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2026年3月26日 (木)

観劇感想精選(511) 下鴨車窓 「点滅ハーバー」

2026年3月13日 京都市東山青少年活動センター創造活動室にて観劇

午後7時から、東山区総合庁舎の2階にある、京都市東山青少年活動センター創造活動室で、下鴨車窓の「点滅ハーバー」を観る。上演時間約70分の中編。

東山青少年活動センター創造活動室は、以前は京都の小演劇の公演が行われていたのだが、その後、主な上演会場は、アトリエ劇研(現存せず)、ART COMPLEX 1928(現在は、GEAR専用劇場となっている)、京都芸術センターのフリースペースや講堂での上演が多くなり、最近ではTHEATRE E9 KYOTOや木屋町のイベントスペース&レストランUrBANGUILDなどでの公演が増えている。
ということで、東山青少年活動センター創造活動室に来るのは、ひょっとしたら20年ぶりぐらいになるのかも知れない。

作・演出:田辺剛。出演:菱井喜美子(人間座)、鈴木嵩久、福井菜月(下鴨車窓)、酒井信古(人間座)、岡田菜見(下鴨車窓)。

京都の老舗新劇劇団には、劇団くるみ座、人間座、劇団京芸などがあったが、くるみ座はすでに解散。人間座も下鴨にあるアトリエを劇場として使えない状態にある。

 

どこともいつとも知れない時代が舞台。場所は海と船着き場の見える病院である。基本的には病院の一室のみが描かれるが、病院内の通路や外に出られる場所、そして架空の空間なども出てくる。

本作は、昨年、49歳で他界した舞台人の小早川保隆の死が反映されていることが、田辺によって無料パンフレットに書かれている。
小早川さんは主に音響など裏方として活躍された方で、私とは接点はなかったが(Facebookでは友達になっていた)、河原町広小路にある京都府立文化芸術会館で小早川さんが演出されたシェイクスピアの「オセロー」を観ている。「オセロー」はタイトルロールがムーア人で肌が黒い、だが黒人以外が肌を黒く塗って上演すると侮辱に当たるということでシェイクスピアの四大悲劇の中では上演が難しくなっている。その時の「オセロー」は、ラストシーンに始まり、どんどん時を遡っていくという演出で、こうした筋書きだとオセローよりもイアーゴーの活動が目立ち、「これは『イアーゴー』だなあ」と思った記憶がある。
ただ気になったのは、「わからんかったやろ。わからんことやったらあかんねん」と言う人がいたこと。私はかなりの高確率で捉えられたつもりだが、この人は「自分がわからないんだから他の人もわからない」と自分を軸にして全てを判断してしまうようだ。「このような人物は極めて怖ろしい」

 

本作には喫煙シーンがあるが、事前にスタッフにより偽煙草の使用であると説明される。

 

上手に枠で窓が示されている。
ベッドのそばに座って外を見つめる老女が一人。ヨシコ(菱井喜美子)である。だが、ここはヨシコの病室ではない。
この病室の主は、戦地から来たカイ(鈴木嵩久)だ。カイはこの病院がどこにあるのか分からず、ここに来た経緯を覚えていなかった。
ヨシコは、順番待ちをサボって人の病室にいたため、看護師(福井菜月)に見つかって注意され、順番待ちに戻るよう言われる。なお、ヨシコの病状であるが、腰痛である。腰痛なのに入院していて順番待ちというとある言葉や状況が浮かぶが、ここではそうした意味ではない。ここでは。
カイは、戦場で活躍し、メダルを手に入れた。今も戦地の仲間が恋しく、病院を抜け出して戦地に帰りたいと考えている。
カイを見舞う男(酒田信古)が一人。「おじ」だと言うが、「伯父」なのか「叔父」なのかは分からない。男はある経験により、「家族」(ここでは親族だが)以外は信用出来ないと考えるようになっていた。

カイとヨシコの二人のシーン。偽煙草を吸う。劇場もある日、急に「喫煙シーンがありますが、使用しているのは芝居用の偽煙草です」という表示がどこに行ってもされるようになった。当初は、「ご気分の悪くなられた方は」という文章が続いていることもあり、煙や匂いに敏感な人のための措置であることが分かるが、今はそうした説明もないため、筒井康隆の「最後の喫煙者」の世界が近くなったような気分になる。全ては小泉純一郎内開時の健康増進法が元ではあると思われる。健康は間違いなく良いものだが、「健康でなくてはならない」とナチスが突っ走った先例があるため、注意が必要である。健康であることは絶対的に「善」であるため、異議は唱えにくい。

ただ、この劇で扱っているのはそうしたものではないと思われる。

人々は火を求めるようになる。煙草を吸うための火だ。最初は火を求めるのは少数派だったが、今では多くの人が火を求める。人の心はその集合体の「世論」のように移ろいやすい。
プロメテウスが盗んだ火は、人類に進歩をもたらしたが、同時に戦乱も広めた。

夜中の病院をカンテラで照らしながら、出口を求めて彷徨うカイとヨシコ。しかし翌朝、看護師にとがめられる。そういえば看護師も昔は看護婦で良かった言葉である。今は「看護婦」と書いたら直される。ちなみに看護師は、カイとヨシコがベッドの上で二人でいるときは、架空の場所に現れて糸を引っ張り、灯りを揺らす。タイトルにある「点滅」ではないが、揺れる感じはする。人生のように不安定に。

二人はベッドの船で海に出る話をする。漕ぐものの名称が出てこない(オールでも自分の名前の櫂でもいいのだが思い浮かばない。近すぎると見えないのかも知れない)が、海を行く話をする。そんな中、ヨシコは子どもの頃に父親と釣りに行った話をする。ヨシコは退屈であったが、父親は昼と夜の入れ替わる時の話をしていた。

カイが死に瀕していることは、始めの方で明かされる。そもそもこの病室は余命いくばくもない人が入る部屋なのだ。

船着き場からは、故郷に帰るような、あるいは新天地に向かうような気持ちの人々が船に乗って海へと繰り出す。まるでおとぎ話の中の出来事のようだが、「実際にこういう人達、北にも南にもいたよね」

カイは死ぬ。

それより前に、若い女性(岡田菜見)がカイの病室を訪れている。ヨシコは「誰かと思ったら若い頃の私じゃない」と彼女が去ってから気付く。時空が歪んでいるのか、あるいは歳の離れたドッペルゲンガーか。ドッペルゲンガーを見たものは直後に死ぬとも言われているが、死んだのは別人だ。今の時点では。

冒頭と同じようなシーンが来る。順番が来た。ただ、私はこのラストシーンは取らない。
一人の人が死ぬということ。その重みを感じていたい。

Dsc_9727

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