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2026年6月 3日 (水)

観劇感想精選(519) 森田剛&藤間爽子 舞台「砂の女」

2026年4月18日 大阪の森ノ宮ピロティホールにて観劇

午後6時から、森ノ宮ピロティホールで、舞台「砂の女」を観る。安部公房の代表作の舞台化。5年前にも「砂の女」が舞台化されたことがあるが、それとは別物である。
作:安部公房、脚本・演出:山西竜矢。音楽:波多野敦子。映像:米倉伸。出演:森田剛、藤間爽子、大石将弘、東野良平、永島敬三、福田転球。映像が多用される。

安部公房の『砂の女』は、多くの人から称賛を受けた作品であるが、映画化や舞台化は難しい作品である。それでも映画は勅使河原三郎監督による有名な作品があるが、舞台は5年前のケラリーノ・サンドロヴィッチの台本と演出によるものがあったものの、それ以前にもあったのかどうか不明。基本的に新しいことは余り起こらず、淡々と進んでいくため、舞台として成立しにくい要素が多い。

登場人物には名前がある人もいるが、基本的にはアノニマスな感じで進んでいく。

男は、中学校の教師。ハンミョウという種類のトンボの新種を見つけて辞典に載るという夢を持ってここまで来た。3日間の休暇を取って訪れたのは、砂丘の町。部落(ここでは「集落」という意味。それ以外のニュアンスはない)に住む老人から、ある女の家に泊まるよう勧められる。そこは縄ばしごで降りる必要のある場所。出迎えた女は善人そうだったが……。
雪かきならぬ砂かきをしなければ埋もれてしまいそうな場所。男は眠りに落ちるが、目覚めると縄ばしごがなくなっている。「捕らえられたのか?」と自問する男。そこで強硬手段に出る。女を縛り上げ、縄ばしごを下ろすよう部落の人々に要求したのだ。部落の人々は砂のかき手を求めて女の家を勧めたのであり、男の要求を無視する。
そうこうするうちに時は流れ、男は砂の生活に慣れていく。ただ「希望」としてカラスを捕らえる罠を生み出す。カラスを捕らえることは出来なかったが、水を得たことに喜ぶ。この時点で砂での生活を続ける意思であることが分かる。女が産気づき、地上へと上げられるが、縄ばしごは掛かったままになっていた、だが男は逃げようとはしない。

 

映像の他に幕も多用される演出である。客席通路も使われ、部落の人々は基本的に客席通路を通って舞台に上がり、森田剛は客席通路を何周もする。二度ほど止まったことがあったが、おそらく観客からの握手の求めに応じたのだと思われる。
女の造形は難しいところだが、藤間爽子の女はかなり可愛らしい人物として描かれていた。確かにこうした可愛いタイプと一緒にいられるのなら、「このまま砂の町にいるのもいいか」と思う男もいるであろう。
しかし実際に、「捕らえられた」、引っ掛けられたとの感は否めない。
この作品は肯定的に捉えられることが多いが、自ら囚人となるゲームに参加しているかのようで、その時の社会情勢によっては、かなり怖ろしい結果を招く可能性があるように思われる。

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