カテゴリー「コンサートの記」の951件の記事

2026年3月31日 (火)

コンサートの記(954) 森山直太朗 Two jobs tour 2025~26「あの世でね」Yeeeehaaaaw@フェスティバルホール

2026年3月20日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後6時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、森山直太朗 Two jobs tour 2025~26「あの世でね」Yeeeehaaaawを聴く。昨年、森山直太朗がリリースした2つのアルバム、「弓弦葉」と「Yeeeehaaaaw」の楽曲によるコンサートツアー。今日は、「YeeeeHaaaw」というフォークブルース、ブルーグラスを中心にした構成。母親の森山良子から受けた影響も大きいようだ。「弓弦葉」のコンサート会場だが、今日、発表が行われ、京都コンサートホール大ホールで、6月に開催される。京都コンサートホールは、クラシック専用ホールだが、それにあった編成で行われるはずである。今日も編成が大きめのバンドだったが、全てアコースティックの楽器であり、柔らかさが伝わってくる。今日は終演後に京都公演のチケットも発売されていた。京都公演の翌日は、大阪・上本町の新歌舞伎座で公演を行うという。森山は新歌舞伎座という劇場名から歌舞伎の劇場だと思ったようだが、新歌舞伎座は、なんばにあった頃から「歌舞伎の上演されない新歌舞伎座」として有名で、若手の歌舞伎俳優が公演を行うことはあるが、歌舞伎のビッグネームが登場することはない。演劇、ミュージカルの上演が多く、演歌歌手のショーも盛んに行われている。松竹も支援しているが近鉄の小屋で(歌舞伎は松竹の独占興行で近鉄だけでは歌舞伎の公演は打てない)、ミュージカルの上演が多いということで、音響は一定の水準が保たれている。

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「あの世でね」というタイトルであるが、昨年9月に公開された映画「風のマジム」のために書き下ろされた新曲で、舞台になった沖縄のことが歌われている。典型的なアイリッシュテイストのブルーグラスの楽曲である。私も何度かカラオケで歌っているが、「メロディーは陽気だけど、歌詞が怖い」と言われた。沖縄戦で戦死した人々が天国から戻ってきて歌うという趣向で、まじむのことについても歌われ、語られる。民俗的要素も、沖縄・本土関係なく歌われている。この曲にはフル編成によるバージョンと、ギター弾き語りによるアンプラグドバージョンがあり、「弓弦葉」公演ではアンプラグドバージョンが歌われる可能性が高い。

客席の年齢層であるが、若者はほとんどいないものの、中年以上のお客さんの年齢幅は広いように感じられた。男女比は私の席の周りでは半々。開場時間と終演後のみ写真撮影可となっている。音声を録ることは本番以外の時間であっても厳禁。

森山直太朗は、現れてすぐに客席に「立って立って」とジェスチャー。バラードが来るまでスタンディングで聴く。

森山直太朗の楽曲は裏声(ファルセット)を多用するのが特徴で、私も好んで歌う楽曲が多いが、最近は年齢のためか、裏声が素直に出なくなっている。また森山は音をかなり伸ばす。

フォークブルースの楽曲ということで、「赤い鳥」という曲を作曲している時に母親の、「歌わせろー!」という声が頭の中で聞こえたりしたそうだ。ただ母親に歌わせるわけにもいかないので、バックコーラスを頼んだところ、食い気味に「いいよ」と返ってきたという。

今日はバックバンド全員が赤の服装。「あの世でね」のミュージックビデオでも着ているものだが、YMOの赤い人民服(実際はスキー服をモチーフに高橋幸宏がデザインしたもの)を連想させる。
メンバー紹介の時に、チェロのはるかさん(林はるか。実妹は作曲家・編曲家・ピアニストの林そよか)が、大阪出身だという話をするが、「大阪弁、聞いたことない」と森山が言う。はるかさんは、「いつもは皆さん標準語なので標準語ですが、大阪に帰ると大阪弁になります」
森山は、「もっと乱暴な感じの大阪弁が聞きたい」というも、はるかさんは、「箕面(みのお)なので」。これで客席は大体納得したが、森山は東京の人なので、「箕面がどうしたの?」とよく分かっていないようだった。箕面は阪急の前身の会社が大阪市までの線路を引いたところで、その後、専務の小林一三の提案により、箕面周辺に大阪市内まで通勤する、比較的アッパークラスのサラリーマンのための住宅街を造成。大阪市内の「家が手狭」という層の移住を目論んだ。鉄道とそれに乗る乗客の両方を生み出すという画期的な政策を行った街の一つである。ということで高級住宅街もあり、お上品な人が多く言葉も綺麗なのである。はるかさんもプロのチェリストになっているということはお金のある家の出身であると思われる。吉本の芸人が使うような河内弁ベースの言葉とは根本的に異なる。なお、はるかさんは鉄道好きの「鉄子」なので、みんな「はるか」ではなく「鉄子」と呼んでいるそうだ。

アルバムの曲以外では、「夏の終わり」が歌われる。この歌も反戦歌で、サビはほぼ全てファルセットで歌われるという、ファルセットが出ないと歌うのが難しい曲である。

「さりとて商店街」は、某有名曲のパロディー。お客さんも歌ったので「共犯」関係のようだ。

肝心の「あの世でね」。春分の日に相応しい楽曲だ。この曲にはセリフの部分があるのだが、森山直太朗はセリフを言った後、しばらく歌ってからまたセリフを言おうとしてしまい、セリフを止めて演奏だけを行い、バックバンドは上手くついてこられなかったが最後のフレーズを歌って、何とか格好をつけた。演奏終了後も悔しかったようで、色々言っていた。
最後の曲、「僕らは死んでしまうのだけれど」の前に、「アンコールが欲しいというのなら演奏する曲は用意しています」

アンコールは3曲だったが、最後は一人語り「生きてることが辛いなら」。作詞の御徒町凧(おかちまち・かいと)が第50回日本レコード大賞で作詞賞を得た作品。心が「自分」で占められている人へのメッセージソングである。この曲がラストというのもいい。

なお、全編終了後、森山直太朗がアルバム購入者全員にお渡し会を行うという。男の人に貰ってもねえ、というわけで私は参加しなかったが、多くの人が並んでいた。森山がステージを去る際に、「良かったで!」「また来てや!」と声が掛かる。大阪でも珍しいことで、森山がいかに愛されているかが分かる。

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2026年3月24日 (火)

コンサートの記(953) 出口大地指揮 京都市交響楽団高槻公演2026

2026年2月21日 高槻城公園芸術文化劇場 南館 トリシマホールにて

午後3時から、高槻城公園芸術文化劇場 南館 トリシマホールで、京都市交響楽団の高槻公演を聴く。

以前にもトリシマホールには来ているが、黛敏郎が音楽を手掛けた東京バレエ団の「ザ・カブキ」という公演であり、黛は様々な音を重ね録りしたテープ音源を作っていて、それで公演を行ったため、生音を聴くのは今日が初めてになる。

「ザ・カブキ」では、ホリゾント幕や中仕切り幕などを使っていたため、ホールの壁が見えなかったが、木材を転々とちりばめた独自のものであることが分かる。おそらく適度に音を散らせる効果もあるのだろう。

以前は、高槻城公園付近には、城跡らしきものは何も残っていない高槻城公園と、えらく古い高槻現代劇場というホールがあった。1973年竣工で、渋谷区神南のNHKホールと同い年だが、稼働率が高く、人がどんどん入るNHKホールに比べると高槻現代劇場はオンボロで、やはり人がいないと建物が朽ちるのは早いようだ。NHKホールのように修繕費が潤沢でもない。ということで取り壊されて、南館を新設。従来からあった高槻市立文化会館を北館としている。

 

今日の指揮者は、若手の出口大地。左利きの指揮者である。大阪府豊中市生まれ。元々は弁護士を目指して、関西(かんせい)学院大学法学部に入学したのだが、在学中に「自分は争うのが嫌いな性格なので弁護士にはなれない」と悟り断念。「みんなを笑顔に出来る仕事がしたい」ということで、卒業後に東京音楽大学作曲指揮専攻(指揮)に入学。広上淳一に師事する。左利きであったが、当初は慣例によりタクトは右手に握っていた。しかし余りに鈍いというので、広上から「左利きなら左手で振れ」と言われてサウスポーの指揮者となっている。左利きの指揮者は数は少ないが存在しており、シベリウス演奏の大家であったパーヴォ・ベルグルンドが有名である。
東京音大卒業後はドイツに渡り、ハンス・アイスラー音楽大学ベルリンのオーケストラ指揮科修士課程を修了。
2021年に、本番一発勝負である第17回ハチャトゥリアン国際コンクール指揮部門で日本人初の優勝を飾る。同年にクーセヴィツキー国際指揮者コンクールでも最高位及びオーケストラ特別賞を受賞。指揮を広上の他に、下野竜也、クリスティアン・エーヴァルトらに師事。オペラ指揮をハンス・ディーター・バウムに習っている。また、ネーメ、パーヴォ、クリスチャンのヤルヴィ一族のマスタークラスに参加という面白い経験もしている。2024年からの1年間は、ベルギーのリエージュ王立フィルハーモニー管弦楽団のアシスタントコンダクターを務めている。ちなみにリエージュ王立フィルハーモニー管弦楽団は来日ツアーを行った経験があり、京都コンサートホールでもクリスティアン・アルミンクの指揮で演奏を行っている。

 

曲目は、グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲、グリエールのホルン協奏曲(ホルン独奏:福川伸陽)、チャイコフスキーの交響曲第4番。オール・ロシア・プログラムである。

いつも通りのドイツ式の現代配置だが、指揮者の正面にはトランペットが来て、ティンパニはやや下手寄りに配される。おそらくステージの大きさと他の打楽器との位置関係だろう。
コンサートマスターは、客演の白人奏者。泉原隆志は降り番で、フォアシュピーラーに尾﨑平。尾﨑は老眼鏡を掛けての演奏である。
今日は管楽器の首席奏者が何人か降り番だったが(フルートの上野博昭、オーボエの髙山郁子ら)、その代わり、いつもは後半だけを吹くことが多い首席クラリネット奏者の小谷口直子や首席トランペット奏者のハラルド・ナエスが全編に出演した。

 

グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲。歌劇本編は滅多に上演されることはないが、序曲はとにかく有名な楽曲で、いかに速く弾くかを競うようなところもあるが、出口はスピード感より安定性重視。京響の各楽器が美しい音を奏でる。

 

グリエールのホルン協奏曲。NAXOSレーベルの録音第1弾がグリエールの交響曲第1番だったことで知名度を上げたグリエール。ただその後、爆発的な人気を得ることなく、「そういう作曲家もいるよね」という認識に留まっている。
グリエールは、ウクライナの首都キーウ出身。1950年、モスクワにてホルンという楽器の可能性を感じたグリエールは、翌1951年にホルン協奏曲を完成。ボリショイ劇場管弦楽団の首席ホルン奏者であるヴァレリー・ポレフの独奏、作曲者指揮のレニングラード放送交響楽団の演奏によりレニングラード・フィルハーモニー大ホールで初演を行っている。
今回、ホルン独奏を受け持つ福川伸陽(ふくかわ・のぶあき)は、NHK交響楽団首席ホルン奏者として活躍している。第77回日本音楽コンクール・ホルン部門第1位獲得。
リッカルド・ムーティやパーヴォ・ヤルヴィから賛辞を受けている。
東京音楽大学准教授。

ロシアはヨーロッパから見てかなり東にあり、離れているため、情報の伝達も遅い。今と違ってIT環境も発達していないため、作品の内容が西欧に比べると遅れていたりする。
グリエールのホルン協奏曲も、伴奏などを聴くと20世紀に書かれているのにモーツァルトのホルン協奏曲のような様式を保っている。
一方でホルン独奏はかなり伸びやかに旋律を歌い上げ、広大な大地が広がる様が目に見えるようである。
福川のホルンは音の透明度が高く、愉悦感を覚える演奏である。
グリエールのホルン協奏曲は余り録音が出ていないと思われるが、ウクライナが生んだ音楽として聴いてみるのも一興かも知れない。

福川のアンコール演奏は、チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」。編曲者は分からなかったが、温かな演奏であった。

 

チャイコフスキーの交響曲第4番。後期3大交響曲の中では荒削りとされる作品だが、手直ししなかったということは、これがチャイコフスキーの荒ぶる魂そのものだったのかも知れない。
悪妻アントニーナと別れたチャイコフスキーは、弟のアナトールに連れられてスイスを経てイタリアに旅行。創作意欲を取り戻し、交響曲第4番を書き上げるが、その後、スランプに陥り、純音楽による交響曲が書けなくなってしまう(叙事詩的交響曲の「マンフレッド」交響曲は書いた)。それほどのエネルギーを費やしたのが交響曲第4番だったということになる。

出口の指揮する京響は力強くも輝かしい音を奏でる。「ベテラン指揮者ならここで」というところを通過してしまうが、出口が指揮者としてはまだ若いということだろう。本当なら胸が苦しくてたまらなくなるところでもそれほどではない。そういう気分になりたくない人には向いている。
孤独が身に染みる第2楽章。チャイコフスキーの音楽に賛辞を送る人は多かったと思われるが、同性愛など、プライベートなところまで理解してくれる人は多くはなかったはずである。
アントニーナとの結婚についてだが、チャイコフスキー本人が同性愛者であることを隠したかったのと、いざとなれば女を愛せるという思い込みがあったと思われる。ただアントニーナは、チャイコフスキーと別れてから20年以上精神科の閉鎖病棟で過ごすことになるという、最早恐怖の対象であった。アントニーナ以外だったらどうだったのかは、想像のしようもないが、アントニーナの熱烈な恋文が結婚に結びついているので、女性と接する機を持てず、生涯独身だったかも知れない。

第3楽章は弦が大半をピッチカートで演奏するという特殊な楽章。浮遊感があり、魂が解放されるかのようだが、その後に来る第4楽章を考えると、束の間の想像の世界が描かれているのかも知れない。

第3楽章からアタッカで第4楽章に突入。コンサートマスターは最後の音までピッチカートなので、素早く切り替える必要がある。
「小さな白樺」の旋律が流れる。あるいはチャイコフスキーが子どもの頃に好きだった民謡なのかも知れない。ただそれが次第に威圧的に響くようになる。子どもの頃にはもう戻れない。
次第に曲調が激しくなるが、最後の方はもうまともな精神ではない。何もかも忘れてしまったかのようば馬鹿騒ぎである。
運命の動機の前に崩れ落ちるかのようにラストが訪れる。そもそも乗り越えられる程度のものならば運命とは呼ばないわけだが。

 

高槻城公園芸術文化劇場 南館 トリシマホールの音響であるが、残響は短いものの、音がストレートに飛んできて実に心地良い。大阪府内は音楽専用ホールが次々にオープンしているが、海外の名門オーケストラも来る堺は別格として、豊中、箕面、枚方、東大阪などと比べても、音響は高槻が一番だと思われる。
定期的に演奏会を行うプロオーケストラも出てくるだろう。

 

アンコール演奏は、チャイコフスキーの組曲第4番「モーツァルティアーナ」第3曲「祈り」。典雅な演奏であり、京響の弦が特に美しかった。

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2026年3月19日 (木)

コンサートの記(952) 「大阪フィル×ザ・シンフォニーホール ソワレ・シンフォニー」Vol.26 大植英次指揮

2026年3月12日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、大阪・福島のザ・シンフォニーホールで、「大阪フィル×ザ・シンフォニーホール ソワレ・シンフォニー Vol.26」を聴く。現在は本拠地を中之島のフェスティバルホールに移した大阪フィルハーモニー交響楽団が、ザ・シンフォニーホールで行う演奏会。「マチネ・シンフォニー」もある。
今日の指揮者は、大フィル桂冠指揮者の大植英次。大植英次が第2代音楽監督を務めていた時代には、大フィルはザ・シンフォニーホールを定期演奏会場としていた。ザ・シンフォニーホールは1700席と音響のために客席を絞っていたため、満員御礼も珍しくなかった。フェスティバルホールは2700席とキャパが広いため、大フィルの定期演奏会で満員は難しいと思われる。

ハノーファー音楽大学の終身正教授も務めた大植だが、昨年辞任したようである。

 

曲目は、オール・ロシア・プログラムで、グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲、ボロディンの交響詩「中央アジアの草原にて」、リムスキー=コルサコフのスペイン奇想曲、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」

午後6時50分から大植英次よるプレトークがあるが、「誰も知らない話」「ネットやSNSに書き込まないで」と注意喚起した上で、ロシア音楽史の話が語られた。
内容は秘密である。

 

有名曲が並ぶが、ボロディンの交響詩「中央アジアの草原にて」は、実演では聴く機会は少ない。演奏時間的に載せにくいというのが最大の理由と思われる。ちなみにボロディンと私は誕生日が一緒である(グレゴリオ暦において)。余り有名な人がいない誕生日で、有名どころでも岩崎宏美や串田孫一といったところである。

 

コンサートマスターは須山暢大。フォアシュピーラーは尾張拓登であると思われる。
ドイツ式の現代配置での演奏。

 

グリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲。大植は譜面台を置かず、暗譜での演奏である。
速さを競うような演奏もあるが、大植は強弱とメリハリで聴かせる。先日、枚方で大フィルの演奏を聴いたが、ザ・シンフォニーホールでの演奏は、慣れているということもあって弦の勢いが良い。

 

ボロディンの交響詩「中央アジアの草原にて」。その名の通り、アジア的な音楽要素を取り入れた楽曲である。
この曲では、大植は譜面台に総譜を載せ、老眼鏡を掛けて演奏スタート。途中で老眼鏡を外し、ノンタクトでの指揮に切り替わる。
オリエンタルな雰囲気に満ちた曲調を的確に生かした演奏で、風景が目に浮かぶかのようである(実際に行ったことはない)。特に管楽器が味わい深い。

 

リムスキー=コルサコフのスペイン奇想曲。今日はオール・ロシア・プログラムであるが、「ロシア独自」と「ロシアの外」の2つが演奏会のテーマであるため、ロシアを題材にした曲は少ない。「ルスランとリュドミラ」も舞台はウクライナのキエフである。
瞬発力のある演奏で、オケの鳴りも良い。リズム感も秀でている。スペインはリムスキー=コルサコフのみならず多くの作曲家が題材にしている。ナポレオンは、「ピレネー山脈の向こうはアフリカだ」と言ったが、イスラムの支配が長かったということもあり、他の西欧の国々とは異なる文化が作曲家のインスピレーションを刺激した。

 

リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。実は昨年、大植英次はOsaka Shion Wind Orchestraを指揮して、吹奏楽編曲版の「シェエラザード」を演奏している。編曲が独自なので聴き比べや比較にはならないが、音の厚みや多彩さは当然ながら、オリジナルのオーケストラ版の方が上である。
沖澤のどか指揮京都市交響楽団も熱演系の「シェエラザード」を演奏したが、沖澤と京響の方がアラブの香りがするような雰囲気重視で、大植と大フィルの方はリムスキー=コルサコフの巧みなオーケストレーションを明かしていくようなタイプの異なる演奏である。

コンサートマスターの須山暢大のヴァイオリンソロも艶やかで、大フィルの演奏も力強い。ハープの平野花子もオリエンタリズムの醸成に貢献する。
なお、ホルンファーストの高橋将純はこの曲のみの参加である。
弦楽器がうねる中、管楽器が的確にポイントを射貫いていく。大植も時に声を出しながら熱い指揮を繰り広げる。
最も有名な第3曲“若い王子と王女”では、弦が透明感に溢れた伸びやかな演奏を聴かせた。ラストの“バグダッドの祭り、海、青銅の騎士の岩での難破、終結部”でもスケール豊かで揺らぎに満ちたキレと厚みを両立した演奏を聴かせた。

 

演奏終了後、大植は大フィルのメンバーに2回立つように命じたが、オーケストラのメンバーは敬意を表して立たず、大植が一人で喝采を受ける。大植も客席に向かって360度拍手を送った。

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2026年3月 4日 (水)

コンサートの記(951) 京都市立芸術大学第179回定期演奏会大学院オペラ公演 ドニゼッティ 歌劇「愛の妙薬」 阪哲朗指揮

2026年2月19日 京都市立芸術大学・堀場信吉記念ホールにて

午後6時から、京都市立芸術大学崇仁新キャンパスの堀場信吉記念ホールで、京都市立芸術大学第179階定期演奏会大学院オペラ公演、ドニゼッティの歌劇「愛の妙薬」を観る。指揮は京都市立芸術大学音楽学部作曲専攻出身で、京都市立芸術大学指揮専攻教授の阪哲朗。佐渡裕と共に、京都芸大出身指揮者の筆頭候補だが、佐渡もフルート専攻出身であり、指揮専攻からはこれといった指揮者が出ていない。指揮専攻から次から次へと逸材が登場する東京芸大や桐朋学園大、東京音大とは対照的である。オーケストラは京都市立芸術大学音楽学部・大学院管弦楽団。合唱は京都市立芸術大学声楽科在学生が務める。
出演は、アディーナが4人体制で、北田実佳、石原のぞみ、伊吹日向子、碓井莉子。「愛の妙薬」には準ヒロイン的立場の人がいないので、当然ながらアディーナに出演者が集中する。ネモリーノに廣瀬響、ベルコーレに池田智樹、ドゥルカマーラに大西凌、ジャンネッタに松井偉乃里。他に大学院生4名、大学院研究生1名が出演する。
恋愛を題材にしたドタバタ劇だが、最後は恋愛に必要なのは妙薬ではない、という結末に至る、一種の人間讃歌である。

イタリアの作曲家によるイタリア語の歌劇だが、スペインのバスク地方が舞台となっている。イタリアの歌劇というと、この間触れた、ヴェリズモオペラも有名だが、「愛の妙薬」はオペラ・ブッファ(喜劇的オペラ)である。
関西では上演の機会が少なかった「愛の妙薬」だが、このところ3度立て続けに上演される。内容的には笑いが中途半端なので関西人には受けないかも知れない。

演出は、久恒秀典。ICUこと国際基督教大学で西洋音楽史を専攻した後、東宝演劇部を経て、イタリアに渡り、ボローニャ大学、ヴェネツィア大学文学部、マルチェロ音楽院オペラ科に学び、ヴェネト州立ゴルドーニ劇場演劇学校でディプロマ取得。
現在は、新国立劇場オペラ研修所、東京藝術大学、東京音楽大学、京都市立芸術大学などで教えている。

 

純朴な農夫のネモリーノは、教養ある農場主の美女アディーナに恋しているが、アディーナが読書などをたしなむのに対して、ネモリーノはおそらく文盲で、アディーナは高嶺の花であり、アプローチすら出来ない。
一方、軍曹のベルコーレが、アディーナに求婚。恋のレースにおいてリードする、と書きたいところだが、ネモリーノはアディーナの視界にすら入っていない。
そこへインチキ薬売りのドゥルカマーラ博士が登場。これを飲めば恋路が全て上手くいくという「愛の妙薬」をネモリーノに売りつける。ちなみに「愛の妙薬」の中身はボルドーワインで薬ですらない。ただボルドーワインは美味しそうである。
「恋の妙薬」は1日経たないと効き目が出ない。しかし、1日経つ前にネモリーノに不利な出来事が次々に起こり……

抽象的だが可愛らしいセットでの上演である。服装は、初演された時代に近いものを採用。

阪はいつもながらに活気に満ちた音楽を引き出す、と書きたいところだが、阪の要求に応えるには京都市立芸術大学音楽学部・大学院管弦楽団は非力で、美しく纏めた音楽を奏でた。阪の個性を生かすためにはプロオーケストラ相手でないと難しいようだ。

京都市立芸術大学大学院声楽専攻の歌手達は、いずれも美声であり、セリフの内容を上手く把握した歌唱をしていたように思う。
オペラ歌手の動きには、定番と呼ぶべきものがあり、今回も歌手達はそれをなぞっていたが、これからもそうあり続けるのかどうか微妙なところである。ただオペラの演出を演劇の演出家が手掛けるケースが増えているが、外国語も分からなければ、背景の把握も同時代の他の芸術との絡みなどに関しても知識不足であるため、止めた方が良い。日本人がオペラ演出するのはそれほど難しいということである。

「愛の妙薬」というタイトルだが、最終的に「愛の妙薬」なんてなくてもハッピーエンドとなる。ひょっとしたら「愛の妙薬」が登場しなくても完成する話だったのかも知れない。そういう意味では、「愛の妙薬」というタイトルが「愛の妙薬」を否定する仕掛けになっているとも言える。

演技面だが、軍隊が登場する際に、ダラダラとした感じで、「この国、どこと戦争しても勝てないぞ」という感じなのがマイナス。女性の出演者が多いが、全員で同じ動きをするときに今ひとつ決まらず。ただ個々に動いているときはリアルで良かった。

京都市立芸術大学A棟ビルの3階にある堀場信吉記念ホール(長いので略称として、「ホリバホール」を使うことが増えるかも知れない)。入り口までは階段で行くのだが、照明がないため、ソワレ終演後は足下の段差が分からず危険だったが、思うことは皆同じであるため、誰かの提言で照明が取り付けられた。これで欠点はトイレの狭さだけということになる。急勾配のホールだけに、それが危険と感じる人はいるかも知れない。

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2026年3月 3日 (火)

コンサートの記(950) 小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトXXⅠ ヴェルディ:歌劇「椿姫」 ディエゴ・マテウス指揮

2025年3月16日 左京区岡崎のロームシアター京都メインホールにて

午後3時から、左京区岡﨑のロームシアター京都メインホールで、小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩⅩⅠ ヴェルディ:歌劇「椿姫」を観る。

小澤征爾は亡くなったが、その志は若い人々へと受け継がれている。

今回も指揮者は、小澤征爾音楽塾首席指揮者のディエゴ・マテウス。演出は、デイヴィッド・ニースが手掛ける。小澤征爾には、創設者と共に永久音楽監督の称号が追贈されている。
小澤征爾音楽塾副塾長(実質的なトップ)には、チェリストの原田禎夫。アシスタント・ディレクターには、小澤征爾の娘である小澤征良(せいら)が就いている。

出演は、ニーナ・ミナシアン(ヴィオレッタ)、カン・ワン(アルフレード・ジェルモン)、クイン・ケルシー(ジョルジュ・ジェルモン)、メーガン・マリノ(フローラ)、牧野真由美(アンニーナ)、マーティン・バカリ(ガストン子爵)、井出壮志朗(ドゥフォール男爵)、町英和(ドビニー侯爵)、河野鉄平(こうの・てっぺい。医師グランヴィル)。
管弦楽は小澤征爾音楽塾オーケストラ。合唱は小澤征爾音楽塾合唱団。

原作小説・戯曲:アレクサンドル・デュマ・フィス。台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ。

 

ベネズエラの「エル・システマ」出身のディエゴ・マテウス。「エル・システマ」が輩出した有力指揮者としては、グスターボ・ドゥダメルに次いで二人目であり、単にドゥダメル一人に才能があったわけではなく、「エル・システマ」の有効性を示した人物でもある。「第二のドゥダメル」と呼ばれたこともあるが、最近はこの称号で呼ばれることは余りないようである。
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトの演出の多くを手掛けているデイヴィッド・ニースは、メトロポリタン歌劇場の演出家として長年活躍してきた人物である。
ヴィオレッタを歌うニーナ・ミナシアンは、アルメニア出身。アルフレード役のカン・ワンは中国系オーストラリア人である。アルフレードの父親役のジョルジュを歌うクイン・ケルシーはハワイ出身。見た目から原住民系であると思われる。ハワイ大学マノア校で音楽を学び、卒業後に欧米で活躍している。
日本人キャストも全員出身校が異なり、バラエティーに富んだ人選となっている。

 

紗幕にパリの情景が描かれている。エッフェル塔、セーヌ川、ポン・ヌフ、ノートルダム大聖堂。おそらくこれらが一度に見える場所はないので架空のパリなのだろう。「椿姫」が初演された時には、エッフェル塔はまだなかったと思うが、パリらしさを演出するためなのでいいだろう。

前奏曲を、マテウスは極めて小さな音でスタートさせる。その後も繊細な表現が続くが、華やかさが徐々に増していく。小澤征爾音楽塾オーケストラは、日本、韓国、中国などで行われたオーディションで選ばれた若い音楽家による団体だが、よく訓練されていて、アンサンブルの精度も高い。このオペラではフルートが重要な場面で演奏されるのだが、マテウスはフルートを上手く浮かび上がらせていた。
「椿姫」の音楽は三拍子系のものが多いのも特徴である。最も有名な「乾杯の歌」も三拍子であるが、この曲はカラオケ(JOYSOUND)に入っていて歌うことが出来る。

前奏曲の途中で紗幕が透け、ヴィオレッタ達が立っているのが見える。
ヴィオレッタは高級娼婦である。大金を手に入れることが可能だが、結婚は許されていない。そのヴィオレッタがアルフレードという若者に恋をしたことから起こる一騒動と、若くしての病死を描いた悲劇である。
私は、2002年に京都芸術劇場春秋座で行われた京都造形芸術大学(当時)と京都市立芸術大学音楽学部との合同公演で初めて「椿姫」を観ており(あの頃は二校は仲が良かった)、その後も春秋座のオペラ、佐渡裕が指揮した神戸文化ホールでの上演を観たことがある。

近年は、象徴的な演出が行われることも多い「椿姫」だが、デイヴィッド・ニースの演出は奇をてらわないオーソドックスなもので、まず「演技で見せるのだ」という強い意志が感じられる。ヴィオレッタは不治の病に冒されている。通常は死因となる結核という解釈が取られるが、結核の割りには元気な描写があったり、隔離されたりなどの措置が取られていないため、結核にかかったのは死の直前で、不治の病は別のものなのかも知れないが、ヒントとなるものがないため、現状ではやはり結核とするのが無難なように思う。

歌手達の水準は高く、ロームシアター京都メインホールということで声もよく通り、オーケストラの音も美しく聞こえる。

装置や衣装を手掛けたのはロバート・パージオーラだが、フローラの屋敷の場では、壁も登場人物の衣装も真っ赤で統一。特に深い意味はない(吐血のイメージは込められていると思う)と思われるが、インパクトはある。その他の場面でも装置はお洒落である。

第3幕で瀕死のはずのヴィオレッタが朗々と歌うのが、「リアルでない」と言われることもあるが、内面の吐露なのでそんな指摘をしても仕方ない気もする。今回、ヴィオレッタを演じたニーナ・ミナシアンは、ベッドの上にアルフレードと並んで座った時に、何度か頭に手をやって具合が悪そうに見せるなど、リアルな演技を見せていた。

 

この上演もカーテンコールでの撮影は可となっており、SNSへのアップも許されていた。

なお、今回の公演を持って、ロームは小澤征爾音楽塾から撤退することを明らかにした。

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2026年2月28日 (土)

コンサートの記(949) ヤン・ヴィレム・デ・フリーント指揮京都市交響楽団第708回定期演奏会

2026年2月13日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第708回定期演奏会を聴く。
今日の指揮者は、京都市交響楽団首席客演指揮者のヤン・ヴィレム・デ・フリーント。ウィーン室内管弦楽団首席指揮者、ノルウェーのベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団のアーティスティック・パートナーも務めている。

曲目は、シューベルトの交響曲第4番「悲劇的」とブルックナーの交響曲第3番(初稿/1873年)。
いずれも作曲者の精神状態に危うさが感じられる曲であるが、デ・フリーントはそうした理由ではなく、ウィーンで暮らした二人の作曲家の交響曲を並べるという意図があったようだ。
両曲とも、ある程度の知名度はあるのだが、「好きで好きで仕方ない」という人には会ったことがないという演目であるためか、入りは4割行かないかも知れない。

午後6時30分頃から、デ・フリーントによるプレトーク。英語でのスピーチである(通訳:小松みゆき)。
デ・フリーントは、「悲劇的」について、「そんなに悲しい曲ではありません」と述べる(実はかなりの苦みを感じる曲である)。作曲時、シューベルトは19歳で、デ・フリーントは、「信じがたい」と述べるが、確かにこれだけの曲を書くことの出来る19歳は凄いというより異常だろう。
「悲劇的」は作曲者の命名であるが、19歳の若者にとっての悲劇とは何なのか気になるところである。現代の日本なら生育環境に始まり、いじめ、教職員などの行き過ぎた指導、病気や事故、受験、就職などで悲劇に見舞われることはある。
デ・フリーントは、シューベルトがハイドンの指揮で演奏したり、モーツァルトから直接教わったことなどを述べ、この曲の主題がベートーヴェンの弦楽五重奏曲から取られたということも指摘する。シューベルトはベートーヴェンとも会っている。
実はシューベルトの主任教師と呼べる存在なのは、アントニオ・サリエリなのであるが、それについては触れることはなかった。

ブルックナーの交響曲第3番は、「ワーグナー」の愛称で呼ばれることがある。今回は、ワーグナー風の旋律を取り入れた初稿での演奏。ブルックナーの交響曲第3番(初稿)の演奏は、90年代にヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団の定期演奏会で聴いており、「とにかく長い」という印象を受けた。その後、ブロムシュテットは、カペルマイスターを務めたライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団とのライブ録音BOXを出し、それにもブルックナーの交響曲第3番(初稿)が含まれていたが、その時の印象も「長い」であった。
ブルックナーの交響曲第3番は、第2稿が決定稿となり、この稿で録音したものが多い。朝比奈/大フィル(キャニオン・クラシックス)、クラウス・テンシュテット/バイエルン放送響なども第2稿の演奏で、この2つが私が推せるブルックナーの交響曲第3番のツートップである。
ブルックナーの交響曲第3番(初稿)は、ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団によって初演されることになるが、リハーサルで、「長い」「難しい」「退屈だ」との意見が出て、演奏を拒否されてしまう。
ブルックナーはオルガンの名手で、オルガンの手法を管弦楽に置き換えたものが多いのだが、当時の音楽界にあっては異様な音楽であり、理解を得るのは難しかった。
通常ならすぐに改訂に入るところだが、初演の話よりも前に心酔していたワーグナーに会っており、献呈を申し出ている。ビールを飲みながらの会談で、交響曲第2番と第3番のどちらかを献呈することになり、ワーグナーは2曲とも気に入ったのだが、飲み過ぎたせいで二人とも眠ってしまい、どちらの曲を献呈するのか忘れてしまって、結果的にはワーグナーの楽曲からの引用が多い交響曲第3番が選ばれ、作曲家自身により「ワーグナー交響曲」と名付けられた。ワーグナーに気に入られたためか、改訂作業に入るのは遅めとなった。

それから9年が経ち、ブルックナーは交響曲作曲家として評価されるようになっていたが、もうワグネリアン(ワーグナー信奉者)ではなくなっていた。ということで、ワーグナーの旋律をどけて新たなる版を作った。ちなみに他人の曲の旋律を用いることは、今では著作権法違反となるが、当時はリスペクトと捉えられており、ヨハン・シュトラウスⅡ世も他人の作品の旋律を多くの作品で取り入れている。
さて、第2稿の演奏は、作曲者指揮のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が受け持ったが、ウィーン・フィルが非協力的だったこともあって、失敗している。評価は初稿のリハーサル時にウィーン・フィルの団員が抱いたものとほぼ同じだった。ただ、若き日のグスタフ・マーラーはこの曲の真価を見抜き、フィンランドからウィーンに留学していたシベリウスもこの曲に感銘を受け、ブルックナーに師事しようとして断られている。
第3稿により、三度目の正直で大成功を収めた。この時も演奏はウィーン・フィルである。大巨匠であるハンス・リヒターの指揮であったことも大きかったかも知れない。
なお、ブルックナーの交響曲第3番の日本初演を行ったのは、ハンス・ヨアヒム・カウフマン(京響第2代常任指揮者)指揮の京都市交響楽団であった。1962年5月23日のことである。
1977年に初稿が日の目を見て高く評価され、4、5年前にデ・フリーントは知り合いから、「ブルックナーの交響曲第3番の初稿を知っているか?」と言われ、「初稿の存在は知っているけれど」と答えたが、いざ初稿のスコアを見てみると強く引き込まれるものがあったという。

 

今日のコンサートマスターは、京響ソロコンサートマスターの会田莉凡(りぼん)。フォアシュピーラーに泉原隆志。ドイツ式の現代配置での演奏である。ティンパニが2種類用意されていて、シューベルトではバロックティンパニが、ブルックナーではモダンティンパニが共に中山航介によって叩かれた。
首席客演ヴィオラ奏者は、安藤裕子。

デ・フリーントは背が高いため、指揮台を用いずノンタクトでの指揮である。総譜は随時確認する。

 

シューベルトの交響曲第4番「悲劇的」。私はヘルベルト・ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデンによる「シューベルト交響曲全集」(ドイツ・シャルプラッテン)でよく聴いている。ということでブロムシュテット繋がりの2曲である。
デ・フリーントが生み出す演奏はピリオドを援用しており、ブロムシュテットのものとは趣が異なる。毒のある音楽を生み出したシューベルトであるが、ピリオドで聴くと力強さの方が印象的になる。ただ時折現れる狂気のようなものが、あちらの世界の音楽のような印象を強くする。
ピナ・バウシュだったか、ドイツのダンスカンパニーがこの曲を効果的に用いていたのを覚えている。
19歳で悲劇的な音楽を書こうと思ったシューベルトの真意は今となっては分からないが、異色の生き方をした作曲家であるシューベルトの一面を知ることが出来る。「悲劇的」というより鬱のような曲想の部分があり、やがて焦燥へと変わる。間違いなく天才作曲家であるシューベルトであっても若き日にこれほど追い詰められているかのような曲を書いていることは、多くの人々の慰めになるかも知れない。
弦楽のビブラートであるが、完全ノンビブラートではなく、旋律の始まりの部分などにビブラートを掛ける傾向のあることが見て取れた。
プレトークで、デ・フリーントが、「終わった時に拍手が来るかも知れない」と語った第3楽章は短いものである。
左右の手を交互に挙げて、泳いでいるかのような仕草をしたデ・フリーントの指揮姿はユニークであった。

 

ブルックナーの交響曲第3番(初稿)。初稿の実演に接するのはブロムシュテット以来2度目である。やはり長く、同じような旋律が何度も繰り返されたり、かと思ったら本道をそれて脇道を延々と進んだりと、バランスはやはり良くない。戸惑う人が多かったというのもよく分かる。
冒頭はミステリアスであり、「まっとうな精神ではないのではないか」という危うい感じを受ける。一方で、ブルックナーの交響曲の中でも最も格好良い冒頭であるとも思える。
ワーグナーの引用としては、第2楽章に出てくる「タンホイザー」からの引用が最も分かり易い。この時期、ウィーンではエドゥアルト・ハンスリックという大物音楽評論家がブラームスを崇拝し、ワーグナーを否定するということが起こっていた。ワーグナー崇拝者であったブルックナーは当然、評価を得られない。そのワーグナーであるが借金踏み倒しに始まり、自身のファンだったルートヴィッヒ2世王をたぶらかして自身の作品上演のためだけの劇場をバイロイトに作らせるなど、作曲家としては歴史に残る存在だったが人間としては褒められた人ではなかった。ブルックナーがワーグナーから離れたのも、ワーグナーの性格によるところが大きかったのか。
そんなワーグナーの旋律を取り入れた初稿。急に別世界が現れるようで、面白さと違和感の両方を覚える。
これまで聴いてきて「長い」としか感じられなかったブルックナーの交響曲第3番(初稿)であるが、ミニシカゴ交響楽団のような輝かしく陽性なブラスの威力、残響が長く、音が美しいまま天井に留まっている京都コンサートホールの響きなどがプラスになり、今日は「長い」と感じずに聴くことが出来た。失敗を重ねた作品だが、ブルックナーだけに時折、神々しい旋律が顔を覗かせる。
ブルックナーの曲はゲネラルパウゼ(ブルックナーの場合は特に「ブルックナー休止」とも言う)が特徴なのだが、交響曲第3番(初稿)は特にブルックナー休止が多い。ブルックナーの演奏に京都コンサートホールは向いているようである。デ・フリーントは時折、天井を見上げる仕草をしていたが、京都コンサートホールの響きの特性に感心していたのかも知れない。

 

なお、天井からマイクが下がっていたほか、舞台上にも本格的なマイクセッティングがあった。どちらか、あるいは両曲をライヴ録音しているのかも知れない。

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2026年2月15日 (日)

コンサートの記(948) 下野竜也指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団豊中演奏会 オールNHK大河ドラマテーマ曲

2026年2月6日 曽根の豊中市立文化芸術センター大ホールにて

午後7時から、曽根にある豊中市立文化芸術センター大ホールで、「大阪フィルハーモニー交響楽団豊中演奏会」を聴く。指揮は下野竜也。全曲、大河ドラマのテーマ曲というプログラムである。

大河ドラマのテーマ曲は、NHK職員の息子で、自称「大河フェチ」の広上淳一が当時の手兵であった京都市交響楽団と、前半が大河ドラマのテーマ、後半がクラシック名曲という形で何度か行っており、京響の常任を離れてからもニューイヤーコンサートなどで取り上げている。
また本家のNHK交響楽団は、沖澤のどかの指揮で、さいたま市の大宮ソニックシティ大ホールで大河ドラマのテーマ曲とクラシック名曲のコンサートを来月行う予定である。ちなみにチケット料金であるが、N響が大フィルの倍以上高い。

久しぶりの豊中文芸。豊中市は日本センチュリー交響楽団のホームタウンであるため、センチュリー響が豊中文芸で優先的に演奏会を行っているが(定期演奏会は大阪市内のザ・シンフォニーホールから変更なし。おそらくザ・シンフォニーホールでやった方が豊中で行うよりも客が入る)、大阪フィルハーモニー交響楽団は大阪市の南の方(西成区岸里)に本拠地を置いているため、豊中で演奏する機会はそう多くないはずである。

下野竜也は大阪フィルの1月の定期を振り、その後、京都市ジュニアオーケストラのリハーサルと本番、更に大フィルの豊中演奏会と続いており、おそらくずっと関西で過ごしているものと思われる。
下野は、大フィルの指揮研究員出身だが、研究員であった2年間は、豊中市の庄内(大阪音楽大学がある場所)で暮らしていたそうだ。

下野が大河ドラマのテーマ曲を振ったのは計7回で、近年では最多となる。
ここ10年ほどは、下野と同じくNHK交響楽団の正指揮者である尾高忠明、広上淳一の3人で回しており、今年の大河「豊臣兄弟!」のテーマ曲指揮者として沼尻竜典が新たに加わっている。

 

曲目は、大島ミチルの「天地人」、芥川也寸志の「赤穂浪士」、湯浅譲二の「元禄太平記」、林光の「花神(かしん)」、池辺晋一郎の「黄金の日日」と「独眼竜政宗」、山本直純の「武田信玄」、千住明の「風林火山」、坂本龍一の「八重の桜」、吉松隆の「平清盛」、服部隆之の「真田丸」(ヴァイオリン独奏:三浦文彰)、菅野祐悟の「軍師官兵衛」、エバン・コールの「鎌倉殿の13人」、ジョン・グラムの「べらぼう」

N響が今年の大河「豊臣兄弟!」のテーマ音楽を演奏するのが売りなら、大フィルは昨年の大河「べらぼう」のコンサート初演奏を実際に指揮した人のタクトで聴けるのが魅力である。

ゲストは3人。先に記した三浦文彰、作曲家の池辺晋一郎、オンド・マルトノ奏者の原田節(たかし)。池辺晋一郎は作曲の拠点は東京だが、アクリエひめじなど姫路市での仕事も多く、また「川が流れてる街が好き」と述べたことがあり、「大阪とか」と大阪市を筆頭に挙げている。

 

今日のコンサートマスターは崔文洙。フォアシュピーラーに須山暢大。ドイツ式の現代配置による演奏だが、豊中市立文化芸術センター大ホールはステージが比較的狭いので、大編成の大フィルが乗ると、「ぎっしり」という感じである。
邦楽器の音は、下手端に位置するキーボードが出していた。また「赤穂浪士」では、エレキギターが演奏された。

下野は、身長が高くないので、高めの指揮台を使用。総譜であるが、製本されていないので、印刷された譜面を1曲ごとに取り替えて指揮していた。
司会を兼ねながらの指揮(「司会をします。たまに指揮もします」と冗談を言っていた)。

豊中市立文化芸術センター大ホールは、西宮市にある兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールをモデルとして建てられたが、サイズや内装、音響なども異なるため(音響設計は、クラシック音楽専門のところではなく映画館の音響が専門の会社に頼んでいるはずである)、今日の演奏会では、音が塊となって迫ってくるかのよう。やはりこのホールには中編成から小編成のアンサンブルの方が相応しいようである。

下野は、俳優には余り詳しくないようで、「妻夫木聡」という名前を何度か間違えていた。
「映画に負けない時代劇を作ろう」という掛け声と共に始まった大河ドラマ。当時の時代劇映画は、一流の作曲家に音楽を依頼することが多かったため、負けないためにはこちらも一流の作曲家を起用する必要がある。これまでの大河ドラマの音楽担当者を見ても、著名な作曲家の名前が綺羅星の如く並んでいる。

芥川龍之介の三男で、芥川也寸志作曲賞にその名を残す芥川也寸志。ソ連の音楽に詳しくショスタコーヴィチ作品の紹介なども行っていた人である。「赤穂浪士」のテーマ音楽(本編での演奏はまだNHK交響楽団ではない)は、数ある大河のテーマ曲の中でも知名度は随一。赤穂浪士を描いた音楽としては最も有名で、民放のバラエティ番組なども赤穂浪士を紹介する際にはこの音楽を流すことが多かった。ちなみに大河ドラマの音楽は、テーマもその他の音楽もフリー素材扱いとなり、自由に使うことが出来る。
芥川の「赤穂浪士」はすでに大河ドラマのテーマ曲のみならず、彼のオーケストラ小品と見なして間違いないと思われる。

「元禄太平記」の音楽を担当した湯浅譲二は、「徳川慶喜」のテーマ音楽でも知られている。現代音楽の作曲であり、いつも易しい音楽を書くということはしなかった。「元禄太平記」の音楽は平明である。主人公は異例の出世を遂げた柳沢吉保。ただ柳沢吉保は男色好きで、時の将軍・徳川綱吉も衆道を好んだ。ということで教科書に書けない、テレビにも映せない何かがあったのかも知れない。

林光は、現代音楽の風潮を嫌い、メロディー第一の作曲を行った人である。「花神」のテーマ曲でもテーマを繰り返しながら変化させるのが上手い。
「花神」の映像は、総集編が出ていて、私は見たことがある。司馬遼太郎の原作も読んだが、原作の方が面白かった。ただ全話見たら評価が覆るかも知れない。

池辺晋一郎作曲の「黄金の日日」と「独眼竜政宗」。演奏前に、池辺晋一郎がトークゲストとして登場。いきなり、「歯医者みたいなことやってるね。歯科医者(司会者)」とジャブ。池辺晋一郎というと駄洒落がお馴染みで、下野に「5回までにして下さい」と言われる。5回ということに掛かるが、池辺晋一郎は大河ドラマの音楽を冨田勲に並ぶ最多タイとなる5回手掛けている。

池部「5回。誤解のないように」

「黄金の日日」を手掛けていたときは、同時進行で「未来少年コナン」の音楽も担当していたそうで、大変な忙しさだったという。
主人公である呂宋助左衛門こと納屋助左衛門を演じた六代目市川染五郎は、2016年の大河ドラマ「真田丸」でも九代目松本幸四郎として同じ役を演じている(その年の暮れに二代目松本白鸚襲名を発表)。

「独眼竜政宗」は今も「好きな大河ドラマランキング」でたびたび1位を取る作品であるが、通常は前年の秋にテーマ音楽を録音するところを、N響が秋に海外ツアーを行うため、前年の8月に録音が行われることになった。脚本は2ページしか出来ておらず、仕方なくイメージを膨らませて作曲したそうだ。下野は、「独眼竜政宗」を見ていて、変わった音が鳴っていることに気付いたが、後にそれがオンド・マルトノの音だと知ったそうだ。
ということで、オンド・マルトノ奏者の原田節がステージ上に呼ばれる。オンド・マルトノは、メシアンのトゥーランガリラ交響曲に用いられていることで知られているが、使用されている曲はそれほど多くない。池辺は、「勇壮なイメージ」ということでオンド・マルトノを取り入れたそうである。
池部「伊達なので伊達に」
ちなみに流行語となった「梵天丸もかくありたい」と語っていた少年は、今は京都芸術劇場春秋座の芸術監督である。

池部は、「皆さん、テーマ曲が一番大変だと思うでしょ。でもそうじゃない。ドラマの中で流れる曲が大変。打ち合わせして、場面の切り替わりだとか転調」に合わせた音楽を書かないといけない。全話分で620曲ぐらい作曲するそうである。
「今はそうじゃない。ストックしておいて、合った曲を選ぶ。でも事前に100曲から200曲ぐらい書くので、準備が大変。あと使われない曲も出てくる」
更に、「テーマ曲が大変なのは手間が掛かる」と駄洒落を言っていた。
原田節も池辺に合わせて、池辺「和音が出来ない」、原田「わおーん」と言ったり、一番端に置かれたスピーカーのような見た目の楽器の裏に銅鑼がついているのだが、「どこでも銅鑼」と言って、下野は、「原田さん、普段、こんな人じゃないんですよ」とフォローしていた。

第1部では、昭和の大河ドラマのテーマ曲を取り上げたが、第2部では新しい曲も増える。

山本直純が作曲した「武田信玄」に続き、信玄の軍師として知られる山本勘助を主人公にした「風林火山」が演奏される。赤備えである。共に武田の騎馬隊をイメージして作曲している。「風林火山」の千住明は、母親に作曲したものを聴かせたのだが、「もっともっと」と要求されて、最後には「騎馬隊の馬の耳まで見えた」として納得出来る作品となったようだ。一部では、「コッペパーン」で始まる矛盾した歌詞が付けられて歌われている。

曲が多いので、下野も、「次ぎ、『八重の桜』ですよね」と頭がこんがらがるようだ。
「2分から3分の間に、ベートーヴェンの交響曲1曲分のエネルギーを皆さん込めるので、やる方は大変」

坂本龍一が唯一書いた大河ドラマのテーマ曲「八重の桜」。2013年、「八重の桜」放送当時に、坂本龍一本人がピアノとアンコール楽曲での指揮を担当した「Playing the Orchestra 2013」で取り上げている。私にとっては、新装オープンとなったフェスティバルホールでの最初のコンサートであった。その時は篠笛が鳴るという、ドラマ通りの編曲であったが、今回は篠笛も笛の類いも鳴らない編曲であった。坂本龍一はニューヨーク在住ということで、テーマ曲と、「八重のテーマ」だけを作曲。本編の作曲は中島ノブユキに託している。
現在、「八重の桜」はNHKBSで再放送中である。

吉松隆の「平清盛」。冒頭にピアノが活躍するが、これは「左手のピアニスト」として活躍している舘野泉が左手だけで弾いたものである。「梁塵秘抄」の「遊びをせんとや生まれけむ戯れせんとや生まれけむ」の部分をピアノで表している。ちなみにこの部分は純粋に遊ぶ子供を愛でているもので、「遊女が」という解釈は「梁塵秘抄」の性格に合わない。
時代に合わせてリアルなセットや服装にしたところ、神戸市長から「汚い」と苦情が入ったことでも知られる大河ドラマである。

服部隆之の「真田丸」。短い曲だが、この曲を演奏するためだけに大河本編でもヴァイオリンを弾いた三浦文彰登場。三浦文彰は最近は指揮者としても活動している。本編の指揮者は下野であり、オリジナルのソリストと指揮者が揃うことになった。下野は、ドラマにも堺の商人役で出演。セリフは、「はい」だけであったが、大河俳優となっている(?)。広上淳一が、「私も出たかったんです」と嫉妬していたが、その後に大河ではないが音楽監修を務めたTBS系日曜劇場の「さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~」にピアニカ奏者役でカメオ出演することになる。
三浦は、「服部先生に冒頭だけでも聴けて貰ったのが良かった。『土臭く。侍』というイメージも言って頂けた。作曲者に直接答えて貰えることは実は稀で。みんな死んじゃってるんで」と語っていた。
広上淳一指揮の京都市交響楽団がこの曲を演奏したときには、コンサートマスターの石田泰尚がソロを弾いたが、ソリストと、普段コンサートマスターとして活動しているヴァイオリニストの違いがよく分かった。
この曲はヴァイオリンが駆け、オーケストラがそれを追いかけるという構図を取っている。
三浦の退場後、下野は、「三浦さん、本番2分45秒でした」と語る。それだけのために豊中に来ている。

 

菅野祐悟の「軍師官兵衛」。菅野さんが席にいて、大フィルの福山さんと話しているように見えたのだが、気のせいだろうか。
京響に初登場した時は、雨天で、「嵐を呼ぶ男」と呼ばれるほどの雨男だと明かしてた菅野祐悟。その後、主に関西フィルハーモニー管弦楽団と仕事をすることが多く、交響曲などを発表している。

下野は演奏後、「(主演の)岡田准一さんの顔が見えましたか?(岡田准一は大阪府枚方市の出身で、今もひらかたパークのひらパー兄さんとして親しまれている)。これからは海外の作曲家が書いた曲を演奏します。エンニオ・モリコーネも書いていますが(「武蔵」。お蔵入り決定で、大河の黒歴史となっている)、エバン・コール。この人はアメリカ人ですが、日本のアニメにも詳しいです。これを録るときはコロナの頃だったものですから、あんまり大人数ではいけない。一応、全員でも録ったんですが、パートごとに分けて録る。ただそれをそのまま全部合わせると上手くいかないものですから(カラヤンはそうした手法でも録音していたようだが)、クリックを使おうと。しかし、オーケストラの音が大きいので、クリック音が聞こえるように音量を上げると外からも聞こえてしまう。そこで『電磁波クリックがあります』ということで、後頭部に電磁波が出るものを装着すると外には聞こえなくても頭の中には聞こえる。でもやはりオーケストラの音が大きい。今度は『針があります』ということで、腕時計に針が仕込まれていて交互に腕を指す。この曲には懐かしさもありますがあの痛さも思い出します」

エバン・コールの「鎌倉殿の13人」。演奏時間は2分15秒と短い。鎌倉時代が舞台で、戦国時代や幕末ほどには様々な人は登場しない。承久の乱も軽く触れるだけで、身内同士の殺し合いと姉弟関係を描くという内容であったため、キャストの数は他の大河に比べて少なめだったはずである。身内同士の粛正が多いので、陰惨でもあったが。
広上淳一と京都市交響楽団がこの曲を演奏した時には、掛け声は録音されたものをスピーカーから流していたが、今日は大フィルの団員がその場で声を発していた。

ジョン・グラムの「べらぼう」。下野はジョン・グラムについて、「『麒麟がくる』も作曲しています」と紹介する。
ジョン・グラムはアメリカ人だが(ちなみに生年が1960年または1961年とあり、よく分からないらしい)、日本情調の表し方も巧みである。

 

最後は、
下野「鹿児島県出身なので、鹿児島県が舞台になった大河を。『篤姫』じゃありません。『西郷どん』(富貴晴美作曲)という愉快な曲を」
主役オファーを断られ、当時、お茶の間では無名に近かった鈴木亮平が代役として大抜擢されるなど、色々あった大河だが、「西郷どん」が言葉通り愉快に鳴った。

下野は最後に、「大阪フィルの指揮研究員だった時、2年間だけ豊中市民でした。大阪フィルのメンバーに『どこに住んだらいいだろう』と相談したら、『庄内がいいんちゃう』と言われたもので、庄内の部屋とは反対側にある不動産屋に行って契約して。その時は部屋はまだ見てません。それから大阪フィルで、岩城宏之先生のドビュッシーの「海」のリハーサルを見学して、庄内の表側に行ったら、『楽しくて、庄内』と書いてあって、楽しい街だなあ」と思い出を語っていた。

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2026年2月13日 (金)

コンサートの記(947) 広上淳一指揮京都市交響楽団第707回定期演奏会

2026年1月23日 京都コンサートホールにて

午後7時から、京都コンサートホールで京都市交響楽団の第707回定期演奏会を聴く。

京都コンサートホールの周りには雪の固まりが残っている。京都の中心部では降らなかったが、北山では雪が降ったのかも知れない。北山近辺の道は濡れていなかったが、北大路通は濡れているところもあった。京都はほんの少し違っただけで天気が変わるため、一口に「京都市の天気」と言えないところがある。

今日の指揮者は、「京都市交響楽団 広上淳一」という肩書きの広上淳一。

曲目は、準オール・アメリカ・プログラム。レナード・バーンスタインの「スラヴァ!(政治的序曲)」、バルトークのピアノ協奏曲第3番(ピアノ独奏:三浦謙司)、コープランドの交響曲第3番。
有名曲がないため(バルトークのピアノ協奏曲第3番は、強いて言えばバルトークのピアノ協奏曲の中では有名な方)客の入りは悪く、おそらく半分行っていない。1席の前の方と2階席と3階席のステージ脇両サイドは人がいるが、他は入っていない。

 

6時30分頃から、広上淳一と京響ゼネラルマネージャーの森貴之によるプレトークがある。森が、「雪が降ったところの皆さん、大変なところをよくぞお越し頂きました」と述べたため、北山や北大路以外にも雪が降ったところがあることが分かる。
広上は、「死にかけた」という話をする。大晦日に家族で伊豆高原に旅行に行き、ビール3杯などを飲んで風呂に入ったところ意識をなくし、奥さんが気付いて救急車を呼んで助かったという。医者に「こっぴどく怒られました」だそうで、「皆さん、お酒飲んで風呂に入ったら駄目ですよ」と語った。奥さんからも「こんなところから葬式出すの嫌だからね」と言われたそうである。
そして家に戻って、沖澤のどかが「ボレロ」を振るカウントダウンに間に合ったそうである。

レナード・バーンスタインの「スラヴァ!(政治的序曲)」もコープランドの交響曲第3番も政治色が強い曲目である。
「スラヴァ」は、チェリスト&指揮者のムスティスラフ・ロストロポーヴィチの愛称である。彼がソ連からの亡命に成功し、ワシントンD.C.のナショナル交響楽団の音楽監督に就任したのを記念してバーンスタインが書いたものである。バーンスタインによる選挙大会の政治演説や聴衆の歓声が録音で流される。
コープランドの交響曲第3番は、第4楽章に「市民のためのファンファーレ」が流れるのだが、この曲は指揮者のユージン・グーセンスが1942年8月に「アメリカの戦争遂行の愛国的なファンファーレ」として18人の作曲家に依頼したファンファーレの一つであるため、広島のようにアメリカによる甚大な被害を受けた街では「市民のためのファンファーレ」もコープランドの交響曲第3番も演奏出来ないそうである。
バルトークのピアノ協奏曲第3番のソリストである三浦謙司に関しては、「ベルリンに住む上手いピアニスト」と語っていた。
京都市交響楽団の成長については広上は、コンセルトヘボウ・アムステルダム(ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)、チェコ・フィル、フィンランドのラハティ(交響楽団)、スウェーデン放送響、バンベルク交響楽団に似たオーケストラになったと語るが、これはあくまでも広上が振った時。指揮者によって音が変わる。そういう意味では広上淳一と沖澤のどかは対極にいる指揮者かも知れない。鬼束ちひろが、「音楽性は生まれた土地の気候によって決まる」と若い頃に記していたが、東京生まれの広上と青森生まれの沖澤とでは音楽性が違ってくるのは当たり前かも知れない。

 

今日のコンサートマスターは「組長」こと石田泰尚。フォアシュピーラーに泉原隆志。ドイツ式の現代配置による演奏である。客演首席ヴィオラ奏者には新日本フィルの森野開、客演首席チェロ奏者には新日本フィルの櫃本瑠音(ひつもと・るね)、首席客演トロンボーン奏者には都響の風早宏隆。風早という苗字はマンガ・映画「君に届け」で有名になっているが、風早氏は本流は数少ない平氏系の公家である。京都市内に風早町という住所があるが、御所近辺の公家街に移る(移される)まではその近辺に屋敷を置いていた公家だ。風早宏隆がどこまで公家の風早氏と近いのかは不明である。
コープランドの交響曲第3番は、大編成であり、打楽器に客演奏者がずらりと並ぶ。

 

バーンスタインの「スラヴァ!(政治的序曲)」。広上はバーンスタインに直接指揮を学んでいる。今の時代には巨匠にして教育者という指揮者は少ない。良き時代に教育を受けたと言える。
「スラヴァ!(政治的序曲)」は、ドイツ・グラモフォンから、作曲者がイスラエル・フィルを指揮した録音が出ているが、今は積極的にイスラエル・フィルを聴きたいという状況ではない。ただ広上と京響の演奏の方がバーンスタインらしさがはっきり分かる。バーンスタインは優れた指揮者であったが、音楽にのめり込みやすいという性格であり、客観的に彼の音楽を聴きたいのなら他の指揮者による演奏を選んだ方が良いのかも知れない。幸い弟子は数えられないほどいる。
甘く澄んだ弦、輝きのあるブラス、抜けの良い音など、広上の良さが十全に出ている。
エレキギターが浮かび上がるなど、いかにもバーンスタインらしい曲想(エレクトリックギター演奏:山田岳)。最後は、楽団員の「スラヴァ!」の言葉で締める。これはロストロポーヴィチの愛称であると同時にロシア語で「栄光あれ!」の意味を持つ。

 

バルトークのピアノ協奏曲第3番。ハンガリーを代表する作曲家であるバルトークであるが、ナチスの台頭を嫌い、アメリカに亡命する。しかしアメリカの水が合わなかったようで、引きこもりのようになり、作曲よりも民族音楽研究に取り込むことが多くなる。ただこれでは音楽で稼ぐことは出来ない。見かねたボストン交響楽団の音楽監督であるセルゲイ・クーセヴィツキーが作品を依頼。出来上がった管弦楽のための協奏曲はバルトークの代表作の一つとなった。だが白血病を患い、気難しい性格が災いして対人関係に悩むなど、最後までアメリカになじむことはなかった。最後は服装も浮浪者のようになって、デイヴィッド・ジンマン少年に石を投げられる(直接投げつけたという話と、住んでいる家の窓にぶつけたという話があり、どちらなのか、あるいは両方なのか不明)など惨憺たる有り様で、在米5年で他界している。
ピアノ協奏曲第3番は、バルトークのアメリカ時代の作品である。

ソリストの三浦謙司は、1993年、神戸生まれのピアニスト。13歳で英国政府奨学金を得てロンドン・パーセル・スクールに入学。2011年からはベルリン芸術大学で学ぶも、翌年に中退。日本で様々な仕事をしながらボランティア活動を行う。2014年に再び渡独。ハンス・アイスラー音楽大学ベルリンに入り、卒業後は同校の教員としても活動している。第4回マンハッタン国際音楽コンクール金賞受賞、第1回Shigeru Kawai国際ピアノコンクール優勝。スタインウェイコンクールベルリン第1位、2019年のロン=ティボー国際コンクール・ピアノ部門優勝及び3つの特別賞を獲得して名を挙げている。

ジャネットにネクタイ姿で現れた三浦。右肩を落として構える癖のあるピアニストである。広上指揮の京響が奏でる伴奏であるが、昨日聞いた歌劇「青ひげ公の城」とは明らかに異なる洒脱でモダンな響きがする。バルトークがアメリカに滞在した月日は短かったが、アメリカ的なるものを確実に吸収していたことが分かる。単に引きこもっていただけではなかったようだ。
三浦の難所も軽やかに乗り越えるピアノも聴き応えがある。クリアな音色も魅力的だ。
バルトークもアメリカの影響を受けた、あるいは受けざるを得なかったことが分かる楽曲でもある。

三浦のアンコール演奏は、シューマンの「子供の情景」から“詩人のお話”。技巧的には平易な曲で、あるいは私も昔弾いたことがあったかも知れない。
「子供の情景」も決定的名盤が存在しない楽曲である。そもそも録音が余り多くない。個人的に好きなのは、録音は古いがホロヴィッツ盤。こんな小品集であってもホロヴィッツのひらめきは冴えている。アルゲリッチ盤は彼女にしては大人しいが、そもそも彼女に向いている楽曲ではないような気がする。

 

コープランドの交響曲第3番。コープランドは同性愛者、バーンスタインは両性愛者で、二人は短い間だったがパートナーであった。バーンスタインに指揮者になるよう進言したのもコープランドであったと言われる。
それはそれとして、コープランドの交響曲第3番は大傑作である。いかにもアメリカ的な広がりとノスタルジアを兼ね備えた旋律が巨大なモニュメントを打ち立てていく。
京響が奏でる音はたおやかで立体的であり、印象派に影響を受けたと思われるグラデーションも美しさに満ちているが、楽章が進むにつれて大音響へと変わっていく。最後列にずらりと並んだ打楽器群が進軍を後押しする。ピアノ、チェレスタ、2台のハープなども威力を加える。
第4楽章に「市民のためのファンファーレ」が登場。この曲は、広上が京響の常任指揮者に就任して初めてのコンサートの第1曲として演奏したものである。そんなことも思い出しつつ、強烈な音を堪能する。
東にN響あれば西に京響あり。広上と地元オーケストラの実力を堪能した夜であった。

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2026年2月 4日 (水)

コンサートの記(946) びわ湖ホール オペラへの招待 モーツァルト作曲「劇場支配人」&レオンカヴァッロ作曲「道化師」2026.1.24

2026年1月24日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール中ホールにて

大津へ。びわ湖ホール中ホールで、びわ湖ホール オペラへの招待 モーツァルト作曲「劇場支配人」&レオンカヴァッロ作曲「道化師」を観る。

「道化師」は、京都国立博物館中庭特設会場で、吉田裕史(ひろふみ)指揮ボローニャ歌劇場フィルハーモニーによる大規模キャストによる野外公演を観たことがあるが、「劇場支配人」を観るのは初めて。「劇場支配人」序曲は、以前に「題名のない音楽会」のオープニング&エンディングに使われていた

キンボー・イシイ指揮日本センチュリー交響楽団の演奏(コンサートマスター:松浦奈々)。日本センチュリー交響楽団は、びわ湖ホール中ホールでのオペラ上演にたびたび呼ばれているが、中規模編成のオーケストラだけに中ホールの小さめのピットでも威力を発揮出来るからだろう。ただ日程によっては、ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団や大阪交響楽団が入ったりもする。
大ホールでのオペラ上演は京都市交響楽団が受け持つことが多い。何と言っても隣町のオーケストラである。

キンボー・イシイは、本名を石井欽一といい、キンボーはヨーロッパでのニックネームである。ただ、欽一というと欽ちゃんこと萩本欽一のイメージが強いからかどうかは分からないが、師である小澤征爾から「お前はキンボーを名乗れ」と言われ、それを守っている。一時は、キンボー・イシイ=エトウと名乗っていたが、長いからか、いつの頃からかキンボー・イシイとなっている。
冗談みたいな名前の人だが、ヨーロッパを中心にオペラ指揮者として活動しており、ベルリン・コミッシェ・オーパーの首席カペルマイスターを経て、マクデブルク劇場音楽総監督、大阪交響楽団首席客演指揮者、ドイツ・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州立劇場音楽総監督などを歴任している。
ウィーン市立音楽院でヴァイオリンをバリリ四重奏団で知られるワルター・バリリに師事。ジュリアード音楽院でも当初はヴァイオリンを専攻していたが、怪我のために途中で指揮に転向。前述、小澤征爾やサイモン・ラトルに師事している。

演出と日本語台本を務めるのは、お馴染みの中村敬一。「ザ・スタッフ」所属ということで、岩田達宗とも同僚だった人である。国立(くにたち)音楽大学招聘教授、大阪音楽大学客員教授。沖縄県立芸術大学講師などを務めている。沖縄県人の多くは、クラシック音楽を聴く習慣がないと言われているが(古くからの民謡や伝統音楽と、アメリカ統治時代に入ったロックやジャズなどが盛んで、クラシックが根付く土壌自体が形成されなかった)、県立の芸術大学があり、砂川涼子などスター歌手も生まれているため、普及に期待が持たれている。

 

上演前に、中村敬一による解説がある。1時間ほどの短いオペラ2本で、いずれももう1本の中編オペラと併せて上演されることが多く、特に「道化師」は、イタリアのヴェリズモ(現実)と呼ばれたオペラであり、ヴェリズモオペラのもう1本の代表作であるマスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」との組み合わせで上演されることが多いが、今回はそうではなく、「劇団」を巡る2本の物語としている。
モーツァルトの「劇場支配人」はタイトルとは裏腹に、劇場ではなくシェーンブルン宮殿の温室で上演するために作られた、どちらかというと余興に近いオペラである。オペラと書いたが、セリフを喋るだけの人も多く、アリアも少ないことから、ジャンル的には「魔笛」同様、ジングシュピールに分類される。セリフも歌詞もドイツ語だ。ヨーゼフ2世がドイツ語によるオペラ「ドイツ国民劇場」運動に力を入れており、サリエリがイタリア語のオペラ・ブッファを、モーツァルトがドイツ語のジングシュピールを書き、同日に続けて初演されている。サリエリが書いたオペラのタイトルは、「はじめに音楽、次ぎに言葉」である。1786年2月7日初演ということで、中村は「寒かったんじゃないか」と思ったそうだが、実際にシェーンブルン宮殿の温室行ってみたところ、温水が壁の向こうの管に常に流れているような施設で、暖かかったそうだ。両作品はヨーゼフ2世が義弟に当たるオランダ総督夫妻をもてなすための上演で、一般市民は会場にいなかったものと思われる。

「道化師」は、3人の作曲家にまつわる話があり、イタリアで行われた1幕物のオペラコンクールで、プッチーニが「妖精ヴィッリ」を送るも落選。しかしボーイトが高く評価して初演に漕ぎ着ける。初演時のピットに音楽院時代以来のプッチーニの友人であるマスカーニがコントラバス奏者として参加していたそうだが、上演は大成功。マスカーニは負けじと1幕物のオペラを書く。これが「カヴァレリア・ルスティカーナ」でコンクールで、当選を果たす。その上演の成功を目の当たりにしたレオンカヴァッロが書いた1幕物オペラが「道化師」である。コンクールには最終選考に残らず落選したが、コンクールの主催者が高く評価し、アルトゥーロ・トスカニーニ指揮で行われた初演は大成功したが、レオンカヴァッロの成功作はこの1作だけとなったようである。作曲以外には台本作家、教育者として活躍した。レオンカヴァッロに刺激を与えたマスカーニもまたヒット作は「カヴァレリア・ルスティカーナ」1作に留まっているようだ。
「カヴァレリア・ルスティカーナ」は実は原作を岩波文庫で読むことが出来るのだが、ごくごく短い物語であり、特にどうということもない作品である。オペラの方がずっと面白い。

 

歌劇(またはジングシュピール)「劇場支配人」。Wキャストで今日の出演は、脇阪法子(ヘルツ夫人)、高田瑞希(たかだ・みずき。ジルバークラング嬢)、古谷彰久(ふるや・あきひさ。フォーゲルザング)、林隆史(ブフ)、有ヶ谷友輝(ありがや・ともき。フランク)、佐貫遙斗(さぬき・はると。アイラー)、山田結香子(プファイル夫人)、岩石智華子(いわいし・ちかこ。クローネ夫人)、五島真澄(ヘルツ)、徳田あさひ(とくだ・あさひ。マドモアゼル・ルイーズ)。

まずは、現実の話。びわ湖ホールが今年の7月から改修工事に入るが、びわ湖ホール声楽アンサンブルはどこで活躍すればいいのかという話になって、滋賀県内を地方巡業と明かされるが、そこで劇場支配人のフランク(有ヶ谷友輝)が小さな劇団を作ろうとしていることを打ち明ける。それを知った人々が、「我こそが劇団に相応しい」と名乗り出てくるという芝居である。
初めの方はセリフだけという珍しい展開でもある。セリフは基本的に日本語で関西弁も混じるが、時折、ドイツ語が用いられる。
演技はオペラならではのもので、演劇的ではないが、演劇風の演技をしている人がいきなり歌い始めるのも差が激しすぎて妙なので、「オペラという架空世界の演技」として見るしかない。それはそれで楽しい。

今日が初日であるが、そのため緊張したのか、歌や振る舞いに堅さの見える人が何人かいる。今日のキャストは、1月26日にも出演する。平日のマチネーになるが、そちらの方が良い歌唱になりそうである。

出てくる人は皆、自身満々。「私より良い歌手はいない」と堂々と宣言し、「あなた程の人は他にはいない(「そこまで天狗な人はあなただけ」という当てつけ)」「あなたはいくらで契約したの?」「私より高いはずがない」というやり取りがある。
今回はフォーゲンザング夫人をマドモアゼル・ルイーズ(徳田あさひ)というバレリーナに変えて登場させているが、これは中村敬一が作り上げたキャラだそうだ。「びわ湖ホールの大規模改修期間における芸術家たちの活動ぶり」を示すためのキャラだそうだが、ジャンルの違うバレエで和らげようという意図もあったのだと思われる(元々のセリフは金に関する話ばかりでえげつないらしい)。
背景はいくつかのスクリーンを組み合わせたものだが、最後には一番大きなスクリーンにびわ湖ホール中ホールの客席が映り、これが遠い18世紀のことでなく今のびわ湖ホールの改修にも繋がっていることを示していた。なお、上野の東京文化会館も改修工事にはいることがセリフで告げられていた。
キンボー・イシイ指揮の日本センチュリー交響楽団はピリオド・アプローチを採用。古典様式を守った上で活気ある音楽を生んでいた。

 

レオンカヴァッロの歌劇「道化師」。出演は、福井敬(けい。カニオ)、船越亜弥(ネッダ)、西田昂平(こうへい。トニオ)、福西仁(じん。ペッペ)、大野光星(こうせい。シルヴィオ)。
「ヴェリズモ」と呼ばれるジャンルのオペラの代表作である。イタリア人は陽気で明るいイメージがあるが、こと芸術作品となるとシリアスな悲劇が好まれる傾向がある。

旅回りの芝居の一座に起こった悲劇である。殺害事件が観客の目の前で起こる(ギリシャ悲劇以来、悲惨なシーンは舞台裏で行われるのが慣習だった。ビゼーの歌劇「カルメン」の初演が失敗したのも、客の見えるところで殺害シーンが行われたからでもある。ちなみに歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」も殺害は舞台裏で起こることになっているが、舞台上で起こるようにした演出もある)。

まず、足が不自由な道化役のトニオの口上で始まる。ステージ上には人が多いが、それでも「群衆」と呼ぶには足りないので、歓声などはスピーカーから録音されたものを流す。
座長のカニオとネッダは夫婦だが、ネッダは男にもて、トニオに言い寄られたり(鞭でぶって返り討ちにする)、村の青年であるシルヴィオと駆け落ちの約束をしていたりする。ネッダとシルヴィオがベンチの上で抱き合っているところをカニオが目撃したことから全ての悲劇が始まる。カニオはネッダに相手の名前を言うよう迫るが、座員ペッペがなだめる。
開演が迫り、カニオは衣装を纏い、化粧をするが、ここで歌われるのが有名な「衣装を纏え」である。オペラの冒頭にもこの旋律は登場する。ケヴィン・コスナーの出世作である映画「アンタッチャブル」で、ロバート・デ・ニーロ演じるアル・カポネが劇場のボックス席でこのアリアを聴きながら感動の涙を流しているところへ、配下からの「暗殺成功」の報告を受けて、一転ほくそ笑むというシーンに使われていることでも知られている。
一座の芝居が始まる。劇中劇である。アルレッキーノ(男の道化役でトリックスターのこと。代表例は「フィガロの結婚」のフィガロ)はペッペ、コロンビーナ(女の道化役で恋の取り持ち役のこと。代表例は「フィガロの結婚」のスザンナ)はネッダが務める。
心理劇の妙味として、カニオはネッダが抱き合っていた相手の名前を言わないから刺したのではない。それなら実にありきたりだ。実際は、トニオが間に入ったことで目撃した逢瀬を思い出し、逆上してネッダを刺すことになる。能天気にも顔が割れているにも関わらず芝居を見に来ていたシルヴィオも刺す。そしてラストの「喜劇は終わりました」のセリフは本来はトニオが語って、始めと終わりを結ぶことになるが、今回はカニオが客席の方を向いて語る。ベートーヴェンの遺言と同じ意味を持つことになる。

キンボー・イシイの指揮姿は私が座っていた席からもよく見えたが、キビキビとしてエモーショナルなものであった。生み出される音もダイナミックであり、ラストでは心を揺すられる思いであった。
どこぞで、「テノール界のラスボス」とも呼ばれている福井敬の歌はダイナミックで感情の表出も豊かであった。ネッダをコケティッシュに演じた船越亜弥のこれまでのイメージを覆す歌と演技も良かった。

 

びわ湖ホール オペラへの招待は何度も見聞きしているが、今回は上位に来る出来であったように思う。

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2026年2月 1日 (日)

コンサートの記(945) 下野竜也指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第594回定期演奏会 バルトーク 歌劇「青ひげ公の城」(演奏会形式)ほか

2026年1月22日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第594回定期演奏会を聴く。今日の指揮は下野竜也。大フィル指揮研究員として朝比奈隆の下で学んだ指揮者でもある。ちなみに朝比奈の指揮に接した第一印象は、「何を振ってるのか分からないし、それなのに凄い音が出ていて訳が分からない」だったそうである。
現在は、NHK交響楽団の正指揮者、札幌交響楽団の首席客演指揮者、広島ウインドオーケストラの音楽監督を務め、広島交響楽団から桂冠指揮者の称号を得ている。吹奏楽出身の指揮者だけに広島ウインドオーケストラの音楽監督として吹奏楽の普及にも励んでいるものと思われる。

曲目は、大栗裕(おおぐり・ひろし)の管弦楽のための「神話」、小山清茂の管弦楽のための鄙歌第2番、バルトークの歌劇「青ひげ公の城」(演奏会形式。全一幕。出演:宮本益光、石橋栄実、田中宗利)。

いつものドイツ式の現代配置。今日のコンサートマスターは崔文洙だが、最前列の席だったため、崔文洙の隣で誰が弾いているのか見えず。真っ正面のコントラバスと、ヴィオラ奏者達の背中を見ることになる。管楽器はトロンボーンがわずかに見えるだけ。ただ「青ひげ公の城」ではトロンボーンが高い台に上って吹いたため、よく見えていた。

 

大栗裕の管弦楽のための「神話」。「天岩戸」を題材にした作品である。大阪フィルハーモニー交響楽団のホルン奏者にして、大フィルのための作品も多く書いた大栗裕。下野竜也が大阪フィルを指揮してレコーディングデビューしたのも大栗裕作品であった。
大栗は大阪・船場の生まれ。天王寺商業学校(現・大阪市立大阪ビジネスフロンティア高等学校)を卒業後、実家の小間物問屋を継ぐが、音楽を志し、旧東京交響楽団(現・東京フィルハーモニー交響楽団)や日本交響楽団(現・NHK交響楽団)のホルン奏者として活躍。朝比奈に呼ばれ再び大阪へ。関西交響楽団時代の1955年に大フィルに入団し、1966年まで在籍。その後は作曲家として活躍している。
管弦楽のための「神話」は、天岩戸が閉じたところから始まり、どうやったら天照大神が出てくるのか神々が考えるところから始まる。太陽神である天照大神が引きこもってしまったため、この世は闇である。ちなみに天照大神は伊勢神宮(内宮)に祀られてからも、「一人で食事をするのが寂しい」ということで豊受大神を呼び寄せているため(伊勢神宮外宮)、「皇祖神なのにメンヘラ」と呼ばれていたりする。
とにかく鶏が鳴けば朝になったと思うだろうということで、トランペットが鶏の鳴き声を真似る。その後も引きこもりの天照大神だったが、天鈿女命が裸踊りを始め、神々がその滑稽さに笑い転げる(芸術・芸能の神である天鈿女命は大宮姫命と同一視されることがあるが、大宮姫命はどちらかというと文芸系の女神である)。一体何事かと岩戸を少し開けてみる天照大神。そこに鏡が差し出され、鏡を知らない天照大神は何が起こったのか戸惑う。そこへ天手力男命が岩戸を強引にこじ開けるというストーリーである。古事記の中でも特に有名な場面の一つであるため、知っている人も多いと思われる。ちなみに京都市の蹴上にある日向(ひむかい)大神宮には、いかにも「作りました」という感じの天岩戸があり、戸隠神社として天手力男命が祀られている(厄除けの神)。初めて見た時には笑ってしまうかも知れないが、面白いことは面白い。
今日のプログラム全般にいえることだが、土俗的な迫力があり、一種の野蛮な力強さが聴く者を惹きつける。下野も造形をきちんと測った上でだが、いつもより強烈なドライブを見せていた。

 

小山清茂の管弦楽のための鄙歌第2番。小山清茂も音大に学んだ人物ではない。長野師範学校(現・信州大学教育学部)在学中にピアノの音を聴いて魅せられ、独学で作曲をものにする。師範学校卒業後は長野や東京で教員として勤務していた。1946年に「管弦楽のための信濃囃子」が第14回音楽コンクール(現・日本音楽コンクール)作曲部門で1位を獲得。1955年に教職を退いて作曲家として活動するようになっている。
鄙歌とあることからも分かるとおり、洗練とは真逆の古来から地方に残る生命力を音楽として昇華。力強い響きと「和」を感じさせる旋律を特徴とする。
「和讃」「たまほがい(上界と下界の魂のつどい)」「ウポポ(アイヌ語で室内で仕事をしたり儀式を行ったりするときに集団で歌う民謡)」「豊年踊り」の4部からなるが、今日は続けて演奏される。
やはり力強さが要求される曲であり、大フィルのパワーが生きている。大フィルも昔に比べると音に洗練度が増してきたが、こうした演奏も勿論可能である。

 

バルトークの歌劇「青ひげ公の城」(演奏会形式。全1幕)。大フィルは2013年に再開場したばかりのフェスティバルホールで、井上道義の指揮で、ハンガリー人の歌手2人を招いて「コンサートオペラ」として「青ひげ公の城」を上演している。
「青ひげ公の城」は、バルトークが完成させた唯一のオペラで、オペラ・ブッファとは異なる猟奇系オペラの代表作である。猟奇系オペラというジャンルはないが、挙げていくと、「ヴォツェック」、「ルル」、「サロメ」、「ねじの回転」などが含まれるだろう。「トゥーランドット」も場合によっては入るかも知れない。
青ひげ公は残忍な王で、数多の人を死へと導いている。「青ひげ公の城」の話が効果的に使われている映画として黒沢清の出世作である「CURE」が挙げられる。役所広司演じる刑事・高部の妻である文江(若くして亡くなった中川杏奈が演じている。中川杏奈という著名人は複数いるようだが、1965年生まれで演出家の栗山民也の奥さんだった人である)は精神を病んでいるのだが、それがかなり重いと分かる場面に「青ひげ公の城」の絵本が使われている。

出演は、宮本益光(ますみつ。青ひげ公)、石橋栄実(えみ。ユディット)、田中宗利(吟遊詩人)。
宮本益光は、バリトン歌手の他に、演出・構成、外国語オペラ詞の上演用日本語訳、執筆など幅広く活動しており、著書の名は、『職業、宮本益光』である。
大阪音楽大学教授としても知られる石橋栄実。澄んだ声を特徴とするソプラノだが、今日は役が役だけに痛切な声を聞かせる。
田中宗利は、劇団ひまわり所属の俳優。京都大学文学部哲学科卒。ピアノやチェロを習い、指揮者としても活動している。

下野、宮本、石橋の3人は、2023年に広島でも「青ひげ公の城」を上演している。

 

譜面の上に置かれた照明以外は光が絞られてスタート。吟遊詩人役の田中宗利が上手側から現れて、この話が昔々の語り継がれてきた物語であるということを告げる。
そして演奏開始。下野の巧みなリードに導かれて、豪快にしておどろおどろしい音楽が奏でられる。やはりこのオペラはオーケストラが強靱でないといけない。
青ひげ公の城にやって来た青ひげ公と、妻となったユディット。青ひげ公が残忍な王であるということはユディットも知っている。だが、ユディットは、家族と婚約者を捨てて青ひげ公の王妃になることに決めた。何故なのかは分からない。帰る場所をなくしたが、ユディットはかなり積極的である。青ひげ公に対して何度も「愛している」を口にする。あるいは帰る場所がないので青ひげ公にすがるしかないのかも知れないが。一方、青ひげ公の方は「愛してくれ」とは言うが、一度も「愛している」と口にすることはない。ユディットが「『愛してる』と言って」と迫っても、別の話をする。愛してなどいないのかも知れない。だとしたら正直だが。
一見、青ひげ公がユディットの行動を制しているように見えるのだが、実際にはそうやってユディットの非常に強い好奇心を引き寄せているようである。まんまと鍵を開けさせ、いくつもの部屋を見せ、最後の部屋へ。鍵を開けたのも多くの扉を開いたのもユディットの責任である。最後の部屋には朝の女と昼の女と夕方の女がいた。ユディットは夜の女となる。コンプリートである。
だが、どの部屋にも血痕があった。涙の湖にだけはなかったが、それは涙の湖だからか。とにかく殺さずに残忍な何かが起こっていたとしてもそれは知るよしもない。涙の湖が本当に涙の湖だとしたら、泣いたのは前にいた3人の女ということになる。会ったときには、たまたま普通の精神でいただけで、ユディットも3人の女同様、泣いて湖に涙を落とすことになるのだろうか。

夜の女になったと分かった時点で、ユディット役の石橋栄実は下手に向かって退場するという演出だったが、さて、どこに向かったのか。最後の部屋以外に行く当てはないが。

各部屋は色のついた照明によって表現される。

オペラではあるが、管弦楽に力強さが求められる。その点、馬力に関しては日本屈指のオーケストラである大阪フィルの力がプラスに働く。
独唱者2名の歌唱も優れており、独唱者を伴った管弦楽曲のような緻密な音楽を見事に再現してみせていた。

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