コンサートの記(926) トーマス・ダウスゴー指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団第591回定期演奏会
2025年9月26日 大阪・中之島のフェスティバルホールにて
午後7時から、大阪・中之島のフェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第591回定期演奏会を聴く。指揮はデンマーク出身のトーマス・ダウスゴー。ということで、全曲、デンマークの国民的作曲家であるカール・ニールセンの作品が並ぶことになった。
デンマーク出身者としては最も有名な指揮者だと思われるトーマス・ダウスゴー。今世紀初頭に、スウェーデン室内管弦楽団を指揮してピリオド・アプローチによる「ベートーヴェン交響曲全集」を制作。「(当時はまだ)若い指揮者がピリオドでベートーヴェンに挑んでいる」と世界中で話題になった。先行するピリオドによる「ベートーヴェン交響曲全集」としては、サー・サイモン・ラトル指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のものと、バロックティンパニを採用するなど少しだけピリオドを取り入れたニコラウス・アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団のものなどがあるだけ。最も早い時期のサー・チャールズ・マッケラス指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団の全集は評判は高かったが、おそらく失敗作。マッケラスはその後、スコットランド室内管弦楽団と、第九のみを受け持つフィルハーモニア管弦楽団の2楽団を指揮して全集をリリース。トップクラスの出来となった。今でも定評のあるサー・ロジャー・ノリントン指揮SWR交響楽団盤やパーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンの全集が出たのは、ダウスゴーより後だったはずである。
ダウスゴーは、1988年にシュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭にてレナード・バーンスタインのマスタークラスを受講(バーンスタインはこの2年後に亡くなる。まさに最晩年)。1990年には岩城宏之に師事し、1993年から95年まで、小澤征爾の指名でボストン交響楽団のアシスタントコンダクターを務めている。その後、欧米でキャリアを築き、スウェーデン室内管弦楽団首席指揮者、オランダ国立交響楽団首席指揮者、トスカーナ管弦楽団名誉指揮者、BBCスコティッシュ交響楽団首席指揮者、シアトル交響楽団音楽監督などを歴任し、ほとんどの楽団から名誉称号を得ている。
2019年には、BBC Proms JAPANに参加。ザ・シンフォニーホールでBBCスコティッシュ交響楽団を指揮している。ラストを飾るエルガーの「威風堂々」第1番の中間部の旋律に歌詞が付けられたものは「英国第2の国歌」として知られており、皆で歌うべくプログラムに英語詞のカードが挟まれていた。私もこの演奏会を聴きに来ていたので、多くの聴衆と共に歌ったが、イギリス人でも何でもないのに異様なほどの興奮を覚え、音楽の力、そして恐ろしさを実感した。
さて、ピリオド・アプローチによるベートーヴェンの交響曲演奏で世に出たダウスゴーだが、経歴を見てもピリオド・アプローチに関係がありそうな指揮者は存在しない。どころかピリオドから遠い人達ばかりだ。古楽の知識と演奏法をどこで身につけたのだろうか。
フェスティバルホールのホワイエで行われるプレトークサロンで、大阪フィルハーモニー交響楽団事務局長の福山修氏と聴衆の人々とのやり取りが終わった後で一人、福山さんに伺ってみたのだが、「よく分からない」ということで、「調べておきます」と仰っていた。ちなみに私はプレトークサロンでは滅多に手を挙げない。以前、定期演奏会の会場がザ・シンフォニーホールだった大植時代に、「トーンクラスター奏法」の説明をお願いしたところ、福山さんは上手く説明出来ず、しかも福山さんが私の顔を見て話すので、私もただの客なのに何故か福山さんと二人で解説を行うという訳の分からない展開になったため、懲りたのである。
今日の聴衆は、ニールセンやクラリネットソリストのダニエル・オッテンザマーに関する質問が多かったが、仮に私が「ダウスゴーさんはスウェーデン室内管弦楽団とのピリオド・アプローチによる『ベートーヴェン交響曲全集』を出して、名を挙げた訳ですが、師に当たる指揮者にピリオド・アプローチに強い人が見当たらなくてですね」なんて言ったら、周りから「こいつ、なに意味の分からないこと言ってんだ?」と思われるのがオチである。
ダウスゴーのオフィシャルホームページを読んだところ、ピリオドの知識がありそうな人物が2人見つかる。一人は、ロンドンの王立音楽大学(Collegeの方)で指揮を師事したノーマン・デル・マー。もう一人は、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭で、バーンスタインと共にマスタークラスを開いていたフランコ・フェラーラである。ダウスゴーはフェラーラのマスタークラスも受講している。デル・マーもフェラーラも指揮者にして音楽学者である。
ノーマン・デル・マーの息子は、ピリオドでよく使われるベートーヴェンのベーレンライター版交響曲全集総譜の校訂を行った音楽学者のジョナサン・デル・マーである。
フランコ・フェラーラの弟子には、古楽器オーケストラの指揮を得意とするブルーノ・ヴァイルがいる。
ノーマン・デル・マーやフランコ・フェラーラが直接、ダウスゴーにピリオドを教えたとする情報は見つからなかったが、この2人の周辺には古楽関係者が多いので、2人に直接教わらなくても2人の知り合いの古楽関係者から教わった線も考えられる。
曲目は、序曲「ヘリオス」、クラリネット協奏曲(クラリネット独奏:ダニエル・オッテンザマー)、交響曲第4番「不滅」
ニールセンは、1980年代後半に、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団の演奏による交響曲全集がDECCAから発売され、ベストセラーとなったことで世界的な有名作曲家の仲間入りをした。ブロムシュテット盤は今もパーヴォ・ヤルヴィ盤と並び、優れた「ニールセン交響曲全集」の筆頭に挙げられる。ただ、当時は交響曲第4番「不滅」の2台のティンパニが強打を行う最終部のおどろおどろしいまでの迫力が話題となっており、真の音楽性が評価されるのはこれからなのかも知れない。
ニールセンはシベリウスと同い年であるが、現在のフィンランドは指揮者大国で、次から次へと有望株が登場。ほぼ全員が「シベリウス交響曲全集」をレコーディングするため、シベリウスがより身近な存在になりつつあるが、デンマークは指揮者不足であるため、ニールセン作品の録音は他国のニールセンの音楽に共感した音楽家に任せるしかない。
今日のコンサートマスターは崔文洙。ドイツ式の現代配置での演奏である。
序曲「ヘリオス」。ダウスゴーはこの曲と「不滅」は譜面台を置かず、暗譜で指揮した。全編ノンタクトでの指揮である。
昨日はさりげなく陰を宿した音が特徴の大邱市立交響楽団の演奏を聴いたが、大フィルの輝きと透明度の高い音を聴くとやはり落ち着く。優劣というよりも、いつものベッドで脚を伸ばした時の開放感や、愛用のパソコンで文章を打っているときの充実感などに似た、何年にも渡って触れてきたものへの愛着である。
曲は、弦楽、特に第2ヴァイオリンが奏でる日の出の描写に始まり、コントラバス1台が同じ音を伸ばし続ける日没までを描いたものである。
コントラバスによるラストは長く長く引き延ばされ、集中していないといつ曲が終わったのか分からない。おそらく、録音ではコントラバスの音の最後の方はマイクに入らないのではないかと思う。
クラリネット協奏曲。クラリネット独奏のダニエル・オッテンザマーは、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の首席クラリネット奏者である。更に現在は、大阪フィルハーモニー交響楽団のアーティスト・イン・レジデンスとなっており、主に住友生命いずみホールで、自分が主役となる演奏会を大フィルと行う。
プレトークサロンで、福山さんは、オッテンザマーがニールセンのクラリネット協奏曲をウィーン・フィルと録音することを決めた時に同僚から、「こんな難しい曲選ぶなよ。俺ら毎日オペラで忙しいんだから(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は母体となるウィーン国立歌劇場管弦楽団のメンバーからなる自主運営のコンサートオーケストラで、普段は楽団員は歌劇場でオペラの演奏をしており、オペラがオフになる期間など空いた時期にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団としての定期演奏会や特別演奏会、海外ツアーなどを行っている。そのため定期演奏会の回数が極端に少なく、真偽不明だが「定期会員になるのに20年待ち」という話はよく聞かれる)、モーツァルトとか簡単なのにしとけよ」と言われたそうである。そして実際、ニールセンのクラリネット協奏曲は超高難度。録音のための最初のセッションはズタズタのボロボロだったそうで、天下のウィーン・フィルをもってしても初見では歯が立たなかったそうだ。最終的には名盤と言われるだけの水準に達したが。
大阪フィルはきっちりとリハーサルを重ねたのでアンサンブルは整っている。
オッテンザマーであるが、様々な姿勢で演奏する。指揮台の左脇に立ち、左足を一歩踏み出したり、ベルアップを行ったり、中腰になったり。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの方を向いて、何かサインを送っているような場面もある。難曲なので、ステージ下手側の楽器は、ダウスゴーがある程度オッテンザマーに任せることもあるのだろう。ダウスゴーが上手側を向いて指揮することが多いのもそれと関係あるのかも知れない。
ニールセンが書いたクラリネットの独奏であるが、とにかく音が細かいのが特徴。指の回転を極端に速くする必要があり、これは選ばれたクラリネット奏者しか吹けない音楽だと思う。
伴奏には小太鼓が入るのだが、軍楽隊が鳴らす音のようで不吉であった。作曲されたのは、1928年。日本の年号では昭和3年である。前年にブロムシュテットが生まれ、この年にエフゲニー・スヴェトラーノフが誕生している。
満州事変が起こるのが1931年、ヒトラー率いるナチスが政権を取るのが1933年。スターリンはソ連の最高指導者になる直前まで来ている。まだ大戦にまでは発展していないが、きな臭い匂いのする時代である。
オッテンザマーのアンコール前奏。まずガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」冒頭のように伸びやかな音階移動とグリッサンド。その後、超弱音による演奏が続く。それから天井を見上げて高らかに吹くなど様々な音楽が続いた。
曲名であるが、掲示はなく、福山さんによると実は即興演奏だったそうで、タイトルも当然ながらない(無理矢理付けても良いと思うけれど)。
交響曲第4番「不滅」。ニールセン最大のヒット曲である。原題は「消しがたきもの」といったような意味である。
余談だが、2016年の大河ドラマ「真田丸」は、毎回、漢字2文字のタイトルが付いていたが、最終回は「視聴者に任せる」として付けなかった。私は「不滅」を選び、ブログ「鴨東記」にパーヴォ・ヤルヴィ指揮の「不滅」交響曲の映像を載せた。死後400年以上が経っているのに、若い女の子から「真田幸村(真田信繁)格好いい!」などと言って貰えてグッズも売れるのだから、これが「不滅」でなくてなんなのだろう。
ただ、三谷さんは、真田信之(大泉洋が演じた)が舵を取る信州真田家が、ちょっとしたことですぐに転封や改易になる江戸時代の荒波を乗り切る過程こそが本当の「真田丸」と考えていたような気がする。ラストのセリフが信之の「参るぞ」なのが暗示的である。
「真田丸」の話が長くなってしまったが、この曲は、ステージの両サイド、端の方に1台ずつティンパニが置かれて演奏されることが多いが、福山さんによるとニールセンの指示は「1台のティンパニはなるべく客席に近いところに設置する」とあるだけで、ティンパニが両端に並ぶのは、「おそらく演奏しやすいから」だそうなのだが、今回はニールセンの指示通り、客席に近い場所としてステージ上手端、ヴィオラ奏者達の後ろにティンパニを置き、もう1台のティンパニは通常通り指揮者の正面の奥に設置される。
実に格好いい曲なのであるが、この曲を作曲した時期のニールセンはプライベートで悩みを抱えており、更に第1次世界大戦も勃発と暗い世相の中で作曲を進めていた。ダウスゴーは、「トラジェディー(悲劇)&トラジェディー」とこの曲の内容を見たようである。4楽章形式ではなく4部形式で、続けて演奏されるが、実質的には一般的な交響曲と余り変わらない。
大フィルは弦も管も威力がある上に輝かしく、ダウスゴーの巧みな指揮捌きもあって、優れた演奏となる。第4部の2台のティンパニのやり取りも威力があるが、フェスティバルホールは全体的な音響が良いので、上手端に据えられたティンパニの方が音が大きいということもなかった。ニールセンが何を望んでいたのか、今となっては分からないが、客席に近い方が味方の響き、遠い方が敵方の響きと取ると「1台のティンパニはなるべく席席に近いところに」とした意味は分かる。ただ単純すぎる。子どもの考えではないので、他に意味があるはずだが、現時点では意図不明である。
なお、初演時のプログラムに載った文章(ニールセンの筆ではないそうだ)によると、「不滅」なるものは音楽とその効用であるとしか取れないないのだが、自分の作曲した作品に「不滅」「消しがたきもの」と付けるだろうか(タイトルは作曲者自身によるもの)。
音楽は生まれた瞬間に消える芸術である。ただエネルギー保存の法則に寄るなら、世界はこれまでの歴史上で演奏された全ての音楽で溢れているということになる。壮大すぎるが。
今年度の大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏の中でも上位に入る出来。終演後、客席は大いに沸いた。大袈裟に書くと、ニールセンの音楽が受容されつつある過程に立ち合ったということになる。










































































最近のコメント