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2026年4月24日 (金)

観劇感想精選(514) ニットキャップシアター第47回公演「土曜日の過ごし方」

2026年2月20日 左京区岡崎のロームシアター京都ノースホールにて観劇

午後7時から、左京区岡崎のロームシアター京都ノースホールにて、ニットキャップシアター第47回公演「土曜日の過ごし方」を観る。ロームシアター京都10周年連携事業の一つである。脚本・出演:ごまのはえ、演出:橋本匡市(万博設計)。出演:千田訓子、仲谷萌、山﨑茉由、西村貴治、門脇俊輔、尾澤ショータロー、山谷一也、越賀はなこ、澤村喜一郎、高田晴菜、小野毅、高橋敏文。

昼に見た有名俳優に比べると、個々が反するエネルギーが小さいのが分かるが、向こうは普通の人が出来ないことをいくつも経験している一般人とはかけ離れた人。舞台での演技経験しかない、街の舞台俳優の存在が弱く見えたとしてもそれは仕方ない。別個で考えるべきである。

戦前の京都に実在した新聞「土曜日」を巡る群像劇。
主な舞台となるのは喫茶デイジーであるが、地図を見ると凄いところにある。今は綺麗になっているはずだが、往時はどうだったのだろう。
一方、京都の専門家を揃えていない弱さで、木屋町の喫茶店を「フランソア」ではなく「フランソワ」と書いてしまうなど、思い込みによるミスが目立つ。
さて、下鴨警察署であるが、元々は田中警察署であったが、移転して下鴨警察署を名乗っている。この時、現在地に移転したのか他の場所に移転したのかが不明。現在の住所は田中だが、下鴨が目の前で、田中警察署から移ったので下鴨警察署としたのか、あるいは下鴨に移ってから田中の現在地に再移転したのか、戦中、どこにあったのか気になるが、下鴨警察署は川端警察署と合併して左京警察署になるため、その手の記事しかヒットしなかった。

なお、戦前には松竹の撮影所は太秦ではなく下鴨(下加茂)にあった。下鴨神社の糺の森が、時代劇の風景に相応しかったからかも知れない。

新聞「土曜日」は、昭和11年7月から12年11月まで京都で発行されていた新聞である。映画批評などの文化欄、海外情報、京都のことを載せた社会欄などがあったが、警察に検挙されて短命に終わっている。ソ連のモスクワとの通信網なども問題視されたようである。
新聞「土曜日」を発行していたのは斎藤雷太郎という映画俳優である。大部屋俳優としての待遇に納得がいかず、新聞の発行を始めたのだった。映画欄には若き日の淀川長治も寄稿しているようだが、批評として成立していない短い文章だったので、これを機に映画評論家へ、とはならなかったようである。
ただ単に映画評を載せるだけでなく、伊丹万作(伊丹十三の父親、池内万作の祖父)監督の「新しい土」が満州への進出を促す内容であり、それによって満州国が傀儡国家であることが明らかになっていることを、ヒントとして載せるなど、政治的な批評に及ぶ場合もあり、特高に目を付けられるようになる。

ちなみに喫茶デイジーの白瀬キミ(山﨑茉由)が通っている学校は校名が記されていないが、現在は御所東小学校が建つ場所で、架空の学校である可能性が高い。

齋藤雷太郎が、主人公格かと思いきや、当時の特高のやり方などを体験した館林(門脇俊輔)の方が与えられた役割は大きいようだ。

政府に従う人々は日々増えていき、それは無表情の面で示される。個人的には面を使った演出は好きではないが、単純に好きではないだけである。

館林は大学で独逸文学を学んだ学者であるが、共産主義者ということにされ、転ぶよう命じられる。共産主義者でも何でもないので転ぶも何もなかったが、特高の刑事(ごまのはえ)と出町柳(往時は一帯は、「柳ヶ辻」、「柳」、「柳元」といういい方の方が一般的だったようだ。由来となった柳の巨木が倒れてからは、叡山電車のターミナルである出町柳に呼び方が移ろう)に食事に行ったりするなどして過ごし、最終的に作文を書いて釈放される。
「人民戦線」という言葉がある。奥寺(澤村喜一郎)は、戦争を阻止しようとし、電柱に「戦争反対」と書いた紙を貼ったり、「帝国主義侵略戦争反対」という言葉を広めようとするが、特高に逮捕される。

途中からは、録音した音声による、戦時下のメッセージが延々と流れる。面を被った人々が時計回りにせわしなく歩き回る。

ただ、戦後のシーンはもっと軽く済ませても良かったかも知れない。

無料パンフレット代わりに、新聞「土曜日」を模したタブロイド判が入っているが、東京ヤクルトスワローズの応援をしている人の記事があって楽しかった。

 

時代的に笠置シヅ子が重なっており、最初は、「Smile」、「東京節」の替え歌、「アラビヤの唄」「リンゴの木の下で」(ジャズバンド版)など、アメリカの曲やアメリカの影響を受けた音楽が流れるが、戦時色が濃くなるにつれて軍歌が流れるようになり、玉音放送を経て、最後は復興ソング第1弾の「リンゴの唄」が流れるなど、音楽でも時代の経過が把握可能であった。

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