カテゴリー「無明の日々」の14件の記事

2017年3月28日 (火)

無明の日々(14) 「ぶっちゃけ・問答 『あなたの故郷とは』」

2017年2月15日 京都市上京区の真宗大谷派 長徳寺にて

午後7時30分から、京都御苑の西にある真宗大谷派 長徳寺で、第173回「ぶっちゃけ・問答 『あなたの故郷とは』」に参加する。よくあることなのだが、ここでもまた私は最年少となってしまう。42歳で最年少はきついぜ。
 
午後7時30分から午後11時近くまで、「あなたの故郷とは」というお題から逸れつつも話は進む。関東出身者は私ともう一人(東京都中央区日本橋出身。江戸っ子中の江戸っ子である)。自分の生まれ故郷が「ふるさと」だと感じている人は実はほとんどいない。京都人で京都が故郷だと思っている人は皆無である。私自身も千葉市郊外の住宅地の出身なのだが、住宅地で育ってしまうと、自分の家のある場所が「ふるさと」とはどうしても思えない。それは皆に共通したことのようだった。母方の実家は田舎にあるのだが、田舎に家があったとしたらおそらく実家の付近が「ふるさと」と思えるはずである。「故郷」というと「兎追いしかの山 小鮒釣りしかの川」という童謡に出てくるような風景が目に浮かぶ。千葉市の実家付近にはそうした場所はない。

京都人は京都タワーが嫌いだそうだが、旅行などで京都を離れて帰ってきた時に京都タワーが見えると「京都に帰ってきたと実感する」そうである。これは私もそうで、京阪電車で大阪からの帰りに京都タワーが見えるとホッとするし、長距離バスで高知から帰ってきた時、京都タワーが見えた瞬間、「やった。京都に着いた」と心躍った。

そのように「帰ってきた」と思える場所は東京にもある。JR総武線の両国駅と浅草橋駅の間に車窓から見える隅田川である。両国付近の隅田川を見ると「東京だ」としみじみ思う。残念ながら千葉市にはそうした場所はない。千葉市というのは本当に人口が多いだけで特に何もない場所である。歴史だけは東京の倍以上あるのだが近世においてさほど栄えていなかったのが痛い。


千葉県出身ということで、私は日蓮聖人の話をしたのだが、日蓮聖人が今の千葉県出身だということは知られていないようである。日蓮聖人は安房国小湊で漁師の子として生まれている。日蓮聖人の誕生を祝って鯛が集ってきて踊ったという伝承があり、今でも小湊にある鯛の浦という場所は鯛の群生地となっており、特別天然記念物に指定されている。またそれに因んで、鯛は「千葉県の魚」となった。

日蓮宗と浄土系宗教は反対方向を向いているという話になったのだが、日蓮聖人は『立正安国論』において、今の世が乱れているのは「法然坊源空のせいだ」と名指しで批判しており、「浄土宗への布施を止める」ことを提案している。
ただ現在では立正大学(東京にある日蓮宗の大学)と大正大学(東京にある浄土宗、真言宗豊山派、天台宗の総合仏教大学)は協定を結んでおり、因縁はないと思われる。
また日蓮聖人の強気な面が強調されていることについては、井上ひさしの「イーハトーボの劇列車」で宮沢賢治の口を借りて語られた言葉がそのまま役に立った。


不思議なことなのだが、私の場合、「故郷」と思えるのはまだ行ったことのない場所なのだ。石川県松任市、今は合併により白山市となっている場所である。私の先祖がそこにいたのだ。一応、遡れる最も確実な先祖が住んでいた場所である。私に至るまでの起源となる場所である。
ほぼ先祖と考えて間違いない人も更に古い時代におり、他の場所にいたのだが、確定ではないため保留としておく。
私が訪れて「ただいま」と言いたくなる場所は、実は千葉でも東京でも京都でもなくて、数えるほどしか行ったことのない金沢市である。金沢城石川門、近江町市場、尾山神社、更には石川県立音楽堂や泉鏡花記念館など、一度しか訪れたことのない場所でも「私の場所」のように思えた。私の「観念上の故郷」は石川県にあるようだ。

来るときには気がつかなかったが、帰りに長徳寺の門前に石碑が建っていることに気がつく。「会津藩洋学所跡地」の碑。のちに京都府顧問となる山本覚馬が元治元年(1864)に会津藩洋学所を開いて講義を行ったのが、ここ長徳寺だったという。

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2013年3月31日 (日)

無明の日々(13) 在る/見える

私が当然のように知覚できるものが、他の人には全く見えていないことがあって驚かされることがある。そしてまた、逆もあるのだろう。

存在は存在でしかなく、それに解釈を与えるのは人間である。解釈は時に正しく、時に間違いであり、往々にしてどちらでもない。

ないものを見てしまった場合はあるいは有害かも知れない。あなたはあなた自身の幽霊を見たことになり、あなたはあなた自身の限界を示すことになるだろう。

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2009年9月 9日 (水)

無明の日々(12) 高校時代の私は名前を持たない

高校時代の私は名前を持たない。数学教師達は私を記号として扱い、何も見ようとはしなかった。それは腹立たしく、愚かなことだった。私には名前があり、個性があり、発言もし、意見もする。しかしそれらは全て思い込みの裏側に吸い込まれてしまったのだった。

のうのうと生きる彼らに告ぐ。私に名前を与えて欲しかった、私から未来を奪わないで欲しかった。
彼らの存在は悪であり邪魔であった。

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2009年8月28日 (金)

無明の日々(11) 選択など出来ない

いつの間にか私はここにいた。特に流された覚えもなく、二本の足で方向を選び抜いたわけでもない。

様々な要素が入り交じり、私には私自身の姿が見えなくなりつつある。幾層にも色は重ね塗りされ、包帯を巻かれ、傷口をテープで塞いできた。

わかりつつあるのは、選択など出来ないということ。きっと選んだつもりでも選んでなどいないのだ。選ばされているのだ、大いなる力に。その大いなる力の正体もわからぬまま。

世界は巨大すぎ、人々は目の前のことに汲々としている。世界はもはや全ての人間の手を離れて暴走しているのかも知れない。いや、きっとそうなのだ。

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2009年8月21日 (金)

無明の日々(10) 現象としての人生

生まれ出ずる以前にもうあらかたは決着がついているのかも知れない。遺伝の要素は自分自身で自覚しているようもずっと強いようだ。

ならば生きるということは字義通りの生み出すということではなく、ただあること、つまり現象ではないのか。

現象としての自我。まるで宮沢賢治のようだが、私というのは現象なのだ。

この現象を受けいれるべきか否か。いや、受けいれるしかないのではなかろうか。あらゆることは無意味、ということを根本とし、それを超越して有意味となる可能性があるのだから。

無意味であるということが有意味なのだ。例えば、私は私を超えられないが故に私なのであり、それ故に私たり得るというように。

ならば私は私たり得るために現象としてただあるべきなのだ。おそらくそれが本当のことなのだ。

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2009年8月 6日 (木)

無明の日々(9) 私は何も知らないのだ

夏目漱石の『三四郎』において、広瀬先生は、「世界よりも頭の中の方が広いでしょう」というようなことを言った。それは確かにそうなのだが、何といっても世界は広いのである。

ちょっと興味を持って、南米のことについて調べてみようと思った。調べ初めて、自分が南米についてほとんど何も知らないことに気付いた。学校で南米の歴史に触れることはまずないので(そういう授業を行う学校があってもいいと思うのだが)知らないのは当たり前といえば当たり前なのだが、南米の最重要人物の一人である、シモン・ボリバル将軍についてさえ、私は名前しか知らなかったのだ。これでは全くの無知と同じことである。頭の中に南米世界が入っていないのだ。

日本人の南米に関する知識水準がどれほどなのかはよくわからないが、ボルヘスやガルシア=マルケスを読んで興味を惹かれたこともある私の知識レベルがほとんど無知状態というのは問題なのかも知れない。

世界は広く、知らないことは余りにも多い。

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2009年6月21日 (日)

無明の日々(8) 停電の夜

無明の日々の「無明」とは仏教用語ですが、今日は仏教用語ではなく本当の無明の日についてお話しします。停電の日のことです。

1990年の12月だったと思いますが、一晩中停電したことがありました。折悪しく期末テスト期間中だったのに灯りがなくて余り勉強できなかったのを覚えています。翌日のテストはさほど点数は悪くなかったのですが。

その夜は、映画の「ウェストサイド物語」を地上波でやる予定だったので楽しみにしていたのですが当然ながら見ることは出来ませんでした。

街頭も消えた街の中を父と二人で出歩いてみましたが、人が消えてしまったかのようにひっそりとしていたのを憶えています。

ちなみに停電したのは私が住んでいる地区だけのようで、千葉市の中心部は煌々と灯りが点っているのが見えました。

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2009年6月10日 (水)

無明の日々(7) 明治大学に恋して

明治大学に恋して
明治大学リバティタワー。私はリバティタワー1期生でもある。半年だけここで学んだ。個人的には前身である明治大学記念館の方が好きだったけれど。なお、私は記念館とリバティの両方の校舎で学んだ数少ない人間の一人である。

1994年に明治大学第二文学部文学科文芸学専攻に入学した。もっと偏差値の高い大学にも受かったのだが、どうしても明治大学に入りたかった。おかしな話だけれど私は明大に恋していた。だから明治に入れるなら二部でも良かったというより、文芸学専攻が二文にしかなかったのでわざわざ選んでいったともいえる。日本文学専攻だったらおそらく行かなかった。

明治大学の文芸学専攻に執着した理由としては田村隆一の詩が大好きだったということが挙げられる。田村隆一は文芸学専攻の直接の前身に当たる文芸科の出身だった。田村隆一の後輩になりたいと思ったのだ。

こう書くと、明治大学の文芸学専攻の入れて万々歳だったように思われるかも知れないが、内心では複雑な思いを抱えていた。第一志望の大学は明治大学。これは良い。ただ第一文学部の日本史専攻を希望していたのだ。子供の頃から社会科が得意で、特に日本史は私より出来る人間を見たことがないというほどであった。だから日本史を専攻すればひょっとしたらものになって大学教授にもなれるのではという思いがあったのだ。

しかし、第一志望に入れなかったことでその夢は捨てた。私は自分の人生よりも明治大学を愛してしまっていた。恋は盲目というが相手が人間だけとは限らないらしい。

そうして始まった明治大学での学生生活。夜学生ということもあり、昼間の学生と同じ生活はもとより望んでいなかった。六大学野球が好きだったから神宮球場に通おうとも思っていたが、いざ学生生活がスタートすると勉強が面白くなってしまい、結局神宮には行かずじまいだった。
正午過ぎに学校に到着して、図書館に籠もって読書と勉強というスタイルが定着していった。

最初は明治大学への恋であったが、それが文芸学への恋へと変わっていた。そうして文学への恋心を抱いたまま、私の青春時代は過ぎていったのである。

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2009年6月 9日 (火)

無明の日々(6) 英語砂漠に水を撒く

人々には常緑の英語の大地が与えられたが、私が譲り受けたのは草一つない英語砂漠だった。その英語砂漠に水をやるのが私の仕事だった。決して報われることのない、それでもやらなければならない作業。

他の人間なら気が狂ったことだろう。私とてもはや正気ではないのかも知れない。しかし作業を止めることは許されなかったし、許されたとしてもそれはデッドエンドだった。

木の根一つない英語砂漠に水を撒き、撒いたそばから蒸発していく水の非情さに耐えながら私は己を虚しくしていた。

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2009年5月26日 (火)

無明の日々(5) 垂直のタイルを登れ

「なぜ山に登るのですか?」、「そこに山があるからさ」(ジョージ・マロリー)

 人生はよく山に例えられる。学習もまたよく登山と比較される。一歩ずつ着実に登っていくこと求められるのだ。

 しかし、高校生時代の私はツルツルとした垂直のタイルを登るよう要求されていた。手をかける場所も、足の踏み場もないタイルに挑めと。

 おそらくは見えなかったのだろう彼らには、それがタイルであることなど。気付かなかったのだろう、私の目にしている世界を。想像力や知識を欠いていたから。

 その当時、私は15歳だったけれど、そのことで30代半ばの彼らに対して不信を募られることになった。彼らは要領を教えた、だけれど、彼らは本当に人生を生きていただろうか? 私は彼らの誠実さを疑うし、彼らに教壇に立つ資格があったことさえも疑う。15歳だった私も30歳半ば、しかし、不信や和らぐことも薄まることもなく、より確実な否定へと高まっていく。

 彼らが登れなかった、そして今後も登ることが叶わないであろう山の姿を当時の私ははっきりと捉えていたし、それからの私はその山を登り続けてきたのだ。

 垂直のタイルを登ることは出来ない。登るよう命じるのは愚かなことだ。不明は大罪である。山は登れる。そして山を登っていたのは私の方だったのだ。私は彼らより高いところにいたし、もっと高いところにいける。

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