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2025年11月17日 (月)

美術回廊(89) 京都国立近代美術館 「若きポーランド[色彩と魂の詩 1830-1918]」

2025年3月26日 左京区岡崎の京都国立近代美術館にて

左京区岡﨑の京都国立近代美術館で、「若きポーランド[色彩と魂の詩 1890-1918]」を観る。
中世には強国だったポーランドだが、近世以降は苦難の歴史を歩むことになる。3度に渡って国土が割譲され、国家がなくなるという経験もした。
この展覧会の舞台となる、1890年から1918年の間は、ポーランドは領土を、ロシア、ドイツ帝国、オーストリア=ハンガリー二重帝国によって三分割され、ポーランドという国家は消えていた。この状態は第一次世界大戦が終わる1918年まで続く。

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そんな時代に絵画でポーランドを表現した芸術家のことを「若きポーランド」と呼ぶ。厳密に言うと、ヤン・マテイコに影響された、古都クラクフ(ポーランドの京都と呼ばれることがある)の若い画家達のことである。ヤン・マテイコがクラクフ美術学校の校長を務めており、この学校から多くの才能が育った。
初期のポーランドの絵画は、ギリシャ美術の影響を受けているように感じられるが、次第に独自の作風を確立し、ある時はフランスのジャポニズムの影響を受け、ある時は20世紀前半において世界最先端だったロシアの美術を取り入れたりしながら「ポーランド的」なるものへの追求が続く。

この展覧会は全ての作品が撮影可であり、絵画の変遷を後から辿ることも出来る。

芸術家の苦悩と祖国の苦悩を重ねた作品、チェコのドヴォルザークの歌劇で知られる「ルサルカ」を題材にした不吉なイメージの連作、

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浮世絵の影響を受けたとされる冬景色、もやに霞む古城など、祖国の歴史が反映された作品も多いが、この時にポーランドのアイデンティティとなったのはショパンの音楽のようで、音楽家を描いた絵や、ショパンの「葬送」ソナタにインスパイアされた作品などが展示されている。ショパンは、フランスとポーランドのハーフではあるが、世界的に知られた唯一のポーランド人であった。ショパン自身は二十歳でウィーンへ、そしてパリへと渡り、ポーランドに帰ることはなかったが、生涯、自身をポーランド人と定義づけていた。

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そんなポーランドにも日本美術の影響が訪れ、着物姿の日本人を描いた作品や、日本人ではないが着物を着た女性などが描かれる。

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最終的にはポーランド絵画は写実的な方向に向かうようで、今回展示された作品はいずれも白を強調した作風となっていた。

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