カテゴリー「ロシア」の60件の記事

2026年4月 9日 (木)

これまでに観た映画より(434) コンサート映画「Ryuichi Sakamoto|Trio Tour 2012」

2026年4月6日 イオンモールKYOTO内のT・ジョイ京都にて

イオンモールKYOTO内の映画館T・ジョイ京都で、コンサート映画「Ryuichi Sakamoto |Trio Tour 2012」を観る。文字通り、坂本龍一が2012年にピアノ三重奏で行ったツアーの最終日の演奏を収録したものである。収録はWOWOWが行っている。
坂本龍一は、翌2013年と2014年に東京フィルハーモニー交響楽団と「Playing the Orchestra」公演を大阪と東京で行っており、それにも繋がるクラシック音楽の編成でのツアーであった。曲はアルバム「THREE」に収録されたものが中心。

2012年12月19日、東京・赤坂ACTシアターでの演奏と収録。共演は、ヴァイオリンのジュディ・カンとチェロのジャケス・モレレンバウム。坂本はモレレンバウムとは90年代に知り合い、「チェロでこんなに即興演奏が出来る人がいるんだ」と驚き、共演を申し込んで、何度も一緒に演奏しているそうだ。
ジュディ・カンはオーディションで選ばれたという。三次までの予選を突破した3人にニューヨークまで来て貰って、ジョイントを行い、カンが最も優秀だったという。ちなみにカンはニューヨークに住んでいたが、他の人はわざわざ外国からニューヨークにやって来たという。
坂本龍一としてはトーク多め(ちなみに坂本龍一は、全米のワーストMCに選ばれたことがある)で、本人も「どうしちゃったんでしょう?」と言っていた。

セットリストは、WOWOWが作ったホームページに載っているので繰り返さないが、ピアノ、ヴァイオリン、チェロだけで演奏された「ラストエンペラー」は3つの楽器で演奏されたとは思わないほどスケールが大きく、力強い演奏となった。

「Bibo no Aozora(美貌の青空)」は、元々は歌詞付きの作品で、イタリアで演奏するとなぜか大受けすると坂本は語っていたが、結果的にはインストゥルメンタルバージョンでの演奏が増えたことで、坂本の歌唱による「美貌の青空」を生で聴く機会はなかった。

「Playing the Orchestra2013」では、大河ドラマの「八重の桜」メインテーマがフルオーケストラに篠笛尽きで演奏されたが、2012年のピアノトリオ版では、ドラマ性よりも抒情美が勝って聞こえる。個人的にはフルオーケストラ版の方が好きだが、ピアノトリオ版もなかなかである。

「1919」は繰り返しと力強い音が特徴。1919年というとワイマール憲法が有名だが、ソ連ではレーニンが演説を行っていた。CDに収録されたバージョンにはレーニンの演説が入っている。非常に力強い演奏で、教授とモレレンバウムの即興でのやり取りがスリリングである。ちなみにモレレンバウムは、ドイツ語で「桜の木」という意味だそうで、坂本は「日本の苗字が出来ました。『桜木』さん」と命名したことを告げ、以後は「桜木さん」と呼んでいた。

必ず演奏される「戦場のメリークリスマス」。楽曲としてのタイトルは、「Merry Christmas Mr.Lawrence」の方が良いのかも知れないが、サウンドトラック盤とは異なる染みる系の演奏に胸が清められるかのようだ。

映画「ラストエンペラー」から“Rain”。“! Want A Divorce”の副題があり、満州国皇帝(あるいは執政)愛新覚羅溥儀の第二夫人・文繍が離婚を申し出る時の音楽である。外は雨、三人は車の後部座席に並んで座っている。文繍は「離婚したいの」と申し出る。
坂本龍一はこの曲を気に入っていたようで、ライブでも度々演奏している。
疾走感と痛切さが印象的な楽曲。ヴァイオリンの返しの音が、文繍の揺れる心境を表しているかのようである。

ラストは、「Parolible」で締めくくった。

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2026年3月24日 (火)

コンサートの記(953) 出口大地指揮 京都市交響楽団高槻公演2026

2026年2月21日 高槻城公園芸術文化劇場 南館 トリシマホールにて

午後3時から、高槻城公園芸術文化劇場 南館 トリシマホールで、京都市交響楽団の高槻公演を聴く。

以前にもトリシマホールには来ているが、黛敏郎が音楽を手掛けた東京バレエ団の「ザ・カブキ」という公演であり、黛は様々な音を重ね録りしたテープ音源を作っていて、それで公演を行ったため、生音を聴くのは今日が初めてになる。

「ザ・カブキ」では、ホリゾント幕や中仕切り幕などを使っていたため、ホールの壁が見えなかったが、木材を転々とちりばめた独自のものであることが分かる。おそらく適度に音を散らせる効果もあるのだろう。

以前は、高槻城公園付近には、城跡らしきものは何も残っていない高槻城公園と、えらく古い高槻現代劇場というホールがあった。1973年竣工で、渋谷区神南のNHKホールと同い年だが、稼働率が高く、人がどんどん入るNHKホールに比べると高槻現代劇場はオンボロで、やはり人がいないと建物が朽ちるのは早いようだ。NHKホールのように修繕費が潤沢でもない。ということで取り壊されて、南館を新設。従来からあった高槻市立文化会館を北館としている。

 

今日の指揮者は、若手の出口大地。左利きの指揮者である。大阪府豊中市生まれ。元々は弁護士を目指して、関西(かんせい)学院大学法学部に入学したのだが、在学中に「自分は争うのが嫌いな性格なので弁護士にはなれない」と悟り断念。「みんなを笑顔に出来る仕事がしたい」ということで、卒業後に東京音楽大学作曲指揮専攻(指揮)に入学。広上淳一に師事する。左利きであったが、当初は慣例によりタクトは右手に握っていた。しかし余りに鈍いというので、広上から「左利きなら左手で振れ」と言われてサウスポーの指揮者となっている。左利きの指揮者は数は少ないが存在しており、シベリウス演奏の大家であったパーヴォ・ベルグルンドが有名である。
東京音大卒業後はドイツに渡り、ハンス・アイスラー音楽大学ベルリンのオーケストラ指揮科修士課程を修了。
2021年に、本番一発勝負である第17回ハチャトゥリアン国際コンクール指揮部門で日本人初の優勝を飾る。同年にクーセヴィツキー国際指揮者コンクールでも最高位及びオーケストラ特別賞を受賞。指揮を広上の他に、下野竜也、クリスティアン・エーヴァルトらに師事。オペラ指揮をハンス・ディーター・バウムに習っている。また、ネーメ、パーヴォ、クリスチャンのヤルヴィ一族のマスタークラスに参加という面白い経験もしている。2024年からの1年間は、ベルギーのリエージュ王立フィルハーモニー管弦楽団のアシスタントコンダクターを務めている。ちなみにリエージュ王立フィルハーモニー管弦楽団は来日ツアーを行った経験があり、京都コンサートホールでもクリスティアン・アルミンクの指揮で演奏を行っている。

 

曲目は、グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲、グリエールのホルン協奏曲(ホルン独奏:福川伸陽)、チャイコフスキーの交響曲第4番。オール・ロシア・プログラムである。

いつも通りのドイツ式の現代配置だが、指揮者の正面にはトランペットが来て、ティンパニはやや下手寄りに配される。おそらくステージの大きさと他の打楽器との位置関係だろう。
コンサートマスターは、客演の白人奏者。泉原隆志は降り番で、フォアシュピーラーに尾﨑平。尾﨑は老眼鏡を掛けての演奏である。
今日は管楽器の首席奏者が何人か降り番だったが(フルートの上野博昭、オーボエの髙山郁子ら)、その代わり、いつもは後半だけを吹くことが多い首席クラリネット奏者の小谷口直子や首席トランペット奏者のハラルド・ナエスが全編に出演した。

 

グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲。歌劇本編は滅多に上演されることはないが、序曲はとにかく有名な楽曲で、いかに速く弾くかを競うようなところもあるが、出口はスピード感より安定性重視。京響の各楽器が美しい音を奏でる。

 

グリエールのホルン協奏曲。NAXOSレーベルの録音第1弾がグリエールの交響曲第1番だったことで知名度を上げたグリエール。ただその後、爆発的な人気を得ることなく、「そういう作曲家もいるよね」という認識に留まっている。
グリエールは、ウクライナの首都キーウ出身。1950年、モスクワにてホルンという楽器の可能性を感じたグリエールは、翌1951年にホルン協奏曲を完成。ボリショイ劇場管弦楽団の首席ホルン奏者であるヴァレリー・ポレフの独奏、作曲者指揮のレニングラード放送交響楽団の演奏によりレニングラード・フィルハーモニー大ホールで初演を行っている。
今回、ホルン独奏を受け持つ福川伸陽(ふくかわ・のぶあき)は、NHK交響楽団首席ホルン奏者として活躍している。第77回日本音楽コンクール・ホルン部門第1位獲得。
リッカルド・ムーティやパーヴォ・ヤルヴィから賛辞を受けている。
東京音楽大学准教授。

ロシアはヨーロッパから見てかなり東にあり、離れているため、情報の伝達も遅い。今と違ってIT環境も発達していないため、作品の内容が西欧に比べると遅れていたりする。
グリエールのホルン協奏曲も、伴奏などを聴くと20世紀に書かれているのにモーツァルトのホルン協奏曲のような様式を保っている。
一方でホルン独奏はかなり伸びやかに旋律を歌い上げ、広大な大地が広がる様が目に見えるようである。
福川のホルンは音の透明度が高く、愉悦感を覚える演奏である。
グリエールのホルン協奏曲は余り録音が出ていないと思われるが、ウクライナが生んだ音楽として聴いてみるのも一興かも知れない。

福川のアンコール演奏は、チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」。編曲者は分からなかったが、温かな演奏であった。

 

チャイコフスキーの交響曲第4番。後期3大交響曲の中では荒削りとされる作品だが、手直ししなかったということは、これがチャイコフスキーの荒ぶる魂そのものだったのかも知れない。
悪妻アントニーナと別れたチャイコフスキーは、弟のアナトールに連れられてスイスを経てイタリアに旅行。創作意欲を取り戻し、交響曲第4番を書き上げるが、その後、スランプに陥り、純音楽による交響曲が書けなくなってしまう(叙事詩的交響曲の「マンフレッド」交響曲は書いた)。それほどのエネルギーを費やしたのが交響曲第4番だったということになる。

出口の指揮する京響は力強くも輝かしい音を奏でる。「ベテラン指揮者ならここで」というところを通過してしまうが、出口が指揮者としてはまだ若いということだろう。本当なら胸が苦しくてたまらなくなるところでもそれほどではない。そういう気分になりたくない人には向いている。
孤独が身に染みる第2楽章。チャイコフスキーの音楽に賛辞を送る人は多かったと思われるが、同性愛など、プライベートなところまで理解してくれる人は多くはなかったはずである。
アントニーナとの結婚についてだが、チャイコフスキー本人が同性愛者であることを隠したかったのと、いざとなれば女を愛せるという思い込みがあったと思われる。ただアントニーナは、チャイコフスキーと別れてから20年以上精神科の閉鎖病棟で過ごすことになるという、最早恐怖の対象であった。アントニーナ以外だったらどうだったのかは、想像のしようもないが、アントニーナの熱烈な恋文が結婚に結びついているので、女性と接する機を持てず、生涯独身だったかも知れない。

第3楽章は弦が大半をピッチカートで演奏するという特殊な楽章。浮遊感があり、魂が解放されるかのようだが、その後に来る第4楽章を考えると、束の間の想像の世界が描かれているのかも知れない。

第3楽章からアタッカで第4楽章に突入。コンサートマスターは最後の音までピッチカートなので、素早く切り替える必要がある。
「小さな白樺」の旋律が流れる。あるいはチャイコフスキーが子どもの頃に好きだった民謡なのかも知れない。ただそれが次第に威圧的に響くようになる。子どもの頃にはもう戻れない。
次第に曲調が激しくなるが、最後の方はもうまともな精神ではない。何もかも忘れてしまったかのようば馬鹿騒ぎである。
運命の動機の前に崩れ落ちるかのようにラストが訪れる。そもそも乗り越えられる程度のものならば運命とは呼ばないわけだが。

 

高槻城公園芸術文化劇場 南館 トリシマホールの音響であるが、残響は短いものの、音がストレートに飛んできて実に心地良い。大阪府内は音楽専用ホールが次々にオープンしているが、海外の名門オーケストラも来る堺は別格として、豊中、箕面、枚方、東大阪などと比べても、音響は高槻が一番だと思われる。
定期的に演奏会を行うプロオーケストラも出てくるだろう。

 

アンコール演奏は、チャイコフスキーの組曲第4番「モーツァルティアーナ」第3曲「祈り」。典雅な演奏であり、京響の弦が特に美しかった。

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2026年3月19日 (木)

コンサートの記(952) 「大阪フィル×ザ・シンフォニーホール ソワレ・シンフォニー」Vol.26 大植英次指揮

2026年3月12日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、「大阪フィル×ザ・シンフォニーホール ソワレ・シンフォニー Vol.26」を聴く。現在は本拠地を中之島のフェスティバルホールに移した大阪フィルハーモニー交響楽団が、ザ・シンフォニーホールで行う演奏会。「マチネ・シンフォニー」もある。
今日の指揮者は、大フィル桂冠指揮者の大植英次。大植英次が第2代音楽監督を務めていた時代には、大フィルはザ・シンフォニーホールを定期演奏会場としていた。ザ・シンフォニーホールは1700席と音響のために客席を絞っていたため、満員御礼も珍しくなかった。フェスティバルホールは2700席とキャパが広いため、大フィルの定期演奏会で満員は難しいと思われる。

ハノーファー音楽大学の終身正教授も務めた大植だが、昨年辞任したようである。

 

曲目は、オール・ロシア・プログラムで、グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲、ボロディンの交響詩「中央アジアの草原にて」、リムスキー=コルサコフのスペイン奇想曲、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」

午後6時50分から大植英次よるプレトークがあるが、「誰も知らない話」「ネットやSNSに書き込まないで」と注意喚起した上で、ロシア音楽史の話が語られた。
内容は秘密である。

 

有名曲が並ぶが、ボロディンの交響詩「中央アジアの草原にて」は、実演では聴く機会は少ない。演奏時間的に載せにくいというのが最大の理由と思われる。ちなみにボロディンと私は誕生日が一緒である(グレゴリオ暦において)。余り有名な人がいない誕生日で、有名どころでも岩崎宏美や串田孫一といったところである。

 

コンサートマスターは須山暢大。フォアシュピーラーは尾張拓登であると思われる。
ドイツ式の現代配置での演奏。

 

グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲。大植は譜面台を置かず、暗譜での演奏である。
速さを競うような演奏もあるが、大植は強弱とメリハリで聴かせる。先日、枚方で大フィルの演奏を聴いたが、ザ・シンフォニーホールでの演奏は、慣れているということもあって弦の勢いが良い。

 

ボロディンの交響詩「中央アジアの草原にて」。その名の通り、アジア的な音楽要素を取り入れた楽曲である。
この曲では、大植は譜面台に総譜を載せ、老眼鏡を掛けて演奏スタート。途中で老眼鏡を外し、ノンタクトでの指揮に切り替わる。
オリエンタルな雰囲気に満ちた曲調を的確に生かした演奏で、風景が目に浮かぶかのようである(実際に行ったことはない)。特に管楽器が味わい深い。

 

リムスキー=コルサコフのスペイン奇想曲。今日はオール・ロシア・プログラムであるが、「ロシア独自」と「ロシアの外」の2つが演奏会のテーマであるため、ロシアを題材にした曲は少ない。「ルスランとリュドミラ」も舞台はウクライナのキエフである。
瞬発力のある演奏で、オケの鳴りも良い。リズム感も秀でている。スペインはリムスキー=コルサコフのみならず多くの作曲家が題材にしている。ナポレオンは、「ピレネー山脈の向こうはアフリカだ」と言ったが、イスラムの支配が長かったということもあり、他の西欧の国々とは異なる文化が作曲家のインスピレーションを刺激した。

 

リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。実は昨年、大植英次はOsaka Shion Wind Orchestraを指揮して、吹奏楽編曲版の「シェエラザード」を演奏している。編曲が独自なので聴き比べや比較にはならないが、音の厚みや多彩さは当然ながら、オリジナルのオーケストラ版の方が上である。
沖澤のどか指揮京都市交響楽団も熱演系の「シェエラザード」を演奏したが、沖澤と京響の方がアラブの香りがするような雰囲気重視で、大植と大フィルの方はリムスキー=コルサコフの巧みなオーケストレーションを明かしていくようなタイプの異なる演奏である。

コンサートマスターの須山暢大のヴァイオリンソロも艶やかで、大フィルの演奏も力強い。ハープの平野花子もオリエンタリズムの醸成に貢献する。
なお、ホルンファーストの高橋将純はこの曲のみの参加である。
弦楽器がうねる中、管楽器が的確にポイントを射貫いていく。大植も時に声を出しながら熱い指揮を繰り広げる。
最も有名な第3曲“若い王子と王女”では、弦が透明感に溢れた伸びやかな演奏を聴かせた。ラストの“バグダッドの祭り、海、青銅の騎士の岩での難破、終結部”でもスケール豊かで揺らぎに満ちたキレと厚みを両立した演奏を聴かせた。

 

演奏終了後、大植は大フィルのメンバーに2回立つように命じたが、オーケストラのメンバーは敬意を表して立たず、大植が一人で喝采を受ける。大植も客席に向かって360度拍手を送った。

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2025年12月29日 (月)

コンサートの記(934) 鈴木優人指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2025「発見!メモリアルイヤーの作曲家」第2回「国を越えてリズムがわたる」

2025年9月7日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後2時から左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2025「発見!メモリアルイヤーの作曲家」第2回「国を越えてリズムがわたる」を聴く。指揮は第1回に引き続き鈴木優人。鈴木優人クラスの指揮者が2回連続で引き受けてくれるというのは珍しいことである。

今回はタイトルの通り、リズムが印象的な楽曲が並ぶ。また今回は全てメモリアルイヤーを迎えた作曲家の作品である。

曲目は、芥川也寸志(生誕100年)の交響管弦楽のための音楽、ヨハン・シュトラウスⅡ世(生誕200年)のワルツ「美しく青きドナウ」、ラヴェル(生誕150年)のピアノ協奏曲(ピアノ独奏:ルゥオ・ジャチン)、ショスタコーヴィチ(没後50年)の「舞台管弦楽のための組曲」第1番から5曲、ラヴェルの「ボレロ」

 

日本指揮者界のトップランナーの一人である鈴木優人。日本におけるバッハ演奏の泰斗である鈴木雅明の息子であるが、人気は父親を上回るかも知れない。
専門は古楽で、バッハ・コレギウム・ジャパンの首席指揮者であるが、現代音楽にも詳しく、日本の現代音楽の作曲家の作品のみに絞った演奏会なども行っている。「題名のない音楽会」にはたびたび登場。「エンター・ザ・ミュージック」にもたまに出演する。
経歴を確認すると、新たに九州大学の客員教授に着任したようである。

今日のコンサートマスターは泉原隆志、フォアシュピーラーに尾﨑平。ヴィオラの客演首席は大阪フィルハーモニー交響楽団首席ヴィオラ奏者の一樂もゆるで、京都市交響楽団のチェロ奏者である一樂恒(ひさし)と夫婦共演である。チェロの客演首席は藤原秀章。首席クラリネットの小谷口直子と首席フルートの上野博昭は降り番である。
いつも通りのドイツ式の現代配置での演奏。

 

台本を手に、カラヤンのような髪型で現れた鈴木優人。「前回はウエンツ瑛士さんがとても素敵な司会を務めて下さいましたが、今日は私が指揮と司会の両方をやります」と述べる。爽快で見通しの良い音楽作りもカラヤンに通ずるところがあるがくれぐれも権威主義に陥らないようにして貰いたい。あの一族なら大丈夫と思うが。

 

芥川也寸志の交響管弦楽のための音楽。鈴木は、「芥川也寸志は芥川龍之介の息子です。芥川龍之介知ってるって子?」と聞き、多くの子どもが手を挙げる。芥川龍之介の作品は、ほとんどの国語の教科書に載っているので、読んだことのある人は多いだろう。鈴木は、「あれ? 京響の側は?」と言い、京響のメンバーも慌てて手を挙げる。高校から音楽高校という人もいるだろうが、芥川龍之介の作品は、中学校の教科書によく載っているので、知らないということはないだろう。
芥川也寸志は、思想的には左翼で、ソビエトや中国の現代音楽を研究。ショスタコーヴィチの作品紹介にも尽力した。
「伊福部昭に学ぶことが多かった」と言われているが、たしかにこの交響管弦楽のための音楽も、伊福部作品のような土俗的な迫力とリズムに溢れている。

鈴木は、「芥川さんの音楽って、プロのオーケストラでやられてますかね? 伊福部さんはよくやられていると思うんですが」と語る。確かに、芥川作品はごくたまに見かける程度の演奏頻度でしかない。ただ芥川本人もプロオーケストラよりも新交響楽団のようなアマチュアオーケストラを好んで指揮したため、プロよりもアマチュア方面に知られているのかも知れない。今年も京都のアマチュアオーケストラのいくつかが芥川作品を取り上げている。

 

ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「美しく青きドナウ」。ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートで演奏されることでお馴染みだが、鈴木は一度だけウィーンで年越しをしたことがあり、12月31日の夕方には、ウィーン市庁舎の前で様々な音楽が鳴り、スキーをしたりソリに乗って飛び上がったりしているのだが、翌年の1月1日が近づくと、それまでの音楽が鳴り止み、「美しく青きドナウ」が流れてくるのだという。
鈴木は説明しなかったが、ウィーンのドナウ川は特に美しくも青くもない濁った川だそうで、流れているのも街外れである。ドナウが美しい街というとウィーンよりもブダペストかも知れない。
広上淳一が以前、「美しく青きドナウ」を指揮した時に、「京都なら、『美しく青き桂川』」と鴨川にしなかったのも、ドナウ川が街外れを流れているからである。鴨川は100万都市の街中を流れる川としては珍しい清流を現在は取り戻している。
ウィンナ・ワルツということで、鈴木も溜めやテンポダウンなどを駆使しながらの音楽作り。聴くだけのワルツにはしない。

 

ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調。20世紀後半になってから人気が上がり、音盤の数も増え続けている曲である。ジャズの影響を受けており、それを苦手に思う人もいると思われるが、現在の音楽教育は古典にも現代にも幅を拡げており、20世紀の作品を多くレパートリーに多く入れているピアニストもいる。

ラヴェルのピアノ協奏曲の第2楽章について、鈴木は「世界で最も美しい音楽」と讃えるが、ソリストのルゥオ・ジャチン(ルゥオと読める苗字には魯迅でお馴染みの「魯」や「羅」があるが漢字表記がないため分からない)も同感のようだった。
ルゥオ・ジャチンは、1999年生まれの中国の若手ピアニスト。湖南省の出身である。武漢音楽院附属中学校に入学し、卒業後に渡米。オバーリン音楽院(アメリカ初の4年制音楽大学。主体であるオバーリン大学は、この大学から校名を取った桜美林大学と提携しているので、オバーリン音楽院も桜美林大学と提携を結んでいるかも知れない)やニューイングランド音楽院に学ぶ。ニューイングランド音楽院では、ベトナム出身の大家、ダン・タイ・ソンに師事したという。今後は、ヨーロッパに渡り、ケルン音楽舞踊大学のドイツ国家演奏家資格課程で研鑽を積む予定だという。
2022年第8回仙台国際音楽コンクール・ピアノ部門の覇者でもある。

演奏前に、鈴木とルゥオのトーク。通訳が付くのだが、
鈴木「何歳からピアノを始めましたか?」
ルゥオ「(日本語で)4歳」
と簡単な日本語なら話せるようだ。日本が大好きだそうで、色々なところに観光に行っており、京都は今回が3回目だが、前2回は純然たる観光だったそうだ。日本の文化については「ほとんど好きですが、特にアニメ」と応え、「京アニ」と言ったため、鈴木は、「これはガチな人が来ちゃいましたね」と述べていた。中でも好きな作品は、京都府宇治市が主舞台の「響け!ユーフォニアム」だそうである。明日オフだった聖地巡礼出来るじゃん! まあそんなに暇ではないだろうけれど。
今日はロームシアター京都メインホールだったが、京都コンサートホールは、「響け!ユーフォニアム」の冒頭に出てくるので、そちらだったら喜んだだろうな。

ルゥオ・ジャチンのピアノは純度の高さが特徴。ペダリングは特別なことはせず、弱音の時にソフトペダルを踏む。ダンパーペダルは、ずっと踏んでいる時と頻繁に切り替える時がある。
鈴木とルゥオが共に「世界一美しい音楽」と呼んだ第2楽章。初演者はマルグリット・ロンだが、実はマルグリット・ロンが演奏したラヴェルのピアノ協奏曲第2楽章の録音が残っており、YouTubeで聴くことが出来る
ひょっとしたらこの楽章はヨーロッパ人よりも日本人の心に訴えかけるのではないかと思えてくる。センチメンタルな気分から次第に自然のただ中へと溶け込んでいく感覚。元NHK交響楽団首席オーボエ奏者で、現在は指揮者として活躍する茂木大輔はこの楽章に「初恋」というタイトルを付けているが、私の感覚とは少し違う。私が付けるなら「幼き日から今日まで」。人生のあらゆるシーンが蘇るかのようだ。
美音による第2楽章を経て、第3楽章へ。「ゴジラ」と呼ばれる箇所も力強く、(行ったことはないが)パリの街の風景が浮かび上がるような瑞々しい演奏だった。

 

アンコール演奏は、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」。しっとりとして構築感のある演奏だった。

 

ショスタコーヴィチの「舞台管弦楽のための組曲」第1番から、“行進曲”、“ダンス第2番”、“リリック・ワルツ”、“ワルツ第2番”、“終曲”。全8曲から5曲を選曲。
ギター:佐藤紀雄、クロマチックアコーディオン:大田智美が参加。
この曲は「ジャズ組曲第2番」と呼ばれていたが、戦後行方不明になっていた本来の「ジャズ組曲第2番」のピアノ譜が1999年に発見され、以後、「舞台管弦楽のための組曲」第1番と名を変えている。
冒頭の“行進曲は”、のどかな田舎にある小学校で行われている徒競走の時のような音楽である。その後もほのぼのとした曲が続くが、ワルツ2曲だけは、妖艶でミステリアスで、悲劇の予感がするようで、他の楽曲とは大きく趣が異なる。ハチャトゥリアンも「仮面舞踏会」のワルツで似た旋律を作曲しており(アイスクリームによる毒殺を図る場面の音楽)特に関係はないと思われるが、地に吸い込まれそうなほど官能的な音楽が書けるのはロシア人しかいないのではないか。一人だけ例外がいた。梅林茂である。

佐藤の使っているギターであるが、その辺で売っているギターと一緒で特別なことはなにもないという。
ちなみに、佐藤は、鈴木のデビューリサイタルで共演しているそうである。その時は、鈴木はオルガンを弾いたそうだ。

クロマチックアコーディオンの紹介。学校などで使う鍵盤式のアコーディオンとは違い、ボタンしかない。大田智美によると、右側が92鍵、左側が108鍵だそうである。鍵盤はないが、一応、音の上がり方は一定であるとのこと。

 

ラヴェルの「ボレロ」。スネアドラム奏者がひたすら同じリズムを刻み続けるという過酷な曲。しかも旋律が2つしかないので、管楽器奏者は間違えたらすぐにバレるという怖ろしい曲でもある。
鈴木は、「実は、スネアドラム奏者二人で交互に演奏していたことが分かった」と述べる。京都市交響楽団は、ジャンルイジ・ジェルメッティを指揮台に招いた定期演奏会で、スネアドラム3台による「ボレロ」を演奏したことがある。
ただ今回は、第2のスネアドラム奏者は交代に叩くのではなく、どこかから出てくるそうである。
京響の音の美しさが生かされた演奏。フランス音楽らしい淡さと濃さが交差する色彩で、ラヴェルの魔術が十分に生かされている。音楽を旋律ではなく、クレッシェンドと楽器の変化とスネアの延々と叩かれる響きで変化させる。そして転調。音楽の転換ともいえる創造物である。実はこのモチーフを真似て、ショスタコーヴィチがとんでもない音楽を作るのだが、それはもう少し後の話である。

テンポとしてはトータルで15分台ぐらいの演奏だが、第1ヴァイオリンが第1主題を奏でる1つ前に鈴木はテンポアップ(作曲者の指示では全編通して「同じ速度で」であり、演奏時間は「17分ほど」である))。その後、更にもう1回速度を上げる。

そして1階席中央横断通路にスネアドラム奏者が登場。肩から下げたスネアドラムを歩きながら叩く。二つのスネアが鳴る中、転調があってクライマックス。鈴木優人は客席の方を向いて動きを止めた。

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2025年12月26日 (金)

コンサートの記(933) 沖澤のどか指揮 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2025「発見!メモリアルイヤーの作曲家」第3回「時代を超えて踊る踊る」

2025年12月21日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後2時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2025「発見!メモリアルイヤーの作曲家」第3回「時代を超えて踊る踊る」に接する。指揮は京都市交響楽団第14代常任指揮者の沖澤のどか。
沖澤が「オーケストラ・ディスカバリー」を指揮するのは初めてだが、ロームシアター京都(京都会館)で指揮すること自体が初めてであり(一昨日はノースホールでトークイベントには参加したが)今日は沖澤の輝かしきロームシアター京都デビューとなる。
沖澤は来年の3月にもロームシアター京都メインホールで2025年度最後の「オーケストラ・ディスカバリー」を指揮するが、2026年度の「オーケストラ・ディスカバリー」は2回だけと半減し、指揮者も6月に太田弦、2027年2月に川瀬賢太郎という若くしてオーケストラを率いる指揮者に変わる。プログラムも発表になっており、良く知られたクラシックの曲が多いが、映画音楽が増えているのが特徴。特に来年6月の「オーケストラ・ディスカバリー」では、オープニングの映画音楽を投票で決めるということで、私は「ハリー・ポッターと賢者の石」のヘドウィグのテーマに1票入れた。おそらく来年3月の「オーケストラ・ディスカバリー」でも投票は行われると思う。他の候補は、「スター・ウォーズ」、「パイレーツ・オブ・カリビアン」、「ジュラシック・パーク」、「ゴジラ」で、5曲中3曲がジョン・ウィリアムズ作曲作品である。

 

今回は、「踊る」がテーマだが、クリスマスシーズンに相応しい曲が選ばれている。
曲目は前半が、ヨハン・シュトラウスⅡ世(生誕200年)の「シャンペン・ポルカ」、ポルカ「観光列車」、「皇帝円舞曲」。ルロイ・アンダーソン(没後50年)の「ワルツィング・キャット」、「そりすべり」、「クリスマス・フェスティバル」
後半が、チャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」から“行進曲”、“トレパーク”、“パ・ド・ドゥ”、“あし笛の踊り”、“こんぺい糖の踊り”、“花のワルツ”。“トレパーク”は指揮体験コーナーとなっている。

 

今日のコンサートマスターは泉原隆志。フォアシュピーラーに尾﨑平。第2ヴァイオリンの安井優子は降り番のようで、客演首席として水鳥路が入る。ヴィオラの客演首席は大野若菜。トロンボーンの客演首席に西村菜月。
フルート首席の上野博昭は降り番である。ドイツ式の現代配置での演奏。11月の京響の定期演奏会を指揮したジャン=クリストフ・スピノジは、チェロが客席側に来るアメリカ式の現代配置にして右手で巧みに操っていたが、今日の沖澤も、真横に陣しているヴィオラに指揮棒を突くように向けることで音を大きくしていた。指揮台の横にどの楽器を置くかで、楽器の操りやすさやバランスが変わるようである。

今日は珍しく、首席クラリネット奏者の小谷口直子が一番先にステージに現れる。

 

司会も兼任する沖澤。楽曲の紹介などを行う。私の席の近くから「喋り上手いな」という老年男性の声が聞こえてきた。

 

「シャンペン・ポルカ」。ラストに特徴がある曲である。沖澤は「真面目」な音楽作り。この手の曲はもっとおちゃらけたものでも良いのだが、沖澤は性格的に余りふざけたことは出来ないのであろう。ラストでは、打楽器首席の中山航介が、口を開いてその前で両手を叩き、独特の音を出していた、空気銃でもシャンペンのコルクが開いた時の音を出しているのだが、人力(?)でも似た音を出す工夫がなされている。沖澤は中山の真似をして上手く音が出なかったが、実はヨハン・シュトラウスⅡ世は音について「どうやって出すか」は特に指定していないそうである。

 

ポルカ「観光列車」。沖澤は、この曲では「汽笛」と呼ばれたハーモニカに似た楽器を吹く。レールを進む音はカダフという中東で用いられる特殊な楽器で出していた。

 

「皇帝円舞曲」。沖澤は、「ポルカが続いたので、次はワルツを演奏します。といってもこの曲は最初は2拍子で、後で3拍子になります」と説明する。
ヨハン・シュトラウスⅡ世の楽曲は、メディアから流れてきて、いつの間にか知っていたり、CDを聴いて覚えたものも多いが、「皇帝円舞曲」に関してはいつどうやって知ったのかはっきりと覚えている。工藤静香が出ていたチョコレートのCMで知ったのである。その後に観た映画「ラストエンペラー」でも満州国建国記念の舞踏会でこの曲が用いられていた。沖澤と京響は堂々とした「皇帝円舞曲」を奏でる。一方で、オーストリアの楽団が出す揺れのようなものは出さなかったが、あれはオーストリア人だから自然に出るものなのかも知れない。

 

沖澤と京響のヨハン・シュトラウスⅡ世の演奏だが、ほぼノンビブラートで演奏している弦楽奏者と、ビブラートを一音ごとに掛けて演奏している弦楽奏者が半々だったのが特徴。例えばコンサートマスターの泉原隆志は稀にしかビブラートを行わず、フォアシュピーラーの尾﨑平は盛大にビブラートを掛けていた。
ヨハン・シュトラウスⅡ世の時代は、演奏法が変化していく時代である。大きなホールが建設され、ビブラートを用いないと音が隅まで届かないようになる。ただ20世紀のオーケストラのように弦楽器全員がビブラートを掛けて演奏するにはまだ間があり、ビブラートを使う人と使わない人が混じる過渡期の演奏も行われていたはずである。今日はその過渡期の演奏を味わったことになる。音色は爽やかで、派手派手しくなく、好感を抱いたが、その後に世界のほぼ全弦楽奏者がビブラートを掛ける演奏の時代が訪れたことで、音楽家達は爽やかさよりもスケールの大きさやゴージャスさを選択したということになりそうだ。

 

「アメリカのヨハン・シュトラウス」と呼ばれたルロイ・アンダーソン。見た目が余り良くない人だったのだが、名門ハーバード大学出身。音楽学部に学んだ後、大学院に進んで修士号取得。ニューイングランド音楽院でも学んだ後でハーバード大学に戻り、今度は両親が話者だったスカンジナビア語の研究を行って、最終的には博士号を取得するなど、非情に優秀にして多彩な人であった。アーサー・フィードラー時代のボストン・ポップス・オーケストラ(ボストン交響楽団が、各パートの首席奏者抜きでライトクラシックや映画音楽を演奏する時の名称)のアレンジャーとして仕事を始め、フィードラーに気に入られて自作を発表するようになっている。

「ワルツィング・キャット」について、沖澤は、「弦楽がグリッサンドといって、猫の鳴き声を真似ます。最後には猫じゃなくて犬が出てきます」と言って演奏開始。上品で柔らかな演奏である。この演奏で描かれているのはシャム猫か何かで絶対に雑種ではない。
犬は大勢の奏者が口で鳴き声を真似するが、沖澤によると「犬になりたい人多かったので、猫の倍ぐらいいました。アンダーソンは鳴き声を誰がどう出すかは書いていないんです」

 

「そりすべり」。クリスマスシーズンによく流れる曲であること、最後に馬がいななきすること、「スキーの橇ではなく、馬がひく橇です」と言って演奏開始。スケール、スピードとも理想的な演奏である。最後に馬のいななきを吹いたハラルド・ナエス(京響トランペット首席)も上手かった。

「クリスマス・フェスティバル」。クリスマスにちなんだ曲を並べてメドレーとしたもので、とても楽しい曲と演奏であった。考えてみれば、仏教にはこうした楽しい音楽は少ない。暗い曲も多いが明るい曲もある。ただ折角明るい曲があるのに、同じ歌詞の暗いメロディーを選ぶ傾向があるように思う。極楽往生が定まったのだから、それを祝う曲があってもいいと思うのだが、定めたのは自身ではなく阿弥陀如来(絶対他力)なので、能天気な曲は書けないのだろう。

 

後半。チャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」から。クリスマスの定番の演目であるバレエ「くるみ割り人形」。実は沖澤のどかはバレエオタクで、これまでベルリン州立バレエで様々なバレエを楽しんできたのだが、「くるみ割り人形」だけは人気が高すぎてチケットを手に入れることが出来なかった。それでも観たいのでドレスデン州立歌劇場バレエ(ドレスデンはザクセン州にあり、ベルリンとは州が異なる)まで遠征したこともあったのだが、ようやくベルリン州立バレエの「くるみ割り人形」のチケットに当選した、と思ったら公演当日の朝に電話が掛かってきて、「水道管が破裂した(だったかな?)ので照明を使ったりするのが危険なので公演中止」「ただリハーサルはご覧になれます」ということで出向いて、ジャージ姿で踊るバレリーナを観察したりしていたそうだ。

リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」を聴いた時にも感じたことだが、沖澤の振るロシアものは味が濃いめである。低弦が力強く、洗練された響きの奥にざらついたものが聞こえる。ロシアの大地を考えれば、そうした表現も適切なのかも知れない(ただ私はロシアの大地を見たことはない)。

“トレパーク”では、小学校2年の女の子と小学校4年の男の子が指揮に挑戦。
小学校2年の女の子は途中でテンポが遅すぎて止まりそうになったため、沖澤が助け船を出して右手を振ってテンポを示して見せ、最後まで振り切った。
小学校4年生の男の子は、途中でテンポの変更があって、京響の団員も合わせるのが難しそうであったが、こちらも完走した。
沖澤は、学校で習う四拍子や三拍子の振り方については、「あれはあくまで基本形。というよりどうでもいい」。ということで四拍子は二つ振り、三拍子は円を描く方法で教えていた。
パーヴォ・ヤルヴィは、「今のプロオーケストラは優秀なので拍を刻まなくても演奏出来ます」ということで、音型を描く指揮を教えているようである。アニメ「響け!ユーフォニアム」には、吹奏楽部の顧問による指揮の「打点が分からない」と友達が愚痴る場面があるが、あれはアマチュアだからきっちり拍を刻んだ指揮をしないと弾けないということである。

“パ・ド・ドゥ”は、組曲にも含まれていない曲だが、「組曲に取り上げられていない曲にも良い曲がある」と沖澤は語っていた。

「あし笛の踊り」。ソフトバンクのCMで知られる曲だが、沖澤のどかは、テレビもラジオもない生活を、しかもベルリンで送っているので、CMのことは知らなかったと思われる。YouTubeでなら見られるが、わざわざ「ソフトバンク CM」と検索したりはしないだろう。主役であるフルートは首席なしでの演奏なのでやや落ちる感じではあったが、雰囲気は出ていた。
京響は首席と次席に明らかな実力差があるのが難点である。

「こんぺい糖の踊り」。チェレスタをお馴染みの佐竹裕介が演奏する。
沖澤は、チャイコフスキーがパリでまだ新しい楽器だったチェレスタを見つけたこと、「新作のバレエで使いたい」のでロシアまで運んで欲しいと出版社に手紙を送ったこと、「ただしリムスキー=コルサコフやグラズノフには絶対知られないように」と念を押したことなどを述べ、「くるみ割り人形」の初演でチェレスタの音が大好評だったことを語った。
「オーケストラ団員になりたい」という夢を持つピアニスト、佐竹裕介。普通はピアニストというと個性勝負になるが、オーケストラの一楽器となったチェレスタを演奏する。
神秘的な雰囲気が良く出ていた。

最後はお馴染みの“花のワルツ”。この曲はいすゞジェミニのCMで知ったはずである。チャーミングであるが、案外、ガッシリとした聴き応えのある演奏であった。

 

最後に告知。2025年度最後となる「オーケストラ・ディスカバリー」が来年の3月29日に沖澤の指揮で行われること、また2026年度は2回の公演になること(理由はよく分からないが、プロコフィエフの交響曲チクルスがあるからではないかと思われる)、クリスマスシーズンというと、「くるみ割り人形」や(フンパーディンクの歌劇)「ヘンゼルとグレーテル」が上演されたりするが、「日本の年末と言えば第九ですよね」「と言いながらもうチケット完売なんですが」「来年、再来年と機会があるので」と話していた。

 

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2025年10月11日 (土)

コンサートの記(924) 韓国・大邱国際オーケストラ・フェスティバル日本特別公演 大邱市立交響楽団来日演奏会@ザ・シンフォニーホール

2025年9月25日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、韓国・大邱(テグ)国際オーケストラ・フェスティバル日本特別公演、大邱市立交響楽団の来日演奏会を聴く。今回、大邱交響楽団が来日演奏を行うのは、アクロス福岡の福岡シンフォニーホールと、ザ・シンフォニーホールのみのようで、東京にも行かないようである。

ソウル(首都という意味で、長くオリジナルの漢字表記がなかったが、公募により首尔に決まった)。日本の漢字では首爾になるが、日本語はカタカナ表記があり、これまでも一般的であったため、定着はしないだろう)、釜山(プサン)、仁川(インチョン)に次ぐ韓国内人口第4位の都市である大邱。ただトップ3に比べると知名度は低いと思われる。
個人的には、韓国プロ野球の三星(サムスン)ライオンズが大邱広域市をホームタウンとしており、元読売巨人軍の新浦壽夫がエースとして活躍しているのをテレビで見て、大邱という街を知った。まだ日本出身者は在日韓国人しか韓国プロ野球でプレー出来なかった時代の話である。今は先祖代々日本人でも韓国プロ野球でプレーすることは可能だ。
サムスン電子も当時は国外ではまだそれほど有名な企業ではなかったのだが、今やスマートフォンや薄型テレビの世界シェアナンバーワン、「世界のSAMSUNG」になっている。
なお、サムスン電子の本社は北部の水原(スウォン)市にあり、大邱とは遠く離れている。日本でも北海道日本ハムファイターズの本拠地はエスコンフィールドHOKKAIDOであるが、日本ハムの本社自体は大阪市北区のブリーゼタワーにあるので、親会社と野球チームの本拠地が離れていても特に珍しくはない。楽天もDeNAもソフトバンクも東京に本社を置く会社である。考えてみれば親会社とプロ野球チームが同じ街にある方が少ない。ロッテは千葉市に本社を移そうとして失敗している。

 

さて、韓国のクラシック音楽の現状であるが、ソリストはとにかく凄い。チョン三姉弟を始め、世界の第一線で活躍する人が次々に出てくる。
一方、オーケストラに関しては、1990年代末に行われたインタビューで、チョン三姉弟の末弟で、指揮者&ピアニストのチョン・ミョンフンが、「日本より20年遅れている状態」と嘆いていた。この時代は東京を本拠地とするオーケストラが世界的大物指揮者をシェフに招いて躍進していた時代である。チョン・ミョンフンもこの後、東京フィルハーモニー交響楽団のスペシャル・アーティスティック・アドバイザーに就任して、長足での成長に一役買っている。
その後、2000年代に、「アジアオーケストラウィーク」が発足。日本のオーケストラも参加し、東京と大阪で東アジアや東南アジアのオーケストラが演奏を行っている。その中の一つとして、ソウル・フィルハーモニック管弦楽団の演奏をザ・シンフォニーホールで聴いたことがある。ソウルには、日本語に訳すとソウル・フィルハーモニック管弦楽団になる団体がなぜか2つあるそうで、どちらだったのかは分からないが、「20年遅れている状態」から「10年遅れ」まで詰めてきたような印象のある良いアンサンブルであった。

東日本大震災が起こってからは、「アジアオーケストラウィーク」は東京と東北地方で行われるようになったが、昨年は「アジアオーケストラウィーク」が京都コンサートホールのみで行われ(シンガポール交響楽団と京都市交響楽団が参加)、今年の「アジアオーケストラウィーク」は香港フィルハーモニー管弦楽団が西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで演奏するが、ピアノのソリストが反田恭平であるため、チケット完売になっている。

ソウル・フィルハーモニック管弦楽団以来となる韓国のプロオーケストラの鑑賞。ポディウムと2階席のステージ横、3階席は開放されていないが、それ以外は思ったよりも埋まっている。企業による団体での鑑賞も行われているようだったが、普通の企業ではなく音楽関係のようで、マナーも良かった。

 

曲目は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(ピアノ独奏:金子三勇士)とラフマニノフの交響曲第2番。

お馴染みの存在となりつつある金子三勇士(みゅうじ)。日本とハンガリーのハーフである。生まれたのは日本だが、6歳の時に単身、ハンガリーに留学、11歳でハンガリー国立リスト音楽院に入学。16歳で日本に帰り、東京音楽大学付属音楽高等学校に編入。2008年のバルトーク国際ピアノコンクールで優勝し、以後、国内外で活躍している。
「技巧派」と呼ぶのが最も相応しいピアニストである。

大邱市立交響楽団は、コンサートマスターが女性(コンサートミストレス)なのは今では普通だが、第1ヴァイオリンも第2ヴァイオリンも全員女性である。流石にこんなオーケストラは見たことがない。ヴィオラ、チェロ、コントラバスも男性は2人ずつで後は全員女性。他のパートも男女半々であり、男性しかいないのは、クラリネットと打楽器、後半のみに加わったトロンボーンとテューバ(1台のみ)だけである。背の高い男性の方が有利と思われるコントラバスで、これほど女性が揃ったオーケストラはかなり珍しい(7人中5名が女性)。
アメリカ式の現代配置での演奏。韓国は文化面でも日本よりも遙かに強くアメリカの影響を受けており、K-POPなども明らかにアメリカの真似で、このままでは自国の音楽文化が損なわれるのではないかと心配になる。日本はアメリカ文化を相対化しており、日本ならではのポピュラーミュージックも盛んである。

指揮者は、ペク・ジンヒョン。2023年から大邱市立交響楽団の音楽監督兼指揮者を務めている。2003年から2011年まで馬山市立交響楽団の音楽監督、2018年から2022年までは慶北(キョンボク)フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督であった。マンハッタン音楽院で修士号取得、ハートフォード大学でアーティスト・ディプロマを得て、ロシアファーイースタン国立芸術アカデミーで音楽芸術博士号を獲得している。現在、東西大学大学院の指揮法教授を務めるほか、釜山国際音楽祭と釜山フェスティバルオーケストラの芸術監督でもある。
聴いてみて分かったが、速めのテンポを好む人であった。

金子三勇士のピアノは、最近流行りの一音一音の粒立ちが良いものとは正反対。ダンパーペダルを踏み続け、意図的に音を少し溶け合わせて温かみを生んでいる。どちらの演奏スタイルも当然ながら「あり」だが、金子のようなスタイルの方が人間らしく聞こえる。良い意味でアナログ的なのだ。
ソフトペダルは特に高音を弾くときに使っていた。

指揮のペク・ジンヒョンは、金子のテンポに合わせて大邱市立交響楽団を運ぶが、オーケストラだけの部分になると急にスピードアップするのが面白い。
大邱市立響はメカニックも音楽性も高く、「10年遅れから大分時が経ったから、日本のオーケストラにも肉薄しつつあるな」という印象を受ける。

 

演奏が終わり、立ち上がって頭を下げてから退場した金子だが、再び出てきた時に指揮者のペクにピアノの座椅子を示される。アンコール演奏。金子は、客席に向かって「ありがとうございました」と言い、オーケストラには「カムサハムニダ」と述べる。
「リストのコンソレーション(第3番)」と曲名を告げてから金子は演奏開始。リストなので技術的に高難度だが美演であった。

 

ラフマニノフの交響曲第2番。やはりラフマニノフは秋に聴くのが相応しい作曲家であるように感じる。
ペク・ジンヒョンは、想像通り速めのテンポを採用。これまでに実演で聴いたラフマニノフの交響曲第2番の中で最も演奏時間が短いと思われる。私は実演ではラフマニノフの交響曲第2番は全曲版でしか聴いたことがない。カット版はジェームズ・デプリースト指揮東京都交響楽団盤で聴いただけである。

ドイツの楽団を理想とするNHK交響楽団や大阪フィルハーモニー交響楽団。N響に対抗してアメリカのオーケストラスタイルを目指した、解散宣告と争議前の日本フィルハーモニー交響楽団。「札幌交響楽団を日本のクリーヴランド管弦楽団にする」と宣言した岩城宏之。その岩城が初代音楽監督を務めた日本初の常設のプロ室内管弦楽団であるオーケストラ・アンサンブル金沢。
日本のオーケストラは、欧米のオーケストラを理想としていることが多い。クラシック音楽を生んだのは欧米なので、それは当然なのだが、今日の大邱市立交響楽団の演奏は「東アジア的なるもの」を入れて、自分達なりの演奏を目標としているように思える。輝かしい部分では、今の日本のオーケストラは光の珠が爆発したかのように明度が高いが、大邱市立交響楽団は、輝きの中に僅かに陰が差す。多くの色が混ざった液体の中に一滴だけ墨を入れる。そういった隠し味のようなものが印象的であった。そうすることで意図的に東洋的なものが音楽の中に染みていく。
日本と韓国のポピュラー音楽とクラシック音楽で逆のことが起こっているようでもある。
なお、演奏中に男性のフルート奏者が楽譜を床に落とす。バサッという音がする。フルート奏者はフルートも第2ヴァイオリンも休みの箇所を狙って、楽譜を拾ったが、前にいる第2ヴァイオリン奏者(当然女性)に右肘で、「あんた邪魔。さっさと拾いなさいよ」と急かされていた。その直後に第2ヴァイオリンが弾き始めている。

ペク・ジンヒョンは早足で下手袖に退場、と思ったらすぐにまた早足で出てくる。せっかちな性格のようである。そのこととテンポが速めであることとに相関性があるのかは分からないが。

 

アンコール演奏は、リムスキー=コルサコフの歌劇「サルタン皇帝の物語」より“くまんばちの飛行”。リムスキー=コルサコフの“くまんばちの飛行”には様々なアレンジがあるが、おそらく歌劇の場面から抜き出したリムスキー=コルサコフのオリジナル版による演奏だと思われる(YouTubeに載っている映像の中では、WDRの第2オーケストラによる演奏が一番近い)。描写力が高く、最後は爽快な出来であった。

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2025年10月10日 (金)

コンサートの記(923) ジョン・アクセルロッド指揮 京都市交響楽団第699回定期演奏会

2025年4月19日 京都コンサートホールにて

午後2時30分から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第699回定期演奏会を聴く。今日の指揮者は、元京都市交響楽団首席客演指揮者のジョン・アクセルロッド。
首席客演指揮者時代は、コロナ期と重なってしまったため、十分な活動を行えなかったが、渡航制限が続く中、首席客演指揮者としての任務を果たすため危険を冒して来日して指揮を行うなど、京都市交響楽団に貢献した。現在は、スイス国立管弦楽団音楽監督兼首席指揮者とルーマニアのブカレスト交響楽団首席指揮者を兼任している。
ハーヴァード大学音楽学部とサンクトペテルブルク音楽院に学び、レナード・バーンスタインとイリヤ・ムーシンに師事。出身地のヒューストンでは、当時、ヒューストン交響楽団の音楽監督だったクリストフ・エッシェンバッハに師事している。

曲目は、チャイコフスキーの幻想序曲「ハムレット」、リヒャルト・シュトラウスの「4つの最後の歌」(ソプラノ:森麻季)、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。作曲家最後の作品が2つ並ぶという興味深いプログラムである(リヒャルト・シュトラウスは実際には「4つの最後の歌」の後にも曲を書いていたようである)。

今日は都合によりプレトークには間に合わなかった。

今日のコンサートマスターは、特別名誉友情コンサートマスターの豊嶋泰嗣。フォアシュピーラーに泉原隆志。ヴィオラの客演首席に大島亮。チェロの客演首席にルドヴィート・カンタ。ドイツ式の現代配置での演奏。トランペット首席のハラルド・ナエスは降り番。フルート首席の上野博昭はリヒャルト・シュトラウスからの、クラリネット首席の小谷口直子は「悲愴」のみの出演である。

 

チャイコフスキーの幻想序曲「ハムレット」。チャイコフスキーがシェイクスピアの作品にインスピレーションを受けた作品としては、某有名作にも影響を与えた「ロメオとジュリエット」が有名で、「ハムレット」は余り演奏されない。「ハムレット」を題材にした音楽を書くようチャイコフスキーに勧めたのは、弟のモデストで、プランも合わせて提示したのだが、作曲が行われることはなかった。その後、10年以上経ってから、フランスの俳優であるリュシアン・ギトリを招いてサンクトペテルブルク・マリインスキー劇場で「ハムレット」の上演が企画され、チャイコフスキーが劇音楽を書くという企画が持ち上がる。上演は実現しなかったが、チャイコフスキーはこれを期に幻想序曲「ハムレット」を書くことになった。
ハムレットを表すと言われる重苦しい主題の後に、躍動感溢れる旋律が現れる。チャイコフスキーは具体的に何を書いたのかをほとんど書き記していないが、対比させるのだとしたらレアティーズだろうか。オフィーリアとフォーティンブラスの主題に関しては書かれているようである。
オーボエがジャズのスタンダードナンバー「枯葉」によく似た主題を吹くのが面白い。作曲されたのはチャイコフスキーが先である。この旋律は二度登場するため、おそらく何かもしくは誰かを表しているのだと思われるが、具体的に何を描いているのかは分からない。
アクセルロッドは優れたバトンテクニックを生かして、京響から輝かしくもドラマティクな音を引き出す。

 

リヒャルト・シュトラウスの「4つの最後の歌」。リヒャルト・シュトラウスが1948年に書いた最晩年の作品であり、評価は極めて高い。日本でもお馴染みのヘルマン・ヘッセの詩を用いているということでも興味深い曲である。

失敗したのは、ポディウム席を選んだため、森麻季の声が余り届かないということである。やはり歌曲の場合、声が届かないのでは書きようがない。ということで、この作品に関する批評は行わないこととする。

 

チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。21世紀に入ってから大幅に解釈が変わった曲である。増田良介によるプログラムノートでは、自殺説について「否定されている」と書いているが、異様な構成は何らかの形で「死」を意識したものとして見た方が自然なように思われる。

アクセルロッドは、中庸のテンポでの演奏。「若く良き日の回想」のように甘美な第1楽章第2主題は、2度目をやや弱く演奏してメリハリを付ける。
第2楽章、4分の5拍子は、3拍子目を跳ね上げるように振ることで処理。4分の5拍子のワルツは、ロシアでは珍しくないようである。ただ曲調は第1楽章の「若く良き日の回想」を受け継いでいるようである。
第3楽章は4分の4拍子であるが行進曲風。アクセルロッドはの師であるレナード・バーンスタインは、この楽章の後に拍手が来るのを喜んだそうだが、現在は当時とは解釈が異なる。
威勢の良い曲調だが、やけになっているようにも聞こえる。交響曲第5番で、ベートーヴェンの運命主題を多用したチャイコフスキーだが、この楽章でも進もうとすると運命主題に似た音型が立ちはだかる。ラストのピッコロの狂騒はベルリオーズの幻想交響曲のようだ。
アクセルロッドは二度目のシンバルの後にテンポをグッと落とし、異様さを強調する。

最終楽章はそれほど慟哭は強調しないが、自然ににじみ出る哀感が伝わってくる演奏である。この楽章でも「若く良き日の回想」が形を変えて出てくる。これほど執拗に回想の趣が出てくるということは、「死」はやはり意識されていたものと見るのが自然である。もっとも、チャイコフスキーは交響曲第4番からの3つの交響曲全てで異様な緊張感と狂騒を書き続けており、「悲愴」を遺書のつもりで書いたのかどうかは分からない。
オーケストラを鳴らす術に長けたアクセルロッド。京響の機能美を上手く生かした演奏であった。

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2025年9月27日 (土)

コンサートの記(919) 沖澤のどか指揮京都市交響楽団第704回定期演奏会

2025年9月19日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第704回定期演奏会を聴く。指揮は京都市交響楽団第14代常任指揮者の沖澤のどか。

曲目は、L・ファランクの交響曲第3番とリムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」

なお、沖澤と京響はこのプログラムで日本縦断ツアーを行う。西宮、福井、長野、東京、そして沖澤の故郷である青森県の八戸市と青森市での演奏会も行う。沖澤は三沢市生まれの青森市育ちだが、ベルリン・フィルのカラヤン・アカデミーで学ぶ姿に密着したドキュメンタリー中の英語によるナレーションでは、三沢市の知名度が低いためか、「Aomori City」の出身だと語っている。三沢市にはそれほど長くいなかったのかも知れない。
またコロナ禍中に山田和樹と行ったYouTube遠距離対談では、「青森だとプロのオーケストラを聴く機会は年に1度あるかないか」と話していたが、この秋は青森で京響が聴けることになる。
ちなみに京都公演のチケットは今日明日共に完売である。東京公演も完売した。

プレトークで、沖澤は、「こんばんは。やっと涼しくなりましたね」と切り出す。自宅のあるベルリンでの仕事を終え、東京に飛び、新幹線で京都入りしたのだが、「京都駅のホームに降りた瞬間、『ああ、また夏だ』」と思ったそうである。ベルリンはもうセーターが必要な気温だそうだ。
曲目について、「L・ファランクの交響曲第3番を生で聴いたことあるぞという方」と聴衆に問いかけるが手は一つも挙がらない。変な曲を聴いていることが多い私もこの曲を聴くのは今日が初めてである。YouTubeに誰かが演奏を上げているかも知れないし、NAXOSのライブラリーに入っているかも知れないが、先入観を避けるために敢えて聴かないで来た。
「私もつい最近まで知らなかったんですけど」と沖澤は続け、「(スイスの)バーゼル交響楽団に伺った時に、『良い曲があるよ』と教えられ」て、それから取り組むようになったそうである。
なお、沖澤は女性作曲家の作品をよく取り上げる傾向があるが、L・ファランクも女性作曲家である。フルネームは、ルイーズ・ファランク。1804年生まれというからベートーヴェン(1770-1827)がまだ存命中で新進気鋭の作曲家と目されていた頃に生を受けたことになる。そのため、L・ファランクは古典派とロマン派の間に位置づけられるが、確かにそのような印象は受ける。ただし、やや古典派寄りである。ファランクは結婚後の苗字で、生家の姓はデュモン。15歳でパリ音楽院に入学し、ピアノを学ぶが、当時のパリ音楽院では女性は作曲を正式に学ぶことが許されなかったため、アントニーン・レイハという作曲家にプライベートレッスンを受けている。
ピアニスト兼作曲家として活動し、母校であるパリ音楽院のピアノ科教授も務めるが、当初は女性教授の報酬は男性教授よりも低く、ファランクは何度も抗議して、男性教授と同一賃金を勝ち取ったようである。
50代の時に愛娘でピアニストであったヴィクトリーヌが30代で早逝すると、以後は作曲と演奏の活動をほとんどしなくなり、音楽アンソロジーの編纂と教育に専念するようになったようである。

「シェエラザード」の思い出としては、「京都市交響楽団をこのホールで指揮者としてではなく、一聴衆として聴いたことは余りなんですけれど、『シェエラザード』」はあるという話をしていた。広上淳一が「シェエラザード」を2回取り上げているが(後で調べたところ、そのうちの1回は京都コンサートホールではなく、大阪のザ・シンフォニーホールで演奏されたものだった)、ジョン・アクセルロッドなど他の指揮者もプログラムに載せているので、どの演奏会なのかは、はっきり分からない。
また、「シェエラザード」を取り上げた理由として、「日本各地の海、長野は海ないんですど」様々な海をその地の聴衆に思い浮かべて欲しいという意図があったようである。ちなみに京都人と呼ばれる人にとっては、京都とは京都市のこと(更に狭く取る人もいる)なので、「京都も海ないで」と思う人もいそうである。かく言う私も京都府の海は見たことがない。天橋立や「海の京都」に行ってみたい気はあるが実現していない。私にとっての海は、九十九里浜の豪快な波である。

沖澤は来年以降のプランとして、「プロコフィエフの交響曲を全曲演奏します。3回! 3回に分けてですよ。録音もします」ということで、「プロコフィエフ交響曲全集」が完成しそうである。
沖澤「プロコフィエフの交響曲は、1番、5番、7番などはよく演奏されますが、他の曲はあんまり。何故かと言えば難しいから。皆さんにではなくて演奏する側が」

 

今日のコンサートマスターは、京都市交響楽団ソロコンサートマスターの「組長」こと石田泰尚。もう一人のソロコンサートマスターの肩書きを持つ会田莉凡(りぼん)がフォアシュピーラーとして入り、泉原隆志と尾﨑平がファーストヴァイオリンの第2プルトとして陣取る。ドイツ式の現代配置だが、ファランクの時はティンパニの中山航介が第2ヴァイオリンのすぐ後ろでティンパニ(見た目では分からなかったがバロックティンパニかも知れない)を叩く。「シェエラザード」では中山は指揮者の真向かいに回った。
ヴィオラ首席に京都市交響楽団ソロ首席ヴィオラ奏者の店村眞積(たなむら・まづみ)が入るなど、強力な布陣である。
L・ファランクの交響曲第3番は金管はホルンだけという特殊な編成であるため、管の首席奏者は「シェエラザート」のみの参加である。

 

L・ファランクの交響曲第3番。無料パンフレットで音楽評論家の増田良介が、「モーツァルトの交響曲第40番との類似」を指摘しているが、確かにそんな感じである。
金曜ナイトドラマ第1作「TRICK」のオープニングテーマに少しだけ似た旋律でスタート。古典派とロマン派の間を行く作風だが、ロマン派ほどには羽ばたかない。
第2楽章。モーツァルトの交響曲第40番の第2楽章は、モーツァルトが無人の野を行くような澄み切った孤独感が印象的だが、L・ファランクの交響曲第3番の第2楽章もモーツァルトほどではないが孤独の哀しみが浮かび上がる。
第3楽章と第4楽章は、当時ヨーロッパで流行っており、鬼束ちひろが好きな言葉として挙げていることでも知られる(?)「疾風怒濤(シュトルム・ウント・ドラング)」の作風。
時代的にピリオドでも構わないはずだが、モダンのアプローチである。ただ中山航介が先が木製のバチでティンパニを強打するなど、ピリオドの要素も入れていた。中山は先端に糸が巻かれた普通のマレットでも叩いており、それが「古典派とロマン派の間」を表しているようでもあった。

 

後半、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。昨年の大河ドラマ「光る君へ」で「シェエラザード」のヴァイオリン独奏に似た旋律が用いられており(作曲は冬野ユミ)、それが終盤で紫式部(まひろ/藤式部。吉高由里子)が病気で寝込んでいる藤原道長(柄本佑)に、毎日、連続ものの短い物語を語るという「音楽の伏線」になっていたことで話題になっている。ちなみに芥川龍之介が、『千夜一夜物語(千一夜物語、千と一夜物語)』の続編を書いているが、恐ろしくつまらないので読む必要はない。芥川さん、どうしてあんなの書いちゃったんですか?

かなりハイレベルの演奏である。ヴァイオリンソロを取る石田泰尚の演奏も妖艶且つ典雅で雄弁だ。
沖澤の解釈はおそらくロシア音楽ということよりもアラビアンナイトの音楽であるということを意識したもので、濃厚な音楽を紡ぎ上げる。広上と京響の「シェエラザード」が水彩画だとすれば、沖澤と京響の「シェエラザード」は絵の具を何重にも重ねた油絵の「シェエラザード」である。ロシアがフランスを手本にしていたということもあり、音楽でもフランス音楽とロシア音楽は親和性があって、フランスものを得意としている指揮者は大体ロシアものも得意としているが、水彩画系演奏の代表として広上の他にスイス・フランス語圏出身のデュトワ(モントリオール交響楽団との演奏が名盤として名高いが、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団との新盤は更に良い)がいるとすれば、油絵系演奏はロシア生まれのロストロポーヴィチなどが代表格であろうか。とにかく同じ京響の「シェエラザード」なのに印象は大きく異なる。
カロリーたっぷりで、耳が満杯。大満足の出来である。ただ聴いていて疲れるところはある。

沖澤の指揮姿は端正で「これぞ指揮者」といったところ。人気があるのも頷ける。今日は背中は燕尾服風であるが前は閉じるという服(小澤征爾がよく着ていたような服だが何というのだろう?)に白いネクタイのようなものを巻いていたが、ネクタイのようなものが揺れる様がエレガントで、視覚効果面でも優れていた。指揮棒は縦振りがほとんどで横に振るときは小さいのが特徴である。

日本のどこに行っても受けること間違いなしのコンビ。沖澤と京響の未来は間違いなく明るい。

 

今日はアンコール演奏がある。カプレ編曲のドビュッシーの「月の光」管弦楽版。繊細で淡い音の月夜で、今夜は朧月のようである。沖澤と京響の多面性を示していた。

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2025年9月14日 (日)

これまでに観た映画より(399) 「ゴジラ」1984年版

2025年9月8日

Amazon Prime Videoで、「ゴジラ」1984年版を観る。ゴジラの死滅を描いたことで知られる作品である。
原水爆という重い問題を抱えて登場したゴジラ。しかし、その後、大衆化路線が図られ、ミニラが登場するなど親しみやすいキャラクターになっていく。ゴジラが子どものものになったのだ。しかし今のままでは第1作のメッセージが忘れ去られてしまうのではないかとの危惧から、「ゴジラは恐ろしいものでなくてはならない」との号令の下、再び恐怖怪獣ゴジラが復活したのが1984年版である。当時私は、小学校4年生であったが、テレビで大々的に宣伝されていたのを覚えている。
この「ゴジラ」1984年版は、第1作から30年ぶりにゴジラが現れたという設定になっており、その間に作られたゴジラシリーズとは無縁ということになっている。

「ゴジラ」1984年版は、千葉市の中央三丁目にあった千葉松竹という映画館で母親と一緒に観ている。今はもう存在しない映画館だ。実写の映画を映画館で観るのは2度目であった。初となったのは「南極物語」で、これは今の京成千葉中央駅の場所にあった京成ローザという映画館で、満員なので階段に座って観ている。今はもう消防法で駄目かも知れない。京成ローザという映画館は今もあるが、一度取り壊されてから再建されたシネマコンプレックスであり、名は同じだが別物である。

監督:橋本幸治。出演:田中健、沢口靖子、宅麻伸、夏木陽介、加藤武、鈴木瑞穂、織本順吉、村井國夫、橋爪功、江本孟紀(カメオ出演)、かまやつひろし(カメオ出演)、佐藤慶、森本毅郎(本人役での出演)、石坂浩二(カメオ出演)、武田鉄矢(特別出演)、小林桂樹ほか。音楽:小六禮次郎。

伊豆諸島の先端にある島、大黒島(架空の島)で噴火がある。付近で漁業を営んでいた第五八幡丸が遭難。何者かが第五八幡丸を大黒島へと引き寄せたらしい。
数日後、新聞記者の牧吾郎(田中健)がヨットを帆走させていた時に、幽霊船のようになった第五八幡丸を発見。中に入ってみる。船内からはミイラ化した死体などが発見されたが、ロッカーの奥に身を潜めていた若い男はまだ生きていた。男の名は奥村宏(宅麻伸)実家が貧しいのか、他に理由があるのか、妹で大学生である尚子(なおこ。沢口靖子)の学費を稼ぐために、賃金は高いが身の保証はない漁業のアルバイトを行っていたらしい。
船内には巨大化したフナムシがおり、ミイラ化した死体はフナムシに体液を吸われたものだと思われる。牧は何とかフナムシを倒す。
第五八幡丸を襲ったのが、ゴジラである可能性が高いことが分かる。巨大なフナムシはゴジラに付着していたため肥大化したのだ。
その後、ソ連の原子船が太平洋沖でゴジラに襲われる。大黒島から南に下がったことになり、「ゴジラが日本に来ないのではないか」という予想も立てられるが、専門家はゴジラは核や原子力を餌にしていると分析。最寄りの原発のある島国、日本にやって来るのは必定であった。
内閣はゴジラの日本上陸の可能性を報道規制するが、ゴジラに打撃を受けたソ連や、同盟国のアメリカがゴジラを核爆弾で迎撃する計画を立案。冷戦時代であり、当然ながら東西の盟主国である両国は仲が悪い。状況によっては、第三次世界大戦の引き金になることも否定出来ない。

日米露の会談がもたれ、ソ連は「ゴジラが日本を縦断したら、次に攻めてくるのはウラジオストックの原子炉だ」と懸念を表明。アメリカ側は日米同盟を打ち出すが、「作らず持たず持ち込ませず」の非核三原則により、結論としては、日本一国で戦うことに決める。

一方、奥村は恩師で生物学者である林田信(まこと。夏木陽介)に牧とともに接近。妹の尚子が林田の助手をしていることもあり、4人のチームでゴジラ撃退法を探る。

ゴジラは静岡の井浜原発(モデルはあるが架空の原発)を襲い、エネルギーを蓄積する。現地に赴いた林田は、渡り鳥に対するゴジラの反応から、ゴジラに帰巣本能があるとの仮定を立て、自殺の名所としても知られる伊豆大島の三原山火口にゴジラを落とすという作戦を立てる。

ゴジラは東京湾を北上、航空自衛隊も攻撃に出るが、それを突破して東京に上陸する。東京湾に浮かぶソ連の貨物船には核ミサイル発射装置が密かに設けられていたが、ゴジラに襲われた際に誤作動を起こし、ゴジラを標的としたミサイルが発射されてしまう。

そしてゴジラは、第1作同様、築地から銀座、有楽町というコースを取る。
今回は銀座の和光は破壊されなかったが、前回破壊された日本劇場の跡地に建つ有楽町マリオンは壊され、前回は在来線の車両を持ち上げていたが、今回は新幹線の車両を持ち上げる。第1作との連続性を強調する意味もあるだろう。ゴジラに新幹線を捕捉出来るだけの俊敏性があるのかどうか疑問だが、とにかく持ち上げている。
その後、ゴジラは永田町に向かうが、永田町の風景のシーンは今回はない。そして行き着いたのは、新宿副都心(まだ都庁移転前である)。

西新宿のビルでは、林田がゴジラを三原山へと誘導する超音波装置を完成させるが、ゴジラが西新宿に来たため、停電やビルの一部破壊などが起こり、身動きが取れなくなってしまう。

ゴジラがなぜ西新宿に現れたのかは謎だが、政府は特設戦闘機「X」でゴジラを迎え撃つ。
高層ビルにゴジラの吐いた放射熱戦による丸い穴が空き、その穴を通してゴジラとXとが撃ち合う様は、この映画が公開される少し前に流行ったインベーダーゲームの名古屋撃ちのようである。おそらく意識はされているのだろう。
Xはカドミウム弾でゴジラを倒すが、気絶させただけ。息を吹き返したゴジラとXは戦わねばならないが、カドミウム弾はすでに尽きており、標準装備のみで乗り切らねばならず、ゴジラの敵足りえなかった。

その間、高層ビルの上階から自衛隊のヘリコプターに乗り込んだ林田は、三原山へとゴジラを導く。ソ連の核ミサイルはアメリカの迎撃ミサイルが落とし、西新宿での核爆弾破裂は避けられる。

林田の目論見は当たり、ゴジラは、伊豆大島・三原山へと向かい、自ら火口に落ちるのだった。

 

第1作では原水爆が生み出したゴジラということになっていたが、1984年版では、冷戦下における核の問題が浮かび上がる。アメリカもソ連も核を持ち、唯一の被爆国である日本も時代の流れから原子力発電所を所有するようになっている。
おそらく今回はゴジラは地震により目覚めているので、原爆や原爆実験は問題ではない。というよりもあるのが当たり前の社会になっている。
日本は非核三原則があるので、核は持てないが、アメリカの傘の下でソビエトの脅威におびえるという状態。そうした危機意識が1984年版「ゴジラ」には込められているように思う。「わからない」とは書いたが、1984年時点で高層ビル群があったのは、日本では西新宿だけで、文明に対する警告という意味も込められていたように思われる。

三原山の火口に落ちたゴジラを、首相の三田村清輝(小林桂樹)ら内閣は、哀悼の面持ちで見つめる。原子力に守られた日本の終わりを原子力によって眠りを覚まされたゴジラの終わりに重ねたのか。

実力派を揃えたキャストが並ぶが、新人同然の沢口靖子の台詞回しが余りにも素人じみていて笑ってしまう。東宝シンデレラ出身だけに早めにヒロイン役に抜擢したかったのだと思うが、まだ早かったようだ(日本アカデミー賞新人賞は受賞している)。彼女も90年代に入ると安定した力を見せ、そして「科捜研の女」という彼女でなければ主役は務まらなかったであろう番組を、断続的に四半世紀以上に渡って務めるという偉業を成し遂げている。

なお、加藤武演じる笠岡通産大臣が、「わからない!」と言われる場面があるのだが、おそらく加藤武の名ゼリフ「よしっ! わかった!」(わかった例しがないが)のパロディであると思われる。

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2025年9月 6日 (土)

コンサートの記(916) 京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2025「発見!メモリアルイヤーの作曲家」第1回「音楽と物語と」 鈴木優人指揮 ウエンツ瑛士(語り)

2025年6月15日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後2時から、左京区岡崎のロームシアター京都メインホールで、京都市交響楽団 オーケストラ・ディスカバリー2025「発見!メモリアルイヤーの作曲家」第1回「音楽と物語と」を聴く。

これまでのオーケストラ・ディスカバリーは年4回の公演を4人の指揮者で振り分けていたのだが、今年度は前半2回を鈴木優人が、後半2回を京響常任指揮者である沖澤のどかが受け持ち、二人で振り分ける。

タイトルにあるようにメモリアルイヤーの作曲家をフィチャーするプログラム。今回は、ビゼー、ヨハン・シュトラウスⅡ世、クライスラーの作品が取り上げられ、今後も芥川也寸志、ラヴェル、ショスタコーヴィチ、ルロイ・アンダーソン、フォーレ、サン=サーンス、ファリア、ウェーバー、ベンジャミン・ブリテンの作品がプログラムに載る予定である。

今日の演目は、ビゼー(没後150年)の歌劇「カルメン」前奏曲、サラサーテの「カルメン幻想曲」(ヴァイオリン独奏:大石彩代)、クライスラー(生誕150年)の「ウィーン奇想曲」(ヴァイオリン独奏:古川真弥)、メンデルスゾーンの「夏の世の夢」より“スケルツォ”“夜想曲”“結婚行進曲”、ヨハン・シュトラウスⅡ世(生誕200年)のポルカ「雷鳴と電光」(指揮者体験コーナーあり)、プロコフィエフの交響的物語「ピーターとおおかみ」
ナビゲーターと「ピーターとおおかみ」の語りはウエンツ瑛士が務める。

 

バッハ・コレギウム・ジャパンの首席指揮者として、また関西フィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者、読売日本交響楽団の指揮者としてお馴染みの鈴木優人。父親の鈴木雅明も若白髪だったが、彼もその血を受け継ぎ、最初は前の方だけだったが白髪がどんどん拡大。今や若くして総白髪である。眼鏡をかけている時もあるが、今日は眼鏡なしで登場した。

今日のコンサートマスターは泉原隆志。フォアシュピーラーは尾﨑平。ドイツ式の現代配置での演奏である。オーボエ首席の髙山郁子とクラリネット首席の小谷口直子は降り番である。ヴィオラの客演首席には須藤三千代が入る。

今日の鈴木優人は全編指揮棒を使っての指揮である。

ビゼーの歌劇「カルメン」前奏曲。リズム感の鮮やかな情熱的な力強い音が奏でられる。時折、タメを作るのが鈴木らしい個性となっていた。

昨年、オーケストラ・ディスカバリーにナビゲーターとして登場した時には、曲目数が少なかったということもあって、台本を手にせず、全て暗記してやり取りを行っていたウエンツ瑛士だが、今回は曲も出演者も多く、「ピーターとおおかみ」では語りも務めるということで台本を抱えて登場した。

 

新しい試みとして、まだ学生のヴァイオリン奏者をソリストとして迎える。
「カルメン幻想曲」でヴァイオリン独奏を務める大石彩代(さよ)は、京都市立芸術大学大学院修士課程1回生。学部も京都市立芸術大学だが弦楽専攻を首席で卒業している。第4回みおつくし音楽祭クラシックコンクール弦楽器中学生の部第1位・金賞及び大阪府知事賞、第10回あおによし音楽コンクール奈良2023でプロフェッショナルステージ第1位・グランプリ・総務大臣賞、第47回全日本ジュニアクラシック音楽コンクールヴァイオリン部門大学生の部第1位といった優勝歴の他、高位での入賞歴もある。また小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩⅩへも参加した。

クライスラーの「ウィーン奇想曲」でヴァイオリン独奏を務める古川真耶は、2011年、デュッセルドルフ生まれ。その後、日本に戻って音楽教育を受けている。現在、中学2年生で、京都市立芸術大学音楽学部音楽教育研究会「京都子どもの音楽教室」に在室している。なお、鈴木優人が初めてオーケストラを指揮したのも中学2年生の時で、ベートーヴェンの交響曲だったが、教師から「(取り組むには)まだ早いね」と言われたそうである。
古川も、2023年に行われた第35回京都子供のためのヴァイオリンコンクール金賞及び奨励賞を受賞している。
ウエンツ瑛士が、「ヴァイオリン以外に好きなものある」と聞くと、「K-POP」という答えが帰って来た。だが、「K-POP、ヴァイオリンで弾いたりする?」とのウエンツの問いには「弾かない」と答えていた。

大石彩代が独奏を務める「カルメン幻想曲」は、スペインや南仏的な濃い色彩こそないもの、安定した技巧が楽しめる。一方で、まだまだ弾くだけで精一杯のようにも見えた。
「ロマの踊り」のアッチェレランドの部分で、鈴木は「ついてこられるかな?」と大石の方を見るが、大石はきちんとついて行った。
なお、大石は、鈴木優人が指揮する京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科の定期演奏会に、ヴァイオリンではなくヴィオラのトップとして出演し、再度共演する予定だそうである。

クライスラーの「ウィーン奇想曲」。19世紀末から20世紀前半にヴァイオリニスト兼作曲家として活躍したフリッツ・クライスラー。だが、自身が作曲した作品の多くを、「図書館で見つけた古典」などとして演奏。「大作曲家のものに違いない!」と言われたりした。一方で、クライスラー名義で作曲した作品の評価はさっぱり。クライスラーも最終的には打ち明け、大騒ぎとなるのだが、人の評価が当てにならない一例証となっている。
「ウィーン奇想曲」は、クライスラー本人が作曲者であることを明かして発表した曲の一つである。
古川のヴァイオリンは素直なもので、この手の曲にありがちな耽美的な表情を付けたりはしない。技巧も安定している。
なお、古川は、京都市交響楽団第2ヴァイオリン副首席奏者の杉江洋子(今日も首席第2ヴァイオリン奏者のフォアシュピーラーとして参加)に師事しているようである。

 

メンデルスゾーンの「夏の夜の夢」から“スケルツォ”“夜想曲”“結婚行進曲”
鈴木は、「まず台風の話からしないといけないのですか」と語り始める。昨年の9月1日にロームシアター京都メインホールで行われる予定だったオーケストラ・ディスカバリーが台風の接近により中止になってしまったのだが、その時の指揮者が鈴木優人で語りを務めるのがウエンツ瑛士のはずだったのだ。女性歌手2名を招いての本格的な公演になる予定だったが、今回、規模は縮小したが演奏出来る喜びを鈴木は語った。

京響は鈴木の棒への反応も良く、生命力豊かな上質の演奏を聴かせる。“結婚行進曲”におけるブラスの輝きも効果的であった。

 

ヨハン・シュトラウスⅡ世のポルカ「雷鳴と電光」。指揮者体験コーナーがある。
まず鈴木がショートバージョンを京響とお手本として演奏する。その後、指揮体験をしたい子どもを募る。客席で手を挙げた子の中からウエンツが選ぶ。ウエンツは、「我こそは子どもだぞという大人の方もどうぞ」と呼びかけるが、流石に大人で手を挙げる人はいない。
3人の子どもが選ばれるのだが、なぜか舞台に上がって来た子が更に2人。ウエンツは「日本も変わりましたね」と語るが、一人は「眼鏡の子」と言われたので間違えて来てしまい、もう一人はなぜかよく知らないが上がってきてしまったようだ。
結局、5人全員に指揮してもらう。5人中4人が女の子である。
二つに刻む指揮をしたのは一人だけで、後は円を描くような指揮。テンポも速すぎたり、遅すぎたり、伸び縮みしたりと、京響のメンバーも演奏が難しそうである。快速テンポで振った子の後ではウエンツは、「京響の意地を感じました。なんとしてもついて行ってやる」

前半も押したようだが、後半も指揮者体験が3人のはずが5人になったので更に押す。

ポルカ「来面と電光」は。最後に鈴木と京響がカットのないバージョンを演奏して終えた。プロの指揮者なのでメリハリが利いている。

 

最後の曲目となるプロコフィエフの交響的物語「ピーターとおおかみ」。ウエンツは、指揮台の前、下手寄りに据えられた椅子に腰かけて朗読を行う。
まずどの楽器が何を表すのかを説明してから演奏開始。
今年はロームシアター京都サウスホールで園田隆一郎指揮日本フィルハーモニー交響楽団の演奏による「ピーターとおおかみ」も聴いているが、ホールが違うとはいえ、鈴木と京響の演奏は音がやや渋めでエッジが聞いており、表現の引き出しがより多い感じである。
ウエンツ瑛士の語りも流石で、子どもだけでなく大人をもうっとりとさせてしまう声と朗読術の巧みさが聴く者の想像力に働きかけてきた。

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