カテゴリー「ドイツ」の25件の記事

2020年8月 2日 (日)

これまでに観た映画より(194) ヴィム・ヴェンダース監督作品「東京画」

2005年8月9日

ヴィム・ヴェンダース監督のドキュメンタリー映画「東京画」をビデオで観る。敬愛する小津安二郎監督が描く東京への憧憬からこの街にやって来たヴェンダース監督の目に映る1983年の東京の風景が切り取られている。冒頭とラストは小津監督の「東京物語」のそれをそのまま用いている。

ヴェンダース監督が興味を持つ対象はパチンコ店や、飲食店の前のショーケースに並ぶ定食のサンプルを作る工場など。特にサンプル工場のシーンは見ているこちらが奇妙に感じるほど長い。
ゴルフの打ちっ放しに対する見方は誤解だらけで、おもわず「それは違うだろう」と突っ込みたくなる。

ヴェンダースは東京ディズニーランドに行こうとしたが、「アメリカのコピーだと思うと急に興味が冷めて」引き返してしまう。そして、「アメリカの影響を受けた若者達を見た」として紹介されるのが、当時、原宿に出没していた竹の子族。この辺りは作為を感じてしまって余り面白くない。竹の子族だけで当時の東京を語らないで欲しい。

1983年の東京の風景を見たい人にはやや物足りない作品である。しかし小津安二郎の映画が好きな人は絶対観た方がいい映画だ。
笠智衆や、小津の下で撮影監督を務めた厚田雄春らのインタビューが収められているためで、これを観ると小津という男が俳優やスタッフからいかに敬愛され、神のように崇拝されていたかがわかる。小津の思い出を語っていた厚田が突然、感極まって泣き出してしまうのも印象的。

小津安二郎とは改めて偉大な映画監督、いやそれ以前に偉大な人間だったのだと確認することが出来る。

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2020年1月19日 (日)

観劇感想精選(338) 草彅剛主演「アルトゥロ・ウイの興隆」

2020年1月13日 横浜・山下町のKAAT 神奈川芸術劇場にて観劇

午後2時から、KAAT 神奈川芸術劇場で、「アルトゥロ・ウイの興隆」を観る。ベルトルト・ブレヒトが1941年にアメリカの地で書き上げた戯曲。当時、ブレヒトはナチスの台頭したドイツから亡命し、西欧やアメリカを転々とする生活を送っていた。アドルフ・ヒトラーやナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)がバリバリの現役だった時代に揶揄と告発を展開しており、チャップリンの「独裁者」と並んでファシズム興隆期にリアルタイムで語られた貴重な記録である。もっとも、チャップリンの「独裁者」は戦中に上映されているが、「アルトゥロ・ウイの興隆」は危険視されたため上演は延び延びになり、1958年になってようやくアメリカ初演に漕ぎ着けている。だが、危険視されたという事実自体がブレヒトのナチスとヒトラーに対する極めて正確にして的確な分析を物語っている。先日、兵庫県立芸術文化センターで永井愛作・演出の「私たちは何も知らない」を観ているが、「アルトゥロ・ウイの興隆」もまた恐怖演劇の先駆ともいうべき作品である。
「アルトゥロ・ウイの興隆」は残念ながら横浜だけでの上演である。横浜での上演なら普通は諦めるところだが、昨年、大阪・周防町のウイングフィールドで「アルトゥロ・ウイの興隆」に関する勉強会のようなものに参加しており、更に今回、アルトゥロ・ウイを演じるのが同い年である草彅剛ということで、チケットの先行予約に申し込み、取ることが出来たため、出掛けることにした。新しい地図のメンバーの出演作は人気で、チケットはなかなか取れなかっただけに、今回はついていた。

作:ベルトルト・ブレヒト、テキスト日本語訳:酒寄進一、演出はKAAT 神奈川芸術劇場芸術監督でもある白井晃。出演は、草彅剛、松尾諭、渡部豪太、中山祐一郎、細見大輔、粟野史浩、関秀人、有川マコト、深沢敦、那須佐夜子、春海四方、小川ゲン、古木将也、小椋毅、チョウヨンホ、林浩太郎、神保悟志、小林勝也、古谷一行。
演奏は、オーサカ=モノレール。

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KAAT(KAnagawa Art Theatre)神奈川芸術劇場に来るのは初めてである。NHK横浜放送局の庁舎内5階にホールがあり、エスカレーターとエレベーターで繋がっているが、帰りは混雑するし、危険な印象も受ける。池袋の東京芸術劇場と同じような感じである。内装は渋谷のオーチャードホールに少し似ているかも知れない。今日は右側サイド席(バルコニー席)の1列目であったが、通路はかなり狭い。中央の座席は足元にまだ余裕があるが、サイド席はそうではない。ただ、サイド席であったため、開演直前に白井晃が客席後方の扉から入ってきて、関係者席に着くのを確認することが出来た。今日の客層は圧倒的に元を含めたジャニーズファンの女性が多いため、白井晃に注目していた人はほぼ皆無。白井さんは上演終了後もしばらく座席に残って隣のスタッフの女性と話していたが、すぐ横を通り過ぎても白井さんに気づく人はいなかった。男性客はブレヒト好きが多かったと思われるが、今日は男性客自体が超少数派である。

客層を予想していたからというわけでもないだろうが、今日は要所要所で上から黒いスクリーンが下りてきて、これがナチスの歴史の何と繋がるかが白い文字で投影されるという、ブレヒトの原案通りの解体した形での上演である。そもそもヒトラーの劇だと知らないで来た人も結構いたと思われる。

舞台は1920年代のシカゴに置き換えられている。禁酒法が施行され、ジャズエイジとも呼ばれたアメリカ青春の時代であるが、同時にシカゴではアル・カポネ(この劇でも名前だけ登場する)が酒の密輸や密造で財産を築くなど、裏社会の人間が暗躍した時期でもある。

シカゴのカリフラワーのトラストは勢力拡大と資金獲得のため、シカゴ市議会議員のドッグズバロー(古谷一行)を買収する計画を立てる。ドッグズバローはシート水運の食堂の主から転身して見事議員に当選した人物であり、「正直者」「清廉潔白」の噂があるが、シート水運の株の半分以上を譲渡し、シート水運の実質的な経営者になる話を持ちかけるとこれに乗ってくる。更にカリフラワー協会からは別宅も譲り受けたドッグズバローだったが、これには後に激しく後悔することになる。トラストは港湾工事の名目による公金を手に入れる。

シカゴの弱小ギャング団のボスであるアルトゥロ・ウイ(草彅剛)もシカゴの街を手に入れるため、八百屋に「用心棒をする」と言ってみかじめ料を取ったりしていたが、更なる権力獲得のためにカリフラワートラストに取り入ろうとするも難航していた。そんな中、ドッグズバローがトラストに便宜を図ることで収賄を行っている証拠を手に入れる。かくて、恐喝によってドッグズバローから権力を譲渡されたウイは、部下のエルネスト・ローマ(後に「長いナイフの夜事件」で粛正されることになるエルンスト・レームに相当。演じるのは松尾諭)、ジュゼッペ・ジヴォラ(ヨーゼフ・ゲッペルスに相当し、ゲッペルス同様、足を引きずって歩く。演じるのは渡部豪太)、マヌエル・ジーリ(ヘルマン・ゲーリングに相当。演じるのは粟野史浩)らと共にシカゴの街を掌握し、更に隣接するシセロの街(オーストリアのメタファー)をも手中に収めようとしていた……。

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赤の仮設プロセニアム、更に舞台の上に同じく赤い色のステージがあり、ここで演奏と歌が行われる。アルトゥロ・ウイとその部下達は赤いスーツを着ている。3人の女性ダンサー(Ruu、Nami Monroe、FUMI)も赤の衣装だ。ドッグズバロー(パウル・フォン・ヒンデルブルク大統領に相当)やカリフラワートラスト(ユンカーと呼ばれるドイツの地方貴族達がモデルである。「貴公子」に由来する「ユンカー」という言葉には馴染みがない人でも、別の読み方である「ユンケル」なら意味は知らなくても言葉自体は目にしたり耳にしたりしたことは確実にあるはずである)のメンバーは他の色の衣装であるが、ある時を境に、赤の衣装へと切り替わる。

客席ステージをフルに使った演出であるが、民衆役の俳優も客席にいる時に上着を脱ぎ、下に来ていた赤い背広を露わにする。草彅剛も何度も客席通路に降りるが、ラストの演説の前では客席上手入り口から登場し、客席通路を通ってステージに上がる。ナンバー2にのし上がったジヴォラもその少し前に同じ様に客席下手入り口から登場してステージに上がっており、流石は白井晃、よくわかっている演出である。

ジェイムズ・ブラウンの曲が草彅やオーサカ=モノレールのヴォーカルである中田亮によって次々に歌われ、アメリカンソウルが高揚して客席も熱狂するが(ナチス時代ならワーグナーやベートーヴェンが流れるであろう)、それが凄惨な悪夢へと転じていく様が鮮やかである。アルトゥロ・ウイの一党が着ている赤いスーツはナチスのハーケンクロイツの旗に用いられていた赤が由来だと思われるが、同時に流血をイメージする色でもある。あるいはKAATの座席の色だったり「朱に交われば」という言葉も掛かっているのか知れないが、全ての登場人物の衣装が赤に変わっていく過程は、フランク・パヴロフとヴィンセント・ギャロの『茶色の朝』を想起させる。白井晃なら当然、『茶色の朝』ぐらいは知っているだろうし、意識したとしても当然のように思われる。

SMAPのメンバーの中で、演技力ならナンバーワンだと思われる草彅剛。芝居の開始当初はセリフのノリが今ひとつに感じられたが、これはシェイクスピア俳優(小林勝也)から「ジュリアス・シーザー」の一節を用いた演技指導を受けて以降のアルトゥロ・ウイと対比させるために敢えて抑えていた可能性もある。第2幕冒頭では、「横浜KAATでアルトゥロ・ウイ!」を連呼して客席に熱狂と一体感を呼び起こし、終盤に至るとアルトゥロ・ウイの狂気を爆発させて、燃えさかる紅蓮の炎のような激しさで見る物を引きずり込んでいく。シェイクスピア俳優が演技指導をするということで、ブレヒトもシェイクスピアの「リチャード三世」を意識していたのかも知れないが(実際に亡霊が主人公を苛むというシーンがある)、アルトゥロ・ウイもリチャード三世同様、実に魅力的で危うく、草彅剛は自らの風貌を生かした狡猾にして人を惹きつける男を舞台上に現出させる。
「リチャード三世」違ってリッチモンドは登場しないが、それはまだヒトラー政権が続いていた時代に書かれたものであるためで、ブレヒトはたやすく救済を用意したりはしない。ただ、ラストで告発は行われている。現に今起こっていることに対する告発である。音楽の高揚感の中での告発であり、その後の沈黙が強烈に響くことになった。

 

終演後、KAATの外に出た時、向かいのビルにアルトゥロ・ウイの亡霊がいるのを発見する。KAATの外壁にはアルトゥロ・ウイを演じる草彅剛の巨大パネルが掲げられていたのだが、それが向かいのビルの窓に写っていたのである。

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2019年12月 6日 (金)

2346月日(19) 「カルチャートーク Creator@Kamogawa」 第1部「場所の記憶」&第2部「ラ・長い息」 2019.11.30

2019年11月30日 荒神橋のゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川にて

ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川で午後3時から「カルチャートーク Creator@Kamogawa」を聴くことする。
始まる前にゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川内にあるカフェ・ミュラーで食事。本格的な食事は2種類だけで、鳥料理のものを選ぶ。

 

ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川での「カルチャートーク Creator@Kamogawa」は1階のホール(ザール)での開催。ドイツの建築家・美術家であるミヒャエル・ヒルシュビヒラーと宗教人類学者の植島啓司の対談による第1部「場所の記憶」と、ドイツの美術家であるレニ・ホフマンと美術家の今井祝雄(いまい・のりお)との対談である第2部「ラ・長い息」の二本立てである。いずれも司会進行役は小崎哲哉が務める。イヤホン付きの機械を使うことで日独同時通訳音声を聞くことが出来る。

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第1部「場所の記憶」。ミヒャエル・ヒルシュビヒラーは、1983年生まれ。哲学と建築をベルリンとチューリッヒで学び、現在はミュンヘンとチューリッヒを拠点に美術と建築の境界領域で活動。パプアニューギニアでの調査や教育活動も行っている。

ヒルシュビヒラーは、「ナラティブな考古学」と称した調査探索をパプアニューギニアで行っており、パプアニューギニアに伝わる怪談話や口語伝承を現地の人から聞き取っているそうである。
また、アゼルバイジャンの首都バクーの油田では、石油を使って絵を描き、組み上げポンプの音を録音して音楽を作るという試みも行っている。実は、石油を使って絵を描いている時に、立ち入り禁止のところに入ってしまって逮捕されたこともあるそうだ。
石油で描いた絵をギャラリー内に再現するということも行っているそうだが、これらをアゼルバイジャンの外に持ち出すのは許可がいり、下りていないため、ヨーロッパでの再現はまだ果たされていないそうである。おそらくバクー市内のギャラリーでの再現に留まっているのだろう。

一方の植島啓司は、1947年東京生まれ。東京大学と同大学院博士課程修了。ニューヨーク・ニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチ客員教授、関西大学教授などを歴任し、現在は京都造形芸術大学空間演出デザイン学科教授を務めている。熊野の民俗学や聖地の研究などを行っている。

植島は「聖地は自然発生的に出来るもので、個人が聖地を作り出すことは出来ない」と主張しており、全く反対の考え方をしている荒川修作と共に聖地調査を行ったこともあるそうだ。
植島は、世界的な聖地としてアルメニアに注目しているという。アルメニアのアララト山は、エデンの園のモデルとなったところだそうで、またアルメニア国内にはノアの箱舟伝説の最初期の形態が残っているという。
熊野に伝わる小栗判官の話などもする。地獄に落とされた小栗判官が蘇るという物語だが、このように非業の死を遂げた人を神様として祀るという習慣が日本にはある。京都での例として北野天満宮が挙げられていたが、京都にはそれ以外にも上御霊神社、下御霊神社、白峯神宮、崇道神社など、怨霊を神様として味方にするという風習がある。これは世界的に見ても珍しい習慣であることは間違いない。小崎によると、他の国では地獄に落ちた人が罰せられるという救いのない話になることが多いそうだ。ヒルシュビヒラーによると、パプアニューギニアにもそんな話はないそうである。パプアニューギニアに伝わるナラティブには、例えば、母親が留守の時に父親が息子を殺してバラバラにし、庭に撒くと草木や花が生えてきて、戻ってきた母親がそれを見て喜ぶという、論理も倫理道徳もない不思議な話が多いそうである。

ヒルシュビヒラーも、「個人で聖地を作ることは出来ない」という植島の意見には賛成するが、「聖地から影響を受けて新たなものを作り出すことは可能」という考えを持っているそうだ。京都に来て、様々な妖怪の話や怪談を集めて回っているが、文学からのアプローチでは、まず日本の古典を読むことを始めたそうで、上田秋成の『雨月物語』を読むことにした。それもドイツ語訳されたものではなく、日本語の文章をGoogle翻訳機にかけたもので読もうとしたそうだが、翻訳機能がまだ正確ではないので、わけのわからないものになったそうだ。ただその滅茶苦茶さが面白いという。これはパプアニューギニアで採取した物語のわけのわからなさにも繋がっているのだろう。
京都について、ヒルシュビヒラーは、「古いものと新しいものがこれほど渾然一体となっている都市は世界中を探しても存在しない」ということで、京都という場所の歴史的重層性を芸術作品にしようと、妖怪が描かれた絵巻物を、幽霊が出るという噂のあるトンネルの中に置き、一晩寝かせた状態のものを作品とするという試みなどを紹介する。トンネルというのは近年になってから出来たもので、絵巻物の上にはタイヤの跡などがついているが、自動車も古くからあったものではない。時代の異なるものが合わさったものを重層性のある芸術作品として捉えるというあり方である。

植島は曼荼羅が土地の代わりになるという日本の考え方を紹介する。これもある意味、土地が芸術作品を生み出す例と見ることも出来る。また記号の中に物語が展開される例があるとして、中央オーストラリアのワルビリ族のイコノグラフィーを紹介する。不思議な絵のようなものが並んでいるが、全てに意味があるそうで、見て感じる物語のようなものとなっているようである。また、蛇の物語が最初に置かれているのだが、この蛇の物語は世界中の至る所で見られるそうで、例としてメソポタミアの英雄マルドゥクと大地の精霊ティアマトの絵が資料に印刷されていたが、考えてみればエデンの園の物語で悪役となっているのは蛇であり、日本でも箸墓伝説など蛇が重要な役割を果たすものは枚挙にいとまがない。

あるいは、聖なる意識というものは人類の奥底で繋がっていて、それが特別な場所や手段を経て、人類の意識上において再結合するものなのかも知れない。

 

第2部「ラ・長い息」。タイトルは、レニ・ホフマンが決めたそうだが、ドイツ語で「LA LANGER」という語感で決めたそうである。レニ・ホフマンは、自らを「アナーキスト」と語っており、前衛芸術を生み出す人であるようだ。

レニ・ホフマンは、1962年生まれ。デュッセルドルフとカールスルーエを拠点に、サイトスペシフィック(場所に帰属する芸術)な創作活動を行っているそうである。2002年よりカールスルーエ芸術アカデミーの教授を務めている。レニ・ホフマンの芸術を捉えるには「パンク」や「遊び」が重要なワードとなるようだ。

対談相手の今井祝雄は、1946年生まれ。1965年に吉原治良が率いる具体美術協会の最年少会員となる。その後、大津市にある成安造形大学教授を経て現在は同大学の名誉教授の称号を得ている。
具体美術協会では、展覧会に出展する作品などは全て吉原治良が選定していたそうだが、評価に関しては「ええで」か「あかん」の二つだけだったそうで、「ええで」と言われた時はいいが、「あかん」と言われたときは理由がわからず、悶々とすることもあったという。自分が教育者や選定者として活動する立場となった時は、流石に「ええで」と「あかん」の二つで決めるというわけにはいかず、駄目なときでもその理由を説明するようにはしているそうである。
吉原には、「これまでにないものを作れ」と何度も言われたそうで、それが作家としての指針となってきたようだ。ただ小崎によると現代芸術は新しいものを求める一方で、その根拠や歴史的な文脈を求めるところがあるそうで、真逆のことをやらねばならない難しさがあるようである。

レニ・ホフマンは、サイトスペシフィックとはいうが、デジタルな思考として「昨日」「今日」「明日」が一度に見えるような作品を指向するなど、重層性ということに関してはヒルシュビヒラーと繋がる部分があるように感じられる。
レニ・ホフマンの芸術観は、日本の観念だと「無常」と相性が良く、その日、その場所、その人でなければ味わえないアートを理想としているようである。第2部開始前に聴衆全員に粘土をこねたボールが配られたが、粘土は誰でも手軽に形を変えることの出来る芸術という意味があるようだった。私も色々と押しつぶして形を変えてみた。結局のところありきたりの形にしかならなかったわけだが。他の人も色々と試していたが、飛び抜けて創造的な作品を作ることは難しいようだった。

ある意味、「個」としての体験を重要な芸術感覚と捉えているようで、第2部終了後、ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川の裏庭に設けられたレニの作品を皆で鑑賞したのだが、様々な角度を向いたミラーに人々が映り込むことで、1回きりの芸術体験が出来るようなものであった。1回きりではあるがそれは瞬間瞬間においてはということで、形を変え続ける作品をずっと見続けることは出来る。ただ、写真とは相性は悪く、私もスマホで何枚か撮影したが、「写真には写らない美しさがある」作品だと確認した。

レニは芸術の幅を広げることを重要視してるようだが、今井によるとメンターの問題として美術系芸術系大学が増えて、売り出し方までも教えるようになった結果、アカデミズムから抜け出ることが難しくなっているという。
都市芸術にも話は及ぶ。都市芸術というと、私などは名古屋市立美術館で観たハイレッド・センター(高松次郎、赤瀬川源平、中西夏彦による前衛芸術グループ。東京の路上で過激なパフォーマンスを行うことで都市における芸術を提唱した)を思い浮かべるが、今井も御堂筋の3階建てのビルの最上階のネオンを使った都市芸術作品を作ったことがあるそうである。レニも都市は市民にとって重要な表現の場という考えを抱いているようであった。

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2019年11月19日 (火)

これまでに観た映画より(141) 「天才たちの頭の中 世界を面白くする107のヒント」

2019年11月13日 京都シネマにて

京都シネマで、ドイツのドキュメンタリー映画「天才たちの頭の中」を観る。

邦題は「天才たちの頭の中」であるが、原題は「Why are you creative?」であり、大分ニュアンスは異なる。ドイツ人の映画監督であるハーマン・ヴァルケが、世界各国の有名人に「Why are you creative?(なぜあなたは創造的なのですか?)」と聞いて回った結果得られた証言によって構成された作品である。まず冒頭は、デヴィッド・ボウイ(2016年没)へのインタビュー映像が流れる。ボウイのミュージックビデオがなぜ独創的なのか? 歌詞からの発想なのか映像からの発想なのか?
証言者は計107名に及ぶ。日本からは、山本耀司(ヨウジヤマモト)、荒木経惟、北野武、またオノ・ヨーコも証言を行っている。
生まれつきクリエイティブだったと語る人もいれば、一昼夜で出来上がったものではなくずって練ってきたものと答える人もいる。「アンビルドの女王」といわれたザハ・ハディッド(新国立競技場の設計で物議を醸す。2016年没)などは後者である。ビョークのように「そうするしかなかった」と語る人も多い。映画監督のイザベル・コイシェのように創造的であることは不幸だと断言する人もいる。2度登場するマリーナ・アブラモヴィッチは母親のしつけの厳しさへの反発が創造性として発揮されるようになったと考えているようである。

荒木経惟の証言から、「性欲」と創造力の関連について語られる場面が続くが、北野武は明確にこれを否定、むしろ欲を抑えたところから創造力が生まれるとしている。

創造力と政治性についての話もある。政治家も数人登場する。ジョージ・H・W・ブッシュ(パパの方。2018年没)は余り質問の意図がよくわかっていないようだが(息子もそうだが父親のブッシュも歴代大統領の中でIQは最下位レベルとされる)、ネルソン・マンデラ(2013年没)のように新しい世界を築く上で創造力は不可欠とする人物もいる。

同じ答えをする人もいれば、相反する回答を行う人達もいて、答えはそう簡単に出そうにはない。クエンティン・タランティーノは、「Why are you creative?」と聞かれて、「いきなりハードな質問だね」と第一声を発し(再度のインタビューでは、「生まれつき備わっている資質、才能」「才能に見合う努力をしなきゃならない」と答えている)、作曲家・指揮者のピエール・ブーレーズ(2016年没)は「答えは出ないね」と断言している。

ダライ・ラマは、「生きているから」と生きていること自体が創造的という、らしい回答を行っている。
また、スティーヴン・ホーキング(2018年没)は、「創造的であるかないかは他者が決めることであって自身が決めることではない」と答えている。
ちなみに、ビル・ゲイツは質問に答えることなく通り過ぎた。

答えは人それぞれというありきたりな結果にもなっているのだが、それもまた当然である。答えが一つであったら、それこそ創造的では全くないからだ。

私自身が考えを述べると、創造性とは創造することではなく認識することだと捉えている。認識のない創造が本当の創造と呼べるかというと多分違うだろう。認識が優先される。読み取るものなのだ。

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2019年10月30日 (水)

コンサートの記(604) 尾高忠明指揮大阪フィルハーモニー交響楽団第532回定期演奏会

2019年10月25日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて

午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の第532回定期演奏会を聴く。今日の指揮は音楽監督の尾高忠明。

10月から11月にかけて、大阪府内に本拠地を置く4つのプロオーケストラによる共同企画「とことんリヒャルト・シュトラウス」が開催され、それぞれのオーケストラがリヒャルト・シュトラウスの楽曲を組み入れた演奏会を行うが、今回の大フィルの定期演奏会もその内の一つであり、オール・リヒャルト・シュトラウス・プログラムによる演奏が行われる。

曲目は、「13管楽器のためのセレナード」、オーボエ協奏曲(オーボエ独奏:フィリップ・トーンドル)、交響詩「死と変容」、「四つの最後の歌」(ソプラノ独唱:ゲニア・キューマイヤー)。

 

今日のコンサートマスターは崔文洙。フォアシュピーラーに須山暢大。

 

「13管楽器のためのセレナード」。リヒャルト・シュトラウスがわずか18歳の時に書いた出世作である。編成は、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ホルン4、ファゴット2、そして本来はコントラファゴットが入るが、今回はコントラファゴットの代わりにコントラバスを入れての演奏となる。
楽器の選び方からして渋いが、内容も18歳の少年が書いた思えないほどの成熟感があり、後に開化するリヒャルト・シュトラウスの才能の萌芽をすでに感じ取ることが出来る。

 

オーボエ協奏曲。独奏者のフィリップ・トーンドルは、1989年生まれの若手オーボエ奏者。フランスのミュルーズに生まれ、フランス国立ユース・オーケストラやグスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラに参加し、パリ国立高等音楽院在学中の18歳の時にシュトゥットガルト放送交響楽団(SWR交響楽団)の首席オーボエ奏者に就任。現在は、SWR響とヨーロッパ室内管弦楽団の首席オーボエ奏者とフィラデルフィア管弦楽団の首席客演オーボエ奏者を兼任している。ザール音楽大学の教授でもある。2011年のミュンヘン国際音楽コンクール・オーボエ部門で優勝。翌年にはボン・ベートーヴェン音楽祭でベートーヴェン・リングを授与された。

チェロが奏でる葉ずれのような囁きに始まり、オーボエがこの世を賛美するかのような音楽を生み出していく。リヒャルト・シュトラウスが81歳の時の曲であり、若い頃は自画自賛をすることの多かったこの作曲家が、晩年に至って世界そのものの美しさに感謝を捧げているような境地に入ったことを示しているかのようである。
トーンドルのオーボエは伸びやかな美しさが特徴。また身振りが大きい。昔、宮本文昭がJTのCM(1996年までは煙草のテレビCMはOKだったんですね)で体をくねらせながらドビュッシーの「ボヘミアン・ダンス」を吹いていたが(CMディレクターの要望によるものだったそうである)それを連想してしまった。

アンコールとしてトーンドルは、ブリテンの「オウディウスによる6つの変容」を演奏する。伸び伸びと吹いた後で、ラストを付け足しのように表現し、笑いを誘っていた。

 

交響詩「死と変容」。オーケストラのパワーがものをいうリヒャルト・シュトラウス作品。大フィルは馬力十分で、弦の輝かしさにも惹かれるが、強弱の細やかさは今ひとつであり、雑然とした音の塊に聞こえる箇所もあった。ただリヒャルト・シュトラウスの魔術的なオーケストレーションを存分に引き出した場面もあり、プラスマイナス0という印象も受ける。

 

「四つの最後の歌」。リヒャルト・シュトラウスの最高傑作の一つに数えられる作品で、最晩年の84歳の時に書かれている。「春」「九月」「眠りにつくとき」の3曲はヘルマン・ヘッセの詩に、最後の「夕映えに」はヨーゼフ・フォン・アイフェンドルフの詩に曲をつけたものである。

ソプラノ独唱のゲニア・キューマイヤーは、ザルツブルク生まれ。今回が初来日で、アジア来訪自体が初めてだという。モーツァルティウム音楽院で学び、ウィーン国立歌劇場に所属して、「魔笛」のパミーナ役でデビュー。ミラノ・スカラ座、英国ロイヤルオペラ、パリ・オペラ座、バイエルン州立歌劇場など多くの歌劇場でキャリアを積み重ねている。

キューマイヤーの声質は輝かしいというよりも落ち着いたリリカルなもので、「四つの最後の歌」の歌詞を表現するのに優れている。オペラ歌手というよりもドイツ・リートなどに相応しい声のように思えるが、曲に合わせて変えているのだろうか。

尾高と大フィルは「九月」におけるノスタルジア、「夕映えに」での幾層ものグラデーションによる揺れるような響きの表出が見事であった。

 

一昨年はベートーヴェン交響曲チクルスを行い、今年はブラームス交響曲チクルスが進行中の尾高と大フィルであるが、来年度も大型企画が予定されており、1ヶ月ほど先に発表になるという。尾高忠明といえば、現在、日本におけるシベリウス演奏のオーソリティであるため、シベリウス交響曲チクルスだと嬉しく思う。大フィルは史上まだ1度もシベリウス交響曲チクルスを行ったことはないはずである。集客を考えるとロベルト・シューマン交響曲チクルスの方が人を呼べる演目だが、それだと守りに入ったように見えてしまう。
シベリウスがいい。

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2019年6月17日 (月)

観劇感想精選(304) 加藤健一事務所 「Taking Sides ~それぞれの旋律~」

2019年6月1日 京都府立府民ホールアルティにて観劇

午後2時から、京都府立府民ホールアルティで、加藤健一事務所の公演「Taking Sides ~それぞれの旋律~」を観る。「戦場のピアニスト」「想い出のカルテット」「ドレッサー」のロナルド・ハーウッドが、20世紀最高の最高の指揮者であったヴィルヘルム・フルトヴェングラーのナチ裁判予備審問を描いた戯曲の上演。私は6年ほど前に、行定勲の演出、筧利夫、平幹二朗、福田沙紀、当時無名の鈴木亮平らの出演による上演(「テイキングサイド ~ヒトラーに翻弄された指揮者が裁かれる日~」)を観ている。
テキスト日本語訳は小田島恒志と小田島則子。演出は鵜山仁。出演は、加藤健一、今井朋彦(文学座)、加藤忍、小暮智美(青年座)、西山聖了、小林勝也(文学座)。

舞台上方に下側がちぎれた状態の星条旗が掛かっている。舞台下手にも星条旗が、あたかも歌劇「蝶々夫人」の上演時のように掲げられている。上手に上方に設けられたドームが崩れ落ちたままのドアがあり、登場人物はこのドアから入ってくる。
ベートーヴェンの交響曲第5番第4楽章の演奏が鳴り響いて上演開始。星条旗を吊り下げていた上手側の紐が切れ、舞台上に落ちかかる。後方の壁にはベルリン陥落の模様の映像が投影される。

灯りがつくと、エンミ・シュトラウベ(加藤忍)が指揮真似をしている。エンミはベートーヴェンの愛好家なのだが、連合軍取調局に所属しているアメリカのスティーヴ・アーノルド少佐(加藤健一)は、音楽には全く興味がなく、ベートーヴェンの交響曲第5番についても、「くその役にも立たないほど退屈」と感じている。エンミはベートーヴェンの交響曲第8番が最も好きなのだが、ベートーヴェン入門曲として第九を薦める。だが、アーノルドは「第5より短いのか?」と聴く気のない発言をする。

アーノルドは世界的な大指揮者であるヴィルヘルム・フルトヴェングラー(小林勝也)の予備審問を担当するのだが、フルトヴェングラーについては全く知らない。知らないからこそ選ばれたという側面もある。アメリカで活躍するアルトゥーロ・トスカニーニやレオポルト・ストコフスキーは知っているが、指揮者ではなくバンドリーダーという認識であり、フルトヴェングラーもバンドリーダーの一人だと思っている。
フルトヴェングラーは、ナチス政権化にあってナチ党員にならず、ユダヤ人音楽家の国外逃亡に手を貸していた。だが自身はドイツに留まってベルリン陥落の前年にようやくスイスへ亡命したため、「実はナチ協力者なのではないか?」という嫌疑をかけられていた。フルトヴェングラーと彼が指揮するベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏は、ナチがドイツ国民の優越性を示すためのプロパガンダとして用いていた。
新たにアーノルドの部下となったデイヴィッド・ウィルズ中尉(西山聖了)は、ハンブルク生まれのユダヤ系ドイツ人で今はフィラデルフィア在住という二重にも三重にも引き裂かれた経歴の持ち主である。精神的にはヨーロッパ寄りであり、ベートーヴェンは大好き。その点において同じアメリカ人でもアーノルドとは大きく異なっている。

典型的なアメリカ的合理主義的精神の持ち主であるアーノルドは、予備知識を徹底して廃してフルトヴェングラーやベルリン・フィルの第2ヴァイオリン奏者であったヘルムート・ローデ(今井朋彦)を追求していく。
途中、タマーラ・ザックスという女性(小暮智美)が闖入する。タマーラはドイツ人女性で旧姓は典型的なドイツの苗字であるミュラー。しかし、ユダヤ人ピアニストであるヴァルター・ザックスと結婚していた。ヴァルター・ザックスとタマーラはパリに亡命するが、ナチスによってパリが陥落したため、ヴァルターはアウシュヴィッツに送られて命を落とした。だが、二人がパリに亡命出来たのはフルトヴェングラーのお陰であるとして、彼の無罪を訴えに来たのである。

タマーラだけでなく、ローデ、エンミ、デイヴィッドら全員がフルトヴェングラーは偉大な芸術家だと擁護する中、アーノルドは後光効果(ハロー効果)を廃した追求を行おうとする。フルトヴェングラー本人にも脅威となった若きヘルベルト・フォン・カラヤンの存在や、愛人や隠し子が各所にいたというフルトヴェングラーの私生活に踏み込んで揺さぶりをかけていく。
やがて、ナチス高官ハンス・ヒンケルが残した様々なデータによってローデが実はナチ党員だったことがわかり……。

 

行定勲演出の「テイキングサイド」では、小林隆がヘルムート・ローデを演じており、最初から気弱で人におもねりそうなローデ像を作り上げていたが、今回の「Taking sides」は今井朋彦のローデということで印象は大きく異なり、同じセリフでも意図が異なって聞こえる。
「テイキングサイド」でアーノルドを演じた筧利夫は、異常なまでの映像記憶力の持ち主で、かなりの早口、非感情的という人物に扮していたが、加藤健一のアーノルドは異能者であることはセリフで示されてはいるものの、それを思わせる展開はほぼないため、同じ合理主義者のアメリカ人ではあっても異なった要素が表に出ているように思われる。行定演出ということあって、筧のアーノルドはかなり挑戦的でもあったようだ。

「テイキングサイド」では、平幹二朗演じるフルトヴェングラーの完全敗北という感じに見えたラストだが、今回はフルトヴェングラーの後悔のみに留められ、またラストに流れる第九第1楽章も「芸術はそんなことで負けも終わりもしない」というアーノルドへの忠告のように響いた。

アメリカの合理主義とドイツ引いてはヨーロッパの伝統主義、芸術至上主義の代理戦争の構図がこの劇には見て取れる。そして、戦前においてはドイツを、戦後はアメリカをモデルとして発展してきた日本において「Taking sides(どちらの側を取るか)」を上演する意味についても考えさせられる。

 

ロビー(というより普段は喫茶店として使われているスペース。喫茶店は今日は午後3時で閉店)でアフタートークがあり、出演者全員が登場する。

イギリスでは「Taking Sides」は「コラボレーション」との二本立て作品として上演されており、「コラボレーション」の方は、加藤健一事務所は2011年に上演している。加藤健一は、「Taking Sides」の台本も同時に読んでいたそうだが、その時はフルトヴェングラーという人物を知らなかったために上演を見送ったそうである。ただ、それから8年経って、「早くやらないと、どっち(アーノルドとフルトヴェングラー)を演るのかわからなくなってしまう」ということで取り上げることにしたそうである。
加藤健一は、普段は真逆の人間なので演じやすかったと言って笑いを取るが、「フルトヴェングラー好きはいっぱいいるものですから」、フルトヴェングラーファンから悪く見られるのが嫌なようで、東京公演の時も楽屋に来た今井朋彦のフルトヴェングラー好きの知り合いから、「段々段々、憎く憎く見えてきました」と言われてショボンとしたそうである。
小暮智美は、「福島県会津出身です。京都には色々な思いがあります」と自己紹介。演じたタマーラについてハーウッドは「タマーラはホームレスのように見える」と書いていたため、そう見えるように稽古の時から工夫をしており、お歯黒をしてきてみんなから「この人は何をしてるんだ?」と怪訝な顔をされたり、演出の鵜山仁から「いや、そういうんじゃない」と駄目だしされつつ、色々模索している最中だそうである。ちなみに今日のメイクは今井朋彦に「八ツ橋に見える」と言われたそうだが、言われた方はどんなだかわからないそうである。

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2019年3月 7日 (木)

2346月日(9) ドイツ演劇サロン「アルトゥロ・ウィの興隆」

2019年2月26日 大阪・周防町のウイングフィールドにて

午後7時から、大阪・周防町のウイングフィールドで、ドイツ演劇サロン「アルトゥロ・ウィの興隆」に参加する。
「アルトゥロ・ウィの興隆」は、ベルトルト・ブレヒトが、第二次大戦中の1941年にアドルフ・ヒトラーとナチスを揶揄するために書いた戯曲である。当時、ブレヒトはアメリカに亡命中であり、上演するあてもないままに書かれた作品だ。結局、ブレヒトの存命中にはこの戯曲は上演されることはなく、1995年になってようやくブレヒトが創設したベルリナー・アンサンブルによって初演されている。演出を担当したのは、「ハムレットマシーン」のハイナー・ミュラー(当時のベルリナー・アンサンブルの芸術監督)であった。演出家としては、これがミュラーの遺作となっている。2005年には東京の新国立劇場でもベルリナー・アンサンブルによって上演されており、ドイツでは人気の演目となっているようだ。
2005年は、「日本におけるドイツ年」であり、他のドイツの劇団も東京公演を行っていて、西堂行人によると東京のみではあったが日本とドイツの演劇界がリンクするような雰囲気が醸成されていたそうだ。ただ、その後、日本とドイツの距離は再び遠くなってしまい、日本では内省的で個人的な演劇が主流となっている。


1929年から1938年にかけてのシカゴに舞台は移されており、マフィアの話になっている。アドルフ・ヒトラーに相当するアルトゥロ・ウィは、マフィアのボスである。世界恐慌によって痛手を受けたカリフラワー業界に目を付けたウィは、乗っ取りをたくらむのだが拒絶される。カリフラワー業界はシカゴのドッグスパロー市長(ヒンデンブルク大統領に相当)を頼りにしており、ウィはドッグスパローの弱点を探し始める。そして、ドッグスパロー市長が収賄に手を染めていることを発見したウィは、ドッグスパローをゆすりにかかる。最初は相手にしていなかったドッグスパローだが……。

登場人物のうち、ジリーがゲーリング、ジボラがゲッペルス、ローマがレーム(三島由紀夫の「我が友ヒットラー」では最重要人物となる)をモデルにした人物である。

全編は2時間以上ある作品であるが、今回は30分強にまとめた映像がスクリーンに投影される。
出演者は、西堂行人(演劇評論家、明治学院大学文学部芸術学科教授)、笠井友仁(演出家、エイチエムピー・シアターカンパニー)、高安美帆(俳優、エイチエムピーカンパニーと舞夢プロに所属。大阪現代舞台芸術協会理事)の3人。で、適宜コメントを入れながら上映が行われる。


ヒトラーは演説の名手になるために俳優に教えを受けたという、嘘か本当かわからない話があるが、この劇の中でもアルトゥロ・ウィが名優にセリフ術を教わる場面がある。バーナード・ショーの「ピグマリオン」つまり映画の「マイ・フェア・レディー」にもこうした場面はあるのだが、かくして犬のように野卑で獰猛だった男が、稀代の名演説家に変身する。ウィは部下から「不自然だ」という指摘を受けるのだが、「この世に自然に生きている人間など一人もいない」と一蹴する。
ちなみに、名優はシェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」に出てくるアントニーの演説をテキストとしてセリフの稽古を行うのだが、自分の人生を振り返って、「シェイクスピアは人生を台無しにしてしまう」と語っており、これは「演劇はドイツを台無しにしてしまう」と読み替えることが出来る。つまり虚構を作り上げるという広義の演劇によって権力は捏造されるのだが、そうした権力を告発するのもまた演劇の役割であることが筋を追っていくとわかるという、合わせ鏡のような魅力的な構造が浮かび上がる。
西堂行人が、ブレヒトの劇には「往路と復路がある」という話をしていたが、そこにも繋がっているようにも思う。


高安美帆は、ドイツのギーセン大学応用演劇学科の客員教授をしていたことがあるということで、ベルリンで発行されている芸術ガイドが来場者に回される。ベルリナー・アンサンブルは毎日のように上演を行っており、有名な作品としては「メディア」や「マクベス」などを上演していることがわかる。芸術ガイドには、音楽(ベルリン・フィルハーモニーでの公演情報も載っており、今年の1月には「モーツァルト&サリエリ」というプログラムの演奏会が行われていたことがわかる)、オペラ、グルメなど様々な情報が載っている。

かつて東西に分かれていたベルリン。東ベルリンだけもしくは西ベルリンだけでも一大都市に相当する劇場を持っていたため、他の都市に比べて上演数が多いのが特徴である。大劇場だけでなく、小劇場演劇も盛んで、トルコ人街にいくつも小劇場が出来ていたりするようだ。そうした土壌ゆえか、ベルリンの人達は、とにかく熱心に観劇するそうで、舞台上と客席の間で丁々発止の雰囲気が築かれることも多いようだ。また、東ベルリンと西ベルリンに分かれていた時代の名残が今もあり、「東には負けない」「西には負けない」という気概に満ちているそうで、新しいものがどんどん生まれているそうだ。

ハイナー・ミュラーは、冒頭に書かれている口上を本編が終わった後に来るよう、置き換えている。ラストで種明かしがされるという感じだが、ブレヒトの劇自体はかなり露骨にわかるように書かれており、冒頭で設定を明かしてしまうと、作者の意図通りに見えすぎてしまうということもあるのだろう。
ミュラーは時折、地下鉄が通り過ぎる音を入れている。ブレヒトの異化効果とするのが適当なのかも知れないが、舞台の設定を地下鉄のすぐ上の得たいの知れない空間とすることで劇場らしさを消し、同時に作品のフィクション性や時間を隔てた物語という距離を埋めた切実感を出そうとしたとも思われる。


ちなみに西堂行人は、ベルリンで「アルトゥロ・ウィの興隆」の初演を観ているそうで、それが自身にとっても画期となったそうである。

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2019年1月 2日 (水)

コンサートの記(491) 漆原朝子&ベリー・スナイダー ロベルト・シューマン ヴァイオリン・ソナタ全3曲と3つのロマンス

2018年12月21日 京都コンサートホール小ホール・アンサンブルホールムラタにて

午後7時から、京都コンサートホール小ホール・アンサンブルホールムラタで、漆原朝子とベリー・スナイダーによるロベルト・シューマンのヴァイオリン・ソナタ全3曲と3つのロマンスを聴く。

漆原姉妹の妹さんである漆原朝子。以前、大阪倶楽部4階ホールで室内楽の演奏会を聴いたことがある。茂木大輔のエッセイに飛行機を止めたという話が載っていたっけ。

ベリー・スナイダーは、1966年にヴァン・クライバーン国際コンクールで3つの賞を獲得したことがあるというピアニスト。1970年よりイーストマン音楽院ピアノ科教授を長年に渡って務めたほか、マンチェスターのロイヤル・ノーザン・カレッジ・オブ・ミュージック、ロンドンのトリニティ・カレッジとギルドホールスクール、ポーランドのアカデミー・オブ・ミュージック、フライブルク音楽学校、ニューヨークのマンハッタンスクール・オブ・ミュージック、ミシガン大学、ヒューストン大学でマスタークラスを行っている。


曲順は、ヴァイオリン・ソナタ第1番、ヴァイオリン・ソナタ第3番、3つのロマンス、ヴァイオリン・ソナタ第2番。


ヴァイオリン・ソナタ第1番。ムラタホールの音響がシューマンをやるにはや乾き気味なのが難点だが、その後は耳も慣れて特に気にならなくなる。
最終楽章のドラマティックな展開が印象的である。


ヴァイオリン・ソナタ第3番。この曲では、漆原の高音の美しさが特に気に入った。


3つのロマンス。オーボエあるいはクラリネットもしくはヴァイオリンと伴奏ピアノのために書かれた作品である。ロマンスと聞いて想像するような愛らしさよりも深い思索を感じされる作品であるが、漆原は丁寧な演奏で聴かせた。


ヴァイオリン・ソナタ第2番。シューマンのヴァイオリン・ソナタの中では最もスケール豊かな作品である。第3楽章冒頭ではピッチカートが連続する部分があるなど、表現の幅も広い。漆原のヴァイオリンはスケールの大きさを感じさせ、展開も巧みである。

ベリー・スナイダーは、ソリストとしても活躍しているようだが、伴奏ピアニストとしてかなりの実力者のようで、上手く漆原を立てて丸みのある音できちんとした設計を行っていく。

音で読む叙事詩のような演奏会であった。


アンコール演奏。漆原は、「今日はお越し下さってありがとうございました。クララ・シューマンの3つのロマンスから第1曲」と言って演奏を始める。可憐な作品で、ロベルトとの作風の対比がよい効果を生む。

その後、「リーダークライス」第2集から第1曲と第12曲の編曲版が演奏された。

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2018年12月29日 (土)

コンサートの記(485) 下野竜也指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第436回定期演奏会

2010年3月18日 大阪・福島のザ・シンフォニーホールにて

午後7時から、ザ・シンフォニーホールで大阪フィルハーモニー交響楽団の第436回定期演奏会に接する。今日の指揮は下野竜也。

プログラムは、ベートーヴェンの「アテネの廃墟」序曲、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番(ヴァイオリン独奏:ルノー・カプソン)、ブルックナーの交響曲第1番(ウィーン稿)。


1969年生まれの下野竜也は指揮者としてはまだ若いが、年に似合わぬ熟した音楽を作る指揮者である。

ベートーヴェンの「アテネの廃墟」序曲とモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番の伴奏は室内オーケストラ編成での演奏。

「アテネの廃墟」序曲は見通しの良い演奏であった。

もともと今日の協奏曲はモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」の予定であったが、ソリストの強い希望により、曲目が変更になった。モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番のソリストである、ルノー・カプソンのヴァイオリンは、音が磨き抜かれており、スケールも大きい。

下野指揮の伴奏は風通しが良く爽やかで、典雅さにも欠けていない。


メインのブルックナーの交響曲第1番。

ブルックナーの交響曲第1番は演奏会のプログラムに載ることが極めて少なく、載ることがあっても通常はリンツ稿が用いられ、今日のようにウィーン稿が演奏されるのは珍しい。

ちなみにリンツ稿は初演に用いられた版で、1935年にハースの校訂による楽譜が出版されている。それに対してウィーン稿は1890年から91年にかけてブルックナー自身が改訂した版で、楽譜が出版されたのは1979年と比較的最近であるようだ。普通に考えればブルックナー自身が改訂したウィーン稿が演奏される機会が多そうだが、楽譜が出版されたのが比較的新しいということもあってか、演奏に使われるのはリンツ稿が圧倒的に多いようだ。

当然ながら大編成による演奏。大編成であるだけに下野のオーケストラコントロールの巧みさが際立つ。

大阪フィルの音は輝かしく、下野の指揮に導かれて巧みな演奏を繰り広げる。ブルックナーの交響曲第1番は失敗作とはいわれないまでも、賞賛されることは少ない曲だが、それでも聴かせる。第1楽章の行進曲風の楽章は推進力に富み、第2楽章は澄み切った青空のような爽快な演奏が展開される。第3楽章の野人風のダンスや、第4楽章の歌も見事で名演となった。

下野竜也の統率力が際立った演奏会であった。

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2018年12月21日 (金)

コンサートの記(474) パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団来日演奏会2018西宮

2018年12月15日 西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールにて

午後2時から、西宮北口の兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで、パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団の来日演奏会を聴く。名古屋公演と同一プログラムである。
今日は1階席で聴くことになる。ただ、1階席とはいえ、補助席の前の最後列であり、頭の上に2階席が張り出しているため、音響的には余り良くない場所である。

兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール(兵庫芸文大ホール)でパーヴォ指揮の演奏を聴くのは2度目。前回は、シンシナティ交響楽団の来日演奏会を聴いている。


曲目は、モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」、シューベルトの交響曲第8番「ザ・グレイト」

同一演目を聴くということで、ホールの音響の違いがよくわかる。


モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲は、名古屋で聴いたときよりも濃い陰影が感じられたが、愛知県芸術劇場コンサートホールはもともと響きが明るいため、ホールの響きで生まれた印象の違いであろう。もっとも、演奏者もホールの音響に合わせて演奏を微妙に変えるのが普通である。


モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」。独奏者のヒラリー・ハーンは、兵庫芸文大ホールがお気に入りのようで、関西公演時にはここを使うことが多い。

音響の影響もあり、オーケストラのデュナーミク、パースペクティブ共に名古屋の時よりも狭く感じられ、第1楽章の優しい終わり方なども視覚ではわかるのに、音として十分に捉えられない憾みがある。第3楽章でも音が余り飛んでこない。
一方で、ヴァイオリンの響きは良く届く。過ぎていく今この時を愛でては儚むような、日本人の琴線に触れるヴァイオリンである。純度は高く、歌には淀みがない。これぞヴァイオリンの「至芸」である。


アンコール演奏が今日は2曲ある。まず、ヒラリー・ハーンが「バッハのプレリュードです」と日本語で言って演奏開始。自在感溢れる才気煥発のバッハである。
続いて、「バッハのサラバンドです」とやはり日本語で告げてからスタート。今度は精神的な深みを感じさせる「祈り」のようなバッハであった。


シューベルトの交響曲第8番「ザ・グレイト」。兵庫芸文大ホールでは、ジャナンドレア・ノセダが兵庫芸術文化センター管弦楽団を指揮した「ザ・グレイト」を聴いたことがある。

残響は短めであるため、ゲネラルパウゼなどには間が感じられるが、全体的に速めのテンポであり、一瀉千里に駆け抜ける。「天国的な長さ」と評される曲であり、演奏によってはしつこさを感じさせるものなのであるが、パーヴォとドイツ・カンマーフィルの演奏は、そうしたものを一切感じさせない爽快感溢れるものである。
速いだけなら味気ないものになってしまうが、パーヴォの抜群のコントロールによって各声部が浮き上がるために楽曲の構造把握が容易になり、発見が多く、新鮮な息吹をこの曲に与えている。
兵庫芸文大ホールの響きは愛知県芸よりも広がりと潤いがないが、その分、スケールが大きく感じ取れたように思う。ただ、細部に関してはステージと私の席との間に目に見えない巨大なカーテンが下りているような感じで、臨場感を欠きがちではあった。悪い音ではないのだが。

同じコンビによる「ザ・グレイト」を2度聴いたことになるが、実演に接した「ザ・グレイト」の中ではパーヴォとドイツ・カンマーフィルのものが総合力で1位になるだろう


アンコール演奏は、シベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」。シベリウス・ファンに「好きなシベリウスのアンコール曲」を聞いたら1位になると思われる曲である。どこまでも清澄で優しい「親愛なる声」に接しているかのような演奏であった。



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