直接立っての指揮である。ノンタクトであり、拍と音型の両方を表す時もある。

 

ドヴォルザークの「ロマンス」。HIMARIは、白いドレスで登場。透明感のある京響の伴奏を受けて、温かみのある音を奏でる。温かみがあるのにシルキーという非常に珍しいヴァイオリンを奏でる人だ。

ヴィエニャフスキのファウスト幻想曲では、一転して切れ味鋭い表現を聴かせる。音のパレットが非常に豊かという印象を受けた。京響もデ・フリーントの指揮の下、非常にアグレッシブな伴奏を聴かせた。

 

アンコール演奏は、イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第6番。ヴァイオリンで出来ることを極限まで突きつめたかのような曲だが、鮮やかに弾きこなしてみせる。

スタンディングオベーションを送る男性が何人もおり(女性はおそらくいない)。最前列の一人は、ステージ上のHIMARIに花束を渡していた。

さて今後であるが、一度、コンサートから距離を置いて練習とレッスンに励むのが良いと思われる。ユーディ・メニューインという神童ヴァイオリニストがいて、若い頃から世界中のオーケストラや名指揮者と共演し、リサイタルを開いたが、練習やレッスンに当てる時間がほとんどなくなったため、後年も有名ヴァイオリニストではあったが、超一流ヴァイオリニストには届かず、晩年は指揮者としての活動の方が増えていた。
諏訪内晶子はそうした先例を知っていたため、チャイコフスキー国際コンクール・ヴァイオリン部門で優勝した後もジュリアード音楽院での研鑽に没頭している。井上道義が、チャイコフスキー国際コンクール優勝直後に共演を申し出たことがあるそうだが、「私、勉強します」と首を縦に振らなかったという。

 

モーツァルトの「レクイエム」(ジュスマイヤー版)。合唱は京響コーラス。独唱は、石橋栄実(えみ。ソプラノ)、中島郁子(メゾ・ソプラノ)、山本康寛(テノール)、平野和(やすし。バス・バリトン)。
オーケストラ団員が黒の衣装なのは普通だが、京響コーラスも全員黒い衣装。指揮者のデ・フリーントも黒の上下で、男性歌手はタキシードだが、女性歌手二人も黒のドレスで喪服のようである。ということでステージ上が黒づくめになる。しかも独唱者は、舞台の中央におらず、男性歌手はステージ上手端、女性歌手は下手端に座っていて、独唱の時だけステージ中央に向かい、歌が終わったら去るということで、あたかもモーツァルトの葬儀に参列したような気分になる。
徹底したピリオド・アプローチであり、テンポもかなり速め、合唱が立体的で非常にうねりが強い。
最初の独唱者はソプラノの石橋栄実だが、喪服に似たドレスで下手端からゆっくり歩いて来て中央付近で歌うので、弔辞を行っているように見える。今月は広島交響楽団とマーラーの交響曲第4番のソリストとして全国を回った石橋栄実だが、その時とは大きく異なる、空気を切り裂くような鋭い歌声である。独唱者が歩んでは去るという光景が繰り返され、シアトリカルな演奏となった。
初めて接するピリオド・アプローチによるモーツァルトの「レクイエム」であり、デモーニッシュさが更に増した恐るべき音楽を聴くことになった。

演奏終了後、デ・フリーントは、下手の高くなった段の上を走って京響コーラスに近づき、健闘を称えると同時に若さをアピールしていた。

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2025年10月 3日 (金)

コンサートの記(920) 「2025年 大阪・関西万博 クリストフ・エッシェンバッハ×大阪フィル 第九演奏会」

2025年4月17日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、「2025年 大阪・関西万博記念 クリストフ・エッシェンバッハ×大阪フィル 第九演奏会」を聴く。
北ドイツ放送交響楽団(現・NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団)、フィラデルフィア管弦楽団、パリ国立管弦楽団などいくつものポストを兼任して、一時は、「世界で最も忙しい指揮者」と呼ばれたクリストフ・エッシェンバッハ。間違いなく大物指揮者の一人だが、そんなエッシェンバッハが大フィルに客演して第九を振るという、万博があったから実現した演奏会である。
1970年の大阪万博の時は、初来日を含む大物アーティストが次々に来阪し、大阪のみでの演奏会を行い(会場は主に初代フェスティバルホール)、東京などからも聴衆がやって来たという出来事があったが、今は1970年当時とは異なり、大物アーティストが毎年のように日本にやって来る時代なので、来日演奏会が行われることは行われるが、大阪だけ特別ということはない。ただ今回のエッシェンバッハと大フィルの第九は大阪だけでの公演である。

 

指揮者として知られるクリストフ・エッシェンバッハであるが、元々はピアニストとして活動しており、クララ・ハスキル国際コンクール優勝後、ドイツ・グラモフォンに多くのレコーディングを行っている。それらは今も主に廉価盤としてドイツ・グラモフォンからリリースされている。だが、ドイツ・グラモフォンとの契約切れとなるころに、元々指揮者志望だったということで転向。私がクラシック音楽を聴き始めた頃にはすでにピアニストとしての活動はほとんど行っておらず、指揮者として活動していた。近年は、ワシントンD.C.のナショナル交響楽団、同じくジョン・F・ケネディセンターの音楽監督、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の首席指揮者を務め、現在はNFMヴロツワフ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を務めている。なお、ヴロツワフは、エッシェンバッハが生を受けた街である(往時はドイツ領、現在はポーランド領)。

 

曲目は、レナード・バーンスタインの「ハイル」(独奏フルート、弦楽オーケストラ、打楽器のためのノクターン。フルート独奏:スタティス・カラパノス)、ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」

 

今日は大フィルはヴァイオリン対向の古典配置での演奏である。トランペットやトロンボーンは上手に斜めに並び、期せずしてロシア式の配置となっている。
今日のコンサートマスターは、須山暢大。

 

レナード・バーンスタインの「ハリル」。ハリルはヘブライ語でフルートのこと。
20世紀アメリカ最大の指揮者であるレナード・バーンスタイン。「ウエスト・サイド・ストーリー」を始めて、ヒットミュージカルの作曲家としても有名だが、ミュージカルが成功しすぎたばかりに、シリアスなクラシックの作品は余り受けなくなってしまう。アメリカで生まれ育ったバーンスタインであるが、出自はウクライナ系ユダヤ人ということで、クラシックではユダヤ音楽に立脚した音楽を書く傾向にあり、これが特に日本では受けが悪いということに繋がっている(ユダヤ音楽は日本人の好みからは明らかに外れている)。
1973年のイスラエル戦争(第4次中東戦争)で、戦死した19歳のフルート奏者ヤーディン・タネンバウムを追悼するために作曲された作品である。

フルート独奏のスタティス・カラパノスは、1996年、ギリシャのアテネ生まれ(カラヤンといい、カラスといい、ギリシャ系は「カラ」が付く苗字が多いようである。もっともカラヤンもカラスも純然たる本名ではない)。アテネ国立音楽院とカールスルーエ音楽大学でフルートを学び、アテネ国立管弦楽団の首席フルート奏者として演奏活動を開始。その後、ソリストに転向している。

「ハリル」は全体的に暗めの作品であるが、途中で打楽器群が賑やかな響きを奏でる箇所がある。その後は弦楽とハープによるエモーショナルな音楽が続くが、バーンスタインの作曲ということもあり、彼が崇めたマーラーの交響曲第5番第4楽章アダージェットのように聞こえたりもした。
カラパノスのフルートは煌びやかな音色を発し、空を飛ぶ鳥のよう。まだ二十代のフルート奏者だが、音楽からは貫禄も感じられる。

カラパノスのアンコール演奏は、ドビュッシーの「シランクス」。カラパノスが客席に向かってこれから演奏する曲目について解説。シュリンクスと妖精パンのことなども述べていた。
フルート奏者の独奏曲として定番の「シランクス」。同じくドビュッシーの管弦楽曲「牧神の午後への前奏曲」冒頭とラストのフルートソロを連想する作品だが、「シランクス」の方がより神秘的である。カラパノスは透明感のある音で演奏を行った。

 

ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」。独唱は、アレクサンドラ・ザモイスカ(ソプラノ。ポーランド出身)、アニタ・ラシュヴェリシュヴィリ(アルト。グルジア=ジョージア出身)、工藤和真(テノール)、ヤン・マルティニーク(バリトン。チェコ出身)。工藤以外は第九が滅多に演奏されない外国の方なので、譜面を見て歌う。一人だけ暗譜で歌唱も変なので工藤も譜面を見ながら歌っていた。アルトのアニタ・ラシュヴェリシュヴィリはタブレット譜を見ながらの歌唱である。

合唱は新国立劇場合唱団。普段はオペラで多く活躍している団体である。大阪で行われる公演に東京の団体が呼ばれることは比較的珍しい。

 

エネルギー漲るというイメージのあるクリストフ・エッシェンバッハであるが、1940年生まれということもあり、足取りがやや弱々しくて、老いを感じさせる。
指揮は独特で、多くの指揮者が振るのとは逆の方向に振ったりする。若い頃に指揮法を学んでいるので我流という訳ではないはずだが、かなり個性的である。第2楽章では、冒頭とその繰り返しの部分で指揮棒を全く振らず、オーケストラに任せていた。

 

第1楽章冒頭から、一般的な第九よりは大きめの音でスタート。弱音は余り意識せず、大柄で骨太の音楽を作っていく。ピリオド援用で、弦楽器は弦を揺することはあるが、いわゆるビブラートとは異なる奏法を用いることが多い。ビブラートも要所では用いていた。
譜面はベーレンライター版使用。第4楽章ではピッコロがかなり活躍する(通常のベーレンライター版での演奏より活躍していたように思う)。テンポは第1楽章が、モダンとピリオド含めて中庸という感じだったが、楽章が進むにつれてテンポが速くなる。第3楽章などは見通しも良く、ロマンティシズムより構造重視の演奏に聞こえた。
第3楽章と第4楽章の間は繋がず、間を置く。冒頭では大フィルが誇る強力な低弦が効果を発揮する。昨日も大阪城ホールで弦楽が奏でる「歓喜に寄す」の主題を聴いたのだが(大友直人指揮日本センチュリー交響楽団)、今日の演奏の方が明らかに速い。

独唱者と合唱団を含めた演奏は非常に力強いが、ザ・シンフォニーホールのスペースと音響を考えるとやや響きすぎ。今日は反響板の近くの席だったのだが、反響板が軋むような音を立てていた。

ただ演奏としては、十分に充実。エッシェンバッハクラスのドイツ人指揮者が関西のプロオーケストラに客演することは滅多にないので、貴重な体験であったことは間違いない。

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2025年10月 1日 (水)

観劇感想精選(496) ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」大阪公演 2025.4.25

2025年4月25日 梅田芸術劇場メインホールにて観劇

午後1時から、梅田芸術劇場メインホールで、ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」を観る。日本で上演されるミュージカルの定番の一つ。森繁久弥の主演で初演され、主役のテヴィエ役は、森繁久弥のあと、上条恒彦、西田敏行、市村正親に受け継がれ、半世紀以上に渡って断続的に上演され続けている。
出演:市村正親、鳳蘭、美弥るりか、唯月ふうか、大森未来衣、上口耕平、内藤大希、神田恭兵、今井清隆。

5人の娘を持つ牛乳屋のテヴィエと、その娘の物語が一つの軸だが、もう一つの軸としてユダヤ人差別がある。旧ロシア帝国時代のウクライナ領が舞台であるが、ユダヤ人達は、アナテフカという架空の貧しい土地での生活を送っている。アナテフカのような危険な場所での生活が「屋根の上のヴァイオリン弾き」に例えられている(屋根の上のヴァイオリン弾きは実際にいるが、おそらくテヴィエにだけ見えている。屋根の上のヴァイオリン弾き役は日比野啓一)。

 

ユダヤ教の「しきたり」を重要視するテヴィエの3人の娘の結婚が展開上重要になるのだが、いずれも祝福された形での結婚ではない。特に次女と三女はアナテフカを飛び出していく。

そして、ユダヤ人はアナテフカを追われることになり、テヴィエはニューヨークへと向かうことになるのだった。若い人達は、「昔からの土地だから」という理由で生まれ育った場所に縛られることなく羽ばたいていく。

「サンライズ、サンセット」が最も有名なナンバーだが、次に美しいのは次女ホーデルの歌う曲。ホーデルには唯月ふうかを配して遺漏がない。ホーデル役はやはり重要視されているようで、歴代のホーデル役を見ても、大竹しのぶ、いしだあゆみ、岩崎宏美、本田美奈子、堀内敬子、知念里奈、笹本玲奈、神田沙也加など、歌唱力に定評のある女優・歌手が起用されている。

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