コンサートの記(939) ROHM CLASSIC SPECIAL「コバケン・ワールド in KYOTO」Vol.5
2025年11月3日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて
午後2時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、ROHM CLASSIC SPECIAL「コバケン・ワールド in KYOTO」Vol.5を聴く。コバケンこと小林研一郎が、日本フィルハーモニー交響楽団と行う特別演奏会の京都版第5弾。そして日本フィルハーモニー交響楽団が今年京都で行う3つめにして最後の公演である。
京都市交響楽団の常任指揮者だったこともある小林研一郎。出雲路の練習場や京都コンサートホールなどは小林の発案によるものだ。
一方、日フィルとの付き合いも長く、90年代に他の東京のオーケストラが大物指揮者を招く中で、財政基盤の弱い日フィルは苦境にあった。そんな日フィルを支えるべく小林は音楽監督としての活動を続けた。「火中の栗を拾う」などと言われたものだが、その後に続くアレクサンドル・ラザレフとの黄金時代や、現在のカーチュン・ウォンとの飛躍に向けた活動の礎となっている。現在の日フィルでの肩書きは桂冠名誉指揮者。ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団と名古屋フィルハーモニー交響楽団と群馬交響楽団の桂冠指揮者、読売日本交響楽団の特別客演指揮者、九州交響楽団名誉客演指揮者の称号も得ている。
最初に小林研一郎の実演に触れたのは、ゲイリー・カーがコントラバスをソロとする協奏曲を弾いた演奏会だったと思う。会場はサントリーホールで、オーケストラは日本フィルハーモニー交響楽団だった。2回目は東京国際フォーラム ホールCで行われたハンガリー国立交響楽団(現・ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団)の来日演奏会。ベルリオーズの幻想交響曲がメインであったが、演奏終了後、小林が、「ホールのせいだと思われるのですが、皆さんの拍手の音が小さいのです」 と語っていた。東京国際フォーラムはクラシック音楽の演奏には向かないが、「ラ・フォル・ジュルネ」など、今もクラシックの演奏会が開かれているようである。
関西に来てからは、京都市交響楽団や大阪フィルハーモニー交響楽団で聴いているが、何か他のオーケストラで聴いたことはあっただろうか。
そして「コバケン・ワールド in KYOTO」は、5回中4回聴いている。
海外のオーケストラを率いた日本ツアーも何度かやっているはずだが、私は前記、ハンガリー国立交響楽団のものしか聴いていない。
岩城宏之が始めた、年末にベートーヴェンの交響曲9曲を1日で演奏するという試みの2代目指揮者(3代目指揮者は広上淳一)なども務めている。
曲目は、グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲、チャイコフスキーのロココ風の主題による変奏曲(チェロ独奏:宮田大)、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」(無料パンフレットには「ドヴォルジャーク」と記されている)。
コンサートマスターは木野雅之(日本フィル・ソロ・コンサートマスター)。見た目が昔と違うような。
ドイツ式の現代配置による演奏だが、ティンパニは指揮者の真正面ではなくやや下手寄りで、向かって右隣にトランペットが並ぶ。
グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲。快速テンポによる曲として有名で、オーケストラの実力を示す作品の一つとなっている。エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー交響楽団による超人的な演奏が有名だが、真似しようとしても出来ないので、大抵の場合は違う路線を選ぶ。
コバケンと日フィルは速度はやや抑え気味にして、色彩感を豊かに盛り込む。
ちなみにこの時は、小林は上から見ると横長になった指揮台の上で指揮していた。グリンカとドヴォルザークは暗譜での指揮である。
チャイコフスキーのロココ風の主題による変奏曲。独奏チェロを伴う変奏曲であるが、チャイコフスキーはチェロ協奏曲は残していない。
独奏の宮田大は、京都で演奏する機会も多い。2009年ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールにおいて日本人初の1位獲得。
ジュネーヴ音楽院に学び、ドイツのクロンベルク・アカデミーを修了。トーマス・ダウスゴー指揮BBCスコティッシュ交響楽団と共演したエルガーのチェロ協奏曲の音盤も売れ行き好調である。
最近は、ロームミュージックセミナーの講師も務めているが、子ども達から、「大先生、大先生」と呼ばれ、「これは、『大、先生』なのか? 『大先生なのか?』」と戸惑ってもいるそうである。宮田は、「来年、40になる」という話もしていたが、小林は、「私は今年85」と返していた。
磨き抜かれた抜群の美音が武器の宮田大。チャイコフスキーの音楽ということもあり、チャーミングに響く。
小林の指揮する日フィルも宮田の演奏によく合った伴奏を行った。
なお、この曲では小林は上から見ると斜めになった指揮台の上で、スコアを見ながら指揮した。
小林が、「アンコール、なんかやって」と言ったので、宮田はカザルスがよく演奏したカタロニア民謡の「鳥の歌」を演奏する。「Peace、Peace」と鳴く鳥の歌。ロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナの戦いが止まない中での痛切な演奏であった。
ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。ドヴォルザークという表記が日本では定着しているが、黛敏郎が「題名のない音楽会」で語ったところによると、「唾が飛ぶからあっち行け! ドヴォルシーック!」だそうで、日本語には上手く置き換えられない音である。そのため今回はドヴォルジャークとなっている。
ドヴォルザークはナショナル音楽院(現存しないようである)の院長の座を任され、ニューヨークへと飛んだが、チェコの田舎や、昔ながらの建物が連なるプラハに比べて、摩天楼の聳え立つこの街は合わなかったようで、たびたびホームシックに陥っている。だが、その地で、ヘンリー・サッカー・バーレーというスポーツ万能そうな名前の生徒から黒人霊歌やブルースなどを知り、これが自分の音楽だと言われたことで、自分の音楽の根幹にあるのはボヘミアのスラヴ音楽だと悟り、もっともボヘミア的な交響曲を書き上げている。以前は、「黒人霊歌の旋律の引用を」などと解説にそれらしく書かれていたが、そんな要素はほぼないようである。余り簡単にものを信じない方が良さそうだ。
推進力のある音楽の演奏を得意とする小林研一郎。しかしそれは、猪突猛進や一瀉千里とは異なるナイーブで繊細な味わいに満ちている。
有名な第2楽章のイングリッシュホルンのソロには歌詞が付けられ、「家路」や「遠き山に日は落ちて」のタイトルで知られるが、歌詞は後から第3者によって付けられたもので、ドヴォルザークの意図とは異なる。歌詞を読むとアメリカ的であることが分かる。
ドヴォルザークが意図したのはもっと素朴なものかも知れない。
ノスタルジックな味わいの第2楽章以外は、威圧的とも思える表情が頻出する。「三大交響曲」の中に入っている名曲で格好いいので聞き落としがちだが、ドボルザークもストレスが溜まっていたのかも知れない。ボヘミア恋し、アメリカ憎しという訳ではないだろうが、現状を打破したい思いが詰まっているように思える。「俺はボヘミアに帰りたいんだー!」といったような。
鉄道マニアであったドヴォルザーク。電車が時間通り駅に着くかどうか心配なので生徒に確認しに行かせたなど、度を過ぎた鉄オタぶりを示すエピソードがあるが、「新世界」交響曲には列車の走行の模倣なのではないかと思われる箇所がいくつかある。そうしたものを探すのも楽しい。
この演奏では、小林は低弦を強調。日フィルも小林の要求によく応えて分厚い低音を形成。日本人指揮者と日本のオーケストラとしては珍しい、ピラミッド型の音型による熱い演奏であった。
なお、小林は、この曲では上から見ると縦長になった指揮台の先端に立ち、いつもよりオーケストラの核に近い場所での指揮であった。
アンコール演奏。小林は、「またあれかと思われてしまうかも知れませんが」と言いつつ、定番の「ダニー・ボーイ(ロンドンデリーの歌)」を演奏する。瑞々しくもノスタルジックな演奏である。
小林が演奏前に説明していたが、この曲も戦争絡みの作品である。ちなみに同じメロディーだが、歌詞があるのが「ダニー・ボーイ」、旋律だけなのが「ロンドンデリーの歌」である。出征した息子を待つ母親の悲痛な声である。
今日もカーテンコールのみ写真撮影可だったが、スマホのカメラの限界で、良い画は撮れず。ちなみに許可されているのは携帯電話やスマホに付いているカメラでの撮影のみで、本格的なデジカメなどは不可である。
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